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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

540金木犀:2012/06/23(土) 12:39:33 ID:qMq2iFMk
(つづき)
1988年1月、蒋経国 国民党総統が突然逝去します。副総統だった李登輝氏が党内選挙に勝って初の台湾人総統となります。李登輝氏は京都大学出身、自ら「二十二歳まで日本人だった」と言います。國雄さんは同じ元日本人として応援します。
1996年、台湾で最初の総統選挙が行われ、再選を狙う李登輝氏は主張します。
「台湾と中国とは別の独立国家だ」
その再選を阻もうと中国政府は台湾近海にミサイルを撃ち威嚇します。しかし、これは逆効果でした。李登輝氏は約1千万の有権者のうち、6百万票を獲得し圧勝しました。

「今の台湾を支えているのは日本の教育を受けた人たちです。日本の年配者と同じく若い頃に大東亜戦争を体験し、防空壕を掘ったりして鍛えられた人が今の台湾のリーダーになっています。あれほどの中共のミサイル威嚇にも、誰一人として逃げようとはしませんでした。全く落ち着いています。逃げないのみならず、中立の浮動票はみんな李登輝氏の方に流れてしまいました。ミサイルが一発でも命中すれば多くの台湾人が死にます。恐ろしくないわけがありません。しかし台湾人は『忍』の心で徳川家康のように黙って独立の機会を待つ李登輝氏に投票しました」

國雄さんは日本の教育から学んだ大和魂を大切に生きてきました。このような夢も語っていました。
東方法商学院大学という学校を創り、2トンもあるさざれ石を置いた「大和公園」、日本の書籍の蔵書では台湾一を誇る「大和文庫」をつくりたい。
しかし國雄さんは2002年にご逝去されました。

許國雄さんは亡くなる前にこのようなことを話していたそうです。
「「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉」ずる精神が失われたから「陸軍記念日」も祝われず、国会で謝罪決議さえ行うのです。台湾には大和魂があるから選挙の時に中共から台湾沖にミサイルを三発撃ち込まれても、ビクともしませんでした。
能登半島沖に北朝鮮からノドン一号が打ち込まれましたが、日本の反応はいかがでしたか」
(おわり)


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