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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

517 志恩:2012/06/17(日) 16:23:44 ID:.QY5jUA6
金木犀様

金木犀のような見識のあるお方が、この三好誠著「神社とともに」を読まれたら、私とは、うつわが違いますから、
きっと、より深くポイントをつかれた、別の捉え方をされたと思っております。

まだまだ、この本のことで、書きたいことは、たくさんあるんですよ。
たとえば、伊勢神宮の【お伊勢参り】、これは、今でも国民の多くの皆様が、こぞってされてることですが、

P148によれば、
>>徳川の時代、世の乱れが収まって、農閑期には、お伊勢参りが流行した。年を取った長老は、遠慮し、
若い達者な者が旅にでた。
達者とは、到達できる者である。

伊勢の皇大神宮は、諸国の人々の遠いご先祖である。富士山と奈良の大仏、一生に一度は見たいと憧れたものだった。
身内や親しい人々の分までお参りを頼まれた。それを代参という。
森の石松も次郎長の代参であった。

新聞も放送もない時代、見聞を広めるには、足で歩くしかなかった。家に流れてくる噂や届く通達と、旅先の情報とは
異なるのが当然だった。道中の付き合いでの話の種も、農産物の珍しい種も仕入れて帰った。

伊勢神宮からの土産話は、公共放送の教養番組のようなもの。旅人が、郷村社に無事帰郷のお礼参りを済ませると、待ち
構えていた人々は、彼を囲んで話に花を咲かせた。
このようにして経験を積んで、若者は村の衆に認められ、次第に頼りにされる人物に成長するのだ。<<

このように、耳学問だけでなく、自分の足で長距離をあるいて、見聞した時代は、人々は働くことに生き甲斐を感じ、
喜びをもって働いた。そして、誇ることもしなかった、とあります。自分が、勤労することにより、勤めいそしみ、
進んで労苦した、先人のお陰で、日本が成り立っているということが、実感として体得できた時代だったからでしょうね。

海を渡り、ブラジル、サンパウロから2時間のパラマ州にも、この地に根付いた人々が、神社を創建したことも載ってます。
人種を超えて、この地の鎮守に当たり、20年遷宮も期するそうです。

各々の村や町には祠(ほこら)や社があり、人々は平和と安定を望んで、人々は崇め敬った。

もともと、生長の家が説いて来た教えは、この和魂の生き方でもありますよね。今や、はるか彼方に忘れ去られてしまいましたが。。
生長の家で、教えていただいて参りました日本人の根底にある、(神道の教えのような)神の子らしい生き方、、、

万物の恵みを神として感謝し、神様、ご先祖様のご加護を感謝し、先人や家族にも 感謝し、慎み深く、神を崇まることができてこそ、
本来の生長の家、本来の日本人に蘇り、

吾々は、生長の家の法灯継承者として相応しく、俗世界において、他人に しんせつに出来、
自分自身にも、しんせつに出来、清々しい生き方をすることが出来るのだと、改めて
教えて頂きました。


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