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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2
2789
:
トキ
:2015/11/17(火) 20:05:16 ID:DVBz7XmI
B
生長の家の本尊は祭壇を設けて祀っていないのでありますから、正面に「実相」と言う
軸はかかっておりますけど、それは一個の象徴であって、自己及び他人に内在する「実相」
がすべて神であるとして、自己及び他人の内部神性を拝むのであって、偶像を拝むのでは
ありません。従って、本尊の鎮座まします「本山」と言うような所で特に行かなければな
らぬと言うことはないと言う解釈になって来ます。従って、教団本部とか本部会館とか称
いましても、それは礼拝の対象ではなく、話を聴きに行く場又は指導を受けに行く場所で
あって、もう大体、話がわかったから行く必要はない、また問題がない人は、別に指導を
受けに行く必要はないと言うことに考え易いのです。
そこで、最初、話が分かるまでは熱心に本部道場へ通った人も、大体話がわかったら、も
う来なくなる。来る必要がないと感ずる。ところが来なくなると、例の「去る者は日々に
疎し」の喩えの通りで、その光明思想に遠ざかる、そして一度は教えられた心の持ち方で
ありながら、その心の持ち方を忘れてしまって不幸に転落する人が出てくるのは本当に
残念です。
(つづく)
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