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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

2700志恩:2015/10/02(金) 23:45:13 ID:6hRUvSRg
先日、曵馬野さんがご紹介くださった 曹洞宗・井上義衍老師の 二人の息子さんで、
お二人とも見性されたという

(*「見性」とは、悟りを体験された経験があること。内なる本来の性を見た、気がついたという意味)

井上晢玄老師、井上貫道老師ご兄弟がお話されているYouTubeは、視聴させていただいております。

(ご兄弟のお父上である曹洞宗を復興させたという 井上義衍(ぎえん)老師は―
25歳で大悟,法を自由自在に説いた禅僧 500年に一人、曹洞宗中興の祖とされる禅僧でいらしたそうです。)

老師ご兄弟の父上・井上義衍老師(1894-1981)のこと、

25歳、覚王山日泰寺僧堂(上田祥山老師)に掛搭 そのうち、修行仲間と公案修行を放擲 只管打座に打ち込む 
一日再三誘われて意ならず市内新盛座へ出掛けて、
観劇の最中、俄かに忘我して満員の観衆もなく、自己もなく全く前後を忘ず。
明星一見の大事、絶学無為の真相を確証し竟る。大悟。

この後も、坐禅に打ち込む。
ある時一寺院の留守番を頼まれたるも、終日坐禅三昧の生活を送る
やがて静岡浜松の山寺貧乏寺・龍泉寺に住職す
而も、寺院の経済を顧みぬため寺院は全く困窮す

昭和26年位のことであるが、曹洞宗の道場では唯一悟りのことを言う優秀な某僧堂があったが、
そこに在籍して修行中の俊英たちが、その道場での修行を途中で放棄して、
続々と浜松の田舎の井上義衍老師の寺院に修行に集まったという

しかも、多くの者は道場には、静岡で独摂心をすると言って道場を出たらしい 
さらに、義衍老師のところには偽名で掛搭したとのこと 
師匠(得度をしてくれたお師匠さんや親)に知られ、道場にもどれと言われるのを恐れたのである 
破門覚悟の上での行動である

特に浜松の義衍老師の寺院は 曹洞宗公認の専門道場 ではないので、
そこにいても、住職資格獲得の何の足しにもならない ゆえに師匠に反対されるのは必定で、
師匠にだけはバレたくなかったのである

しかしながら、
他からも、井上義衍老師の寺院に参禅者が次から次へと訪れ、食料は乏しきも、
真剣な者の大叢林の観を呈すある時には食料が玉ねぎ1個しかなく
これを皆で分け合って食したという 玉葱僧堂と言われし由縁なり......

後略                      つづく


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