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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

2690トキ:2015/09/28(月) 20:34:39 ID:KnbhRwFc
>>2689

 コメント、ありがとうございます。

 純粋教理批判様のような哲学的な観点からの批判は、おそらく多数の方からは反発が来る
と思います。ただ、外国人の中には、実相と神の関係について、理詰めでないと納得しな
い人もいるので、全く無駄というわけではあいとは思います。釈尊もキリストも、理論化
よりも、純粋に神様の言葉を伝えるという点に力点を置かれたと思います。が、時代を経過
すると、経典の編集が始まり、そこから教義の理論化が始まり、いつしか開祖や教祖の発心
よりも、教義の理論化や体系化に関心が集まります。西洋人ほどでもないですが、日本人
でも教義の理論に深い関心を持つ人がいるので、こういう問答が生じる可能性はあると思います。

 親鸞についても、嘆異抄で唯円が教学の過剰な理論化を嘆いています。臨済宗は理屈を
嫌うと言いますが、実際に公案をとくとなると、教義の勉強をしないと解けないと言います。

 私個人は、こういう教義の理論化や体系化が行き過ぎると、民集から乖離した存在に
なる危険性があると危惧はしています。が、そういう点について、質問が来る場合もある
ことは考えておくべきだとは思います。

 米国では、宇宙論の学者が宗教家や哲学者と宇宙について話し合いをする場面もある
みたいです。宇宙論についての著者の一人は、「自分は無神論者ではないが、反神論者
である。」という表現をしています。これは興味深い表現です。つまり宇宙論の学者で
も、創造神は認めるが、人間の自由を認めないような神様は認めたくないし、人間の世界
に矛盾がある以上、そういう不完全な世界を作った神様には反発をする、ということで
しょう。

(つづく)


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