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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

2410トンチンカン:2014/09/14(日) 17:57:34 ID:JWwiWw8o

(つづき)

すなわち、

「完全」なるものを神という
「絶対」なるものを神という
「無限」なるものを神という
「永遠」なるものを神という
「不可思議」なるものを神様という
・・・

その他にも、
「智慧」「愛」「生命」「円満」「調和」・・・
というような言葉に前に「完全」という言葉を付けると、「本当の神様」のイメージ(神
観)が湧いてくると思います。


本来の「生長の家」の神観は、『生命の實相』光明篇「生長の家は何を信じるか」の章に
説かれておりますので、ご一読ください。


この問題は、神様は、「絶対」であるということを思索、静思していけば、自ずと「神は
完全」ということも導き出されることでしょう。


その境地においては、「絶対」も「完全」も同義語となります。


「神は絶対」ということは、「神の他に相対するものは無い」ということで、神様と「eternal
white rainbow」様が離れた別なものということはなく、人間の方から云えば「自他一体」、
神様の方から云えば「神独在」「神一元」「実相独在」ということになります。


そこには、「不完全」と相対する「完全」というものはなく、「絶対完全」な「実相世界」
(本当の在る世界)があるのみです。


吾々が肉眼で見えている「現象世界」は、「不完全」なのが当たり前です。そこから「eternal
white rainbow」様の疑問が湧いてくることは当然の帰結であり、お釈迦様も谷口雅春先生
も悩まれました(『生命の實相』自傳篇参照)。


神様のつくられた「実相世界」を観る方法として「生長の家」では、「神想観」を教えら
れておりますが、それと共に、『生命の實相』をはじめとする谷口雅春先生の真理の書を
熟読することも大切です。


「eternal white rainbow」様というHNから、そのような勉強もされた上での質問と推察し
ますが、貴方様の求めておられるところは、「神様を完全だとは実感出来ない」というこ
とか、あるいは「神様は絶対だが、完成していない(即ち、完成へ向かう途中の未完成)」
という「未完全」という言葉が近いのかもしれません。


「未完全」とは、「未完成」と「不完全」との混同から生まれた言葉ですが、「完全」へ
向かう途中の過程というニュアンスに近いものがありますが、神様の世界は、既に完成し
た世界であり、「不断の創造を続けながら完成した世界」(「實相金剛身の神示」参照)で
す。


長々と書いてしましたが、ご参考までに。



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