[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
2701-
2801-
2901-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2
234
:
うのはな
:2012/04/14(土) 01:27:56 ID:El6gIMAw
田中先生は『生命の實相』の中のどの点に感銘を覚えられていますか。
田中 『生命の實相』の根幹は唯神実相ですね。善のみ、神のみの世界ですが、その神にこそ
最深の感動があります。またこれについて比較宗教及び比較哲学的に掘り下げていかなきゃならん面が一ぱいあると思っています。
というのは、神といってもいろんな神があって、ユダヤ教及びその血をひいたキリスト教の神と、日本の八百万の神とは、一般普通の
観点から言えばまるっきり違ったものだ。実相哲学はこの異なった神を万教帰一的見地から見直し、解釈をやり直して、一つの核心に到達する。
その力量というのは大変なものだと思うんです。以前に、立正佼成会の庭野日敬会長に会ってお話したとき
「これだけは谷口先生に学ばねばならん。万教帰一理論だけは誰も出来ないことだ」と言われてました。
佐藤 生長の家が海外に進出して、外国人の共鳴者が殖えてきているようですね。これは面白い現象だと思います。
あれだけ愛国的な御思想が、他の外国人を除外するのじゃないんですから......。その反対がユダヤ教ですね。
ユダヤ教というのは、いわば閉ざされた宗教で、外国に拡がることが出来ない。それで一種の宗教改革としてキリスト教が
生じたわけなのです。それと違って生長の家では、凡ゆる宗教をそのまま認めて、同じ道理で和することが出来るんだという立場で
おられますから、キリスト教徒でも、キリスト教徒のままで、生長の家信徒になることが出来るわけなのですね。
いや、むしろ、生長の家に接したおかげで、キリスト者がキリスト教的に深まり、仏教徒が仏教の深い教義がよりよく理解できる、というような
ことになります。
田中 それで想い出したんですが、面会を求めてきた外国の思想家にお会いになったことがあるんですよ。その時に、
「神、儒、仏が一に帰するというのがどうしても解らないから話してもらいたい」というので、先生が何か説明されると、「イヤ、それは違う」と、
いちいち言うんですね。その時に言われた言葉を今想い出すんですが、「そうやって違うところをほじくり出すなら、それはもうみんな違いますよ」ってね。
佐藤 それは名言だ。
田中 「そうじゃなくて、その根底にあるもの、教祖たちが実現しなければいかんと思っていたところのものに着眼しなければ、一致点など出る筈がない。
そのために対立すると、その対立は深刻だから、闘争は激しく、時には戦争になるんですよ」と、色をなして言われたことがあったですな。
佐藤 まさにその通りですね。宗教は哲学的な超越の境地を生活化する体験ですが、最高の超越も、一人一人の生きた人間が現実を媒介として掴むほかありませんから、
それらはみんな個性的な現われをすることになります。ですから、世界中の宗教・教学は全部個性的ですよ。
田中 個性をくぐってこないとダメなんですね。死んだものなんですね。その個性を対立と思い込むために、凄惨な争いとなる。
「聖使命」 新春対談 一部抜粋
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板