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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

2256トキ:2014/07/18(金) 21:34:15 ID:WHnyVd6g
「心狭き善人となるな」

 とても正直で、善人であるのに、なんとなくツキアイにくいといいますか、好かれない人が
います。そんな人は能力もあり、善人でありながら、人間関係がうまくいかず、結局は大成ぜ
ずに終わります。「私は善人だ!」と自負している人は、どうもキュウクツで、つきあいにく
いものです。なぜかといいますと、自分が善人であることを示すために、自分で作った「善の
ワク」のなかに自分で入り込んで、そのワクから一歩も出ようとしないからです。

 このようなキュウクツな善人は、心の狭い小善人です。そして、このような心の狭い小善人
に限って、他人の行動を、とても批判して、口に出して言わなくとも、心のなかでは相手を
責めているものです。

 ですから、その人とつきあっていますと、いつも裁判官の前にいるような、自分の行動を
判決されているような気持ちになるのです。こんな気持ちを相手にさせる小善人は、決して
心から許し合う友達ができません。

 自分自身が、自分で決めた「善のワク」の中に入って、一歩も外に出ようとしませんし、
自分の周囲の人々の行動を、いつも裁判官のようなさばいていますので、その人には気が
ゆるせないのです。

 私達は善人でなければなりませんが、自分が善人であることを、すっかり忘れているよ
うな善人でありたいものです。

「繁栄は心で」 徳久克己先生著、97pより

*トキの感想です。

 これは、信仰をする人には気をつけるべき点だと思います。信仰をする人には真面目で
理想の高い人が多いので、つい、他人様を裁きがちです。しかし、それも神様の視点から
考えるとおもしろくないかもしれません。


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