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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

1420流氷:2013/11/17(日) 20:24:14 ID:HOn6WDMY
      今・ここで天地は創造されている

 『古事記』と五十音の持つ緻密な体系性、すなわち階層性と統合性には、誰しも
息をのむほどの美を見出すはずだ。だがそれと同時に、このような創世神話を知ることに何の意味があるのかと
いぶかしく思う向きもあるだろう。

 これについて、小笠原孝次氏の『言霊百神』は、『古事記』に描かれた宇宙創造は遠い過去に起きたものではないと説明する。

 それは歴史的考古学的に遡った歴史以前の未開時代に有るわけではない。生物学的に原形質、アミノ酸の発生の期に有るわけではない。
天文学的に星雲の回転の出発点に有るわけでもない。宗教的に要求された神と云う意志的存在が遠い昔に創造を開始したわけのものでもない。
 宇宙の始まりは常に今、此処now hereに存在する。これを中今(続日本紀)と云う。
今と云う刹那の時点、此処という空間の質点に、意識としての、自覚としての人間の生活と云わず、文明と云わずあらゆる営みの出発点がある。

 つまり、今この瞬間である「中今」において宇宙は絶えず創造され、「中今」においてその創造の源へ帰還するというのが言霊学における『古事記』の理解である。
そして、これは現代の量子力学の考え方にもつながってくる。
 量子力学では、「無」では、常に電子と陽電子の対生成や対消滅が起きていると説かれるが、これは「中今」における創造並びに創造の源への帰還と相似の現象だといえるだろう。

 そこで生じる電子や陽電子は対消滅によって瞬時に消滅してしまうが、「対称性の自発的な破れ」が起こることで消滅を免れたものが質量を持つことになり、物質として産み落とされる。
その「対称性の自発的な破れ」とは、『古事記』の創世神話と五十音の構成における対称性の破れと同様のものと考えていいだろう。
 ここで、量子力学の理論と神話の構造とをそのまま関連づけることに疑問を呈する人がいるかもしれない。

 だが、宇宙の構造がミクロの原子からマクロの太陽系、銀河系を貫いて相似性を持つ事実を考えるなら、『古事記』と五十音には、無から有を生み出す仕組みが組み込まれていると考えても
決して間違いではない。それは森羅万象どんな物事にも適用可能なはずだ。
 人の意識はこの「中今」において、思考や感情の創造と消滅を目撃し、天地自然はこの「中今」において生命の誕生と死を包容している。
その構造を言霊として意図的に活用するなら、天地自然と感応して祈りを叶えることも可能であろう。

 そう、無の世界からわれわれは日々創造され、無の世界へと消滅している。そして、言霊百神はどこか遠くに存在するのではなく、まさに今この瞬間に、
われわれの内に生き生きと働いているのである。
 『古事記』そして五十音に通じることは、その創造と消滅のプロセスへ意識的に参入することにつながるのだ。

 『言霊はこうして実現する』 大野靖志 著


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