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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

1413a hope:2013/11/17(日) 11:47:13 ID:/9IAdiFk

>>1411 トキさま

わたしも、まことに天地一切のものに感謝することができるようになった時、
すべてがうまくいくようになるのだと感じています。

でも、「感謝します。」「ありがとうございます。」とただ言葉で表現したり、
心で思うだけでは本当ではないですよね。

心の底から「あーありがたいな〜」「幸せだな〜」と湧き上がってくるような『感情』を伴わないと、
まことの感謝ではないですよね。
その状態に自分の心を持っていくように努力するのが「生長の家」を信仰するということなのではないでしょうか?

教団に所属していても、「学ぶ会」さまや「ときみつる會」さまに所属していても、
いのちを守る親の会に所属していても、また、たとえどの団体にも所属してなくても、
この「生長の家の感謝の教え」を忠実に信仰されている方がまことの「生長の家」人なのだとわたしは思います。

そして、神のご加護(すべてがうまくいく状態)というのも、どの団体に所属していようがいまいが関係なく、
その信仰心が厚い方であれば、誰でも公平に受けられるのではないかと感じています。



>>1407でトキさまが、『生命の實相』の拝読の仕方について、

<<私が先達から言われたのは、『公案を持ちなさい」という事でした。公案とは禅宗の言葉で
すが、自分なりのテーマを持ちなさい、という事かと私は理解しました。これは、生命の実相
を拝読する時にも無関係ではないかと思います。『何か困った事があれば、生命の実相を読みなさい。
生命の実相の中には必ず回答が書いてあります。書いてなくても、読んでいるうちに、自分なり
の答えが浮かんで来ます。」という先達もいました。
 漫然と読んでいるのと、何か目的とか動機があるのでは、生命の実相に限らず、本を読む
熱意は違います。
 ですから、古い信徒さんで、信仰がマンネリ化した人は、調べ物をするつもりで、日常生活
の中で、自分や周囲の人に生じた疑問や問題をテーマに、生命の実相を拝読するのが良いかと
勝手に考えています。>>

と書かれていますが、楠本加美野先生編纂の『人類無罪宣言』や『信仰の活人剣』『わたしは無限能力者』などは、
まさに楠本加美野先生が『ご公案』(テーマ)を持たれて『生命の實相』や他の聖典から編纂されたものであると思います。

その中の『わたしは無限能力者』の編者はしがきに、とても心に響く箇所があったので、
あとで時間のある時に聖典引用板に謹写させていただきます。


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