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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

1070うのはな:2013/06/12(水) 17:58:37 ID:6TyiMBAE

 先の大戦後、全国の神社は国家の管理を離れることとなり、制度上さまざまな変化があった。
伊勢の神宮もその例外ではなかったが、歴史上不可分の関係にある皇室との繋がりは、いささかも揺るがなかった。
 昭和天皇は、昭和二十年八月の終戦後、翌九月六日に勅使三条公輝を遣わして、米英両国との戦争終息のことを奉告された。
次いで同年十一月十三日、天皇は神宮へ御参拝、自ら大戦の終結を奉告するとともに、国家の速やかな復興を祈念されたのであった。

 また、戦禍に疲弊した国情を配慮された昭和天皇は、同十二月十四日、昭和二十四年に予定されていた第五十九回神宮式年遷宮の延期を
決定され、同二十四年九月二十八日、勅使をもってその旨を神宮にお詫びされた。
 昭和二十七年、サンフランシスコ平和条約が発効、五月一日、天皇は神宮に御参拝、独立回復のことを奉告されている。
そして、翌年十月、四年遅れでの神宮式年遷宮が行われ、二日に内宮、五日に外宮の遷御があった。
 天皇はそれぞれに勅使を御差遣になるとともに、午後八時の遷御の時刻に合わせ、皇居にて遥拝された。
翌年四月八日、遷宮後初めて神宮を参拝された昭和天皇は、

  伊勢の宮に詣づる人の日にまして
  あとをたたぬがうれしかりけり

 との御製を詠まれている。戦後激減していた伊勢神宮参拝者数が再び増加に転じ、敗戦から見事に立ち直った国民の
 奉賛によって、遷宮が無事に遂行されたことへの深いお悦びがうかがえる。
 昭和四十八年には、昭和天皇御在位中三回目となる第六十回の遷宮が執り行われた。

  秋さりてそのふの夜のしづけきに
  伊勢の大神をはるかをろがむ

 この御製は、その遷御の夜、御遥拝の様子を描写されたものである。
また、同年十一月七日、遷宮後の御遥拝の折には、

  みどりこき杉並木みちすすみきて
  外宮をろがむ雨はれし夕
  冬ながら朝暖かししづかなる
  五十鈴の宮にまうできつれば

 と、新造成った両宮の状景を詠まれている。

 別冊太陽『伊勢神宮』 監修 清水 潔


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