したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

1068うのはな:2013/06/09(日) 20:05:34 ID:MpRA.r86
    神道は「宗教(Religion)」ではない

 「神道」というものに触れたときに一番驚くのは、「神道には教本がない」ということだと思います。
「これはこうあるべき、こうしなくてはいけない、これをしてはいけない」という教えを記した教本がないのです。
キリスト教での「聖書」、仏教での「経典」にあたるものがありません。

 戒律があり、その教えを守ることで信者を増やして維持していくことが、宗教のひとつの側面であるような気がしていましたが、
その点から言うと、「神道」は欧米でいうところの「宗教(Religion)」とは違うように感じます。
 Religionの「lig」とは「束ねる」という意味を表すラテン語で、「re」は再びという意味......つまり戒律やルールによって束ねられるものが
Religionと訳される「宗教」ですが、「神道」は戒律によって縛られるものではありません。

「神道は感じる宗教である」というように「宗教」という言葉が使われていることもありますが、それは「神道」を表現する言葉が他に見当らないからだと
思います。ですから、「神道は『Shinto』として統一するべき」とか「シントイズムで通じる」という見方が出てくる......、欧米で言うところの「宗教」とは
異なる独特の感覚なのです。

 数年前、神社本庁の田中恆清総長と対談させていただいたときに、「私は神道の神様をこういうふうに捉えています」という、当時私が思っていたことをお話しさせて
いただきました。私にしてみると、「私はこう思っているのですが、それは神道の考えからすると正しいのでしょうか?」というつもりで話していたのですが、それを聞いた
田中総長は一言、「なるほど...その解釈でいいんですよ」とおっしゃったのです。

 あなたがそう思うなら、それでいい...そこに「こう捉えなければいけない」とか「その考えは間違っている」ということはなく、今のあなたが感じるものがあなたにとっての
正解である....とても感動しました。お互いの考えを認め合い、押しつけようとする枠がない....これが神道の根底にあるもののような気がしたのです。
 物事にはあらゆる解釈があり、別の立場から見れば別の見方があります。
すべての人が自分なりの価値観や正義を基準に動いていて、それぞれの人が感じていることは、その人にとっては真実なのです。

 あなたにはあなたの受け止め方があっていい....すべての人がこの感覚になれば...世界平和が実現できると思います。
あなたの考え方(宗教)もいい、そういう捉え方もあるかもしれない、とお互いが思い合い、自分の考えの押しつけをしないように
なればいいわけです。

「私の神様もいい、あなたの神様もいい...」この曖昧な感覚が、ひとつの神を信じ続ける確固とした信仰心を持つ外国人にとってみると、
「日本人は優柔不断で信仰心がない」というように捉えられる場合もあります。たしかに、私たちが感じている「神様」の感覚は、外国人の
考えている神様ほど明確なものではないかもしれません。

 ですが、日本人には信仰心がないと思ったら大間違い....むしろ、まわりのすべてのものに神様のエネルギーが宿っていると感じ、神様も人も
自然も同じように尊く大切に思う、という感覚が意識せずとも自然に染み付いているというのは、ものすごい信仰心だと思うのです。

  『あなたの感じる伊勢神宮』 浅見帆帆子 著


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板