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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

105トキ:2012/04/05(木) 20:18:23 ID:l8JxT/gI
 追伸です。私の投稿を見た友人から、電話がありました。以下、内容を紹介します。(本人の許諾は得ています。)

 総裁は、自分を絶対視するのを嫌う人だから、自分が聖経を作るという気持ちはないと思う。むしろ、あれを発表する事で、自分は聖経を大事にしている、という事を信徒に知って欲しい、という願いがあると思う。
しかし、彼は、その事を十分に説明をしていない。しかも、タイミング的には最悪。あれを素直に見れば、総裁は間違った野心を持っていると誤解されても仕方がないと思う。これは、総裁はいつも、誤解をされやす
い言動をされるが、今回も同じだと思う。

 彼は、むしろ議論をしたいのだが、一部の幹部や信徒が不当に彼を傷つける言動をするので、生長の家の人間に不信感を抱いている。それが、結局、発言の不足につながり、議論を抑圧している印象を与えて
しまっている。その結果が、議論の封印になっている。本人は真面目で、思いやりのある、柔軟性のある人なんだが、最近は深く傷つく事が多く、どうしてもキャパが狭くなってしまっているのだ。

 とにかく、先ず、自分が聖経をとても大事にしていることは表明すべきだと思う。詩としては良い内容なので、聖経にしなければ、それはそれで良いとは思う。
しかし、これを聖経にすると、あれは「天使の言葉」からのパクリという事になり、また著作権者である生長の家社会事業団との間で裁判になる。また、信徒から誤解を受けるとも思う。その意味では、
理由は違うが、「大自然讃歌」は聖経にすべきではない、と思っている。


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