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「今の教え」と「本流復活」を考える・信仰/体験板/2

104トキ:2012/04/05(木) 19:48:53 ID:l8JxT/gI
>>103

役行者様

 教区の立場で申し上げると、「大自然讃歌」は、爆弾みたいな存在です。総裁もとんでもない事を考えておられる、と
いうのが正直な感想です。

 私も古い本部講師の方(故人)から直接話しを聞いた事があるのですが、甘露の法雨というのは、もともと京都の小木虎次郎
博士が、仏前であげたら奇跡が続出し、これが京都中に広まったという経過があるのです。当分は京都の教化部で、これを独占し
ていたが、日本のため、世界のためと言う大局的な視点で版権を本部へ返上されたとも聞いております。当時、京都の教化部では
この甘露の法雨の売り上げで、組織を運営していたので、その版権を返上する事は、予算上、大いに問題があったのに、あえて
返上されたのは、立派な態度であると思います。おそらく、当時の関係者は、今回の甘露の法雨の著作権の争いを上の方からご覧になり、
嘆いておられると思います。

 甘露の法雨の功徳については、私のような非学な者が説明するまでもありませんが、言えるのは、実際に唱えて功徳があるのが
実証されているので、信徒から絶大な信頼を集めているのであります。しかし、現在、総裁と教団は部内で紛争をかかえておりま
す。そういう時期に新しい「聖経」を出しても、全く信徒は受け付けないと思います。

 それどころか、信徒は一気に総裁への信頼を失うと思います。現在、教区では、「谷口雅宣先生は、谷口雅春先生の教えを忠実に
継承されている」という理屈で信徒の動揺を納めています。ところが、こんなものを出されたら、この理屈が一気に説得力を失い
ます。

 私は、生長の家部内で、こういう裁判が生じた事はとても残念に思っています。ですから、生長の家社会事業団を支持するつもりは
ありませんが、しかし、今回の経過を見る限り、総裁や教団側にもかなり非があるのは認めざるを得ません。かって、京都の組織の
幹部達は、大局的な視点にたち、甘露の法雨の著作権を手放すという英断をされました。今、総裁や教団上層部に求められるのは、
新しい「聖経」を作るのではなく、紛争を解決する決断をすることです。

 付け加えると、もはや裁判は教団の負けです。裁判で3回も負けるという事は教団の言い分に理がない、という事です。
だとしたら、正々堂々、相手に謝罪する態度は必要だと思います。

合掌 ありがとうございます


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