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「部室」板

1772ユタカ(なせば成る我ハ神の子):2012/04/12(木) 22:30:16 ID:ml49uOrg
訊け様、トキ様、金木犀様が回答くださいました。
秘められたる神示(旧漢字を現代漢字に直しました)

〔講義〕「われは7つの燈臺に火を点ずる者である。われは白髪の老翁である。白髪とは久遠永劫より続く無量寿の象徴である。われは彦火火出見尊が魚(な)釣らす鈎(つりばり)を失い給ひて憂ひ泣きたまふ海邊(うみべ)に来りて、尊を龍宮海に導きたる鹽椎神(しおつちのかみ)である。鹽椎神とは水火土之神の謂(いい)である。霊は水火土と顕れ、一切のものは水火土から生れたのである。われは霊の海、創造の神である。水即ち『おしめり』と火即ち『ぬくもり』と『土』の働きとがあって萬物は生ずるのである。黙示録には『われはアルファなり、オメガなり、生と死との鑰(かぎ)を持てり』と録(しる)されてゐるのがそれである。われを単に海の神だと思ふな。龍宮海の神の如くあらはれてゐるのはウミ(生み)の象徴であり、龍宮無限供給の神のシンボルである。われは一切の創造(うみ)の神であるから無にして無尽蔵である。」

それは大東亜戦争が日本といふ形で終戦をむかへた時から二ヶ月ばかり経つたときのことであつた。アメリカ軍を中心とする占領軍が日本に上陸して来て、神道という民族信仰を政府が利用して国民を戦争にあふつたのであるから、日本神道はよろしくないといふやうな進駐軍総司令部の意向であるといふので、『生命の実相』の第十六巻に収録されてあった『古事記』の講義なども発禁の運命を甘受しなければならなかった。 私は、日本国家の前途を思ひ、日本民族に課せられたる運命を思ひ、 泣くに泣けない悲しみの中(うち)に、眠られぬ幾夜をすごしてゐたある日の未明(それは昭和二十年十一月二十七日の未明であった)

直接、神示といふやうな厳かな客観的な形で生長の家大神の御言葉を久しく聴かなかつた私は、再びその御声を聴いた。 それは空中より発する荘厳なこえ(声に殳、下に耳)である。それは空中より発する御声かとも感じられれば、わが頭蓋骨内でで宣示したまふ声のやうにも聴こえるのである。それは厳かではあるが懐かしき御声である。 そ の 声 を 記 憶 の ま ま に再現したのがこの 神 示 である。恐らく十年以上も途絶えてゐて、今新たに再び御声(みこえ)をもって出現したまうたのであるから、自己が何神なるかを明らかにしようとのお考えから、「われは七つの燈台に火を点ずるものである・・・・云々」と特に名乗られただと考えられるのであります。 燈台とは「世を照らす光」即ち宗教のことであり、「七つ」は「完成」の数であつて、「全て」を意味するとは度々述べてきた通りであります。「われは白髪の老翁である」といふのは既に私の家内に最初にその姿を見せられ、その後長尾初枝さんを始め生長の家信者の誰れ彼にその白髪の老翁の姿を見せられた客観的な方便身のことであります。その姿のモンタージュ的肖像が、 生長の家本部会館正門入り口の上に服部仁郎氏製作の 神像として安置されてゐるのがそれであります。

何故、その方便身を「白髪の老翁」の姿をもってあらはし給うふかと言へば、それはこの神示の明らかな通り「久遠永劫」より続く神であることおよび無限に長寿ー無量寿ーの象徴であります。
佛教で説く「無量壽佛」(即ち阿弥陀如来さま)もこの同じ龍宮海にまします塩椎神なのであります。 龍宮海といふのは、作者不明の古代より続く神話によれば、「海の底」とは「生みの底」即ち「創造の本源世界」であり、生命の根源ー根底の世界なのであります。


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