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「部室」板

1550うのはな:2012/04/04(水) 12:08:40 ID:El6gIMAw
「刃物を突きつけて和解をとなえている」 (7913)
日時:2012年04月02日 (月) 00時35分
名前:山ちゃん1952

私はどうしてもこの人の感覚が解らないのです。それは下記の文章であります。
ある時には雅宣総裁を批判しつつ、最後には擁護をするのですね。
何だろう?
それならば、雅宣総裁から見れば、駄々を捏ねている少年ではないか。
某教区の重責にありながら、サラリ-マンの宿命とはいえ、インタ−ネットを通じて文句を言うのです。

和解論も崩壊しているのにも拘らず、和解に拘るのである。
旧社会党の「非武装中立論」と似ている。
武器を持つから「戦争」になるのであるという論ですね。
本当に可哀相に思うぐらい必死なんですよね。
それと最近では「九条の会」という信仰のような思い込みです。

その総裁は裁判で敵を作り、今までの幹部を原理主義と呼び。本当に和解するようの気持ちは一片も無いように思う。それは自分の行動が正しいと思っているからなんですよ。

トキ様も「孟母三遷」のように一度、違う観点から人を見ればいいと思います。
そうでないと批判の矢面に立たされるだけです。

下記はトキ様の文章ですが。
トーキングスティックボード 885より
>少し脱線しますが、先日、教区の行事に行ってきました。年度始めなので予算の話になりましたが、もう、惨憺たる有様。
聖使命会員の減少やら、行事収入の減少、あとは環境関係の予算の増加で、赤字で、内部留保を取り崩して穴を埋めたそうです。
どうするんだ、という声があちらこちらで聞かれました。本部は、訴訟に何億円も使ったり、理事の給料が高給だ、という話を聞くと、本当に本部はひどい、と和解派の私でも思いましたよ。でも、同時に、やはり信仰の原点に戻り、和解をしなければいけないとも思いましたね。閑話休題。<

ここではどうすれば「和解」が出来るか具体的な論評がない。
今までにもそうした論評がない。
もういいかげんに「文句」をいうならば「和解」は言わないほうがいいです。
「和解」だけ言っていればいいのです。
それといろんな言葉に「本流派」を敵視するような文言をどうしても見透けてしまいます。
それこそ「刃物を突きつけて和解をとなえている」ようです。
本当の「和解」はそんなものではありません。


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