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「今の教え」と「本流復活」を考える・挨拶板

2357tapir:2016/08/31(水) 11:05:13 ID:Cw7YWKn2
3 について

>「個人救済」にばかり重きをおくと、それは小乗の運動でしょう。

 その定義は、不完全だと思います。

「個人救済」と言いますが、「救済」を実行する信徒にとっては、「求道と伝道」です。
「伝道」がなければ、「救済」される人もありません。「求道」のみで伝道がないの
なら「小乗(上座部)」と言えますが、「伝道」する人は、「己れ未だ度(わた)らざる
前(さき)に一切衆生を度さんと発願修行(ほつがんしゅぎょう)するもの、即ち誠
に菩薩の位に進むもの」とであり、「菩薩」は「大乗」の仏であります。

50万人は、「個人救済」によって救われた方々が、恩返しに喜びを持って伝道した結果
の人数です。「個人救済」の軽視は、真理の種をまくことの軽視につながります。
真理の種まきをしなければ、信徒がどんどん減少してしまうのではないでしょうか?

余談ですが、政治活動をする人々の中には、人間を「票」の頭数としか見ていない
ように思える人々(全員とは言いません)があるように思います。現実の一人一人の
生き方、人生、個性を見ていないのです。神の子さんは、そういう人ではないと思い
ますが、50万人の人々がどうして、生長の家に集まっているのか、一人一人の話、
体験談などをよく聞いて、その人を自分の目でよく見て、心で感じて、深く知る必要
があると思います。

さらに、ある会社の社長が、生長の家に救われて、社員全員、社会的にもよい影響を
及ぼす、あるいは、議員が、生長の家に救われて、生長の家の教えに基づいて、政治
活動をする、環境問題に関わる製品を開発する人が、素晴らしいエコ製品を発明する
そんなことだって考えられますね。そういう影響の与え方が、社会に根を張った、
長期的に継続する、社会改革につながると思いませんか。

>なお、tapir様の言う、教団側と本流側の和解の方針には、異論がありません。

賛同していただき、ありがとうございました。


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