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「今の教え」と「本流復活」を考える・挨拶板

1270金木犀:2012/08/27(月) 18:22:13 ID:VOugKW.o
礼法について 


ここで伝統の問題が起きてくる。女性は、ことに現代の日本女性は、自分がいま解放されて白由に行動できることが、すべて伝統の破壊によるものであるということを知っている。なぜなら日本の伝統は女性の白由を圧追してきたと考えられるからである。そして西洋風な自由、ことにアメリカ風な自由によって、女性は自由に戸外へ出、あるいは活動することができるようになった。とはいうものの、それがすべての西洋ではない。まだ中南米諾国では午後八時以後、一人で町を歩く女は娼婦とみなされることになっている。良家の子女は午後八時以後、男性のエスコートなしに外を歩くことはできないのである。しかし近代化された社会では職業についている婦人が多いので、婦人の一人の夜歩きは当然のことと認められるようになる。これは伝統にはかかわりなく、たとえ日本が戦争に負けていなくても、すでに戦前から日本では女の夜の一人歩きそのものは、道徳的に非難されることはなかった。ただ、危険な道を歩くのに男の助けを必要とした場合はあった。

いま、先進譜国のフリー・セックスの流行のもとで、日本の伝統も破壊され、西洋の伝統も破壊されているのが事実とすれば、われわれは本来保守的な存在であるところの女性が、伝統破壊の尖端に立っていることを認めなければならない。しかし、それは女性の自己矛盾ではないであろうか。かつてブルー・ストッキングという新しき女性の一群が、明治末期の日本の流行を風靡(ふうび)したが、彼女たちは女桂解放を叫んで、封建的な束縛からの女性の白由恋愛と、自由な杜会的活動を目的として運動していた。戦後、女性が選挙権を得たのは、もちろんアメリカの占領政策のためであるが、戦勝国フランスですら女性が選挙権を得るのは非常におそかった。

日本の女性は伝統に対して受身であったので、自ら伝統を守るという役割を果してきたことがなかった。それが現在の礼法にまで微妙な影響を及ぼしていると思われる。もし、女性がほんとうに主体的であれば、主体的に伝統を守るという考えがどうして生じないのであろうか。

伝統は守らなければ自然に破壊され、そして二度とまた戻ってはこない。男は伝統の意味を知っているから、ある意味で主体的にいつも伝統を守る側に立ち、自らその伝統をよしとし、あるいは悪いと思っても伝統を守らなければならないという、強い義務観を感じていた。それが日本の男性を必要以上に保守的に見せてきた原因であると思う。しかし、いつも女性はこの男性に対抗して、伝統を破壊するという方向にのみ、白分の自由と解放の根拠を求めた。しかし、ここにはパラドックスがある。もし伝統破壊の行動を続けるならば、その女性は自分が伝統によって受身に縛られてきたときの態度を、伝統が破壊されたあとも、そのまま押し通すということになるのである。しかし、何もないところでは、何の行動の基準もあり得ないので、今度は女性は、西洋式な伝統のサルマネを始め、それを男性に強要するようになった。その最も端的な例が、最初に話した上流婦人の例であろう。その上流婦人は、日本料理に西洋式礼法を取り入れることによって、日本料理の味までもまずくしてしまったのである。

女性の力ではなく、アメリカという男性の、占領軍の力によって女性の自由と解放が成就されたとき、女性は何によって自分の力を証明しようとしたであろうか。それがいわゆる女性の平和運動である。その平和運動はすべて感情を基盤にして、「二度と戦争はごめんだ」「愛するわが子を戦場へ送るな」という一連のヒステリックな叫びによって貫かれ、それゆえにどんな論理も寄せつけない力を拷った。しかし、女性が論理を寄せつけないことによってカを持つのは、実はパッシブな領域においてだけなのである。日本の平和運動の欠点は、感情によって人に訴えることがはなはだ強いのと同時に、論理によって前へ進むことがはなはだ弱いという、女性的欠点を露呈した。

私はエチケットばかりでなく、平和運動でも、政治運動でも、ほんとうに解放された自由な主体的な女性ならば、自分をかつて苦しめた伝統を、自分がかつてその被害者であったところの伝統を、もはや被害者になるおそれがない現代において、そこから新しい意味を見つけ出してそれを再創造し、世界に向って日本の伝統の美しさを示すような役割を、自分で進んで引受けてほしいと思うものである。

三島由紀夫著 「若きサムライのために」


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