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「今の教え」と「本流復活」を考える・挨拶板
1213
:
うのはな
:2012/06/24(日) 15:53:23 ID:gTn97m6I
ぼくは、さまざまな仕事を持っています。
意図してそうなったのでは、ありません。ぼくなりに、ささやかに祖国の助けになることを
模索するうち、自然と、こうなりました。しかし根っこは、物書きです。
ところが、ここ二年半ほど一冊の本も出すことができませんでした。
そのわけは、九割がた、とにもかくにも書く時間を確保できなかったことにあります。
しかし一割は、別の理由です。そして、たったの一割とは言いながら、重い石のようにのしかかる苦渋でした。
その石が、実はこの「ぼくらの祖国」だったのです。
この本を仕上げられないために、物書きとして他の著作も、頭の中にはすでにありながら、すべて凍りついて止まっていました。
なぜ仕上げられなかったのか。
まず、パーソナル・コンピューターのなかの原稿ファイルが、二度にわたりバックアップまで含めて完全に壊れるという不思議な
トラブルから始まりました。
ほかの原稿は一切、何の被害もありません。狙い撃ちされていると言うほか、ありませんでした。
警察庁の外事情報部が関心を寄せる事態でした。
さらに実母と義母の介護問題が発生し、そして義母の死があり、そのうえに四つの病(尿菅結石、重症肺炎、大腸癌、腸閉塞)が連続して
起きて、二度にわたり死に神の笑う歯が見えるほど死に近づき、退院後も、腹の底から地獄へ引っ張られるような体調不良との戦いが続き、そこに
東日本大震災と福島原子力災害が重なり実務家としての奔走が始まったことがありました。
これらも、次から次へと重なった困難ではありましたが、それらを別にして執筆そのものの難しさは、読者対象をどこに絞るかにありました。
この書を書く最初のきっかけは、本文中でもお話ししたとおり、若いお母さんの「子供に読ませる本、祖国を教える本がない」という訴えでした。
このお母さんの願いは、ただ単に子供に与える本ではなく、子供自身も読むことができるし、その子供の親や教師や、子供の周りにいる大人たちも読むこと
のできる本、ということなのではないかと思いました。
つづく
『ぼくらの祖国』 青山繁晴 著
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