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「今の教え」と「本流復活」を考える・挨拶板

1156うのはな:2012/06/07(木) 15:39:36 ID:gTn97m6I
   軽薄な謝罪

 靖国神社とは、以上のような意味を含んだ場所である。
そのことを承知した上で、あらためて靖国論争に期待したいものだ。たしかに
明治維新前後から祀られている二百四十六万余の祭神の、九割近くが先の戦争で
国の為に命を捨てた人々の霊だ。しかし、そこに参拝したからといって軍国日本への
回帰だというような単細胞こそ、私には“進め一億、火の玉だ”“贅沢は敵だ”といって進軍ラッパ
を吹いてきた、旧日本の全体主義の尻尾をぶら下げた人々に見える。

 よく知られていることだが、あの時代のさなかで“ぜいたくは敵だ”と書いて貼られたスローガンに
一字加えて、“ぜいたくはス敵だ(ステキだ)と揶揄した人がいたという。
この話を聞くたびに私はホッとしている。あんな時代にさえ、これだけの余裕をもっていた日本人の間口の広さ、
教養の幅を感じるからだ。あのセンスはいまどこへ消えてしまったのだろうか。

 中国から靖国参拝にクレームをつけて同調し、それっ、首相の参拝は軍国主義礼賛だと、一斉に声を揃えて誹謗、
中傷する識者がいるのに、正直なところ私はげんなりしている。
「中国は、首相が参拝を止めればスムーズな両国関係が保てるとシグナルを送ってきているんです」(二00五[平成十七]
年十月二十三日NHK日曜討論)といって中国の深層心理を代弁するかのようにいった人もあるが、馬鹿いっちゃいけない。
そもそもシグナルとは、それとなく送る信号ではないか。どうして、クレームがシグナルなものか。

 あれは日本に対するあからさまな抗議であり、首相の行動に対するいわれなき干渉である。
近隣諸国への配慮など一切不要だとはいわないけれど、それは政治的配慮に止まるべきだ。
しかしあくまでも志を貫くための方便として使うべきもので、事態が一応治まったのを見届けたなら、
本論に立ち戻って目的達成のための次のステップを踏み出すべきで、政治的配慮とは、紛糾を避けるためのガス抜きが
目的であるはずがない。

『戦争を知らない人のための靖国問題』 上坂冬子 著


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