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NO.10 数珠 浅葱(すず-あさぎ)(古参)
52
:
ε
:2011/06/07(火) 09:22:10
「ねえ、刹那。刹那はママのこと好き?」
アサギはある日刹那にそう尋ねた。
「もちろん、好きだよ。当たり前だろ」
刹那はそう答える。
刹那は言えないでいた。先の手術の際にくだらないミスを犯してしまい、それが原因で手術が失敗してしまったことを。
誰にも言えないでいた。
「ならさ、どうして刹那は、節操がないの?」
刹那は答えに困った。そんなことに今まで疑問など抱いたことがない。
「さぁ、どうしてだろうな」
「自分のことなのに分からないの?」
「自分のことだからこそ、あまり意識したことないな」
「じゃあ、ポリシーとか、そういうもんでもないんだ?」
刹那は考えてみるが、ポリシーなどと言う大それたものではない。
特にそういうことを意識せずに過ごして来た結果が、現状であると思っている。
だが、刹那はこの話の流れを考えるに、それを素直に言うのをためらわれた。
しかし、刹那には負い目がある。
「どうなの?」
刹那は思わず言ってしまう。
「そういうのじゃないと、思う……」
「そうなんだ。ならさ、私のパパになってくれない?」
「パパ?」
自分はすでに父親だと思っていた刹那は面食らった。
「そう、パパ。ママだけを愛してあげて欲しいの。そうしたら、刹那のこと許してあげるよ」
「許す?」
刹那はドキリとした。アサギはにやりと笑う。
「私の病気のことは私が一番知ってるよ。刹那、医療ミスしたでしょ? 私の手術」
「す、すまない!」
刹那は頭を下げた。それを見て、アサギは笑いをこらえた。
「ふふ、鎌をかけたんだよ。こんなあっさり行くとは思わなかった」
刹那は呆然とアサギを見ていた。
「まぁ、まだこうして話ができていることから、今回だけは刹那くんにチャンスを与えよう」
アサギは尊大な態度で言った。
しかし、すぐに態度を改めた。そして寂しそうに言う。
「さっきみたいな無茶な話じゃないよ。そもそも、刹那みたいな人が、パパになれるわけないんだよね」
刹那はすぐさま否定しようとしたが、それを否定する言葉を持ち合わせていなかった。
「でね。私、悪い子だからね。最後にわがままを言おうと思うの」
アサギはパッと笑った。
「わがまま?」
刹那は聞き返す。
「私ね、ママの結婚式姿が見たいの。だから、その相手役になってよ」
「……」
「ママはね。刹那の目にはどう見えてるか分からないけど、すごく嫉妬深いんだよ。それでね、すごく真面目なの。お腹の中に私がいるのを知ったときだって、きっと刹那にそれを言いたかったと思うよ。でも、刹那はそんなでしょ? だから、ママは一人で育てるって決めたんだよ」
「だからと言って、今さら」
ユウナが、そんなことを望むはずがない。刹那はそう思った。
「分かってないなあ! だから、私のわがままなんだよ。私の自己満足のために二人は協力すればいいの!」
すぐに刹那は返事ができなかった。すると、アサギはじれったそうに声を上げた。
「もう! 分かってないな。後は、刹那がOKしてくれればいいんだよ!」
「ユウナが?」
「ママって以外とロマンチストなんだよ。長い付き合いみたいなのに気づかなかった?」
刹那は自分が恥ずかしく思えた。
「で、もちろん、協力してくれるでしょ?」
しかし、刹那はまだ何と答えていいかわからなかった。
今まで、挙式をあげて欲しいと、何人もの女性に泣きつかれ、刹那はその度に逃げ出してきた。
どこまでも尽くしてくれた女が、どれほど懇願しようと刹那はそうしてきた。それが、自分と関わる全ての女に対しての、刹那なりのけじめでもあった。それを考えると、そればかりは、覚悟を容易に決めることが刹那にはできなかった。
しかし先の話もあり、アサギは刹那のその沈黙を肯定と受け取ったらしく、笑顔を輝かせた。
「じゃあ、約束だよ! 絶対ね!」
楽しそうに式の段取りなどを話す、アサギを見て、刹那は自分の決心が未だにつかないことなど言えはしなかった。
相槌をうちながら、時間が欲しいと切り出すタイミングを見計らったが、とうとう、そのタイミングはつかめなかった。
刹那は後にこの事を後悔することになる。
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