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NO.10 数珠 浅葱(すず-あさぎ)(古参)

44ε:2011/06/07(火) 09:18:01
*清々那 帰莢(すがたな-きさや)


 少女は虚無を内に抱えていた。少女の名は帰莢と言う。
 浅葱は思う。俺が彼女を殺した。


「俺は業(つみ)を背負っている」


 かつて、浅葱は自らの祖父の友人、草月にそう語った。帰莢と浅葱の間に何があったのか。それを人づてに聞いていた草月は、浅葱のその言葉を聞き、彼の言う「業」を、そのように解釈した。
 草月のほか、浅葱と帰莢の間で起こった出来事を知っているものは、ごく一握りである。


 そもそも、「清々那 帰莢」という存在が、無名の魔人でしかない。それを知っているものがまず少ないのであるから、浅葱と彼女の間で何があったのかなどに、興味を持つこと自体ほとんどないのである。


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「ここ、大丈夫?」
 帰莢は浅葱に問いかける。
 彼は無言で頷く。


 昼下がりの休日、帰莢と浅葱は、ただ静かに軒下から庭を眺めていた。
「道場はいいのか?」
 浅葱は尋ねた。
「今日は、父さんがいるから」
 と、帰莢は微笑む。浅葱は「そうか」と言った。


 帰莢の父親、清々那喜朔は、瞳術の復興者であり、現代瞳術を大成させた存在であった。当然、その娘である帰莢も、その瞳術を叩き込まれ、出稽古で滅多に家にいない父に代わり、道場を預かっていた。
 この時間帯、いつも帰莢は、近所の子ども達に瞳術の稽古をつけてあげていた。


「なら、早く帰った方がいい」
 しばらくの間を置いて浅葱はそう続ける。 
 久しぶりの親子水入らずと言うのに、わざわざ自分と共にいる必要もない。
 浅葱はそう考えた。
 しかし、帰莢は首を振った。
「私は養子だから」
 浅葱はそれ以上言葉を続けなかった。


 帰莢は、幼少の頃、道に置き去りにされていたところを、今は亡き喜朔の夫人に拾われた(その頃は、夫人ではなかったらしいが)。
 帰莢に瞳術の才能を見出したために、喜朔は帰莢を必要とした。しかし、もし、帰莢に才能を見出さなければ……。


 二人は、それ以上互いに言葉を交わさなかった。ただ、静かに時間だけが過ぎていく。


 日が沈んだころ、帰莢はぽつりと言葉を漏らした。 
「バカだね、私。こんなのいつまでも続くはずないのに、ずっと続いたらって思っちゃったよ」
 帰莢は袖で目をさっと擦り、「父さんの夕食作らないといけないから」とその場から立ち去る。
 周囲には人の気配はなく、月明かりだけが浅葱を照らしている。
「……ずっと、か」
 浅葱はそう呟いた。


「お前、何なんだよ」
 見覚えのない少年が、ある日、浅葱の前に現れた。
「何のことだ?」
 こう言ったのは嘘ではない。しかし、少年はむすっとした表情で浅葱を見ている。
「……お前、帰莢の何なんだよ」 
「質問の意図が分からん」
 そう答えると少年は声を上げる。
「お前は帰莢のことが好きなのか!?」
「……考えたこともないな」
「嫌いなのか? それとも……そうなのか?」
「回りくどいな」
 浅葱は押し黙る。このような乱暴な物言いをする以上、こちらから、その意図を汲んで、それに答えてやる必要はない。
 長い沈黙の後、少年はか細い声で言った。
「……帰莢のことが好きなんだよ。あいつを手に入れるのに、お前が邪魔なんだ……」
「……そうか。なら、安心しろ。俺はあいつのことなど、何も思っていない」
 浅葱はそう答えた。事実、浅葱はこの少年が抱くものと同質の感情を、帰莢に抱いてはいなかった。
「本当か!? 本当なんだな?!」
「ああ」
 浅葱はそれだけ告げた。
「なら、今度あいつが来たら、突っ返してくれよ。そしたら、あいつもお前を諦める!」
 浅葱はうんざりした。なぜ、自分がそこまでしなければならない。
「俺はお前の邪魔はしない。後は、お前の力でどうにかしろ」
 浅葱は立ち上がり、部屋の奥へと引っ込んだ。


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