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NO.10 数珠 浅葱(すず-あさぎ)(古参)
35
:
ε
:2011/06/06(月) 22:24:47
「私の病気のことは私が一番知ってるよ。刹那、医療ミスしたでしょ? 私の手術」
「す、すまない!」
刹那は頭を下げた。それを見て、アサギは笑いをこらえた。
「ふふ、鎌をかけたんだよ。こんなあっさり行くとは思わなかった」
刹那は呆然とアサギを見ていた。
「まぁ、まだこうして話ができていることから、今回だけは刹那くんにチャンスを与えよう」
アサギは尊大な態度で言った。
しかし、すぐに態度を改めた。そして寂しそうに言う。
「さっきみたいな無茶な話じゃないよ。そもそも、刹那みたいな人が、パパになれるわけないんだよね」
刹那はすぐさま否定しようとしたが、それを否定する言葉を持ち合わせていなかった。
「でね。私、悪い子だからね。最後にわがままを言おうと思うの」
アサギはパッと笑った。
「わがまま?」
刹那は聞き返す。
「私ね、ママの結婚式姿が見たいの。だから、その相手役になってよ」
「……」
「ママはね。刹那の目にはどう見えてるか分からないけど、すごく嫉妬深いんだよ。それでね、すごく真面目なの。お腹の中に私がいるのを知ったときだって、きっと刹那にそれを言いたかったと思うよ。でも、刹那はそんなでしょ? だから、ママは一人で育てるって決めたんだよ」
「だからと言って、今さら」
ユウナが、そんなことを望むはずがない。刹那はそう思った。
「分かってないなあ! だから、私のわがままなんだよ。私の自己満足のために二人は協力すればいいの!」
すぐに刹那は返事ができなかった。すると、アサギはじれったそうに声を上げた。
「もう! 分かってないな。後は、刹那がOKしてくれればいいんだよ!」
「ユウナが?」
「ママって以外とロマンチストなんだよ。長い付き合いみたいなのに気づかなかった?」
刹那は自分が恥ずかしく思えた。
「で、もちろん、協力してくれるでしょ?」
しかし、刹那はまだ何と答えていいかわからなかった。
今まで、挙式をあげて欲しいと、何人もの女性に泣きつかれ、刹那はその度に逃げ出してきた。
どこまでも尽くしてくれた女が、どれほど懇願しようと刹那はそうしてきた。それが、自分と関わる全ての女に対しての、刹那なりのけじめでもあった。それを考えると、そればかりは、覚悟を容易に決めることが刹那にはできなかった。
しかし先の話もあり、アサギは刹那のその沈黙を肯定と受け取ったらしく、笑顔を輝かせた。
「じゃあ、約束だよ! 絶対ね!」
楽しそうに式の段取りなどを話す、アサギを見て、刹那は自分の決心が未だにつかないことなど言えはしなかった。
相槌をうちながら、時間が欲しいと切り出すタイミングを見計らったが、とうとう、そのタイミングはつかめなかった。
刹那は後にこの事を後悔することになる。
アサギは、病の身でありながら、人前でその苦しさを表に出すことが決してなかった。
それゆえに、刹那はアサギが、自分のミスのために、いつ亡くなってもおかしくない状態であるということを忘れていた。
いや、アサギのその強さに甘えていた。
そして、挙式の日、刹那は行方を晦ました。しかし、ちょうどその日は、台風が重なったため、式は中止となった。
その翌日になって、アサギの様態は急変し、そのまま近くの病院で息を引き取った。
刹那が駆けつけたとき、アサギの葬儀は終わっていた。
アサギの遺言で、ユウナは刹那を表面的には許したが、その心の内には深い溝ができた。
刹那はそれから数年の後、消息を絶つ。
再び刹那が友人らの前に現れたとき、彼の傍らには「浅葱」がいた。
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