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NO.10 数珠 浅葱(すず-あさぎ)(古参)
28
:
ε
:2011/06/06(月) 22:10:56
「来るな、人殺し……!」
手近な石を拾い上げ、雪はそれを投げつけた。
浅葱は冷たい表情のままそれを避ける。
「なんで、なんで、皆を殺したんだ……! よくも、よくも……!!」
雪は望む望まざる、知らず知らざるに関わらず、仄暗い魂によって選ばれた存在だった。
「皆? お前の生み出したあれらは、人か?」
雪は答えに詰まった。
あの生き物は確かに、人ではない。しかし、雪はあの中に少女の影を見出していた。
「けど、あれは、友達だったんだ……!」
「そうか」
雪は後ずさる。白い髪に、深紅の瞳、彼女は浅葱という存在に、恐怖を覚えていた。
「お前はもう戻れない。捨て犬を拾ったようなつもりでいたのかもしれないが、あれはそんな生易しいものじゃない。お前の魂は魅入られたに過ぎない……。やがて、あれと同じ化け物に、今度はお前自身が成り果てる」
雪は浅葱の話を理解していなかった。彼女の目には血に濡れた浅葱の脇差しか映っていない。
「……だから、私を……」
殺すの?
「……」
無言。
長い沈黙の後、浅葱は口を開いた。
「お前は責任を取らなければならない。お前の軽率さによって、この町の住人が犠牲になった。家族を失ったもの、友人を失ったもの、彼らは決してお前を許しはしない」
「けど、それはあっちが……! あっちが、先に手を出したからなんだよ……! そうじゃなかったら、あの子達が、あんな酷いことをするはずがないんだよ……!」
「お前は、あくまでそう信じるのか」
浅葱は静かに雪へと手を伸ばす。まるで、何かに体を射抜かれているのかのように、雪の体は動かなかった。
『怨むなら、怨め』
浅葱の深紅の瞳と表情は、雪にそう告げていた。
――転写。浅葱はその現象をそう呼ぶ。あれらと心を通わせ、あれらと関わってしまった者に、平穏などありはしない。やがて、彼女も、彼女が犠牲者に施したように、肉体と魂を少しずつ侵食され、書き換えられる。その魂は永劫、穢されたまま、清まることは決してないのだ。ならば、いっそ、その前に。
雪の頬を涙が伝う。死にたくない。雪は浅葱にそう眼で訴える。しかし、浅葱の掌は、すでに彼女の頭を捉えていた。瞬間、少女は悲鳴を上げた。海老反りに腹を持ち上げ、許しを請うように、浅葱の方へ手を伸ばす。
肉を裂き、服を引き裂いて、''何か''が、雪の胎内から顔を出す。仮足のようなものが、雪の腹の裂け目から、天へ向かって伸びていく。
雪は獣のような、悲鳴を上げながら悶え苦しむ。雪の指先が浅葱の頬に触れた直後、その''何か''は、突如として爆ぜた。
雪の意識はそこで途絶えた。
気づくと、雪はあれらと関わった、一切の記憶を失っていた。
お腹には、手術の後があった。
「応急措置がよかった」
と、医者は言っていた。しかし、誰と一緒にいたかなど、雪にはその記憶がなかった。
ある少年が、山中にいた彼女を、麓まで担いできたらしいが、彼女には心当たりはない。
雪の母は、目覚めた雪をぎゅっと抱きしめた。雪の父は医者や警察にあれこれと聞いていた。
何があったんだろう。雪はふとそんなことを思うときがある。しかし、それと同時に「思い出さなくていい」という、そんな声が自然と内から湧くのだった。
ただ、私を助けてくれた少年。彼については、いつかきちんと思い出せたらいいな、と雪は思っている。
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