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友や仲間との絆、そこから疎外された者について

1灰人@スキゾキッズ:2015/11/20(金) 14:55:29 ID:aiCZtZkI
村上龍「龍言飛語」参考
親しくない、あるいはその人に対しての情報がない場合は、どんなことだって笑えるということだ。
人間というのは知り合いが集まって、小さな部族とか仲間を作って生活してきたわけだよね。人間は一人だったらネズミ一匹、ウサギ一匹捕まえられない。だから助け合って生きてきた。その助け合いの輪の外にいる人間としか戦えないと思うんだ。
人間の中には他人の不幸を喜ぶ習性がある。そのときの他人というのは、必ず外部の人間、仲間の外の人間だ。
「ひとの不幸は面白い」という言葉の裏には、そういう非常に重要なテーマが含まれている。

宮台真司「よのなかのルール」参考
「同じ国民だから仲間だ」などとは言われず、「仲間を殺すな」といわれても、「こいつは仲間じゃねえんだよ」という感性も存在する。
「仲間」だと感じられるのは、感情に訴えかける魅力が感じられ自分の自尊心が満たされる範囲、つまりかなり小さな範囲に縮んでいる。
こうして「仲間」の範囲が縮んでくると「おまえは在日、韓国人、朝鮮人、外国人」といった表現を使っての印象操作が行われ、
疎外された人に対して「外国の工作員」だの「統合失調症患者」だの「危険人物、異常者、知能がかなり劣る者」といったレッテルをはり、
「外患誘致罪や内乱罪を適用し死刑にしてもいい」「たとえ違憲でも妄想として処理できるなら令状なしの家宅捜査や私生活の見世物化をしてもいい」「心の底から軽蔑の対象とする喜劇に仕立て上げたい」「つけあがって自爆希望」
といった判断がくだされ、毎日匿名掲示板2ちゃんねるで韓国人への民族差別などを経由した過激な侮辱が行われていたりしても、
「だから何なんだよ関係ねえよ」「おまえの事を必要としている人なんていないと思うから氏んでもいいと思うよ」
という認識も存在するようになる。
「仲間以外はみな風景」「仲間じゃなけりゃ人も野良犬も害虫もガベイジ(生ゴミ)も寄生虫も同じだ」とばかりに、仲間でない者に対して排他的な言論が占めることになる。
「みんな仲良く平等だ」だと内輪で揉め事が起こるから、連帯の紐帯が薄い被害者にプライバシーの軽視された生活を強制させておき、些細な異常行動も発見できるようにしておく必要があると判断する者もいるのでしょうか。


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