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新興宗教

6 名無しさん :2010/10/13(水) 18:31:19
15年以上経って、やっと許せるようになった話。

母が闘病中に、霊友会の親戚に知らない間に家族全員入れられていました。
もちろん、東京タワー近くのお堂に連れて行かされ(父は仕事と私に押し付け逃げたw)
3列目に座らされた時に、自分も霊友会に入れられさせられてた事が分かり。
当時まだ十代だった私に、「本当はあんたをお堂に座らせてもしょうがないんだけどね〜
青年会にこれから参加させれば、ま、いーか。」と、言われ。。 子供ながら、父を連れてきて寄付させたかったんだなぁーと分かりました。

「この大理石で出来たお堂は、全て寄付から賄ってるものなのですか?」
と当時、若さゆえの命知らずの質問をしてしまったのですが
周囲の気持ち悪い笑顔を出していた大人達から「全て借金よ♪」とスルーされたのは言うまでもありません。

母が亡き後、親戚の霊友会の会員達が家に来て供養だ何だの言われ
母が茶道や舞踊で使っていた百万単位の着物や十万単位の扇子諸々全て奪われてしまいました。。
母が亡くなって、1年も経たず気持ちも落ち着いていないのに。
(霊友会で何かの会があったらしく、我が家を宿代わりにしようといきなり泊まりに来た時に、泥棒のように車に積まれました。)

父は、家の財産が取られないまでマシだと。可哀相な人達だから許せと。 父が幼き頃に母を亡くした時に母親代わりにしてくれた伯母の娘だったので、
父は恩を思い、それまで嫌な顏をしませんでしたが泣き崩れる私と押入れを空っぽにされた部屋を見て
父はやっとその親戚をCO決定。元々父は家庭の面倒臭い事を母に押し付ける人なので やっとこさ思い腰をあげたのもあります。

彼等にとって、母の形見はただの金目の物、しかし今では古い布切れでしか無いと思いますが
私にとっては、母の唯一残されたぬくもりでした。 なので私の手元に今残っている母の形見は焼き場に連れて行く時に外した結婚指輪のみ。。

供養という言葉を連呼しながら思い出を盗んだ人達を忘れるのに15年掛かりました。


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