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日本祖語 (日琉祖語) について語ろう

1名無しさん:2011/03/05(土) 12:44:05
日本語派(狭義の日本語、本土方言)や琉球語派(琉球諸語、琉球方言)を合わせた
日本語族の祖語としての、日本祖語(日琉祖語)について語ろう。

日本祖語の再構は、他の言語や語族との比較をする際にも不可欠だが、どのように再構されるか定説はまだ無い。
日本祖語の語彙、音韻、語法、アクセントなどがどのようなものだったのか、どこに分布していたのかなどについて、
文献資料や方言、内的再構、考古学的資料などから迫っていこう。

29名無しさん:2011/06/05(日) 03:05:28
>>27
貴方のようなコテコテの自称言語学専門家こそ本質を見失っているのだよ。

>これについては、一体何を元にそう言っているのかよく分からない。
そんなこともわからないのか?
そもそも訛りはアクセントだ。アクセントなんて容易に変化する。
真似しようと思ったら出来る。京阪式だって真似しようと思えばできる。
そして音韻変化もそもそもの性向を理解しないといけない。
それが基層言語から受け継いだものなのか、内的変化によるものなのか、影響によるものなのか、
しっかり見極めねばならない。貴方がたのように何でも内的変化で説明できてしまうと過信している
ところに自称専門家の大きな落とし穴がある。

そして東北地方のズーズー弁化の話だが、まず記録が当てにできない部分も多い。
そしてイとエが混同していなかったり、シとスなどを混同していないのはある意味当たり前で、
そもそもズーズー化するという音韻的特徴があるだけ。
例えばイとエの混同はもともと区別して発音しようとしていたが、
それが彼らの元来の音韻体系にそぐわないものであるために、自然と混同していったと見るべきであり、
混同が完了していないことが、比較的新しい理由にはならない。
ズーズー弁を話す音韻的力学自体は縄文語から受け継がれているのであって、それに合わせるように自然な方向に変化が働いただけ。
ズ―ズー要素が見られる北陸で「ワ行五段動詞の促音便」や「である→だ」と言う変化が見られないのも
関西からの影響が強すぎたためで、彼ら本来の力学では促音便化、「だ」となるはずであった。
しかし一度「や」になってしまったからにはもはや「だ」にはならないだろうが。

30名無しさん:2011/06/05(日) 03:08:40
>>28
あんたも何もわかってないねえ。
>いかにそれが事実と違っていようが
あなたの事実が違っていたらどう責任をとるんだ?
血液型を全く信じてないのか。
それは困ったものだ。

31名無しさん:2011/06/05(日) 03:10:25
>>26
そもそも縄文時代の日本列島の言語として、(ほぼ)単一の「縄文語」というのを想定する時点で違和感が激しい。
日本列島というのは、我々がよく「小さな島国」として形容する意識とは裏腹に、言語的に見れば相当に広い。
日本語圏化がかなり新しく歴史時代以降の北海道を除いても、日本語圏は30万km^2近い面積を持ち、
本土方言だけでも端から端まで1600km以上、琉球方言も含めれば2500km以上の長さを持つ。

これだけの広さの地域が言語的に統一されるというのは、最低でも高度な農耕技術などを持ち、
さらには強力な中央集権国家が成立するような事態でもないと考えにくい。

縄文時代のような狩猟採集段階の地域では、言語圏は非常に狭く、異なる系統の言語が狭い地域に多数ひしめく。
ヨーロッパ人到達以前のカリフォルニア半島やニューギニア島の言語状態が典型的だ。
縄文時代の日本列島の言語状態も、当時の社会段階から考えて、そのような分裂状態だったと考えられる。

弥生時代に入り、弥生文化とともに日本祖語が日本列島広域に広がったと考えるのが非常に自然だ。
言語の入れ替えには、住民自体の入れ替えと、相手の言語に威信があることによる言語の取り替えがある。
日本列島では縄文時代末期に人口の大幅な減少が起こり、弥生時代に入って急増しているので、
住民自体の入れ替えに近いとも言えるが、縄文人も弥生文化を受け入れ、混血していくうちに、
元々の言語を捨て、日本祖語を話すようになっていったのだろう。

日本祖語が、縄文時代に日本列島で話されていた多数の言語のうちの一つだったのか、
弥生時代に渡来人が日本列島の外から持ち込んだ言語だったのかは分からない。
ただ、>>18のように日本祖語が諸方言に分岐を始めた年代が約2200年前の前後のようだから、
そのあたりの時期に何かが起こったのは確かだろう。

32名無しさん:2011/06/05(日) 03:13:43
>>31
違和感が激しくてもそれが事実でなかった証拠にはならない。
貴方の言っていることはわかるが、その上でこういうことを言っているんだよ。
日本ではそういう状況ではなかったことだって十分にありうる。

33名無しさん:2011/06/05(日) 03:28:07
日本列島における日本祖語の拡散と、ヨーロッパ南部におけるラテン語の拡散はかなり似たところがあると言えるのではないだろうか。

紀元前1000年〜500年ごろのイタリア半島では、後のロマンス諸語の祖語となるラテン語の他にも多数の言語が話されていた。
ラテン語にかなり近かったファリスク語、イタリック語派に属するが別の語群を形成したオスク語とウンブリア語、
アルバニア語派とも言われるが不明のイリュリア語やメッサピア語、系統不明のエトルリア語やリグリア語などだ。

これらはローマ帝国の成立によるラテン語の拡大とともにラテン語に圧倒され消滅していった。
もちろんこれらの民族が子孫を残さなかったわけではなく、母語の取り替えが起きたわけだ。
このとき、当然ながら取り替えの当初は元の母語の影響が音韻にも残っただろうが、
今のロマンス諸語にその影響らしいものはほとんど見られない。

ただ、フランス語には元のケルト語(ガリア語、ゴール語)の音韻の影響が見られるとされており、
例えばuが[y]と発音されるようになったことなどが指摘されている。

ラテン語話者が多数派になったり、数世紀に渡ってラテン語地域との密接な交流を保ち強い影響を受け続けた地域では、
当初は残っていたであろう音韻的な特徴や痕跡すら数世代のうちに消されてしまう。
古代フランスはかなりの辺境で、そこまでの段階に至らないうちにローマ帝国が崩壊したために音韻に痕跡が残った。

34名無しさん:2011/06/05(日) 03:32:01
一つ言っていなかったが、ここで言う縄文語とは最初から日本にいた現住民の言語ではなく、
弥生人の前に日本に来た部族が話していた言語だ。
従って原住民の言語であるアイヌ語とは全く違う。
>>31で「強力な中央集権国家が成立するような事態」と言っておられるように、
今の大和朝廷が来る前に日本には出雲を中心とする縄文人国家が成立していた。
国譲りは出雲が大和に敗れた歴史だ。

35名無しさん:2011/06/05(日) 03:51:32
>>32
特に根拠が無いのなら、他の地域と似た状況が日本列島にもあったと想定するのが自然。
根拠や証拠はないが、日本列島だけは違ったはずだと言われても困る。
何に基づいてそういうのかはっきりしてもらわないと。

少なくとも北東北では、日本語圏に入る前に話されていたのはアイヌ語だ。
1756年に津軽藩が津軽半島のアイヌに同化政策を実施した記録が残っているように、
18世紀後半までは本州にもアイヌ語話者がいた。北東北では奥地にアイヌ語地名が多いから、
拓けた平地では先に日本語化が進行し、奥地にアイヌ語が残存するという経過を辿ったのだろう。
もちろん江戸時代の時点ではアイヌ語話者はもうごく僅かだっただろうが。

さて、北東北では明らかに基層語はアイヌ語であるはずなのだが、
北奥羽方言の音韻的な特徴はアイヌ語とは似ても似つかない。

例えば「ズーズー弁」と呼ばれるイとウの中舌母音化、それに伴うシとス、チとツ、ジとズの混同が有名だが、
アイヌ語では母音ははっきりしたアイウエオで、イもウも中舌的ではない。
特にウは、東北方言的な中舌で平唇的な発音とは全く逆で、近畿方言以上に奥舌で円唇的だ。
共通語話者にはむしろオに近く聞こえるほどで、ズーズー弁的な要素は全く無い。

他の様々な音韻的特徴も、アイヌ語の影響として説明できるものは皆無だ。

蝦夷はアイヌと違うというかもしれないが、少なくともズーズー弁の本場であり主な分布地である東北では、
アイヌ語→日本語という交代が行われたことが明らかであり、そしてそのズーズー弁はアイヌ語の影響とは考えられない。
そうすると、「ズーズー弁は縄文語の影響」というのはどう考えればいいのだろうか?

36名無しさん:2011/06/05(日) 04:01:44
ちなみに小泉保の『縄文語の発見』はいいところを突いているのだが、
誤りは「表日本縄文語」「裏日本縄文語」「九州縄文語」など
「〜縄文語」などというものを大量に作ってしまったことだ。
そもそも現在の日本語の方言には出雲を中心とする縄文語と
九州→大和を中心とする弥生語の2つしか受け継がれていない。
以前広く分布していたであろうアイヌ語や沖縄の縄文語などは全く受け継がれずに
消滅しておき変わった。
「表日本縄文語」など中部については縄文語と弥生語の中間として説明できるし、
近畿・中国・四国・九州・琉球については弥生語の内的変化によって生じたのであって、
縄文語の特徴は受け継がれていない。

出雲は大和に敗れたのち、東国に逃げた。東日本で出雲系神社が主流であるのもそれを示す。
東北地方では元来からアイヌ人が住んでいたが、縄文人はアイヌを押しやりあるいは同化させて、
ともに蝦夷となって比較的最近まで大和朝廷と戦い続けた。

37名無しさん:2011/06/05(日) 04:09:10
>>35
>>22でも書いたが、ズーズー弁はアイヌ語とは別ですよ。
人の意見を聞いてから反論しなさい。

>>26>>29辺りもちゃんと読んでますか?
これらを読まない限り反論は許しませんよ。

38名無しさん:2011/06/05(日) 04:19:05
なんかもうあまりにも言語学的な事実や常識とかけ離れた言説が多すぎて読んでるとクラクラしてくるんだが。
一体全体どこから突っ込めばいいものやら…

まず確認させてくれ。
「縄文語」と「弥生語」の関係は?全く系統関係も無い別言語なのか?読んでもよく分からん。

39名無しさん:2011/06/05(日) 04:20:32
>>35
>何に基づいてそういうのかはっきりしてもらわないと。
これこそ歴史ですよ。
歴史的観点から見ればズーズー弁地域が縄文的であるというのは一目瞭然なんですよ。

大体こんな感じだったのではないでしょうか。

アイヌ人を北に追いやった縄文人が広く日本に分布していた。
(縄文時代は東日本の人口密度が高く、西は低かったという。
それは東北地方の方が狩猟・採取社会に適していたため)
縄文人はズーズー弁を使っていた。その後黒潮に乗ってやってきた南方系や、
朝鮮半島を経由して来たと思われる大陸系の人々が九州から西に稲作文化と共に東に向かい、
ジワジワと縄文人を東から北へ押しやった。この時北へ逃げ損ねた部族が山陰地方にいた。
山陰に残された部族は九州側から侵入した部族に東に追いやられ、
近畿地方から侵入してきた部族によって西に追いやられ、山陰の真ん中である出雲に追い詰められ、
逃げる事を止めた。これが「出雲地方の人達がズーズー弁を使っている理由である。

40名無しさん:2011/06/05(日) 04:23:10
>>38
音韻的には全く別物。
系統的にも別物。
語彙や文法なんかはいくらでも変わるから何とも言えない。
そこはご容赦を。

41名無しさん:2011/06/05(日) 04:57:19
連投すまんがいくつか訂正及び補足。

>>35で「近畿・中国・四国・九州・琉球については弥生語の内的変化」を
「近畿・中国・山陽・四国・琉球」に訂正。
出雲をはじめとした山陰は縄文語系統でで弥生語とは別。

「以前広く分布していたであろうアイヌ語や沖縄の縄文語などは全く受け継がれずに
消滅しておき変わった。
「表日本縄文語」など中部については縄文語と弥生語の中間として説明できるし、」
で、「沖縄の縄文語」とは出雲の縄文語とは別。むしろアイヌ語に近い可能性が高い。
「中部については出雲の縄文語と弥生語の中間」に訂正。

「縄文語」の定義が分かりにくくて誤解を与えかねなかった。
もともとアイヌ語が話されていたところにズーズー弁の縄文語話者がやってきて、
そのあと声調を持った弥生語話者がやってきたと思ってもらえればよい。
沖縄で話されていた縄文時代の言葉はアイヌ語と同一視してもらって構わない。

別に縄文語を出雲語、弥生語を大和語と読んでもよいのだが、
ややこしくなるのでやめる。

要は アイヌ語-縄文語-弥生語 の3段階と理解してもらえばいい。
そのうち現在音韻的に受け継がれているのは縄文語と弥生語。

4241:2011/06/05(日) 04:58:42
「近畿・山陽・四国・九州・琉球」に訂正w

43名無しさん:2011/06/05(日) 10:52:34
これは酷い…「ズーズー弁の縄文語話者と声調を持った弥生語話者」とか
小泉保の受け売りなんだろうが、これまでの輝かしいアクセント論の成果やら諸々を
全部無視してぶち壊してるなあ…

こういう人が、言語学について全く知識が無く、学ぶ気も無いのに、
言語学や言語学者を馬鹿にして、歴史学などの知識だけで勝手なことを言って、
しかもそれが素人受けしてる現状は目を覆うばかりだ。
定説を否定するにしても、せめて定説が何を根拠に何を言ってるかぐらいは把握するのが正しい態度だ。

44名無しさん:2011/06/05(日) 11:04:35
スレタイから外れそうになっているので日本祖語についての話になるべく戻すが、
少なくとも現在の日本語諸方言が、単一の「日本祖語」に遡るのは間違いない。
津軽方言から与那国方言まで、語彙、文法、音韻、アクセントのあらゆる面にきちんとした対応が見られる。

日本祖語が日本列島全体に広がり、日本語圏の拡大が起きたのは弥生時代からで間違いないだろう。
縄文時代から分岐していれば、今より遥かに方言差は大きいはずだからだ。実際はたかだか2000年強だ。
その前には他の言語があって、日本語圏化するときに言語の入れ替えが起きたことは事実だろうし、
元の言語の音韻的影響が残った可能性自体は否定できない。

ただ、元の言語の音韻的影響が仮に残ったとしても、それは「日本祖語が基層語の影響で訛った」という程度のものであり、
音韻の「系統」としては間違いなく日本語の系統だ。まずこの点を確認しなければならない。
仮にイ段やウ段の音価が基層語の影響で変化したとしても、イ段やウ段自体は日本祖語からのものだ。

言葉の使い方の問題になるが、「音韻の系統」なるものを考えても、全ての日本語方言は単一の系統だ。
相互に明確な音韻対応があるからだ。例えば青森方言と東京方言の音韻対応は極めて明確だ。
日本語東京方言と朝鮮語ソウル方言のような場合とは次元が全く違う。
仮に何らかの基層語の影響で音価が変化したことがあっても、「系統」としては日本語だ。
ここで「音韻は別系統」と言ってしまうようでは、「系統」の使い方が全く違うことになるので議論が成り立たない。

45名無しさん:2011/06/05(日) 11:16:27
>>41
やはりおかしい。
あなたの説だと、「アイヌ語」「縄文語」「弥生語」の全く違う3つの言語があったということだろう。

「縄文語」なる言語はアイヌ語とも弥生語とも全く異なり、日本語圏化する際に基層語として
裏日本的音韻のような特徴を与えるような音韻的特徴を持っていたと言いたいようだな。

しかしながら、そんな「縄文語」なる言語が存在した痕跡はない。

ズーズー弁の本場である東北では、日本語の前に存在したのは明らかにアイヌ語で、
アイヌ語→「縄文語」→日本語というような経過を辿った痕跡はない。
アイヌ語地名はたくさんあるし、アイヌ語話者も近世までいたが、
アイヌ語地名でも日本語地名でもない別の言語による地名とか、
日本語でもアイヌ語でもない言語を話す民族が存在したという事実は無い。

「ズーズー弁は縄文語の痕跡」というのなら、東北でこそ縄文語が話されていなければならないはずだが、
そんな事実はない。東北の基層語は明確にアイヌ語で、そしてアイヌ語はズーズー弁的な音韻的特徴を持たない。
一方で、関東や中部になるとアイヌ語地名がほとんどなく、この地域ではアイヌ語以外の基層語が存在した可能性はある。
しかし、これらの地域にはズーズー弁的な音韻的特徴が無い。

あなたの主張だと、「縄文語の分布地域」と「ズーズー弁の分布地域」は大体一致するはずだが、実際は全く逆だ。
これは、「ズーズー弁は何らかの基層語の影響によるものに違いない」という誤った仮定を元に、
ありもしない「縄文語」を勝手に創りだしたからだ。その仮定から推定される結果が言語的・歴史的事実と一致しない以上、
その仮定は否定される。

46名無しさん:2011/06/05(日) 11:30:07
>>24
>アクセントが変わろうと音韻だけはなかなか変化しない。
とあるが、実際には最も変わりにくく、後天的に習得するのが難しいのはアクセントだ。
これは現在の方言話者を見ても分かることだ。音韻的な特徴は共通語化しても、アクセントは最後まで残る。
日本語諸方言や世界の諸言語を見ても、激しい音韻変化を経ている例はいくらでもあるし、
その際にアクセント変化は小さいこともある。

自分の持つ音韻体系ならまだ自分で把握することもある程度できるが、アクセント体系の把握は非常に難しい。
>>29
>そもそも訛りはアクセントだ。アクセントなんて容易に変化する。
>真似しようと思ったら出来る。京阪式だって真似しようと思えばできる。
と言っているが、例えば東京式の人が京阪式を真似するのは極めて難しい。
これは京阪式のシステムが東京式より複雑だからで、同様に無アクセントの人が東京式を真似するのも困難。
そして様々な方言には複雑だが明確な対応があり、これは模倣などではなく内的変化で変化したことを明確に示している。

そして、青森から与那国までアクセントには明確な対応があり、これは青森方言と与那国方言の分岐、
すなわち日本祖語の段階から引き継いだアクセントであることを示している。
例えば「鼻」「花」は日本祖語から/pana/という音韻を引き継いだが、その時点で既に
「鼻」にはHH、「花」にはLLというアクセントが付いていたということだ。

47名無しさん:2011/06/05(日) 11:50:45
>>26
>太平洋側は表日本式音韻だが、これは奈良時代以前から長い時間をかけ陸路によって弥生語話者の移住により、
>影響をじっくりと受け続け、ズーズー要素が消失したことを示していると思われる。
>弥生語の影響がほとんど無かった東北地方も日本海側は海路によって関西の影響を受けた結果になり、
>アクセントを持つようになった。北陸方言ももともとは北奥羽方言のような経過をたどってきたはずである。

と、アクセント論について言及している部分があるが、ここは明確な間違い。

北奥羽式アクセントは、南北朝時代より前の京都アクセントと明確な対応を持ち、
南北朝時代のアクセント変化により畿内では失われた区別(例えば二拍名詞の二類と三類の区別)を引き継いでいる。
院政時代の京都アクセントの高起式と低起式の区別は、北奥羽式では無核型と有核型として形を変えているが綺麗に引き継がれている。
これは、院政時代の京都アクセントが内的変化を起こして発生したアクセントであることを示している。

歴史事実からしても、東北地方の日本海側が、京阪式からアクセントの影響を受けるほどの強い交流があったとは考えられない。
北奥羽式は青森、秋田、岩手(南部藩地域)、山形庄内に広がっていて、内陸部まで全て北奥羽式だ。
しかし、北前船での交易が盛んだったのは江戸時代で、海上交易の影響は、沿岸部の語彙に限られている。
順接の「さかいに」、感謝の「おおきに」が沿岸部には見られるが、内陸部には浸透していない。
成人してからの模倣や入れ替えが容易な語彙ですらそうなのに、アクセントだけ内陸部まで近畿の影響を受けるとは考えられない。
ましてや、一旦無アクセントになるとアクセントの習得は非常に難しい。今の茨城や福島の人を見ればよく分かる。

今の東京でも、「めっちゃ」「あほ」「うちら」など、戦後に関西から入った語彙はあるが、アクセントの影響は全然受けていない。
これだけ人的交流があり、テレビでも関西弁が聞こえてくる状況ですらそうだ。近代以前の東北内陸部で関西の影響はごく弱い。
元々無アクセントの人が京阪式の影響を受けるほどなら、語彙などはすっかり関西のものに入れ替わっていないとおかしい。

結局、通説通り、院政時代の京都アクセントとほぼ同じものを日本祖語のアクセントに想定するのが最も自然。
日本語圏化の進行過程で、基層語の影響によりアクセント変化が起きた可能性を否定はできないが、
系統としては日本祖語から受け継いだアクセントだ。

48名無しさん:2011/06/05(日) 13:24:57
>>43
>これまでの輝かしいアクセント論の成果
別にこれまでのアセクセント論を否定しているわけではない。
その原因を別のところに求めているだけ。
>>44
あなたの言っているのは理屈にしか聞こえないよ。

>>45
>しかしながら、そんな「縄文語」なる言語が存在した痕跡はない。
>日本語でもアイヌ語でもない言語を話す民族が存在したという事実は無い。
何度も言うが証拠がないからといってそれがなかったということにはならない。

>一方で、関東や中部になるとアイヌ語地名がほとんどなく、この地域ではアイヌ語以外の>の基層語が存在した可能性はある。
>しかし、これらの地域にはズーズー弁的な音韻的特徴が無い。
出雲が大和に敗れて東国に敗走する際、本来はアイヌの領域であった東北を主戦場とした。出雲はもともと中国地方、九州北部、四国北部、中部地方、関東に勢力を持っており、それより外(東北、北海道、四国南部、九州南部、沖縄)はアイヌが暮らしていた。
そこに九州、琉球、瀬戸内に影響を与えながら弥生人(大和)が近畿に定着し、出雲(縄文人)は一方は出雲に閉じ込められ、一方は東国に逃げて蝦夷となった。蝦夷の勢力圏とズーズー弁の範囲は一致する。(この議論では)アイヌは縄文人ではないが大和に敗れて敗走する際、出雲が東北のアイヌの領域に逃げこんだために、たまたまアイヌ語とズーズー弁の範囲が一致しているように見えるだけ。ズーズー弁が話されている出雲や富山や東関東でアイヌ語地名がほとんど見つからないもの、ズーズー弁とアイヌが無関係であることを示す。

49名無しさん:2011/06/05(日) 13:25:57
>>46
>実際には最も変わりにくく、後天的に習得するのが難しいのはアクセントだ。
これは嘘だ。音韻の方が変わりにくい。実際、アクセントが近畿を中心にほぼ同心円状に分布しているのに対し、音韻はそうはなっていない。瀬戸内VS東北という対立がはっきりと見られる。

>例えば東京式の人が京阪式を真似するのは極めて難しい。
>これは京阪式のシステムが東京式より複雑だからで、同様に無アクセントの人が東京式を>真似するのも困難。
確かに困難だが不可能だとは思わない。ただし完全には難しいだろう。例えば関東では無アクセント話者が中輪東京式を真似しようと思って埼玉特殊アクセントが生じた。
岐阜県揖斐川町山間部では京阪式アクセントだが、ワ行五段動詞は促音便化し、東北日本の音韻形態を持つと言えるが、アクセントは京阪式だ。近畿でも東北部(三重、滋賀、丹波)などでは京阪式アクセントだが、発音は濁音的で東北日本のものに近い。たとえはウは[u]というよりも[ɯ]に近い。それでもアクセントは京阪式だ。北陸ではもともと無アクセントの話者が(東京式を経たかは分からないが)京阪式の影響を非常に強く受けた結果、京阪式の亜種を持つようになったが、完全な京阪式にはなれていないのは、発音上の制約があるからだ。彼らの東北日本的発音では本来京阪式はそぐわないが、それよりも何よりも関西からの影響が強すぎてそんなこと言っている場合ではなかった。
様々な方言には複雑だが明確な対応があり、これは模倣などではなく内的変化で変化したことを明確に示している。

>そして、青森から与那国までアクセントには明確な対応があり、これは青森方言と与那国>方言の分岐、すなわち日本祖語の段階から引き継いだアクセントであることを示している。
アクセント自体の系統は全く否定していないよ。乙種アクセントは甲種アクセントから変化したのは明らかだし、それ以外考えようがない。ただその原因が単なる内部変化だけであるかというとそうとも言えないのではないかということ。また九州の二型式は京阪式が生じる前の弥生語のアクセント(「原京阪式」とでもするが)から直接変化したもので、後に甲種から生じた乙種外輪とは極めて相性が悪く、接触地では無アクセント化が進んだ。言い忘れていたが、縄文語(=蝦夷語=出雲語)は無アクセントであり、常磐の無アクセントは固有起源だと思われる。

50名無しさん:2011/06/05(日) 13:27:12
>>47
>北奥羽式アクセントは、南北朝時代より前の京都アクセントと明確な対応を持ち、…
>これは、院政時代の京都アクセントが内的変化を起こして発生したアクセントであることを示している。
そうだね。これ自体は否定しようがない。ただし、今の外輪乙種が見事に無アクセントあるいは型の少ない東京式に接していることから、内部変化を起こすような要因として無アクセントとの接触があったと考えられる。

>歴史事実からしても、東北地方の日本海側が、京阪式からアクセントの影響を受けるほどの強い交流があったとは考えられない。
これについても「考えられない」では否定されてことにはなりません。
>北奥羽式は青森、秋田、岩手(南部藩地域)、山形庄内に広がっていて、内陸部まで全て北奥羽式だ。
>しかし、北前船での交易が盛んだったのは江戸時代で、海上交易の影響は、沿岸部の語彙に限られている。
>順接の「さかいに」、感謝の「おおきに」が沿岸部には見られるが、内陸部には浸透していない。
語彙なんて新しい。それよりもアクセントが重要。

>ましてや、一旦無アクセントになるとアクセントの習得は非常に難しい。今の茨城や福島の人を見ればよく分かる。
関東では無アクセント話者が中輪東京式を真似しようと思って埼玉特殊アクセントが生じた。擬京阪式と呼ばれるが、今でも無アクセント圏出身で標準語アクセントををうまく話せない人は京阪式のように聞こえることがある。

>今の東京でも、「めっちゃ」「あほ」「うちら」など、戦後に関西から入った語彙はあるが、アクセントの影響は全然受けていない。
そりゃ、真似しようと思わなければ真似は出来ないよ。いまの東京の人たちは自分たちの言葉こそ日本の標準と思っているから。

>元々無アクセントの人が京阪式の影響を受けるほどなら、語彙などはすっかり関西のものに入れ替わっていないとおかしい。
そうとも限らないよ。そもそもその論理がわからない。東北にはかつて中央で使われていた古い語彙も見られるし。

結局、通説通り、院政時代の京都アクセントとほぼ同じものを日本祖語のアクセントに想定するのが最も自然。
>院政京都アクセントと同じものではないだろう。日本祖語はおよそ2000年前くらいだ。
院政京都はそれから半分もたっている。何らかの変化があったと考える方が自然。

>日本語圏化の進行過程で、基層語の影響によりアクセント変化が起きた可能性を否定はできないが、系統としては日本祖語から受け継いだアクセントだ。
そうだね。アクセント自体の系統としては日本祖語から受け継いだものだ。

5149訂正:2011/06/05(日) 13:37:04
>>46
>実際には最も変わりにくく、後天的に習得するのが難しいのはアクセントだ。
これは嘘だ。音韻の方が変わりにくい。
実際、アクセントが近畿を中心にほぼ同心円状に分布しているのに対し、音韻はそうはなっていない。
瀬戸内VS東北という対立がはっきりと見られる。
関西の人が標準語を話すとき、アクセントは東京式になっても、
発音方法は瀬戸内的なものから変わらないのがよい例。

>例えば東京式の人が京阪式を真似するのは極めて難しい。
>これは京阪式のシステムが東京式より複雑だからで、同様に無アクセントの人が東京式を真似するのも困難。
確かに困難だが不可能だとは思わない。ただし完全には難しいだろう。
例えば関東では無アクセント話者が中輪東京式を真似しようと思って埼玉特殊アクセントが生じた。
岐阜県揖斐川町山間部ではワ行五段動詞は促音便化し、東北日本の音韻形態を持つと言えるが、アクセントは京阪式だ。
近畿でも東北部(三重、滋賀、丹波)などでは京阪式アクセントだが、
発音は濁音的で東北日本のものに近い。たとえはウは[u]というよりも[ɯ]に近い。それでもアクセントは京阪式だ。
北陸ではもともと無アクセントの話者が(東京式を経たかは分からないが)京阪式の影響を非常に強く受けた結果、
京阪式の亜種を持つようになったが、完全な京阪式にはなれていないのは、発音上の制約があるからだ。
彼らの東北日本的発音では本来京阪式はそぐわないが、それよりも何よりも関西からの影響が強すぎてそんなこと言っている場合ではなかった。

>そして、青森から与那国までアクセントには明確な対応があり、これは青森方言と与那国>方言の分岐、すなわち日本祖語の段階から引き継いだアクセントであることを示している。
アクセント自体の系統は全く否定していないよ。乙種アクセントは甲種アクセントから変化したのは明らかだし、それ以外考えようがない。
ただその原因が単なる内部変化だけであるかというとそうとも言えないのではないかということ。
また九州の二型式は京阪式が生じる前の弥生語のアクセント(「原京阪式」とでもするが)から直接変化したもので、後
に甲種から生じた乙種外輪とは極めて相性が悪く、接触地では無アクセント化が進んだ。
言い忘れていたが、縄文語(=蝦夷語=出雲語)は無アクセントであり、常磐の無アクセントは固有起源だと思われる。

52名無しさん:2011/06/05(日) 14:29:19
早田輝洋は、京阪式アクセントを高低アクセント(位置アクセント)と「単語声調」の組み合わせ、
九州西南部の二型式アクセントを「単語声調」のみによるとしている。

日本祖語のアクセントは九州二型に近いもので、京阪式は比較的新しいアクセントなのかもしれない。

53名無しさん:2011/06/05(日) 15:41:27
  琉球  九州 瀬戸内・近畿 出雲 中部関東 東北 北海道
 
 |    アイヌ語などの原住民の言語           |
 |              /\            |
 |             //\\           |
 |       / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/  \ ̄ ̄ ̄ ̄|      |
 |      // ̄ ̄ ̄ ̄ ̄     ̄ ̄ ̄||      |
 |     || 縄 文 語(ズーズー弁)||      | 
 |     || (アイヌ語とは無関係) ||      |
 |    //\\            ||      |
 |   //  \\           ||      |
 |  //    \\          ||      |
 | //      \ ̄ ̄ ̄|       \\     | 
 |// 弥 生 語   ̄ ̄||        \\    |
  /           →→影響→→釗    \\   |
 |            ||  釗  釗    ||  |
 |            ||  釗   釗   ||  |  
 |            ||  釗表日本式釗  ||  |
 |            ||  釗 音韻 釗  ||  |
  ↓   ↓    ↓    ↓    ↓   ↓ 
琉球方言 九州方言 関西方言 出雲方言 中部方言 奥羽方言

54名無しさん:2011/06/05(日) 15:45:32
ずれすぎてよく分からんw

55名無しさん:2011/06/05(日) 16:11:17
  琉球  九州 瀬戸内・近畿 出雲 中部関東 東北 北海道
 
 |    アイヌ語などの原住民の言語              |
 |                   /\              |
 |                  //\\             .|
 |         / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄/   .\ ̄ ̄ ̄ ̄|      |
 |        /  / ̄ ̄ ̄ ̄      . ̄ ̄ ̄||      |
 |       | | 縄 文 語(ズーズー弁) ||      | 
 |       | | (アイヌ語とは無関係)  .||      |
 |      //\\                .||      |
 |     //   \\              .||      |
 |   //      \\             .||      |
 |  //         \ ̄ ̄ ̄ |         \\     | 
 |// 弥 生 語      ̄ ̄||          \\   |
   /           →→影響→→釗          \\  |
 |                  ||.釗      .釗   || .|
 |                  ||.釗      .釗   || .|  
 |                  ||.釗表日本式釗   || .|
 |                  ||.釗 音韻  釗   || |
  ↓      ↓     ↓       ↓   ↓   ↓ 
琉球方言 九州方言 関西方言 出雲方言 中部方言 奥羽方言

こうか?

5653:2011/06/05(日) 16:12:50
こちらをご覧ください。
http://photozou.jp/photo/photo_only/1738942/83175480

57名無しさん:2011/06/06(月) 01:12:06
東北や出雲だって日本語の一種なんだから、縄文語そのままというのはどう考えてもおかしい。
縄文語が弥生語に置き換えられたときに、縄文語の音韻的特徴が濃く残ったというならまだ有り得るが、
その場合でも系統としては弥生語だ。

58名無しさん:2011/06/06(月) 01:18:36
>>57
「系統」を
文法的側面から見るならば弥生語でしょう。
音韻的側面から見るならば縄文語でしょう。

ただこの場合系統と言うのはふさわしくないと思われる。
なぜなら現在の日本語の方言のほとんどは少なからず両者の混合・折衷形態だから。

59名無しさん:2011/06/06(月) 01:27:49
>>58
音韻だって他の方言と系統は違わない。
基層語の影響で骨格が歪もうが、骨格自体は日本祖語から受け継いだものだ。
フランス語の音韻にガリア語の影響があると言っても、音韻自体はラテン語から受け継いだものであるのと同じだ。

60名無しさん:2011/06/06(月) 01:41:40
>>59
そういう見方で「系統」と言うならば違わないだろう。
正確には音韻ではなく音声ですね。音声的には別系統。

61名無しさん:2011/06/07(火) 19:31:26
日本語アクセントの系譜
http://photozou.jp/photo/photo_only/1738942/83549428?size=1024

タイトルの主旨からずれてきたので、反論・意見などはこちらで
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/10958/1299500787/l50

62名無しさん:2011/06/09(木) 23:09:07
東北とか他の方言に基層語の影響があろうと、北海道・青森から与那国まで、
後から被さった祖語があってそれが語彙・文法・音韻・アクセントのほとんど全てを形作ってるのは確かなわけで、
それを「日本祖語」と想定するのは何の問題もないだろう。
縄文語・弥生語説なら弥生語のほうだ。

64名無しさん:2011/11/08(火) 07:51:27
考古学ではアイヌは弥生以降に北から侵入してきたと考えられているな

65名無しさん:2011/11/08(火) 08:01:33
それから考古学では縄文人が縄文民族というような単一の民族とは考えられていない

66名無しさん:2011/11/08(火) 08:27:10
日本語に二つの対立する音韻が明瞭に見られるなら、まず音韻の法則性から原因を分析するべきじゃないかな
そして歴史の分析
いきなり縄文語なる存在すら不明な言語に帰結するのは飛躍すぎる

68名無しさん:2012/02/27(月) 16:04:15
アイヌ語だ朝鮮語だアルタイ語だ南島語だタミル語だと言う前に
まず日本祖語の再構をしっかりやるべきなのに
今まで言語学者たちは一体何やってたんだかね

69名無しさん:2012/02/27(月) 16:59:33
歴史を根拠に出雲弁と東北弁を結び付けるなら、例えば、
東国の国造に出雲系が多いのは出雲から東国への
大規模な移民を反映しているに違いない、だから方言も…
とか言った方が、何の根拠も無い縄文語云々よりは
まだ説得力があると思うが。

72名無しさん:2012/12/14(金) 20:13:14
うちの田舎は九州の南部だけど何となく沖縄の方言と似てる
自分は全く田舎の方言は理解できないけど、
方言の抑揚とか、親戚の顔つきも沖縄県民とそっくり
九州の南部となんか関係あるのかな、言葉が何となく似てたり
顔とかはそれ以上に似てるから人の行き来が先史時代、
古代からあってその名残かな?

73名無しさん:2013/10/05(土) 21:10:39
634 :マンセー名無しさん [sage] :2013/01/20(日) 00:21:48.55 ID:NGCj7D/q
トマ・ペラールの「日琉祖語の分岐年代」
ttp://www.academia.edu/2374529/_
言語学の知見を考古学・人類学の見解と統合して、
日琉祖語の分岐年代と琉球列島への伝播年代の推定しましょうといういつもの話だけど、
めずらしく日本語の論文だし、一読してみて。

言語学部分の結論はこう要約されている。

 日琉祖語の分岐を奈良時代以降と想定したら説明できない特徴を琉球諸語が数多く保持しており,
 中古・中世分岐説が成り立たない。しかしそれと同時に,琉球祖語が中古・中世日本語と接触していた証拠もある。

前半については服部四郎が半世紀くらい前から言っていることで、目新しいことはないけど、
後半については、漢語の借用から接触時期を推定するというのははじめて見た。
結論的にはこうなる。

 【琉球諸語と中古及び中世日本語との共通点】が琉球祖語の形が再建可能なので
 琉球列島に伝播する以前の段階に琉球祖語によって借用されたと考えられる。
 そうすると,琉球祖語と日本祖語が分岐した後にかなり遅い時代まで隣り合って接触してきたと考えたら,
 上の矛盾も問題なく解決される。その借用語が9〜13・15世紀の間に取り入れられ,
 接触は少なくともその時代まで続いたと思われる。

635 :マンセー名無しさん [sage] :2013/01/20(日) 00:37:17.49 ID:NGCj7D/q
「日琉祖語の分岐時代が8世紀以前,つまり日本の有史以前」というのは別にそんなに驚くことじゃなくて、
他にも、万葉集から断片的にうかがえる上代東国方言も、畿内の言語と分岐したのは有史以前になる。
上代東国方言の特徴は現代の東日本の言語ではほとんど失われているから、
万葉集の時代以降に畿内の言語によって置き換えが進んだことになる。
琉球諸語は東国方言ほど強烈には畿内の言語の影響を受けなかったってだけだと思う。

考古学・人類学の見解も考慮した「総合的なシナリオ」として、トマ・ペラールは以下を提示する。

 琉球祖語の伝播が貝塚時代に行なわれなかったと思われる。
 逆に,(原)グスク時代は九州からの移民によって狩猟採集社会から農耕社会への
 急な転向と人口の急激な増加をもたらした時代で,
 琉球祖語の伝播時期と見做したほうが妥当である。

しかし、そうは言っても、中世日本語の時代まで琉球祖語の話者がいた場所を
九州本土に求めようったって、候補が見つからないだろう。
やっぱ奄美がキーになるんじゃないかという予感がする。

74名無しさん:2013/10/05(土) 21:20:33
621 :名無し象は鼻がウナギだ! :2012/11/06(火) 03:52:18.08 0
鹿児島の戦前の伝統的な食生活を書いた本を読んでるけど、モズクを沖縄ではスヌイと言うのに対し、鹿児島市ではスノリと言い明らかに同系の語で、
雑炊と同じ語源の語がもう少し汁気の少ない炊き込みご飯を指すのも両者で共通(沖縄でじゅーしー、鹿児島でずし)種子島で小型のたこを指す「すがる」と沖縄の「しがい(だこ)」も同根の語か
薩摩藩時代の接触もあるのかもしれないけど、意外に鹿児島と沖縄って食文化の他にも共通する単語があったりして関係が深いんだなと思う

622 :名無し象は鼻がウナギだ! [sage] :2012/11/06(火) 07:38:03.31 0
>>621
琉球方言の語彙には、九州を中心とする西日本の方言と同系のものが
たぶん一般に考えられているよりは多い。

623 :名無し象は鼻がウナギだ! [sage] :2012/11/06(火) 07:38:59.82 0
59 : 名無し象は鼻がウナギだ![] : 投稿日:2009/02/01 23:46:32 0
形容詞の活用で、「高くある」に由来する「高カ」のようなカ語尾が九州に行われるが、
同様のクアリ型語尾が奄美大島北部と宮古諸島に見られる。
例えば奄美大島北部ではターカン、宮古島ではタカカムのように言う。

語彙の面では、九州方言と首里方言に
穴を開ける ホガス/フガスン
穴が開く ホゲル/フギユン
蒸し暑い ホメク/フミチュン
唇 スバ/シバ
薄暮 アコクロ/アコークロー
苔 ノイ・ノリ/ヌイ
蓮 フチ・フツ/フーチバー
などが共通して見られる。


624 :名無し象は鼻がウナギだ! [sage] :2012/11/06(火) 07:58:18.48 0
人のレスのコピペだけじゃなんなんで
ttp://www.nik-net.co.jp/arekore/hougen/hougen2.htm
例えば、ここに挙がっている熊本弁のうち、
ガネ、ナバ、コブ、ショウケ、フ、ムゾカ、コマカ、
ネズム、カカジル、ウンブクルル、クビル、アカカ、オユル、、、etc
は、琉球方言でも対応する語が使われている。
ツバ「唇」はシバと対応するのだろうし
イガワ「井戸」も、琉球方言でカー、コーが川でなく井戸を指すことと符合する。

薩摩頴娃・トカラ宝島・奄美佐仁方言の語彙比較
ttp://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp/handle/123456789/9008

他にも、長崎・山口イラ / 沖縄イーラー「クラゲ」、
山口の準体助詞「ソ」と古琉球語の準体助詞「ス」(現代沖縄「シ」)、
九州・琉球ともに「行く」「来る」が標準語と逆になる場合がある、等々。


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