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今日もまた明治憲法復元に一歩近づいた!谷口雅春先生の真理1
34
:
名無しさん
:2012/03/30(金) 07:09:57
★皇軍の倫理★ 谷口雅春
一
皇軍は国民戦線でもなければ人民戦線でもない。政府軍でもなければ国民軍でもない。だから政府が代わっても皇軍は微動だもするものではない。皇軍はすめらみことの軍である。天皇に直属し、天皇の統帥し給ふところである。天皇のみことばの進軍が皇軍である。皇軍の進むところ世界がそのままに実相楽土となって運転するのである。本来世界に『軍』は一つだけあるべきで、これが宇宙の運転を司っているのである。だから『軍』は宇宙をあらわす象形たるワ冠の中に車を書き、その『軍』の進むところ宇宙の経綸がめぐるのであるから、『軍』に『進む』という意味の辵(しんにふ)をかけて『運』と読む。『軍』の進むところ宇宙の経綸がめぐるのである。『軍』の進むところ敵があったり戦争があったりするように思うのは間違いである。『軍』の辵(すす)むところ天運が循環し、既にある内在の実相(大調和の世界)が実現するのである。されば宇宙にはすめらみことの軍が唯一つあるべきが本当である。ことばはただ一つ存在する中心に帰一し、統一せしめられながら辵軍(しんぐん)するのである。然るに今世界にはすめらみことの軍でないところの各国の国軍、又は政府軍が存在する。これは似て非なる軍であって本来は非存在なる仮存在の軍である。かくて仮存在である軍が対立し、軍が一つではないが故にすめらみことの軍の辵(すす)むとき摩擦を生じ軋轢を生ずる。軍ならざる非存在が軍なるがごとき装いをして皇軍に刃向かうが故に、軍ならざる者が非存在なる本来の姿に立帰る。これを敵軍の敗戦と云ひ、敵軍の武装解除と云ふ。
(谷口雅春「皇軍の倫理」『谷口雅春選集』潮文閣、1941年、284−285頁、一部現代仮名遣いに改めた)
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