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って試すことってある?

359名無しさん:2016/09/22(木) 13:52:23

■はじめて被爆地を訪問した感想は

ストーン氏:
被爆者から直接聞いた原爆投下後の惨状、それは想像を超えるものだった。完全に破壊された街で救いを求めてさまよう人たちの姿、瀕死の重傷を負った人たちであふれた病院。熱線で焼かれた肌からは毎日大量の血が噴き出し、包帯も役割をなさない。まさに「カオス」そのものだ。

しかし、一番ショックだったのは、当時の日本人がそのような被爆地の現実をほとんど知らなかったということ。軍や政府による報道統制やプロパガンダもあっただろう。被爆者たちは自分たちがどのような状況にあるのか教えられることなく、誰かに知ってもらう術もない完全な闇の中にいた。

終戦後でさえ、被害の実態把握や救済組織ができるまでに10年もかかっている。被爆者の一人はこの時の心情を「私は苦痛とともに孤独に耐えていた」と表現している。被爆者たちの怒りが社会を動かすには、1954年3月に起こった「第五福竜丸事件」まで待たなければならなかった。

■被爆展示が「衝撃的すぎる」として内容を変える動きもあります。一方で、過去にあった出来事を直視しなければならないという意見もある

カズニック氏:
日本では、子どもたちが遠足や修学旅行などで広島・長崎を訪れ平和学習をするという伝統があるが、年々、訪問者数は減少傾向にある。しかし、それは日本だけの現象ではない。アメリカ・ワシントンD.C.にある「ホロコースト・ミュージアム」も同様だ。訪れる子どもたちへのショックを考慮するという理由で犠牲者の写真や資料などの展示が減らされているのだ。将来を担う子どもたちが過去の歴史を知ることはとても重要であり、この問題への対処は真剣に考えなければならない。

ストーン氏:
広島・長崎の資料館の充実ぶりには驚いた。あのような施設がアメリカにも必要だ。

カズニック氏:
アメリカには日米戦争についての資料館はほとんどない。オハイオ州・デイトンの空軍博物館に長崎に原爆を投下したB-29「ボックスカー」の機体と原爆のレプリカが展示してある程度だ。

ストーン氏:
長崎で「岡まさはる記念長崎平和資料館」に立ち寄った。私設の資料館だが、戦争で日本軍が関わった「加害」に関する写真や証言など多くの展示があり非常に感銘を受けた。

戦争中、シンガポールやベトナム、マレーシアなどアジア太平洋地域で日本軍が何をしたか。慰安婦の問題もあるし、中国や朝鮮の人たちを強制労働に駆り出したことも事実だ。日本の軍人が笑みを浮かべながら人間の首を切り落としている写真を見たことがある。彼らにとっては「男らしさ」の証明だったのかもしれないが残酷すぎる。私もベトナムで普通の人間が残虐性を増して行く光景を目の当たりにした。

日本にも「まだ語られていない歴史」がたくさんあるだろう。戦争被害の実態とともに加害の事実にも関心を向けなければいけない。




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