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ホロコースト記念式典から締め出されたプーチン
2015/01/24 0:01:00
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Ulson Gunnar
2015年1月21日
New Eastern Outlook
見出しを一瞥しただけでは、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領が、不適切にもポーランドのホロコースト記念式典に参加しないことに決めたと信じこんでしまうだろう。
目を見張るような虚報の例として、ロイターは、プーチンは、ポーランドでのホロコースト記念式典に欠席という記事で、“月曜、情報筋が、ロイターに、ウクライナでの紛争によって引き起こされた不信感が催しに暗影を投じている為、プーチンが、アウシュビッツ強制収容所跡地での集会で世界中の指導者達に加わる可能性は低い。”と報じている。
現実は、ロシア指導者は、記念式典主催国ポーランドから招待されていなかったのだ。
地政学的猛攻と、それに伴う虚報は、ロシアは、今や第二次世界大戦中のナチス・ドイツに匹敵する覇権的な脅威だという認識を強化すべく構成されている。現実は、このわざとらしい言辞とは全く矛盾している。
1941年6月22日、バルバロッサ作戦が開始された。長らく予想されていたナチスによるロシア征服の取り組みの一環として三個の強力なドイツ軍集団が電光石火の速度で、ソ連に進撃した。侵略は、準備ができていないロシア軍をあっと言う間に圧倒し、ドイツ軍は、モスクワを含む複数のロシア主要都市の門口に至れるはずだった。
進撃途上、ナチス軍は、東ヨーロッパのユダヤ人、スラブ人やロシア人を大量逮捕し、大量処刑した。ロシア国民と、その同盟者達は、何百万人もの命を犠牲にして、まず侵略の速度を落とし、そして止め、更に自らベルリンの門に至る前に追い返すべく激しく戦った。
何百万人も、投獄され、大量殺戮されたヨーロッパのユダヤ人が、最終的に解放されたのは、1944年、アメリカ軍兵士がノルマンジー海岸に上陸するより何年も前に、ヨーロッパでのおける大半の対ドイツ戦争で戦った、ロシア人の英雄的な犠牲のおかげだ。
だから、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ナチスという惨害に対する前衛を形成して、ヨーロッパにおけるファシズムの脅威を終わらせた国家と国民の代表なのだ。アメリカ軍兵達は、戦争が終わってから、ヒトラーの死の収容所を目にして衝撃を受けたのだが、ロシア国民は、長年、ドイツの組織的な地域虐殺の悪夢を直接体験して暮らしていたのだ。ホロコースト記念式典からのプーチン排除は、単なる政治以上のものであり、古い敵が、またしても、悪の隠れ家で騒ぎを起こしている危険信号だ。
続き→ http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1318823/1335849/97925903
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