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270名無しさん:2015/07/22(水) 10:02:37
牧口、戸田は「反戦」を唱えたから投獄されたのではない

ここで、日蓮正宗と創価学会の関係、及び、創価学会の歴史をかいつまんで述べる。特に、最近、池田大作が意図的に歴史を改竄していることがあるので、 その点の訂正も併せて行うこととする。
創価学会は、日蓮正宗の信徒団体の一つであった。戦前、日蓮正宗の信徒で教育に関係した人達が集まり、牧口常三郎の唱える“価値論”を研究する“創価教育学会”が結成された。牧口は当然、理論や宗教面での中心者だったが、実際は、戸田城聖と事業や金銭関係で繋がりの深い人達の集まりであったといわれている。
終戦間近になって、牧口常三郎、戸田城聖らは、不敬罪で捕らえられ、牧口は獄死した。
この間の事情について、池田大作はじめ創価学会は「牧口会長は反戦を唱え、軍部に弾圧されて獄死した。創価学会は、だから初代以来、反戦平和の団体である」と述べている。しかし、これは真っ赤な嘘である。
牧口常三郎は、「天皇以下、国民全てが日蓮大聖人に祈らないから戦争に負ける。大聖人が仰せの通り、他の宗教を禁じて、日蓮正宗の御本尊に戦勝を祈らなければ国が滅びる」と説き、また、当時の郡部の宗教政策であった「日蓮宗各派の統一」に反対したため、不敬罪で投獄されたのである。“戦争に反対”したのではなくて、“戦争に勝つため”自宗での祈りを国家に求めたが為に弾圧されたのである。
当時、全ての宗教が戦勝祈願をしたのだから、そのことをどうこういうつもりはない。創価教育学会の“実験証明座談会”も、まず“宮城遙拝、戦勝祈願”から始められていたという、当時の記録もある。それを“反戦平和の宗教”などと作り事ですり替えることは、詐欺師の行為である。歴史の出発までこのようにねじ曲げる理由は、池田大作が“ノーベル平和賞”を狙っていることと決して無関係ではない。
二代会長・戸田城聖も、極めて右翼的体質の強い人だった。体育祭では女子部員に長刀(なぎなた)を持って舞わせたり「俺も行くから君も行け。狭い日本には住み飽きた。海の向こうにゃ支那がある。支那にゃ五億の民が待つ」と学会員に歌わせていた。「反戦平和」など一言も口にしていない。
戸田城聖には“原水爆禁止宣言”なるものがある。それは「何人であれ原水爆を使う者がいたら死刑にすべきだ」というもので、まるで他愛なく幼稚なものであった。以後、創価学会が原水爆禁止の運動をしたということも、昭和四十年代後半までなかったのである。
(懺悔の告発:山崎正友:日新報道:1994:p73-5)


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http://sky.geocities.jp/mifune008/
創価学会内部改革派




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