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東スレ避難所 part 10
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ここで必要なのは発想の大胆な転換だろう。議論を「あるべきすがた」から始めるのではなく、「いまあるすがた」から始めたらどうか。この観点で
興味深いのは濱野智史(5)である。濱野はツイッターやニコニコ動画といった最新のサービスを例に挙げ、情報技術の進化が、従来の空間的な共同体
(地域や国家)とは異なった、「時間」型の新しい共同体運営の原理を生み出しつつあると言う。
この指摘には意外にも広井論文とつながっている。確かに広井の射程は広く、濱野の射程はネットに的を絞りいささか狭い。しかし、来るべき未来社会
の像を、経済生産性という「一つの大きなベクトル」から「解放」され、「各人の『創造性』が発揮され開花していく社会」として描く広井の構想は、
経済的対価を求めることなく、プロアマ含めクリエーターが犇(ひし)めく日本のネットのすがたと重なる。しかも、そのコミュニティーは、家族や地域の
崩壊を尻目に現に拡大しているのだ。
若者というと、論壇では世代間格差の被害者の顔が注目されがちだ。しかし彼らにもしたたかな面はある。長引く不況、深刻な雇用不安、地域や家族の
解体に直面しながらも、若年層は若年層で、情報技術を駆使し新しい共同体の構築を試みてきた。宇野常寛(6)が「ネットワーク化された郊外」と呼び、
速水健朗(7)が「デフレカルチャー」と呼ぶその流れにこそ、この国の未来を占うヒントが隠されているというのは、過大評価すぎるだろうか。
むろんネットは家族や地域の代わりにならない。たとえば離脱可能性の高いネットコミュニティーは、本質的に育児や介護の基盤になりにくい。しかし
ネット的な「ゆるさ」を導入することで、共同体を部分的に再生することはできるかもしれない。現に遠藤薫(8)が指摘するように、先の参院選では
ネットメディアがかつてなく大きな役割を果たした。
論壇が共同体の崩壊を嘆く一方で、新種の共同体がネットやサブカルチャーを媒介に生まれている。建設的な哲学の萌芽はたとえばそんなところにも
ある。言論に残された課題はじつに多い。
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最後に注目の文章を二つ挙げておきたい。ともに短いコラム。
一つは有田正規(9)。生命科学の領域でこの10年の論文数が急増しており、いまや質の確保が困難で、研究者間の共有知識すら失われているという
衝撃的な報告。電子出版の増加に加え、査読の必要がない「オープンアクセス」誌の出現が大きいらしい。とにかくなんでも出版し、あとは読者の判断に
委ねる、との「倫理」はいかにもネット的だが、その影響が科学の世界にまで及んでいることに戦慄を覚えた。
もう一つは、宮前ゆかり(10)。7月にアフガン戦争の秘密資料を大量に公開し、米国中のメディアを巻き込み論争となった内部告発情報サイト、
ウィキリークスに関する簡潔な紹介。創設者の政治的で戦略的な運営方針を知ると、日本のネットで言われる「言論の自由」がいかにお気楽なものか、
いささか反省し襟を正さざるをえない。「ゆるさ」が万能なわけではない。ネットコミュニティーに残された課題もまた多いのである。
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