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紫香楽宮
1
:
合
:2009/12/11(金) 20:35:57
信楽 行ってきましたが、面白いところです。まだ、自分でも整理がついてないのですが、
紫香楽、高速ですぐなので、また、行きませんか?
奈良時代、七四二年、聖武天皇の時代に作り始められた紫香楽宮跡。狸の焼き物で有名な信楽にある。鍛冶屋敷遺跡(かじやしきいせき)があるということで、行ってみたが、新名神高速道路関係の事務所になっていた。
奈良の大仏は聖武天皇の発願で745年制作が開始されて、752年開眼供養されたが、大仏は当初、奈良ではなく紫香楽宮の近くの甲賀寺で作られる予定だったが、紫香楽宮の周辺で山火事が相次ぐなど不穏な出来事があったために造立計画は中止され、都が平城京へ戻ったということだ。
ここで、都をどう考えるかという問題がある。歴史上では、日本の首都は、天皇の住まいである皇居の所在によって定められた。古墳時代以降は、皇居のための宮殿(御所)建設と周辺の市街地整備を一体として行い、首都にふさわしい都市を計画的に建設するようになったということだ。
聖武天皇は平城京で即位したものの、藤原弘嗣の反乱がおこり、それと時期を同じくして伊勢に行幸し、以後5年間聖武天皇と都が移動する。恭仁京、紫香楽宮、難波宮、都を作ろうとして、5年後に平城京に戻ったということだ。
その後、784年まで、平城京。そして、長岡京、平安京は794年から1180年まで。
奈良時代の聖武天皇の動きは面白いものがあるのかもしれない。
2
:
小麦
:2009/12/12(土) 23:20:58
今日の四日市の講演会はある意味でこの問いの答えのような〜。
面白いですね、疑問をもてば答えがどこからか降ってくる・・・?
藤原弘嗣、長屋王について少しまとめて読んでみないと、と思いました。
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