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日本の青銅器と鉄器について

1:2009/11/02(月) 15:53:23
気になって、調べてみました。ウィキペディア(Wikipedia)からです。
銅鐸、弥生時代に製造された釣鐘型の青銅器。BC2世紀から2世紀までの400年間。全国で500個ほどの出土。最大のもの144センチ、45キログラム。野洲市野洲町 弥生博物館にあったものだ。弥生時代の家屋など、習俗の様子を描いた原始的な絵画が抽出されているものもあるとか、もっとよく見ておけばよかった。

2:2009/11/02(月) 15:54:44
1世紀末を境に大型化する。近畿式と三遠式の2種類。3世紀になると、突然銅鐸は作られなくなった。 銅鐸は、丘陵の麓に比較的浅い穴を掘って埋納されていたらしい。 一説に 弥生時代の個々の村落を統合する新しい支配者が現われるなどして、人々がより大きな集団を構成する際、それまでのそれぞれの共同体の祭儀から、専制的権力者の祭儀への変化が起き、それぞれの村落で使われていた銅鐸を埋納したという考え。

3:2009/11/02(月) 15:55:44
銅について
弥生時代初期の青銅器は鉛同位体が韻、周時代の青銅器の鉛同位体の比率と一致。中国大陸や朝鮮半島から流入した青銅器等を鋳直したのではないかと

青銅器工場が、大阪の茨木市にある。

4:2009/11/02(月) 15:56:32
青銅器
銅鐸、銅矛、銅剣。
銅鐸は近畿から東海。銅鉾は北九州。銅剣は中国地方という説がある。

5:2009/11/02(月) 15:57:18
荒神谷遺跡、島根県立古代出雲歴史博物館に保管。尾根の斜面から銅剣358本、銅鉾16本、銅鐸6口とか、行ってみたいな。

6:2009/11/02(月) 15:57:54
鉄器
日本は、弥生時代に青銅器と鉄器が同時に流入。当初 材料や器具は輸入に頼り、日本で純粋に砂鉄、鉄鉱石から鉄器を製造できるようになったのは、たたら製鉄の原型となる製鉄技術が確立した6世紀の古墳時代に入ってからだと考えられていた。とか

7:2009/11/02(月) 15:58:33
しかし、鉄器の普及とのギャップなどから紀元1,2世紀ごろには既に山陰地方を主として、大がかりな製鉄がおこなわれていたのではないかと考える説も有力だとか。

8:2009/11/02(月) 16:01:39
製鉄遺跡は中国地方を中心に北九州、近畿地方にかけて存在する。7世紀以降は関東地方から東北にまで普及する。

9:2009/11/02(月) 16:03:03
縄文から弥生 青銅器鉄器の技術
戦国時代の終わり 鉄砲隊
明治維新 黒船。
歴史は鉄で動いていた。

10小麦:2009/11/02(月) 21:50:17
なるほど、なるほど。
頭の中が縄文から現代まで流れ始めた!まだ疑問符だらけ。
とりあえず、行った先に鏡、銅鐸、銅剣があれば克明に見つめてこようと思います。


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