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上海雑伎団スレ【第六十四幕】

966もぎりの名無しさん:2022/04/11(月) 16:34:56 ID:AFuzOM9Q0
>>965
まさにチケット1章の終盤の通りチケットを握りしめて離せない状態ですね

「Kさんと付き合いたい」という願望、つまりチケットを得た=成就へのプロセスが開始した訳ですが
「別の領域に手放す」ことが出来ないためにどうしたらいいか分からない状態が続いてるわけです。

先に断言しときますが「どうしたらいいか分からなくて」当たり前です。
勿論水を飲むことが安易なようにどうしたらいいか分かっててもいいんですけど、
「エゴとは別の領域」にチケット(願望)を手放すという事は
「エゴ(記憶)の知らない領域に願望をお任せする」といも言い換えれます。
記憶の外の領域で願望が叶うんだからどうしてなのか分かるわけがないんです。
2章のメソッド「なぜだか分からないけど上手くいった」の文字通りです。
こうした理屈を理解するかしないかでメソッド(別の領域)への信頼も違って来ませんかね。

で、問題は「どうしたらいいか分からない」とそれにしがみつき不安になり
あれこれ考えたり方法を模索したりと迷走してしまうことです。これが執着・錯覚です。
別の領域に手放すということは「どうしたらいいか考えることを放棄」することとも言えます。
これぞ分離の錯覚、非常に恐ろしく簡単に実行できるものではないと思います。

ところで小難しい問題を考えたり誰かとケンカし続けたりしてると
段々頭が回らなくなったり、面倒くさくなってどうでも良くなった経験ってありませんか?
「どうしたらいいか分からない」「不安だ」という想いが沸くのはしょうがないとして
この感情にフォーカスし続けると似たような事が起こります。四六時中悩み続けるのは無理でしょう。
少なくとも寝ている時には何も考えてません。そう考えると果報は寝て待てというのも頷けますね。
こうして悩みつかれてどうでも良くなった時に「そういやハラ減ったな」とか思考の向きが変わるわけです。
その時の在り方がまさに「願望を手放した」状態です。

そう考えると余計な観念を支えてもいるであろう負の感情が湧き出ることは
願望を手放すチャンスなのかもしれませんね。
「絶望するくらいなら何もしたくない」という無気力があるなら見たくないその絶望を受け入れるのです。
少なくとも最近私は怒りや不安が沸いたときはよっしゃきた!とノリノリで迎えてます。

結局スピリチュアルってのは自分自身がどう感じてるかってことなので
私のアドバイスはあくまでヒント程度でご自身が最もしっくりくるものを実践してみて下さい。
ちなみに私の場合は「このメソッドしたら叶うよ!」というものより「一体我々に何が起こっているのだろう」
と理屈で考えまくるのが性に合ってたらしく、徐々にエゴとは別の領域を信頼できるようになってきました。
そういうわけでいちいち理屈にまみれた長文になってしまい申し訳ナイン。


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