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上海雑伎団スレ【第五十六幕】
93
:
エッチでリッチな なめなめおじさん
:2013/12/26(木) 21:32:44 ID:0Oz2Fumk0
お釈迦さんの教えは今にも通ずるものもあるし、こりゃ無理だわってのも
あるかもじゃが、とても参考になるのお^ー^
と言うか、全ての教えの基本にもなっているのかもじゃよ^^
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
縁起の理法を悟った釈迦は、これらの教え以外に人間の煩悩、
苦悩を救う道はないと信じ、 人々に次のことを絶えず説いていました。
・ すべての人に 「深い友愛の心」 を限りなくもちなさい。 (慈無量心) じむりょうしん
・ すべての人と 「共に悲しみ苦しむ心」 を限りなくもちなさい。 (悲無量心) ひむりょうしん
・ 多くの人々の 「幸福を見てよろこぶ心」 を限りなくもちなさい。 (喜無量心) きむりょうしん
・ 「あらゆる執着を捨て」 多くの人々に施す心を限りなくもちなさい 。(捨無量心) しゃむりょうしん
人生は四苦八苦、「迷い」や「執着心」を断って「考えすぎない」のが
一番だと悟りました、八正道の実践。
人間が生きている事 そのものが「苦」であることを知れ、次に、
「苦」の原因は欲望と執着である事を見極めよ。
続いて、その原因である欲望と執着を捨て去り滅せよ。
人が人としてあるという事は、何故こんなにも苦しいのか・・・
釈迦は人生について悩み、二十九歳の時に「さとり」を求め出家しました。
そして、想像を絶する苦行の数々を行 いました。そして考えました。
極端な偏りは何も生み出さない。王子時代の快楽の日々、修業時代の苦行の日々、
これら極端な偏りはいけない。真理をとらえる為には、その中程を貫く過程
「中道(ちゅうどう)」が大切で はないかと気が付きました。そして、
出家してから六年目にあたる、三十五歳の時に真理に目覚め
「仏陀(ぶつ だ)」となりました。さとりを開いた釈迦は、教えを広める伝道生活を送り、
やがて八十歳で自分の死期を悟りま した。そして故郷を目指し、最後の旅へ。
やがて臨終を迎えた釈迦は、弟子アーナンダに漏らした。
「ああ、この世はなんと美しく、人間の命はなんと甘美なものなのだろう。」
と言い残し、沙羅双樹の根元に身を横たえると、そのまま入滅した。
その姿は、
● 諸行無常(しょぎょうむじょう) 世は、すべて移り変わるものであり
● 諸法無我(しょほうむが) 一切が、我が物でないことを知れば
● 涅槃静寂(ねはんせいじゃく) 迷いや苦しみのない心に、たどり着くことができると、
無言の内に語っていたという。
釈迦の教えの実践より抜粋^^
http://www.tamano.or.jp/usr/tosinobu/syakaosie.htm
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