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108以外質疑応答【12】

969:2015/12/09(水) 06:07:29 ID:tZ4HZIio0
願望は、ただ喜びや潤いを与えてくれるものです。地獄から天国になるようなものではない。「叶ったら嬉しいな」は、その通りです。ですからその程度の軽いものなのです。
先に幸せになれ、と仰っているのは、願望は地獄から天国行きのチケットのような重たいものではない。エゴが必死で天国とはこういうものだ、と考えたものが全て叶ったところでそこは天国ではない。エゴの限界を痛感して同じ事を繰り返すだけです。

必死になり蜘蛛の糸が降りてくると予想した1点を集中して見つめるとそれ以外は見えない。後ろから声をかけられても気付かないか、邪魔するなくらいにしか思わないでしょう。

後ろには天国が広がっているにも関わらず、見えないのです。後ろ、というより、最初から天国にいたのです。しかし暗くてわからなかった。恐怖からここは地獄だ判断し、脱する手段を考え天を仰ぎ1点集中。

神は最初声をかけた、「周りを見るように」次は肩を叩いた。あなたは気付かない。鞭で打った。あなたはやはり地獄だ、と判断し、目を閉じ祈る事に専念しだした。神は呼び掛けを過激にしていくしかないですよね。タライを落としたり。

↑これが再配達です。

108さんが何を言っているかというと。目を開けろ。周りを見ろ。今いるここ、が、天国であり、他にはない。頑なに目を閉じ、見ようとしないからタライやら水やら被り鞭を打たれただけだ。
すぐには目は開けられないかもしれない。
ここがあなたが目指していた天国だと信じられなくても大丈夫。ここが天国である事は揺るがない。
あなたがすべき事は、目を開けよう、と決意し、ゆっくり開けていけば良いだけである。願望は叶えば嬉しいのではないか、と思うのなら、そう思えば良いだけで、目を開けて今実は天国にいたのだった、という真実を見る事と、叶ったら嬉しい、とウキウキする事と、蜘蛛の糸の出現を必死で願う事は全く別の事なのだ、という事です。


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