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上海雑伎団スレ【第四十九幕】

915もぎりの名無しさん:2012/10/12(金) 23:32:55 ID:4sVCPEYM0
流れよまず失礼

興味あるひとは
暇つぶしにどうぞ(以下長文)

わたしは、「錯覚としては時間は存在する」と言って構わないと思ってます。

>時間に沿って自分が生きているのではなく、子供の時、20代の時、老人の時……と、
>色んな自分を見回しながら生きている本体がいるのではないでしょうか。本の主人公ではなく、ページをめくる者として。


ニプさんの主人公とページをめくる者の例↑をちょいと拝借して、私の考えを説明すると、
立場が異なれば見えている現実は違うという点が大切だと思っています。
本の主人公、ページをめくる者、2つの立場に分けて考える必要があると。

本に入り込んでしまって、主人公こそは自分だと思っている立場では、
ページ毎に登場する主人公を「1人の自分」とみなして、ページとページを次々つなげてストーリーとして経験し理解する。
そのためには「過去から未来に流れる時間」というパラメーターの仕掛けが必要不可欠となる。

一方、ページをめくる者の立場では、実はどこのページからでも自由自在にみれることがわかる。
1秒1秒ごとにページをめくり変わっている(=主人公は毎瞬間に新しい人=主人公は時間に沿っては生きていない)こともわかる。
また本には予めすべて収まっているので、あらゆるページはすべて同時に存在し、すべて最初からあることも分かる。

つまり、立場が異なれば時間の性質(見方)が異なってくる。
主人公での時間に沿って理解する立場と、本のページをめくる者という時間を超越できる立場。
この現実は2つの異なる立場と時間から記述できると私は思っています。

そして、「自分をやめる」というような本の主人公を演じるのをやめたとき、
本から抜け出して、ページをめくる者にハッと立ち還るのではないかと思っています。


「時間はない」という立場の人が多いと思うので、
錯覚だけど時間はあるという主張には異論を持つ人もあると思います。
もしかしたら、異論噴出かも?。。。

ただ、例えると太陽についての理解と同じようなものと思ってます。
当たり前ですが、地上にいる人には太陽は動いて見えます。東から西に動くのを目撃するでしょう。たとえ錯覚としても!
そして、ロケットで地球を飛び出して、太陽系を真上からみて「立場が変わった」ときにはじめて「太陽は不動」という『真実』が見える。

時間もそれと同じです。主人公とページをめくる者という立場が異なれば時間の見え方も違ってくると思ってます。
そして、両者の見方をともに整合的に説明できるところに、この世界の理解があると思ってます。
時間が錯覚なら、なぜ錯覚が起こるかのメカニズムが大切だと。


以上、ミルクティーに酔いながら書きなぐった与太話でした〜。 終

>ニプさん 勝手に引用してゴメンナサイ。


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