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*108以外*質疑応答【2】

487もぎりの名無しさん:2010/12/09(木) 10:11:46 ID:AEoJxGOs0
質問ってここで良いのでしょうか?
もしも違ってたら正しいスレ教えてください。

はじめまして。
チケット7章の別領域と罪悪感&否定的観念の取り扱いについて。
書いてある内容は理解できましたが、完全に視点を別領域にシフトできたかというと
自分にはできません。

そこで、ある疑問がわきました。
質問は、完全に別領域の視点にたつことが難しい中途半端な状態で108さんの
メソッドを使った場合、以下のようなことは起こらないのか?ということです。

たとえば「罪悪感があろうとなかろうと、願望は叶えられる」「否定的観念があろうとなかろうと、充分に幸せを感じていい」という7章の概念を採用しつづけます。で、採用しつづけた結果、願望を受け取り始めます。

“そうか、やはり自分は最初から持っていたのだな””罪悪感があってもなくてもやっぱり関係なかったなぁ”と7章の概念がはっきりわかってきます。

ところが同時に「願いが叶ったら不幸になるに違いない」「お金をもったら不幸になる」という観念や恐怖も残っている状態だとします。本人はこれが残っていることも知っていつつ、こちらの観念にアプローチして解放したりすることはすでに放棄したわけです。

(7章の概念からすると、観念にアプローチするのは全くナンセンスですし、関係ないということになりますよね)

すると、願ったことは受け取れましたが、叶ったこと自体がトリガーとなって↑この観念も同時に作用して、アンラッキーな出来事を現象化したりすることはないのでしょうか?

つまり、これまでお金に関して否定的な観念をもってきた人が、否定的な観念をとろうと努力している間は願いは叶いませんが、叶わなかったから不幸にもなりませんでした。ところが「観念があっても叶う」とし、実際に現象化してお金を手にすることでそれがトリガーとなって不幸のほうを現象化してしまう。結果的には、願いは叶わなかった方が幸せだった、ということが起こる可能性はないのでしょうか?

わたしは否定的概念をまだ持っていますし、罪悪感もあります。これをとろうと色々なメソッドを使って努力してきましたが、その努力そのものが、すでにある幸せの通り道を塞いでいたと気づきました。ところが、7章の概念ですべてを手にしていると考えると怖くなります。こんなに否定的な観念あるのに、叶っちゃうの、どうしよう手にしてしまって間違った観念が発動したら、叶うよりも叶わなかった方がよかったってならない?って恐怖をすごく感じます。


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