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上海雑伎団スレ【第六幕】

267くコ:彡 ◆DAZEwMrjjA:2009/10/20(火) 04:07:57 ID:JQ/auSvg0
>>250
ちょと話の腰を折ってしまうかもしれんが、まさに「信じる」というキーワードについて
わしも今日ネタ仕入れてきたので何か書いてみるとるするんだぜw

古本屋で立ち読みしてた時にな、何の本だったか忘れたんだが、ある女性の離婚の
話について載っていたのだぜ。

数年前から夫との折り合いが悪かったのだが、なんとかポジティブに振舞おうとしていた。
しかしとうとう夫から離婚届を突きつけられ、おまけに愛人の所へ行ってしまった。
だが彼女は夫がいつか必ず帰ってくると「信じる」ことにした。
いつでも帰ってこれるように夫のための特別な場所を用意して。
まだ子供が学生なので、色々と面倒だから離婚するのは卒業するまで待ってもらった。
そしてとにかくひたすら信じて明るく振舞おうとした。
だがウツの症状が出て病院に通うまでになってしまい、夫も帰ることはなかった。

だいたいそんな話だったと思うのだが、そこに書いてあったのはな、彼女がウツにまで
なってしまったのは、そんな夫に怒りや悲しみをぶつけるぐらいが正常なのに、
それを抑圧してしまったせいだ、ってなコトだったんだぜ。

で、ココで言いたいのはな、決して「ほれ、信じたってそういうこともある」なんていう
コトじゃあないんだぜw
そうじゃあなくて、単純に「信じる」というキーワードを使ってみればイイっつう話じゃあ
なくてだな、もしかすると自分ではその行為を「信じる」という行為だと思っているが、
実はそれが「抵抗」である場合もあるんじゃねぇかというコトなのだぜ。

まぁわかりやすく大袈裟な話をすればだ、「現実をありのままに受け入れる恐怖」
に抵抗して、それを「見ずに」ただ闇雲に何かを「信じる」というのはだ、実はその
一番避けたい「恐怖」を思考し続けているのと同じになっちまう場合があるんじゃ
ねぇだろうかというコトなんだぜ。

って、これもまた決していたずらに不安を煽ろうとしてるんじゃあなくてだな、なんつーか…
あ、例えばこんなのはどうだろうか。
「その願望のために何かやっている時、それを今やめた時に残るモノは何だろうか?」
という質問を自分にしてみるわけだぜ。

就職活動をしている大学生がいたとするんだぜ。
そいつが今活動を止めてみたときに、「今それを止めたら俺は一生を棒に振るよ」と
いう思考が残るか、あるいはそれでも「俺がワクワクと活躍できる場を探したいんだ」
とい意欲が残るか、はたまた「まぁ止めて就職できなきゃ院に進むか」なんて考えるか、
みたいな話なのだぜw

「信じる」というプロパティはもちろん重要だと思うしとても良いコトだと思うのだぜ。
だが今その「信じる」をちょと止めてみたときに、もし「不信感」や「不安」だけが
残るのだとしたら、果たしてそれは今ホントに「信じる」というコトをやっとるだろうか?
と思うわけだぜ。
きっとウツになってしまった奥さんも、「旦那の場所を用意しながら信じて待つ」という
行為を止めてしまったら、そこには直視できないほどのネガティブな思考や感情が
うごめいていたんじゃねぇかなぁと思うわけなのだぜw


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