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いまコピーしているものをペーストするスレ 2

742幽体かもしれない名無しさん:2011/05/19(木) 03:49:06 ID:raBQnnh.0
 
有身見どころか、飛び越えて一気にそこまで辿り着いちゃってましたか……。
 お釈迦さんやイエスさんの言われたある意味究極的な境地の示唆ですよ。
 一来を超えていずれ無一物にあるべく、自分もそこに、今まさにゆっくりかつシビアに向き合わされている状況です。
(おかげで自分のブログの筆が進んでませんが……)


 五蘊皆空
 色即是空
 不垢不浄

 ってな感じで二元性という叙述トリックを暴いたお釈迦さんは 
 二元性を超越した者は二度と再びこの世(=二元性の世界)に生を受けることなく、六道に輪廻することはない、
 と説明したんですよね。
 で、この二元性を超えるというのを、イエスさんは「心貧しい」って言ってるように思うです。

「心貧しきものは幸いである。天国は彼らのものである」

 心貧しき、とは言うなれば、一喜一憂しないということ。
 物事に評価を加えないこと。現象を現象としてのみ見ること。
 角度を変えて言えば、物事を究極的にシンプルに捉える、ということ。

 突き詰めてしまえば、そこに喜怒哀楽はありません。
 そりゃ、傍から見れば感情に乏しく心が貧しいと見られることもあるでしょうね。
 世間はそれを悪いことだと決め付けているけれど、それこそが一方的な決め付けであり欺瞞でありパラドックスであると、知っている人は知ってしまっています。


 とことん「心貧しき人」は、もちろん評価を加えることもあるけれど、それは「あえて加えている」ことを強烈に自覚して、それを自主的に選択しているだけにすぎない。加えて、無用な選択をしない。

 そして、人をいわば「心豊か」にする「評価」行為、
 その最たるものが、「ああでなければならない」「こうであってはならない」
 要するにnever・must。



 わたしたちは、ヒトであらねばならない理由なんて、ないんです。
 わたしたちには、価値なんてないんです。


 こう書くと、ものすごい勢いで反発心を抱く人はいるでしょうね。
 けど、そういう人の解釈する「ない」とは、全く意味が違うんです。

「理由がある・ない」「価値がある・ない」
 という二元論に基づいた「ない」ではなく、
「そもそも、理由・価値という概念自体が根本的に存在していない」という意味での、「ない」なんですよね。
 全部、自我による後付けの虚構。

 だから、さっきの「喜怒哀楽はない」というのも、
 むしろ「喜怒哀楽という概念がない」とした方が的確かな?
 全てを単純に無評価に見るとき、今この瞬間しか、あえて加えるなら穏やかに流れに乗った内的安らぎしかありませんから。
 喜怒哀楽なんて比較の中にしか存在し得ない概念なんて、成り立ちませんもん。


 確かに葛藤もあって中々文章にはできなかったことを、
 こうして乱文ながら書く勢いを頂けたこと、感謝です。ありがとうございます。




 ところで、
 ブログ新タイトルのYouはユウさんとかけてたのか!(今更気付いた


「超える」
http://channeblo.sblo.jp/article/45270010.html


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