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献血の問題点と将来像
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もう他界されてます。「日下一男様 御清鑑 遠藤誠」と自筆された「般若心経」を私にプレゼントされて。
朝日新聞{夕刊}2002年(平成14年)2月25日月曜日の記事に次のような文章と奥様と一緒の写真入りで。弁護士 遠藤 誠さん{1月22日(肺がん)71歳11月9日お別れ会の予定≪権力との闘い 生涯貫く≫「世界人類を救うための死に場所を私に与えて下さい」。昨年9月、妻けい子さんと訪れた和歌山県・那智山青岸渡寺で絵馬にそうしたためた。既に体調は悪化していたが、診療も拒み、時間を惜しむように仕事を続けた。
連続射殺事件の永山則夫氏、皇軍の責任を追求して元上官を殺そうとした奥崎謙三氏の刑事弁護を引き受け、反戦自衛官処分撤回訴訟、暴力団対策法違憲訴訟の弁護団長を務めるなど、「権力の犠牲になる周縁」の側に常に身を置いてきた。
四半世紀にわたりかかわり続けた帝銀事件では、19回目の再審請求に取り組んでいた最中だった。10月下旬には胸に「焼け火ばしを当てられたような痛み」を感じ、11月9日に入院。それでも70冊目の著書となる仏教書の原稿を、病床から口述筆記し続けた。
1月13日夜、「来世では一番に見つけるから」とけい子さんとの指切りの後、唯一意識が戻ったのは、ジャーナリストの吉永春子さんが来て「帝銀」を口にしたときだった。目を見開き、手を強く握り返した。死の7時間前だった。
7歳のとき、陸軍一等兵の父が中国戦線で戦死。敵を討つために陸軍幼年学校に進むが、戦後、中学に復学、侵略の実態を知りがく然とする。父の形見の従軍手帳を開くと、皇軍による住民虐殺や強姦、略奪、慰安所通い、毒ガス使用などが詳しく書かれていた。
「父は中国人を殺したのか。父の死は犬死にだったのか」。原点となったその問いは、人間を差別する天皇制や国家権力との闘いに彼を駆り立てた。闘いを思想的に支えたのはマルキシズムと「アナキズムとしての仏教」だった。
けい子さんによれば「大変な女好き」でもあった。女性問題が原因で47歳のとき自殺未遂。以後、生まれ変わって「真の仏教者」となった。(社会部・本田 雅和)
以上が掲載文です。ですから裁判には出れません。私は遠藤さんのような心を持つ弁護士は他には見当たりません。申し訳ないです。
上記した新聞記事に私の自筆で「高校の先輩で、同窓会では何度となく二次会三次会、また個人的に御一緒しました。私の母方の実家でもそれとなく援助していたようです。大学を卒業するまで。と、記しています。
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