したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

ドラゴンズニュース 2004優勝記念

110・2オレ竜@めぐりあいドラ編:2004/10/02(土) 17:22
優勝おめでとうございます。

2中日スポーツ:2004/10/02(土) 17:23
・落合竜、優勝 たたえます133試合の激闘!!感謝します感動の日々!!
中日が1日、1999年以来、5年ぶり6度目のセ・リーグ優勝を決めた。落合博満監督(50)
は監督1年目でペナントを獲得した。ナゴヤドームでの試合は、中日が延長12回、2−5で敗
退したが、マジック対象のヤクルトが巨人に4−6で敗れた瞬間、中日の優勝が決定。日本シリ
ーズは今月16日にナゴヤドームで開幕。中日は50年ぶり2度目の日本一を目指し、パ・リー
グ優勝チームと対戦する。
 宙に5度舞う
なかなかベンチから出てこない落合監督に、満員の球場から「落合コール」。谷繁が、井端がフ
ァンをあおり、指揮官を手招きした。ベンチから引っ張り出されると、照れ屋である落合監督が
帽子を取って手を振り、選手の輪の中へ。担ぎ上げられ5度、宙を舞った。「いやあ、いいもん
ですね。生まれて初めてです。最高です。横浜と神宮の試合が雨で流れた時から、名古屋で優勝
するという予感があった。選手がよくやってくれた。選手を褒めてやってください」
 2軍も全員
そう言って、グラウンドで喜びを爆発させる選手たちを見渡した。2軍からも選手全員を呼んだ。
みんなが輝くような笑顔を見せている。もう一度、心の底から喜びが込み上げてきた。現役時代
から、温め続けてきた夢がある。プロ野球チームの監督になる日が来たら、やってやろうと決め
ていた夢だ。トレードでチームを補強するのではなく、現有戦力の潜在能力を100%引き出し
てリーグを制するという夢だ。社会人の東芝府中からドラフト3位でロッテに入団し、2軍でく
すぶっていた経験がある。打っても、頑張っても認められなかった屈辱が、誰も考えなかった壮
大な絵を描く原動力となった。信子夫人(60)は言う。「根は繊細で、優しくて、すごく憶病
な人。人よりも傷つきやすいことを自分でも分かっているから、それを過剰に防衛したりするこ
とがあるの。でも本当は感激屋でロマンチスト」。優しい心に、あえてクールな鉄の仮面をつけ
て戦ってきた。すべてはこの日のためだった。リーグナンバーワンの防御率、リーグ最少の失策
数、リーグ2位の盗塁数、すべて昨年とほとんど変わらないメンバーで成し遂げた快挙。そして
、1軍に登録した選手数がリーグ最多の57人。この数字こそが落合野球のすべてを物語る。チ
ャンスは平等に与える。あとは選手次第。中日の選手は2軍に落ちてもはい上がろうとするし、
1軍の試合に出ているからといって、あぐらはかかない。
 「まだ続きが」
延長12回、緒方に満塁本塁打を打たれ、勝利で優勝を祝うことはできなかった。だが落合監督
はいたずらっぽく笑った。「これもわたしらしくていいんじゃないか。けどまだ続きがあります
。日本一という目標です。今度は必ず勝って、胴上げをしたいです。必ず日本シリーズで、50
年ぶりの日本一を勝ち取りますので、応援よろしく、お願いいたします」。照れ屋の仮面を脱ぎ
捨てて、朗々と声を響かせ、4万500人の観衆の前で日本一を誓った。

3中日スポーツ:2004/10/02(土) 17:23
・オレは選手を信じ、ただ見守っただけ 落合監督独占手記
まず最初にお礼を言いたい。われわれはセ・リーグ優勝を成し遂げることができました。応援、
本当にありがとうございました。今はうれしいというより、実感がわかないというのが本音かな。
この優勝の最大の功労者は言うまでもなく、勇敢に戦い、自らの力で勝ち取った選手たち。オレ
は選手の力を信じて、ただ見守っただけ。優勝の確信は最初からあった。就任した時から、いや
、就任以前から、監督になったらこんな練習をしたい、こんなチームをつくってみたいというプ
ランをずっと温め続けてきた。頭にあったイメージを、実際の練習としてちゃんとこなせれば、
絶対に優勝できると、そんなふうに思ってた。最初に着手したのは選手がちゃんと野球に取り組
める環境を整えることだった。それから意識改革。命令される野球ではなく、自分たちが判断し
、戦う野球をやらせたかったのだ。最後に練習に絶対妥協しないことだ。選手もオレも野球に命
をかけて取り組んでいる。だから練習にだけは絶対に妥協をしない。それだけを心に誓って、監
督になった。昨年の秋、そして春のキャンプ。選手たちはこれまでしたことのないような練習に
耐えてくれた。質も量もだ。マスコミに受ける練習は一切しなかった。選手がうまくなるための
練習を徹底的にさせた。朝から真っ暗になるまで。並大抵の努力ではなかったと思う。今だから
言えるけど、キャンプで脱落した選手は使わないつもりだった。オレが課した練習についてこれ
ない選手は、しょせんそれまでの選手と割り切っていた。みんながやってくれたよ。評論家や周
囲から何を言われようが、まったく気にならなかった。それでもシーズンに入ったら、やっぱり
苦しく、思うようにならないことばかりだった。5月の初め、ヤクルトに20点を取られ、惨敗
した時は緊急ミーティングをして、うちひしがれた選手たちに声をかけた。「引きずるな」。そ
う声をかけながら、それはもしかしたら自分に対して言った言葉なのかもしれないと思った。自
分が思う通りの試合がいつもできたら140勝してしまう。けど、そんなことはできないからこ
そ野球は面白い。長い道のりを経て、選手もそして自分自身も成長したと思う。特に選手は、自
分が想像する以上のスピードで成長していった。荒木と井端の守備と走塁、ここぞという時の立
浪の打撃、代打の切り札、高橋光の勝負強い打撃、川相、英智、渡辺、アレックス……、1軍で
活躍している選手たちはみな、すごく成長したとオレは思う。就任以来、言い続けてきた「投手
を中心とした野球こそが基本」は、これまでの経験を通して得た哲学だ。だから中日だからこの
野球をやったんじゃない。どのチームの監督になってもこの野球をやってた。この野球なら勝て
るという揺るぎない自信があるからだ。今、願っているのは、選手にこの優勝を誇りに思っても
らいたいということ。この優勝を一生の宝物にしてほしい。誰の力でもない、自分たちでつかみ
とった栄冠なんだ。選手諸君、おめでとう。そして次のゴールを目指して、あしたからまたがん
ばろう。命をかけて、日本一の栄冠を、50年ぶりに取り戻そうじゃないか。 
(中日ドラゴンズ監督・落合博満)

4中日スポーツ:2004/10/02(土) 17:24
・伝説の3番!立浪 あんたが大将!深夜の素振りでナイン引っ張った 自身3度目V
感謝、そして敬意の表れだった。誰よりも強く勝利を思い、チームの先頭に立ってきた男・立浪
和義内野手(35)。優勝の立役者は誰か? その答えを示すかのようにナインは、チームを導
いてくれたリーダーを4度、空中へ舞い上がらせた。「胴上げをしてくれたのは僕が引退が近い
からですよ。でも、ずっと優勝したい、と思ってやってきた。その願いがかなってうれしい。監
督やコーチ、スタッフ、そしてファンのおかげです」常に「勝ちたい」と思い続けてきた。5月
23日にセ・リーグ新記録となる通算423本目の二塁打を放った。2000試合出場も達成し
、6月23日の巨人戦(札幌)で球団新記録となる通算155度目の猛打賞もマークした。数々
の栄光に彩られた2004年。だが、立浪が欲したのはただ1つ。その唯一無二の勲章を、5年
ぶりにその手に取り戻した。言葉以上に、行動でチームを引っ張ってきた。4月4日の広島戦(
ナゴヤドーム)で延長11回、チーム初のサヨナラ打を放ったものの、打撃は低迷。一時は打率
2割を切った。打の支柱が苦しめば当然、チームも波に乗りきれない。5月3日からのヤクルト
との3連戦(神宮)では7−20の大敗を含むどん底の3連敗を喫した。はまりかけていた泥沼。
神宮での3連敗後、選手宿舎の駐車場で立浪は深夜、バットを振り始めた。最初は井上と2人だ
け。だが、黙って汗を流すリーダーの姿が周りを突き動かす。1人、2人、3人…。日が経つに
つれ増えていく“有志”。最後は野手のほぼ全員がバットを手に、立浪とともに素振りの音を響
かせた。自身の得点圏打率を脅威の5割台に乗せ、チームも7連勝を飾ったのは、それから間も
なくだった。
 戦いは続く…
背中でチームを導いてきた背番号「3」。だが、勝負師はまだ満足しきったわけではない。「日
本一になりたい」。過去2度はリーグ制覇にとどまった。今度こそ…。勝利を追い求める男の挑
戦は、まだ終わらない。
・荒木だ井端だ セ界一コンビ!
 打って走って守る!この2人が落合竜の象徴…そして武器だった 井端3度舞った
初回の先制二塁打を皮切りに、井端弘和内野手(29)はこの試合5本の安打を連ねた。優勝の
かかった試合で今季15度目の猛打賞、5安打は自身初の大暴れだ。選手会長として、首脳陣と
選手とのパイプ役を果たした1年でもあった。「監督が就任したとき、正直、日本一なんてピン
とこなかった。だけど春に一緒に練習して、たくさん話をして、確信しました」。つくり上げて
きた強いきずなが、最高の結果につながった。かみしめるように歓喜の1年を振り返る2番打者
の横で、跳ねるように喜びを爆発させたのは荒木雅博内野手(27)。「きょうは大いに暴れま
す」と満面の笑みをたたえた。5月にトップバッターとして定着し、水を得た魚のように走りま
くった。首位のチームで、よりマークがきつくなる中、一時は4年連続の盗塁王を狙う赤星(阪
神)とも競り合った。さらに守備では、課題だった送球難を克服し、最大の武器でもある守備範
囲の広さを見せつけた。Vロードをばく進した、2004年型「竜特急」。堅い守りとどん欲な
走塁を前面に押し出した戦いを象徴するのが二遊間として、1、2番としてコンビを組むこの2
人。相思相愛の恋人同士のように、チャンスメークし併殺を決めてきた。スタンドのファンへの
あいさつが左翼に差し掛かったところで、井端の体が3度宙に舞った。「胴上げされたのは生ま
れて初めて。選手会長1年目での優勝は名誉なこと」と井端。1年間、チームを引っ張った選手
会長への、感謝を込めたナインからのプレゼントだったのだろう。そして荒木に、大きな“プレ
ゼント”が間もなく届く。10月10日に待望の第一子、女の子が誕生する予定。「絶対に忘れ
られないシーズンになりました」。これ以上ない笑顔が、まぶしすぎる。

5中日スポーツ:2004/10/02(土) 17:24
・福留もヒーローだ!  ナインを祝福
“29人目のV戦士”が、背中を押されてマウンドへ突進した。左手のギプスには要注意! も
ちろん胴上げには参加できないが、喜びは共有できる。福留孝介外野手(27)だ。しっかりと
歓喜の瞬間に立ちあった。「地元で決まってよかったですね。これから目標がしっかりと見えて
くると思います。日本一目指して、やってくれるでしょう」フィールドに立つことはできないが
、その未練は断ち切った。仲間たちに託す日本一の夢。まずは挑戦権をゲットした誇れるチーム
メートと、祝福の握手をかわした。地元胴上げの“特典”として、2軍からも全選手が加わった
。スタンドから福留の姿を見つけたファンから、感謝と激励の声援を受け取った。4番としてあ
りがとう。ケガを治して戻ってきて。どちらも福留のエネルギーとなる。だからこそ、熱い戦い
に加われないもどかしさより、ドラゴンズの悲願を応援する側に回れるのだ。「みんななら、き
っとやってくれると思います」。ビクトリーランを笑顔で済ませ、福留の今シーズンが終わった。
・川相「うれしい」 Gブランド捨て中日で最高の美酒
皮肉にも、川相昌弘内野手(40)の三振が、セレモニースタートの合図となった。優勝なら何
度も体験した。巨人で7度。その巨人で約束された指導者のレールをけり飛ばし、ドラゴンズで
現役を続けるイバラの道を選択した。不惑を迎えたばかりの男が、惑いに惑った末にたどり着い
た至福のゴールだった。「うれしいよッ。最高ッ。野球を続けてきたからこそ、こういう感激を
味わえるんですよね」土壇場の翻意から始まったストーリーだった。昨秋、コーチ就任要請を受
諾しながらも、ムクムクと膨らんだ未練、執着。抑えられない。そう思った時、手を差し伸べて
くれたのが誕生間もない落合竜だった。新監督は秋季キャンプでの入団テストを科した。チケッ
トを買い、羽田から那覇への飛行機に乗る。実はそれこそがテストだった。「巨人というブラン
ドを捨てられるか。そこだけだった。沖縄に来られるってことは、巨人を本当に捨てられるって
ことだろ?」。もちろん川相は乗った。その瞬間、落合監督は「合格」の印を押していた。出場
75試合で、わずかに6安打、3打点。だが守備固めだけでなく、2度のサヨナラ打をファンの
記憶に刻み込んだ。井端、荒木、英智…。惜しみなく技術を伝授された中堅、若手は多い。献身
的ですらあった大ベテランは、文字通り、不惑の境地に達した。
・白井オーナー「快適だった」 予期せぬ胴上げ
アレックスにバルデス。屈強な外国人選手に囲まれては抵抗できなかった。胴上げを拒否してい
た白井文吾オーナー(76)=中日新聞社会長=がナインの手で4回、宙に舞った。「最初、(
落合)監督に言われた時は断っていたんだが。胴上げされては、体が壊れてしまうから。でも、
言葉の分からない外国人選手を使われてはね」予想外の胴上げだったが、いざやられてみれば、
気分は悪くなかったよう。「快適だったね。うまく、持ち上げて、受け止めるものだね」と白井
オーナーは会心の笑みを浮かべた。1年前、落合監督を選んだ選択はこの日、正解と証明された。
次なる目標は日本一。「やってみないと分からんが、みんなの前で宣言したんだから、大いに期
待している」と期待を込めて話した。

6中日スポーツ:2004/10/02(土) 17:25
徐々に更新します すみません

7中日スポーツ:2004/10/02(土) 17:55
・球界の問題 吹き飛ばした
中日・西川順之介球団社長「胴上げのシーンを見てこれが今年のドラゴンズだと思
った。落合監督が台風の目になり、選手がその周辺を回って目標に向かった。球界
にはいろいろな問題があったが落合監督と選手が一丸になって吹き飛ばしてくれた」
・アレックス 信じられないん 美技!美技!レーザー
ペナントを持つ手が震えた。4万大観衆の声援が体に染み込んでいく。「信じられ
ない・・・なんともいえない。素晴らしいよ」。帽子でで声援に答えながらアレッ
クス・オチョア外野手(32)はこの上ない幸せを感じていた.緊張がスタジアムを包
む中、この日も華麗な守備で味方のピンチを救った。6回には緒方の大飛球を背走し
ながらランニングキャッチ。さらに延長11回二死1、2塁。代打・前田の中前安打に
だれもが勝ち越しを覚悟した瞬間レーザービームを一閃。2塁走者を本塁寸前で憤死
させた。チャンスを生かせなかったが背番号4のひたむきなプレーにドラ党は惜し
みない拍手を送った。ひとつの目標はクリアした。次は史上3人目の日米シリーズ制
覇の野望達成だ。「今年は負けだけど、チャンピオンはチャンピオンさ。次の目標は
もちろん日米シリーズ制覇。それをずっと目標にやってきたからね。ぜひ日本シリー
ズに勝ちたい」02年、エンゼルスで世界一に輝いた男はまだ見ぬパ・リーグの覇者を
手ぐすね引いて待っている。
・岩瀬 万感 重ねた救援救援失敗の悔しさ・・・すべては”この日”の糧に
岡本 歓喜 最強右腕守り抜いた「今日は最高です」
歓喜の輪へ、竜投が誇るリリーフ陣次々と加わる。投手王国を支え続けた男たちがこ
の夜は宙を舞う落合監督の体を支えた。「今日はしっかり投げることができたよかっ
たです。最高です」何度も勝利への懸け橋をつないできた岡本真也投手(29)が叫ぶ。
この日も6,7回を抑えた落合英二(35)に続いて8回から登板すると力のある直球とを
スライダーで1イニングを無失点。過去3年間の登板数が計50試合だった男が今季はこ
の日で61試合目。前夜は2ランを浴びたものの、最強セットアッパーの一人に成長し
た右腕がマウンドをがっちり守りぬく。その岡本が繋いだバトンを受け継いだのは岩
瀬仁紀投手(29)だ。負けたくない。大一番で強い意志を前面に押し出した左腕は9回
を3者凡退。延長10回2死満塁のピンチを招くが首位打者・嶋をスライダーで空振り三
振。左拳をぐっと握り締め、雄叫びを上げた。「苦しかった時もあった。これだけの
経験ができたシーズンはそうない。自分にとっても大きな優勝です」左足中指骨折で
出遅れ波に乗りきれなかったシーズン序盤。「野球人生の岐路に立っている」と唇を
かみしめた夜もあった。だが球界を代表する鉄腕はシーズンが進むにつれ復調。8月は
日本代表としてアテネ五輪に出場し9月は10試合連続被安打セロも記録した。取り戻
した貫録の投球。この夜もどんなにピンチになってもホームは踏ませなかった。落合
英、岡本、岩瀬がそれぞれの仕事果たすと11回は平井が剛腕をうならせ無失点。12回
は久本がまさかの満塁弾を浴びたが最後まで勝利の執念を燃やし続けたリリーフ陣。
敗れた。だが76勝のうち68個の白星を運んで男たちは胸を張った。栄光に輝いた夜、
「守り野球」根底は最後まで揺らぐことはなかった。

8中日スポーツ:2004/10/02(土) 17:55
・英智だ渡辺だ ”打つ、守る、走る”育った一芸集団
両手で万歳。もの静かな男が胸を張ってスタンドの”ヒデノリ・コール”にこたえた。
「勝利、優勝に貢献するプレーを考えてやってきた」英智外野手(28)が喜びをかみ
しめた。落合野球の申し子的存在。「打つ守る走るのどこかに特徴がある選手を作る
」。ゼネラリストではなくスペシャリストの育成。落合監督が就任直後に掲げた方針
のもと、日陰の存在だった英智が抜群の守備力で一気に花開いた。2月の秋季キャン
プ直後、脇腹を負傷してリタイアした英智。見方によっては脱落者。だが「選手を色
眼鏡で見ない」と公言していた指揮官には貴重な戦力として映っていた。患部はオー
プン戦終盤に回復し、守備固め要因で開幕一軍入り。強肩とダイビングキャッチで落
合竜を救ったのは言うまでもない。終盤は8番右翼に定着。最強の”ライパチ君”と
して野球少年があこがれる選手に。中日に英智あり−。一気にブレイクした。高橋光
信内野手(29)も白い歯をこぼした。右の4番候補も開幕早々に二軍落ち。再び1軍
に呼ばれたのは8月だった。戻ってきた高橋光は「自分は1打席、3時間の試合の5分に
勝負をかけている」吹っ切れていた。9月に代打で2本の本塁打、選球眼もよく選べる
。定評高い打力が代打の切り札という形で発揮された。渡辺博幸内野手(34)は抜
群の守備力を買われ多く1塁でスタメン起用された。オマール・リナレス内野脂(3
]6)も巨人・工藤から代打逆転3ランなどいい場面で1発の凄みをみせた。これぞプ
ロ。オレ流好みの銭を取れる技術を持つ職人たち。一様に笑顔で落合監督を胴上げした。

9ドラファンさん:2004/10/02(土) 19:05
長い!お疲れ様です!!

10ドラファンさん:2004/10/02(土) 19:47
応援してます!
10・2の主要スポーツ紙を全部上げてくれるのを気長に待ってます!

11オレ竜@めぐりあいドラ編:2004/10/02(土) 22:34
ども。中スポはWEBにないものもやりますね
他はWEB上のものと、評論と手記はやります。
(デイリー、サンスポ以外・・・)

12中日スポーツ:2004/10/02(土) 22:35
・憲伸最高 真のエースはひたすら勝利のために
胴上げに照れる落合監督に川上憲伸投手(29)はにこやかな笑みを浮かべて近づいた。
受け止め、また上げて・・・宙に舞う「66」の背中をずっと笑顔で見つめていた。待ち
に待った歓喜の時。自己最多の14勝を塗り替え16個の白星とともにつかんだセ・リーグ
制覇。「今季は期するものがあった。シーズン通して頑張ることができたと思う」。エ
ースとしてつかんだはじめての栄光だった。昨季は5月に右肩を負傷し苦悩と失望のう
ちに終わった。「憲伸がいれば・・・」周囲の嘆きも耳に届くなか、今年にすべてをか
けた。自ら台所に立って栄養面の改善に取り組み、最善の治療法を追求した。これまで
印刷だけだった年賀状。今年は約200枚。ほとんどに自筆「ボクの力で優勝します」と書
き込んだ。決意をはっきり明かすことで自らに重圧もかけた。復活の舞台は今年4月4日
広島戦、延長11回157球の熱投で勝利を呼び込んだ。チームが首位固めに入った7月上旬
から約2カ月間、1年目の5連勝大きく上回る8連勝。救援明けからコーチ陣から「貴重な
ことのだぞ」と連戦の初戦を任されるようになる。初戦で流れをつかむか、逃がすかチ
ームの勝利に徹する投球で不敗神話を築き上げた。99年の優勝時は8勝9敗。5年の歳月を
経てもMVPの呼び声も高くなるほどたくましく成長した。「(優勝争いの)当面の相
手が巨人だったこともあって自信にもなったし、印象に残っている。(連勝中は)「す
ごいことやっているな」と思っていたけど1年目よりも経験を積んだのかな」。真のエー
スの称号は手に入れた。今度は日本シリーズでパ・リーグの猛者の前に立ちはだかる。
・谷繁 絶叫 投手王国引っ張る
試合終了、グランドに真っ先に飛び出して両手を振ってファンの歓声にこたえたのは谷
繁元信捕手(33)だった。もっと、もっと声援をくれとファンにアピールした。それほ
どこの優勝がうれしかった。「オレ?オレよりも投手。みんながよく投げてくれて優勝
できた。オレの力じゃないよ」顔をクシャクシャにしてそう叫んだ。シーズン前、落合
監督は防御率2点台を掲げた。打撃技術が発達した近代野球で防御率2点台なんて夢の話
に近い。プレッシャーがベテラン捕手を襲う。その一方で負けん気がむくむくと頭を持
たもたげてきた。結果的に防御率は目標を大きく下回って3点台後半。しかし12球団で
4点を切っているのは中日だけ。それをリードしてきたエース捕手谷繁。胸を張ってい
い。誇っていい数字だ。さぁ日本シリーズ。負けて6度目のリーグ制覇じゃ心の底から喜
べない。中日の頭脳が真価を発揮するのはこれからだ。
・とびっきりの笑顔
山本昌は落合監督はトロフィーを受け取り、それを高々と掲げたグランド内でファンの
声援にこたえた。「みんなでひとつになって勝ち取った優勝だからよかった」と笑顔。
今季は25試合に登板して12勝をマークしベテラン左腕の健在ぶりを十分に発揮した。「
地元で決められてファンの方にも1年のお礼にもなったし、いいものを見せてもらいま
した」と満足そうな表情で語った。
・ペナント手に念願のビクトリーラン
リーグ制覇を象徴するペナント。これを手に行進することが何よりも選手にとっては喜
びとなった。何色もの鮮やかな紙テープが舞う中、落合監督をはじめペナントを持った
選手たちがゆっくりとブランドを歩いた。スタンドのファンもだれも帰らない。みんな
が立って惜しみなく拍手を送った。立浪がいる。荒木が笑う。井端が誇らしげに手を振
った。「よく頑張った。日本一頼んだぞ」そんな声援に川上が力強くうなずく。ナゴヤ
ドームで決めた初の優勝。フィナーレにふさわしいシーンだった。

13中日スポーツ:2004/10/02(土) 22:35
・オレ流語録 選手の力です。選手を褒めてください。
▼優勝おもでとうございます
いやーいいものですね。生まれて初めてのことですから。過去に何回か優勝しているん
ですが、名古屋でしか優勝したことがないんで(現役時代は88年の中日、94年と96年の
巨人で優勝決定)皆さんは恐らく昨日だろうと思われていただろうけど、私は恐らく名
古屋で決まるだろうと思ってました。
▼優勝の瞬間の気持ち
泣くだろうなと思ったが、冷静だった。インタビュー中ポロポロ泣く姿を想像したが、
人目に涙をさらさずによかった。
▼胴上げの感触
いいものですね。生まれて初めてだし。はっきり言って自分の体がどこにあるのかわか
らない。いつ上がって、いつ選手の手に自分の体が収まっているのか・・・。いい気分
。これは経験したものしかわからない。
▼優勝できると公言
何人の方が信じてくれたか分からないがこうやってやればできるんです。投手中心の守
りの野球で。何とか一年戦い抜けな、と思っていた。選手は本当によくやってくれた。
▼胴上げには二軍選手も参加
下の連中も名古屋にいたし、これだけの喜びは皆で分かち合おうということで全員参加
にした。
▼誰に感謝したいか
私を指名してくれたオーナーが1番。うちの女房が2番。支えてくれたコーチングスタッ
フや選手には本当に頭が下がる。
▼負けての優勝に
本当は勝って優勝を決めたかったが私らしくていいんじゃないですか。この優勝は一生
忘れない。
・Road To Victory 落合竜の挑戦 監督を叱り続けた男たち
歓喜の場内1周。指揮官のすぐ後ろを歩いた。選手のミスを決して責めなかった落合監督
になり代わり、時に”鬼”の役目も引き受けた男が久々に見せた笑顔だった。手早く、
しかし厳選したコーチングスタッフ。中でも落合監督がこだわった1人が高代延博野手総
合チーフコーチ(50)だった。腹心、参謀、知恵袋、家老ととして殿をいさめたことも
1度や2度ではない。そんな高代コーチから見たオレ流野球には2つのキーワードがあるそ
うだ。「まず我慢やね。本当の意味で我慢できる人。オレの知っている監督の中では三
村さん(元広島監督、現ヘッドコーチ)が近いかな」我慢の指揮官。それが実を結んだ
好例は立浪だという。開幕から低打率にあえいでいた3割打者。「オレはもう外れるかも
しれん」切迫した発言が高代コーチにも間接的に伝わってきた。だが使い続けた。5月か
ら大爆発。我慢の効果はそれだけではない。「タツ(立浪)がマウンドに駆け寄る姿。
あれは(中日に在籍した)3年前にはなかった光景やで」。そしてもうひとつのキーワー
ドは信頼だ。「監督は『知らなかった』ということはひとつもなかったと思うよ。選手
との関係もそう。オレたちコーチともそう。『任せた』といって途中から口出されるの
が1番困るから」コーチ会議は上位下達ではなく議論の場になった。情報、意見が双方通
行で共有され、そこから方針が行き渡る。選手に対してもそう。信頼があるから我慢で
きる。我慢してくれるから信頼が生まれる。プラスの循環は1年を通じて滞ることはなか
った。「森と高代には本当によく怒られたなあ」投手部門の森、攻撃&野手部門の高代
。諫言を浴び続けた落合監督は苦笑い。勇将の下に弱卒なし。そんな言葉があるがドラ
ゴンズは逆かもしれない。勇将の上に弱卒なし−。

14中日スポーツ:2004/10/02(土) 22:36
・さあ日本一だ 落合監督「相手はどこでも勝つのはウチ」
セ・リーグ制覇は悲願のための第一関門、今季掲げた目標はまだはるか高みにある。50
年ぶりドラゴンズ史上2度目の日本一こそが今季の落合博満監督(50)が目指す究極の目
標なのだ。「ずっと言い続けている。オレたちは日本一になるんだ。そのためにはセ・
リーグ1位にならなければいけない。そのためのレギュラーシーズンなんだ」と落合監
督を。既に着々と手は打っている。落合監督の指令でスコアラーがパ・リーグの試合に
帯同し始めたのは9月17日のダイエー−西武戦から。パ・リーグのプレーオフに出場する
はこの2チームに日本ハムを加えた3チーム。「3チームとも頭の中にはイメージはある
よ。どんなチームカラーで今年入団した選手を除きどんな選手がいるかもわかっている」
と落合監督は言う。スコアラーにはもう1度、徹底的に選手の分析をするように命じ現在
はその作業の真っ只中だ。「個人的にはダイエーに出てきて欲しいな。レギュラーシー
ズンを勝ち抜いてきたチームと戦いたいというのは野球人としての素直な感覚だ。もち
ろん西武や日本ハムとやりたくないという意味じゃないけどな」とダイエーのレギュラ
ーシーズン1位が決まったとき落合監督はそう漏らしたことがある。ダイエーとは5年前
の日本シリーズで激突し惨敗した。昨季も阪神を4勝3敗で破り日本一になったチーム。
チャンピオンを破って日本一に。そんな思いを抱く一方で西武、日本ハムとの戦いにも
周到に備えている。「オレの野球は変わらないよ。どこが相手でも。勝つ自信?。なけ
れば戦わないよ。勝つのはウチだ」有言実行の男が不敵に笑う。

15中日スポーツ:2004/10/02(土) 23:48
・一軍出場56人一丸でつかんだ頂点 世界の中心で優勝叫ぶ
川上憲伸「自分でもこれだけやれるとは正直を思ってなかった。今季は出来すぎです」
岡本真也「最高のシーズン。心残りは左わき腹痛で戦線を離れたこと、あれさえなければ」
岩瀬仁紀「けがやアテネ五輪出場などいろんなことがあった。本当にタフなシーズンだった」
平松一宏「優勝チームに在籍でき、うれしい。貢献したとは思っていないのでもっと力をつけたい」
佐藤充「入団1年目にいい経験になりました。来年はしっかり投げれるように頑張ります」
紀藤真琴「広島からきて優勝できたがうれしい。チームの一員でいられたこと誇りに思います」
朝倉健太「あまり貢献できなかったけど来季はもっと貢献できるに頑張りたいと思います」
久本祐一「転機は内転筋を痛めたこと。その分筋トレを頑張って球速がつきました」
川崎憲次郎「貢献できなかったが一軍のマウンドに立てた。監督、コーチの配慮に感謝している」
遠藤政隆「優勝できたのはうれしい。来季こそはその輪に加わりたいです。もう少し貢献したかった」
落合英二「貢献できなかったので来季はもっと貢献できるように頑張りたい」
石川賢「1年目で優勝うれしい。貴重な経験をさせてもらいました。これを来年につなげたいです」
山井大介「前半悔しい思いをしたことが後半の活躍につながった。最高にうれしい」
小山伸一郎「一軍で結果を残したかった。もう少し貢献したかったですね。来季はもっと頑張ります」
山本昌広「優勝争いは簡単にできるわけではない。緊張感のあるペナントレースだった」
平井正史「今季はモチベーションが全然違った。けがしたときも「早く戻ろう」とリハビリをした」
バルガス「少ししか1軍に貢献できなかったけど優勝できてうれしい。自分にとって初めての優勝だからね」
川岸強「そんなに貢献できなかったけど1年目から優勝できるチームにいることを幸せに思います」
ドミンゴ「最高の気分だね。いつも勝てたわけじゃなかったがペナント制覇に貢献できたと思う」
小笠原孝「今季は自分が足を引っ張ったようで歯がゆい。シリーズではモヤボモヤをぶつけたい」
バルデス「いつもベストチームにいたいと思っていたから優勝できてとても興奮しているよ」
野口茂樹「優勝できてよかったと思います。もう少し貢献したかったが・・・それができなくて残念です」
山北茂利「一軍では貢献できなかったけど、自分としては一所懸命投げられた1年だった」
宮越徹「大して貢献できなかったけど優勝できてうれしい。来季は貢献できるように頑張ります」
高橋聡文「優勝した年に1軍で投げられたからよかった。来季はもっと貢献できるように頑張ります」

16中日スポーツ:2004/10/02(土) 23:48
長峰昌司「最初は一軍に上れたことで感激した。今はチームに貢献できたことがうれしい」
柳沢裕一「今季はとにかく集中できました。与えられた役割を精いっぱいやれたと思う」

谷繁元信「夏場に腰を痛め苦しいシーズンだった。復帰できたのトレーナーの協力があってこそです」
中野栄一「活躍できなかったけど。12球団で1番練習した結果が優勝つながったんだと思います」
前田章宏「1カ月しか一軍にいられなかった。貢献できなかったの来シーズンはがんばります」
田上秀則「優勝は嬉しいです。試合にも出られたし。今度はもっと貢献できる選手を目指して頑張るだけです」
小川将俊和「どうやったら勝てるか、一点を取る野球が勉強になりました。優勝できてうれしい」
清水清人「優勝うれしいですけど自分は何も貢献できなかったのでそれが心残りです」

前田新悟「チャンスを平等に与えてもらいながら結果を出せなかったのが悔しいが優勝は嬉しいです」
高橋光信「最高の思い出はもちろん。2本の代打3ラン。精神的にも大きくなれたシーズンだった」
荒木雅博「うれしいです。心からうれしいです。この喜びを励みに僕自身がさらに成長していきたい」
立浪和義「チーム全員が一丸となって勝ち取った優勝です。応援してくれたファンの皆さまのおかげです」
渡辺博行「自分にとっても最高のシーズン。使っていただいた監督や応援してくれたファンに感謝です」
井端弘和「球界再編問題もあり本当に疲れた一年でしたが苦労した分だけうれしい。報われました」
川相昌弘「巨人から中日に移籍して初めてのシーズンで優勝でき感慨深い。巨人時代とは違う喜びがある」
森野将彦「チャンスにしっかり応えようということを考えて戦ってきた。日本シリーズも頑張りたい」
筒井壮「もう少し試合に出てチームに貢献しかったです。もっと貢献できるように頑張ります」
リナレス「チームの勝利に貢献したいと思って努力していきた。今は優勝の喜びに浸りたい」
森岡良介「貢献できなかったけど、優勝うれしいですね。来季は一軍に定着できるように頑張ります」
善村一仁「優勝嬉しいですけど、自分としてはチームに最後までいることができなかったことが悔しい」
仲沢忠厚「常に一軍で結果を出すことを考えて野球やってきた。優勝の輪の中に入れて嬉しいです」

福留孝介「優勝へこれからというときにけがをしてしまった。残念ですが優勝はうれしいです」
アレックス「チームのため優勝のために自分ができることをやった。次は日米両制覇をめざしてがんばる」
井上一樹「優勝は嬉しい。自分としては山あり谷ありのシーズンだった。日本シリーズで頑張りたい」
関川浩一「ベテランがチームを引っ張って、すごくいいムード。自分は貢献できなかったがうれしい。
中村公冶「勉強になりました。いつか自分も戦力として優勝を味わいたいです」
幕田賢治「何も貢献できませんでしたけど。優勝チームでやったことはいい経験になったと思います」
森章剛「優勝という貴重な場所にいることができてうれしい。必ず一軍に上がると信じて頑張った」
土谷鉄平「初の1軍昇格で勝ってる場面で起用された。一勝に向かって全力でプレーできた。うれしいです」
英智「勝利につながるプレーを心掛けた1年だった。優勝に少しでも貢献できて幸せです」
大西崇之「最高です。落合監督を中心に選手全員がまとまっていました。ファンの応援に感謝しています」

17中日スポーツ:2004/10/03(日) 07:36
・セ5球団監督 敗戦の弁
◆ヤクルト若松監督
「落合監督はどっしり構え、選手を信頼して使っていた。春季キャンプから独自の指導
がいい方向に出たと思う。どんどんいい投手が出て、打線では1、2番がしっかりして
いた。1年目で優勝とは大した監督だと思う」
◆巨人・堀内監督
「今年の中日は攻守ともに選手たちが適材適所の働きをしていた印象がある。特に投手
陣は、ウチの打線をもってしても大変苦しめられた。日本シリーズでは、セの代表とし
て日本一を目指して頑張ってほしい」
◆阪神・岡田監督
「ウチが中日を走らせた面もある。特にウチは(2勝12敗の)ナゴヤドームでは打て
なかったし、終わっていたら負けているような感じだった。中日の強さは投手陣と守り
。それと攻守ともに1、2番がすごく機能していた」
◆横浜・山下監督
「誤算はギャラード、佐々木ら後ろの投手が4枚いなくなったこと。それを補う選手層
の厚さもなかった。中日は1点の重みのある野球をした。落合監督は豊富な投手陣をう
まく使った。うちは来季のためにも3年連続の最下位にだけはなってはいけない」
◆広島・山本監督
「おめでとう。投手力と守りの差だった。センターラインの差が最後に大きく出た。振
り返ってみれば、(4月2日の)中日との開幕戦だった。5点差をひっくり返された負
け方が尾を引き、中日を勢いづけてしまった」
・ドラゴンズおめでとう
長嶋茂雄(元巨人監督)
「リーグ優勝おめでとうございます。今年のドラゴンズは監督以下チーム全員で優勝
を勝ち取ったという印象が強いシーズンでした。春におじゃましたおり、打撃力アッ
プを目指すと言いながらしっかりブルペンの充実を図っていたことが思い出されます
。シーズンはその投手陣がリーグ1の活躍でチームを引っ張りましたね
落合監督の大胆かつ細心で野球が実を結びましたね」
・阪神・星野仙一オーナー付シニアディレクター
「優勝おめでとう。脂が乗り切った選手と伸び盛りの若手がうまくかみ合った結果だ
ろう。ホームランは多くないが少ないチャンスをものにして着実に勝ちをつかんだ。
また安定した投手陣と鉄壁の守による守り勝つ野球」は見事だった。落合監督は選手
の特徴をうまく見抜いた起用、さい配をした。あのルックスと話し方のイントネーシ
ョンの勝利だね。選手もそれにこたえていた。逆にいえば阪神、巨人が頑張り切れな
かったということ。どの球団も苦手チームを作ってしまったね」
・ダイエー・王監督
「セ・リーグ優勝おめでとうございます。中日の胸を借りて日本シリーズを戦えるよ
う目の前のプレーオフを頑張ります」
・西武・伊東監督
「素晴らしいの一言。うちはプレーオフの真っ只中。まったく余裕はありませんが中
日は特に投手力が素晴らしいという印象があります」
豊蔵一セ・リーグ会長
「「守って勝つ野球」の勝利だった。チーム防御率は12球団で唯一3点台とエース川
上を軸にした投手陣は安定感抜群だった。終始「落合流」を貫き一年生監督とは思え
ない巧みな選手起用でそれぞれの力を引き出した手腕に敬意を表します」
・中日OB会・中利夫高会長(元中日監督)
「まずはリーグ優勝おめでとう。何とといっても今年は投手を中心とした守りの勝利
。荒木、井端の2遊間、それに外野陣。堅実さは他球団と比べてもずば抜けていた。
落合監督の選手を見る目の確かさも驚かされた。起用する若手選手はことごとく活躍
し勝利に貢献する。それが選手の自信になりチーム力も増していった。対戦する相手
チーム頼りなく見えたのもそれだけ中日がしっかりした野球をやっていたから。次は
ぜひとも50年ぶりの日本一期待しています」
米大リーグアスレチックスのケン・モッカ監督(元中日内野手)
「そうか。中日が優勝したのか。それはいいニュースだ。私の監督室には中日を退団
した時チームメートから胴上げしてもらった写真が額に飾ってあるんだ。きっとあの
シーンがあったんだな。うちも一緒にア・リーグ西地区で優勝したかったがもう少し
かかりそう。中日にあやかって早く優勝を決めたい」

18中日スポーツ:2004/10/03(日) 07:38
・優勝おめでとう角界からのお祝いメッセージ
・マリナーズ イチロー
オリックス時代に一緒にやっていた平井選手が頑張っていることを聞きうれしく思って
ました。指導者として未経験の落合監督が就任1年目で成果を残され尊嘆思いです。
・開幕式で始球式伊藤清貴君
開幕戦で始球式をやらせもらった年に優勝。とてもうれしいです。投げた時に「ナイス
ボール」とほめてくれた谷繁さんに「優勝おめでとうございます」と言いたいです。
・名商大監督 中村順司
立浪は主将を務めた高校時代からチームの中で何をすべきかを分かっている男。監督に
信頼されてやりやすかったのでは。福留はけがで残念なことになったが4番の仕事を果
たした。
・柔道吉田秀彦
愛知県大府市生まれの私は大のドラゴンズファンである両親に連れられ、よくナゴヤ球
場に行ったものですとナゴヤドームにも一度、応援に行ってみたいですね。
・グランパスFW ウェズレイ
名古屋に野球のチームがあるとは知らなかった。時間があればテレビで見ている。もち
ろんうれしい。ここまで野球に詳しくなれたのはドラゴンズのおかげもあるし。
・グランパスDF 古賀正紘
同じ地域のプロチームとしてドラゴンズ優勝はすごく刺激になった。僕らも優勝できる
よう頑張ります。おめでとうございます。
・大相撲 朝乃若
今の中日には高校(愛工大名電高)のお知り合いもいない。ちょっと寂しい感じはある
んですがやっぱり地元ですから結果をいつも気にしてます。日本シリーズも頑張って下さい
・ゴルフ 不動裕理
あまり野球に興味がない私ですが中スポで連載を持ってからドラゴンズの試合の結果が
気になるようになりました。日本シリーズでもいい戦いをしてください。
・トヨタ車体監督 原田稔(ラリーチーム?)
リーグ優勝おめでとうございます。有言実行「オレ流」の落合監督。われわれもあやかり
たいものです。地元に元気と勇気をくれたドラゴンズに感謝したいと思います。
・競馬調教師 中村 均
筋金入りのアンチ巨人の私としては中日が巨人を倒すのがうれしくてたまりません。走攻
守、三拍子そろった2番井端がいれば来年も巨人をやっつけてくれると信じています。
・競馬調教師 橋口弘次郎
悔しいです。愛する巨人が敗れるなんて思いませんでしたから。落合”様”と呼ばせてく
ださい。勝負どころにたけていて他の監督とはひと味違う。脱帽です。夢は打倒!ドラゴ
ンズだ。
・競馬調教師 音無秀孝
阪神ファンですが今年は勝てる気がしませんでした。ドームでの11連敗。これだけワンサ
イドで負ければ気持ちいいくらいの惨敗でした。中スポの紙面にも勢いがありましたね。
・競艇 池田浩二
おめでとうございます。昨年落合監督に「一緒にドームで胴上げしましょう」と声をかけ
てもらった。以来監督のファン。正しくオレ流さい配。ほんと、シブイ。

19中日スポーツ:2004/10/04(月) 04:20
・ROAD TO VICTORY 選手の言葉で振り返るあの一投あの一打
今もまぶたに焼き付くあのシーン・・・。ついにつかんだセ界の頂点。今年の竜ナイン
は数々のドラマを演じてくれた。そんな感動ドラマの1コマ1コマを中スポ紙面を飾った
写真でプレーバック。それにV戦士の直筆サインをえたた2,004年中スポ強竜写真展。
あの川上の力投があったから、あそこで立浪の一打があったから・・・。歓喜のVロー
ドをもう1度振り返ってみては-。
・川上 11回熱投今季初勝利 4.4 広島戦 ナゴヤドーム
「今季最初の先発ですよね。最初は調子が悪かったんですけどそのうち体もほぐれてき
て、初めて延長まで投げ切りました。150球以上?まあ最後は気持ちだけでしたね。1番
最初の登板でこれだけ投げることができていいスタートを切ることができたな、という
感じはありました」
・アレックス 逆転サヨナラ3ラン 4.7 巨人戦 ナゴヤドーム
「あのサヨナラ本塁打はよく覚えているよ。巨人戦だったし、声援が大きくてすごかっ
たから。本塁打すべて印象に残っているけどやはり勝ったら特に嬉しいよね。ハッピー
だったし勝ったことがとてもうれしかった。落合監督と抱き合った?監督と選手が抱き
合うことはアメリカではよくあることだよ」
・落合 1球セーブ 4.27 広島戦 広島市民球場
「シ−ズンを振り返っても何も貢献していなかったので自分自身ふがいないです。日本
シリーズは少しでも力になれるようにがんばりたいですね。とにかく存在感を出してい
きたいです」
・立浪 ミスターに並ぶ通算418四二塁打 5.7 阪神戦 倉敷マスカット
「あの試合よく覚えていますよ。二塁打の記録で長嶋さんに並んだことも自分でもすご
いことだと思いますけど、打撃の感覚を自分の中で「これやッ」とつかめた試合なんで
す。開幕からずっとチームに迷惑をかけてきましたがあの日を境にダイミングがしっか
り取れるようになって。中スポさんの写真を見た瞬間、倉敷やなってすぐわかりましたよ」
・谷繁 通算150号 5.18 広島戦 広島市民球場
「打っただけでなく試合に勝てたことがうれしいですよね。広島は故郷だし。昔から何
か相性がいいですよ。よく冗談で「広島に入っていたら200本塁打は打っていましたよ」
なんて言うぐらい。球場は狭いだけじゃない何かがあるんでしょうね。勝ち越しの一打
でもあったし思い出深いですよ。ただ今回中スポさんに写真と記事を見せてもらって思
い出したんですが。あの日試合で5割だったんですね。そこから一気に・・・。何か不
思議な気持ちです」(それもまたtanisige)
・山本昌 2500投球回数達成 6.18 横浜戦 ナゴヤドーム
「史上43人目日へんだったんですってね。達成したあとで知りました。われながら長い
間野球をやれているんだな、幸せなことだな。素直にそう感じましたね。同級生もやり
たくてもやっていっていない選手がたくさんいるんだから。僕よりすごい選手ならたく
さんいたと思う。でも丈夫に産み育ててくれた両親に感謝ですよ。あと個人記録がかか
っていても通算何勝とかならとにかく勝つから喜べるけど、イニングだと負けるかもし
れない。打線が点を取ってくれたおかげで喜びも倍増しました。それにも改めて感謝です」
・福留 満塁一掃で奪首 6,22 巨人戦 札幌ドーム
「今のけがをしている状況でよく覚えていないというのが正直な気持ちです。3塁打はた
またまの結果でしょうけどグランドが硬くで球が弾みやすいという球場の特性も三塁打
にあっていたと思います。(札幌ドームは球場第1号ホームランを放つなど)縁起がいい
場所と言い聞かせて打席に立ちました。チームが単独首位に立てた試合で逆転打を打て
たのはよかったと思います。

20中日スポーツ:2004/10/04(月) 04:21
・英智 スーパーレーザービーム 6.27阪神戦 ナゴヤドーム
「僅差で勝っていたのでなんとかして0点抑えたかった。集中していたので谷繁さんし
か見えなくて、持てる力を出そうと思って投げただけです。日ごろの練習の成果が出た
と思います。今季でいくつかのプレのうち心に残るものです。勝ちにつながったので余
計にそう思いますね」
・長峰 虎狩り プロ初勝利 7,28 阪神戦 甲子園球場
これ2回目の甲子園で投げたときの写真ですよね。プロ初登板(7月17日・甲子園)のと
きは3者三振に抑えて後ろを見てないですからすぐ分かりました。この試合は5時間以上
の大接戦で「思いっきり腕を振っていこう」と思っていました。谷繁さんのミットだけ
見て投げました。初勝利?そのことを考えている余裕はなかったです。なんかずっと昔
のように懐かしいです」
・川相 サヨナラナゴヤドーム初安打 8.1ヤクルト戦 ナゴヤドーム
「ナゴヤドーム初ヒットだったし名古屋のファンに喜んでもらえたのが何より。8月の苦
しい時期に入って最初の試合でいい勝ち方ができた。チームにとっても自分にとっても
大きい試合だった」
・平井 ドラゴンズ初セーブ 8,8 広島戦 広島市民球場
「この時までちょっと調子が悪かったんですけど、この日の広島戦から腕が振れるよう
になったんです。この日も投げながら「150キロ以上出ているな」という実感はありまし
た。先発からリリーフに回り注意したのは制球よりも勢い。スピードというよりがむし
ゃらな勢いで思い切り投げましたね」
・岡本 2イニング4奪三振 8,24 巨人戦 東京ドーム
「あの試合が今年1番調子がよかった。それまで東京ドームではサヨナラ押し出しなどあ
まりいい思い出はなかった。でもこの場面でそんなこと気にしても仕方ないから気合い
で投げました。これ以上ない納得のピッチングでした」
・荒木 イチローに並ぶ8度目1試合4安打 8.29 横浜戦 ナゴヤドーム
「本当にうれしかったからあの日の4安打は覚えてますよ。3安打した時点で絶対に4安打
してやると狙ってましたもん。打席に入るときもどうやって打つか、それしか考えてい
なかった。外の球をうまくおっつけて打つことができました。アレッその割にはこの写真
視線がレフト方向に行っている、おかしいな」
・井端 華麗スライディング 9.7 巨人戦 東京ドーム
「走っている時からこれは微妙なタイミングになるってことは分かっていました。巨人の
捕手がブロックに来てもいいように心の中で準備をしてたから」
・岩瀬 サヨナラ呼ぶ2イニング0封 9,10 広島戦 ナゴヤドーム
「たとえ2イニングだろうが、チームの勢いがここまでつくと、抑えの僕が疲れとか、し
んどいとか言ってられないしそうな感覚もありません。与えられた場所でとにかく全力を
尽くす。自分にできることはそれだけだから、あの時もそんな感じでした」

21中日スポーツ:2004/10/04(月) 04:21
・V戦士とファン融合の瞬間・・・午後10時1分総立ちそしてメガホン乱打
中日の悲願のリーグ制覇が決まった瞬間のナゴヤドームに詰め掛けた4万500人の満員の大観
衆から大歓声が上がった。待ちに待った瞬間だっただけにナゴヤドームはまさに興奮のるつ
ぼ。スタンドからは優勝を祝うテープが投げ込まれ、笑顔、うれし涙など5年ぶりの歓喜に
ファンは酔いしれた。
ついにやった。どれほどの豊かな才能も、どんなに辛い努力も最後は優勝してこそ報われる
。ファンもそうだドラゴンズを追って応援してきた日々。1日午後10時1分のナゴヤドームの
ライブビジョンはヤクルトの敗戦を伝えるとドーム埋め尽くしたファンは総立ちになりメガ
ホンを乱打した。ファンと選手が喜びで溶け合った瞬間といえた。5年前の優勝を報じた中日
スポーツを特集号を持参した三重県長島町の川口博志さん(34)名古屋市港区の井藤康裕さ
ん(30)らの5人グループは紙面を掲げながら感激の面持ち。「ストで先行きが不透明だった
けど10月1−3日のドームチケットを買っておいた。読みがズバリ当たった。一昨日の台風の
おかげかな」と笑った。試合後の落合監督のインタビューを聞きながら「オレ流優勝」のプ
ラカードを手に「おめでとう!」と叫んだのは名古屋市守山区の竹内和也君(16)西尾市の
杉浦太さん(36)、市川真憲さん(30),名古屋市東区の佐藤万仁さん(34)。「選手一人ひ
とりの長所を引き出した監督のさい配は見事だった」などの声が相次いだ。両方のホッペに
シャオロンのペインティングがキマっていたのは名古屋市中村区近藤崇文君(8)。上手に
描いてくれたのは母・ゆかりさん(39)の知人で名古屋市東区の古川智子さん(18)。崇文
君も智子さんも井端選手の大ファン。「やったーっ」と3人で涙を浮かべて抱き合った。歴
史的な1戦。全国に16団体あるドラゴンズ応援団も総動員された。その中のひとつ名古屋「
竜心会」総代表加藤鉄也さん(31)の気合もすごかった。今日は外野がすべて自由席。だか
ら盛り上がり方が半端じゃなかったドームでの優勝は始めだから本当によかった」と心地よ
さそうに汗をぬぐった。ほとばしるような熱気は会場前からあった通常は午後4時開場のと
ころを30分早めて3時30分とした。この時点で詰め掛けたファンは3,550人。人、人、人の波
がドームを包んだ。警備体制も通常の420人から約1.5倍の600人に増員した。
・広島ファンも祝福
左翼スタンドに1角に陣取った広島カープファンもドラゴンズ優勝を祝福した。数ではドラ
ゴンズファンに圧倒されながら試合後の落合監督の胴上げや場内一周には温かい拍手を送っ
た。名古屋にあるカープ私設応援団の三上翔さん(26)は「ストや五輪、イチローに目を
奪われてドラゴンズは運がなかったね。ただ落合監督は日本一を実行すると思うよ」とエ
ールを送った。
・グッズ販売店盛況
ドーム内の飲食店、グッズ販売店は通常通りの営業体制。約500人のスタッフが店舗での販
売やスタンドで売り子として駆け回った。売り子の1人は「きょうはお客さんの気持ちが高
ぶっているからかいつもよりよく売れる!」とうれしい悲鳴。またドーム外グッズの物販
売店でも「今日はメガホンがよく売れています」とにんまり。
・警備通常の10倍
愛知県警によるとドームや地下鉄・大曽根周辺には午後4時ごろから約200人の警察官が配
備され普段のドラゴンズ戦では20−30人というだけにこの日はその約10倍。異例の厳戒態
勢を敷いた。県警本部地域総務課では「アルコールが入って奇声をあげる人が出現したり
、交通の妨げ行為を想定して配備した。人数は多いが特に大きな事件を想定しているわけ
ではない」。
・居残り感動共有
試合後のドーム周辺では大勢の観客が居残って感動を共有。行き交うファン同士がハイタ
ッチをしたり「燃えよドラゴンズ!」や「かっとばせ、立浪!!」などのヒッティングマ
ーチを何度も歌って喜びを爆発させた。また大曽根方面とドームを結ぶ陸橋上でも興奮し
たファンが万歳を連呼するなど遅くまで混乱が続いた。

22中日スポーツ:2004/10/04(月) 23:03
・選手もスタッフも・・・歓喜の美酒に濡れ!
中日ナインによる恒例のビールかけはナゴヤドーム内にある駐車場の特設会場で盛大で行
われた。落合監督夫人の信子さんやけがで戦列を離れている福留らも参加。「1、2、3」
の合図とともに始まると歓喜の叫び声とともに用意された2000本のビールがあっと言う間
に泡と消えた。ほとんどの選手が競泳用のゴーグルを着用。落合監督の長男福嗣さんもゴ
ーグルを着用して祝勝会にスタンバイ。落合監督もちゃっかりゴーグルを用意していた。
「気持ちいいね」胴上げの快感の次は選手のからのビール攻めをたっぷりと浴びた。選手
、首脳陣、フロント、裏方ら総勢約70人が参加した歓喜のシャワーは約20分ほどでほとん
ど空になった。祝勝会は午後11時58分にお開きに。締めは万歳三唱の音頭をとった井端選
手会長がひな壇からナインの輪の中へ飛び込むというはしゃぎぶり最後まで激しくはじけた。
・開局以来初の中継 CBC
中日の優勝が決まった1日の対広島戦のテレビ中継を担当した中部日本放送(CBC)は
開局以来54年目にして初となる胴上げ中継だった。同局は1956年にテレビ放送をスタート
した。ドラゴンズの54年の優勝時は中継はなく74年はNHK、82,88,99年はいずれも東海
テレビが担当している。同局にとって歴史的中継を担当する水分貴雅アナウンサーは「光
栄で身の引き締まる思い。今季の開幕戦の中継を担当して川崎投手の先発、劇的な逆転勝
利をお伝えしましたが不思議な縁を感じます」と興奮気味に話した。
●栄で大須で納屋橋でウォ〜 振る舞い酒に噴水ダイブ・・・みんなこの日を待ってた!
・燃えドラ大合唱 中日ビル
中日球団事務所が入っている名古屋市中区栄で中日ビルでは1階フロアのテレビ前で約800人
が戦況を見守った。ヤクルトが負けての中日優勝が決まると一斉に大歓声。「燃えよ!ドラ
ゴンズ」の大合唱が始まった。ゲームセットと同時に同ビル入り口で「せーの」を合図に鏡
開き。落合監督が宙に舞うころに樽酒が振る舞われ酔ったファンが「オチアイ、オチアイ」
と叫んで仲間を胴上するなど大騒ぎ。愛知県一宮市の仙石国大さん(25)は「すごい熱気で
すね。ストとかいろいろあったけど優勝できてうれしい。日本シリーズも頑張ってほしい」
と仲間と乾杯していた。久屋大通り公園の噴水にはドラゴンズTシャツを着た熱狂的なファ
ンたちが次々とダイビング。中には全裸姿で飛び込む若者もいた。噴水に飛び込んだ1人愛
知県春日井市の倉橋洋行さん(33)は「ドラゴンズ大好き男で5年前も飛び込みました。前
回は寒かったけど今回は温かくて気持ちいいです」とびしょ濡れの姿ではしゃぎまくっていた。
・180人が酔った ピカイチ
ドラゴンズファンが集まる店として有名な名古屋市千種区今池の中華料理店「ピカイチ」で
は約180人が優勝の歓喜の瞬間を待ちわびた。午後9時30分ごろテレビにヤクルト敗戦のテロ
ップが流れると店内は大騒ぎ、ファン同士が抱き合い、クラッカーが鳴り響き”落合”コー
ルがこだました。岐阜県中津川市から来店した松下佳代子さん(26)は「うれしいピッチャ
ーの岡本選手、川上選手がよかった。やっぱり最高!」とにっこりした。試合終了後、店の
外でお酒が配られ集まったドラファンは優勝の美酒に酔った。

23中日スポーツ:2004/10/04(月) 23:04
・こっちも美酒 大須
名古屋市中区大須の「ふれあい広場」の招き猫には50インチのテレビモニターが設置され
500人が鳴り物やメガホンを使った球場さながらの応援。同点で迎えた8回早くも1000本の缶
ビールが配られ、一同はげしく振ってビールかけの準備。11回表ヤクルトの敗戦で優勝が
決定すると辺りはビールの海と化した。広場のすぐ近くにあるお好み焼き屋「宗廣屋」の店
主東家宗廣さん(25)は「いつもより売り上げが5倍増。これから毎年優勝してもらってこの
ように盛り上がってほしい」とエビス顔だった。
・700人が大声援 名鉄セブン
名古屋市中村区の名鉄セブン前に設置された170センチの大型テレビ前は熱いドラファン700
人が集結。熱烈ドラファン有志が応援を先導。選手の応援歌をアカペラでで熱唱した。神宮
球場でヤクルト敗戦が伝えられると名鉄百貨店側が優勝セレモニーを準備。勝って優勝を祝
いたいファンはくす球割にはメガホンを×印掲げブーイングする一幕も。試合終了後には紙
テープが投げられ落合コールで喜びを分かち合った。応援団長を務めた松岡勇造さん(56)
は「これだけたくさんのファンが残ってくれてやりがいがありました」と長い2日間を振り
返った。
・厳戒堀川にスパイダーマン
前回優勝の5年前に”堀川ダイブ”が相次いだ名古屋市中区の納屋橋では欄千から約1メー
トルのところに規制線が張られ警官が70人動員されるなど「徹夜も辞さない」厳戒態勢。
中日V決定後、午後10時20分ごろから納屋橋周辺では名駅や栄から流れてきた人で混雑し
始め、道路ではワゴンの窓から上半身を乗りだし「落合!!落合!!」と叫ぶ若者が走り
去った。10時35分堀川の右岸にスパイダーバンが登場。報道陣らがそちらに気を取られて
る隙に半裸のの男性が規制戦を突破しようと試みたがついにすぐに警官に囲まれ押し問答
。結局は酔っ払いとしての中村署が保護した。そのほかにも周囲にはダイブを決行しよう
と集まった人が数人に待機していたが「すごい厳戒態勢にびっくり。スキがあれば飛び込
むけど・・・」(東京都・35歳・会社員・男性)「5年前にも飛び込んだけど、この警備
じゃ無理。2歳の娘に雄姿を見せたかったんだが・・・」、(天白区・25歳・男性)など
と恨めしそうに橋を眺めていた。
・さあVセール 松坂屋も気合い
名古屋市中区の松坂屋百貨店本店では「優勝おめでとう」と書かれた高さ24メートルの懸
垂幕が本館東館の壁面に飾られた。「マツザカヤをドラゴンズ優勝させる会」の市橋亜希
子会長(24)は「うれしい気持ちでいっぱいです。優勝を信じていたのでやって決めてく
れたという感じです。次は日本一を期待します」とニッコリ。V決定後30分後には明日か
らの優勝セールに間に合わせるため法被姿の社員たちが納品を開始。婦人服など数10億円
分の商品を在庫から売り場に搬入した。

24中日スポーツ:2004/10/04(月) 23:04
・客同士で握手 伏見
日本人、外国人のドラファンが入り交じって声援を送る名古屋・伏見のスポーツバー&グリ
ル「Shooters」では店内の2つの大スクリーンでなどでドラゴンズ戦を放映。家族6人で訪れ
た名古屋市熱田区の会社員小川量意さん(36)は立浪選手のユミホームを着た長女量子ちゃ
ん(7)を肩車して声援。荒木選手にちなんで命名したという長男雅博ちゃん(6カ月)とい
とおしそうに見つめながら「子供が生まれた年に優勝なんて感無量」とドラ党の客と握手を
交わした。アレックスらドラゴンズ選手を中心に外国人プロ野球選手が試合後に訪れること
がある。来日2年目で15回もナゴヤドームに訪れたという英国出身の英会話講師トニー・キ
ャロルさん(23)は「日本のベースボールは面白いね。アンチ巨人なのでドラゴンズ優勝は
すごくウレシイです!!」と興奮気味だった。
・津も日本一願う
三重県津市大門のすし店「直すし」では熱心なファン約20人がテレビで観戦し声援を送っ
た。延長の末中日が敗れると「勝って優勝してほしかった」「ちょっと疲れたね」と複雑
な表情の客も。ドラファン歴40年という店主渡辺直光さん(56)は「素直にうれしい。負
けたけど優勝は優勝。日本一になってくれれば文句ない」喜び客と万歳三唱した。
・祝勝会は「無料」
石川県寺井町の炉端焼き店「味地」では多くのドラ党がテレビでゲームの行方を見守った
。店主の中條征ニさん(60)は門前町出身で同郷の小松辰雄氏(星稜高−中日)がプロ入
りして以来の中日ファン。1980年開業以来続けている優勝記念の祝賀会は胴上げ翌日の2日
に開き、営業時間(午後5時-12時)内の飲み代はすべて無料。オレ流野球について語り合
う予定だ。
・富山もバンザイ
富山市上飯野の娯楽施設には北陸ドラゴンズ応援団富山支部と「富山タクドラキチ会」のメ
ンバーら15人が有線テレビで観戦。中日の優勝が決まると立ち上がって「万歳!万歳!」と
喜ぶが大爆発。富山市元町の自由業藤崎栄良さん(58)は「高橋(聡文投手、高岡第一高出
身)だってよく投げた]と地元のヒーローをたたえた」

25中日スポーツ:2004/10/05(火) 06:37
・峰竜太 観戦記 人間・落合博満を見た
優勝っていいです〜。これまで見た胴上げシーンでこんなにじっくりと感動が染み渡っ
てきたことはなかったですよ。もう涙が出ました。「落合コール」に促されるように照
れながらグランドに出て、胴上げ・・・。胴上げが終わると真っ先にライトスタンドに
走っていって深々と頭を下げる。あそこでスタンドのファンとの間に温かい何かが生ま
れたような気がしましたね。さらに選手との厚い信頼関係、強いきずなを感じました。
きょう球場に足を運んだファンの人、テレビで見た人は落合監督のとりこになったんじ
ゃないですか。多分、球場に足を運ぶ人が増えるはずです。人柄がよーく出てたじゃな
いですか。インタビューで「優勝の決まり方も私らしくてよかった」なんておっしゃっ
た。人間・落合博満を垣間見ましたよ。二軍の選手も全員呼んで胴上げするなんて本当
に選手を大事に思ってるんだなと・・・。胸が熱くなりました。ドラゴンズは新しく生
まれ変わりました。競争という厳しさを乗り越えるからこそ成立する温かいきずな。こ
れぞプロ集団。50年ぶりの日本一勝ち取ってくれると信じています(タレント)
・声を詰まらせポツリと「いいぞ・・・」信子夫人
ほんの一瞬だけ思わず声が詰まった。「いいぞ・・・」優勝インタビューを受ける落合
博満の雄姿をバックネット裏の来賓用ブースで見守った信子夫人(60)がポツリと漏ら
した。しかしすぐにいつものカーチャンに戻った。試合後、報道陣に囲まれると「私た
ちの場合まだ日本一があるから。今日またスタートを切りました」とキリッとした顔つ
きで新たな目標を口にした。夫の胴上げを見届けるようと東京から長男・福嗣(17)と
駆けつけた。延長12回最後の攻撃は立ちっぱなしで声援を送り続けた。就任1年目で手
にしたペナント。「指揮官としてのチームを束ね一人ひとりを信じきっての優勝は感無
量だと思います」と落合監督の気持ちを代弁した。優勝インタビューで落合監督が「2
番目に女房を胴上げしたい」というと「前に「あなたいい奥さんもらったわね」と言っ
たのよ」とうれしそうに笑った。二人三脚の夫婦が大輪の花を咲かせた。
・胴上げに大粒の涙 加藤晴彦
熱烈D党の加藤晴彦(29)は中京テレビ「PS」の収録後、午後8時にナゴヤドームに
駆けつけた。いてもたってもいられない晴彦は通路から見える場所に飛びだしてしまい
試合そっちのけで内野席のファンの注目を浴びるシーンも。しかしそこは同じD党の
晴彦、ファンと一体となって応援を展開あまりにその輪が広がったため係員に制止され
てしまった。優勝を決め落合監督の胴上げを見つめていた晴彦の目からは大粒の涙が・
・・。「選手、監督には本当にありがとうと言いたい。感動しました。落合監督はトー
タルで147試合と考えていると思う。絶対日本一なってくると思います」と目を真っ赤
にし祝勝会に向かった。

26中日スポーツ:2004/10/05(火) 06:38
・テレ朝渡辺アナ「ありがとう!ありがとう!」
名古屋市出身のドラ党でテレビ朝日の渡辺宜嗣アナウンサー(49)は落合監督の背番号
「66」のユニホームを着込みナゴヤドームの一塁側のスタンドで「落合バンザイ!!」
と連呼。涙ながらに歓喜に酔いしれた。30日のヤクルト戦では神宮のスタンドで大応援
旗を振り声をからした渡辺アナ。何としても胴上げを見たいと同局系列=メ〜テレ「ス
ーパーモーニング」の生出演を終え急遽ナゴヤドームに駆けつけた。気負けてVの結果
にも「いいじゃないですか!地道に戦ってきたドラゴンズらしい!!」と監督、ナイン
をたたえた。「ドラゴンズは名古屋生まれの自分のアイデンティティー。故郷を思い出
す窓口なんです」と話す渡辺アナ。宙に舞う落合監督の姿に何度も「ありがとう!!あ
りがとう!!」と叫んでいた。
・山田貴敏さん大喜び 「Drコトー診療所」などで人気の漫画家
「Drコトー診療所」でおなじみの漫画家山田貴敏さん(45)が中日優勝を祝って本紙
にイラストを寄せた「おやじも中日の試合しか見なくて「巨人の星」がはやっていると
きにもでしたね」という根っからのドラファンだ。落合監督就任には当初「大丈夫かな
」と思ったという。が、「「一流選手も必ずしも一流監督にあらず」って言われている
けどこんな選手に特性を引き出して監督はいないんじゃない」と今は大絶賛。見ていて
よくわかるのは監督と選手の信頼関係という。「昨日(30日)もホームランは打たれた
が監督は笑っていた。度量の大きさがわかりますね」補強ゼロながら選手の力が底上げ
されての優勝は補強を重ねる巨人へのアンチテーゼ。「できたら日本一なってほしいね
」と願う。ただ仕事が多忙で球場へ駆けつけないのが悩みとか。
・日本一間違いなし 神田真秋愛知県知事
「1ファンとして最近のプロ野球に抱いていたモヤモヤ感が一気に吹き飛んだ気分でこの
上なくうれしい。この勢いなら50年ぶりの日本一も間違いないと思う。そうなれば愛知
万博、中部国際空港の2大事業にも大きな弾みになる」
・見事!落合監督 松原武久名古屋市長
「落合監督の戦略の立て方は見事。その日に一軍に上がった投手の完封や、代打ホーム
ランが1番多いことが裏付ける。4番打者を集めたメーンディッシュ打線とはひと味違う
野球の奥深さを味わしてくれた。元気な名古屋は地元球団の優勝で活気が出ると思う」
・ねじめ正一 特別寄稿 落合爆弾
プロ野球が末期的症状になって 本当にプロ野球が袋小路の 袋小路に入り込んだときに
落合博満があらわれた それも予兆もなく あらわれたから 余計に効き目があって
中日選手には 野球の厳しさを伝え プロ野球選手会には 勇気を与え プロ野球全体が
変わったように 見えてきたが 本当のところは まだまだよくわからない。
でもひとつだけは わかっている 中日が落合監督に 監督を任せることは
すでにプロ野球再編を やっていたのだ。 落合という爆弾を プロ野球再編のために
仕掛けただけでなく 立派にセ・リーグ覇者として 仕立てたのだ(詩人・作家)

27中日スポーツ:2004/10/05(火) 22:42
・芸能界からオレ竜バンザイ!
・テレ朝・河野アナ 鉄壁の守備は秀逸
ドラゴンズの皆さん優勝おめでとうございます!!!。今年はオリンピックイ
ヤーでもありましたし、なんと言っても70年のプロ野球史上初のストライキが
行われたりとあまりに激動のシーズンでした。特に選手の皆さんは精神的にも
体力的にもとても大変だったと思います。でもそんな中で「優勝」という大快
挙、ドラゴンズというチームの団結力、底力を強く感じました。そもそも私は
ドラゴンズの「皆で戦っている」という雰囲気がすごく好きでファンになりま
した。今年のドラゴンズは驚くような逆転劇もいっぱいあって最後の最後まで
目が離せなかったですし、負け試合でさえもただでは終わらない貫禄があり、
今、思い出すだけでもそのときの感動がふつづつとよみがえってきます。特に
ピッチャーを含めた守備の鉄壁さは秀逸で野球を見ていて攻撃以上に守備が面
白いと思ったのは初めてでした。次は日本シリーズ、安定した先発陣、強固な
リリーフ陣、強気のリード、守備範囲無限大のニ遊間、強肩ぞろいの外野陣、
本当に活躍が楽しみです。日本一のディフェンス野球で見せてください!!
(テレビ朝日・河野明子アナウンサー)
・50年来のドラゴンズファンという 鳩山邦夫衆議院議員
開幕時、チーム打力は弱く戦力的にはBクラスと思っていた。でもここまで来
るんだから落合監督は大したものだ。各球団の4番打者を集めた巨人の金権野
球に勝ったというのは教育的にいい。さい配以外にもチームをまとめるための
落合マジックがあったのではないか。政治家としてもぜひ学びたい
・タレント アグネスチャン
今年はストがありいろいろな意味で野球界で歴史残る年。その節目に優勝できた
のはうれしい。
・俳優 森山周一郎
今年は僕好みの試合をしてくれた。点を取らなきゃ負けない。「野球は守りだ」
という。打者として一流だった落合がそれをやってのけた。選手の自主性を尊重
しながらね。日本一?彼の公約だからぜひ実現してほしいね。
・タレント 坂東英二
落合君はよくぞ自分の方針を押し通しましたね。選手を同じスタート台に並べて
そのまま使った。去年の成績のまま使わないのは大したものだ。僕の知っている
限り有言実行型で約束を守った希代の監督じゃないかな。彼にとっては普通のこ
と。「オレの仕事は野球をして勝つこと」と言っていたがそれを1年間守った。
選手も負けてもくやしくなかったと思う。チームが負けても選手が納得する、珍
しく選手が評価する監督。いい監督でよかった。彼なりにやると思っていました
が優勝するとは。彼は運が強い。オレ流というのは「責任もオレが取る」という
こと。つらい思いもしたでしょう。でも何も変わらない。それはすごいことだね。
・俳優 松平健
地元豊橋市出身の人間として誇りに思い、また大変うれしく思います。落合監督
とは同い年なのですがすごいリーダーだと感じるし自分自身への励みにもなりま
す。有言実行。誰に何を言わないようが自分流を貫くことはなかなかできること
ではありません。優勝という最高の結果を残す・・・素晴らしいですね。日本シ
リーズでも自分流で必ずや日本一を成し遂げてくれると信じています。
・女優 竹下景子
正直、開幕当初は優勝すると思いませんでした。落合監督ってすごい人ですね。
監督の力です。本当にびっくりしました。父がドラファン。私にとっても地元で
うれしい。この勢いで日本シリーズを勝ち取ってください。日本一になるんじゃ
ないかと、応援にも力を入れています。
・女優 一路真輝
名古屋出身として優勝はとてもうれしい。家族はみんなエキサイトしています。
・ミュージシャン 忌野清志郎
優勝おめでとうございます。今回はアルバム発売中止もなく素直に喜ぶことがで
きます。骨折した僕に勇気を与えてくれて本当にありがとうございました。過去
の優勝ともに今年も忘れられられないドラゴンズ優勝となりました。

28中日スポーツ:2004/10/05(火) 22:43
・歌手 近藤房之助
正直言って昨年の山田監督移行劇にははらわたが煮えくり返るものがありました
。が、人知れず涙・涙・涙というのが本音です。
・シンガー 岡村孝子
おめでとうございます。父と弟がドラゴンズファン。地元なのでうれしいですね
。合併問題で大変でしょうが今日本は名古屋ブーム。万博もありますしドラゴン
ズも盛り上がってほしいですね。
・タレント 川島なお美
やった!!うれしい!おめでとうございます。名古屋ブームも一気に加速しそう
ですね。絶対日本シリーズでも勝ってください。名古屋出身の女優として心から
応援しています。
・シンガー 清春
優勝おめでとうございます。子供のころよくナゴヤ球場に家族で観戦に行ってま
した。やっぱり地元のチームが優勝するのは嬉しいです。日本シリーズ見に行き
たいです!!。
・タレント 薬師寺保栄
優勝おめでとうございます!!一年目で優勝される落合監督は快挙だと思います。
オレ流も根付いた感じですしこれからの野球界をどんど引っ張ってほしいと思います。
・タレント 加藤紀子
優勝おめでとうございます!多くの人がこの優勝で元気なったと思います。来季も
また楽しい試合を期待しています。地元出身の私としても喜んでいます。ひとまず
万歳!!!
・演歌歌手 若山かずさ
5年ぶりの優勝おめでとうございます!。監督に就任されての1年目でのリーグ優勝
は本当に素晴らしいことだと思います!!
・ドリフターズ 高木ブー
ペナントレースの優勝おめでとうございます。長女かおるの初孫の誕生と喜びの二
重奏です。監督、選手の皆様お疲れさまです。日本シリーズの落合監督なら勝てる
と信じています。喜びの三重奏にしてください。超気持ちよーく美酒を!。来年の
今頃もドラゴンズの勝利で(できれば毎年)
・タレント 鈴木ヒロミツ
有言実行優勝おめでとう!落合監督が就任して優勝宣言をした。まさにその通りな
った。お見事!の一言。いやいや、どう言っていいのか、ごめんなさい、半信半疑
でした。2月の沖縄キャンプで「優勝できるって!その代わりつまらない野球をや
るよ!」って確信に満ちていた。やっと分かりましたよ落合方程式が「つまらない
野球」=「守り抜く野球」=「プロの技を見せる野球」=「職人の集団野球」=「
優勝」ってことですね。全選手に活躍の場を与え選手たちは個性をフルに発揮しプ
ロの真髄、奥義を見せてくれた。実に「おもしろい野球」だった。全選手にMVP
をあげたい。そして日本一なってもう1度を感動の胴上げが見たい。
・歌手 水木一郎
優勝おめでトォッ!!プロ野球維新というべきこの年の優勝とあっていっそう感慨
深いものがあります。多くのファンにとっても一生忘れられないものとなるでしょ
う。この歴史に残る年に「燃えよ!ドラゴンズ]を歌うことができたことを光栄に
思います。この勢いで日本シリーズも頑張ってほしい。次は日本一だゼーット!!。
・漫画家 高信太郎
落合監督はすばらしいですね。ドラゴンズに今まで優勝経験した監督が何人いる?
。確か4人だよ。就任して1年目なのにね。「生え抜きの監督でないといかん」とい
う人もわかるけど外様でも優勝すればいいじゃん。開幕前に日本一を掲げた時は大
ぼらと思ったけど有言実行しつつあるもんね。中日が優勝するといといとなことが
起こるね。毎度のことだった首相交代がない今年は再編騒動でしょ。日本一になっ
たらどうなるのかね。

29中日スポーツ:2004/10/05(火) 22:43
・アイドルグループ美少女倶楽部31・刈谷市出身 清水由紀
優勝おめでとうございます。今年はプロ野球にとって激震の1年になりましたがそん
な雑念にもめげずにオレ流さい配を通して優勝した監督、選手、スタッフの方々は
偉大です。日本シリーズでも頑張って日本一になってください。
・モデル 冨永愛
お疲れさまでした。ここぞという時に大変でしたが頑張ってくれてうれしく思いま
す。アンチ巨人なので中日は1番好きなチーム。これからも私流で応援するので巨人
を倒してほしい。(ストで中止になった)始球式にはまた挑戦したい。
・タレント つぶやきシロー
落合監督を優勝おめでとうございます。優勝したことをよりも落合さんがユニホー
ムを着て監督をやってることがうれしいです。さい配が面白くしかも勝つ野球を一
年目からお見事です。今年のMVPは落合さんです。オフシーズンはテレビ出演が
増えると思いますが僕もぜひ一緒に出たいのでもうちょっと売れるように頑張ります。
・ダンスユニット バグズ・アンダーグルーヴの
TRTSU(名古屋市出身)TAKA(刈谷市出身)
待ちに待った優勝。のびのび自由気ままな落合野球のスタイルが良い年なりましたね
。おめでとうございます。目指せ日本一!V2も狙って欲しいです。
・お笑いコンビ「ダイノジ」大谷ノブヒコ
リーグ優勝おめでとうございます。きょうは思う存分泣かしてください。監督が言っ
ていた”失敗してもいいんだそれを次にどう生かすかだ”。芸能生活に疲れた僕はこ
の一言にどれだけ救われたか。阪神ファンの多い吉本興業のタレントの中、楽屋の隅
でひたすら携帯のドラゴン情報をチェックしまくったかいがありました。あと、井端
選手会長!結婚する際は僕に結婚式の司会をさせるという約束、僕は忘れませんからね!
・新人シンガー・愛知県出身加藤ミリヤ
弟が野球をやっていて家族そろって中日ファン。オレ流に代わっていいムードになっ
てる。やりたいようにやらせるスタイルは私も共感できます。そういう指導者がいる
からいチームになったんですね。私も自分流、ミリヤ流をずっと貫きとおします。

30中日スポーツ:2004/10/05(火) 23:40
・スポーツ界スポーツ各界からもおめでとう
次は日本一という金メダルを 男子ハンマー投げ 室伏広治
落合監督優勝おめでとうございます。中スポの元旦対談で約束した僕の金メダルと
中日の優勝が両方かかってうれしく思います。アテネ五輪の直前にも電話でお言葉
をかけていただきました。おかげでアテネでは自分のペースを保つことができ伸び
伸びとやることができました。中日の選手も落合監督の下、伸び伸びプレーできた
ことが優勝につながったのでしょう。次はぜひ日本一なってもらいたいです。
・柔道女子63キロ級 谷本歩実
アテネ五輪に行く前から首位で気になっていましたが帰ってきても首位だったので
楽しみしていました。父とよくナゴヤ球場に応援に行ったのを覚えています。今年
もアテネ五輪から帰って東京ドームで巨人戦を見ました。すごいと思ったのが巨人
の選手はみんな大きいのにドラゴンズの選手は全体的に小さいこと。ホームランも
少ないけどそれでも勝ってる。ドラゴンズの野球は「柔よく剛を制す」ですね。私
もアテネで大きな選手と戦ったのでとても共感できました。
・女子レスリング63キロ級 伊調馨
アテネ五輪に続き中部地方のスポーツが盛り上がってとてもうれしく思います。野
球は父がよくテレビで見ていたので一緒に見ていました。その時は落合監督はまだ
現役、監督なって1年目で優勝なんてやっぱりすごいですね。通っていた高校(中京
女子大付高)がナゴヤドームのすぐそば。「ここでドラゴンズが野球をやってるん
だなあ」と思いながら回りを走っていました。福留選手、岩瀬選手とはアテネ五輪
にも一緒に行ったので優勝楽しみにしていました。
・女子レスリング55キロ級 吉田沙保里
私は3歳からレスリング一筋ですが三重に住んでいたので野球はやっぱりドラゴンズ
。今年は始球式もやらしてもらってすごくうれしかった。優勝のシーズンになれる
やれるなんて幸せです。カラオケでは「燃えよ!ドラゴンズ]をよく歌います。歌詞
とメロディーが好きで頑張ろうという気になるんです。アテネ五輪では夢だった金
メダルをとることができました。プロ野球選手にとっては日本一が金メダル。ドラ
ゴンズの皆さんも金メダル目指して頑張ってください。
・女子マラソン 野口みずき
おめでとうございます。今は京都に住んでいますが出身が三重なんで応援していま
した。私が金メダルを取った年にドラゴンズも優勝するなんてとてもうれしいです
。姉もドラゴンズファンで小さいころは一緒にテレビでよく試合を見てました。2
年前に名古屋国際女子マラソンで優勝した後に開幕戦で始球式もやらせてもらいま
した。いい思い出です。ナゴヤドームのマウンドでとても緊張したのを覚えてます
。なかなか足を踏み入れられない場所なので嬉しかったです。

31中日スポーツ:2004/10/05(火) 23:42
・小結 岡崎市出身 琴光喜
優勝おめでとうございます。今年の中日は打線のつながりがよかったし投手陣
もしっかりしていて逃げ切る形ができていた。個人的には友人の岩瀬さん、井
上さんが頑張ってくれたことがうれしいです。岩瀬さんと食事をしてきたとき
「落合監督は野球をよく知っている」と言っていました。素人目にも確かに選
手起用、交代の時期もタイムの取り方もうまいと思った。自分も中日あやかっ
て相撲で頑張りたいです。
・幕内力士 豊橋市出身・武雄山
地元球団の活躍はいつも気になっているし励みにもなっていました。激動の年
にぜひ日本一を決めて欲しいです。川上投手は明大の後輩にあたりますし、活
躍をお祈りしています。
・サッカー・名古屋グランパス 岡山哲也
昔からドラゴンズファン。名古屋で育ってきて競技は違うけど同じ地域のプロ
としてすごくうれしい。心からおめでとうと言いたい。個人的に孝ちゃん(福留
)と仲がいい。骨折は残念だけどオリンピックが終わるまでの活躍はご苦労さ
まと言いたい。この地域には野球とサッカーのファンがいると思う。だから一
番の理想はドラゴンズとグランパスの優勝。両方優勝したらまたひとつ夢がか
なうと思う。
・元ボクシングWBCフェザー級王者 本紙評論家畑中清詞
5年ぶりの優勝おめでとうございます。(享栄高校で後輩の)近藤、長谷部
両コーチ。日本シリーズ頑張ってください。
・競艇選手 原田幸哉
岩瀬くん、井端くんおめでとう。沖縄キャンプで3人で食事しながら今年の目標
を誓い合ったよね。僕は賞金王出場、岩瀬くんは最多セーブ、井端くんは3割以
上。ジャンルこそ野球のメンタルトレーニングは新鮮で勉強になる。僕がいいと
きも悪いときも僕の立場になってアドバイスをしてくれるそんな2人を友人にもき
たのが僕の自慢だし励みにもなっている。浜名湖制覇の記念に井端くんにおそろ
いのペアウォッチを買って2人で「頑張ってメモリアル時計を増やそう」と。優
勝記念の時計、楽しみにしています。
・元競輪選手 中野浩一
監督初年度で結果を出すのは落合さんならではと思います。選手を引退してから
ずっと評論家活動して指導者キャリアゼロでの優勝。手腕があるかというか、選
手の起用法やその気にさせるのもいうまいんでしょうね。選手としての経歴も超
一流だし理論は話していてもしっかりしている。努力している選手や無名でも力
量を秘める選手の見極めができてるんでしょう。テレビで一緒に仕事をした回数
も多い。日本シリーズでのさい配も期待しています。
・競馬騎手 安藤勝巳
地元球団として勝つとやっぱり勇気づけられます。今年の優勝は本当に嬉しい。
OBの小松君とか宇野君とは前から仲が良く何度か一緒にラウンドしたことがあ
ります。宇野君はバッティングコーチとしてベンチ入りしているので打撃陣が活
躍すればいいなと願っていました。巨人の長打力に比べててどう見ても非力な印
象。小技の積み重ねでよく勝ったと感心しています。うちの家族では母が1番の
ドラファン。5年待った難産の優勝だけ仁大喜びです。来年もぜひこの感激を味あ
わせてください。
・競馬騎手 武豊
僕が応援する阪神タイガースは勝負の後半でバタバタ。連覇を逃がしたのは残念
ですが、実はドラゴンズ優勝に「万歳!」しているんです。投手陣に交友がある
選手が結構いて特に山本昌さんや川上さん、岩瀬さんと定期的に食事をともにす
る仲良しなんです。この3人が原動力なってペナントを勝ち取ったのだからたま
りません。岩瀬投手と新幹線で一緒になったときもペナントのへの熱い思いを語
ってくれました。みんなナイスガイ。でも来年はナゴヤドームでもタイガースに
勝たせてくださいね。

32中日スポーツ:2004/10/05(火) 23:42
・プロゴルファー 横尾要
優勝おめでとうございます。立浪選手にお世話になってるので今年の活躍はとて
も嬉しかったですよ。日本シリーズも頑張って優勝してください。
・プロゴルファー日進市在住 服部道子
地元の私としてはドラゴンズのV、大変うれしい。ゴルフのシーズン中、遠征中
先でプロ野球中継を見るのが私の楽しみ。日本シリーズもガンガンいっちゃって
ください。
・プロゴルファー 森口祐子
優勝おめでとうございます。1軍も2軍もVなんて本当に素晴らしいですね。私も
20日のナゴヤドームで巨人戦を応援にいかせてもらいました。ゴルフは個人競技
ですが野球はやっぱりチーム力の勝負。今年のドラゴンズのゲームにはチームの
きずなが感じられた試合多かった。落合監督の選手起用も見事で毎試合わくわく
しながら見ていました。ぜひ日本一まで上りつめてください。

33中日スポーツ:2004/10/06(水) 02:51
・ドキュメント
10時10分
中日ナインが東京都内の宿舎を出る。
10時50分
東京発ののぞむに乗車。本紙ドラ番記者も同行取材。
12時30分
名古屋・栄に優勝後の人出を当て込んだ屋台8店が出現。
12時33分
チームが名古屋に到着。混乱を避けるため警察官、警備員、駅職員ら約60人がロープ
を張る厳戒態勢。ファン200人の大声援のバス2台でナゴヤドームへ。
14時15分
ナゴヤドームで中日が練習開始。谷繁は「最後の打者が三振だったら?ボールをまず
ポケットに入れます」と大胆予告。
14時40分
一塁側ベンチ付近で取材規制が始まる。オールスターに続いて今季2度目。
14時46分
落合監督がグランドへ。約50分間打撃練習に熱視線を送る。
15時30分
ナゴヤドームに3,150人が列をつくり通常より30分間も早く開門。今季初。球場側は通
常より180人増員した600人の警備員で対応。本紙・海老原記者も驚く人出。
16時00分
広島が開始。
16時53分
ドーム内駐車場で祝勝会の会場設営が始まる。滑り止め防止のためビニールシートの設
置に「約3時間かかる」と関係者費用は150−200万円とのこと。
17時00分
東京墨田区でドラファンが集まることで有名なごはち亭が開店。「優勝したら何時まで
やる(営業)か分かりませんよと」店員も入れ込む。
17時15分
落合監督の信子夫人、長男・福嗣君がドームに到着。信子夫人は「精いっぱい応援する
が私の仕事」
17時26分
本紙の若原記者が名古屋市内のファンが集まりそうな場所をいくつか下見。
17時30分
沖縄。北谷町役員が大型スクリーンで中日戦の衛星放送を流し始める。2日続けての応
援開始。
18時00分
プレーボール。名古屋市今池の中華料理店のピカイチも開店。50人のファンが熱心な応
援を開始。

34中日スポーツ:2004/10/06(水) 02:52
18時10分
中日1回裏井端が左中間をを破る先制2塁打を。名古屋駅前でスクリーン前には約200人。
鳴り物が響き。万歳三唱、「燃えよ!ドラゴンズ」の合唱も、12人の警備員が見守る。
18時21分
ヤクルト−巨人戦が神宮球場で始まる。スタンドは前夜と一転、内外野ともに空席が目
立つ。観客数は開始時は5,000人ほど。
18時30分
福井市内のすし店、八張では店主の青山正巳さん(51)がラジオ中継を気にしながら「祝
勝看板こもだるわも準備万端。ドラファンのお客さんが集まるのは試合後半かなぁ」
19時05分
中日の5回裏の攻撃前。名古屋駅前には応援団長を務める名鉄百貨店の松岡勇造さん(56)
がファン4人を指名し「かっとばせ落合!」と熱烈応援を開始。周辺はさらにヒートアッ
プしていく。
19時13分
早い試合展開で早くも5回終了。立浪や谷繁ら関係者がよく足を運ぶ広島市内のもつなべ
屋の牧(中区)では途中経過に一喜一憂。広島では中継がないため本紙の途中経過の速報に
おかみさんは「やきもきする展開ですね」
19時15分
名古屋大須のふれあい広場では中日ナインの選手別の応援歌をプリントした紙500枚が配
られさらに一体感がある応援を始める。このころ神宮球場ではバックスクリーンの電光
掲示板に中日−広島戦の途中経過が映し出される。5回1−1の同点にスタンドは無反応。
19時22分
アレックスのファインプレーでナゴヤドーム内に大きな拍手が起こる。アレックスが常
連である名古屋市内のスポーツバー・Shooters(中区)でもこのプレーにはひときわ大き
な歓声が起こる。
19時36分
中日の7回裏の攻撃前の名古屋駅で応援しているファンがなぜか甲子園のような風船を
飛ばし始める。
20時00分
8回表二死1、3塁の好機でアレックスがいい当たりの3直曲に倒れる。これには一塁側ブ
ース内で見ていた信子夫人も思わず通路へ飛び出したほど
20時04分
岩瀬が9回表のマウンドに登場。岩瀬の父・富美夫さん(55)や後援会員が集まる愛知県
西尾市の巨海町公民館で大きな拍手。後援会の岩瀬萬吉副会長は「後援会も応援のしが
いがある」と大興奮。
20時56分
ナゴヤドームのオーロラビジョンにヤクルト−巨人の途中経過が映しだされる3−6で巨
人リードに大歓声。
21時11分
11回表、代打前田の中前打が飛び出すもアレックスのレーザービームで本塁で2塁走者を
刺す。強肩にナゴヤドーム内はもちろん名古屋駅などでも拍手が起きる。
21時26分
神宮球場でヤクルトが巨人に4−6で敗れる。中日の優勝がこの瞬間ついに決定!!ナゴヤ
ドームで外側通路でチケットがなくても駆けつけたファン約1,000人がヤクルト敗戦を聞
きつけ大盛り上がり。

35中日スポーツ:2004/10/06(水) 02:52
21時28分
名古屋駅前の名鉄セブンでくす玉が割られる。中日の試合終了を待たずにくす玉が割ら
れたためファンからはブーイングが起きた。
21時39分
名古屋市内の納屋橋に警察官が集合。欄干の両側とともに合計約40人の警察官が整列。群
衆はまだ30人程度だが堀川ダイブ阻止へ厳戒態勢に入る。
21時48分
延長12回表久本が緒方にまさかの満塁ホームランを被弾。名古屋前では歩道まであふれて
いたファン700人も少しずつ帰り始める。
22時01分
ナゴヤドームのオーロラビジョンにヤクルト敗戦が映し出される自然とドーム内からは拍
手が起きる。
22時16分
川相が見逃し三振に倒れ中日敗れる。だが優勝にファンの大きな拍手が起きる。

36中日スポーツ:2004/10/06(水) 03:13
・落合野球の神髄 木俣達彦 名将・水原監督思い出させるオレ流采配
何ともいえぬ、懐かしい気持ちにさせられた。今年中日が勝つ進むにつれてチームを率
いる落合監督の姿が私の若かれしころの指揮官、水原茂監督とダブった。努力する人間
をどう使う。そしてグランドに出ればその選手の考えを最優先する。水原監督もそうだ
った。バント、エンドランを選手に任せることもよくあった。私も何度か1塁走者に「走
ってくれ」のサインを送ったものだ。さらに今年、目についたのが落合監督と谷繁のや
りとり。マウンドに足を運んだとき投手がピンチを招いたときは必ず言葉で、目で2人が
会話を交わしていた。水原監督と当時の正捕手だった私の間にもあるサインがあった。
「そろそろですよ」。この合図で水原監督はベンチで腰を浮かし投手交代の準備に入る
。打倒・巨人の強さを誰よりも知るOBの監督がまずドラゴンズに植えつけようとしたの
がそれぞれがグランドで考えることでありそれを積極的に実践していく姿勢だったのだ
ろう。水原監督が指揮ををふるったのは1,969年から3年間。落合監督が水原野球を知る
由はない。ただ中日を預かった落合監督が勝つために何が足りないかを模索した結果、
行き着いた答えもそこだったと思う。巨人のようにポンポンとホームランを打つことが
できない。では何で対抗するかといえば投手を中心とした守りであり、足を使った機動
力、その意識付けをしっかりと行ったところに今年の中日の勝因にがある。年々ボール
の飛距離がアップし、打高投低の現象が起きている中、守りも走塁も打つことに比較す
れば地味な役割だ。だが中日の選手を見ればこの地味な仕事に誇りとプライドを持って
取り組んでいる。打つことだけが野球ではない。攻・走・守がそろって初めて野球。周
囲がオレ流と呼ぶ落合野球こそ他球団が忘れがちなってる当たり前の基本の徹底だった
。まさに野球の頂点に戻っての勝利。落合監督、選手のみんな本当におめでとう
(本紙評論家)

37東京スポーツ:2004/10/06(水) 03:18
・優勝!!落合中日 清原獲りへ動き出す 落合&おっかあは野村&サッチー以上
ナインのハートこうしてつかんだ落合金言集!!

38サンケイスポーツ:2004/10/06(水) 03:21
・負けて胴上げ、私らしくていいじゃない−オレ流優勝?
オレ流貫徹Vだ!! 優勝へのマジックを1としていた中日は1日、広島戦(ナゴヤドーム)で延長の末
、敗戦。しかし、マジック対象のヤクルトが巨人戦(神宮)で敗れたため、5年ぶり6度目のリーグ優勝
が決まった。落合博満監督(50)は就任1年目の快挙。16日から本拠地で始まる日本シリーズでは、
チーム50年ぶり2度目となる日本一を狙う。
やはりオレ流は正しかった。史上初となるナゴヤドームでの胴上げで5度、宙を舞った。落合監督は笑っ
ていた。「いやあ、いいもんですね。生まれて初めてなんで。過去に何回か優勝はあるけど、名古屋でし
か優勝(決定)を経験したことがない。きょうだろうな、と思っていました。負けて胴上げ。私らしくて
いいじゃないですか」。穏やかな声が満員の本拠地に響き渡る。昨年10月に「誰かを手本にしようとい
う気はない。独自のものを作り上げる」と宣言して1年。補強なしで10%の底上げ。キャンプ初日の紅
白戦。開幕投手・川崎…。好奇の目を集め続け、「何が悪い!」と結果で反論してきた。決して孤高の人
ではない。「監督、ボールを変えてみませんか」。苦戦していた5月、森投手コーチに切り出された。考
えもつかなかった。投手陣を生かすには、従来のミズノ社製より“飛ばない”といわれるサンアップ社製
にすればいい−。3分後、用具担当を監督室に呼んでいた。投手心理についても、森コーチと朝まで議論
。マウンドに笑って向かう姿は、2人で出した結論だ。開幕前は谷繁を呼び「投手のボールに勢いがなく
なったらサインを送ってくれ」。そのおかげで何度も助けられた。厳しさもあった。6月、鈴木投手チー
フコーチが事実上の二軍降格。理由は「内(コーチ会議)で話さず、外(メディア)に話すから」(球団
関係者)。そのメディアとの壁を作ったのも、オレ流。故障者情報を開示するよう伊藤球団代表に説得さ
れても、首を縦に振らなかった。「勝つため」と信じ、徹底した。家族も支えてくれた。監督就任を勧め
た夫人の信子さん(60)はもちろん、長男・福嗣君(17)もよき理解者。8月のことだった。本拠地
に“勝利の女神”として勝ち運を運んでいた夫人。その力を借りたくて、予定より1日多く、名古屋に滞
在してもらった。そのとき、聞き覚えのあるメールの着信音が鳴った。『夫婦水入らずで、元気になるん
だよ』。息子からのメッセージ。心が熱くなった。まだ、すべては終わっていない。「次は必ず勝って胴
上げしたい。必ず日本シリーズで50年ぶりの優勝を勝ち取ります」。お立ち台で絶叫した。49年間、
あの星野さんですら達成できなかった日本一を奪ってこそ、公約達成だ。
・形はどうあれやっぱりいいですね…守護神・岩瀬がVの味に酔いしれる
岩瀬は指揮官から手渡されたチャンピオンフラッグを両手で、しっかりと、受け止めた。「やっぱり(優
勝は)いいですよね。形はどうあれ、このためにやってきたんですから」延長十回二死満塁で嶋を3球三
振。ド派手なガッツポーズはVの象徴だった。「自分の中で、これだけの経験をした1年はないですから
…。監督に見捨てられず、一軍にいてよかった」守護神を託された今季は、3月前半に自宅の風呂場で転
倒し、左足中指を骨折。しかし指揮官は二軍に落とさなかった。 「落とすのは簡単。お前は、これを乗
り切らないといけない」4月2日の広島との開幕戦(ナゴヤD)にセーブを挙げたが、その後は不調に泣
いた。4月6日には待望の第1子、法樹くんが誕生。指揮官の言葉と息子の笑顔が励みだった。「胴上げ
投手を狙ってました。日本シリーズでなれるよう頑張ります」 99年のリベンジ、ダイエーでもよし。
パの強打者をねじ伏せ、今度こそマウンドで、その瞬間を迎えてみせる。
・笑顔満開!選手会長の井端がナインに胴上げされる
選手会長の井端がナインに胴上げされた=写真。試合でも敗れはしたが、一回に右中間への先制適時二塁
打を放つなど6打数5安打。1試合5安打はプロ入り初だ。「(胴上げは)生まれて初めてですね。勝っ
て決めたかったけど、よかったです。何とか日本一への挑戦権をつかんだんで、思いきってやりたいです
ね」。最近はスト関連で多忙だった選手会長は、笑顔満開だった。

39サンケイスポーツ:2004/10/06(水) 03:22
・16勝7敗で最多勝のタイトルは確実…MVPの最有力候補は川上
MVPの最有力候補は川上だ。今季はエースとして完全復活。ここまで16勝7敗で最多勝のタイトルは
確実。特に後半戦は1敗しただけで自己最多の8連勝をマークするなど優勝に大貢献した。「今年は思い
通りの投球ができた。いまは達成感でいっぱいです」。MVPの候補には立浪、山本昌らがいるが、タイ
トル奪取ということでライバルをリードしている。
・満塁弾を浴びた久本「何とか日本シリーズで借りを…」
緒方に満塁弾を浴びた久本は「変な緊張はなかったが、カットボールでストライクを取りにいってしまっ
た」とまずは反省から切り出した。それでも「けがで前半戦絶望という状況からここまでやってこれた」
と後半は左の中継ぎとしてチームに貢献した自負をのぞかせ「何とか日本シリーズで借りを…」と言葉に
力を込めた。
・福留も立派なVメンバー…日本シリーズも出場できないが、陰ながら応援
左手は固定されたままだが、福留も立派なVメンバーだ。9月2日に左手ひとさし指を骨折したが、8月
のアテネ五輪で離れるまで4番として23本、81打点と優勝に貢献した。「1年間やってきたことが報
われますね。プレーできない悔しさ? それはない。みんなの目標が達成したんだから」。日本シリーズ
も出場できないが、陰ながら応援することになる。
・喜びの中日ナインの声
◆山本昌 「うれしい。久しぶりですが、やっときたという感じですね。まだ日本シリーズがあるし頑張
ります」
◆平井 「けがで投げられるか分からない状態で中日へ来たので、その分うれしい」
◆谷繁 「負けたけど、こういう優勝もいいね。こんな思いをさせてくれた投手に感謝したい。もう一つ
上の日本一を目指したい」
◆川相 「やっぱり優勝はうれしいですね。巨人と比べてどうこうというのはない。これからじわじわと
実感がわいてくるでしょう」
◆荒木 「できれば勝って優勝したかった。でも最高に気持ち良かったです」
◆アレックス 「野球は打つのがいいときもあれば、守りがいいときもある。きょうは守りが良かった」
・コメント
◆中日・白井文吾オーナー 「ことしは監督の力です。見込んだ通り? そうですね。(日本一は)監
督がみんなの前で宣言したのだから、大いに期待したい」
◆中日・西川順之助球団社長 「(落合監督は)3年契約ですから(来季も)当然、続投です。今年は
本当にたいしたもの。10%の底上げをするといって、本当にそうなったんだから。指導者の手腕も高
く、野球の監督以上のものを発揮してくれた。改めて契約するのは3年が経ってからだが、ずっとやっ
てもらいたい」
◆豊蔵一セ・リーグ会長 「『守って勝つ野球』の勝利。就任早々、ユニークなチーム作りで話題をま
きましたが、終始“落合流”を貫き、1年生監督とは思えないほど巧みな選手起用でそれぞれの力を引
き出した手腕に敬意を表します」
◆巨人・長嶋茂雄終身名誉監督 「リーグ優勝おめでとうございます。今年のドラゴンズは監督以下、
チーム全員で勝ち取ったという印象が強いシーズンでした。春にお邪魔した折、打撃力のアップを目指
すと言いながら、しっかりブルペンの充実を図っていたことが思い出されます。シーズンではその投手
陣がリーグ一の活躍でチームを引っ張りましたね。落合監督の大胆かつ細心の野球が実を結びましたね」
◆ダイエー・王貞治監督 「セ・リーグ優勝おめでとうございます。中日さんの胸を借りて日本シリー
ズで戦えるよう、目の前のプレーオフを頑張ります」
◆阪神・星野仙一SD 「脂の乗り切った選手と若手がうまくかみ合った結果だろう。落合監督は選手
の特徴を見抜いた起用、采配(さいはい)をし、選手もそれに応えた。守り勝つ野球は見事だった」
・入館料半額 中日の落合博満監督(50)が現役時代に自主トレを行っていた和歌山県太地町にある
「落合博満野球記念館」は、ドラゴンズがセ・リーグ優勝を決めた翌日から3日間、入館料(大人20
00円)の半額割引を実施するほか、Tシャツなどグッズ類を半額から3割引きで販売する。

40サンケイスポーツ:2004/10/06(水) 03:23
・信子夫人も満面の笑み…後押ししたのは私なんです
“おっかあ”も満面の笑みを見せた。信子夫人(60)が見守るグラウンドで、夫の落合監督が選手に
身を預けていた。球団が手配したネット裏のブースで観戦。背番号66のホーム用ユニホームを着て大
声を張り上げた。「ここまで夢中で落合をバックアップしてきた。“あなた、いいわよ”と後押しした
のは私なんですから。黙って見ていられなかった」優勝の瞬間を見届ける“義務”がある。昨年10月
、電話で中日の監督就任を打診された際、落合監督の背中を押したのが信子夫人だった。「はぁ…」と
、生返事を繰り返す夫の目の前に差し出したのは一枚のチラシ。裏側に大きく『OK』と書いてあった。
「前向きに考えます」。その文字には、夫に腹をくくらせるだけの力があった。信子夫人が夫の言葉に
うなずいた時、オレ流監督が誕生した。落合家には新年の恒例行事がある。夫婦で便せんにその年の目
標を記し、封筒に入れて仏壇に供える。翌年に開封し、達成された項目に○をつけるという。選手時代
だと『3冠王』であったり、主に個人記録だったが、今年、2人で書いたのは『リーグ優勝』『日本一
』だった。そのターゲットのひとつは、文句なしのプロセスを経て手に入れた。「最初はあの監督で大
丈夫か、と言われたけど、ハラハラ、ドキドキしながら、ひとつずつ結果を積み上げてきた。名古屋の
チームですから、ぜひここで胴上げしてもらいたかった」しかし、まだその目に涙はない。オレ流を支
えた女傑は、最愛の夫を、日本一にすることだけを考えている。
・【立浪独占手記】常識外れなことはしていない「落合采配」
中日一筋、17年目の立浪和義内野手(35)は、就任1年目の落合監督の野球をいち早く理解し、開
幕から3番に定着。5月、6月にチームをV軌道に乗せた立役者だ。入団した昭和63年、平成11年
に続き、3度目の美酒。独占手記で、格別の味わいを吐露した。
胴上げをされたの? 初めて。引退が近いからこうなったのかな。感謝してます。ことしの優勝は誰か
一人欠けても、できなかったんだから。いまだから話せる。1年前、落合さんが監督に就任したとき。
88年から一緒にプレーしていて、野球に対する情熱は分かってはいた。でも、最初は違和感があった
。一、二軍合同のキャンプ初日の紅白戦。この歳になると、ひとつのケガが選手生命を左右する。はっ
きりと反論する必要があるとも思った。けれでも、それは杞ゆうだった。「部屋に来てくれ」キャンプ
前日の1月31日。監督の部屋に呼ばれたあの日を境に、見る目が変わった。話したのは20分くらい
。それで監督の考えがはっきりと見えた。高いレベルのなかでこそ選手は成長するという合同キャンプ
のメリット、紅白戦の意図はもちろん、すべてが考え抜かれていた。そして、最後にこう言われた。
「ことし1年間、3番で頑張ってくれ」昨年は4番を任されたが、3番は元々好きな打順。期待の大き
さを知った。それがスタート。単純だけど、この人についていこうと思った。2度の優勝が星野監督の
下で3度目が落合監督。この2人は『動』と『静』だと思う。星野監督には野球の厳しさを教わった。
だからこれだけ長い間、選手を続けられている。見られただけで気が引き締まることもあった。星野監
督が選手を引っ張っていくタイプなら、落合監督は選手を乗せていくタイプ。ボクも8月はバテたけど
、5、6月と月間MVPをとれた。それはあのひとことが大きかった。「オレは心配していないよ。大
丈夫だ」4月を終えて打率・205。正直、スタメンから外されることも覚悟していた。そんなとき、
こう言われた。プレッシャーにも感じたが、余計に奮起しようと思った。的確なアドバイスももらった
。今思えば、35歳にもなる選手がうまく乗せてもらったことになる。オレ流、オレ流といわれるけど
、何も常識外れなことはしていない。キャンプの『白紙メニュー』だって、ベテランが練習を任される
のはよくあること。まあ、開幕投手の川崎には正直、ビックリしたけどね。あの人選も批判されるよう
なことじゃない。逆に、いけるかなと思ったほど。川崎の必死さは伝わってきた。結果はうまくはいか
なかったけど、やってやろうという気になれた。球界再編問題で雑音の多い年だったけど優勝の味は格
別。でも、まだ喜べない。やっぱり日本シリーズで勝たないと。2度の経験からいうと、やはりあの舞
台で負けたらリーグ優勝がかすんでしまう。今度こそ勝ちたい。体調を万全にして迎えたい。もう1度
、あの人を胴上げしたいんだ。(中日ドラゴンズ内野手 立浪和義)

41サンケイスポーツ:2004/10/06(水) 03:23
・祝勝会と恒例のビールかけ…およそ2000本のビールが、あっという間に泡
試合後、祝勝会と恒例のビールかけがナゴヤドーム内で行われた。同球場の中で行われるのは初めて。
およそ2000本のビールが、あっという間に泡となった。「1年前には、こんなことは想像できなか
ったです。うれしいですね…。落合監督に呼んでもらって、本当に感謝しています」。巨人を飛び出し
、テスト入団したベテラン・川相も目が真っ赤。大騒ぎの中で感慨深げだった。
・ドラゴンズ5年ぶりのVに芸能界ドラ党も歓喜
中日ドラゴンズの5年ぶりセ界制覇に、芸能界のドラ党も大喜びだ。司会を務める日本テレビ系「ザ!
情報ツウ」(月〜金曜前8・0)で「ドラゴンツウ」のコーナーまで持つ俳優、峰竜太(52)は、
ナゴヤドームでその瞬間を見届け「涙ウルウルですよ」と感涙だ。勝因について「落合さん、そのもの
ですよ。補強なしに戦力を底上げしたでしょ? 選手との強固な信頼関係を作ったから、なし得たんだ
と思います」と胸を張った。残念ながら負けての優勝となったが、「落合さんらしいですね。勝っての
優勝は、50年ぶりの日本一の時にとっておきましょうよ。落合さんも言ってたでしょ。有言実行の男
だから、必ずやってくれると思います」と、すでに日本シリーズに目は向いていた。「5年前はダイエ
ーに1勝しかできずに負けているから、パ・リーグはダイエーに出てきてほしい。4勝3敗でドラゴン
ズが日本一です」と力強く言い切った。
・加藤晴彦、落合監督絶賛
フジテレビ系スポーツ番組「すぽると!」でドラ番リポーターとして活躍する俳優、加藤晴彦(29)
も喜びをかみしめた。「監督は『現状戦力での底上げだけで大丈夫。補強は必要ない』と言って、その
言葉通り英智や高橋光信、森らを2軍から発掘して起用したことが大きかった」と勝因を力説。「選
手起用が当たるだけでなく、その采配が試合を決めるポイントにもなっている」と落合監督を絶賛した。
◆歌手・五木ひろし 「現役時代からの長い付き合いですが、その時から有言実行の生き方が大好きで
す。監督になっても有言実行を貫いたことに、とても共感しています。日本一めざして頑張ってください」
◆女優・川島なお美 「やった〜!! 嬉しい!! 日本シリーズも勝って絶対日本一になってくださ
い。名古屋出身の女優として心から応援しています」
◆タレント・鈴木ヒロミツ 「2月の沖縄キャンプで『優勝できるって! そのかわりつまらない野球
をやるよ!』ってやっとわかりました。『つまらまい野球』=『守り抜く野球』=『プロの技をみせる
野球』=『職業の集団野球』=『優勝』ってことですね。実に面白い野球だった」
◆お笑いタレント・つぶやきシロー 「采配が面白く、しかも勝つ野球を1年目からお見事です。選手
全員が監督についていけば勝てると信じて戦っていたと思います。天才バッターは監督をやっても天才
でした」
◆テレビ朝日・河野明子アナ 「皆で戦っている、という雰囲気がすごく好き。日本シリーズは日本一
のディフェンス野球で魅せて!」
・名古屋に響く落合コール−中日ファン喜び爆発
「次は日本一だ!」。中日ドラゴンズの優勝が決まった本拠地ナゴヤドームでは一日、割れんばかりの
万歳と「おーちあい!」のコールが渦巻く中、落合監督の体が宙に舞った。延長戦の末に試合には敗れ
たが、ファンは「日本シリーズで勝てばいいんだ」と素直に喜びを爆発させた。応援団の青い法被を着
た男性会社員(26)は「勝って泣きたかったけど、胴上げを見て本当に応援してきてよかったと思っ
た」と目を潤ませた。妻と応援した自営業の男性(61)は「勝って優勝なんてぜいたくなことは言え
ません。地道にこつこつと勝ってきた成果」とにっこり。中日ファンが集まる店として知られる名古屋
市千種区の中華料理店「ピカイチ」では、優勝決定の瞬間、路上にまであふれた客から「うおー」と大
声が上がり、クラッカーが店内で鳴らされた。自営業力久信一さん(36)は「試合に負けたことは悔
しいが、日本シリーズで勝てばすべてちゃらです」と期待を込めた。名古屋市中区栄の繁華街にあるビ
ルのモニター前では、会社帰りのサラリーマンら750人がメガホン片手に声をからした。金沢市から
駆け付けた会社員三輪将太郎さん(29)は「今まで生きてきた中で一番うれしい。日本シリーズは勝
って名古屋を盛り上げてほしい」と興奮した表情だった。

42スポーツニッポン:2004/10/06(水) 03:25
・オレ流胴上げ 70人参加で落合監督宙に
全員集合だ、ナゴヤドームで“オレ流”の舞いだ。マジック1の中日は今季を象徴する粘りの野球を
展開。広島に延長12回で敗れたが、マジック対象のヤクルトが先に巨人戦で敗れたことで5年ぶり6
度目のリーグ優勝が決まった。97年のナゴヤドーム開場以来初めての本拠地胴上げには、何と全1、
2軍選手70人が参加。就任1年目の落合監督は、2リーグ制後では初めてコーチ経験のない新人監督
として優勝へ導いた。
大歓声はやまない。ナゴヤドームが揺れる。試合には負けた。でも、長いペナントレースに勝った。
落合監督はゆっくりとベンチを出た。至福の瞬間。待っているのはファンと1、2軍全員70人の選手
たちだ。97年の開場以来、初めて本拠地で儀式が始まる。ドームの天井が5度、近づいた。「いいも
んですね。初めてですから。皆さんに喜んでもらえて最高。支えられたのはオーナーが1番、女房が
2番、3番がスタッフ、そして何より選手に感謝したい」クールな落合監督の瞳が潤んでいる。バッ
ト1本で群れをつくらず、こびも売らずに積み重ねた野球人生。人は言う。“オレ流”と。就任直後
には“孤高の一匹狼”が失敗する可能性を指摘する声もあった。でも、そんな声を覆した。表面的な
イメージとは違い、現役時代から面倒見のいい親分肌で選手間での信頼が厚かった男は、監督となっ
ても選手を信じて“オレ流”を貫いた。キーワードは「絆(きずな)」。どんな窮地でも屈しなかっ
た中日の強さは、そこにあった。4月2日、ナゴヤドーム。落合監督は広島との開幕戦のマウンドに
川崎を送った。ヤクルトからFA移籍後、右肩痛で3年間1度も1軍登板のなかった右腕。つらい日
々に耐えてきたのを指揮官は知っている。序盤に5失点で降板。それでも責めない。「内容は悪くな
いぞ」。そう声を掛けて交代を告げた直後から反撃が始まった。川崎を負け投手にするな、と。1点
を負う6回2死三塁。ボテボテの二塁内野安打で同点とした井上に、指揮官はベンチで「何でもいい
んだ、1点入れば」と握手を求めた。昨年不振にあえいだ井上は「そういうのに一番飢えていたから
」と振り返った。信頼されるから応えたい。開幕戦は5点差を逆転して勝った。チームの方向性が1
つへ向く。スタートはそこだった。意見の押し付けになるような全体ミーティングを廃止。指揮官自
ら選手に歩みより1対1で向き合った。「野球界の常識は非常識」。球界の流れに逆行し、型にはめ
ない指導を徹底。長所を明確に示し、自分から行動を起こさせた。その上で選手の状態を隅々まで把
握し、データ分析も入念に行った。5月には井端を1番から2番へ。荒木の長所を生かすための組み
替えで打線は機能し、リーグ随一の投手陣も臨機応変に使い分けた。勝利の方程式は無用。パターン
などなかった。4月にはこんなこともあった。東京遠征中の14日。長男が誕生した柳沢に「16日の練
習までに戻ればいい。早く行ってやれ」と京都府内の病院へ急がせた。「僕の家族のことを第1に考
えてくれた。だから、チームにいる時は監督のために頑張りたい」。柳沢は長男を「龍之介」と命名
し、7月に腰痛の谷繁の代役を見事に務めた。チームは家族。主役も脇役もない。1、2軍分け隔て
なくキャンプに入り支配下登録70人中57人を1軍で使った。昨オフ、大型補強をしなかったのは信頼
の表れ。固い絆で選手の全能力を引き出し、ゴールへ飛び込んだ。だから胴上げに全員呼んだ。「オ
レは何も欲しいものはない。だから困っている。でも、今は選手が毎日うまくなっていく姿を見てい
るのが楽しい。こいつらを勝たしてやりたいんだ」。そしていま一度、言った。「選手を褒めてやっ
てください」 “オレ流”は中日を昇り竜へと変えた。その戦いはまだ続く。日本シリーズが待っている。
・信子夫人大喜び 祝勝会に“特別参加”
選手の手で宙を舞う落合監督に合わせるように、テレビ局のブースから見守り続けた信子夫人(60)
の両手が何度も上がった。「やったね、優勝できましたね」。電光掲示板に夫の顔が映し出されると
、隣にいた長男・福嗣君(17)と抱き合って喜びをかみしめた。「選手時代とは違い、指揮官として
チームを束ね、選手を信じて結果を出した優勝は感無量でしょう」と話した信子夫人に涙はなかった。
祝勝会でのビール掛けにも福嗣君と参加。ナインから総攻撃を受けた落合監督を擁護するどころか、
選手たちと一緒になってビール掛けを楽しんだ。はしゃぎ疲れたのか、最後は指揮官に担がれるよう
に会場を後にしたが「勝負師の奥さんや家族は日本一を決めて初めて泣けるもの。本当の喜びはその
ときまでとっておきます」。今度は日本一へ向けて夫の背中を押し続ける。

43スポーツニッポン:2004/10/06(水) 03:25
・≪2000本が30分で泡≫
5年ぶりのビールの味は格別だった。ナゴヤドームの駐車場一部を開放して行われた祝勝会。たる酒
の鏡抜きで初めは静かに始まったかに見えたが、長いシーズンを戦い抜いた解放感は抑え切れない。
山本昌、立浪、川相らベテラン陣が次々に泡にまみれる。「5年分飲んでやるゾ!」。谷繁がほえる
。中日ファンで有名なタレントの峰竜太も特別参加。「最高です!」と絶叫だ。午後11時30分から始
まり、用意した2000本のビールはわずか30分で泡と消えた
・岩瀬 日本シリーズこそ胴上げ投手だ
胴上げ投手にはなれなかった。それでも笑顔がはじけた。両手を高々と誇らしげに掲げた中日・岩瀬
が、落合監督と何度も抱擁を繰り返す。ルーキー年の5年前の優勝は中継ぎとして無我夢中で駆け抜
けた。そして今年。新守護神として手に入れた栄冠は比べものにならない充実感があった。「今年は
苦しみましたけど、監督に見捨てられずに1軍にいたことが今になって思えば本当に良かった」。共
同会見で岩瀬はこの1年間をしみじみと振り返った。今季は開幕直前に自宅の浴室で転倒。左足中指
を骨折して大きく出遅れた。開幕後も不振で自信を失いかけたが、落合監督から「自分で何とかする
しかない」と諭されてマウンドに上がり続けた。信頼の裏返しの起用。投げ続けることで本来の球の
切れ、そして何より自信が戻った。さらにアテネ五輪出発の際、日本代表・長嶋監督から「自信を持
って投げなさい」のメッセージをもらい「自分ができることを思いきってやればいい」と気持ちの上
でも吹っ切れた。9回から登板して2回を1安打無失点。胴上げ投手は逃しても、自分の仕事はきっ
ちりとこなした。優勝の原動力となった豊富な投手陣による早めの継投。それも岩瀬の存在があれば
こそできる芸当だった。昨オフには中継ぎ投手として史上初の2億円プレーヤーになった。4月6日
には長男・法樹君も誕生するなど、公私ともに充実している。「胴上げ投手、正直狙っていましたけ
ど、日本シリーズにとっておきます」。守護神としての仕事はまだ終わっていない。50年ぶりの日本
一を達成した時こそ、岩瀬はマウンドで立っているつもりだ。
・8人継投 これが中日
セ界最強の投手陣の意地を見せた。今季最多の8人継投。敗戦にも森投手コーチは「きょうは全員使
うつもりだった。1点でも先に取っていればな。負けたけど中日らしい継投を見せられた。選手が本
当によく頑張ってくれた」とねぎらった。先発ドミンゴが5回1失点。落合―岡本―岩瀬が無失点リ
レーで延長戦に持ち込んだ。さらに平井からバルデス。延長12回2死満塁から7番手・久本が緒方に
満塁弾を浴びたが、長峰を含めた8人がマウンドで躍動した。「ストライクを取りにいったところ打
たれた。すみません。でも、優勝できてうれしい」と久本。森コーチも「きょうはしようがない」と
苦笑い。セ・リーグで唯一の防御率3点台(3・92)。日本シリーズでも“オレ流”の継投策がパ・
リーグ覇者を沈黙させるに違いない。
・≪福留間に合った≫
左手人さし指骨折で離脱していた福留も歓喜の輪に加わった。「不本意じゃない。チームが優勝した
からね。1年間やってきたことが報われた」と笑顔。アテネ五輪に出場し復帰直後の9月1日の阪神
戦(ナゴヤドーム)で下柳から死球を受けたが、4番として23本塁打、81打点で優勝に貢献した。日
本シリーズまであと15日。骨折は完治していないが、患部をガードして祝勝会に臨み「これからでし
ょう」とシリーズ出場もあきらめていなかった。
・選手会長・井端 5安打打ちまくり
選手会長の、チームリーダーとしての働きだった。6打数5安打。優勝のかかった大一番で井端が打
ちまくった。敗れても、1年間チームを引っ張り続けた男が見せた存在感は凄かった。落合監督、立
浪に続いてナインの手で3度宙に舞った井端は試合後も興奮がしばらく収まらなかった。初回無死一
塁で先制の左中間二塁打。第2打席は中前打。8回の第4打席で右中間三塁打を放ち、本塁打が出れ
ばサイクル安打だったが、そんな個人記録はどうでもよかった。残る2打席はきっちり単打でつなぎ
役に徹した。就任当初から日本一を宣言した落合監督に「正直、何を言っているんだろうと思ってい
ました」。そんな違和感はもうみじんもない。「目標は日本一。監督の考えが分かった今だったらや
っていけると思います」 笑顔で迎えた最高のフィナーレ。涙は50年ぶりの日本一までとっておくつ
もりだ。

44スポーツニッポン:2004/10/06(水) 03:25
・≪アレックス存在感≫ 思う存分存在感を見せつけた。敗れはしたが、優勝を決めた日にアレック
スが大暴れ。グラウンドを縦横無尽に駆けた。「打撃は湿りがちだったけど、いい守りができたよ」。
6回2死二塁から緒方が中堅後方へ放った大飛球。素早く反応すると、背走しながらフェンス手前で
スーパーキャッチだ。延長11回2死一、二塁からは代打・前田の中前打で本塁へ突っ込んだ二塁走者
・新井を矢のような送球で刺した。打撃は1安打に終わったが、今季何度もチームの危機を救った屈
指の中堅手として持ち味を出した。02年にはエンゼルスでワールドシリーズを制覇した。チャンピオ
ンリングを持つ男は「日本一になりたい。日米両方で一番になりたいんだ」と絶叫。攻守の要として
日本シリーズの舞台に立つ。

45スポーツニッポン大阪:2004/10/06(水) 03:27
・落合竜「優勝」有言実行で頂点へ 5年ぶり6度目リーグ制覇
◆ 照れながら胴上げの輪に…5度舞った ◆
落合竜がついに天に昇った!優勝へのマジックナンバーを1としていた中日は地元・ナゴヤドームで広
島に2―5で敗れたが、マジック対象のヤクルトが巨人に敗れたため、5年ぶり6度目のリーグ優勝を
果たした。落合博満監督(50)は就任1年目でのセ界制覇。10月16日からスタートする日本シリ
ーズで、50年ぶり2度目の日本一を目指す。
◆ 就任1年目で高らかに日本一宣言! ◆
落合コールの中、全選手70人が待つ輪の中に指揮官が照れくさそうに紛れ込んだ。握手攻めのあと
帽子を脱ぎ大の字になって1回、2回…、5回。スタンドに向かって万歳三唱を3度。球団史上初の監
督就任1年目でのV。落合監督の目は真っ赤に染まっていた。「いやー、いいもんですね。生まれて初
めてなもんですから。この優勝は一生忘れないでしょう。負けて胴上げですから」ナゴヤドームのファ
ンに初めて聞かせた肉声だった。バット1本を味方に群れをつくらず、こびも売らず積み重ねた野球人
生。一匹狼が指導者として現場復帰するには取り巻く環境はあまりにも厳しかった。しかし、昨年10
月、白井文吾オーナー(76)から白羽の矢が立てられた。中日を常勝軍団に変えろ―。至上命題に快
く送り出してくれたのが信子夫人(60)だった。93年オフ、FAで中日を去り、巨人入りを選択し
た。長男・福嗣さん(17)の小学校進学を優先させるための帰京だった。当時、周囲では落合バッシ
ングが渦巻いた。その苦労に耐え、陰で支えた夫人は「名古屋に行って恩返ししてらっしゃい」とささ
やいた。その瞬間、義理人情に熱く責任感が強い男は監督という”天職”を得た。落合監督のポリシー
は「チームはファミリー」だ。就任直後の秋季キャンプで、「家族を大切にしろ」と選手に説いた。全
体ミーティングは基本的にはしない。気がつくことがあれば自分から選手に歩みより1対1で向き合っ
た。技術、理論、起用方法。納得させ、自分から行動を起こさせる習慣を身につけさせた。厳しさの中
に優しさも忘れなかった。選手に子供が生まれた、もしくは生まれると分かると無理やり、夫人のもと
に送り帰した。谷繁が腰を痛め戦列を離れた7月、穴を埋めた柳沢はその1人だ。4月14日、東京遠
征中に長男が誕生した。落合監督は14日の試合後、「16日の練習に戻ればいい。早く行ってやれ」
と柳沢を強引に京都府内の病院に入院中の夫人のもとへ行かせた。柳沢は「僕の家族の事を第一に考え
てくれたんです。だからチームにいる時は監督のために頑張りたい」と言った。その思いは長男の「龍
之介」の名に込められ、貯金を増やす好リードにつなげた。
◆ チームは”家族” ◆
出産後、夫人が自宅に帰る時期に合わせて信子夫人とお金を半分ずつ出し合い「落合博満 信子」の連
名でお祝いを送った。信子夫人は監督の気持ちを代弁する。「みんな家族なんです。だからグラウンド
では厳しいことも要求できるんです。心から愛さないと無理なんです」 ”落合ファミリー”としての
絆(きずな)が優勝となった。「みなさんに喜んでもらえて最高です。すべては選手の力。私たちはそ
れをサポートしただけ。選手をほめてやってください。ウチはこういう野球しかできない。選手には頭
が下がりますよ」。選手は頼もしく成長した。そして次に目指すのは「日本一」だ。
◆ 次は勝って胴上げを ◆
「必ず日本シリーズで50年ぶりの優勝を勝ち取るので応援よろしくお願いします。次は必ず勝って胴
上げします。また、この喜びをみんなで分かち合いましょう」有言実行の指揮官がファンと約束。今、
ひとつ目の扉は大きく開かれた。

46スポーツニッポン大阪:2004/10/06(水) 03:27
・胴上げ竜投リレーだ 最強中継ぎ陣が御礼マウンド
◆ 執念の総動員…シリーズも任せた ◆
”投手王国”とはこのチームのためにある言葉だ。川上、山本昌、ドミンゴが試合をつくれば、岡本
、平井、岩瀬ら強力救援陣は相手に反撃のスキすら与えない。この日は久本が緒方に満塁弾を浴びた
が、落合竜のスタイルは最後まで不変だった。何より信頼関係を大切にした。守護神・岩瀬が開幕直
前に不注意で左足中指を骨折。何とか開幕には間に合ったものの、過去の通算防御率1点台の男が6
月初めまで5点台と苦しんだ。それでも、落合監督は決して2軍に落とさなかった。岩瀬もヤクルト
戦が降雨中止となった5月13日に豪雨の豊橋球場で30分も走り込むなど必死で本来の姿を取り戻
した。「今年はすごく苦しみました。その中で落合監督に見捨てられず、1軍に居続けられたことが
、今思えば良かった」この日の先発はドミンゴだった。球には抜群の力がありながら熱くなりやすい
性格が災いし、内容にムラがあったが、森投手コーチらがつきっきりで我慢の投球を覚えさせた。来
日3年目で初の2ケタ勝利。この日も今季6戦無敗の広島を相手に5回を3安打1失点。「登板間隔
があいたから少し苦労したけど、こんなときは自分の一番いいボールをうまく利用することを勉強し
ないとね」。豪腕の成長した姿だった。「ウチは投手中心の守りのチーム。こういう野球しかできな
いんだ」就任直後から落合監督は口癖のように繰り返してきた。「野球で攻められるのは投手だけ。
打者は受け身なんだ。ウチは最強の攻撃力を持っているんだ」。その言葉の意味は本塁打数がリーグ
ダントツ最下位での独走Vという結果が雄弁に物語っている。
・指揮官“美酒濡れ”おっかあも参加のビールかけ
◆ 歓喜の祝賀会 ◆
落合監督が総攻撃を受けた。ナゴヤドーム内の駐車場一部を開放して行われた全関係者参加のビール
かけ。樽酒の鏡開きでスタートすると、指揮官はいきなり立浪や谷繁から一斉に集中砲火を浴びた。
あらかじめゴーグルを用意して覚悟していたものの、防戦一方。すぐに髪やユニホームはびしょ濡れ
となった。各選手やコーチが追い打ちをかけると、ようやく「このやろー」と応戦した。山本昌や川
上、川相など主力選手も”人気”の的。5年ぶりに行われた勝利の宴は2000本の瓶ビールが約3
0分で空になった。落合監督から「濡れてもいい格好をしてこい」と言われていた信子夫人も、長男
・福嗣君と参加。監督を擁護するどころか、選手たちといっしょになってビールかけを楽しんでいた
。最後ははしゃぎ疲れたのか、信子夫人は落合監督に担がれるように会場を後にしていた。
・憲伸MVP最有力 現在リーグトップの16勝
◆ 中日勢以外では“赤ゴジラ”が候補に ◆
MVP争いをリードしているのは、現在ハーラートップの16勝を挙げているエース川上だ。今季は
開幕からコンスタントに活躍。なかでもインパクトが強いのが、ペナント争いの勝負どころともいう
べき7月8日から9月7日にかけて記録した8連勝だ。しかも、ライバルとみられた巨人と阪神から
3勝ずつマークしており、中身は濃い。独走態勢の下地をつくったといっても過言ではない。これに
続くのが高い得点圏打率を誇るベテラン立浪だ。開幕直後は不振だったものの、5月、6月とも4割
以上マークして2カ月連続で月間MVPを獲得。その勝負強い打撃でチームの勝利に何度も貢献した。
中日勢以外では「赤ゴジラ」としてセンセーションを巻き起こした広島・嶋の名前が浮上してきそうだ。
・星野SD“古巣”に「おめでとう」賛辞を惜しまず
阪神・星野仙一オーナー付シニア・ディレクター(57)は中日の優勝に「脂の乗り切った選手と伸
び盛りの若手がうまくかみ合った結果だ。おめでとう」と、祝福した。88年には、当時現役だった
落合監督をロッテとの大型トレードで獲得し、監督としての初Vを成し遂げた。縁の深い男の晴れ姿
に「選手の特徴をうまく見抜いた起用、采配をしていた。あのルックスと話し方のイントネーション
の勝利だね」と賛辞を惜しまなかった。

47オレ竜@めぐりあいドラ編:2004/10/06(水) 03:29
スポニチ、報知、日刊の評論と手記は明日以降やりますね

48スポーツニッポン:2004/10/06(水) 16:41
・牛島和彦の目 「守り勝つ野球」の強さを証明した
中日の優勝を一言で表せば「守り勝ち」に尽きる。失点を極力抑える戦いでたとえリード
を許しても後半まで試合を手放すという展開が少なかった。それが勝つ勝率をあげた最大
の要因といえる。リーグナンバーワンのチーム防御率3点台は守備陣の貢献度が大きかった
。特に福留、アレックス、英智の外野陣。すばやい打球処理で何度も2塁打を単打にしたり
、ヒットが出ても二塁走者を本塁に還さない守りで失点の芽を摘んだ。荒木、井端のニ遊
間も含め「次の塁を与えない」意識が徹底されていた。福留が離脱しても英智がカバーし
少なくとも守備面での戦力ダウンはなかった。「守り勝つ野球」の強さは史上最強打線の
巨人が1年を通してディフェンス面での課題を解消できず失速したのを見ても明らかだ。川
上、山本昌、ドミンゴと三本柱が安定し抑えの岩瀬につなぐまでは岡本の成長が光った。
高橋光ら代打陣も勝負強さを発揮した。落合監督は目立った戦力補強を行わず「各選手の
力を10%底上げすれば優勝できる」と話したがまさにその言葉通りの優勝だった。
(本紙評論家)
・優勝する予感はあった 東芝府中元監督尾崎清士さん
「個性生かすやり方、合うんじゃないか」 社会人時代の恩師
落合監督就任時から今季の快進撃を予測していた人がいた。落合監督の社会人時代の恩師
、東芝府中元監督の尾崎清士氏(57)である。「中日の監督なると聞いたときからこうな
る予感はあった。型にはめない個性を生かすやり方が合うんじゃないかと思っていた」尾
崎氏が野球部強化のため東芝から東芝府中に移籍したころ、チームは都市対抗の東京第二
予選にも進出できないほどの弱小だった。しかしその中で1人異彩を放っていたのは落合
だった。「飛距離が違いすぎる。とんでもないのが1人いる。。そう感じた尾崎監督は落
合をプロに行かせるために1塁から3塁にコンバート。アドバイスもとくにせず「お前はい
ずれプロに行く。だから後輩を育てろ」とだけ言い続けた。落合もその言いつけを守り全
体練習後に自らのバットを手にし後輩にノックの雨を降らせた。プロ入り直前の2年間は
主将にも任命。「今はのオレ流キャラはなかった。でも仲間うちではボスになる存在でし
たね。後輩の面倒見もよかった」と当時を振り返る尾崎監督。こうなったら日本一にもな
ってほしいしなれると思う」と偉大な教え子にエールを送っていた。
・ヤンキース・松井秀喜(落合監督とは94年〜96年に巨人でプレー)
「優勝おめでとうございます。落合さんは奇抜な発言で誤解されがちのところはあるけど
、僕がまだ鼻タレ小僧のころにバッティングを教えてもらった感想としては極めてオーソ
ドックスな野球観の持ち主。基本に忠実で理解しやすかったのを覚えています」
・稲尾和久氏(ロッテ時代の監督)
「新人監督は大胆にやれるものだが、それにしても今年の成績は見事だった。敬服に値す
る。投手力については戦えるものがあると思ったが、打力は正直クエスチョンがついた。
外国人、FAなどで戦力補強しないと苦しいと感じたが新戦力が次々と出てきて見事に当
たった。打者としての眼力が優れていたからこその結果だと思う」

49スポーツニッポン:2004/10/06(水) 16:41
・日本ハム・中原信広広報係長(97,98年の専属広報)
「球宴であったときにみんな北海道に移ったのかとか、家族は元気かと気遣ってくれた。
(現役時代に)お立ち台に上がってもらいたくしがみついたらロッカーまで引きずられま
したが、中継ぎのあいつを立たせてやれと。ぶっきらぼうに見えて本当に細やかな人です」
・男鹿工・加藤監督(秋田工時代の落合監督の1年後輩)
「高校時代は練習後よくラーメンをごちそうしてもらった。上下関係が絶対のスパルタ時
代の当時では考えられないことでしたよ。昔から年下には優しくて面倒見がよかったしい
い監督になるだろうなと思っていました。優勝万歳!おめでとうございます」
・野球評論家・与那嶺要氏(74年の中日優勝監督)
「落合監督は新人監督ながらよくやった。戦力の揃った巨人、去年、圧倒的だった阪神を
相手に立派な戦いぶりだった。みんなが1つにまとまった成果だと思う。74年に20年ぶりで
優勝した時、名古屋のファンが大喜びしてくれた。今年もそうだろう。私も嬉しい」
・日本ハム・ヒルマン監督
「セ・リーグ優勝おめでとうございます。激戦を勝ち抜いての勝利に心から敬意を表します」
・東洋大学・高橋監督(大学一年時の9月に退部するまでの恩師)
「うちではけがが多かった。でもそれをバネにしてプロまで行って、すごい努力だよね。お
まけに監督1年目で優勝なんて、僕らも勉強することが多い。1度を決めたらやり通すところ
は何も変わらない。尊敬してますよ。おめでとう」
・和歌山県太地町・三軒一高町長(落合博満野球記念館所在地)
「優勝誠におめでとうございます。また落合監督就任1年目での快挙に感動してます。太地
町には落合監督の野球記念館があり感慨ひとしおであります。日本シリースでも日本一目
指して頑張ってください」
・初体験ばかり・・・本当に疲れました 井端弘和手記
優勝、スト、選手会長・・・特別で大変な1年だった 
本当にうれしい。そしてつかれた。今はそんな言葉しかできません。今年は僕にとってすご
く特別で大変な一年になったけど優勝の瞬間すべてが吹っ飛びました。まさか自分まで胴上
げされるとは思いませんでした。今季は初体験ばかりでした。優勝、スト、選手会長。全部
初めてなんで本当に疲れましたよ。こんなに疲れた一年は生まれてから多分ない。でも20代
で経験をできたことは今後に大きな糧になると思います。高校のころから僕が勝手に使って
いる言葉何ですけど「一の野球」というのがあります。「一」っていう言葉にはいろんな意
味がある。例えば、初球、第一打席、はじめの一歩。あるいはポール1個分の差、0.1秒、10
センチ・・・。何でもいいんですけど勝敗というのは結局そういう部分で決まると思うんで
すよ。だからこそずっとこだわってきた。今年のうちはそれに近い野球ができたんじゃない
かと感じています。昨季右ひじの関節を痛めて今季初めは痛みもあったけど6月ぐらいから
それがなくなった。開幕前に監督からは「骨折しても使うぞ」といわれてたんです。信頼さ
れているなと感じたし、けがだけはいけないと練習前のケアにも気をつかいました。選手会
長として監督とのパイプ役なったけど、僕は言葉でグイグイ引っ張るタイプではない。言葉
より行動で示そうと一生懸命やってきました。監督とは春季キャンプで一緒の車で帰ったり
、部屋にも何度も行った。プレーの話は一切しないけど、チームのことをよく話し合いまし
た。ストでは本当にご迷惑をおかけしました。僕もストの後に試合ができたときは「野球が
好きなんだな」と改めて実感しました。でも僕らも5年後、10年後の球界を考えて決断したこ
と。どうか理解してください。今年は開幕戦で川崎さんが投げた。僕は家が近くなんで、実
は開幕前日もずっと一緒にいたんです。奥さんからは赤飯をもらったり。結果的には打たれ
たけど、あの試合はみんなが「なんとかしなきゃ」と思っていた。その気持ちが逆転につな
がったしすべてはあそこから始まったんだと思う。あの日がリーグ優勝の「第一歩」。日本
一に向けまた「一」からスタートです。(中日ドラゴンズ選手会長)

50スポーツ報知:2004/10/06(水) 17:54
・落合中日優勝  球団初新人監督頂点
中日・落合博満監督(50)が、ナゴヤドームで舞った。16年ぶりの本拠地Vだった。マジック1
で足踏みしていた中日は1日、延長12回の末、敗れたが、マジック対象のヤクルトが巨人に負けた
ため、5年ぶり6度目のリーグ優勝が決定。1、2軍の選手、スタッフ全員が参加する異例のスタイ
ルで、就任1年目にしてペナントを獲得したオレ流監督を胴上げ。落合中日は50年ぶり2度目の日
本一を目指し、16日からの日本シリーズに挑む。
1、2軍スッタフ全員胴上げ参加
満員のスタンドから「落合コール」が起きた。ヤクルトが敗れ、Vが決定した午後9時26分から5
4分後。ゲーム終了後3分経過してから、谷繁、井端がファンをあおり、落合監督を手招きした。よ
うやく姿を現した指揮官が、1、2軍の全選手、スタッフの輪に加わり、宙に浮いた。全員野球を象
徴する異例の胴上げで、5度、快感を味わった。「胴上げ? いや〜、いいもんですね。生まれて初
めてだったんで。胴上げはオーナーが1番、2番はウチの女房。次はウチのコーチングスタッフと考
えていました」と、笑みを浮かべた新人監督。周囲の声に惑わず、就任要請してくれた白井オーナー
と、陰から支え続けてきた信子夫人らにまず、感謝した。「勝って優勝が一番、格好いいが、これも
私らしくていい。次(日本シリーズ)は勝って、胴上げしたい」左翼席前では、涙ぐみながら、両手
を上げて万歳三唱した。驚きの連続だった。今季を象徴した4月2日、本拠地で迎えた広島戦。落合
野球のお披露目の日に、右肩痛で3年間1軍登板のなかった川崎を開幕投手に指名。「チームが生ま
れ変わるために必要だった」という奇策の裏に隠されていたのは、実はしたたかな計算だった。「開
幕3連敗だけは避けたい」川上で、黒田とのエース対決を落とすダメージを、まず考慮。また「どの
程度まで情報が漏れるのかも見た」と、開幕まで徹底した秘密主義を貫き、球団の情報管理体制をテ
ストした。そして、最大の狙いはチームの活性化。3年間も苦しんだ川崎を晴れ舞台に引っぱり出し
、埋もれがちな選手の奮起を促した結果、5点差をはね返す逆転勝ちを演じ、開幕3連勝。さらに、
前代未聞の1軍登録57選手の全員野球につながった。史上最強打線にも容赦はなかった。ユニホー
ムを脱がされた巨人に「特別な感情なんてない。3年間お世話になった球団だし、お互いにビジネス
の話」と私情は封印したが、勝負は別だった。6月1〜3日の巨人戦(東京ドーム)で3連敗したこ
とで、ナゴヤドームでの使用球を“飛ばない”といわれるメーカーに変更。なりふり構わぬ防御策で
、東京ドームで1試合平均1・9本塁打のG打線を本拠地で1・25本に抑え込んだ。そして、6月
22〜24日の巨人戦(札幌ドーム)で逆に3タテして奪首。「野球で攻撃できるのは投手だけ」と
いう持論に従い、元3冠王は、リーグ最優秀防御率の投手力を前面に押し出した戦いで、そのまま首
位を守り抜いた。今季、いつもバッグにしのばせて持ち運んだ「宝物」がある。チーム全員で撮った
B5サイズの集合写真。遠征先では机の上に飾り、70選手に囲まれる自分の姿を見る度、責任の重
さを実感した。「選手が息子のようにかわいい」ナインに子どもが誕生すれば、必ず育児用品などの
出産祝いを贈る細かい気配りも忘れなかった。「オレ流さい配」も、ただの勝負勘やパフォーマンス
では決してなかった。試合後、自室に戻れば、ベッドの上にスコアブックや配球表を広げ、データを
洗い直すのが日課だった。ナイター後でも夜食は後回し。何時間も、戦術分析に熱中したため、肩こ
りや腰痛が悪化し、はり治療も施した。都内の自宅の戸棚には、もうひとつの宝物が飾られている。
それは福留と岩瀬のアテネ五輪組が、海の向こうから送ってくれた赤ワイン。「飲まずにまだとって
あるんだ。栓をあけるのが楽しみ」祝杯のコルクを抜くのは、球団50年ぶりの日本一を達成してか
らと、心に決めている。

51スポーツ報知:2004/10/06(水) 17:55
・中日・落合監督「胴上げですか? いや〜、いいもんですね。生まれて初めてなもんですから。私
はナゴヤでしか優勝を経験したことがない。だから、今回も周りの方はきのう(9月30日)と期待
してたでしょうが、きょうだろうと思っていた。皆さんに喜んでもらえれば最高です。この優勝は選
手の力。私らはサポートしただけ。選手を褒めてやって下さい。(監督就任時に現有戦力で優勝する
と発言し)何人の方が信じてくれたか。やれば、できるんです。胴上げはオーナーが1番、2番はウ
チの女房、次はウチのコーチングスタッフと考えてました。それにしても、選手がよく戦ってくれた
。頭が下がります。勝って優勝というのが、一番格好いいんでしょうが、これも私らしくて、いいん
じゃないですか。この優勝は一生忘れない。負けて、胴上げですから。昨年10月(に就任して)か
ら練習に耐えて、よくぞ全員が成長した。感謝しています。当初の目的である日本一を勝ち取る挑戦
権をつかんだ。次(日本シリーズ)は勝って、胴上げしたい。日本一? 私たちの目標はそこしかな
い。必ず日本シリーズで50年ぶりの日本一を勝ち取ります」
・川上MVPだ  16勝不動エース ケガに泣いた昨年…見事復活 シリーズもフル回転
歓喜の輪の中で、背番号11が、ひときわ輝きを放っていた。押しも押されもせぬエースとなり、チ
ームを優勝に導いた川上。重圧から解放され、端正なマスクを崩した。「1年間ローテを守り、思い
通りの投球ができた。達成感でいっぱいです」優勝に王手をかけた28日のヤクルト戦(神宮)で、
16勝目をマーク。6年前の新人王以来のタイトルとなる最多勝のほか、MVPも確実だ。7月8日
のヤクルト戦(ナゴヤドーム)から約2か月間に破竹の8連勝をマーク。岩瀬、福留が抜け、優勝へ
の唯一の危機と言われたアテネ五輪期間も、この男が支えた。2度目の開幕投手に指名され、勝利投
手になった昨年。だが、5月13日のヤクルト戦(富山)で、右肩関節唇を損傷した。ようやくリハ
ビリを始めた6月下旬には、左大たい二頭筋を肉離れ。シーズンを棒に振り、4勝3敗に終わった。
心身両面に深い傷を負っただけに、新監督の起用法が心に染みた。開幕投手ではなく、開幕3戦目に
先発。「前年、けがで投げていない分際で、開幕投手なんて…」と、納得ずくの右腕は8月、すべて
中6日で、3連戦の初戦となる火曜日登板に固定。絶対に無理使いをされなかった。大エースの風格
も漂ってきたが、本人はまだ満足していない。プロ2年目で優勝した99年、ルーキーイヤーに14
勝(6敗)を挙げながら、8勝9敗に終わった苦い経験を味わった。「あの年の野口さん(19勝7
敗)はすごかった。ぼくなんてまだまだ」目標の左腕を超えるため、頼れる大黒柱は、日本シリーズ
もフル稼働する。
・立浪感激!初の胴上げ!
落合監督、白井オーナーに続いて、立浪がナインに胴上げされた。173センチ、70キロの小柄な
体が4度、宙を舞った。「引退が近いからかなと思ったんですけど。初めてだったので、気持ちよか
ったです」と、自身3度目のVで初めて味わう感激に酔った。昨年7月にプロ野球史上30人目の通
算2000安打を達成。この記録の重みをだれよりも尊重してくれたのが、落合監督だった。今春キ
ャンプでは放任され、白紙メニューをこなした。ベテランはその裏にある意図をしっかりとくみ取っ
ていた。絶大な信頼には目に見える結果でこたえるしかない―。シーズン中盤まで得点圏打率は5割
を超え、首位打者を争った。35歳の体には確実に衰えが忍び寄る。オフの間も揚げものは衣を除い
て食べるなど、節制を欠かさない。しかし、年輪を重ねた分だけ、以前は見えなかったものが見える
ようになってきた。「1度は日本一になりたい」まだ到達したことのない真の頂点へ、残る力を振り絞る。

52スポーツ報知:2004/10/06(水) 17:55
・突っ走った1、2番 荒木&井端
つなぐ!守る!オレ竜野球の象徴 日本一のカギだ「12球団一の二遊間」
1回無死一塁、左中間へ適時二塁打を放つ井端  小柄な選手会長が3度、宙を舞った。ナインから
の思わぬ胴上げに、井端が驚きの表情を浮かべた。「生まれて初めて。気持ちよかったです」球史に
残る1、2番コンビの核弾頭・荒木は、最高の笑顔で見守っていた。「勝って決めたかったけど、優
勝は優勝ですよ」守りの、そしてつなぎの野球で、ふたりは落合野球の象徴になった。大一番でも、
息はぴったり合っていた。初回に荒木が中前安打で出塁すると、続く井端のカウント0―1から、ヒ
ットエンドラン。思い切り引っぱたいた当たりは、左中間を割った。貴重な先制二塁打で波に乗った
2番打者は、延長12回無死一塁でも右前安打を放ち、自身初の5安打だ。他球団の投手が今季、井
端に投じた総数は2532球。両リーグトップの数字が、粘り強い打撃を物語っている。井端はシー
ズン中、選手会主催で裏方さんを何度も食事会に招待するなど、さりげない気配りで、全体を束ねた
。グラウンドを離れれば、福祉活動にも積極的に取り組んだ。名古屋市内の児童養護施設「和親館」
に、寄付を始めて3年目。今季もシーズン中に何度も同施設を訪問。野球部にはグラブ、ボールなど
野球道具も贈り、ナゴヤドームにも招待するなど、自らのプレーで子供たちを勇気づけた。「いいこ
と続きの1年で、反動が怖い。周囲の人たちに支えられました」リードオフマンの荒木も胸を張った
。開幕は2番スタートだったが、5月16日の横浜戦(ナゴヤドーム)から、不動の1番となった。
内野安打は赤星(阪神)に並ぶ、リーグトップの27本。日本シリーズ直前の10日には、瑞恵夫人
(26)が第1子となる女児を出産予定だ。まさに最高のシーズンだった。「12球団一の二遊間」
と落合監督が評し、守り勝つ野球の中心にも、このコンビがいた。ふたりでゴロ、飛球を処理し、奪
ったアウトの数は、二塁・荒木は650、遊撃・井端は600を上回る。いずれもリーグ最多だ。
「目標は日本一なので、気を抜かず、調子を上げていきます」感極まった井端が、力強い言葉で締め
くくった。真の頂点に立つカギも、間違いなく「恐怖の1、2番」が握っている。

53スポーツ報知:2004/10/06(水) 17:55
・落合信子夫人手記 新しい「オレ流」見つけた 「わがまま」じゃなく周囲を気遣う温かさ
あなた、夢にまで見た優勝本当におめでとう。1年間の苦労がやっと報われましたね。私は今は、あ
なたを思いきりほめてあげたい。中日ファンの方にもご恩返しができこれ以上の喜びはありません。
落合博満さん私はまず、あなたにひとつ謝らなければいけません。5月11日、チームが4年ぶりの単
独最下位に転落した夜、心配になって思わず問い掛けましたね。「大丈夫?」と、まゆをひそめた私
にあなたは「オレたちは優勝するんだ」と一言だけ答えました。正直に言います。私はあの時をなん
て強がりを言う人だろう、これが世間の方がいうわがままな「オレ流」なのかと、がく然としました
。こういう偉そうなところが嫌われる要素なのかしら・・・。でもそれは私の早とちりでした。そこ
からチーム一丸となって見事に優勝。思い返せばあなたが私に「優勝」といったのはこの時一度だけ
でしたね。1月2日も突然の行動に驚かされました。和歌山の別荘でお節料理を食べているとき、あな
たがおもむろに川崎投手に電話をかけて「お前で開幕いくからな」と通告しました。あれもまさに「
オレ流」でした。ただこの一年で私はあなたの新しい1面を発見した気がします。現役時代は多くを
語らず1人で頑張っていた人が周囲を気遣ってチームを引っ張りました。「選手が可愛くてしかたがな
い」と繰り返す姿は新鮮で今年は私にとって「オレ流」の意味を考え直すいい機会になりました。4
月下旬、継投策うまくいかず敗戦した直後、あなたが電話で「オレもチームも発展途上なんだ」とポ
ツリと言いました。考えてみれば監督1年生。重圧もあったかと思います。現役時代、確かに私があ
なたの尻ををたたいて引っ張った部分もありました。現役時代、あなたの首位打者争いがシーズン終
盤までもつれ、私が円形脱毛症になったこともありました。だけど今年はいつもあなたが私をリード
してくれましたね。あなたは覚えていますか?8月下旬、家族3人で私の携帯電話を買いに行ったとき
のことを。携帯電話に束縛されるのを嫌がっていた私はすぐにあなたと福嗣の3人で交換するメール
に夢中になりました。楽しかったね。9月の初め、真夜中に一本の電話がありました。こんな時間に
かかってくるのは今までならナイター後のあなただけ、。でも今は携帯があるんだから、こんな時間
にだれだろうと思って1階に駆け下りると電話の声はやはりあなたでした。「何のための携帯なの」
とグチる私に、あなたは「おれはお前で元気な声が聞きたかったんだ携帯だと声が途切れるだろう」
と言ってくれた。うれしかった。結婚して20年間、こんな素直な言葉を聞いたことがなかった。単身
赴任も悪くないそう感じました。結婚する前2人でキャッチボールしたとき、その広場であなたはこ
う言いました「オレはグランドで死にたい」何よりも野球が好きで家族を大切にしてくれるパパ。私
はいつまでもあなたを応援しています。

54スポーツ報知:2004/10/06(水) 17:57
・度胸と鋭い勘光った落合マジック 佐藤道郎二軍監督
今年の象徴やはり開幕戦だろう。おれたちも驚かされた。普通なら川上なんだけどまさかの川崎が開
幕投手。1月に聞いて初めは冗談かなと思ったが度胸がある監督だと感心した。一度決めたら相談する
ことはあっても絶対にやるのが落合監督だ。采配でも独特の考えがある。4.5ゲーム差をつけて迎えた
9月7日の巨人戦(東京ドーム)。同点に追いついた8回二死満塁で相手投手は右の中村。この場面で
セオリーは無視しこの試合、2安打している井上に代え、右の高橋光を代打に出して押し出しの四球
で勝った。勝負師の勘というか長嶋茂雄氏ではないが3冠王に3度輝いた選手時代に培われた、凡人に
は見えない何かが見えるのだろう。連絡はよくとった。7月に二軍が北神戸にいて一軍は甲子園から
名古屋に移動する朝に一軍の選手宿舎までいったこともあった。落合監督は「優勝したら一軍と二軍
を入れ替えるか」と冗談まで口にしているが1、2軍の風通しのよさが一軍で57人もの選手の起用につ
ながった。大きなターニングポイントは6月22から0.5ゲーム差の2位で激突した首位巨人との攻防戦
(札幌ドーム)。前日の移動日ちょうど台風で一軍が空港で立ち往生したとき監督から電話があった
。「一勝ニ敗でいいよ」と言ってたのに選手が監督の期待を上回って3連勝。今年の勝因は落合監督の
さい配と監督の予想すら超えてしまった選手の急成長にある。(中日二軍監督)
・原辰徳さんが落合さい配を分析 選手に与えた自信と強さ
終始一貫「優勝できる!!」立って良し寝てよし多彩な野球
先発、中継ぎ、抑えの役割分担が明確で投手も起用に応えた。荒木、井端の1,2番が持ち味を発揮
しベテラン、中堅、若手が三位一体となった。いろいろなスタイルの選手を使った多彩な野球。それ
になんといっても投手力を含めた守りができた。中日で優勝の要因を端的に挙げるならそんなところ
だろうか。柔道に例えるなら立ち技でも寝技でも勝てる野球だ。だが何よりもチームを支えたものは
落合監督の用兵、戦略ではなかったか。終始一貫同じスタイルを貫き通し、高いポテンシャルの中で
チームを引っ張り続けた。1、2軍のメンバーを白紙にしてキャンプをスタートさせ初日に紅白戦を行
った。「この戦力で優勝できる」といい続け選手に信念と強さを植え付けていった。その姿勢は変わ
ることがなかった。目に見える部分ではベンチで常に監督が勝負していた。投手交代、相手のスキを
うかがいながらの機動力、すべて計算ずくの野球をやり抜いた。例えば終盤戦、2本のヒットを打っ
ている井上に代えて高橋光を送ったりもした。二枚腰、三枚腰の戦い、厚みのある考え方、選手の掌
握。そんな落合イズムが根付いた1年間だったと思う。巨人はウイークポイントだった投手陣の整備
ができなかったのが1番の敗因だが、史上最強打線といわれた打線にも問題はあった。破壊力に偏った
ゲームしかできなかったのだ。接戦をものにするかどうかがペナントの行方を左右する。機動力、バ
ントなどチームバッティングも攻撃のページにつけ加えなくていけないこと教訓として教えてくれた
1年でもあった。(スポーツ報知評論家)

55スポーツ報知:2004/10/06(水) 17:57
・忍耐の落合野球 今季加入 川相が分析 ミスしても決して怒らずありがたかった
オープン戦徹底バントで開幕C黒田攻略 批判を受け止める防波堤 巨人との差は「どん欲さ」
中日落合監督の「守りの野球」と「サプライズ野球」が花開いた。「オレのかじ取りさえ間違えなけ
れば優勝する」と公言しその言葉通りペナントを勝ち取った落合監督の強さの秘密を今年巨人から移
籍した川相が分析した。
落合監督を一言で表現すれば忍耐の人。それに尽きる。選手がミスをしても決して怒らず感情を顔
や表に出さない。選手にとっては本当でありがたかった。巨人で多くの監督に接してきたけどこれほ
ど我慢強い指揮官はいなかった。中日に移籍して巨人とチームの雰囲気の違いは特に感じなかった。
ただ今年の巨人は対戦していてもハングリーさを感じなかった。それ以上に一番の差は戦術面でのど
ん欲さだった。開幕戦は昨年、中日が1勝3敗(防御率2.88)と苦手にしていた広島の黒田との対戦。
こちらの川崎の先発にもピックリしたけど、印象に残っているのは3月25日のオープン戦(ナゴヤド
ーム)で黒田と対戦したときだ。主軸以外の打者全員にセーフティバントの構えをさせたり実際にバ
ントを指示した。結局、5回を一安打無失点に抑えられたが、あれが開幕戦での黒田攻略につながっ
たと思う。巨人にいたときここまで先を読んださい配はなかった。打てないなら揺さぶってでもなん
とかしようという強い気持ちがの表れが開幕戦で黒田に心理的な圧力をかけたに違いない。巨人がV
9時代、阪神の江夏さんに対してバント攻めを仕掛けたことを思い出した。強いチームには周りの批
判を一身に受け止めてくれる防波堤のような存在が絶対に欠かさない。落合監督の巨人時代がまさに
そうだった。監督が不動で4番でいたから松井秀喜(現ヤンキース)がそれに守られて成長でき、彼
が主砲になったとき同じ役割を果たせた。今年の中日の防波堤は間違いなく落合監督だった。
(中日内野手)

56デイリースポーツ:2004/10/06(水) 17:58
・セ界制覇 地元でオレ竜の舞
中日が1日、5年ぶり6度目のリーグ優勝を果たした。昨年10月8日、監督就任演説で、一切
の戦力補強の拒絶を表明し、リーグ優勝、日本一奪回を宣言した落合博満監督(50)が、宙に舞
った。選手の自主性、想像力を重んじたオレ流野球。就任1年目でセ界の頂点を極めることを誰
が予見しただろう。
微妙かつ複雑なゲームセットだった。延長十一回裏の攻撃中にマジック対象チームのヤクルトが
敗れ、その瞬間に5年ぶり6度目の優勝が決まった。だが、延長十二回に満塁弾を浴び、勝って
優勝を決めることができなかった。優勝決定時おなじみのベンチを飛び出すシーンはなかった。
落合監督も1度はベンチ裏に姿を消した。だが、五色のテープがグラウンドに舞い込み、徐々に
選手も姿を見せ、そこらかしこで握手、抱擁の絵が始まった。場内の「落合コール」に導かれ、
ようやく指揮官はベンチを出た。マウンドにできた歓喜の輪。山本昌、荒木、森野が背番号「6
6」の体を持ち上げた。1回、2回…。計5回。両手を天に突き上げた落合監督がナゴヤドーム
の宙に舞った。「一番にオーナー、二番に女房、そしてコーチ、選手に感謝したい」。うれし涙
と会心の笑みを浮かべたオレ流指揮官が、日本一の前段階であるリーグ優勝を決めた。
・信子夫人はVに涙こらえる
感涙にむせぶ夫の姿が、かすんでいた。優勝監督を陰で支えた信子夫人は、グッと涙をこらえて
言った。「落合は感激屋だけど、勝負師ですから最後の最後まで涙を見せたくなかったと思うけ
ど、感無量だったんでしょう。私たちは泣いてられません。日本一があるから」。“おっかあ”
らしく強がった。背番号66の入ったユニホームを着て長男・福嗣君とともに放送ブース席で声
援を送った。優勝インタビュー中は「有言実行」のプラカードをグラウンドに向けて掲げた。「
チームを束ね、1人1人を信じて結果を出したんで感無量です。あそこまでよくできたという感
じです」と偉大な夫を称えた。監督要請があったとき背中を押したのは信子夫人だった。優勝目
前に「いい奥さんもらったね。素晴らしい結果が出たのは私が背中を押したからね」と言った。
すると指揮官から「お前もいい亭主をもらったな」と返された。女房は「苦労のしがいがある人
」と目頭を押さえた。だからリーグ優勝で泣かなかった。「明日から日本一を目指す」。おっか
あはあえて厳しくいった。
・立浪も舞った 次は日本一だ
歓喜が爆発した。試合には負けたが、5年ぶりリーグVの感動は何ら変わらない。中日・立浪が
、岩瀬が、そしてケガで離脱した福留がうれしさを全身で表現した。プロ初の5安打を放った選
手会長・井端が目を充血させながら話した。「勝って優勝を決めたかったんですけど。目標は日
本一。もう一つ目標を高く持って頑張ります」。立浪に続居て胴上げされ、体がそっくり返るほ
ど、宙で何度もガッツポーズを繰り返した。球界再編問題でグラウンド外でも多忙な1年だった
がその労が報われた。美技と強肩で4万500人のファンを魅了したアレックスも興奮気味にま
くし立てる。「ボクは常にベストを尽くしているだけだよ。優勝もできたし最高に幸せだね」
六回二死二塁。緒方の打球が左中間へ飛んだが、必死に追うアレックスがフェンス際でジャンプ
一番。広島の勝ち越しを消し去った。そして、美技の次は強肩だ。延長十一回、二死一、二塁で
代打・前田が中前打。誰もが“広島勝ち越し”と思った瞬間、“レーザービーム”で二走・新井
の本塁突入を阻止した。「いいプレーができたよ。日本シリーズでもボクの持ち味を見せたい」
大興奮、大感激の助っ人同様、他の選手もさっきの敗戦を忘れ、優勝の美酒に酔いしれた。さあ
、次は日本一へ。この喜びをさらなる歓喜へと変える。

57デイリースポーツ:2004/10/06(水) 17:58
・宇野勝コーチ独占手記 (本スレから拝借・・・)
コーチになって初めての年に優勝できるなんて、俺ってツイてるなって思う。 苦しかったけど
選手がよくがんばってくれたよ。これに尽きるよ。本当に たくましくなった。頼もしくさえ感
じるよ。開幕から投手におんぶ抱っこって言う試合が多かった。試合中に頭が痛くなることが
何度もあったりして、「俺はげちゃうんじゃないか」って思ったもん。コーチって打ってくれと
願うしかないんだもんな。 1年間、選手のモチベーションを上げることだけ考えていた。1軍
の選手に 技術論なんて必要じゃないんだよ。2軍と違ってね。ただ、調子が悪くて、俺に助言
を求めてきたときだけ、技術的な話はしたけど。俺が現役時代そうであった悪い時にように、
あれが悪い、これが悪いといわれても、なかなかシーズン中には直せないもんなんだよ。開幕
前も開幕してからも阪神は強いと思ってた。投手も野手もメンバーがそろってるしな。力のある
球を投げる投手が多いし。ただ甲子園で起きなかったミスが、ナゴヤドームでは起きた。そこに
つけ込めたのが18勝10敗という数字に表れたんじゃないかな。落合監督は現役時代に「オレ
が監督ならこうするな」といってたことをした。どの監督のまねもしてない。選手がプレーしや
すい環境をつくってた。高代コーチ、森コーチがその支えになってた。俺も来年、その支えにな
る機会が増えるよう、今まで以上に頑張るよ。

58夕刊フジ:2004/10/06(水) 17:59
・落合V飛ばない球で宙に飛ぶ…G打線封じテキメン 日本シリーズも
マジック「1」としていた落合中日は1日、ヤクルトが先に敗れたため、5年ぶり6度目のリー
グ制覇を決めた。勝って優勝を決めたかったが、広島戦には延長戦の末に敗れた。「いやー、い
いもんです。生まれて初めてなもんで」と初体験の胴上げの感想を語った落合監督だが、頭の中
は就任当初に掲げた日本一。「最終目標は日本シリーズに勝つこと。次は勝って胴上げします」
落合監督の他には、グラウンドを一周した後、立浪、井端、そして白井オーナーが舞った。また
、優勝を見届けた落合監督の信子夫人は、「やったね、と声をかけてあげたい」と感無量だった。
中日・落合監督が1年目で優勝したひとつの要因に、飛ばないボールにスイッチした大英断があ
る。シーズン途中からナゴヤドームで行われる在京球団との試合に、いわゆる“飛ばないボール
”を採用。いったい、誰が思いついて、どうやって実行に移したのか。24試合で14勝10敗
と勝ち越し、被本塁打数も15本。効果はテキメン。5年ぶり6度目の優勝の隠れたMVPとな
った。まだ、史上最強打線を有する堀内巨人が首位を走っていた5月中旬。ある裏方のひとりが
、落合監督に突拍子もないアイデアをささやいた。「ウチは長く飛ばないボールを使っていたけ
ど、打撃が弱かったので、3年前から飛ぶボールに変えている。その結果、本塁打の数は増えた
が、同時に被本塁打の数も増えた。本塁打に頼らない打撃をしている今、飛ばないボールに変え
た方がいいんじゃないですか」提案を受けた落合監督は、「いい考えだなあ。可能なら実行して
みよう」と自ら、セ・リーグに電話をかけ、ボールの変更が可能かどうかを確認している。ああ
みえても落合監督は意外にも電話魔で、自分で確かめないと気が済まないらしい。セ・リーグに
直接、問い合わせることは日常で、ボールの変更以外にも、「スト中の一、二軍の入れ替えは可
能か」も、確認したという。OKの返事をもらうと、すぐさまボールを発注、検査を受けてよう
やく試合球の公認がもらえたのが、6月14日。18日の横浜戦に間に合った。「飛ばないボー
ルのメーカーは、すでに名古屋で生産は打ち切っていた。でも、東京に機械があったので、慌て
てボールを作らせた」ボールの変更がリーグから認められた当初は、さしたる話題にもならなか
った。が、史上最強打線を封じるようになって、飛ばないボールの威力が証明され、急に脚光を
集めた。16日開幕の日本シリーズでも、本拠地ナゴヤドームでは、野球協約の規定14条にあ
る通り、主催球団に使用球の決定権がある。「まだ、どのボールを使うかは決まっていない」(
球団関係者)というものの、破壊力満点のパ球団相手なら、飛ばないボールを使う方が得策だろう。
「その裏方とは、ひとりのスコアラーだと聞いている。大変なヒットだよ」(球団関係者)「オ
レ流」が商標登録されるくらい、身勝手な性格が広まっている落合監督。その一方で、下からの
意見をすぐ採用する−落合竜のセ界制覇は、プロジェクトXそのものだった。

59夕刊フジ:2004/10/06(水) 17:59
・冷ややかナゴヤ…オレ竜アレレ!?落合ジミV 経済効果昨年阪神の10分の1
1日、5年ぶりにセ・リーグを制覇した中日ドラゴンズ。現有勢力で工夫した落合博満監督(5
0)の“オレ流さい配”が光るが、昨年の阪神のような全国的フィーバーにならなかった原因も
、やはり落合監督にあるとの厳しい声もある。大阪圏を超え、東京に次ぐ日本第2の商業圏に発
展する“尾張ナゴヤ”だが、経済効果はかなり地味めなようで…。岐阜県の大垣共立銀行のシン
クタンク・共立総合研究所は、中部5県(愛知・岐阜・三重・富山・石川)における「中日の日
本一による経済波及効果は約203億円」との試算を出している。百貨店やスーパーなどの優勝
セールで約62億円の消費増、日本シリーズの入場料やビール代、観客の交通費にテレビ放映権
が約40億円、グッズなどの売り上げで約13億円の増加が見込まれ、直接効果だけでも119
億円とみる。だが、この数字は昨年の阪神優勝時の6−8分の1。昨年は、大阪府立大の宮本勝
浩教授と2つの調査機関が1133億円−1587億円と試算した。9、10月は列島が黄色と
黒のタテじまに染まり、実際に約1500億円の効果があったとの結果が出た。UFJ総合研究
所も2日までに、中日が日本一になっても経済効果は151億3000万円にとどまり、昨年の
阪神優勝時の1587億円の10分の1になるとの試算を明らかにした。共立総研の河村宏明研
究員は「名古屋圏内は元気がいいといわれているが、さらに消費マインドを高め、好調な企業活
動と重なり、日本経済をけん引していくことが期待される」と分析。「50年ぶりの日本一なら
、なおさら」と期待する。ただ、同総研は平成10年にも試算。波及効果248億円としていた
。この年は「星野監督で名古屋ドーム初V」と期待された(結果は2位)。今回は当時より景気
が回復基調にありながら、低く見積もっている。その理由のひとつに挙げられるのが「星野Vs
落合」の比較だ。「星野監督は、その翌年(11年)にリーグ優勝に導いたが、燃える男という
イメージから、缶ビールなどさまざまな関連商品が発売された。ところが、今回は落合監督に関
する商品はないということなので、その分、効果も低く見積った」と河村研究員は説明する。
落合像がドラファンに伝わらないため、企業も便乗商法に乗り出しにくいというのだ。その辺の
事情を地元メディア関係者はこう明かす。「シーズンを通してファンは冷ややかでした。優勝直
前でも、ドームが満席になるのは阪神戦ぐらいだった。やはり、選手時代にドラゴンズを裏切っ
て巨人にFA移籍した落合監督が原因ではないでしょうか。名古屋人は根に持つタイプが多いで
すから…」来年3月には、中部圏の発展を象徴する愛知万博が開催。同協会では、約6カ月の期
間中に1500万人の動員を見込んでいる。前出メディア関係者はその景気づけの意味でも、優
勝で盛り上がってほしいのですが…」と話している。

60日刊スポーツ:2004/10/06(水) 23:14
・「オレ竜V舞い」本拠ナゴヤDで5年ぶり6度目
オレ竜が歓喜の舞だ。中日ドラゴンズが1999年以来、5年ぶり6度目のリーグ優勝を達成。
落合博満監督(50)が就任1年目でペナントを手にした。6月22日に首位に立ち、1度もその座
を譲らず9月25日に優勝へのマジックナンバーが点灯。マジック「1」とした1日の広島戦(ナ
ゴヤドーム)では延長12回の熱戦で競り負けたが、試合中にマジック対象のヤクルトが巨人に敗
れ、リーグ制覇が決まった。5度、宙に舞った指揮官は「私らしくていいでしょう」と満面の笑
みを浮かべた。達成すれば54年以来、50年ぶりとなる日本一を目指し、16日からパ・リーグ優勝
チームと日本シリーズを戦う。
 補強なき戦力で球団初1年目の栄冠
オレ流監督が舞った。四方八方から伸びる1、2軍全選手、スタッフの手によって5度、空中へ
押し出されている間、帽子を取り両腕でVポーズをつくった。ふだんはポーカーフェースを貫い
ている落合監督の目は真っ赤に充血していた。試合に負けたが、2位ヤクルトが21時26分に敗れ
たため、優勝が決まった。だが1年間積み重ねてきたものは決して色あせるものではない。補強
らしい補強をすることなく、1年目で答えを出した。中日球団史上、誰も成し得なかった新人監
督の優勝。超満員4万500人のスタンドに向けて、何度も何度もコブシを突き上げ、深々と頭
を下げた。充実感が全身を貫いた。落合監督 いやー。いいもんですね。生まれて初めてですか
らね。本当は、1日でも早く決めたいと思っていたんですけどね。最高です。今日は! 何人の
人が優勝を信じましたか? でも、こうやってやればできるんです! 勝って優勝すれば格好い
いんでしょうけど、負けての優勝は私らしくていいじゃないですか! これは一生、忘れられな
いと思います。興奮で、声が上ずった。「史上最強打線」の巨人や昨年のチャンピオン阪神には
戦力は劣る。その差を埋め、逆転に導いたのが「オレ流」だった。「最後に上にいればいいの」。
140試合をトータルで考え、目先の勝利にはこだわらなかった。根底にあるのは徹底した合理
主義。ある意味で負けての優勝は、最も「オレ流」らしい優勝決定でもあった。そのため故障情
報をはじめとするチーム内の情報をすべて遮断した。時には「負け試合」もつくった。従来の「
常識」と逆行する手法には、外部から批判の声が上がったこともあった。だが、信念は曲げなか
った。すべてはこの瞬間を迎えるためだった。キャンプ前日1月31日の全体ミーティング。落合
監督は、選手を前に言った。「今までの中日のやり方とは違う方法を取ることもあると思うけど
、信じてついてきて欲しい。よろしく頼むぞ」。元三冠王が頭を下げたことで、選手の間にあっ
た不安や不信感は消えていった。「選手が主役なんだから」と言い続けた。投手交代の際には必
ずマウンドに足を運び、試合のポイントでは自ら選手にアドバイスを送った。外部への顔とは別
人のように、常に選手側に立った。選手を気持ちよく働かせることでチームを1つにまとめ上げ
た。一方で新戦力発掘のために、グラウンドでは選手を見ることに力を注いだ。今春の沖縄キャ
ンプでは、朝10時から夕方7時前まで約9時間、観察したこともあった。1日までに支配下登録
選手70人のうち、57人を1軍登録。レギュラーを動かさない一方で、固定できなかった一塁と左
翼は2軍から昇格させた若手を積極的に起用した。チャンスを与えられた若手は目の色を変えた
。時には力以上のものを発揮した。「選手はみんな必死になってやっているんだからな」と話す
。苦しい時に、枝葉の部分の有効活用がチームに活力を与えたことは確かだった。

61日刊スポーツ:2004/10/06(水) 23:16
(続き)
4月2日、広島との開幕戦(ナゴヤドーム)。落合監督が先発させたのは、右肩痛で3年間1軍
登板のなかった川崎だった。相手の先発はエース黒田。開幕戦を「捨てゲーム」にする起用…。
だが、就任直後の昨年の秋季キャンプで起用を決め、1月1日に通告していた。「川崎を投げさ
せるならあそこしかないんだ。140試合あるんだから、1つの負けは痛くない。まして最初な
ら取り返すのは難しくはないんだよ」と、親しい関係者に言った。開幕戦といえども140分の
1に過ぎないという姿勢をこれから共に戦うナインに強烈に植え付けた。「当初の目標は日本一
です。次は、必ず勝って胴上げをします。ただ、今日1日だけはゆっくりとさせてください。50
年ぶりの日本一を必ず日本一を勝ち取ってみせます!」。まだ終わりではない。落合監督の目線
は、すぐに先にある決戦を見据えた。すべてをパワーに変えて戦い抜き、セ・リーグを制覇。だ
が、まだ通過点にすぎない。「目指すものは1つ。日本一しかないんだから」。ことあるごとに
言い続けてきた言葉の実現まであと4勝に迫った。10月16日からはパ・リーグの覇者との日本シ
リーズ。勝利を収めた時、落合監督による「改革」第1章が完結する。
・井端選手会長1年間の苦労が報われグッときた…
リーダーの重圧、故障の不安、球界再編騒動…。宙を舞いながら、1年間の苦労が報われた感激
がグッとこみ上げてきた。場内1周が終わりにさしかかった三塁ベース付近。立浪に続いて胴上
げされたのは、選手会長の井端だった。「胴上げは生まれて初めて。気持ちよかったですね」。
紙テープで埋め尽くされた一塁側ベンチで、晴れやかな表情が広がった。
 ひとり気を吐く5安打
勝って優勝を決められなかった。だが広島の投手リレーの前に沈黙を続ける打線で1人気を吐い
た。初回、無死一塁で小山田から左中間へ先制適時二塁打。3回に中前打、8回には右中間へ三
塁打で今季15回目の猛打賞。延長10、12回にもヒットを放ち、プロ入り初の5安打。本塁打が出
ればサイクルヒットの固め打ちだ。「本当は勝って決めたかったけど、いい1日になった。ファ
ンの皆さんに感謝しないとね」。昨季オフ、前会長の立浪から指名されて選手会長に就任。メデ
ィアを通じてオレ流発言を連発する落合監督に、当初は疑念が生じた。日本一の公約も「正直、
何言ってるんだと思いました」。だが、チームを代表して監督との話し合いを重ねるうち、疑念
は信頼へと変わった。「選手の意見をないがしろにすることなく、ほとんど受け入れてくれた。
だから僕も色んなことを言いました」。2月の春季キャンプの時点では日本一の目標も「確信に
変わってましたね」。監督と選手のパイプ役になりながら、チームをけん引した。昨季オフに右
ヒジ遊離軟骨除去手術を回避。今季はシーズン中に悪化すれば送球ができなくなるという「爆弾
」を抱えながら、プレーを続けた。グラウンド外でも選手会の労使交渉に出席し、睡眠時間も減
った。それでも「会長1年目で本当にいろいろ勉強させてもらった」。苦労が多かった分、喜び
は大きい。
・落合監督続投コーチ陣は大幅入れ替えか
中日白井文吾オーナー(76=中日新聞社会長)は1日、就任1年目でリーグ優勝に導いた落合博
満監督(50)に来季も指揮を託す方針を明かした。「最初からそうなっている。心配しなくてい
い」と話した。昨年秋に自ら招へい、3年契約を交わしており、契約通り2年目に入ることが正
式に決まった。ただ球界の慣例では優勝チームのコーチスタッフは全員留任が基本線だが、オレ
流でリーグ制覇した落合中日の2年目のスタッフは大幅に入れ替わる可能性がある。特に中日O
Bのコーチ陣に不満を持っていると見られ、外部からの複数のコーチ招へい作業を水面下で続け
ている。2年目に突入する落合内閣はオレ流色がさらに強まりそうだ。

62日刊スポーツ:2004/10/06(水) 23:16
・「川上憲伸 独占手記」ケンシン的ヘンシン
いても立ってもいられなかった。僕たちはベンチ裏のテレビで見てたんだけど、9回も、10回も
チャンスの時には思わずベンチに入って大声を出したいくらいだった。試合には負けたけど、胴
上げの時は頭が真っ白になった。苦しかった分だけ気持ちいい。最高だよ。今年は野球が面白く
なった。マウンドに行く時、野球を始めたころのようにワクワクした。それは考え方が変わった
から。僕は今まで自分のことで悩んでいた。今は自分のことより相手の心理状態を考えられる。
たとえば1点負けている時、リードしている投手の方が弱気になるもの。だから踏ん張れば勝て
ると思えた。勝負するのが楽しい、打たれても楽しいと思えた。
 苦しみの1年“乗り越えて”見事復活16勝
昨年はまったく光が見えなかった。右肩痛が治った理由は、いまだにわからない。ただ1つ言え
るのは、1日24時間ほとんど肩のことを考えていた。朝6時に突然起きて肩を動かしてみた。寝
ている時も肩のことを考えていた。気功、霊感などあらゆるものに挑戦した。きっかけが欲しか
った。格好いい言い方をすればあきらめずに努力したことによって治させてくれたんじゃないか
な。入団して6年は肩が痛くて満足いく体で投げてなかった。長い回を投げられるようになった
今年は自分がしっかりすれば勝ち星も増えると思っていた。故障に対しても考え方が変わった。
春季キャンプ初日の紅白戦で147キロが出たでしょう。以前の僕なら絶対に自信過剰になって
次のクールで150キロ出そうとして壊れていた。だからあの時は、それ以上スピードを出さな
いと割り切った。スピードガンも気にしなかった。僕はビックリするほど速い球を投げる投手じ
ゃない。そういう考え方ができた時点で故障から自分を守れたと思う。 落合監督には驚かされ
た。実は沖縄キャンプ中の2月6日。ホテルの部屋に監督が訪ねてきた。そこで言われた。「開
幕投手はないぞ。やりたいか?」。僕は「去年ケガしてましたし、任せます」と答えた。それで
開幕3戦目での先発が決まった。監督はマウンドによく来る。あの言葉を聞くと一瞬で気持ちが
晴れる。たとえば1点リードの9回裏一、二塁の場面でマウンドに来たら、こういう言い方をす
る。「二塁走者は返してもいいわけだよ。それで同点だ。つまりヒット2本までは大丈夫ってい
うことだな」。もし何かに後悔していたとしても、あの人は絶対に口にしない。失敗を恐れない
空気をつくってくれた。自分のベストゲームは5月15日の横浜戦(ナゴヤドーム)。本塁打を打
って2―0で完封した。本塁打を打ったからじゃない。あの時は本当に自分の思い通りの投球が
できた。僕が1番嫌いなのは逆球。思い通り投げられていないのに、結果が出ちゃうのが一番腹
が立つ。だからそれがなかったあの試合が印象にある。周囲はMVPと言うけどそれは自分が決
めることじゃない。それより大事なのは日本シリーズ。短期決戦なので相手投手の情報を多く引
き出し、自分たちの情報を与えないようにしないと。今年の優勝は99年と違う。あの時は先輩投
手に引っ張られていた。今だから言うけど、今年は3連戦の初戦とか大事な試合に狙って先発さ
せてもらった。実感が全然違う。絶対にこのチームで日本一になりたい。(中日ドラゴンズ投手)

63日刊スポーツ:2004/10/06(水) 23:16
・信子夫人しみじみ“落合ってすごい”
優勝インタビューを受ける落合監督をブースから眺めながら、信子夫人(60)は高々とボードを
掲げた。『有』『言』『実』『行』。リーグ制覇を成し遂げた夫への最大級の賛辞だった。「何
より頑張った選手のおかげ。でも、選手を信じ、束ねた落合博満って本当にスゴイと改めて思っ
たわ」としみじみと語った。ただ涙はない。「ここで涙は使えない。なぜなら日本一の目標があ
るからね。明日からまた新しいスタートよ!」と優勝直後から早くも“おっかあ”らしい猛ゲキ
を飛ばしていた。
 落合夫妻、泡まみれの抱擁“ありがとう”
待ちに待ったビールかけ。ナゴヤドーム駐車場の特設会場で落合監督は、まずは信子夫人(60)
と喜びを分かち合った。鏡割りを合図に最初は2人でのお祝いだったが、長男・福嗣君(17)の
乱入を合図に選手の攻撃が始まった。まずは谷繁がビールのシャワーを浴びせると、あとはもみ
くちゃ。だが、そのたびに選手に「ありがとう」と声を掛けるなど、最後まで選手の労をねぎら
っていた。結局、約2000本用意されたビールは、約30分で泡となって消えて最後は選手会長
・井端の万歳三唱でお開きとなった。
 歓喜のビールかけの後も落合監督、主力選手はナゴヤドームに残り、テレビ各局のスポーツ番
組に生出演した。NHKが午前0時15分から優勝特別番組を組むなど日付が変わっても、中継用
に設置されたブースに呼ばれた選手たちは、お茶の間に喜びの声を届けた。落合監督は「明日(
2日)は主力は休ませたいと思う」と労をねぎらった。
・白井オーナー宙に舞った
歓喜の輪の中で、白井オーナーが宙に舞った。4度、ナインの手に包まれた感触に「フワッと浮
いてフワッと受け止めてくれた。だいぶ練習したんじゃないか」と苦笑い。異例の胴上げは、落
合監督が今年1月に公約していたものだった。「断っていたし、ブッ壊れたら困るからやめよう
となってたんだけどね。外国人選手に(輪の中に)引っ張られた。『言葉が通じないから引っ張
って来い』という監督のたくらみだったようだ」と胴上げまで“オレ流”の指揮官に、最後まで
苦笑いだった。
・福留も歓喜の輪に…左手にギプス付けダッシュ
グラウンドに立っていることはできなかった。落合監督の胴上げに加わる福留の左手には、ギプ
スがはめられたまま。9月1日阪神戦、死球で左手人さし指骨折。だが今季絶望となった新4番
を仲間たちが歓喜の輪に迎え入れてくれた。「僕は故障した。でもチームが優勝したんだから不
本意ではないよ」。故障で離脱した後も、チームの優勝を強く願った。福留の心意気を物語る出
来事があった。ナゴヤ球場でリハビリ中の9月中旬。落合監督から試合出場は不可能でも1軍ベ
ンチ入りしてはどうかと打診がきた。貢献度を認め、優勝ロードに加えてやりたいという親心。
だが戦力でない自分の代わりに誰かが2軍落ちすることになる―。福留は辞退した。本当は悔し
くて仕方がなかった。「周囲の人の言葉はありがたい。でも事実、途中でケガしたわけだから何
も残らない。それまでも打点だけじゃだめだし、納得いくものはないよ」。リハビリ中には本音
を吐露していた。初めて4番に座ったシーズンで92試合、打率2割7分7厘、23本塁打、81打点
。アテネ五輪では銅メダル獲得に貢献。だが周囲は認めても自分が一番、納得できなかった。
左手のギプスは10月5日にも外れる予定だが、日本シリーズは絶望的。故障に泣いた04年、この
屈辱を不運では片付けない。「今年はいい経験。また自分にも新たなものが見えているよ」。優
勝の喜びに浸りながら福留の目は来季をにらんでいた。

64日刊スポーツ:2004/10/06(水) 23:17
・立浪早くも「日本シリーズ」に向け気合
チームリーダーの立浪が落合監督の次に胴上げされた。「ビックリしました。引退が近いからや
ってくれたのかな、と思いましたよ」とジョーク交じりに笑顔を見せた。ただ、この日は5打数
無安打に終わっただけに、早くも次の目標へ気合十分。「日本シリーズに向けて体調を万全にし
ていきたいですね」と気持ちを切り替えていた。
・中日谷繁
横浜からFA移籍3年目での優勝に谷繁が神妙な表情だ。「監督からいろいろと気を使っていた
だいていたので、何とか頑張ろうという気持ちになりました。このユニホームで優勝することが
できてよかったです。本当に! でも、これからです」。選手では数少ない日本一経験者だけに
、日本シリーズでも大きな力になることは間違いない。
・中日アレックス アレックスが日米制覇を誓った。「アメリカのワールドシリーズ(02年エン
ゼンルス)にも優勝したので、日本でも日本シリーズで勝ちたいね」と言い切った。この日は5
打数1安打ながら、延長11回の守備で“レーザービーム”を披露。石原の中前安打で本塁を突い
た二塁走者・新井を2バウンドストライク送球で見事に刺した。「今日は打撃が湿りがちだった
が、守りでいいプレーを見せられて良かった。負けはしたけどこれが野球だからね」と胸を張った。
・岩瀬、漂う満足感
胴上げ投手は逃がしたが守護神・岩瀬が2イニングを無失点。キッチリ仕事をこなした。出番は
同点の9回。延長10回には2死満塁のピンチを招いたが嶋を空振り三振に斬って取り、珍しく左
のコブシを突き上げるガッツポーズも。「今シーズンは苦しみましたが、監督に見捨てられずず
っと1軍にいれたことが良かった」。満足感を漂わせていた。
・荒木、最高の笑顔
1番打者としてチームをけん引し、優勝に貢献した荒木が最高の笑顔を見せた。「延長11回の守
備につく時に(ヤクルトの敗戦を)聞きました」とゲーム中からウキウキしていたものの、12回
には遊撃内野安打で出塁。初回には中前打を放って先制のホームを踏むなど、落ち着いたプレー
を見せた。「本当は勝って決めたかったけど、優勝は優勝ですから」。チームメートと何度もハ
イタッチを繰り返していた。
・元旦に感じたVの予感/ドラ番日記
ついにこの瞬間がきた。前日はお気に入りのスーツ、ワイシャツ、ネクタイで決めて負けたが、
この日も意地で同じ服を着てきたかいがあった。記者として初めて経験する優勝に一瞬だけ仕事
を忘れた。思えば1月1日元旦の朝から今年は何か違うという予感があった。午前9時、だれも
来ていないだろうと思ってのぞいたナゴヤ球場に選手の姿があった。岡本だった。「監督が代わ
ってみんな必死なんだよ。もちを1つ食って家を飛び出してきたよ」。キャッチボールの相手を
すると、あまりの気迫に手が痛くなった。その後も続々と選手たちが練習しにやって来た。野球
に人生をかける男たちの必死さを感じた。オレ流優勝と言われる中で汗と泥にまみれた主役は選
手たち。戦いはまだ終わらないが、今夜ばかりは勝利の余韻に浸ってほしい。

65日刊スポーツ:2004/10/06(水) 23:17
・オレ流支えた投手力 おめでとうドラゴンズ 山田久志 リードすれば絶対という感じだった
中日ドラゴンズそして落合監督優勝おめでとう。今季は6月ごろまでまれにに見るだんごレース。
6球団とも1度は首位に立ったし、ストなので揺れた終盤を除けばファンにはおもしろいシーズン
になったのではないか。そんな中攻撃よりも守りの野球で1年間を戦い切った。少ないチャンスを
ものにするドラゴンズらしい優勝だったと思う。開幕前は阪神、巨人のマッチレースに中日がど
こまで食い込むかという見方が多かった。だが阪神、巨人とも故障者に悩み期待した新戦力は働
けないなど思うように戦えなかった。中日が勝ち上がったというよりはライバルが落ちていった
という印象が強い。他球団に比べて光っていたのは投手力だ。他球団が中継ぎから抑えまでの投
手を整備できない中、中日には岩瀬、落合、岡本、平井とそろっていた。リードし終盤までくれ
ば絶対という感じだった。対照的に打線がいい横浜、広島が下位に低迷したのは投手力不足が原
因だろう。ヤクルトも先発不足だったが石井、五十嵐と後ろがしっかりしたことで堅実な戦いが
できた。期待通りにいかなかった阪神、巨人と中日はすべて新監督。だが大きなプレッシャーの
かかる岡田、堀内の両監督に比べ落合監督は戦いやすかったと思う。常勝を要求される巨人の指
揮官はもちろん、今季の阪神は昨年優勝しているだけにファンの期待も大きい。岡田監督の重圧
は相当だったと思う。その面では落合監督は最初から自分の思い通りにやれたキャンプからこれ
までの球界の常識にはないようなやり方をしたり、さい配も思い切ったことをやって見せた。そ
れがはまったのはそれだけ選手を把握できたということだろう
(日刊スポーツ評論家・前中日監督)

66オレ竜@めぐりあいドラ編:2004/10/06(水) 23:18
大体フォローできたと思います。それでは。
ノシ

67ドラファンさん:2004/10/06(水) 23:50
乙でした!

68名無し@海外:2004/10/07(木) 01:40
乙です

69ドラファンさん:2004/10/07(木) 22:15
乙カレー

70ナゴヤ球場清掃者:ナゴヤ球場清掃者
ナゴヤ球場清掃者

71オレ竜@めぐりあいドラ編:2004/10/16(土) 22:17
>>70
死ね

72ドラファンさん:2007/06/26(火) 19:10:35
             ∧ ∧
    ∧ ∧イタタタ   [ー。ー]カエリマスヨー
   (;´wwwwwwwo   ヽ
 c(,_U_U      しー-J

              ∧ ∧
    ∧ ∧イタイヨ    [ー。ー]カエリマスッテバ
   (;´vvvvvvvvvvvvo   ヽ
 c(,_U_U       しー-J

                   ∧ ∧
    ∧ ∧            [;ー。ー]ア、アレ?
   (;´〜〜〜〜〜〜〜〜〜o   ヽ
 c(,_U_U           しー-J

                         ∧ ∧
    ∧ ∧               [ ゚д゚ ]!?
   (;´━━━━━━━━━━━o   ヽ
 c(,_U_U                しー-J


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板