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のんびり断酒2

1風にゃん:2025/08/08(金) 12:41:15
2022年8月に開始された本掲示板もおかげ様で1000投稿を超えました。

引き続きまして、のんびり断酒掲示板をよろしくお願いいたします。 m(_ _)m

74風にゃん:2025/11/12(水) 12:53:58

日本人は以前より働かなくなったような気がしますが、それを言ってはおしまいなのかもしれません。
組織全体の効率を高め、個々人の能力を上げていくことが重要なのでしょう。
とは言え、「働かざる者食うべからず」の摂理は、昔より今のほうが当てはまっているのかもしれません。

マルクスさんが想定していた理想の国家像というのは、いかなるものだったのでしょうか。
私のような凡人には、人間すべからく勤勉でなければ成立しない理論のように思えてしまうのですが。
働かされる労働者と搾取する経営者の構図は、古代より解決すべき困難な課題だったのでしょうが、いきなり革命というのも恐ろしき発想かと。

人間たるもの自然体でいられるほど幸せなことはないでしょう。
不満を訴えるも良し、居眠りするのも良し、身体を鍛えるのもまた良し。
人間である以上、生きていられる時間は限られています。

ワンコたるもの自然体でいられるほど幸せなことはないでしょう。
見知らぬ物音に吠えるも良し、昼から熟睡するも良し、散歩を楽しむのもまた良し。
ワンコである以上、生きていられる時間は限られています。

明日はきっと来る、でも必ずではありません。
心配しすぎても、良いことはありません。
未来のことは人間もワンコもわかりません。

さて、飲まないアルコール依存症者の行く末はいかに。

https://i.postimg.cc/vTPLyZLB/he-fengramen.jpg

75風にゃん:2025/11/13(木) 12:59:31

今日もひっそりと元気に断酒を続けております。
アルコールを摂らない毎日は快適なのであります。
楽しく飲んでいる時間と苦しい二日酔いの時間は、どちらも人生の無駄なのでした。

断酒している現在よりも、アルコールに憑依されていた時期の方が、もっと多くの仕事をこなしておりました。
当時、アルコールと無縁だったならば、もっと多くの仕事をこなしていたことでしょう。
私の場合は、アルコールが仕事に対してプラスに働くことはありませんでした。

いつの間にか、向上ではなく、維持を目指すようになったのかもしれません。
それは、きっとよろしくない歩みなのです。
やはり人生たるもの、上に向かって登った方が楽しいに違いありません。

若いころは「人生という山をゆっくり下っていくのも楽しいに違いない」と思っておりましたが、どうも違うようです。
他人と争うのは無益ですが、自分自身と戦うのは意味が大きいのかもしれません。
残された人生をアルコールに邪魔されずに進んでいけることは幸運です。

個人的かつ正直な思いとしては、私の体質が悪いのではなく、アルコールの存在が悪いのです。
自分自身が行った迷惑行為は、100%自分自身に責任があり、アルコールのせいにする気は全くありませんし、償いは必ず果たすべきです。
ただ、アルコールの存在は永久に許すことができませんので、「亡くなった後に棺桶にアルコールを入れた者は呪うなりよ」と遺言を残すことにします。

私がアルコールに負けたのではなく、アルコールが私に勝ったのです。
絶対に勝てる相手ではありませんので、二度とアルコールに負けないためには、決して近づかないことです。
書くと威勢が良いですが、肩に力を入れ過ぎず、まだまだ山を登っていきたいところです。

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76風にゃん:2025/11/14(金) 13:00:00

昨日考えていたことの続きです。
亡くなった後に「もう好きなだけお酒飲んでいいよ」と、家族が棺桶にお酒を入れるドラマのシーンを思い浮かべていたのです。
死ぬまでずっとお酒を我慢していたと思われるのは、心外な訳であります。

自分としては、アルコール問題に関しては昇華して一段階上から対峙していたと思われたい訳ですね。
「あれだけアルコールに溺れて迷惑をかけていた者がよく言うわ」と思われていたとしても、「よく我慢していたね」とは思われたくない気持ちがあります。
へんてこなプライドなのか、アルコールへの嫌悪感なのか、よくわかりませんが。

冷静なる思考によりアルコールとの訣別を決定し、静かに実行し続けて終わったと思われたい訳ですね。
迷惑をかけた人にとっては、加害者であり、決して被害者ではないので、同情を得ようと考えるのは甘いのです。
結局は「いまだ償いが済んでいないではないか」と思われたまま、最期を迎えるのかもしれません。

いずれにせよ、アルコールに未練タラタラのまま残りの人生を歩むのはまっぴら御免でございます。
「アルコールは少量であっても身体に良いことはない」という説が最新ですので、あとはアルコールの悪いところだけをアピールすることができます。
まあ、飲んでいる人に向かって直接言ったり書いたりすることはありませんが。


誰も他国を攻めるとは言っていないのに、様々な意見が飛び交っているようですね。
この手の話題は盛り上がりますが、何も得られるものはないので早く沈静化すると良いですね。
平和が一番です。ってか、そんなことは誰もがわかっていることですが。

威嚇して平和を維持しようとする国もあれば、憲法が平和を守ってくれると信じている国もあります。
みんな違って、みんな良い、ってことで。
さてさて、個人の平和は個人で守るのが良いのでしょうし、それができる国は良い国なのでしょう。

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77風にゃん:2025/11/17(月) 12:58:53

個人が平和であるためには、国家が平和で安定していることが前提となりますよね。
平和に暮らすためには、やはり日本という国家を大事にしなくてはならないような。

現在、近隣の大国がお怒りのご様子ですが、そもそも「具体的に答えるように強要した」党が、「首相の失言」だと大騒ぎしている様子です。
日本国が不安定になることを質疑の源にして、党の勢いをつけようと考える人に国を任せようとはなかなか思えないような。

自分を認めさせたいのであれば、自分の良さをアピールすべきであり、ライバルの悪さを印象づけようとするのは、どこかさもしいような。
本気で日本国を良くしようと思うのであれば、少しでも日本国の立場が悪くなることを心から残念に思うはずなのではないか、と。

まあ、いろいろな考えの人が一つの国に暮らしていますので、あまり対立するのも良くないでしょう。
他人を洗脳しようとするのはよろしくないでしょうけど、SNSを鵜呑みにする人も多いようで、要注意ですね。

オールドメディアと言われるマスコミも、記者クラブのように同じ取材源からの発信ばかりで、各社で違いがないと国民を操作しようとしているように思われるかもしれません。
事実を知ることも容易ではない時代なのかもしれません。

まあ、文句を言うのは簡単ですが、正しいことを言うことはとても難しそうです。
「アルコール依存症者には断酒しかない」それだけは真実でしょう。

https://i.postimg.cc/Ls9hVNh0/horumonramen.jpg

78風にゃん:2025/11/18(火) 12:59:04

個人も国家も隣人つき合いは(時と場合により)大変ですね。
個人の場合、マンションならば引越しという手もありますが、一軒家はそう簡単にはいかないかもしれません。
昔々に比べると、ご近所つき合いも希薄になってきておりますが、町内会という制度はなぜか残っておりますね。

ご近所つきあいでも国家つきあいでも、損得で依存しないほうが良さそうです。
相手がへそを曲げてしまった時に「いくら損をする」とか計算するようでは寂しいような。
まあ、余計なプライドは不要ですし、とは言え、計算づくのへりくだりもよろしくないでしょうね。

職場では、自分に対して快くないことをしてくる人は、その後たいてい他の人と揉め出すことがほとんどです。
当初は自分だけに攻撃してくるように見えても、我慢しておとなしく観察していると本質が見えてきます。
人間というのは争いを避ける本能があるように思いますが、時に性能の悪い魂を持った人がみられます。

国家は個人と異なりますので、舵取りは想像を超えた難しさがあるのでしょう。
現首相は賢そうに見えますので、あえて悪手を指すこともなさそうです。
(と、ついつい期待してしまう)何より安定を求める一市民なのでありました。

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82風にゃん:2025/11/19(水) 13:03:04
ポケットに手を入れてふんぞり返っている隣国さま、ずいぶんな威張りん坊でございます。
今はもう対等な関係ではないのですね。
「日出ずる処の天使」と、我が国に誇りを持っていた聖徳太子を見習いたいところです。

世の中、威張りん坊の人も多いものです。
「触らぬ神に祟りなし」と言いますし、太鼓持ちやら腰巾着となるのもストレスですから、個人的には近づかないのに越したことはないかと考えてしまいます。
(どんな人からでも)話かけられたら、笑顔を見せるのは相手を選びませんが、自分から近づく人は選んでしまうかもです。

日常で「あなたのことは嫌いだ」と態度に出すのは正直ですが、敵を増やすだけかもしれません。
マイナスになることは最小限に済ますことは、生きる知恵なのかもしれません。
とは言え、なま身の人間たるもの、たいして忍耐力なんぞ持ち合わせていないのですが。

ワンコはひたすら正直です。
好き、嫌いを隠すことができません。
気持ちはすべてしっぽが語ってしまいます。

アルコールに浸っている脳は、抑制が効きません。
なので、ブラックアウトするような状況では、隠し事のない本音が飛び出します。
良い本性を持った人間は好かれますし、悪い根性を持った人間は嫌われます。

私はずいぶんと嫌われておりましたので、そういうことだったのでしょうね。
今はアルコールと訣別をいたしまして、そう簡単には隙を見せなくなりました。
ある意味、腹黒くなったとも言えるでしょう。

対人関係は、飲酒時代よりも距離を置くようになったかもしれません。
敵も減りましたが、味方も減ったに違いありません。
味方を増やすには「アルコールを飲むしかない」というのではなく、日頃のおこないが大切でしょう。

この日本が誇りある素敵な国家であり続けることを願っております。
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83くろ:2025/11/20(木) 10:40:16
断酒会でお世話になっていたご夫婦。

 今はご夫婦ともに逝ってしまい、猫が3匹残されています。
 一匹は家主の居ない留守宅。
 もう一匹は、三日に1回くらいで我が家の玄関先に来て、餌をくれと
ニャンニャンと泣いています。

 毎日のようにして留守宅の猫に会いに行っていますが、大体4時ころには
餌をやっています。
 近所の人に言わせれば、3時ころから私の行くのを待っているそうですね。

 餌を食べている最中に私が帰ろうとすると、食べるのを一時止めて、見送り
に外まで出てきます。

 スーパーに行って、いろいろと餌を選別するのも楽しいものですね。
 私の家で飼えたらいいのですが、妻は犬や猫に対しては興味がないようでして、
いたし方がありません。

 可愛いものですね。

84風にゃん:2025/11/20(木) 12:50:16

くろさん、こんにちは。
懐いてくれるとますます可愛いと思いますよね。
見送りに出てくるとは、ずいぶんと礼儀正しいですね。

私も日頃から礼儀正しく振るまいたく、特に朝の挨拶は相手より先にするように心がけております。
唯一苦手なのがお正月あけの挨拶でして、「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」とひと息で噛まずに発声するのは難しいものです。
あらかじめ構えすぎて声を出すと、必ず噛んでしまいます。

挨拶をきちんとするのは、日本人の礼節でしょう。
米国では『Hi』と『See you』の短い単語で済むので気楽です。
どちらかと言うと、礼節よりフレンドリーさが重要そうです。

お辞儀する習慣があるのも、世界の中で日本だけかもしれません。
独特の習慣は面白いので、今後も残っていけば良いかもです。
ワンコは要求がある時に、勝手におすわりしますが、これはワンコなりの礼節なのかもしれません。

常にお互いを尊重する心があれば人間関係も上手くいくのですが、意外と人間というのは難しい生き物なのかもしれませんね。
まずは自己を良い状態に保ち、他人に配慮する余裕を持っていることが大切でしょう。
アルコールなんぞで(度を超えて)脳を完全に麻痺させるなど、対人関係においては最悪の行為なのでございます。

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85くろ:2025/11/21(金) 11:06:18
この頃の妻は認知症状が進んできており、言葉のやり取りでもめることが多くなっていますが、
もう一度改めまして、尊敬の念をもって対応したいと思います。

86風にゃん:2025/11/21(金) 12:59:16

くろさん、こんにちは。
認知症が進んできますと、人間関係もますます大変になってくるのでしょうね。
当事者でないとわからない困難も多いのだと思います。
対応する側も時々心をリセットしなくてはならないかもしれませんね。



お隣の超大国がどういう国であるかは、これまでよくわかっていたはずです。
今さら「ダメージが大きい」とか「深刻な影響が予想される」とか言っているようでは、危機管理能力があまりにもなさすぎるように思えてしまいます。
何も考えずに「何となく上手くいくのではないか」と、漠然と利益を追求してきた観光業や宿泊業に一言申したくなったりもする訳です。

今後は、これまでの経験を踏まえて、現状をよく把握して、将来困らないような依存度に抑えておく必要があるのでしょう。
「儲かるから」と理不尽なお国の人々に期待して計画を立てることはやめたほうが良いような気がします。
この国は、まずは自分たち自身で頑張っていくべきかなと。

争ったり、戦ったりすることは愚かな行為であります。
他人を(必要以上に)意識することなく、こつこつと自分を磨くことが大事です。
いつか分かり合える日も来ることでしょう(来ないかもしれませんが)。

個人の人間関係でも「この人とは一生わかりあえないだろう」という人はいます。
それでも、一定の距離間を保ち、良くも悪くもない関係性を維持することはできます。
良い関係と悪すぎない関係の2種類あれば、まあよろしいのではないかと。

https://i.postimg.cc/9fMfn4Xj/bai-hua.jpg

87風にゃん:2025/11/25(火) 12:59:49

アルコールに溺れていたころは、飲む機会と理由を探すのに必死で、世の中のことを知ろうとする余裕はあまりなかったかもしれません。
日々、飲むことが最優先で、その他のことは二番目以降の優先度でした。
今現在は、状況に応じて最優先のことが臨機応変に変わり、何かただ一つのことが常に一番目に居座るということは無くなりました。

二日酔いで仕事をすることが無くなったのは、常識的に当然のことであり、健康的でもあります。
飲酒時代は、最後の最後まで二日酔いのために仕事を休むことはなく、最後の砦を守り抜くことができました。
断酒を始めなければ、もう時間の問題だったことと思います。

もう全てがギリギリのところで、断酒を開始したと思われます。
連続飲酒となるのも、もう直前だったと思われます。
「もう終わりだ〜」とちゃぶ台をひっくり返してしまったら、アルコール依存症の第二章が始まっていたことでしょう。

アルコール依存症の第二章は厳しかったでしょうね。
そこに至るアルコール依存症の人の数多いことと思います。
深みにはまればはまるほど幾何級数的に抜け出すことは難しくなります。

ということで、静かに断酒を続けて参ります。

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88風にゃん:2025/11/26(水) 13:00:22

国が安定していないと安心して暮らせないことでしょうね。
平和は他の国が保障してくれるものでもなさそうです。

現在、日本は他国に対して大人の対応ができる良き国です。
日本の国民と同様に、日本の国家は外づらが良く、内づらはけっこう情けないのかもしれませんね。

日本という国は、好戦的だった昭和初期に比べると、穏やかになったように思えます(と言っても、昔のことは知らないのですが)。
「自分は反戦の意識が高く平和主義だけど、他の日本人は思慮が浅く悪い方向に進みかねないので、憲法で縛っておかなくちゃ」という考えが護憲派なのでしょうか。

日本の内づらで、野党が騒ぎ立てるのは有益であるとは思えなかったりします。
「日本を良くするために」ということを考えるならば、何かが違うような気がします。

野党が与党になったときに、そのままの姿で移行できなくては詐欺みたいなものでしょうね。
どこが先頭に立っても、短期で終わるのは困ります。

まあ、なるようにしかならないのですが、平和第一で安心安全な国家であってほしいものです。

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89風にゃん:2025/11/27(木) 13:00:07

年齢を重ねてきたことに応じて、怒りの感情が前面に出てくることが少なくなってきました。
怒りだけではなく、喜びや悲しみ等の心の動きも小さくなってしまったような気がします。
若いころは、怒りの感情が(現在よりも)行動に結びついていたと思うのですが、今は損得勘定で動くことが多くなったかもしれません。

怒りを覚える対象に向かうに当たり、着地地点というか落とし所を想定しつつ対応してしまいます。
後先を考えずに突っ走ってしまった若い日々が懐かしくなります。
今は、まず何はともあれ後先ですね。

「ダメなものはダメ」という諦めが、長年の積み重ねにより身についてしまったかもしれません。
怒りの感情は、時にとてつもない推進力の源泉ともなりえますので、ある意味では寂しいものです。
とは言え、自分が自負するほど大人になっている訳でもないようです。

主観はいつまで経っても主観です。
そのくせ、主観の混じらない客観視なんぞ不可能であります。
「それが人間だ」と言うなら、そうなんでしょうね。

人生の終わりは突然やってくるのでしょうが、自分にはまだ想像も覚悟もできておりません。
終活する前に、まだやり残したことも多いように思っております。
断酒さえしていれば、まだ頑張れると考えたいところです。

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91風にゃん:2025/11/28(金) 13:07:37

先日、NHKの『希代の贋作事件』に関する番組を見ました。
日本の美術館が1800万円で購入した絵画が贋作だったとのことです。
専門家である美術館の学芸員でも見破れなかった巧妙な罠が仕掛けられていたようです。

「絵画など芸術の価値というのは、一体何なのだろう」と疑問を持ちました。
本物であれば1800万円の価値があるとしても、見た目でわからなければその価値ってどこから来るのでしょうね。
例えば、ダイアモンドが本物か偽物かは、見た目で区別がつくので問題ないのでしょうが、芸術作品というのは不思議なものです。

芸術的な絵画であったとしても、見てわからない人にとっては、その価値が1800万円であっても1800円であっても意味をなさないでしょう。
誰にも区別がつけられないのならば、偽物は本物であるという結論で良いのでしょう。
ブランド品の模造品はすぐバレてしまうので、本物と偽物の境界は明確となります。

昔々、リパッティのショパン/ピアノ協奏曲第1番のレコードが、実は他のピアニストの演奏だったと判明したことがありました。
その時も、高名な評論家先生の方々は気づかずにおられました。
判明した後に、多く「本人の演奏と間違うほど素晴らしい演奏だった」と論評されておられました。

人間の感性なんて、そんなものなのでしょう。
実質を追い抜いて、どこかで価値だけが一人歩きしていくようです。
カリスマが好きなのも、人間の性なのかもしれません。

本物と偽物がわからない人間にとって、真の価値が見えることはありません。
偉い人が良いと言ったら良いのでしょうし、悪いと言ったら悪いと思うしかありません。
「人間とはいかに面白い存在なのだろう」とふと思う訳です。

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92風にゃん:2025/12/01(月) 12:58:52

気づけばもう12月で、今年もあと少しで終わりですね。
どちらかと言うと、あまり変わり映えのしない1年だったかもしれません。
ワンコの寿命は人間の5分の1くらいなので、ワンコにとってこの1年は人間の5年分だった訳ですが。

もともと1年の計画を立てて進んでいくようなタイプではなく、その場の思いつきで方向を決めていきたいほうでしたので、それほど区切りを大切に思うことはありませんでした。
それでも、残りの人生で何をできるのか考えておいたほうが良いのかもしれません。
人生は無限ではなく、有限であることを強く意識したほうがお得かもです。

無意識でいるとこのまま無限に人生が続くような感覚となります。
それはそれでそういうものなのでしょう。
若いころに読んだ(難しくてよくわからなかった)小林秀雄の『モオツァルト』を再び読んでみたくなりました。

断酒により得ることのできた残りの人生は大切にしたほうが良いでしょうね。

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93風にゃん:2025/12/02(火) 12:59:26

アルコールとは長らく縁が切れておりますが、いまだ断酒掲示板を続けております。
もう新たに書くことも思い浮かばないのですが、無理やり関連づけた事などを書き続けております。
『断酒イコール人生』なので、人生を語り尽くすまで断酒掲示板を続けてみても良いのかもしれません。

アルコールにまみれていた過去は、まだまだ記憶に残っているので、反省しようと思えばいくらでも反省ができます。
そんな書き方をするようでは、まだまだ反省が足りない証拠となってしまいますが、時間と共に反省の念が薄くなっているかもしれません。
まあ、アルコール以外にも反省すべきことは多々あるとも言えます。

他人からは褒めてもらった方が嬉しいですが、自分には厳しくあった方が良いかもしれません。
浮かれていても、あまり良い結果は生まれないような気がします。
(私のような怠け者の場合)自分が自分を褒めるのは、最期の一瞬で良いのかもしれません。

人生の途中で「自分で自分を褒めたい」気持ちになれるほど頑張った人は、次にまた違う景色を見られることでしょう。
もしかすると、私も今後そんな気持ちになれるほど頑張る契機が訪れるかもしれませんが、たぶん無いでしょうね。
のんびり生きようとしている人間ですし、もしかするとちょっと減速するのが早かったかもですが。

『人生が二度あれば』
私の場合は、きっと同じような人生になってしまうことでしょうか。
二度目の人生はアルコールと無縁でありたい、それだけ。

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94風にゃん:2025/12/03(水) 12:57:45

「日本人よ、どんどん働いて、じゃんじゃん税金を納めて、豊かで強い国にしよう」という意見を聞くことはないようです。
「税金を払わなくて済む壁を上げて、1円たりとも払わないようにする」意見は正当化されるようです。
働けば働くほど、税の負担が増え、国を支える底力になる訳ですが、それは褒められることではないようです。

弱者が有利となる仕組みは悪くないのでしょうが、国の発展に結びつく方向性があった方が良い気もします。
根本には「資本家が労働者から搾取している」という考え方があるのでしょうか。
たしかに、資本主義には必ずそのような側面が伴うものと思います。

日本人はそんなに怠け者ではないと信じておりますが、制度が悪いのでしょうか。
個人から所得税を召し上げるよりは、給与に応じた額を雇い主から徴収した方が良いような気もしますが、私は政治と経済に関してはちんぷんかんぷんでございます。
いずれにせよ、恐ろしき隣国に胸を張っていられるくらい、豊かな国であってほしいものです。

大東亜戦争は間違っていたのでしょうが、あの江戸時代から一気に改革した日本人は偉いものだと感心してしまいます。
日本はもう二度と戦争をしないと心より信じておりますので、そのためにも余裕のある状況を維持していてほしいものです。
めっちゃ国債発行して、借金まみれにしていては、先行き暗いような気もします。

アルコール依存症であっても、断酒が続いていると、いろいろと考えごとはするものです。

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95風にゃん:2025/12/04(木) 12:56:27

アルコール依存症は間違いなく一生続きますが、断酒が一生続く保証はありません。
時々過去を振り返って、コツコツと断酒を続けるしかないのでしょう。
アルコールにまつわる思い出というのは、楽しいことより情けないことの方が圧倒的に多いのは、『アル症あるある』なのかもしれません。
再飲酒するかどうかは本人にしかわかりません、というか本人ならわかるはず。

飲みたい気持ちと飲む覚悟があれば、再飲酒は可能になります。
全てを知り、理解した上で、今から再飲酒するのは、けっこうな覚悟が必要な気もします。
アルコール拒否への気持ちもありますし、飲んだらどうなるかを考えただけでガクガクブルブルです。

アルコールの憑依が消えてから思うには、あえて脳の働きを麻痺させる意味がわかりません。
アルコール漬けになった脳では、まさにアルコールに支配されているとは思いもよらなかったのです。
当時は、むしろアルコールをコントロールしているとすら思っていたかもしれません(どこまでも飲めるぞって)。

さてさて、まだまだ頑張るのです。
「何を」って、いろいろなことを。
アルコール抜きで。

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96風にゃん:2025/12/05(金) 12:51:44

私自身がアルコール依存症であることを認めることには心的な抵抗はありません。
アルコール依存症が誇れる病気ではないことは薄々気づいておりますので、普段あまり大きな声で宣伝することはありません。

そういう意味では、ある程度匿名性を保つことができるインターネットは気楽とも言えます。
もしも実名で書かなければならないのであれば、このような断酒掲示板を始めることはなかったと思われます。

アルコール依存症をライフワークとして考えているならば、また違ったのですが、私自身のライフワークは別のところにあります。
アルコール依存症を語ることは、どちらかというと『趣味』に近いのかと思います。

断酒を続けることは、生きていくための絶対条件なのですが、断酒それ自体は生きるための目的そのものではないか、と。
断酒は難しい面もあり、そこに興味が惹かれますが、興味だけで終われる問題ではなく、『趣味』なんて言っても実際には人生がかかっております。

人生のかかった『趣味』なんて、なかなか無いでしょうから、それはそれで探求する意義もあるというものです。
自分自身が対象なので、ほかに応用できないところが、役立たずではあります。

100人アルコール依存症者がいれば、100通りの断酒があることでしょうから、それはそれで良いのでしょう。
これからも胸を張って、断酒を続けていきたいものです。

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97くろ:2025/12/08(月) 15:07:54
 断酒会を去ってから10年近くなるのですが、毎晩のようにして
体験談を語っている夢を見続けております。

 打ち込み過ぎていたようです。

 まあ、夢を見ている間は「再飲酒」も無いのでしょうね。」

98風にゃん:2025/12/09(火) 12:42:23

くろさん、こんにちは。
体験談を語っている断酒会が、夢の中でも続いているというのは、断酒への思いが変わっていないということなんでしょうね。
私自身は、断酒掲示板を書いている夢を見たことがないので、抑止力の違いにあらわれているかもしれません。

何となくですが、断酒掲示板を続けている時間が長ければ、それだけ抑止力が高まるということもなさそうです。
何もしないよりは少しマシかもしれません。
断酒のことを考えるのは嫌いではないのですが、断酒掲示板は断酒を続ける目的だけではなくなってきたかもしれません。

平日の日課に近くなってきておりまして、昼休みに書かないと落ち着かなくなってきたのかもしれません。
帰宅後はワンコと過ごしていて、頭が断酒に回ることがあまりないかもしれません。
昼休みだけの断酒掲示板であっても、もう少し続けていたら、違う景色が見えてくるのでしょうか。

https://i.postimg.cc/k4rHkRsr/shukurimu2.jpg

99風にゃん:2025/12/10(水) 12:59:28

アルコール依存症における『依存性』というのは、想像を超えた力があります。
飲んでいる間は、他人でも自分でも人間の力で止めることはほぼ不可能です。
止められない飲酒を止めるには、人智を超えた『higher power』が関与しなければ不可能なのかもしれません。

『higher power』は本場アメリカでは、宗教的な意味を持っているのでしょうか。
裁判などにおける宣誓も『god』という言葉が出てくるようですし、個人を取り巻いている環境が日本とは異なっているのでしょう。
私は無宗教なので、私個人の想定する『higher power』は『運』とか『偶然』に近いのかもしれません。

これまでの断酒継続で一番の抑止力になったのは、断酒掲示板でも過去への反省でもなく、自分自身の中にある『恥』の記憶なのだと思います。
私個人の人生で最大の『恥』だったのです。
それは、今でも心に深く深く刻みこまれております。

再飲酒して、また同じ『恥』を体験するかと思うと、とても飲む気にはなれません。
それは人間として生きていく上での、最低限の『誇り』なのかもしれません。
ある意味、飲んでいた頃の自分は人間以下だったということになります。

アルコールによる『認知の歪み』もまた(違う意味で)人智を超えたものがあります。
飲んだ上での数々の最低な行為を、当時は歪んだ脳内で問題なしと置き換えていたのです。
今はアルコールの抜けた脳で、しっかりと過去を反省し、償うべきは償うべきと認識しております。

アルコール依存症にはなるものではないですね。
それもまた運命なので、嘆いても仕方ありません。
残りの人生、前向きに進んでいきたいものです。

https://i.postimg.cc/T2ksypxN/xueta-ruma-dian-shi.jpg

100くろ:2025/12/11(木) 10:33:54
 上記の文章に共感いたします。

101風にゃん:2025/12/11(木) 12:51:41

くろさん、こんにちは。
いつもありがとうございます。

断酒は続いておりますが、それだけで人生が順調に進む訳ではありません。
それでも、断酒していなければ生活も生命も既に失っていたことは明らかですので、断酒が一番重要なのは間違いありません。
今あらためて自分自身に問うているのは「断酒した上で、さらに何ができるのか」というところかもしれません。

私自身元よりあまり深刻に考えずに日々を過ごしてしまう『怠け者』でしたので、もしかすると少し成長しているのかもしれません。
まあ、というよりは、人生の残り時間を考えるようになって、焦ってきたのかもしれません。
無宗教でありますし「死んだら土に帰るだけ」と考えておりますが、それゆえに残された時間を大切に思うようになったのかもしれません。

jetlinksさんの「もうひと花咲かせたい」という言葉が強く頭に残っておりまして、その影響も大きいかもしれません。
『goo blog』が終了いたしまして、もう読むことは叶わなくなりました。
ここ1-2年の間にいろいろ考えることがあったかもしれません。

残された人生できる範囲で有意義に過ごしてゆきたいものです。

https://i.postimg.cc/8z1wrhqJ/tsuri-dian-shi.jpg

102くろ:2025/12/13(土) 11:45:25
 妻の火傷からくる痛みが、やっと終焉を迎えたようですね。
 2月からの10ケ月間あまり、運転手役を務めてまいりました。

 お酒により迷惑をかけ続けた事実に、少しだけは罪滅ぼしが出来たかな。

 認知症治療のレカネマブ点滴も36分の28が終わりました。
 あと残るは8階です。
 幸いな事には、治療を受けている本人は、その回数が記憶に残っておらず、
常に1回目の対応で、私としては可哀そうな心の痛みが和らいでいます。
 認知症に感謝する事例です。

 平均寿命まで残すところは、あと3年となってきました。
 41歳で酒を断っている分には、少しばかりの延命期間があるのかもしれません。

 それでも心の中は平安が保たれています。
 これも断酒のお陰でしょうかね。

 断・捨・離もほぼ終えまして、人生最後の締めの段階に入り、妻の治療を
完結させたいものです。

103風にゃん:2025/12/15(月) 21:05:22

くろさん、こんばんは。
奥さまの火傷治療の経過が順調で良かったですね。
大学病院まで行くことになり、ずいぶんと時間がかかり、大変だったことと思います。
レカネマブがこの先の進行を止めてくれれば良いのですが、それでも日常的にいろいろと難しい面が出てくるかもしれないのでしょうね。

やはり断酒が継続されているおかげで、落ち着いた心持ちになれるのでしょうね。
飲んでいるのと飲まないでいるのでは、本当に天と地の差がありそうです。
しっかりした人生設計のもとで日々過ごされているのは、素晴らしいことだと思います。


私も過去を振り返ることの多い年齢となってきました。
「人生はゴールに向かって全速力で走って、目標を達成した後、最後はウイニング・ランとしてゆっくり減速していくのが理想かな」と、若いころは考えていたような気がします。
実際には、途中で息切れしてしまったような感じで、まだゴールにも達しておりません。

これは、アルコールの問題というよりは、むしろ個人の資質の問題のようです。
アルコールのために人生の途中で廻り道をしてしまいましたが、なんとか元の道に戻ることができたと思います。
無駄にした年月は10年間までは至らず、完全な廻り道をしていたのは実際には2-3年間くらいかもしれません。

確信を持って進んで来れなかった人生ですが、まあそれなりに自分らしく生きてきたような気もします。
自分の人生は自分しか評価できないものでしょうし、比較する意味なんてないようにも思えます。
とは言え、まだまだこの先に何があるかわかりません。

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104風にゃん:2025/12/16(火) 12:46:52

私自身の人生の評価は、採点官である私自身の採点基準により良くも悪くもなるものです。
客観的評価というよりは、全くもって主観的評価なのであります。

アルコール問題による減点は大きいのです。
それは私個人の問題に留まらずに、私個人以外の人に多くの迷惑をかけたからです。

それでも、今は止まるよりも、歩くスピードを上げた方が良いのかもしれません。
できることならば、走り出したほうが良いのかもしれません。

アルコールにより無駄にした時間は取り戻すことができません。
とは言え、焦ってみても、欲張ってしまっても、逆効果であることは既に体験済みであります。

「年齢を重ねるうちに、いつの間にか落ち着き過ぎてしまったかもしれない」と、最近ふと思うのです。
何もしなければ何もないのが人生なのであります。

書くことは簡単ですが、行うことは容易ではありません。
『virtual』と『real』の違いですね。

人生はvirtualではないので、難しいのです。
そんなこと当然ですが。

ということで、いま一度がんばって参りましょう。

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105風にゃん:2025/12/17(水) 12:56:49

人生、人生と大袈裟な言い回しをしてしまいがちな今日この頃ですが、人生などと仰々しく言っても実際は小さな日常の積み重ねに過ぎません。
アルコール依存症の問題も、小さな(時に大きな)迷惑の積み重ねでありまして、塵が積もって本当に山になってしまったものです。
心のどこかに自分を許せない自分がいて、何か語りたい気持ちとなっていたりします。

完璧主義とは無縁の日常を送っておりますので、人生もまた完璧主義とは無縁であります。
もともと白黒をはっきりしたい性格でもないので、アルコール依存症に多いと言われるタイプではなさそうな気がします。
基本は怠け者なので、帰宅後にソファーで横になっている時間が一番の幸せで、犬が横にくっついてくると最高に幸せを感じます。

ノートパソコンが一番便利なのは、寝転がって使えるところと思っております。
回転系のハードディスクには良くない使い方なので、それで何台もダメにしてしまったのですが、今はSSDなので安定した寝転び生活を送っております。
最近はアルコール依存症の情報収集をすることも少なくなっていて、話題がなくて断酒掲示板として良くないかもしれません。

まあまあ辛いもの好きで、メニューの中で辛さを選べる時は一番辛いものを頼みます。
甘いものも好きで、アルコールに溺れていた時でさえ、甘いものを欲しておりました。
酸っぱいのは大の苦手で、世の中からレモンが消えても困りません。

アルコール依存症の自覚は断酒の直前まで無く、もう抜け出せなくなってしまった感覚があったにもかかわらず、「まだ大丈夫」と言い聞かせておりました。
何となくアルコールの蟻地獄の奥が見えてきたような恐怖もあったのですが、一杯飲めば忘れられました。
軽い酔いの中で、「この日常の先に太陽は輝いていない」とわかり始めていたような気がします。

休肝日がアルコール依存症の防止にならないことを知りました。
アルコール依存症の素質がなければ、休肝日は防波堤になることでしょう。
私は本物のアルコール依存症であり、生まれつきその素質を持っていることを、自分自身は確信しております。

人生が流れていくベルトコンベアーではつまらないでしょうね。
その上で止まっていても、死に向かって流れてゆくだけです。
もうひと花咲かせないといけません。

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106風にゃん:2025/12/18(木) 12:56:32

現在、日々の生活は落ち着いております。
もう来週はクリスマスなんですね。
意識しないままに時間が過ぎてゆきます。

「もう少し一日の時間を大切にしなくちゃいけない」と思います。
思うだけで時間は過ぎてゆきます。
そういうものかもしれません。

アルコール依存症のクリスマス。
飲んでいるクリスマスは自分も家族も最悪です。
飲む理由としては最高ですが、最低の結果が待っています。

アルコールのないハッピーなクリスマスを。

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107風にゃん:2025/12/19(金) 12:36:57

小学生の時の通知表に「協調性がない」という欄に○がついていた記憶が残っております。
自覚が全くなく、なぜ担任の先生にそのように思われていたのか、不思議に感じておりました。
今でも自分がどのような行動をとっていたのか、はっきりと覚えておりません。

思春期のころに自分が人見知りであることに気づきましたが、小学生の時はそれほどでもなかったような気がします。
自分自身の過去については、良い思い出に置き換えられているようでして、実際に関しては闇の中です。
人見知りは現在でもそのままです。

私の場合、人見知りの本態は強い『警戒心』にあるようです。
人間嫌いではないのですが、『不安』が先に立ってしまいがちです。
若いころはぎこちない表情に出ていたようですが、年齢とともにあまり顔に出なくなってきたような気もします。

今でも出会った人とすぐに仲良くなれるタイプではありません。
悪い印象を持たれないように、仕事場では笑顔を前面に出すように努めております。
朝の挨拶は、誰に対しても必ず自分からするように心がけております。

たぶん本質的に「協調性」がないのは、現在でも小学生の時と変わらないのだと思います。
それがそのまま外に出ているようでしたら、成長していないのでしょうね。
通知表がないので、現段階での評価がどうなのかはわかりませんが。

これまで、自分自身の個性を依存症と結びつけて考えることはありませんでした。
(真偽は別として)主観的思いでは、私は自分が(よく話題に出てくる)依存症体質であるとは考えておりません。
それでも、(残念なことですが)アルコール依存症であることには間違いありません。

先週末の休日にクリスマスランチに出かけました。
1年ぶりのA級グルメでした。

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108風にゃん:2025/12/22(月) 12:59:56

私自身に『依存症体質』があるとは自覚してません。
『アルコール依存症』以外に、他の依存症はこれまでみられておりません。
アルコールに出会いさえしなければ、『アルコール依存症』にならずに済んだのですが、アルコールとの運命の出会いがありました。

『アルコール依存症』になりやすい性格や環境はあるのでしょうし、正確な自己分析は役に立つことでしょう。
とは言え、『主観』と『正確性』はなかなか相容れぬところかもしれません。
自分のことを良く思いたいのは、本能的な働きかもしれません。

『自己啓発』的な書籍には興味がありません。
胡散くさく感じてしまい、敬遠してしまいます。
他人を啓蒙したくなる人間は要注意です。

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109風にゃん:2025/12/23(火) 13:00:07

アルコール依存症者にとっては危険なシーズンとなってまいりました。
クリスマス、大晦日、お正月、もう「飲んでください」という場面だらけです。
機会飲酒時代は本当に楽しい時期でしたが、だいたい三が日になると二日酔いで倒れておりましたね。

仕事始めでお酒が抜けて復調して、そしてまた新年会で大暴れでした。
もう遠い昔のことになりますが、年末年始は潰れるためにあったような気がします。
習慣飲酒時代になると、オンオフの違いがあまりはっきりせず、一年中どこを切り取っても飲んでおりました。

飲まないクリスマスと飲まないお正月は、今では当たり前のこととなりました。
親戚の集まりも特にないので、他人の飲酒を見る機会もありませんし、というか、よく考えると近い親戚に大酒呑みはいないような。
なぜ、自分だけがアルコールに沈んだのか、不思議と言えば不思議なものです。

いつも書いてしまうのですが、一年の始めであってもその一年の目標を立てたことがありません。
幼いことから自分を縛ることが嫌いだったようで、この歳になっても変わることがありません。
努力は苦手で、望みは高く、何事も運まかせで、今さら文句を言える人生でもなさそうです。

それでも、なんかよくわかりませんがこれまでまあまあ頑張ってきたような気もします。
他と比較することもできませんので、自己満足しようとすればそれも可能で、他方でダメなところを反省することも必要かもですね。
のんびりなんて言っていないで、深く考えるのも、時には必要かもしれません。

自分には甘く、他人には優しく。
時には自分に厳しくも、他人には優しく。
無理しないのが大切。

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110風にゃん:2025/12/24(水) 13:16:40

なんだかんだで、クリスマス・イブなのでございます。
そして、今年もあと1週間で終わるのですね。
今晩はワンコたちと聖なる夜を祝うことにいたしましょう(無宗教ですが)。

『水曜日のダウンタウン』をついつい見てしまうのですが、今日は『名探偵津田』第4弾の後編なんですね。
どうでも良い番組と思いたいのですが、なぜか毎週密かに楽しみにしているのかもしれません。
自宅では脱力していて、何も考えたくない気分になりがちです。

という訳で、特別感のないクリスマスと年末年始が今年もまたやってまいりました。

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111風にゃん:2025/12/25(木) 12:59:34

昨夜、ワンコはクリスマス・イブであることは置いといて、いつもより良いお肉をもらえて喜んでおりました。
私も「毎日がクリスマスなら良いのに」と、子どもの頃は考えておりました。
アイスのホールケーキを独り占めするのが、幼少期の夢でした(叶うことはありませんでした)。

場合によっては、夢なんぞ叶わないほうが良いのかもしれません。
夢を追い求めているほうが、人間幸せかもです。
どこまで行っても、人間は満足することがないのかもしれません。

努力は報われたほうが良いに決まっておりますが、自力でたどり着ける夢、他の助けがないと叶わない夢、遠すぎてあまり良く見えないほどの壮大な夢・・・夢にもいろいろありそうです。
もしかしたら、コツコツと小さな夢を一つずつ達成して、次の新たな夢に向かって進んでいったほうが良いのかもしれません(私はそういうタイプではありませんが)。

眠っている時の夢、最近はひどい内容ばかりです。
頭の中の回路が悪い思い出の中をグルグルと回っているような。
もしかすると、防衛反応の一種なのかもしれませんが、よくわかりません。

夢を見るというのは、良く眠っているということでもあります。
最近、あまり寝不足になることはありません。
以前は、何かに夢中になって、夜更かしすることも多かったのですが。

若くありたいのなら、夢は持っていたほうが良いのかもしれません。
まだまだ若いもんには負けんぞ、ってことで。

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112風にゃん:2025/12/26(金) 12:57:35

クリスマスのイメージというのは、一般的には華やかなイルミネーション等となることでしょうが、個人的にすぐ思い浮かぶのは『マッチ売りの少女』かもしれません。
クリスマスで思い浮かぶ音楽は、シューマンの『クライスレリアーナ』の第6曲目だったりします。

そんなクリスマスも終わりまして、今年も残りあとわずかです。
年末までやり残したことだらけで、心の整理もせずに来年に突入していくことでしょうが、まあ、例年そんな感じです。

アルコールのない年末年始は、今では普通です。
飲みたくなる気持ちにもならずに、静かに過ごすことができます。

来年は令和8年で、2026年ですね。
私は奇数より偶数のほうが好きです。
まあ、どうでも良いですね。

ワンコと過ごすお正月は6回目となります。
それが一番の癒しであり、楽しみかもですね。

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113くろ:2025/12/26(金) 14:11:38
ご無沙汰していました。

 本日、10か月をかけて低温火傷と静脈瘤との治療が終わりました。
 長かったなあ。

 お酒を飲んでいないと、随分と気長に治療に付き合えたものです。

 後は残すところ、来年7回の点滴治療で36回が終了いたしま。
 キリが付いたら、一度旅行にでも行きたいものですね。

114風にゃん:2025/12/29(月) 12:56:34

くろさん、こんにちは。
奥さまの低温火傷の治療、本当にお疲れさまでした。
断酒していたとしても、大変だったことと思います。
落ち着いたところで、旅行に行くのってとても良いかもしれませんね。


最近、『マッチ売りの少女』が私にとっての『クリスマス』のイメージと書きましたが、ちょっと調べたところ、アンデルセンの原作では『大晦日』の設定なのですね。
どこかで記憶が交錯していたようです。

シューマンの『クライスレリアーナ』の第6曲には『きよしこの夜』の「すくいのみ子は」の歌詞の部分が流れてきます。
これを聴くと、いつも『マッチ売りの少女』が思い浮かんでしまいまして、セットで頭にインプットされてしまっております。

『夕焼け小焼け』はシューマンの『序奏と協奏的アレグロ』からの旋律ですし、『雪の降る町を』はショパンの『幻想曲』に同じメロディーがあります。
著作権の及ばない時代ですので問題はないですし、そもそもベートーヴェンからはバッハやモーツァルトからのパクリ旋律が多く聞こえてきます。

恐ろしいことに、あと3日で今年も終わってしまいます。
時を止めることができるなら、止めてしまいたいところです。
最近、あまりにも時が速く経過しすぎるのです。

二度と元に戻らない時間ですので、これまでよりさらに充実した時間を過ごせるようにしていきたいものです。

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115くろ:2025/12/30(火) 10:20:45
 大変な1年間でした。

 あと二日。

 何とかやりくりして乗りきろう。

116くろ:2025/12/31(水) 11:23:27
 今年1年間、どうもありがとうございました。

 来年もとどうかよろしくお願いいたします。
 よいお年をお迎えください。

117風にゃん:2025/12/31(水) 18:45:38

くろさん、こんばんは。
こちらこそ、この1年間大変お世話になりました。
定期的に書きこんでいただきまして、掲示板を続ける上でモチベーションの源となりました。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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118風にゃん:2026/01/01(木) 00:00:01

明けましておめでとうございます。

今年もアルコールと決別した1年を過ごせますように。

よろしくお願いいたします。

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119くろ:2026/01/04(日) 11:08:56
 新年あけましておめでとうございます。

 正月早々に、泥酔状態の兄の夢を見てしまいました。
 今年最初の警告として、よく注意をしながら新しい年も酒と
取り組んでいこうと思います。

 毎日のようにして餌を与えている近所の猫には癒されますね。

120風にゃん:2026/01/05(月) 12:57:18

くろさん、こんにちは。
今年もよろしくお願いいたします。
アルコールに関しては、注意しても注意し過ぎということはないのでしょう。
地域ネコちゃんは毎日くろさんが来るのを楽しみに待っているのでしょうね。

2026年が始まりました。
今年は何が起きるのでしょうか。
人類は少しずつ進歩していくのでしょうか。

私は輝いていくのでしょうか、枯れていくのでしょうか。
ワンコはもっと賢くなっていくでしょうか。
空はより青く見えてくるでしょうか。

関わった人はみな幸せになっていただきたいものです。

https://i.postimg.cc/TYjhmG3M/xue-shangnorisu.jpg

121てつ:2026/01/05(月) 20:21:37
明けましておめでとうございます。
 皆さまのご多幸を心よりお祈り申し上げます。

昨年、年賀状終いの賀状を宛名リストの全員に送らせて頂いたのですが、
2人の方から年賀状を頂いてしまいました。

頂いた以上、賀状は出そうとは思っておりますが、
なんて書こうか悩んでおります。

今年も断捨離やダウンサイジングを継続し、
身軽になりたい思っております。

皆さまも元気にお過ごし下さい。

今日も一日断酒!

122てつ:2026/01/06(火) 11:14:16
くろさん、大丈夫ですか?
無事を祈っております。

123風にゃん:2026/01/06(火) 12:59:26

てつさん、こんにちは。
身の回りを軽くすることも大切そうですね。
アルコールと縁のない一年を過ごしたいところです。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

くろさんのお住まいの近くで地震があったのですね。
被害の無いことを祈っております。



本格的に寒い冬の季節となっております。
夜中はワンコも丸まってネコのように眠っております。
野生の動物は、雪にも負けずに生き続けております。

心の中も冷えびえとなってしまいそうですが、せめて凍りつくことのないようにしたいものです。
昔々は「カラダの中から温めるのだ」と言っては、アルコールをせっせと摂取いたような記憶もありますが、途中で止められない飲酒は不幸の始まりでしかありませんでしたね。

日本酒の強い匂いは苦手でしたので、熱燗はほとんど飲まなかったです。
純米大吟醸の冷酒は好みでしたが、また飲みたいと思うほどの気持ちにはならないものです。

先日、NHKで高価なロマネコンティを開けるところを紹介する番組をやっておりましたが、それはちょっと気になりました。
自分には遥かに手の届かない価格でしたので、「飲んでみたい」とはならないものです。

アルコールと既に完全決別した気持ちは定着してきているので、断酒の心に揺らぎはないと自分を信じたいところです。
とは言え、油断は禁物ということで、気を引き締めて参りたいと思います。

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