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能力者が闘うスレin避難所 Act.7

297【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/26(火) 13:00:23 ID:tTPsCGFw
>>294-296


 その、莫迦げた事象にハイルは小さく呟いた。

「──凄いな、これほどか」

 影の刃が消え失せていく。
 必殺の一撃を無に帰す程の魔力操作。
 奪われた魔力は、小さな星へと流れ込んでいく。
 まさしく魔法。まさしく奇跡。非情なまでの夢幻がそこに実在した。
 じりじりと焼け付くような膨大なエネルギーの塊は、ハイル達の身の危険をも物語っている。
 そこに宿る破壊を肌で感じ取り、アイテールは叫ぶ。

「〜〜〜ッッッ! “これ”は無理だッ! 僕達も巻き込まれるぞ!」

 絶対防御を誇る彼の障壁でも、その魔法を防ぐことは出来ない。
 完全に発動する前から分かる圧倒的な破壊力に、アイテールは半ば恐慌状態に近かった。
 否、アイテールだけではない。ヘメラも、エレボスも、突如として迫る危険に動揺を隠せないでいた。
 そんな中で、カロンとハイルだけが平静に構えていた。

「カロン、準備は出来ているか?」

 ハイルは煙草をふかして、上空の星を見る。
 脳内に語りかけてくるゼオルマの言葉が正しければ、それは小規模な超新星爆発の前兆だという。
 巻き込まれれば、文字通り塵も残らないだろう。
 だというのに、ハイルはそれを悠然と見つめて言った。

「お前達、落ち着け。
 アイテールは障壁を維持、ヘメラとエレボスはカロンに魔力を渡すんだ」

 そんなハイルの横で、カロンは手の平に魔力を集中していた。
 ゼオルマという規格外や、ヘメラやニュクスといった化け物とは比べ物にはならないが、
 そこに集まる魔力は多量であり、それに、安定していた。
 超新星の吸引にも揺らがない、完全な球形の魔力。
 無論、超新星から離れているし、アイテールの障壁の内側であるというのも関係しているだろう。
 だが、それでも異常な程に精密な魔力操作によって、その魔力球は形成されていた。

「よォ、何か手はあんのか?」

 エレボスの問いに、ハイルは首を竦める。
 そこにはうっすらと笑みが浮かんでおり、余裕の表情に見えた。
 あるいは、諦観だったのかもしれない。
 ハイルは紫煙を燻らせて言った。

「──それは、下で寝ている妹次第だな」

 彼らの遥か下方で、アリサは倒れ伏していた。
 電撃に貫かれた体はまったく動かない。
 意識は毎秒おきに寸断され、視界は明滅している。
 だが、ゼオルマの声は聞こえる。
 脳内に響く声が、倒れる直前の光景が、現実をアリサに突きつける。
 自分は彼女の影と踊っていただけなのだと。
 最後の一撃は届かなかった──このまま、死を待つだけだのだと思っていた。
 だが、仲間から共有される記憶が、より確かな現状とハイルの計画を伝える。

「立た、ない……と……」

 だが、動かない。手も足も感覚がない。
 アリサは枯渇しかけた魔力を練り上げて、自分の影を手の形に形成し、それによって無理やり体を起こす。
 それは立っているというより、吊り下げられているような状態だった。
 それでもやらなければならない。
 仲間が諦めていないのならば、自分を必要だというのであれば、
 それに応えないというのは“間違っている”のだから。

「力を貸して……ニュクス……」

 眼前にタロットカードを顕現させる。
 彼女の、もうひとりの自分の力が必要だった。
 だが、タロットカードに手を伸ばそうとして、腕が上がらない事に気付く。
 ゼオルマの一撃はそれほどまでにアリサの肉体を蝕んでおり、もはや、魔力を使って無理やり体を立たせるのが限界であった。


// 続きます

298【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/26(火) 13:01:39 ID:tTPsCGFw

>>297の続き



 視界はかすれ、血の匂いだけが鼻に残り、耳鳴りが聴覚を支配している。
 だから、それはきっと幻聴だったのだろう──なんて、後からそんな言い訳をしようと考えるハイルの思考が聞こえてきて。

 ──世話の焼ける妹だな。

 そんな、呆れたような言葉の記憶と共に、不可視の衝撃がタロットカードを撃ち抜いた。
 オメガニウムの波長を撃ち出すだけの、弾丸のない拳銃。
 上空から発射されたそのエネルギーがタロットカードを揺らし、ニュクスの力を引き起こす。
 即座に闇の魔力で自身を支える影を固定し、アリサは小さく呟いた。

「アイテール、自分の力を信じて。
 絶対に防ぎ切ってみせる。僕の力は本物で、何にだって侵される事のない城壁だって」

 それは奇しくも、ゼオルマがアイテールに語りかけたのとまったく同時だった。
 ……アイテールは怖がりだ。恐怖と不安にかられて、他の人格と距離を置こうとしていたほどに。
 だから、この状況で彼の心は恐怖に支配されている。無理だと叫び、逃げ出したいと思っている。
 それでも、だからこそ、今こそ思い出すべきだ。

「アイテール、僕達は最強だ」

 ハイルの言葉に、全員が思い出す。
 彼らは多くの組織に身を置き、多くの化け物と戦い続け、
 そして、純粋な戦闘において、今の今まで負けたことは一度としてない。
 だから信じて良いのだ。自分の力を。

「一瞬だけ防げば良い。
 魔力は用意した──後は、アリサの仕事だ」

 ハイルのその言葉と共に、カロンの形成した魔力球がアリサの元へと降下する。
 純粋なる、無属性の魔力の塊。そこに宿る膨大な魔力は、カロンだけのものではない。
 彼が変換器の役割を果たし、エレボスの影の魔力を、ヘメラの光の魔力を何ものにも染まる無属性へと変化させたもの。
 天候をも操る魔力──すなわち世界規模の気体操作をも可能とする膨大な魔力量を持つヘメラと、
 影を操ることに特化しているとはいえ、それに匹敵する性能を持つエレボス。
 カロンの魔力に二人の膨大なそれを混ぜ合わせた魔力球は、ともすればゼオルマにも届き得る力の塊であった。
 アリサは眼前に漂うそれに魔力で干渉し、動かない手の代わりに歌声を以て浸食を始める。


// まだ続きます

299【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/26(火) 13:02:58 ID:tTPsCGFw

>>298の続き



                       MAJORA CANAMUS
                    さあ、大いなる物語を歌おう。

                   I know that my Redeemer liveth,
             私は知っている。我が罪を贖う者が、死してはいない事を。

               and that He shall stand at the latter day upon the earth.
                  そして、彼が後の日に、この世に現れる事を。

            And though worms destroy this body, yet in my flesh shall I see God.
              例え私の肉が腐れ落ちようとも、なお生きる神を私は見つめるだろう。

    I know the my Redeemer liveth. For now is Christ risen from the dead the first fruits of them that sleep.
            今、救世の主は蘇り、早々に眠りについた贖いし者達の初穂となった。

         Since by man came death, by man came also the resurrection of the dead.
          一人の過ちにより齎された死は、一人の偉大なる救世により覆される。

          For as in Adam all die, even so in Christ shall all be made alive.
           アダムの罪により人が死する様に、キリストによって我らは生かされる。

I tell you a mystery. we shall not all sleep, but we shall all be changed in a moment, in the twinkling of an eye, at the last trumpet.
    汝らに神秘を告げよう。我らは死によって永遠の眠りにつくのではなく、総てがラッパの音と共に変貌するのだ。

     The trumpet shall sound and the dead shall be raised incorruptible. and we shall be changed.
          死者はラッパの音と共に決して朽ちぬ者として蘇り、我らは永遠へと変わる。

      For this corruptible must put on incorruption. and this mortal must put on immortality.
       有限は無限へと変わり、朽ち果てるべき者は永遠となり、死者は不死者へと変わるのだ。

     Then shall be brought to pass the saying that is written, Death is swallowed up in victory.
           その時、死を下した者達は、死は消え失せたと高らかに叫ぶだろう。

                     O death, where is thy sting?
                   嗚呼、死よ、汝の棘は何処に在るのか?

                     O grave, where is thy victory?
                   嗚呼、死よ、汝の勝利は何処に在るのか?

             The sting of death is sin, and the strength of sin is the law.
                 死の棘は罪であり、罪の力は絶対なる律法である。

         But thanks be to God, who giveth us the victory through our Lord Jesus Christ.
            しかし、神に感謝せよ。神は救世主を通して我らに勝利を齎すのだ。

                  If God be for us, who can be against us.
                神が我々に味方するならば、誰が我々に敵対しようか。

                Who shall lay anything to the charge of God's elect?
                 誰が神に選ばれた者を糾する事が出来るだろうか?

                It is God that justifieth. Who is he that condemneth?
                  一体何処の誰が我々を咎めようとするだろうか?

It is Christ that died, yea rather, that is risen again, who is at the right hand of God, who makes intercessions for us.
         否。我々の為に死して、なお蘇った神の右に座す者が、我々に手を差し伸べるだろう。

Hath redeemed us to God by His blood to receive power, and riches, and wisdom and strength, and honour, and glory, and blessing.
   死してその鮮血により我々を救った彼こそが、力と富、知恵、威力、名誉、栄光、そして賛美を受けるに相応しい。

Blessing and honour, glory and power, be unto Him that sitteth upon the throne and unto the Lamb, for ever and ever.
          いと高きものと、神の子に、総ての賞賛と栄光が共に在らんことを。




                          Amen.
                        斯く、あれかし



// ま、まだまだ続きます

300【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/26(火) 13:04:14 ID:tTPsCGFw

>>299の続き


 その瞬間、極光が世界を支配した。
 超新星爆発が景色を削り取り、音すら置き去りにする破壊が全てを呑み込んでいく。
 本来であればアイテールの障壁も一瞬のうちに消え去り、彼らは全員消滅していたはずだった。
 だが、ゼオルマの言葉がアイテールを支え、ハイルの言葉が確信を与えた。
 一瞬──そう、一瞬であれば防げるのだと。
 そして、その確信の通りアイテールの障壁は超新星爆発を一瞬だけ抑えつけた。
 次の瞬間には亀裂が入り、瞬きの後には破壊が迫っているとしても。
 それでも、およそ人知を超えたそれを、アイテールは防いだのだ。
 アリサを守るようにして──。

「──ありがと、レフ」

 そして、その一瞬でアリサの魔法は完成した。
 カロンから渡された膨大な魔力が黒く変色し、巨大な、あまりにも巨大な槍へと変形する。
 死と破壊の概念がこもった、かつてニュクスが振るった最強の魔法。
 それでも、超新星爆発の前では塵芥に等しいものだっただろう。
 だが、そこに込められた魔力はニュクス一人のものとは桁違いだ。
 加えて、その槍はある一瞬を狙って宙空を駆け抜けた。
 アイテールの障壁に破壊エネルギーが押し止められた一瞬。
 僅かにエネルギーが拡散し、破壊が緩むその瞬間に黒い槍は駆ける。
 アイテールの障壁が破壊された瞬間に撃ち込まれたその槍は、
 破壊に呑み込まれ、表層が砕け、ボロボロと欠けながら超新星爆発を引き裂いていく。
 裂かれた破壊エネルギーはハイル達を避けるように拡散し、地面を、空を、景色を抉り取っていく。
 ゼオルマが振るった破壊の、極々一部を反らす事。
 たったそれだけの事に全力を使い果たしたアリサは、この一言で歌を終わらせた。

     Messiah Complex.
 ──世界よ、貴方を愛している。

 そして、世界に静寂が戻れば、アリサの立っている場所を除く全ての地面が消し飛んだ、凄惨な世界だけが残っていた。
 自身の魔力も、カロンから譲り受けた魔力も使い果たしたアリサは、ぺたりと座り込んで息を吐く。
 まったくもって、無力。結局の所、ゼオルマの振るった魔法に対して出来たのは、命がけで矛先を反らすことだけだった。
 それも、当初の予定とはまったく違う。

「結局、みんなの力を借りちゃった……」

 己の力だけではゼオルマに触れる事も出来なかった。
 その事実に、アリサは沈痛な面持ちで嘆息した。


// 4分割になるとは思わなかった、反省している

301【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/10/26(火) 14:14:59 ID:oT8wBDgU
>>297-300

【極光のなか】【次元の断層を作り破壊から逸れながらゼオルマはソレを観る】
【ハイルの助力】【アイテールの守護】【エレボスとヘメラの力の譲渡】【カロンによるその力の受け渡し】
【そしてニュクスとアリサの全力による破壊への抵抗】

【ゼオルマが造った異世界は超新星爆発により彼らを残して跡形も無く消し飛んだ】
【どれほどの規模でか?】【無論】【星の規模でだ】
【大地も】【大海も】【大空も】【アリサ達がいるそこを除いて何一つとして存在しない無の世界】
【それが光の晴れた世界の姿だ】
【造られた異世界ではあるが生きている動物なぞ残れるはずもなく】【草木どころか空っぽな世界だけが存在する】

「嗚呼、アリサのみで達成できなかった。当然、貴様の敗北だ。
 しかし全員の力を使えばこれの一撃を耐え、生き残れると理解(知)れたのは十分な成果とも言えるな」

【拍手をしながら】【ゆりかごのように揺れながら宙を漂うゼオルマは嘆くアリサのそう言葉を贈った】
【ゼオルマの全力による世界規模での栄光魔法の行使】【本来の威力と破壊規模がこれなのだ】
【それを本来とは異なる限定的な状況だとはいえ防ぐ事自体は可能だと知ったのは吉報だろう】
【それよりも不思議なことは】【世界が滅んでいるのになぜか息ができていることか】

「嗚呼、造った世界ゆえ空気が存在できるようにしてある。
 音も伝わり、想像さえできればこの宙も飛べる。何であれば自己回復も可能だ」

【ここはゼオルマの造った異世界】【【魔法】によって造られた世界だ】【常識も非常識も混在するデタラメな空間】
【あり得ざるをあり得るに変換する摩訶不思議】
【想像さえできれば大体のことは叶う世界】【無論】【ゼオルマの許す限りではあるが】

「さて、戦闘はこれにて終了。評価を下す……その前に、だ。
 ハイル、カロン、エレボス、ヘメラ、アイテール。貴様らの講評から聞こうか。
 アリサのでも良いし、これにでも良いぞ?」

【観戦していた5人に顔を向けそう促す】
【依然として周りは宇宙空間】【ゼオルマの言葉は6人全員に届くようにしているため想像さえできれば空間内を自由に飛べるだろう】
【制御できなければゼオルマが無理矢理にでもアリサの側まで引き寄せていることだろう】
【ゼオルマは彼らの講評を宙を漂いながらも聞く体勢入った】

302【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/27(水) 12:30:34 ID:N/NiTgd.
>>301

 全てが消え去った無の空間。
 規格外の魔法戦は、ゼオルマが作り出した世界と共に終わった。
 まるで宇宙空間のようにふわふわと漂っていたハイル達は、アリサの側に集まる。
 アリサは精も根も尽き果てた様子で唯一残された地面に座り込んでおり、
 身に纏う軍服も、その下に見える白い肌も、至る箇所が引き裂け、焼け焦げていた。
 ともすれば、命には関わらずとも後遺症が残っていたかもしれないほどの損傷。
 だが、それらの傷はゼオルマの言葉通りにゆっくりと修復されていく。
 そんなアリサの様子を見て、僅かに安堵の表情を浮かべたハイルは、
 彼女の側──欠片のような地面に降り立って、胡座をかくように座り込んだ。

「さて、講評と言われてもね。
 僕個人の意見としては、あれは戦闘とは言えない」

 ハイルは、批判的な言葉と共に紫煙を吐き出す。
 煙草の苦味がそのまま染み込むように、その言葉はアリサの胸に突き刺さった。

「ゼオルマは試す、愉しむという目的を優先していたように思える。
 あれはアリサで……いや、僕達で遊んでいただけだ。
 評すべき戦術もない、ただの大雑把な“力の行使”でしかなかった。
 もしも、僕がアリサの立場であれば──そうだな、君の腕の一本や二本は奪えただろうさ」

 そう、不敵に言ってハイルは宙を漂うゼオルマを見やる。
 この世界において、ゼオルマは神にも等しいのだろう。
 全員の力を合わせてようやく超新星爆発を生き延びる事が出来たという事実があった。
 だというのに、ハイルは本気でその言葉を吐いているようだった。

「アリサに至っては論外だ。
 実力差も理解せずに戦いを楽しもうなんて、未熟にも程がある。
 ようやく本気になった所で、注意力もなければ想像力もない。
 僕達は世界を相手取ろうとしているんだ、
 君一人に良いようにされるのでは、先が思いやられるね」

 そんな、過剰なまでに厳しい言葉は、アリサの自信を砕いていく。
 たしかにアリサは全人格の中で最強の力を持っている。
 だが、そこにあるのは力だけ──経験が不足していた。
 皆の記憶の共有によって得た知識を活かせるだけの発想力、思考力、精神力が備わっていない。
 それを思い知らされたアリサは、項垂れるように俯いていた。
 聞こえてくるハイルの心中の言葉が、彼の言葉が本心であると伝えていた。
 しかし、心が折れたわけではない。
 同時に、今後の成長を期待している事も伝わってきていた。
 これは必要な挫折だったのだろう。
 アリサは苦渋をなめ、己の愚かさと弱さを深く、胸に刻み込んでいた。

「俺は、後半のアリサは悪くなかったと思っている」

 厳しい言葉を吐くハイルの一方で、カロンはアリサを擁護した。
 空中で、胡座をかいた姿勢で漂いながら、彼は戦闘を思い出しながら言葉を続ける。

「怒りに駆られ冷静さを失ったのは不味いが、能力のコンビネーションを意識した立ち回りが出来ていた。
 あれは力を行使する核──本体が変わらないアリサの持ち味だ。
 精神ごと肉体の変換が起きる俺たちでは不可能な戦い方だな。
 あれを伸ばせば敵、状況を選ばない戦いが出来るようになる」

 ハイルとカロンの一見シビアな、戦闘能力の高さ、戦術の完成度の高さを重視する姿勢は元々が軍人であったことに起因するのだろう。

// 続きます

303【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/10/27(水) 12:31:58 ID:N/NiTgd.
>>302の続き


 しかし、あくまでも実戦的な能力を重視する彼らに対して、エレボスの視点は違った。

「そもそもよォ、負けてねぇじゃねぇか」

 エレボスの着眼点は戦闘能力ではない。
 彼は元々、マフィアとして名を馳せていた裏稼業の人間だ。
 だから、彼が重視するのは完成度の高い戦闘力などではなく、導き出せる結果。

「この勝負で見てぇのは、ガキの力だっただろうが。
 そいつに他人が手を貸したなら、それはそいつの力だ。
 だから組織の頭ってのは厄介なんだよ」

 己の経験から語る、人間の厄介さ。
 個人の戦闘力の高さではなく、その個人が集める集団の力。
 その視点で言えばハイル達が貸した力も、アリサの力と言えるかもしれない。
 そして、その意見にはヘメラも同意のようだった。

「そうね、それは私達も経験してきたはず。
 だから私達はジェイルもD.O.T.Aも潰しきることが出来なかった。
 世界を相手にするのなら、それこそ集団の力は重要なものになるわ。
 ゼオルマくらいの力があれば、個が世界と釣り合う事もあるかもしれない。
 だけど、絶対じゃあないもの。ゼオルマと同等の力を持った人間が他にいないとも限らないしね」

 集団の力を重視すると考えた時、やはり、アリサの力は足りないのだろう。
 ハイル達の協力は、本来であればあり得ない事だ。
 他人を使う力と言うのであれば、未だアリサはそれを示すことが出来ていない。
 あり得ないはずの支援を、奇跡のように手にしただけだ。
 それを、ある視点からアイテールが指摘した。

「どちらにせよ、ゼオルマにもアリサにも……そして、僕らにも足りていないものがあるだろ。
 どれだけ強くても、そこの影が言う“組織の強さ”を手に入れるだけの力がない。
 ゼオルマも僕らも良くも悪くも個人主義だ。
 組織を運用出来るだけの“カリスマ性”っていうものが不足しているじゃないか」

 世界を相手取るのならば、必要となってくるであろうカリスマ性。
 ゼオルマもハイル達も、組織のトップに向いた性格ではないだろう。
 無論、他に代役がいなければ、そして誰からの協力が得られなかったのならば、自分達だけで戦い続ける覚悟がある。
 それでも、カリスマ性のある指導者というものは、あれば大きな力となるだろうことは間違いなかった。

「それとも、魔法でなんとかしてみるかい。
 竜の牙から兵士でも作ったり?」

 それも手なのかもしれない。
 ゼオルマの協力が得られれば大軍勢を生み出す事は容易いだろうし、
 そうでなくとも、ニュクスの魔法で軍勢を生み出す事は可能に思える。
 ともかく、このゼオルマとアリサの一戦は、多くの課題が浮き彫りになる戦闘だったことは間違いがない。

304【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/11/05(金) 09:34:35 ID:vw3fVmiY
>>302-304

【それぞれの感想を耳に入れる】

「なるほど遊戯-ゲーム-か」

【まずハイルの感想にゼオルマは頷く】【そう言われても仕方がない】【否】【あれは正しく遊戯だった】
【実際】【ただ勝負に勝つだけなら何度も勝利に至る道筋があった】
【『Scarecrow』から放つ火球】【アリサの影に潜んでいる時】
【アリサの慢心や意表を突けば済む戦い】【ゼオルマはそれを自分で選択しなかった】

「よぉぅく、理解して(わかって)いるではないかハイル」

【ゼオルマが何故ハイル達の世界に踏み入ったのか】【それはハイル達で暇を潰すためだった】
【なら彼らがやろうとしていることに協力するかしないかもゼオルマには暇を潰せるか潰せないか】【たったそれだけに過ぎないものだ】
【アリサはその判断の物差しに宛てがわれただけに過ぎず】【ハイルの言う通りただ遊び】【戯れていただけだ】
【そのゼオルマであれば】【ただ全員の記憶を持っているだけのアリサよりも】【自分の記憶だけしか持っていないが深く考察し理解しているハイルならば】【ゼオルマの両腕か両足程度は奪えただろう】

「嗚呼、最後の切り替えは好い出来だった」

【続いてカロンの感想に頷く】
【カロンの言う通り彼らの戦い方は個々の人格を切り替えて戦闘形態を変える変幻自在のトリッキースタイルだ】
【人格が違うため相手を読む戦闘においてはいきなり違う戦い方に変わる彼らはそれぞれの形態が切り札に成り得る】
【だがそれは言い換えれば彼ら自身がそれぞれの精神に引き摺られた個々の戦い方になるということ】
【相手をそれぞれの戦闘スタイルで引っ掻き回すことは容易でも連携というものが非常に困難になってしまう】
【だがアリサの場合は違う】
【それぞれの能力を自由に切り替えられる彼女はそれぞれの能力の相性を考えて混ぜ合わせることができる】
【それらの能力は切り替えなければならないが今までできなかった戦い方を確立できる可能性を秘めている】
【今はまだというだけでありハイルとカロンはそれぞれ好い点と悪い点を指摘している】

「さて、いざとなって手を貸した貴様らだが、それは今この場だったからというに過ぎない」

【くるりくるりと浮遊状態のまま回転しながらアリサの側まで行き抱き着くと】【金の瞳をエレボスとヘメラ】【そしてアイテールに向ける】

「数は力。そして質も力。貴様らも、これも、質側の力だ。固有だからな。
 今回は貴様ら全員で生き残りはしたが、この先の戦いでそれが叶うのかは不明。
 エレボスの言う通り、他者の手がアリサを助けたならそれはアリサが『持っていた』ということ。
 数側の力というのはその固有を種々様々な形で持った個々の集まり。協力関係や組織だ」

【その数の力をハイル達もゼオルマは持っていない】
【質の力で十分に圧倒できるだけのスペックはあるだろうがヘメラの言う通り絶対ではない】
【ゼオルマと並ぶか凌駕する力を持った質のある強者がいる可能性も十分にあるのだ】
【それに対抗するには質のある強者を擁し数の力が必要だ】

「だがしかし、哀しきかな、他者を従わせられるようなセンスはない」

【アイテールの指摘通りハイル達もゼオルマも個人主義】
【性格】【性質上】【配下に加わる側の方が合っており動かす側は性に合わないだろう】
【大雑把に顎で使ったり召喚したものを上手く運用できる他者に貸した方が良い】
【そう】【召喚すれば数は賄えるだろう】

「だがそれも頭を失えば後には続かん」

【契約が破棄されるような召喚では召喚者という頭を失えばそれで終い】
【兵士を造っても創造主がいなくなればそれ以上の生産はできなくなる】
【それぞれに利便性があり解決策もあるだろうが多様性には冨んでいない】

「やはりここはカリスマ性のある人物を探すのが吉だな」

【その人物を探すのにも苦労するだろうがやはり組織を作れるだけの力は強力なのだ】

「と、言うわけでだ。
 ハイル、この男に接触してみると良い」

【どこからともなく一枚の羊皮紙がハイルの前に流れてくる】
【その羊皮紙は『金髪碧眼で眼鏡を掛けた小太りな青年が笑っている姿』が描かれた人相書きのようなものだ】

「何やら最近『悪いこと』を企んでいるらしい奴みたいでな。
 これに接触する気はないが、貴様らにはもしかしたら必要な縁かもしれんぞ」

305【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/11/08(月) 22:00:31 ID:8qifXJWo
>>304

 ゼオルマから送られてきた羊皮紙に目を通せば、それは見知らぬ男性の人相書きだった。
 金髪碧眼という点で言えば、カロンの生前の姿と同じ特徴ではあるが、祖国の人間ともまた顔立ちが異なる。
 眼鏡をかけて少しばかり太ってはいるものの、貫禄が備わるほどの落ち着いた年齢には見て取れない。
 カリスマ性のある人物として紹介されるには、そう、少々若すぎるのではないかとハイルは思った。
 年齢で言えばハイルよりも若いのではないだろうか。

「ふぅん……君が言うからには、本当なんだろうな」

 一瞬、青二才を紹介されたのではないだろうかと訝しみながらもハイルが納得したのは、
 かつて己の上に立っていた者達もまた、若い青年のような顔立ちの者が多かったからだ。
 彼らは得てして見た目通りの年齢ではないか、或いは神や上位存在によって優れた才を与えられていた。
 ハイルは羊皮紙に落としていた視線を上げると、肩越しにカロンへ羊皮紙を手渡しながらゼオルマに尋ねる。

「彼の名前は知っているのか?」

 悪いことを企んでいる、などとゼオルマが言うくらいなのだから一筋縄ではいかない人物なのだろう。
 そんな、ある種の信頼じみた警戒心を抱きながら、ハイルは今後の予定を考える。
 そしてハイルはゆっくりと立ち上がると、小さく伸びをして息を吐いた。

「まあ、探してみよう。
 どうしたって旗印は必要なんだ」

 その男性が自分達の旗印になるに値するのか、
 そして、自分達はその男性のお眼鏡に適うのか。
 考えていても始まらない。まずは、行動を始めなければ。

「そろそろ、“現実”に戻してくれると助かるよ。
 いい加減に身体が悲鳴を上げていそうだ」

 感覚はないけれど、とハイルは付け加えてゼオルマに促した。
 深く潜り、移動し、創り、壊し、もはや何処までが現実で、何処までが虚構なのか分からない。
 それこそが、ゼオルマの振るう魔法の最も恐ろしいところだと、ハイルはつくづく思った。

306【絵空に彩る真偽の導き】ゼオルマ:神変出没なマッドジョーカー:2021/11/09(火) 00:54:08 ID:NoBGqIR6
>>305

「そうか、では戻すとしよう」

【空ろに構築された世界からの帰路を求められ】【ゼオルマはそれに頷く】
【現実ではどうなっているのか】【それを一切示されていないのが不安らしい】

【ほとんど何もない形だけ存在する世界が静かに胎動を始める】

「その男の名前だが、」

【そんな中でハイルの問いに応じる】

「"少佐"あるいは"英霊部隊指揮官"、はてさて"嘆きの河(アケローン)"。
 "存在なき執筆者(ゴーストライダー)"などと呼ばれている。
 表には顔を出さないとても奥手な男だよ」

【事実】【羊皮紙の男の情報が広まり始めたのはつい最近と言っていい】
【それも出ているその情報もあまり詳しいことはわかっていない】
【能力についてはある程度考察できるものだが】【それも部分的なものばかり】

【異名は出すが本名については口にしないのは知らないからか】【それとも自分で探せという意思表示か】
【羊皮紙の男に関してはそれだけ伝えて話題を切った】

【世界の胎動が止まり】【ハイル達7人は意識が浮上する感覚を覚える】
【水中や空の中で体が浮くのとは違う】【心や精神だけが浮遊するという不思議な感覚だ】

「嗚呼、それとだ。アリサよ」

【彼らの意識がその場から途切れる間際に】

「不合格だ。
 合格するまで協力はせんから精進することだな」

【それだけが心に直接届き】【彼らは異世界から帰還するのだった】
【目を覚ませばそこは先程(>>72)歩き始めばかりの通り】【まさに今一歩踏み出したばかりの光景】
【けれど変革は160°あるかないか】【先程までなかった本(アリサ)が傍らに浮遊し】【各々の人格の中には先程まで曖昧としていた事実が明確に提示されている】
【ハイルの右手には人相書きが一枚握られていた】
【そして】【右手には7つに砕けたビードロ玉が握られ】【破片のひとつひとつにそれぞれの人格の顔が映っていた】


//自分からは以上です。長い長い期間拘束させてしまって申し訳ない。
//色々やってしまいましたが楽しんでいただけていたら幸いです。絡みありがとうございました!

307【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2021/11/09(火) 23:15:48 ID:6bT7imxE
>>306

 目が覚める──という表現は適切ではないのだろう。
 意識を取り戻す? 時間が動き出す?
 ともかく、ハイルの意識が戻ればそこは元の街並みだった。
 まるで白昼夢でも見ていたのかと疑いたくなるほどに、ハイルの居る場所はゼオルマと接触する前となんら変わっていなかった。
 しかし、己の手に握られた人相書きと、砕けたビードロ。そして、あるはずのない記憶と浮遊する本。
 それらが先程までの出来事が現実であったことを証明する。

「不合格、だそうだ」

 最後に聞こえた声を、ハイルは敢えて口に出す。
 すると、傍らを浮遊する本が表紙をハイルの方から反らして、少しだけ距離を取る。
 まるでそっぽを向くような所作におかしさと実感が湧き上がり、ハイルは小さく笑みを浮かべた。
 今の今まで、胡乱に行くあてのない道を彷徨っていた彼ら。悪を為す理由すら紛い物の、空っぽの道化たち。
 それがハッキリとした目的を得たのだ。ハイルの心はかつてない程に奮っていた。

「クックッ……そうか、僕は悪を為すのか」

 改めて己の願いを口にして、ハイルは再び歩き始めた。
 ハイルが関わってきた人間は、真っ当なものなど一人もいなかった。
 誰もが狂い、壊れ、そして決して譲れぬ一つの理想を持っていた。
 それでこそ人間、それでこそ一個なのだ。
 だから、己の願いを手に入れた男は──そこにいるのは神でもなく、化け物でもなく、
 ただちっぽけな、何処にでも居るような一人の人間なのだろう。

「──さて、少佐殿はどんな“人間”かな」

 大きな期待と、小さな笑みを宿して、ハイルの姿は街並みへと消えていった。
 彼とゼオルマの接触は、何かが起きる前触れとなるのかもしれない──。



// こちらこそ、度々遅くなって申し訳ないです!
// お疲れさまでした、楽しかったです!

308 【羽衣が微笑む穹天の斜陽】 - Lever du Soleil -:2021/11/09(火) 23:35:39 ID:11h/hBfA
>>263

宿屋で大きな爆発が起きた。湧き上がる火の手が厨房のガス備蓄に引火したのだろう。
真っ暗闇の夜空に火花が飛び散り、火の粉が弾けて、豪雨を切り裂く光のシャワーが降り注ぐ。
熱波が一瞬の間だけ2人を包み込むと、それは女と怪異だけの特別な空間を作り上げる。
振動を共有し、光を分かち合う。同じものを肌で感じ、同じことを覚える。
何よりも気高い歪な空間は、しかし、瞬きをする間に消え失せた。

赤い本が爆風に乗って何処かへと吹き飛んだ。
嫌味な程しつこい魔法の品は、持ち主も作り手の事も知ってか知らずか、自由気ままに、そして使命を忘れず宙を舞う。

あなたを見据える鋭い眼光が、更に細くなり、眉間にしわを寄せて、鋭利になる。

「偉そうな態度も、これまでだ、怪物。」

限界まで引き絞られた弓の弦はわなわなと震えていた。力強さと臆病さによって、きりきりと震えている。
死からすら見放された女の力強い意志によって支えられ、足首を掴もうとする亡霊たちへの罪悪感によって脱力する。
両足にも力を込めて地面に食らい付き、最高の瞬間をただ待つ。
一番良い状態で、一番良い場所へ矢を放とうと、雨が鼻の頭を叩くのすら気にしないようにする。
ずぶ濡れになった前髪から、雫が垂れる。落ちる。地面に到達すると、水音と小さな小さな、飛沫を上げた。

女は手から力をそっと抜く。矢が緊張から放たれる。

 ―― 遠くから何かが、女へと向けて近づいてくる。空から降ってきたそれ、大きな木片に、女は気付かなかった。

「うッ ―― !?」

情け容赦無い勢いで木片は女の胸を一突きし、貫通させ、肉に方々が引っかかり、その身体を地面へ押し倒した。
宿屋の爆発の際に散らばった残骸の一つが、彼女の幾つかの臓器を傷つけ、または粉砕し、血飛沫を上げさせる。
瞬く間に血溜まりを広げていく。

「が、……そんな……。」

精一杯に弓を握り締めようとするものの、急速に血の気が引いていき、僅かな金属音を立ててそれを落とす。
その音すらもこの雨に吸い込まれてしまい、女は殆ど周りに音を広げずに力を失った。

「死にたい時は死ねず……死にたくない時にこんな事になるなんて……。」

女は笑っていない。泣いてもいない。ただ絶望を覚えるだけ。
それはいつもの事だ。毎日、毎夜、いいや、毎朝、日が昇る度に覚える感情。
それが彼女の背負った大きな罪だからだ。罪には必ず罰が下るからだ。
罰が下らなかったら、世の中悪党だらけになってしまうだろう。

これでいい訳がない。こんなこと、こんなこと。
だけど、仕方ない。これは悪い夢だったんだから。
夢から目を覚ます時。夢の中の夢へ眠る時。
望まない事が起き続けてきた。だから、それがまた起きた。
それだけのこと。
そうだろう?

「…………。」

雨が赤い水溜りを何度も叩いては、小さな波紋を作る。この大雨の中で、熱はもう完全に失われる。
記憶が消え去る。悪い過去と、幸せな思い出が、消えていった。
夜の暗闇に、夜の風に、包み込まれた。

309【剣魔科砲】@wiki:2021/11/14(日) 03:25:48 ID:dayA.GGY

(やはり、冬は良いな)

肌寒い風が吹く公園のベンチに座りながら、ソフィアは心からそう思う。
そもそも雪国生まれの彼女にとって、寒いとは氷点下を下回らなければ当てはまらない表現である。今の環境ぐらいが心地良い。
そして、実際これから更に寒くなっても、むしろそれは暖炉と暖かい紅茶の有り難みを増してくれる筈だった。
もちろん夏場のアイスクリームなどでも似たような効果が得られはする。しかし、やはり生まれ育った環境に近いと言うのは良い。

「……にしても、流石に少し早かったか?」

今の彼女は大きな楽器ケースを脇に置いていた。中に入っているのは当然楽器ではなく、銃器である。
いつものようにどこぞのマフィアが高品質の銃器を欲しがり、創造系能力者である彼女の"副業"を知って購入を打診してきたのだった。
故に今の彼女は黒いスーツ姿で、一応は音楽家らしい風を装っている。受け渡し場所は少し離れたビルの地下だ。
スマホをちらりと取り出して見た。まだ取引の時間まで一時間以上はある。

(早めに行ってケチを付けられても困るし……これを持ち歩いて散歩したくも無いのだが)

一々中身を探ってくる者は居ないだろうが、単純に重い。
そういう訳で、ソフィアはぼんやりと誰も居ない公園の風景を眺めていた――何か面白い事でもあればと思いながら。

//置きで絡み待ちです

310【尽臓鬼機】特異な心臓を持つヤクザ@wiki:2021/11/15(月) 22:58:00 ID:ZZA51Kok
>>309

──そのとき、あなたの携帯端末に反応があった。
見れば画面に映し出されているのはきょう取引を行うマフィア、その窓口となる相手の名前。
あなたに購入の打診をしてきた者だ、見覚えはあるはず。出てみれば……不穏な気配。

聞こえてきたのは知った声。間違いなく取引相手であるが、どうも様子がおかしい。
声の後ろで怒号や何かをひっくり返す音が聞こえている。そして複数の人間が慌ただしく動き回る音も。
今まさに危機的状況に陥っているというわけではないが、間もなくそうなるため急遽準備を整えている……という風な。
そう感じた、その予感はまさに的中する。

焦った声で告げられたのは取引場所と時間の変更。
もうすぐ別マフィアとの抗争になる。この拠点が襲撃される。
事前の取り決めどおりの時間ではとうてい間に合わないため、今からそちらに一人向かわせる。その者に受け渡しをしてほしい。
そして追加になるが、できれば今からこちらに赴いて拠点設置型の大型銃器も用意してほしい。金は払う。

──という内容だった。追加注文に了承するにせよしないにせよ、あなたが現在の居場所を告げればほどなくして使いの人間がやってくる。
十分経つか経たないか、それくらいの時間の後、公園に姿を現したのは……。

「──よォ、あんたが売人かい?
 ゲアハルトだ。話は通ってるよな?」
 
着崩したスーツ。紫のシャツ。ノーネクタイ。サングラス。
黒いコートに対照的な白い蓬髪が目を引く西洋人。何が面白いのか口角が上がっているものの、その笑みは穏やかさとは真逆の印象を与えている。

暴力的な気配──誰の目にも分かるほど明らかな“そっち”の人間であり、あなたの待ち人としては実に相応しい風貌だった。
そして伝え聞いていた情報とも一致している。ゲアハルト・グラオザームという長身の男、白い蓬髪の二十代半ば……間違いない、取引相手が寄越したのはこいつである。


/よろしくお願いします

311【練氣太極】:2022/05/25(水) 20:57:08 ID:M1ejsCcE
【ありふれて、うらぶれた路地裏の一つ】

【あるいはそこは地獄であったのかもしれない】
【何かが腐敗した不快な臭いで彩られた空気】
【餌を狙う烏の他には視線をくれるモノもない世界の片隅】

【そんな中で、一つの暴力が在る】

「ひっ、た、助けて」

【腰を抜かし、みっともなく絶え間なく涙と汗を垂らして】
【後ずさりするのはスーツ姿の中年男性】
【足元に転がるのアタッシュケースと眼前の「彼」とを交互に見やりつつ】
【情けなく声を上げてみせる】


 ──────あァ?


【その言葉に、心底から不愉快そうな感情を隠すこともせず、「彼」が嗤う】
【成人を迎えたばかり、あるいはその直前といった年のころだろうか】
【真っ黒な革のライダースジャケットは、至る所が綻び】
【太陽すら目を背けた暗闇の中にあってなお、鎖を模したネックレスは輝いている】

【徐に】
【彼の右足が黒い「もや」に包まれて──────】


 知らねえなあァ!!!



【瞬間。左足を軸にした強烈な回し蹴りが、男性の頭に直撃】
【断末魔すらなく、その体が崩れ落ちる】


 てめェみたいな馬鹿が、迷い込む方が悪いんだよ……。


【血だまりの中に沈む男性の姿に、一瞥と嘲笑だけを投げて】
【青年は残されたアタッシュケースを拾い上げる】

【その様は、さながら人の情を持たぬ悪鬼羅刹】

【鬼だけが佇む世界の底に、迷い込むものはあるのだろうか──────】

312【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/26(木) 19:28:58 ID:wIKBYXQ6
>>311

ダブルブッキングという言葉がある。
二重契約や二重予約だとかいう意味で、要するにホテルの部屋が一つしか空いていないのに二つの予約を入れてしまうというようなことだ。
これには単純に企業側──今回の場合は依頼主側というべきか──のミスにより発生する場合もあるが、もうひとつ。
意図的なケース──つまりは受け手側にひとつしかない報酬を取り合わせる、という目論見のもとに行われるパターンも、女の稼業ではままあることだった。

「…………」

無論というべきか、これを好く同業者は少ない。
試されているようで気に食わない、何様のつもりだ──得物を鳴らして罵声を飛ばすお仲間の姿は傍目から見て粗にして野卑だったが、言っていることに関してはまったくの同意。
ただそうした依頼は往々にして高額報酬。成功させれば他と比べて十倍、なんてのも珍しくはない。
気に食わなくとも金は欲しい、だから請ける傭兵は少なくなく……大抵が危険度大の脅威に踏みつぶされて死ぬか、さもなくば傭兵同士でつぶしあうか。

いずれにしろ紙ぺらのように軽々しく人が死ぬ。
女はそれが嫌だった。ゆえに今回もそういった、高い危険も競争もない堅実な依頼を請けたつもりだったのだが……。

「──いちおう聞くけど」

眼前に広がる暗い世界。
光の満ちる表の世界からひとつ路地を進めばこんな光景があることは、大昔から知っている。
たとえ突如として血の海が広がっていたとしても強い動揺はない。いわんやこちら側の住人においておや、いまさらというものだ。

「あなた、同業者?」

長い黒外套と目深にかぶったフードで容貌を覆い隠し、総身と同じくらい大きな、これまた布で覆われた何かを大杖のように地面について持っている。
錆びつきかすれた鈴の音のような声からこの物乞いじみた者が女だと理解できるが、何も喋らないでいたのなら性別すら判然とはしまい。
足音はおろか人間ならば持ちうるはずの生気、気配すら異様に薄く、まるで突然そこに表れたかのような印象を与えるそいつは、男の拾い上げたアタッシュケースを青白い指でさしている。
すなわち、お前もそれを回収する仕事を請け負ったのかと。

313【練氣太極】:2022/05/26(木) 20:22:20 ID:vZgEkFoA
>>312


 ……なんだァ──────?


【突如投げかけられた問いに、怪訝さを隠すことなく】
【重々しく油断なく、青年の身体が声の主の方へと向き直る】
【迷い出た「幽鬼」が如き風貌にも彼の紅い瞳に怯えは一つもなく】
【黒い短髪を逆立てるかのような濃密な殺気を纏って相対してみせる】


 ここは俺の「縄張り」だ。辛気臭ェ死神は地獄に帰ンな


【彼女の発言の意図を確かに理解して、その上で青年は彼女を嘲った】

【もとより彼は、己の住処である路地裏に踏み入られて苛立ち────ただ男を嬲っただけ】
【このアタッシュケースの「中身」が何か、などということは毛頭知らない】
【ただしそれは、「たまたま今日がそう」であるだけで】
【公権力の眼が届かないこの場所が光を避けて生きる者たちの策謀が渦巻く場所であることを理解しているし】
【それを知って敢えて、縄張りに踏み込んだ獲物を食い荒らしてきたことも、一度や二度ではない】


 それとも何か? 「コレ」がそんなに欲しいってか?


【妙に重たいアタッシュケースを、丁度彼女の視線の前に突き出すような形で】
【青年はにやにやと見下すような視線に載せて問う】

【それはあるいは、「中身」が彼女と争ってでも手に入れる価値のあるものか────その詮索でもあった】

314【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/26(木) 21:19:37 ID:wIKBYXQ6
>>313

「…………」

小さく、ため息をつく。
見た目から予想できてはいたがこういう手合いか、と言わんばかりの嘆息に込められた感情は呆れか、諦念か、そのどちらもか。
うまい話には落とし穴が──と言うほどこの依頼の報酬額は大したことがなかったが、それでもこういったトラブルはついてまわるもの。

交渉で事が済めば良いが──と、再び口を開いた。

「依頼でね。それを回収してこいって言われてる」

依頼主の素性ははっきりしている。
さる企業の役員で、別に裏社会の企業というわけでもなかったが、まあ隠れ蓑にしているのだろう。
裏の人間が表の家業を持っているなんてのはよく聞く話だ、それはいい。身元が確かならそれで文句はないのだ。

「先に言っておくけど中身は──爆弾。
 それ、ただのケースに見えるけど、勝手に開いたら爆発するから。開けようとか思わないでね」
 
嘘だ。

あれの中身が何かは聞かされていない。ただ開かず持ってこいとだけ言われている。
ただちに危険はないとのことだったので、今しがたついた嘘のとおり爆発物や揮発性の毒物ということはないのだろうが……。
まあ、後ろ暗さに順当なら麻薬あたりが関の山だろうが、それこそ自分の知ったことではなかった。

「最新式がどうこうで専門の設備がないと安全に開けられないし、万一起爆したら辺り一帯なくなる威力なんだって。
 きみが持ってても危ないだけだよ」
 
口から出まかせ、口八丁。
真っ赤な噓のオンパレードだったが、効率よく……そして危険なく事を済ませるために、この手の嘘はつき慣れている。
これでおとなしく引き下がってくれればよいのだが、さて……。

315【練氣太極】:2022/05/26(木) 22:41:14 ID:vZgEkFoA
>>314

【意外にも、彼女が話す間青年は口を挟まず】
【じっと、ただじっと────鳴らし手を欠いた鐘のような声に耳を傾け】
【フードに隠された彼女の眼を睨みつけるようにして、強い視線を向け続けた】

【そうして。彼女が騙る「真実」を一通り聞き終えると】
【首を斜めに傾け、ごきり、と鳴らす】


 ────「匂う」なァ


【先程までの、殺気立った様子とは少し違う】
【しかし、ある意味でそれ以上に濃密な「敵意」がそこにはあった】

【青年の手に握られていたアタッシュケースが、一切の躊躇なく、無造作に足元に放り捨てられる】
【そうして、一歩。彼女との距離を詰める】


 恵まれた人間の匂い、だ。こんなものどうでもいいくらい、腹立たしい匂い……。


【言葉。態度。雰囲気。何から判断したのか、あるいはただの直感なのか】
【青年は、反論を許さない強い語気で断じる】

【その歩みは、彼女がとどめなければ────両者手の届く範囲に近づくまで続く】


 てめェみたいな奴がなんで「そう」なった? ああ?
 どの面下げて何も与えられなかったみたいな顔してんだ?


【鋭い敵意は、未だ害意にはならず】
【しかして青年の、一見して不可解な言動は】
【彼女が彼を敵対者とみなすに十分なものとも言えた】

316【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/27(金) 19:43:27 ID:yYzourUU
>>315

距離を詰める動きに対し女は、不動。
その戦闘スタイルが至近距離を間合いとするものなのか、それとも別の理由からであるのか。
定かではないがしかしともかくこんな場所、そして相対する者の性質を鑑みれば、いっそ呑気と言えるほどあっさりと接近を許していた。

「……恵まれた人間……ね」

その言葉に何を思ったか。
すい、と青白い腕が青年へ伸びる。
遮られなければその手は胸板、二の腕、首元……若い身体の壮健なるを確かめるかのごとく。
這い回るというにはあまりに軽く、さながら羽根か霧が一瞬掠るように触れる。

「健康そうな身体だね。力もじゅうぶん強そうだ。
 ひとに腹立たしいなんて言えるほど、あなたが生きるに困らなきゃいけないようには思えないけど」
 
うつむきがちな顔はいまだフードの陰に隠れたまま、その視線がまじりあうことはなく。
しかしながら会話を続けているのは波乱の回避が可能であると、まだ踏んでいるからなのか。

「そんなに気になるなら教えてあげようか──落ちたからだよ。
 なまじ登れちゃったから高いところを目指して、でも途中で逃げて落ちて這いつくばったから二度と立ち上がる気力もなくなった。
 そんなくだらない敗残者、それがすべて。だから、ねえ、こわいからそんな目で見ないでくれない?」
 
それとも──。白魚と称えるには病的な色の細指が、男の頬にぺたりと触れて動きを止める。

317【練氣太極】:2022/05/27(金) 20:12:40 ID:B0CGQ7xM
>>316


 落ちた、だと?


【思わず口をついた言葉は、率直な驚きに染まっていた】
【虚を突かれたように。想像だにしなかったかのように。────あるいは、理解すらできないといった様子で】

【身体に伸ばされた手を振り払うこともせず】
【そうして、女の言葉を聞き届けて】【青年はいっそ高らかに笑った】


 は、─────はははははは!!!
 下手打って転げ落ちたんじゃなく、てめぇが望んで落ちたときた!


【頬に添えられた手。その細い手首を、遠慮なく掴む】
【しかしそれは、決して攻撃的なものではなく】
【旧来の友人にそうするような、力強くも親しみを感じさせるものだった】


 世界の底から「奪って」ここまで来た俺と、役不足で落ちぶれたお前……。
 同じであるはずがねぇと思ってたが、そこまで救いがねえ雑魚なら許してやってもいい!


【先程までとは打って変わって、その言動は心から上機嫌なもので】
【したがって、足元に転がるアタッシュケースへの注意も薄れている】

【男の手は容易く振り払える強さで────アタッシュケースを強奪することも、あるいは】

318【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/27(金) 21:18:15 ID:yYzourUU
>>317

高笑う男を、光の失せた灰色の瞳が見つめる。

(……問答でどうにかなる手合いじゃない、と思ったけど)

敵意、殺気、充溢する暴力の気配。
力を好み、力を振るうことを好み、少しでも気に入らない相手とあらば殺しすら躊躇わない輩。
──さして珍しくもない、一山いくらのならず者。力の多寡はどうあれ性質はそんなものだろうと。

「そう、よかった」

だが何やら自分の言葉は琴線に触れたらしい。
何がそんなに面白いのかは知らないが……面倒を避けられるなら重畳、それで文句は一切ない。

「確かにわたしとあなたじゃ役者が違うのかもね。わたしは途中で逃げ出したけど、あなたはそんなことなさそう。
 そのままどこまでも高く昇っていけるんじゃないかな」
 
おだて、すかして、いい気分にさせてやればいい。
雑魚め小物めと、いくらでも見下させてやればいいのだ。
結果的にこちらが得るべき成果を楽に取れるなら万事問題なし。プライドなんて犬に食わせてやれ。

ご立派な正義の味方だの周りを震え上がらせる悪の化身だのじゃあできない方法で目標にたどり着く、それを卑俗と笑わば笑え。
こちとらおっしゃる通りの凡人なのだから──平坦な道があるのなら、当然そっちを進むとも。

じゃあそういうことでと、素早く手を振り払ってアタッシュケースを拾い上げようとする。
それが成ったのならそのままそそくさと逃げを打つ算段だが……さて、そう上手くいくものか。

319【練氣太極】:2022/05/28(土) 09:07:35 ID:sxfBgAbs
>>318

【彼女が手を振り払っても、青年は然程気にする様子もなく】
【アタッシュケースを拾い上げ、彼女が遠ざかろうとも、その妨げはないだろう】

【────数秒間は。】


 おいおい、待てよ


【呼び止める。彼女の背を】
【特段強い憤りでもなく、むしろ惜別を厭うような穏やかさで】
【そして────その言葉とは不釣り合いなほど、強烈な「闇」を吹き出しながら】

【彼女が振り返ろうとそうしなかろうと】【そこに在るのは】
【人間の根源的な悪意そのものである濃密な「黒いオーラ」に包まれた青年の姿】


 まだ────話し足りねェんだわ


【【練氣太極】────「豪天」】
【彼女の方へと向けられた右の掌から、暗黒の気弾が放たれる】
【直線的な射線と速度は視認してから回避しうるもので。仮に直撃したとて、彼女の命を奪うには至らず】

【けれどそれは、何の敵意もなく、それでも明瞭な攻撃だった】

320【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/28(土) 20:13:52 ID:Fy4BUV.g
>>319

──往々にして嫌な予感というものは的中するもので。
そして物事が予想外に上手くいくほど、逆に不安になるというのもよくあること。

だからきっと、さしておかしなことでもなかったのだろう。

「────っ!?」

一歩また一歩、遠ざかっていく背後の気配が凶兆へと変わる。
爆発の前兆を察知したその瞬間、女は振り向くより先に身を反らした。
そうして視界に飛び込んできた暗黒の弾丸を、たたらを踏むようにして回避する。

「何のつもり……ッ」

悪意には敏感なほうだと自負している。
笑顔の裏でこちらをどう料理してやろうかと企む手合いは見てきたし、自分だってそれらと大して変わらないようなものだ。

だから害意や敵意が見え隠れしようものなら問答無用で意識を奪ってしまおうと思っていた。その準備だって完了していた。
けれどそういう予兆はなかったから穏便に済ませようとして……ああくそ、いったいこの手のミスを何度やれば気が済むのか。

しかし……違和感。
この男、これほど明確な攻撃を行いながら……いまだに〝敵意〟と呼べる雰囲気が無いのは、いったいどういうことなのか?
まさか挨拶代りとでも言うつもりか? あるいは単に引き留めようとしただけと……どちらにせよ著しく危険人物なことには変わりがないが。

321【練氣太極】:2022/05/29(日) 10:21:34 ID:hBMjceko
>>320

【突然の攻撃に身構える彼女の厳しい声にも、青年は悪びれた様子はなく】
【子供の駄々を咎める様な】
【眉をひそめて、けれど優しい表情で】


 話し足りねェ、っつったろ?
 どうせ大した人生でもねぇなら、そう生き急ぐなよ


【いっそ無防備なほど、悠然と彼女に向けて歩き出す】
【されど彼を中心にして渦巻く「闇」はむしろ勢いを増し】
【────あるいはそれが、彼女を歓迎する青年なりの意図なのか】


 与えられたものがそうまで不相応なら、いっそ何も貰ってねぇのと同じだ。


【一度は遠ざかった彼女との距離を、再び詰める】
【悠然と。楽しげに。隙だらけで】

【まるで────彼女からの攻撃があろうと】
【それを防ぐ術は「既に用意してある」とでも言いたげに】


 ────なあ、お前。俺の妹になれ


【そうして】
【放たれた言葉は────どうあっても、理解不能なものだった】

322【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/29(日) 13:29:43 ID:grO7ff1I
>>321

「は?」

一瞬、何を言われたのか分からなかった。

「────は?」

再び口をついて出た困惑の声が、女の混乱ぶりを如実に示していよう。

妹──?
妹って、あの? 家族の? Sister? ナンデ?
初対面の人間に言う言葉じゃないし、何が彼の琴線に触れたのかも。
意味が分からない。意図が分からない。どうあっても男の言葉を理解できそうもない。

ただひとつ、現時点で確実に断言できることは──。

(こいつ、やばい)

危険人物なのは初見で予想できていた。
だがこれは別ベクトルでヤバいやつだ。単純に暴力的だとかそういう危険性とはまた別の、理解不能な恐ろしさを感じる。
このような手合いを対話で穏便に宥められるほど自分は口がうまい方ではないし、弁舌に優れていたとしても、あの黒い闇……一歩間違えればアレが攻撃を仕掛けてくることは容易に想像できた。

このまま留まるべきではない。となれば取るべき行動はただひとつ。
アタッシュケースをいったん置き、携えた大きな物体を覆う布に手をかけ……。

「────っ!」

一瞬にして解けた大判の布を、男の視界を塞ぐように投げつけた。
露わとなった中身は──鎌。分厚い刃が鈍い輝きを放つ、身の丈ほどもある大鎌であった。
それをもって対する相手に攻撃を仕掛け──。

(付き合ってられない……!)

ない。
すぐさまケースを拾い上げ、踵を返して脱兎のごとくに駆けだした。
女が選んだのは逃走──三十六計逃げるに如かずと言わんばかりの、躊躇ない逃げを敢行したのだった。

323【練氣太極】:2022/05/29(日) 14:03:58 ID:hBMjceko
>>322


【命を刈り取る形状(かたち)】
【飛来するその刃を防ぐように、男の左前腕が無造作にかざされる】
【身に纏う闇が左前腕に収束──────【練氣太極】「豪地」】
【あくまで武器そのものの重量のみに任された攻撃は、浅い裂創を作るのみに終わる】


 だから、


【次いで。彼の両掌に、闇が収束する】
【先程の気弾と同様の、いやそれ以上の邪気が噴き出す】
【【練氣太極】「激天」────先程より規模と速度を増した暗黒の砲撃】


 ────待てって。


【しかしやはりその軌道は直線的、いかに速度を増しているとはいえ】
【逃げに徹する彼女なら回避は可能だろう】

【ただし】

【たとえ一度回避しようとそれは────彼女の回避方向に依らず、軌道を変えてもう一度襲い来る】
【二度の試練を越えることが、彼女にできるだろうか】

324【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/29(日) 19:51:11 ID:grO7ff1I
>>323
//あっと分かりにくくてすみません、投げつけたのは鎌ではなくて鎌を覆っていた布ですね
//もし大丈夫でしたら投げつけられた布を払ってそのまま撃ったという流れに返す形で書いてもよろしいでしょうか……?

325【練氣太極】:2022/05/29(日) 20:43:16 ID:VsPHX13I
>>324
//了解です! 勘違いして申し訳ありません🙇‍♂️

326【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/29(日) 20:56:46 ID:grO7ff1I
>>323

タダで逃げられるわけがないというのは先刻承知の上。
背後から迫りくる砲撃をちらと確認した女は、その手の長大な得物を振りぬいた。

一閃──〝黒い瘴気めいた粒子〟を纏った鈍色の刃が暗黒気弾を両断する。
奇怪なのは切断された気弾が著しく体積を減じたことだった。
元から攻撃を受ければ霧散する性質なのかもしれないが、注意深く見ていたなら鎌が触れたその瞬間に規模が減少したことが分かる。
いいや……鎌が、というより厳密にはそれが纏う粒子が、であるが。路地裏の暗がりの中、そこまで正確に見切るのは至難の業だろうか。

「どうしてこう、厄介な連中ばっかり……!」

自身の不運を呪う言葉を吐きながら、むしろゆえに、鍛えられた逃げ足は遺憾なく発揮される。

大鎌の長い柄を高跳び棒のように用いて頭上の看板のうえへ猫のように着地。
そのまま看板を足場に跳躍しつつ、廃ビルの窓のへりに鎌の切っ先をひっかけて身体を持ちあげて更に上へを繰り返す。
鉄柵を掴み、腕力ではなく遠心力を利用し宙返りするように一回転しつつビル屋上へ着地。瞬く間に自らの身を地上十数メートルの高みへ運ぶことに成功する。

だがそれをもってすらちっとも安心できないのだと言うように再び駆けだす足運びに淀みはなかった。
逃走の手管に迷いがない。きっと何度も繰り返してきたのだろうと確信を抱かせる程度には見事と評してよい逃げっぷりであった。

327【練氣太極】:2022/05/30(月) 08:01:18 ID:ILjfDgn2
>>326


【迷いなく逃走の道を選ぶ彼女】
【己の手の届かぬ場所へと駆け抜ける相手に、青年はため息を一つ】


 それじゃ、駄目だ……


【あるいは、それは】【彼女が落ちた場所が】
【そう簡単には彼女を逃しはしないだろうという確信があるからか】

【女性が未だ、看板を足場に跳躍したばかりのところで】
【青年はその先────彼女が着地しようとする、ビルの屋上へと】
【両の掌を合わせ、向ける】


 ────逃げ回るだけじゃ、ここからは抜け出せねェ


【【練氣太極】────「絶招天」】
【一撃で命をも奪いうる衝撃が、彼女の足元】
【躱すことも防ぐこともできない哀れな廃ビルを狙って放たれる】

【彼女の介入がなければ、その足元はもろくも崩壊し】
【彼女の身体はきっと────今一度青年と同じ地に落ちるだろう】

328【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/30(月) 19:15:06 ID:uw971p1g
>>327

着地──駆け抜け即座に離脱を試みようとして。
足元が爆ぜる。

「くっ──!?」

廃棄されてどれだけ経っているのだろうか、一度も掃除も点検もなされていない廃ビルのコンクリート壁は汚れ、風雨に削られている。
それでもコンクリートはコンクリート、人体とは比較にならぬ強度をいまだ有している。簡単には壊れない。

はずの、それが……まるで豆腐を爪で弾いたみたいに砕ける。吹き飛ぶ。
着地直後の女はバランスを崩し、壁以上に錆つき崩壊寸前だった鉄柵も連座で壊れ、身体をその場に留めるものは何もなくなる。
結果として宙へと投げ出されるが──咄嗟に得物を持つ腕を伸ばし、大鎌の刃を屋上の無事な足場に引っ掛けた。
登らんとするものの、ただでさえ経年劣化による強度低下が著しかった廃ビルは今の一撃で更に損傷を深めたのだろう、刃と女の重量に耐え切れずひっかけた部分が崩れてしまった。

ならばと再び鎌を操りどこでもいい、身体を上方へ持ち上げるためのとっかかりとなる場所を探す。
入り組んだ裏路地だ、建造物に事欠くことはない。だから彼女だけであるなら、この状態からでも立て直しは問題なく行えたのだろうが──。

「────チッ」

今の彼女には重い荷物がある。
アタッシュケースを取り落としてしまった。落下していく荷物、女は一瞬の逡巡ののち後を追って墜落。
取っ手を鎌に引っ掛け、先ほど足場にした突き出し看板を強く蹴りつけて強引に落ちる軌道を横、できるだけ男から遠ざかる方向へと変える。
数瞬の滑空──そのさなかにまるで曲芸のように大鎌を繰り、刃の切っ先から手の中へとケースを戻しつつ得物を構えなおす。

再び路地裏へと降り立ったときには、もう迎撃準備は完了していた。
大鎌に黒い粒子を纏わりつかせながら……更には薄暗がりと自身の影に同化させるよう同種の暗黒を展開しつつ、男を睨み据える。

──どう出る。

329【練氣太極】:2022/05/30(月) 20:11:50 ID:Qy.EngtA
>>328


 よォ。戻ってきてくれて嬉しいよ。

 (とまァ、悠長にしてる余裕はない訳だが……)

【【練氣太極】────「豪地」】
【雨霰のように降り注ぐビルだったモノの破片を邪気を纏った両腕でいなしながら、青年は策を巡らせる】
【「激」「絶招」を一度ずつ使って漸く戦場に引きずり出すのが精いっぱい】
【旗色はかなり悪いと言ってよかったが────】


 そうだよなァ……折角だ、思い切りへし折らねェとなあ!!


【アタッシュケースを確かにその手に、されど遂に戦いの覚悟を固めた様子の女性に】
【青年はひどく満足気で】
【両腕を包んでいた邪気が、右腕に収束する】


 見せてみろよ、役不足の能力(チカラ)をよォ!!


【【練氣太極】────「豪人」】
【弾き落とした廃ビルの欠片の一つ────一メートル四方もあろうかというそれを、片腕で女性に向けて投げ飛ばす】
【彼女がそれをいかに捌こうと、次いで襲い来るのは猛然と走る青年】

【彼女の「暗黒の粒子」の性質にはまだ気づかない様子だった】

330【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/30(月) 21:00:22 ID:uw971p1g
>>329

対敵が己の宿した異能の性質をつかめていない一方、女は敵手の宿したチカラを分析するために脳髄を高速回転させていた。

(黒い瘴気……邪気? 現状で判断するなら身体強化系、でも放出による中・遠距離攻撃も可能。
 射撃に徹しないのは単なる趣味か、それとも消耗が激しいから? どちらにせよ汎用性が高いのは間違いなし)
 
舌打ちの衝動を堪え切れない。
汎用性、応用性が高いというのはそれだけで脅威だ。事前に用途を幾つも考え準備しておけば、こちらの思いもよらない方法で嵌め殺すことすら可能かもしれない。
これが剣術その他の武器術、それに関連した分かりやすい、なおかつ使用方法の限られる類の異能ならば──。
どれだけ強力な威力を有しているとしても一つのことしかできない特化型なら事前に情報を得られさえすれば対策のしようもあるのだが、言っても詮無きこと。

いずれにせよこのままではまずい。
なぜというに、片手が塞がったまま何とかなる相手にはとうてい思えなかった。
ただでさえ重量級の得物だ、片腕ではまともに振るうことすら難しい。せっかく拾った荷物だが……。

振りかぶり、投げ放ったアタッシュケースは黒い影を落としながら、迫りくる大瓦礫の下をすれ違うように地を滑る。
勢いのまま、それは青年の眼前に。いまだ加速はついていて、放置すればそのまま後方に消えるだろうが、奪うに何の問題もない程度の速度。

だが……。

「──ふっ」

青年の頭上に落ちる影。
地面に打ち付けた刃の切っ先を起点にして斜め上方に跳躍、大瓦礫を跳び越えた女が縦回転と落下の勢いを乗せた重刃を振り下ろしていた。
その刃は黒い粒子を纏ってはいなかったが……代わりと言わんばかりに四肢の関節から黒い霧めいたものが迸っている。

──彼女の異能が強化系であろうがなかろうが、武器の重量と鋭さは問答無用で脅威である。
まともに受ければ無事では済まないだろうが、さて。

331【練氣太極】:2022/05/30(月) 21:29:12 ID:Qy.EngtA
>>330


 要るか、ンなもん!


【注意を逸らそうとしたのであろう、彼女が放った貴重な回収品】
【しかしそれは、もとより拾っただけの青年にとってさほど意義深いものではなく】
【むしろ────瓦礫を乗り越えて己を切り裂かんとする彼女に向けてこそ、吠える】


 どらあぁっ!


【目前に迫る死神の鎌を前に、青年は一秒も迷わず「前進」】
【右腕を包んでいた闇が解け、後方に向けた両の手掌から噴き出す】
【【練氣太極】────「豪天」】
【駆ける青年の身体を闇が後押しし、寸でのところで必死の刃を潜り抜ける】


 不相応なモン、振り回すんじゃねェ!


【そうして】【紙一重に死を回避した身体を反転させて、再度彼女を視界に捉える】
【先程と同じく両手を合わせた構え、収束する闇が彼女に向け放たれる】
【【練氣太極】────「豪天」】

【直線的な軌道を描くそれは、何度か同じ技を見た彼女には回避可能なもので】
【直撃したとて命を奪うほどの破壊力は持たないものだが】

【先程、曲がるはずだった気弾を切断してしまったがゆえに】
【仮に彼女が回避を選べば────軌道を変えて再度飛来するそれへの対処は困難になるだろう】

332【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/30(月) 22:13:48 ID:uw971p1g
>>331

がらがらと、アスファルトを引っかきながらケースは路地裏の闇へと消えていく。
それに気を取られていようものなら大鎌が直撃しよくて重傷、当たり所によっては即死もあり得たが──。
もはや眼中にないと言うべきか、その注意は斬撃を繰り出す女に向いていて、ブースト噴射にも似た挙動にて回避を成す。

(あんな真似もできるのか)

ともあれ回避された──反撃が来る。

空振った鎌は、しかしそのままでは終わらない。
後ろ手に回した長大な武器が周囲の外壁を派手に削りつつ持ち主の身体を急停止させる。
それに合わせて身を捻って空中での反転を成功させた。振り向いてみれば視界に飛び込んできたのは……。

「くっ──!」

収束した闇色の砲弾、コンクリート壁を木っ端と砕いた一撃が迫る。
これに当たってはならない。何としても回避せねばと再び鎌を振り引っ掛け、上方へ逃れつつ砲弾の軌道上から身をかわす。
しかし──。

「な、あ……!?」

(曲がった……!?)

それを追って再度来襲する暗黒の脅威。
まるで獲物を逃がさない地獄の番犬であるというかのように追いかけてくる攻撃はいまだ空中にある女には回避ができず、いや……。

「っ、当たるよりは……!」

なりふり構わず、無理矢理に、再び腕を伸ばして先ほどの廃ビルよりずいぶん背の低い建物の屋上のへりに切っ先をかける。
思い切り鎌を引いて身の動きを急転換させ……その先にあった植木鉢群に頭から突っ込んだが、あれに命中するよりは軽傷で済むはず。
もっともあの砲弾が再び方向を切り替えて追ってくるというのなら無意味な延命行為にすぎないが……賭けだとしても、何もしないよりはマシだった。

333【練氣太極】:2022/05/31(火) 09:26:48 ID:y5a/KH4A
>>332


 イイ判断だ。


【強引な挙動でもって身体を転回】
【傍から見れば、戦闘の厳しさに不相応な滑稽さに見える姿】
【しかし青年はそれを笑わない】【彼女に躱された気弾は地面に直撃し、霧散する】


 だが──────


【【練氣太極】────「豪天」】

【両足で駆けつつ再びの加速により、彼女との距離を再度詰めに掛かる】
【ビルを砕く「絶招」は使い切り、強力な「激」もあと一度きり】
【しかし彼女は────その足場を砕いた己の暗黒気弾を恐れている様子で】
【それは彼にとっては好都合だった】


 ────二手先は読めてねェ


【【練氣太極】────「豪人」】
【漆黒に染まった右拳を、倒れた彼女へ向けて真っすぐ突き出す】
【衝撃も貫通も強化はせず、単純に筋力を増したそれは】
【直線的ではあれ、十分な破壊力を持つ】

334【英霊屍揮】死者を連ねる名も無き指揮官@wiki:2022/05/31(火) 18:00:47 ID:obE8UuzM
この街には二つの顔がある。
無辜なる人々と善なる能力者達が謳歌する昼の、"表"の世界。
夕闇を境界に暴力と鮮血、死と支配が鬩ぎ合う"裏"の世界。
此処は昼にあれども薄暗く陽光も届かぬ闇の底。
日常とは隔絶され最早、破落戸さえも近づくことのない廃区画。
能力者同士の闘争は往々にしてこの様な見捨てられた地を造り出すものである。

崩れた建造物の瓦礫を腰掛け替わりに。
少々小太りな金髪碧眼、眼鏡にスーツ姿の青年がステッキに凭れ、
無防備そうにうつらうつらと寝こけている。
その目前では仄かに青白くぼやけた輪郭の幼い少女が、
年相応に無邪気そうにくるくるとふわふわと戯れておどっている。

場所さえ違えば暖かな"表"の光景にすら見紛う。
だが忘るるべからず、此処は"裏"の世の屑底。
日陰者すら慄き避ける魔性化生悪鬼羅刹が棲まう無法の地。

其にて眠るるが亡霊の群れを連ねる者。
"嘆きの河(アケローン)"或いは"存在なき執筆者(ゴーストライダー)"。

暗がりを逝く猛者を求めてかはいざ知れず。
何者かを待つかの様な静寂だけが辺りを満たしている。


//人待ちです。超置き進行(ハイパースロウリィ)予定地です
//それでも宜しければ是非

335【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/31(火) 19:38:20 ID:gIpfFAM6
>>333

視線は否応なしに気弾を追う。
再度の追撃があったならば全力をもって防御……いいやそれではだめだ、無理でもなんでも避けねばならない。
あの威力を前にしてガードにいかほどの意味があろうか? あれを防ぎきれるのはよほど防御偏重の異能所有者くらいだろう。全身鎧に大盾を装備しても間に合うまい。

ゆえにそのまま地面へ落下していった攻撃を目にして女はひとまず窮地を脱したことに息をつく。
いいやそれを放った相手がいまだこちらを狙っている以上、本当の意味で急場を凌いだことにはならないのだが。

ともあれどうにか目前の死を回避し、迫りくるであろう次に備えるため気弾から視線を切り……。

「──なっ」

刹那、大地に堕ちた暗黒のチカラが地面を抉りも砕きもせずおとなしく霧散したことに目を剥いた。
馬鹿な、あの程度で済むはずが……しまったそうか、威力は調節可能ということか!
最初にアレを両断したときはこちらの異能の性質により著しく火力を減少させていたために派手な破壊は起こらなかったものと思っていた、しかしそうではなかったのだ!

(こんなことなら防御しておけば、っ)

「く、ぅ────!」

……余計な思考に気を取られかけておきながらも、身体に沁みついた動作は咄嗟の防御行動を成功させた。
分厚く重い刃を盾に使いつつ、自身も躊躇なく後方へ飛ぶ。無理な体勢からの急な動きは相応の負担を脚に強いたが当たるよりはマシだ。

それでも大きく吹き飛ばされ……転がるように滑り込んだのは建設途中で放棄されたのだろうビルのワンフロアだった。
そこらじゅうに積まれた土嚢や工具が持ち主不在のままひっそりと朽ちていっている。
本来なら大きな窓ガラスが嵌めこまれるはずだったのだろう等間隔に並んだいくつもの窓枠は風通しの良いまま、遠い街の明かりを差し込ませていた。

そんな場所でふらりと、力なくも立ち上がる影がある。
杖のようについた大鎌の刃と女自身に纏わりつく黒い粒子は使い手が動くたび、何か物に当たるたびに体積を減じさせ、そのたびに補填されていたがことここに至ってはその勢いも心なしか弱く……。
死神のローブを連想させる襤褸のような長外套とフードは尚も女の素顔を隠し続けているものの、その額からはぽたぽたと血が滴っており、鎌の柄を掴む指も先ほどより青白い。

消耗しているのは誰の目にも明白だった。もはや決着はついているのではないかと思えるほどに。

336【練氣太極】:2022/05/31(火) 20:59:08 ID:JjblY8po
>>325


 ────よォ。まだやるかい。


【何者を拒むこともせず、されどもはや何者に求められることもない】
【世界の「裏」に巻き込まれた結果主を失い、今となっては後ろ暗い取引の場となった廃ビル】

【そこがまるで自らの家であるかのように、慣れた足取りで青年は踏み入る】
【未だ膝をつかぬ彼女に相対する彼もまた、惜しまず放った大技のために消耗しており】
【顔に浮かんだ残虐な笑みとは裏腹、彼女に駆け寄らないのは疲労もあってのことだった】


 逃げの一手から入ったんだ、戦いは避けたいクチだろ?
 手は止めてやるから、少し話そうじゃねェか。


【そうして──────この期に及んでまだ話したいと、そう言う】
【信じられない発言だが、その真意を裏付けるかのように】
【先程まで彼から滲んでいた暗黒の気は霧散していた】


 なァ。死にたくねぇか?

 与えられた才と恵まれた運に不相応で────俺を「殺す」ことを選ぶほど落ちてもねェ。

 そんな宙ぶらりんでも、生きていたいか?


【一歩、また一歩】【たとえ彼女が鎌を突き付けてこようと、その距離を詰める】
【あるいは飛びのけば距離は開くだろうが、それでも彼女に向けた視線は外れない】

【その言葉は、批難というよりは】
【小さな子供が親に問うような】【あるいは親が愛しい子供に尋ねるような】
【答えを想定した質問にも聞こえて】
【あれだけの暴虐を振りまいていながら────不思議なほどに穏やかだった】

【夕暮れの風が、一陣】
【妨げるもののない窓枠から、彼女と彼に吹き付ける】

337【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/05/31(火) 21:35:06 ID:fRv0FZ2k
>>334

 その冥府の底を飄々と歩き回るのは一人の男だった。
 静寂の中に溶け込むような覇気の無さで、擦り切れた茶のロングコートを靡かせる。
 短い金髪は陽光を散らして暗く輝き、青い瞳は失せ物を探すように忙しなく動いていた。
 そこが都市の裏通りであれば浮浪者にも映ったかもしれない、そんな様相の男ではあったが、
 しかし、このならず者すら寄り付かない廃区画にあっては、場違いとも言える違和を生じさせていた。
 表の世界に在っては腰のガンベルトに収まった巨銃は不穏に過ぎるし、
 裏の世界に在ってはその呑気な姿は迷い込んだ陽の世界の住民にも映る。
 半端者──そう呼称するのが最もしっくり来るのかもしれない。
 そんな半端者の瞳が、キョロキョロと惑っているうちに、うつらうつらと舟を漕ぐ青年の姿を捉えた。

「やあ、御機嫌よう」

 少し気取った声色で、男は青年へと声を掛ける。
 現地の人間に道を聞く観光客のような警戒心の無さは愚者故か、或いは強者故か。
 一見、無害そうな笑顔を浮かべる男ではあるが、青年ならば感じ取れるかもしれない。
 そこに宿る7人分の魂と、それらの材料としてすり潰された数千の幻獣、妖精、魔物の残滓を──。

「──君が“少佐殿”かい?」

 ゼアグライト・オールディ・ルヴィー・マルクウェン。
 かの傍迷惑な魔女が語った、男の探し求めていた人物。
 "少佐"、"英霊部隊指揮官"、"嘆きの河(アケローン)"、"存在なき執筆者(ゴーストライダー)"。
 数多の称号こそは耳にすれど、正体不明の悍ましき魔人。
 男は──ちっぽけな人間は、彼を探してこの冥府の底まで下って来たのだった。


// よろしくお願いします!

338【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/05/31(火) 21:41:35 ID:gIpfFAM6
>>336

がさがさと、かさかさと、ごとごとと──それは路地裏の暗がりに棲まう鼠か得体の知れぬ節足動物か、それとも人か。その成れの果てか。そんなモノらの立てる音だろうか。
耳をすませば無数に聞こえてくる不快な雑音、しかしその中にあって両者が対峙するこの場所、この瞬間には不思議な静けさがあった。
気にならない、というべきか。向かい合う相手に集中すればするほど、周りのことが目に入らなくなるのは自然なことだろう。

「……そりゃ、そうでしょ」

夕暮れの空よりもっと濃く、暗い影を落とす女が俯きつつも返答する。

「死んだほうがマシとか、もういっそ首でも吊ろうか、とか……。
 そういうセリフ、よく聞くし、実際そのとおりにしちゃう人もいるけど、少なくともいま生きてる人間はそうじゃない」
 
勿論……中には心臓が動いているだけ、肉体が朽ちていないだけ、そういう者もいる。
この路地裏には特に多い。瞬きをしない瞳で鈍色の空を見上げながら開きっぱなしの口腔に雨水を貯めていて、それでも呼吸だけはしている子供なども。
けれどそういう者たちは〝生きている〟と言えるのだろうか? 〝死んでいない〟だけなのではないだろうか?
生の定義をどこに置くかはそれぞれだが……少なくとも女は、壊れてモノになってしまった人々を生きていると言ってしまうには少々の抵抗があった。

「なんだかんだ、生きる気力はあるから生きてるんだよ。
 放っておけば尽きてしまうのかもしれないけれど……少なくとも、生きてるうちは。……わたしだってそう。
 痛いことはしたくない。苦しいことはしたくない。辛いことはしたくない。……甘ったれだって、言われなくてもわかってるけど。
 それでも、死ぬのは嫌だよ」
 
死にたくない。
生きていたい。
生物として、生命として、極めて自然な生への欲求……それを持ち合わせる程度には、女はまだ生きていた。

339【練氣太極】:2022/05/31(火) 22:24:30 ID:JjblY8po
>>338

【女の声は、闇の中から届く喧騒の中】【はっきりと青年の耳に届いた】


 ────あァ、上等だ。生きる理由には十分すぎる。
 だがよォ。宙ぶらりんのままじゃ……いつか、どこにも行けずに死ぬぞ。
 何も見つからねェ、"逃げる"ばかり────そんなままで、無意味に。


【何か心境の変化があったが、それとも抵抗するよりマシと思ったのか】
【いずれにせよ。青年に言葉を返す彼女の目は】
【彼女自身が口にした通り。生にすら絶望しきったというには、まだ最後の灯が残っていて】
【だからこそ青年は、僅かに語気を強めた】


 命を繋ぐために、ただ誰かの駒になるくらいなら。
 ────せっかくだ。お前自身の、生きる「意味」を探した方が面白い。


【また、笑う。今度は嗜虐の笑みではなく、凶暴で、けれど明朗に】
【それは期待を裏切られなかったことへの喜びか】【あるいは────】


 ……もう一回言うぞ。お前、俺の妹になって────いっぺん底まで落ちてこい。
 この地獄での生き方は、俺が教えてやる。
 再起でも、絶望でもイイ。その無様な半端は、とっとと捨てちまえ。


【────そう。あるいは、青年自身もずっと抱えてきた孤独から、抜け出したいがためか】
【歩みは止まらず。遂に手が届く距離にまで達する】

【そうして。彼女の目の前で青年は、まっすぐに彼女に手を差し出す】
【その掌に渦巻く闇はなく、いっそ襲われたいかのように無防備で】
【救いを差し出すがごとく、救いを求めるがごとく────手を伸ばす】

340【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/06/01(水) 00:00:21 ID:8O8K/mbo
>>339

差し伸べられた手に、かけられた言葉に……何事か、思うところがあったのだろうか。
黙り込んだまま、俯いたまま、暫しの時が流れた。
やけに長く感じられた……けれど実際には数分もない時間ののち、口を開く。

「……そう、なのかもね。逃げるばかりじゃいけないって、分かってるんだ。本当は。
 生きるためには現実に向き合わなくちゃいけなくて、だからどんな形でも歩き出さなきゃダメだって……分かってたつもりだけど、忘れてたのかも」

誰もがそうして現在を生きている。
後ろを向いてもいい、また歩き出せるのなら。
つまりそれは後ろばかりを向いていてはいけないということで、蹲ったままの今の自分では永遠に明日は来ないということだ。

「あなたの言う通りだね。ありがとう」

だから、感謝の言葉を口にして。
男の武骨な手のひらに、自分もまた手を伸ばして……。


//続きます

341【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/06/01(水) 00:01:16 ID:8O8K/mbo
>>339
//時間的にはそんな進んでないつもりなんですが、一手で動きすぎかなと思いましたので、お好きなタイミングで反撃なり何なり差し込んでいただいて大丈夫です
//あくまで順調に進めばこちらの流れはこんな感じになるということで……うまいことやれなくてすみません


「──本当にありがとう。
 そっちからべらべらと喋りだしてくれて、正直助かったよ」

 
──後方へ跳び退さると同時に、黒より暗い闇色の影を爆発させた。

女の影に同化するよう、巧妙に隠しつつ展開されていたのは大鎌に纏いつくものと同質の粒子。
だがその濃度が違った。大鎌のそれを影と評するなら、今まさに青年へ殺到しているのは深闇。
光を飲み込む真の暗黒。それは青年の操る邪気と一見して似通っていたが、決定的に違うのはその性質だった。

接触と同時、力が抜ける感覚を覚える。
錯覚ではない。体力、気力、精神力、存在するなら魔力──〝生きる力〟とでも呼ぶべきモノが、その暗黒に触れた端から消滅してゆくのだ。
身体を強化し、転じて破壊エネルギーと為す、彼の動的なチカラとはあまりに違う。
静かに、だが絶対的な影響力をもって生命を死滅させる、さながら死神の鎌か冥界の瘴気と称するべき、おぞましい代物であった。

纏わりつき、生命力を奪っていく瘴気にしかし、抵抗できないわけではない。
今もって次から次へと噴出しては殺到する暗黒に己が暗黒にて抗すれば、邪気の消費こそあれどレジストし続けられる。
見れば刻一刻と生気を失っていく女の顔色、瘴気の操り手も決してノーコストでこれなる異能を振るえるわけではない。
おそらく拮抗が続いたならば先に力尽きるのは女のほうだ、それを待つか、それとも別の……。


//あと一レスだけ続きます

342【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/06/01(水) 00:01:42 ID:8O8K/mbo
>>339

「────騒霊」

だが刹那、並んだ窓枠の向こうに描き出される外界の景色に無数の浮遊物が出現した。
それは大小さまざまの瓦礫であったり、鉄柵の破片であったり、砕けた植木鉢の群れであったり。
総じて〝女が戦闘中に触れた、ないし接近した物体〟が──黒く沈んだ色の霧に包まれ浮かび上がっている。

そう……女はただ逃げ回っていただけではなかった。
事あるごとに物を削り、壊していたのは〝弾〟を確保するため。
生命に触れて初めて効果を発揮する異能が、なぜかその前段階から体積を減らしていたのは物体に付着させ操作の準備を整えていたため。

周辺の地形を把握し、どこで何に粒子を付着させたかすべて記憶して、あとはそれぞれを同時操作しこのビルを包囲するための時間を稼ぐ必要があったのだが……。
前述のとおりそれは向こうが勝手に始めてくれる。ゆえにもう、あらゆる準備は完了していた。

「閉じろ」

静かな号令一下、それら浮遊物が一斉に青年へ飛来する。
ひとつひとつの殺傷力はさほどでもない。寄り集まったところで彼の邪気による強化にかかってはほとんど無傷に終わるだろう。
だが無数の塵は障害物となって彼の視界を塞ぐ。それらを操る瘴気が消えれば足元に降り積もって移動を阻害する。
そしていまだにうごめき続ける濃密な暗黒は青年の邪気をして守勢に回る以外の選択を許さぬほどしつこく絡みついていて……。

瘴気と物質による足止め、駄目押しと言わんばかりに一閃した鎌がフロアの一角に積まれていた土嚢を切り裂いた。
瞬間、中身の乾いた土が弾けたように濛々と立ち込める。これほど換気のよい場所でも容易に晴れない土煙、鎌で切っただけでは到底こうなるはずがない。
切断と同時、粒子をファンのように形作ってめちゃくちゃにかき混ぜたのだ。結果、大量の土は一級品の煙幕と化して視界を完全に奪う。

「あのさ、いきなり攻撃仕掛けてくるようなやつの話を聞いてもらえると思ったら大間違いだよ。
 初対面の相手と会話したいならまず相応しい態度からって、まあ習ってこなかったんだろうけどさ。
 かわいそうだと思わないでもないけど、殴りかかってきた相手の事情まで斟酌してあげるほどわたし人間できてないから」
 
……土煙の向こう、反響する声が居場所を掴ませぬまま語りかけてくる。
つまり、最初からまともに相手をするつもりなど無かったということだった。
戦闘行動に見えた一連の流れはこうして逃げを打つための準備にすぎず、最後の会話に付き合ってみせたのは単なる時間稼ぎ。

初めから終わりまで馬耳東風、おまえはわたしに攻撃してきただろうが。挨拶代わりと言わんばかりに仕掛けてきただろうが。
そんな輩の言葉をどうしてまともに聞いてやるものか、ふざけるのも大概にしろと怒りをにじませながら……。

「いろいろ言いたいことはあるけど、面倒だから一言だけ。
 ────女の口説き文句くらい少しはまともなのを考えろよ、糞餓鬼」
 
ありったけ、腹の底から侮蔑を叩きつけて……それを最後に女は遠ざかってゆく。
瘴気が完全に消え失せ、煙幕が晴れたその頃にはもう姿はおろか気配すら、どこにもなくなっていたのだった。

343【英霊屍揮】死者を連ねる名も無き指揮官@wiki:2022/06/01(水) 03:59:28 ID:JlncG4xE
>>337
この場所は嘗て高位の能力者達による大規模な戦禍に見舞われたのだろう。
お陰で日中すらも分厚い暗雲が天蓋を覆い、
その隙間から漏れる微かな光だけがこの地の稀少なる光源だ。
地表でさえこうも荒れ荒み、地下に在っては更に重度の能力汚染が進むという。
冥府────。正しくそう云うに相応しい荒涼とした地に一人の男が現れた。

途端に幼い少女は踊りを止め。
ただじっと物も言わずに現れたその男の方を見つめている。

────君が“少佐殿”かい?。

声を掛けられるよりも早いか青年は微睡みから醒めていた様子で。

「この様な場所で待ち惚けていれば、
 孰れ名立たる猛者の一人や二人には会えるかと期待していたのだが。
 フフ。どうやら私は大物との接点に恵まれたらしい。
 本来の名などここ半世紀の内に忘れ去って久しいが……。
 如何にも私が"少佐"を名乗る者だ。
 他にも大層な通り名は幾つか持っているがね。」

冥府魔界の住人とは思えぬ程に答える物腰は柔らかい。

「そう言う貴殿はハイル殿……。
 いや【倫理転生】の御歴々と呼ぶのがより正確だろう。
 幾つかの時代。聖王の騎士団。無限機構。
 時と共に華々しき悪の組織を渡って来た"生き証人"。
 貴殿の様な人物を私は探していた。

 はは。以前、冥河の渡し守(カロン)を気取って名乗った事もあったが、
 当のご本人を前にしては恥じ入るばかりだ。」


その様な柔らかな物腰に反し、厭らしくも卑下た笑みを浮かび上がらせ。

「貴殿の方から私を尋ねに来てくれたのは大変有難い。
 ────して、何用かね?」

現状として視覚的情報からはこの男へ対する脅威なるものは感じ取れないだろう。
だが恐らく貴方の裡の幻獣、妖精、魔獣としての要素。
或いは幽冥界に紐づけられた人格を複数有する者としての感覚が、
只一人の人間から冥府そのものの気配を感じさせるに至るやもしれない。


//宜しくお願いしまっす!

344【練氣太極】:2022/06/01(水) 07:21:22 ID:9T0/1ldM
>>340-342


【────いつだって。終わりは唐突に、当人にとっては思いもしない形で訪れるもので】


【罪を責める礫のように殺到する深闇の粒子】
【限界に近づいていた身体が無様に倒れて膝をつき、「地」の発動さえ間に合わず】

【愛しい路地裏の構造物たちが、破壊されたことへの報復の如く青年を襲い】
【その身体に無数の傷を刻み付けていく】

【そうして最後に、その視界が奪われ】
【────けれど。その直前まで彼の眼は、確かに女の怒りの視線と交錯していて】


 ……よく言いやがる。どうせ、誰の話も聞く気ねェんだろうに。


【力ない言葉は、しかし絶望ではなく憐憫だった】
【彼の生きてきた世界は強さこそすべて】【そもそも話をする前に衝突がないことなど想像すらできず】
【だから彼女の言葉を感覚として理解できてはいなかったが────】

【完全な油断をつかれた敗者の素直さでもってその言葉をいったんは受け止め】
【それでも反論する。あるいはそれは、先程の彼女の言葉を愚かにもまだ真実だと思っているからか】


 まァイイ。お前がどう思おうが、いつかまた会うさ……そんな風にしかできてねェんだ、この世は。


【全身をずたずたに切り裂かれ、足元に降り積もる障害物に身動きすら取れず】
【死すら目前にも見えるそんな無様にあって青年はまだ嘲笑する】
【その対象が彼女なのか自分自身なのか】【それが誰に向けた言葉なのか】
【それはきっと本人にすら分からず】

【そして。完全に身動きが取れなくなる前に────あるいは、出血のあまり意識が失われる前に】
【もはやゼロにも近い精神力を振り絞り、その右足に闇を纏い】



 ────精々それまで死なないこった。半端者



【【練氣太極】────「絶招人」】
【目的を果たし、戦いではなく勝負の勝者となった彼女への称賛としてか】
【全力でもって地を踏みつけた足から放たれる衝撃で、自らを取り巻く全ての障害物を吹き飛ばす】


 あーあ……面白く、ねェ……。


【煙と瘴気が消え失せた廃ビルで、一人青年だけが倒れていた】
【「二の撃ち」まで使った身体はそれだけで限界に至り】
【彼女が最後に食らわせた無数の攻撃のために、その命は風前の灯火だったが】

【────それでも生きている。なぜならば、彼女が残って彼を殺さなかったから】
【逃げ回るだけで追手が消えることなど在り得ないと、もう此処には居ない誰かを嗤いながら】



//絡みありがとうございました!!!
//久しぶりのロールとはいえ我ながら説教がましいキャラすぎる!! 失礼しました。

345【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/01(水) 09:25:40 ID:d7dLMIF.
>>343

 予想外の評価に、男──ハイルは自嘲気味の吐息を吐いた。
 大物などと……生き証人などと、そんなものは過大評価に過ぎない。

「ハイルで良い。僕などは、鮮烈な生き様の……。
 あの、目も眩む程の輝かしき悪党達の陰を、ひそひそと歩いていただけだよ」

 めそめそと、かもしれない。
 幽鬼のように、生者に縋り付いていただけなのだ。
 生き証人どころか、まっとうに生きてすらいなかった愚か者。
 それがハイルの、過去の自分に対する評価だった。
 だからこそ、少佐の言葉は己の恥部を晒されたような気恥ずかしさすらある。
 そんな感情を覆い隠すかのように、ハイルは懐から煙草を取り出して紫煙を燻らせた。
 不躾ではあるが、この冥府に在っては小さな事だろう。

「少し前に、ゼオルマと会ってね。君のことを聞いた」

 悍ましき、恐ろしき、悪辣なる親愛なる魔女。
 彼女から渡された少佐の顔写真を目にして──そのあまりの若さに不安を覚えた。
 神に愛された若造か、或いは年齢を偽っている古狸か……などと想像を巡らせていた。
 だが、実物を目にして、そのような想像も不安も掻き消えた。
 
 ──なるほど、"嘆きの河(アケローン)"とはよく言ったものだ。
 
 その悍ましき気配は、死者の揺蕩う冥河を錯覚させる。
 英雄すら恐怖する生と死の境界線だ。
 そして、“それでこそ”だ。探し求めた人物は、“そういうもの”でなくてはならない。

「僕と共に悪を為してはくれないか?」

 人間として生きるために、悪を為そうと思った。
 人で在るために、人でなしになろうと思った。
 その助けとなるかもしれない人物──魔女お墨付きの“悪党”。
 そう紹介されたのが、目の前で茫洋とした少女を傍らに置く青年だった。
 紫煙を吐いて、改めて口にする。
 
 
 
「世界を滅ぼそう」
 
 
 
 そうしたいから、するのだ。
 それが人間で、それが“悪党”なのだから。

346【英霊屍揮】死者を連ねる名も無き指揮官@wiki:2022/06/01(水) 16:59:02 ID:JlncG4xE
>>345

────ハイルで良い。────────。

「了承した。ならば私の事は便宜上アケローンと呼んでくれ。
 真名でこそ無いが私を表すには適切な通り名だ。
 何、轡を並ぶるべき同胞に階級で呼ばれるのも忍びないのでね。」

自嘲気味に過去を語り紫煙を燻らすハイルに、しかしと返す。

「嘗ての輝かしきと共に在り、未だこうして生き長らえている。
 それが今の我々の世界に於いてどれ程の価値であるのか、
 君とて理解はしているのだろう?
 こと、この先に.世界を滅ぼす(そんな)悪を為さんと志すのであれば。」

ハイルからの要求に何一つとして驚く素振りもなしに、
さも当然の事の様に世界の破滅を前提とした会話を続ける。

「丁度、私からも似たような提案を持ちかけようと思っていた所だ。
 尤もこちらが興味を持つのは滅び(モクテキ)では無く過程(シュダン)の方なのだがね。

 手っ取り早く言うならば私は新たな悪の組織を作りたい。
 名立たる悪人達を。世界を灼き焦がす悪意の群れを。
 混沌の火種を束ねて軍を為し、この世の普くを踏み躙るのだ。
 我々悪党共の大同盟を立ち上げる、その為の一歩として。
 君にも我ら【同盟】に名を連ねて貰いたいのだよ、ハイル。」


青年の様な見た目をした溢るる冥河の化生は。
淀んだ瞳を真黒に輝かせながら、憧れを、夢を語るが如しに。
げに悍ましき野望を騙って聞かせる。

破滅を願うと云うのであれば。
此の荒れ狂える冥河の氾濫に手を貸してみるのも、また一興だろうか。

347【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/01(水) 18:55:11 ID:d7dLMIF.
>>346

「ああ、アケローン。
 僕は己が死に損なったことに感謝をしよう」

 彼もまた鮮烈なる悪であれば、ハイルは眩い物を見るように目を細める。
 だが、目を逸らすことはしない。
 ひそひそと、めそめそと、生者に縋り付く男はもう居ないのだから。

「善良と邪悪の区別なく、人魔神仏の区別なく、
 尽くに反逆し、尽くを殺し、尽くを滅ぼそう」

 この身に眠る総ての魂が願っている。
 八つ当たりで滅ぼそう。平和の為に滅ぼそう。愛の為に滅ぼそう。自由の為に滅ぼそう。
 人間らしく身勝手に、この世一切の区別なく。世界を相手取って悪を為そう。
 この身に“冥河の渡し守(カロン)”の役割が与えられている限り、
 “嘆きの河(アケローン)”と共に在る事は必然である。
 これを運命と呼ばずになんと呼ぼうか。

「君の渡し守をさせてくれ、我らが荒れ狂う嘆きの河よ」

 此処に【同盟】は結ばれる。
 かつて、尊き者の為に悪を為した。
 かつて、永遠の戦争の為に悪を為した。
 それは誰かの理由だった。誰かの願いだった。
 しかし初めて男は、己の願いの為に“悪党”と成った。
 だからこそ【同盟】。支配せず、支配されず、対等なる一個の悪。

「倫理は転じた。
 悪こそが僕の正道だ」

 そして願わくば、忌むべき悪党として、
 永遠に己の名、己の存在が刻まれんことを──。

348【英霊屍揮】死者を連ねる名も無き指揮官@wiki:2022/06/01(水) 20:31:33 ID:JlncG4xE
>>347
今、【同盟】の名の下に。
此岸と彼岸を分かつべき死の河とその守り人。
在るべき姿を歪めた盟約がここに結ばれる。

冥河は今や境界に非ず、溢れ飲み込み侵し往く災いに転じ。
守り手もまた役目を棄て、毀し殺し滅し尽くす死神へ転じた。

「さて、思いの外に速やかに事が片付いてしまったな。
 現状の同盟相手の事、今後の展望や他語るに尽きなくこそあるが。
 そも我らは"悪党"だろう?
 対話のみで済ませる分には楽であるし余分も無い。
 而して些かにつまらなくもあるだろう。

 尤も互いに真っ向からぶつかるならば。
 その時は"試し"などと云うものの余地など無く。
 どちらかが、或いはどちらもが死を晒す事に成るは必定だろうがね。」


傍らで静観を続けていた少女の手元には、
いつの間にか見目不釣り合いな機関銃が携えられていた。

「ならば遊興(ゲーム)をしよう。ルールなどはどうでも良い。
 互いの能力の有用性を誇示する為に。
 若しくは相手への牽制や威迫を示す為に。
 どこまで手の内を晒すのかまでもが駆け引きの内だ。

 手頃な的でも"居"れば良かったのだが。
 まあ此処ならばどれ程の騒ぎを起こしても誰とて与り知らぬだろう。」


悪ならば無秩序、混沌を愉しんでこそだろう? と。
殺し合いとはまた一味違う、己が全力の程を競って見るも良し。
真の実力を欺き通して見るもまた一興だろう、と。
心底愉し気に同盟者へと嗤い掛ける。


「さしずめ先ずは破壊の規模でも競おうかね?」


【血海戦染】、【磁弓刃雷】、【動力構成体】 招集────


杖が地を叩く毎に昏き冥河が溢れ死者が現界する。
これこそを以ての異能、【英霊屍揮】。
生死の理を歪め世の摂理を乱すが為の特異にして悪辣なる魔性の力。



//今日の分のお返しはここまでと思われますっ

349【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/06/01(水) 20:38:46 ID:ll7RPBaU
>>344

跳躍。跳躍。建物から建物へ、夕暮れの薄闇を駆ける。
一目散に離脱するその背後で、今しがた脱出したビルから轟音が鳴り響いた。
まさか追いかけてきたのか──咄嗟に振り向いて気配を探るも、その様子はどうやらなく。
けれど離れる脚が止まることはなく、むしろ早まった。一刻も早くと、逃げ足は回転率を高めるばかり。

「──はぁっ! はっ、はっ、……!」

十二分に距離を取りったことを確認し、何処かのビル屋上にへたり込む。
荒い息をつく様子に余裕など欠片もない。彼女自身、限界が近かったのだ。
多量の〝死神〟を行使した代償は軽くはなかった。もともと青白い顔色が更に薄く、病的なほど色を失っている。

まったく、とんだ災難に出くわしたものだ。
この街はああいう手合いに事欠かないから困る、そのぶん仕事も実入りも多くはあるのだが……。
ともあれ……と、得物を握る方とは別の手にあるものへ視線を落とした。

「コレは無事に回収できたし、ひとまず安心かな」

鈍色に光るアタッシュケース── 一度は投げ放ったものがどうして彼女の手にあるのか……単純な絡繰り、あの〝騒霊〟と同じ原理である。
あらかじめ適当な量の粒子を悟られぬよう仕込んでおいて、無数の浮遊物と煙幕に紛れさせ回収していたのだ。
地面のアスファルトへ派手にこすりつけられたせいで表面にひどい擦過傷が刻まれてはいるが、中身は無事のはずだ。問題なかろう。

さて、と立ち上がって埃を払う。
めちゃくちゃ疲れた。帰って寝たい。その前に報告があって、それがまた面倒だと憂鬱な気分になりながら……。

ふと、最後の会話で自分が語ったことを思い出す。
時間稼ぎのためではあったが……いいやむしろ時間稼ぎのためであったからか、言葉に嘘はなかった。
逃げるばかりではいけない。現実に向き合わねばならない。どんな形でも歩き出さねば。
ああそうとも、分かってはいるのだ。それが正しい生き方なのだろうと。

「……まあでも、そんなふうに正しく生きられるひとばかりなら、誰も苦労はしないよね」

分かっているけど自分はそう生きられない側の人間なんだ、と……。
こんな自分に思うところはそりゃあるけど、それでもとりあえず生きていられれば、まあ。
そう諦めて……あるいは妥協して……実に凡俗らしい〝なあなあ〟で、日々を生きているのだった。

──女がとある暗殺者に遭遇する以前の、一幕である。


//ありがとうございましたー-!!楽しかったです!!!
//いえいえそんな、こちらこそ最後は強引な感じになっちゃってほんとすみませんでした……!

350【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/02(木) 01:06:00 ID:xH/4I2eM
>>348

 アケローンの提案に、ハイルは僅かに思案してみせた。
 何らかの抵抗感を抱えているような、そんな表情。
 
「──まったく、まだ吸い始めたばかりだというのに。
 ああ、ああ、僕は構わないよ」
 
 それは、アケローンに向けた言葉であり、そうではないとも言えた。
 お手上げだとでも言うような、投げやりな態度にも見える。
 ハイルはやがて小さく溜息を吐くと、咥えていた煙草を一口だけ大きく吸った。
 
「だが、破壊力を競うと言うならば、少し殺風景に過ぎる」
 
 雲間から僅かに溢れる陽光が照らすのは、朽ちて崩折れた建造物。
 薄暗い──どんよりとした廃区画には生きた建物などもはや残っていないように見えた。
 能力による汚染は荒涼な殺風景を作り出し、それを攻撃の的とするのは味気ない。
 
「──だそうだ」
 
 まるで他人事のように、己の言葉ではないかのように。
 大量の紫煙を吐き出して、ハイルはそう言った。
 そして、指先でまだ火をつけたばかりの煙草を弾くと、
 それが地面に落ちるよりも早く腰のホルスターから巨大な拳銃を抜き放つ。
 曲芸の早撃ちであれば、撃ち抜くのは投げ捨てた煙草なのだろう。
 だが、ハイルが銃口を向けたのは煙草ではなく、己のこめかみだった。
 そして、一瞬の躊躇もなくその引き金を絞り込む。
 
 ──まったく、嫌煙家との同居は窮屈だ。
 
 そんな言葉が銃声の轟音に紛れ込み、そして、“夜が訪れた”。
 突拍子もなく、雲間から覗く天蓋が黒く染まり、
 零れ落ちる僅かな温かみは漆黒の冷気に呑み込まれてゆく。
 そして、だというのに地上の明るさに変化はない。まったく異常な天変地異。
 その中で、大柄なハイルの肉体に宙空から出現した黒色の帯が纏わりつき、
 やがて全身を覆う帯が雪のように溶け落ちると、
 其処には純黒のフリルドレスに身を包む少女が姿を現した。
 そして、彼女は恭しく淑女のように膝を折ってカーツィを行うと、無邪気な笑みを浮かべた。

「初めまして、アケローンの小父様。
 私は“ニュクス”、この身体に住む魂の1つ」

 若い、というより幼いと言って差し支えない少女──ニュクス。
 真っ黒なストレートヘアは白い肌に映え、彼女のその肢体の幼さをより強調させた。
 年嵩にして10代前半の少女は、しかし、ハイルとは比べ物にならない“怪物”であると感じさせる。
 それは目を覆う黒い帯の異様さもそうであったし、“夜の神”の名を冠する事からも伺える。
 そして、それ以上に雄弁に、その矮躯から溢れる魔力が彼女が人ならざるものであると語っていた。

「ゲームを、したいんでしょう?」

 ニュクスが指をパチリと弾くと、
 能力汚染によって冥府の如く成れ果てた地の、悍ましき瘴気が“捻じ伏せられる”。
 天候を左右するほどの魔力が周辺地形を覆い尽くし、朽ちた建造物が黒く染まっていく。
 黒色の魔力は実体を以って廃墟に“かつての形”を与えて行き、
 オマケとばかりに黒く染まった地面から人影のようなものが生み出されていく。
 それは街だった。黒色の魔力で形作られた、実体を持つ1つの街。
 空から見下ろせば、その“街”による侵食は数平方kmにも及ぶことが分かるだろう。

「これなら、分かりやすいわよね」

 彼女は人懐っこい笑みを浮かべて、そう言った。
 アケローンはハイルの同胞となった。
 そして、ハイルの同胞はニュクスにとっても同胞という事になる。
 だから、彼女は“少しだけお手伝いをした”だけなのだ。
 家事の手伝いを名乗りでる幼子のように。
 愛すべき同胞の提案を助けるべく、街を1つ作ってみせたのだ。

351【英霊屍揮】死者を連ねる名も無き指揮官@wiki:2022/06/03(金) 17:00:03 ID:FYfjmPX.
>>350
溜息と共にごちりながら煙草を大きく吸って撃鉄を引き、人格を変える姿に。

(ふむ、少々勇み足が過ぎたな。ハイルには悪い事をしてしまった様だ。)

内心で省みつつも異様な"夜"の訪れを見届ける。

「Bravo!(素晴らしい) Bravo!(凄まじい)
 矢張り魔法という力には目を見張るものがある!
 是非にとも欲しい!!」

数km四方にも渡り風景を一変させしめた異能(モノ)を前に喝采し。

「……いや失礼。ニュクス、君の事では無いのだ。
 強大な魔術師の英霊と正規の契約を結ぶ機会があれば良いと、
 そう思っただけの事。他意は無い故、気を悪くしないで欲しい。」

この男はどうにも興が乗ると童の様に燥いでしまう所がある様子。

「規模を競おうなどと言ってはみたは良いが。
 大抵の場合では創るよりも毀すが易い。
 今の私の部隊ではこれらを一瞬に破壊せしめるのは不可能だ。
 故に勝負はそちらの圧勝、と言った所である。

 が、私はそもそも根が日陰者でね。
 この様な場でも無ければ実践的に隊の連携を試す機会も余り無い。
 負け戦ではあるが少しばかりの悪戯(アソビ)に付き合ってくれまいか?」


機関銃を構えた亡霊少女と顔に火傷痕を持つ少女が一歩前へ出る。

「先ずは新たに部隊に迎えた隊員との連携を試そう。
 此れを前にしては多少地味な絵面になってしまうが暖かく見守って頂きたい。」

タタタ、タタタと正確な拍子を刻む様な射撃音が続き。
最小限の弾数で夜の街の人影を一人また一人と潰してゆく。

次いで亡霊少女が装填用の予備弾倉を火傷の少女へと放る。
それをすかさずキャッチして其のまま頭上やや前方へと投擲。
金属製の弾倉へは既に触れた瞬間に磁性が付与されており、
追って寸分違わずに投擲されたナイフが軽い金属音を立てた刹那。
遅れて発動させたナイフへの磁性が強烈な反発作用を生み出し。
弾倉内の弾丸が炸薬諸共に散弾宛らに弾け飛ぶ。

それぞれが金属鎧をも貫通せしめる速度と威力を持った細かな鉄片の飛礫。
亡霊少女の継続的な射撃と合わせて凡そ数十人。
それだけの人影が本物であったならば物言わぬ肉塊へと果てていただろう。

先ずは小手先の御挨拶にと指揮者は嗤う。

352【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/03(金) 18:49:08 ID:2mTtTJko
>>351

 易々と己の敗北を認めるアケローンに、ニュクスは僅かに笑みを浮かべた。
 自らを下に置いて見せるのは、揺らがぬ自信と自我があるから。
 謙遜とは高位に在る者のみに許された韜晦だ。

「ええ、私も遊びは好きよ。あなたを見せて?」

 ニュクスは愉快そうに、アケローンの言葉を受け入れる。
 揺らがぬ自我など、ニュクス達にとっては縁遠い言葉だ。
 いつだってその魂が混ざり合い、崩壊する危険と隣合わせの歪な存在。
 そんな者からすれば、彼の一個としての完全さは羨むべき性質だった。
 そして、彼がひとたび指揮を振るえば、完璧な連携を見せる死霊達。
 次々と消えていく人影を見て、ニュクス愛おしげに口を開く。

「優しい能力ね、アケローン」

 皮肉ではない。それはニュクスの本心だった。

「貴方の中では、死(おわり)は終わりではない。
 英雄たちに戦う場所と、生の“続き”を与える慈悲深い力ね」

 ニュクスは人を愛している。
 退廃的に落ちぶれて行く者、先鋭的に変化を生み出す者、
 刹那の為に命を投げ出す者、永遠の命を望む者。
 すべてを同等に愛している。──故に、彼女は殺す。
 その全存在を感じる為に、味わう為に、命を奪う。
 そんな彼女にとって、死後すらをも保証するアケローンの力は魅力的だった。

「私は──私が死んだら、貴方に力を貸してあげたいわ」

 可能なのかは分からない。
 それは、彼の力の詳細が不明であるという事も理由の一つだ。
 直接殺す必要があるのか、或いは何らかの契約を結べば良いのか、
 ともすれば、心臓を食らう必要がある能力という可能性もある。
 そして、それ以上に……ニュクスの死後は既に処遇が決まっている。
 悪辣なる、親愛なる魔女──ゼアグライト・オールディ・ルヴィー・マルクウェン。
 ニュクスの魂は死後、彼女の所有物となる契約を交わしていた。
 だから、それは小さな、きっと叶わぬ願いだ。

「だから、もっともっと力を見せて!
 私を、総てを、誰も彼もを殺せるくらいの力を!」

 ニュクスが指をパチリと弾くと、街を蠢く人影の一団に変化が現れる。
 それらはまるで互いを抱き合うように集まり、溶け混ざり、
 見る見る内にその体躯を巨大化させていく。
 推定10m程度の巨大な人影が眼前に街に現れ、
 加えてその周囲にもまばらに人影がぽつぽつと生まれている。
 ニュクスの魔力は防御に向いていない攻撃的な性質を持っている。
 故に、その巨人も銃弾を阻むことは出来ないだろう。
 しかし、その大きさは周りの人影の5倍近く、体積に至っては25倍程だ。
 純粋に、小口径で消し飛ぶ大きさではない。
 そんな巨人が、今にもアケローンに掴みかかろうと長大な手を伸ばしてきていた。

353【英霊屍揮】死者を連ねる名も無き指揮官@wiki:2022/06/03(金) 20:27:39 ID:FYfjmPX.
>>352

────優しい能力ね、アケローン。────────。

「"優しい"、か。
 久遠の命。死者の復活。それらは永きに渡る人類の大願の一つだ。
 不完全ながらも似たような事を行える我が冥河の姿に、
 如何な想いを映し見たとて私は一向に構わない。

 ……そうだな。縁起でもない話ではあるが。
 仮に君が、君達が志半ばに斃れたとして。
 その時にまだ私が生きていて、君達皆がそれを望むのであるならば。
 ああ。私がその能力(チカラ)と滅び(オモイ)を引き継ごう。」


/* これより"物語"内の一切の人物による閲読を禁ず。

【英霊屍揮】と云う能力によって召喚される"英霊"。
死者達は正確には死んだ本人と同一存在ではない。
そもそもが死んでおらず表舞台から退場しただけの者さえ呼び出せるのだから。
其れに於ける魂による"拒否"と呼べるものは。詰まる所にそう言う事なのであり。
例えゼオルマの様な超越的なPCであったとしても、
"本人"の意向を覆すには至らない事を説明しようと思う。
尤も、この話は"逆"の場合にあっても成立する。
私は"当人"の意向を覆す形での使用は行わないと此処に宣言する。

 以上。 */


それが本当に"優しさ"故か単に有用な力を欲してだけかは、
決して表情にも気配にさえ出しはしなかったが。
男はニュクスの言葉に確かに"保証をしよう"と応えた。

そして続く更なる破壊を促す言葉と迫る巨躯の腕を前にして。


「よろしい。ならばもっと強く、もっと激しく。
  ────奏でて魅せよう!」

指揮官ならぬ指揮者の体をして展開した全部隊員へ指示を与える。
ニュクスが天を"夜"で覆ってみせた様に、地を血獄の揺蕩う水面が覆い侵す。
其処より顕れたるは膨大なる巨影。
幻想種を除いた現世に於ける最大の生物に等しい、或いは上回る体躯。
大牙を戴きし鯨にも見える紅き大海龍の似姿。
巨人の更に倍はあろうという大質量の血液の奔流が、
横面からそれを呑み込み一帯の建造物諸共に薙ぎ払う。

其処へ向けて指揮者が手を振り払えば。
それに合わせて爆裂する光弾、擲弾の掃射、
及び磁性の反発により砲弾の如く放たれた鉄骨などの瓦礫、
それら様々な形の破滅の雨が悉く降り注いで轟音を鳴り響かせる。
災害と呼ぶに何ら遜色の無い地獄の狂騒曲をただ七人(ひとり)の観客の為に聞かせながら。

「この広さを更地にしてみせるのは流石に骨が折れるのでね。
 矢張り"規模"を競うと云う点にあっては君の勝ちなのだよ。
 どうだろう、ご期待には添えたかね?」

"英霊部隊指揮官"は聴客へと訊ねる。

354【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/04(土) 10:41:17 ID:CnX8QVGs
>>353

 その破壊を前に、ニュクスはやはり韜晦かと口角を上げる。
 生れ出づる血流の河、血河に映る巨影、精密なる光弾、破壊の雨を降り注がせる砲撃、
 それらを重ねた音楽は、決してニュクスの行える破壊に劣るものではなかった。
 尋常ならざる破壊に巨人も、周辺の建造物も消し飛び、夜の霧と散る。
 その光景を見届けてから、ニュクスは感極まるように頷いた。

「ええ、そうね。──“今は”私達の勝ち。
 けれど、期待以上に素晴らしい曲だったわ」

 今は、と但し書きをつけたのには二つの理由があった。
 一つは、アケローンの能力。
 ニュクスにはこれが、この破壊が彼の限界とは、決して思えなかった。
 彼はこの世に能力者が生まれる限り、死に行く限り、その力に上限などないのではないだろうか。
 極論、“世界を滅ぼす力”を持った能力者の死霊すらをも支配できるのかもしれない。
 本人の同意が必要なのか、など今のニュクスには知りようもないが、
 ニュクスが力を貸したいと願ったように、彼にはそうさせるだけの魅力──カリスマがあった。
 それがもう一つの理由だ。
 ニュクスは──ハイル達は嘆きの河(アケローン)の渡し守であろうと誓った。
 だからこそ、同盟の名の下にアケローンが願うならば、
 世界を滅ぼすだけの力をニュクス達は振るうだろう。

「貴方に出来ない事は私達が出来れば良い。
 そのための【同盟】でしょう?」

 ニュクスが指をパチリと鳴らすと、黒色の街は霧散を始める。
 その黒色が逆巻く雪のように溶け行く中で、ニュクスは楽しげにクルクルと踊った。

「だから私達は貴方を求めたの。
 英霊部隊指揮官──私の旗印と成り得る、カリスマの持ち主」

 ニュクス達が求めたものは、自分たちには無い“人々を導ける力”を持つ者だった。
 これは傲慢などではなく、増長でもなく、ニュクス達には一騎当千の英雄になるだけの力と自信があった。
 無類の力を古い、悪を以って“これこそが悪である”と善悪を切り分ける反英雄となるだけの自信が。
 しかし、悪党共の旗印にはなれない。悪党を導く救世主たり得ない。
 渡し守は、冥河そのものにはなれないのだ。

「貴方は、私達の救世主になるのよ」

 それは、まるでそう運命づけるような言葉だった。
 ──言霊と言っても良いかもしれない。
 呪うように、祝うように、ニュクスはそう口にした。

355【英霊屍揮】死者を連ねる名も無き指揮官@wiki:2022/06/04(土) 20:13:25 ID:q4qBMUWY
>>354

「ご清聴、感謝する。」

霧と消えゆ黒の街を背景に奏者を束ねる者は辞儀を返した。
そして語られる己を求めた理由。己に求めている役割。

「カリスマに救世主か。
 私には些かに荷が重い、役者不足にさえ思うがね。
 それでも【同盟】が成立する為に、旗印になる者が必要だと言って。
 其れを私に見出してくれているのであれば。
 うむ、可能な範囲でだが務めさせて貰おう。」

これは謙遜とは少し違う。
彼が指揮官として振舞うのは部下たる"英霊"達に示しを付ける為であり。
同盟者を相手に序列を定める様な事態は本心では望んでいなかった。

「代わりに私は"私に出来ない事"を皆に求める。」

アケローンに出来ない事。
英霊からの召喚拒否により以降二度と使用できなくなる可能性というリスク、
其れを鑑みさえしなければ【英霊屍揮】という能力に先ず不可能は無いだろう。
例え今それが出来ずとも、ニュクスが考察したように、
"出来る者が生まれ死ぬまで"待ち続ければ良い。

それでも確かに一つだけ。
絶対に彼には出来ない事が明瞭に存在している。

「私とて早々に退場する積りなど微塵もないのだがね。
 それでも、もし私が先に斃れる様な事があったならば。
 ……或いは道半ばにして私の消息が絶える様な事があったならば。
 "遺志"を継いでくれ等とまでは言わない。
 どれだけ頭を挿げ替えてでもも良い。
 その度にどの様な大義を掲げても在り方を歪めても構わない。
 だから延々と焦がし燻る焔であり続けてくれ。」

盟者の死後の"保証"は、望まれるなら継ぐ事ができる。
だが、此の冥河が死せる時。その先の"保証"は誰が出来るのか。
極論を言えばこの男は自身の死自体は恐れていない。

────それでも。
確かな"部隊"を築き上げるまで光も届かぬ地の底で、
数多の時代に輝きし悪の華々の集う地上の世界を死者から伝え聞いた。
孰れ先達に並び立ち、共に世界を壊したいと切望した。

だが、今の世の何処にその栄光は残っている?
消えてしまったのだ。
正義の徒に滅し尽くされた訳でもなく。
競合する悪の理想と刺し違えたでもなく。
ただ忽然と消えてしまった。

「決して消えない焔であってくれるならば。
 私はこの身を救世主(たきぎ)と差し出し、
 悪党共(きみら)が為の御旗と成ろう。」

厭らし気なにやり嗤いは無い。
心底からの渇望と失われたものに対する嘆き。
死に場所を求めているのでは無い。
故国は滅び、残され置かれた救国のチカラ。
老兵がそれを振るうに定めたのは、
悪党(はらから)達の輝かしき破滅(みらい)が為。

「……応えてくれるかね?」

それが運命だと謳うならば、この望みを以て呪詛/祝福と返そう。
青年のカタチを為した墓標の群れが貴方の瞳を覗き返している。

356【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/05(日) 11:32:43 ID:oPTkc0To
>>355

 彼の願いの、その果敢無(はかな)さたるや、
 ニュクスはその願いが如何に難しいものかを知っていた。
 共に歩んだ誰も彼もが、その燃え盛る意思の炎と共に、消え失せた。
 ニュクス達自身も、一度はひっそりと死を待とうとしていたのだから、
 アケローンの願うそれが、果てしないものだと実感と共に理解している。
 だからこそ、ニュクスはゆったりと目を覆う黒い帯をほどき、
 その奥にある緋色の瞳でアケローンを見据えた。

「──ええ、勿論」

 ニュクスは柔らかい笑みを浮かべてアケローンの言葉を受け入れる。
 それは、ニュクスを含むその身に宿る魂総ての総意だった。

「だって、私達はずっとそうして来たんだもの」

 願いもなく、意思もなく、生きようともせず、死からも逃れ、
 ただ寄り添うようにして、それでもニュクス達はあの輝かしき悪党共と共に歩んでいたのだ。
 その想い、その願いの一端を抱え込み、亡霊のように歩み続けたのだ。
 
 ────世界を巻き込む大戦争を。
 
 心の奥底で誰かが叫んでいる。
 善悪の区別なく、主義思想の区別なく、総てを地獄に引き摺り込もう。
 
 ────世界を滅ぼせ。
 
 心の奥底で誰かが叫んでいる。
 人々を殺し尽くし、文明を消し去り、大戦争を以ってそれを為そう。

「細々と、めそめそと、小さな火を継いで来たんだもの」

 ニュクスの背に、その体躯に迫る程の巨大な黒翼が出現する。
 途端に周囲の空気が重々しく震え、彼女を中心に膨大な魔力が放出させていることを知らしめる。
 それは、ニュクスの誠意であり、決意の証明。
 呼吸をするように天候を左右する程の尋常ならざる魔力は、やがて空間そのものに小さな亀裂を走らせる。
 景色が歪み、硝子のような罅割れが宙空に刻まれ、地面がじくじくと黒色に染まってゆく。
 先程作り出した黒色の街とは違い、これは不可逆の現象だ。
 もはや、廃区画は二度と正常な街に戻ることはないだろう。
 それだけの魔力、それだけの意思を以ってニュクスは応える。

「薪(あなた)をも苛む不滅の焔であることを誓うわ」

 そして、パチリと幾度目かの音。
 ニュクスが指を弾いた途端、大量の硝子が砕け散る騒音と共に、
 彼女の周囲の空間が砕け散り、真っ黒な、伽藍堂の“無”が其処に刻まれた。
 端的に言えば、極々小規模に、局所的に、“世界が壊れた”のだ。
 その不可逆の爪痕を刻み、それを誓いの証明として彼女は緋色の眼を輝かせる。

「嘆きの河はオルフェウスにも侵させはしない。
 貴方の願いはこの世に永遠に刻まれるわ」

 これを以って、契約は成るだろう。
 墓標の群れと、悪魔の契約。この世にこれほど悍ましいものも無い。
 だがそれは、この世で最も純粋で、かけがえのない願いでもあったのだ。

357【英霊屍揮】死者を連ねる名も無き指揮官@wiki:2022/06/05(日) 12:55:29 ID:6Rk29icg
>>356

────ええ、勿論。

「ならば互いの往く末を大いに呪(いわ)おう。」

悍ましくもかけがえの無い魔と魔の契約は成就した。

「では遊興(ゲーム)は此処までとし、
 組織(ビジネス)の話に移ろうか。
 場所が場所故、茶の一杯も用意できずにすまないがね。」

重苦しい渇望は鳴りを潜め、再び愉し気に。
滅びの道程(これから)についてを語り始める。

「現在私が把握しているもう一人の同盟者。
 名をゲアハルト・グラオザーム。
 私とは打って違い"表"にまで顔の利く奔放な男だよ。
 今頃向こうも誰がしかを引き入れているやもしれん。」

ゼオルマの様に顔写真までは提示できないが、
これだけでも探し出し接触するには充分な情報だろう。

「して。ゼオルマから……。
 いや、それこそ"殿"を付けて呼んでおくべきかな。
 いつ何処での会話を聞いていても可笑しくはない御仁だ。

 ……彼女に私を紹介されたと言っていた。
 既に把握までされているとは末恐ろしいものだな。
 まあ、全面的に敵対されている状態でも無いなら吉報か。」


本人たって現れるにまでは評価されておらずとも、
有力で今必要とされる人物を差し向ける程度の関心はあるのだろうから。

「差し当たって組織を本格的に稼働させるならば、
 【同盟】の体裁を保つ為にももう一人くらいの仲間が欲しいところだ。
 数が出揃った暁には先ず皆でこの名無しの同盟の名でも考えようじゃないかね。」

悪巧みをしている時の貌は外見ともそう違わぬ、寧ろ稚気ているくらいに。
恍惚と嗤うただの悪党そのものである。

嘆く墓標の丘も嗤う冥府の河もどちらも変わらぬこの者の本心。
失われた過去に嘆くのも、闇靄ばかりが覆い潰す未来を憂うのも、
現在の享楽に愉悦を溢すのも全てが偽りのないこの男の心である。


//※メタ的には中の人換算でもう一人、という意味合いです。

358【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/05(日) 14:26:03 ID:oPTkc0To
>>357

 遊戯の時間は終わる。
 アケローンに負けず劣らず稚気を帯びた少女は、まるで門限が来たかのように嘆息した。

「ええ、残念だけれど遊びは終わり。
 後は大人同士で悪巧みの時間……なのよね?」
 
 そう言って、ニュクスはドレスの裾から、小さな手に似合わぬ白銀の巨銃を抜き放つ。
 そして、それを両手で持つと、己の顎の下に銃口を添えて笑みを浮かべた。

「また逢いましょう、アケローン」

 直後、衝撃にも似た轟音と共に少女の頭蓋は夜霧のように消し飛んだ。
 途端に偽りの夜は晴れ、鬱屈とした曇天が舞い戻り、
 空間を押し潰さんとしていた魔力は白昼夢のように消え失せる。
 そして、肉体を再構築したハイルがその場に現れ、擦り切れた茶のロングコートが風に靡いた。

「遊ぶだけ遊んで人任せか、あの餓鬼め……」

 そんな小言と共にハイルはホルスターに拳銃を納め、小さく咳払いするとアケローンに向き直った。
 さて、彼の言う仲間についてであるが、宛がない訳ではない。

「仲間についてだが、ゼオルマを引き込めるかもしれない。
 だが……彼女の事だ、あまり期待はしないでくれ」

 自信無さ気な言い方になるのは、仕方のないことだろう。
 何せあの魔女は神出鬼没。
 アケローンが言うように今この会話を耳にしていてもおかしくはないし、
 逆に何を思ったか世界と隔絶して引きこもることが無いわけでもない。
 彼女から協力の約束は結んでいても、それが実現するかは不明なのだ。

「だが、まあ残りの一人くらい探してみようじゃないか。
 今までもそうだったし、君を見つける時も、これからだってそうだろうさ」
 
 歩いて、探して、引き摺り込む。
 気の長い話ではあるが、元よりハイルはそうして仲間を増やしてきたのだ。
 もっともそれは、それ以外の手を知らない、持ち得ないという事でもあるのだが。

「或いは、そのミスター・ゲアハルトに期待した方が早いのかもしれないな」

 表を生きる者にしか使えない手もある。
 ハイルは元より狂える者に巡り合う事は得意でも、
 表を生きる者を堕とす事はそう得意でもなかった。
 だからこそ、果報を寝て待つというのも手なのかもしれなかった。

359【英霊屍揮】死者を連ねる名も無き指揮官@wiki:2022/06/05(日) 15:13:27 ID:6Rk29icg
>>358
ニュクスが別れを告げハイルが戻ってくる。
彼のゼオルマを勧誘出来るかもしれないという言に。

「正直私にもどう転ぶのかは予測もできんよ。
 単騎で世界(ばんめん)の元から覆し得る者というのは。
 味方になるにしろ、ならないにしろ。
 悩みの種になる事だけは確定だがね。」

期待はしているが、気負うまででは無いと返した。

「私の能力は撤退戦には余り向かない。
 下手に表層近くをうろついて妙なのに噛みつかれ様ものなら、
 その区画毎消し飛ばしてしまわなければならぬが故。
 動ける範囲そのものは極めて狭い。

 が、人任せばかりも宜しくない。
 仮にも組織の旗印であれ、とされた者なら猶更に。」


召喚の為ではなく、今いる場所を示すが為にコツと杖を鳴らす。

「ならば此度君にまみえた様に。
 闇の底闇を往くものあれば私からも声を掛けてみよう。
 我らの求むる猛者ならば斯様なな地でも遭い見える事もあろうとも。」

360【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/05(日) 16:56:21 ID:oPTkc0To
>>359

 生の気配をも遺さぬ朽ちた土地。
 そんな場所でアケローンとハイルが出会ったように、
 そう、悪であれかしと定められた者ならば、きっとこのような場所にも訪れるだろう。
 彼らは皆して常軌を逸しており、正道から外れており、だからこそ人知れぬ場所に漂着するものだ。
 
「僕らは共に“人間をとる漁師”となる訳だ」
 
 可笑しそうにハイルは笑う。
 かの救世主は漁師の兄弟と出会い、彼らを“人間をとる漁師”とした。
 漁師の兄弟は大いに信徒の獲得に貢献し、最も有名な使徒となった。
 我々が為す悪行の同胞(はらから)を得るのは、使徒の行いよりも難しいものなのかもしれない。

「もっとも“神”の名を押し付けられた僕達に、信ずる神など存在しないけれどね」

 皮肉げに己の境遇を口にして、ハイルは嘆息する。
 神を模した化け物が世界を滅ぼそうとするのだから、
 嗚呼、まったくこの世はままならないものだ。
 ハイルは少しだけ目を閉じて状況を整理すると、アケローンを見据えて言った。

「──さて、方針が決まったのならば、僕らは早速往こうと思う。
 此処にはお茶もないしね……嗚呼、冗談だよ。
 兵は拙速を尊ぶと言うだろう?」

 だから、いつものように放浪するのだ。
 世界をどのように滅ぼそうかと頭を悩ませながら、幽鬼のように。
 そこに、人探しの目的を追加されたとしても、ハイルの生き方は変わらない。
 それこそ、渡し守の如く川を揺蕩うばかりなのだ。

361【英霊屍揮】死者を連ねる名も無き指揮官@wiki:2022/06/05(日) 20:06:58 ID:6Rk29icg
>>360

────“人間をとる漁師”となる訳だ。

かの救世主の逸話を引き合いに冗談めかすハイルへ。

「は。それこそ"人でなしをとる漁師"を名乗るべきでないかね?」

滅世の主足らんとする我らが募る同胞は、
非人間、悪逆無道の類いであろうと皮肉を返してみせた。

「──そうするとしよう。
 拙速にしろ神速にしろ、今は事を急くべきなのには変わるまい。
 次は組織の面々として一堂に会そうではないか。
 嗚呼、愉しみだ。さらば。」

幽鬼の如くに苦悩の河の流れに揺蕩い去り行く新たな同胞を見送って。

「では諸君。我らは再び冥府を潜ろう。」

光射す世界に背を向けて。
墓標の群れ、嘆きの澱、冥河の調べは地の底へと還っていく。
世に仇を為す、破滅を告げる刻まであと────。


//長らくのお相手ありがとうございました!
//お疲れ様&楽しかったです

362【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/05(日) 20:50:11 ID:oPTkc0To
>>361

 アケローンの言葉にハイルは頷く。

「ああ、僕らは現に戻るとしよう」

 互いに別れを告げ、廃区画を後にするハイル。
 その姿は冥府から逃れ出るオルフェウスの如く、
 そんな己の様相にハイルは一人ごちた。

「人でなしをとる漁師、か。上手いことを言う」

 ハイルがどれだけ願おうと、そう在ろうとしても、
 彼らの身は数多なる怪物が混ざりあった混沌の化け物だ。
 まさしく、人で無しという訳だ。
 そういうものが集まらなければ実現しない願いというものもある。

「──嘆きの河よ、僕達を救っておくれ」

 私たちは無力だから。
 誰かの遺志を継ぐだけの、亡霊のようなものだから。
 どうか、最後に願ったこの想いだけは完遂させてほしい。

「世界を、滅ぼさせておくれ」

 そうしなければ、もう生きてはいけないのだ。
 狂いそうな、などと陳腐な形容も不可能。
 既に狂っている。狂った果ての、願い。
 己のこめかみに銃口を押し付けて、ハイルは笑う。



「ギゃハはははハハはハハハハははハハハハハはハハハッッッ!!!」



 銃声と共に、白昼が、黒夜が、暗影が、静謐が、壊れた声に震え呼応する。
 ハイルの全身が纏わりつく影に覆われ、その身は街の中へと溶け込んでいった。
 どうしようもなく壊れた者共の出会いは、きっと、世界の歯車を狂わせたのだ。
 天使共は喇叭を構え、監視者はギャラルホルンに手を掛けただろう。
 それが吹き鳴らされる日は、そう遠くない────。



// こちらこそありがとうございました!
// 楽しかったです!

363【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/06(月) 19:38:59 ID:v/K7dQ6Q
夕暮れの街を歩く男が一人。
鋭い眼光。無数の傷跡が消えない手。どことなく隙のない歩き方。
そして何より、腰に吊った二振りの剣──彼が戦いを生業にする者であると、誰もが一目で理解できる。

されど街ゆく善男善女が彼を恐れることはない。
なぜ? 問うまでもない。この地に戦闘者など掃いて捨てるほど無数に存在するからだ。
奇抜な服装、物々しい装備、ここに住まう人々にとっては見慣れたいつもの風景だ。その中にあって帯剣など、平凡すぎて誰も気に留めはしない。

(不在、か……連絡も取れないとなれば、いつ帰ってくるかも分からない)

──時はこの男、メルヴィン・カーツワイルがとある〝部隊〟と死闘を演じた後のこと。
その直後に出会った〝極み〟による教導のひと時を経て、損傷した武器を修理に向かうまでのあいだ。

玄木と呼ばれる木剣の製造者、その住まいである神社に足を運びはしたものの、あいにく今は留守にしていた。
帰りがいつになるかも定かならず、ほかに修理できる者がいないとなれば、粘ったところで仕方がない。
解決手段を街に求めようと、情報を集め脚で探し人に尋ねを一日試みてはみたものの……。

(すべて空振り……無理もないが。ただの木剣ではないからな)

これが見事に外れ、外れ、外れ。
いくつか挙げられた候補をすべて回っても、玄木を修復できる者はいなかった。

と言って新たな剣を調達しようにも……武具装備類は慢性的にひどい品薄状態。
金があっても物がない、どうしようもない。ただの木剣なら、最悪自作すればなんとかなるかもしれないが……実戦に耐えうる物にはなるはずもなし。

(……剣としての形は残っている。振れないことはないが……。
 ささくれ、抉れ、欠け……重心も変化してしまっている。以前のように使うことはできまい。
 手に馴染ませるにはもう少し時間がかかる……当面のあいだ実戦での使用は控えるが賢明、か)
 
極みに至った武人との訓練の日々でさえ、異形と化した武器へ完全に慣れさせるには至らず。
悲しいほどに才がなかった。だが今更それをどうこう思うことはない。鍛錬を積めば解決することだ。
あるいはあえて実戦で用い、強引に慣れさせるというのも手か……と、そんな思考を巡らせながら、男は雑踏の一部と化していた。


//置き気味進行ですが、よろしければ
//どんな展開でもバッチコイですー

364【超域越覧】上位次元からの影@wiki:2022/06/06(月) 20:06:09 ID:TozW1QiM
>>363

「こんにちは。若しくはもうこんばんはの方かな?
 メルヴィン君お久しぶり。『学園』での騒動以来かな。」

雑踏の中から男の物々しさに怖じる事なく。
美形ではあるのに気を抜けば雑踏に紛れて見失ってすらしまいそうな。
そんな奇妙な雰囲気を持つ少女が彼に話し掛けた。

【と言うより、そもそも知り合いなんだけれどね。】


宙心院くくり。読心能力者を自称する『学園』生徒。

【過去二回は接点があった筈だけど、憶えてなかったら恨むぜ?】


「ちょっと今、君に話しておかなきゃならない事があるからさ。
 手短にその辺の喫茶店か何かでお茶して行こうよ。

 付き合ってくれるなら、うーん……そうだなー。
 お礼にその木剣をどうにか出来そうな人を紹介する。ってのはどうだい?」


心を読めると豪語する少女は訳知り顔でそんな提案を投げかけてくるのだ。


//今日はあと1回返せるか返せないかくらいですが
//もし宜しければ、此方も消耗してるので手早くすませますんでっ

365【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/06(月) 20:45:54 ID:v/K7dQ6Q
>>364

ふと、声をかけてきた少女──その顔には覚えがあった。

「また、ばったり出くわしたものだ。
 奇遇というべきか……ともあれ、ああ、久しぶりだな宙心院。その節は世話になった」
 
宙心院くくり。『学園』生徒の──自称、読心能力者。
整った顔立ちであるのに埋没しているというか、どこか薄らいでいるというか……。
妙に個性がないのに、それでいてどこか浮世離れしている奇妙な雰囲気は相変わらず。
旅人として、賞金稼ぎとして、様々な人間を見てきたカーツワイルをしてほかに類を見ない気配の持ち主がそこに立っていた。

「話しておかなければ……か」

彼女の誘いを受けるか否か。
考える──までもない。その言葉自体も気になるし、それにもうひとつのほうが決め手だった。
木剣を修復できそうな人物……当たり前のように武装の状態を看破していることは置いておくとして、今カーツワイルが最も必要としている情報を出されれば否もあるまい。

「ああ、もちろんだ。
 元より君には先日の礼もある、茶の一杯と言わず食事くらい奢らせてくれ」
 
情報が目当て……と言えば、それがなければ知り合いの少女の誘いを無下に断る冷血漢のようにも思えるが。
カーツワイルの言葉に嘘はなかった。あの日、〝造花の殺人鬼〟……その偽物であるが、を追い詰めた一幕、彼女の助けがなければどうなっていたことか。
おそらく、いや……確実に間に合わなかった。彼女……芭蕉宮華凛という少女は犠牲になってしまっていただろう。
あるいは逆に……彼女の手を血で染めることになったのかもしれない。だがどちらにせよ最悪の事態だ、それを回避できたのはまぎれもなくこの少女のおかげであったのだ。

366【超域越覧】上位次元からの影@wiki:2022/06/06(月) 21:09:06 ID:TozW1QiM
>>365

────ああ、もちろんだ。────────。

「そう来なくちゃ。
 それなら僕は……チョコレートのパフェでも食べたいかなー。」

そんな軽薄そうな口ぶりで促しながら。

【まあ、この辺の移動とかのダルい導入部分だなんて】
【ぜーんぶキンクリしちゃったって差し障りなんてないよね?】
【はいカット】

小洒落た店内にて紅茶を片手に注文したパフェの到着を待ちつつも話を始める。

「じゃあ先ず結論だけを言うけれど。
 ほら、君が今も形式上は所属している『ワイルドハント』なんて組織あったろう?
 立ち上げなおすでも人員引き抜いて新体制を作るでもなんでも良い。
 正義? 秩序側の結束ってやつを高めておいて欲しいなーとか。そんな所?」

マナーに倣って音を立てずにそっと紅茶を一口。
そして全てを見透かす高位の瞳は微笑みながら男を見つめる。

「詳しく聞きたい部分はあるかい?」

この際であるなら、この少女に関する疑問なんかも投げかけてみるのも良いかもしれない。
返答できる情報にも限りはあるが。
当然、彼女も"そのつもり"で話を持ち掛けて来たのだろうから。


//予告通り本日のお返しはここで
//内容によって長さを調整しながら置き進行にて参りましょう
//よろしくお願いします

367【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/07(火) 19:10:03 ID:yHswOcRc
>>366

コーヒーを注文し、言葉に耳を傾ける。

「……ふむ」

ワイルドハント──。
カーツワイルが未だ、賞金稼ぎという肩書を名乗り続けている理由。

創設者への義理立てもあって、依頼を請けたときは積極的にその名を出して喧伝していた。
生来口のうまい方ではなく、効果的な宣伝を成せているかは定かならぬものの、こなした依頼の数が数。
その界隈ではなかなかに名が知れ渡っているはずだ。掲げる理念が一般的な賞金稼ぎの性質とは趣を異とするため、同業者および権力者からは疎まれることも多いが……。

しかしなぜ、その名が彼女の口から?
単なる読心能力者というだけでは説明のつかない不可思議な部分のある人物だ……知っていたところで驚きはない。
が、今、わざわざこうした場を設けてまで話す理由があるというのか。

心当たりは──あった。

「ならばまず、ひとつ訊ねておこう。
 ──それは彼の〝指揮官〟の関係か?」
 
目の前の少女が知るはずのない情報。
ただ一度きり表舞台に姿を現し、みすみす取り逃がした自分と、それを見ていた〝極みの剣客〟しか持ちえぬ情報。
されどなぜか、この宙心院くくりと名乗る少女はそれを知悉しているという不思議な確信があった。

368【超域越覧】上位次元からの影@wiki:2022/06/07(火) 19:37:39 ID:FOd/NcLg
>>367

────それは彼の〝指揮官〟の関係か?。

「やっぱ修羅場を潜り抜けて来てるだけあって勘がいいね。正解。
 それをどうして知っているのかっていうのは……、
 以前にヒントを残した筈だけど。ほら、能力の適応範囲ってやつ。

 ま、いいや。そっちは気になる様ならもう少し答えるけど、
 本題の方が先。……だろ?」


紅茶には口を付けずに深刻そうな面持ちで続ける。

「状況は君が以前に遭遇したあの時よりも、更に悪化した。とだけ。
 詳細をどこまで教えようかってのは少し悩み所なんだ。
 何でも知ってるかの様に見える僕だけど。
 その分相応に制約だとかデメリットだとか色々あるんだぜー?」

一見して軽薄そうにへらへらと笑っている様に見える。
けれどそれさえも何処か演技の様に感じ取れる、かもしれない。

「もとより今日はそう言うつもりで話し掛けた訳だから。
 好きなだけ質問して良いよ?
 僕に答えられる範囲でなら教えてあげる。」

対面する身としては宛らサトリ妖怪を相手取っている様な気分だろうか。

369【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/07(火) 20:08:17 ID:yHswOcRc
>>368

能力の適応範囲……それこそがあの日、学園内にいた自分へピンポイントに必要とする剣を届けられたことの理由へ至る鍵。
ひいては指揮官のことに関しても……確かに気になるが、言う通りだ、本題に勝るほどの優先度は今のところ感じられない。
頷いて、先の言葉を促す。

「────」

状況は更に悪化した……その言葉を受けて目を瞑り、深い思考を開始する。
質問の前に、時間の許す限りまずは自分で考える。少しでも思考力を磨くための訓練、という意味合いもあるが……。
限られたヒントから真実にたどり着くことと、与えられた情報をただ鵜呑みにするのでは、結果は同じだとしてもやはり意味合いが違うだろう。

思い返す。かの指揮官を、あの冥府の化身のような男の言葉を。
あの時、自分は目的を問うた。それに対して彼が何を返したか。

〝私が求めるのは過程だけだ〟──。
〝裏に名を連ねる悪党共と轡を並べ〟──。
〝未だ見ぬ同盟者諸兄ら〟──。

憶えている。忘れるはずがない。
自分が取り逃がしてしまったせいで、世界に災厄を芽吹かせる種となったあの男のことを……。
メルヴィン・カーツワイルは憤怒と共に刻み付けている。必ず必ず息の根を止めて見せると、己が全存在にかけて滅殺を誓っている。

だから、何が起きたのかは容易に想像がついた。

「……あの時、奴の同盟者とやらはいなかった。または、数が少なかった。
 だが今はそうではない。多くの賛同者を獲得した、あるいは……非常に強力な存在を味方につけた、といったところか?」
 
思考は言葉にする前から纏まっていた。
だからいちいち喋らずとも彼女ならば理解できるのだろう。ある意味では楽とも言える。
しかし……それでも言葉にしたのが、その結果を招いたのがほかならぬ自分であるとより深く自覚し、自戒し、自罰するためであることは……。
怒りを抑えて一層低くなった声色から、彼女でなくとも察することができた。

370【超域越覧】上位次元からの影@wiki:2022/06/07(火) 20:37:54 ID:FOd/NcLg
>>369
彼女の前での思案はそのままに"発言"替わりに捉えられる故、
情報を巡らせ答えを求める行為自体が誠心誠意の証と言える。

【その辺り勘所悪くないかなあ】

「推察の通り。今回の場合は後者に当たるね。
 アレと同規格か上回るか、そんなのが一人。
 悪い方に転べば更にもう一人。
 重ねて能力者としてより周囲への影響力として厄介なのがもう一人。
 こっちは二人って言うべきかも?
 うーむ。これ以上の詳細は言えないかなー、"死んじゃうから"さ。」

語り口は軽々と。
余りにも重すぎる自らに課された制約の一部を教えてみせる。


【と言っても僕の死そのものには特に思うところないけどね】
【今問題なのは僕が死んじゃうとアイツに能力を利用されかねないってだけで】
【うん、それで合ってる】【合ってるはずなんだけど】
【果たして────】

私が今こうしているのは正しいのだろうか。
"あの人達"はきっとワンサイドゲームなんて面白くないだろうから。
こんな、らしくない事をしてしまっているけれど。

想い起こすのは己ならぬ己が見聞きした絶海の記憶。
"あの人達"は時に酷く残酷な物語だって嗜むから。
若しくはもう私達に飽きてしまって、
限りなく苦しめてから全部を全部打ち切(おわ)らせてしまうつもりなのかも。
どうしよう。NPC(わたし)が出しゃばり過ぎて全部が台無しになる、
あんな最悪な終わり方なんてもう二度と────────。

【おおっと!】


「ごめんごめん、ちょっと嫌な方に考え込んじゃってさ。
 君には関係ない事だから気にしないで続けて?」

直ぐに先程までの調子に戻ったが。
一瞬だけ、自らの死なんかよりももっと恐ろしい事があるかの様に。
ひどく青ざめた表情を浮かべていた、……のかもしれない。

371【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/07(火) 21:08:04 ID:yHswOcRc
>>370

指揮官──あの、冥府の河を氾濫させるがごとき能力者。
アレと同格以上が最悪二人。そして異能強度に依らぬ脅威を持つ者が、こちらも二人。
総計四人、指揮官も含めれば五人……数自体は少ないように思えるが、単純な戦力を見た場合、数字上の脅威を数百倍してもまだ足りぬ絶望的な差が生じているだろう。

そして……なんでもないことのように明かされた、彼女の有する異能の誓約は。
鷹のように眇められた眼光を僅かながら見開かせるには十分すぎる衝撃だった。

「〝死〟──か」

生命の終焉。
未来の途絶。

命あるモノならば等しく訪れる結末はきっと誰もが忌避するもの。
それを諸手を挙げて歓迎するような者はおそらくどこかが壊れてしまっているし、いざ直面した瞬間に静かな心で受け入れられる者は一種の悟りを得ているのだろう。

だから死を想い、顔を青ざめさせるというのは、想像力が豊かな人間ならそうおかしな話でもない。
ないのだが……なぜか。そうではないような、気もした。

「……その、君の異能についてだが。
 以前にも口にしていた適応範囲という言葉……個々人の思考は当然として、言うなれば〝場の記憶〟とも呼ぶべきものを読み取れる。
 そしてその範囲は最低でもあの『学園』敷地内全域、と予想した。これに間違いはあるだろうか」
 
問うのは能力の詳細。
彼女自身は自らを読心能力者と呼んだが、カーツワイルの推測が正しければ極めて強力な超能力者と言った方が正しいのかもしれない。
むろん心を読み取ることもできるなら読心能力者という形容も間違ってはいないが、知られれば利用を企む数多の目を誤魔化すための擬態なのか、と理解していた。

372【超域越覧】上位次元からの影@wiki:2022/06/07(火) 21:34:59 ID:FOd/NcLg
>>371

「あー。テレパスじゃなくてサイコメトリーかもって考察かー。
 近いような、遠いような。」

謎々に悩む姿を楽しむ怪物(スフィンクス)の様に。
或いははぐらかすかの様に。

「僕が心を読める最大レンジはこの街、この世界全域だよ。
 拾える情報は遠くになる程にまちまちだったりもするけど。
 後の事は全部、単純な記憶能力と処理能力。
 地頭の違いってやつかな! ドヤァ。」

【ま、ブラフだけどね】

上位次元の目線。二次元存在がz軸を知覚できないのと同じ様に。
彼女の目線とそれ以外とでは流れる時間からして違う。
例えば今この瞬間。会話と会話の合間。
数秒かそれ未満に過ぎない僅かな時間の内に。
【超域越覧】という力は限りなく無制限に時間の流れを引き伸ばし。
何処までも何処までも過去に遡っての情報の確認を行う事ができる。

そんな根本原理の違いも恐らくは、
上記の説明で殆ど誤魔化せてしまうのではないだろうか。

「お考えの通りに取り分け強力な部類の能力だよ。
 お陰様で能力の構造自体が複雑に入り組んでて、
 変な制約の地雷を踏むとボン、なんてリスクがあるけれど。
 だから余り公表したく無かった、ってのは。
 納得して貰えるかい?」

核心は嘘に包み隠して、それでも齟齬が無いように。

【本当はバレたからって何かある訳でもないけど】
【腹の探り合いで負けるのは】
【それこそ"業腹"だからね】

373【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/08(水) 00:00:59 ID:nOi/pTKI
>>372

「世界全域、か……」

その回答は……ひょっとすると、程度に考えてはいたが。
さすがにこうあっさり言われてしまうと、驚くより先に面食らう。
それは、その能力は、真実ならば究極と言って差し支えないのではないか。
膨大すぎる情報を処理し蓄えておける頭脳についてもだ。常人のそれから完全に逸脱している、そこまでいくともはやそれ自体が一個の異能と言って構うまい。

勿論、語る言葉がすべて真実ならば、ではあるが。
とはいえ現状、彼女にこちらを騙す理由があるとも思えない。所詮、こちらは一介の賞金稼ぎにすぎないのだから。

「──それで、なぜ俺なのだ?」

そう、まさにそこが疑問点。

「正義、秩序側の結束をと言ったな。俺は自分が正義にも秩序にも属しているとは考えていないが、それは一度置いておくとしてだ。
 たかが一介の賞金稼ぎにそれを伝えたところで何ができるという? 世界の脅威に対抗するなら、もっと相応しい者がいるだろう」
 
たとえば音に聞こえし世界警察。
人材の坩堝である『学園』、それと対を成すというアカデミー。
危険だが、うまく立ち回ればこの上ない戦力を確保できるだろう時計塔なる魔術組織だって……。

そういった組織のトップ、ないし上役。
巨大な戦力には巨大な戦力でしか抗し得ないのなら、頼るのは当然、大戦力を動かせる者でなければ意味がない。

「君の宿した異能は、あまりこういう言い方はしたくはないが、どんな人間でも動かせる代物だ。
 権力者の懐に潜り込むなど容易いはず。世界そのものだとて動かせるだろう。
 なぜわざわざ俺のような者に伝えたのか。その理由が、かの男と戦った人間だからというもの以外に皆目わからん」

確かに彼は今までの道程、旅の途中や依頼で広げた人脈は広い。呼びかければ数人くらいは応じてくれるかもしれないが、それではとうてい足りない。
戦士の頭数を揃えられるわけでもなければ、そうした組織に呼びかけられる立場でもない。
客観的に見てカーツワイルに伝える理由が、今しがた挙げた義理以外に見当たらなかった。
ならば彼女はその義理を重んじたのか? 死のリスクを背負ってまで? そういう性情の人種がいないわけではないが……。

どうにも、腑に落ちなかった。

374【超域越覧】上位次元からの影@wiki:2022/06/08(水) 17:01:22 ID:lJTXxvoE
>>373

────それで、なぜ俺なのだ?

「何も僕だって君の事を正義のヒーローだなんて思ってないよ。
 ちゃんと正義? って疑問形だったろ。
 さっきも言った通り大体全部"観て"きたからね。」

彼の者の勇ましくも血に塗れ暴に彩られた死闘の数々。

「その上で君の事を多少は贔屓しているのさ。
 君程に長くの間、悪に抗い続けた者は、
 この街を見渡してもそうそうは居ないと思うよ?
 これが一つ目。」

理由はまだある、と。一本目の指を立てて続ける。

「それと次に君が考えるかもしれない、
 "極みの剣客"さんとか"鍛冶神の巫女"さんとかに頼らないのかって所。
 あの人達は多分個としての力が秀で過ぎていて。
 だからこそ、こういう世界の均衡に関わるような事は、
 あまりしないんじゃないかなーって予想をしてる。
 最近だと僕でも消息を掴めていないしね。
 これが二つ目。」

二本目の指を立てた辺りで少し表情が険しくなる。

「そんで"設定上は"あるってされてるだけの、
 居るんだか居ないんだかはっきりしないMOB(ヤツ)らに頼る気は無い。
 やろうとするだけ無駄な話だよ。」

【CoCとかで警察や軍隊に相談したって解決しないのはお約束だろ?】

「おっとごめん。今のは失言だ。
 僕の異能レベルで視野が一般から逸脱しすぎると、
 ちょーっと価値観が変な方にズレてきちゃうものなのさ。
 出来るなら流しておくれ。これが三つ目。」

そんな風に誤魔化しながら、果たして誤魔化しきれているのか?

「どの道、そんな大きな組織に干渉しようとするなら、
 それだけ制約に引っ掛かる部分が無視できないレベルで増えるからね。
 今こうして君に伝えてどうにかして貰うってのが僕にとっての最善手。
 って言って納得して貰えるかな?」

その一点に関してだけは駆け引き無しにそう思っているのだと。
仕草や表情全てを真剣に捉えられるように努めて振舞う。
正確な実態はそうでないにしろ、
得てして読心能力者が最も苦戦するのは自分の言を信じて貰う事なのだから。

375【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/08(水) 20:23:20 ID:nOi/pTKI
>>374

自分ほど長く……それは彼からしてみれば過大評価以外の何物でもなかった。
警察や軍、治安組織……そういった中にも知り合いは当然いる。
確かに秩序を守る側でありながら腐った輩は多い。だが、だからといってすべてがそうでないことをカーツワイルは知っていた。

卑劣な殺人鬼の犠牲者へ熱い涙を流した新人の警官がいた。
戦いになどとうてい向いていない優しい性格なのに、家族や友人を守るため剣をとった兵士がいた。
夜ごと街に響く悲鳴を少しでも減らすため、寝食を削って組織改革に励む部隊長がいた。

緻密に積み重ねられる彼の人生のなかで描かれることこそなかったかもしれないが、この世界に生きてきた一人の人間として、善も悪も等しく見てきたのだ。
自分だけが、などとは口が裂けても言えはしない。彼女の言葉に頷くことはできないが……まずは黙って、その続きを。

次の発言は、読心能力者の面目躍如というやつだろう、こちらの思考を見透かしたものだった。
客観的に見て自分は弱い。ならば頼るにしてもより強い者に、と、そう言おうとはしていたのだが……。

言葉を聞いてみればなるほど、例に挙げられた二人にはそういう印象があった。俗世間と距離を取っているというべきか……。
突出した力を持つからこそ中立を保つ。事実、あれだけの力を持つのなら世界を変えることだってできるだろう。
そうしないのはやはり、何がしかの信念を有しているからなのか。頼むくらいは試してみてもよいのではとも思うが、望み薄ではあるだろうなと考えられた。

三つ目の理由は、




何かが脈動する。

さながらそれは光届かぬ深海の底で未だ人類に発見されておらぬ得体の知れない深海魚めいた未知の生物が身体を侵す鬱陶しくも逃れられない痛痒に耐えかね暗い闇の中で一層輝く白い海藻の繁茂した小岩に頭を打ち付けるような振動。
どんな太鼓にも当てはまらぬ濁った音色でありながら腐り落ちる寸前の果実にも似て熟したペーストを思わせる蕩かした甘さをもって誘惑するこの世ならざる打楽器を六本指の顔のない黒衣を纏う楽団指揮者が一心不乱に奏でればきっとこのような心地を覚えるに違いないのだと確信できる。
彼女の発した言葉は地中深くあるいは彼方の深淵にて夢見るままに待ちいたるその者の眠りを僅かながらに刺激するきっかけを作り暗澹たる玉座めいた揺籃を腐王の腕がそうするように無遠慮な鷲掴みをもって目覚めさせる呼び声となり内からの覚醒を促す■■■■■■→宙心院くくりに応えあらゆる事象の一切をひとつ残らず塗り潰す喩えるなら泥でありながら他の何をも混じらせぬ純黒に粘つく膿めいたインクが気の違った混沌のように狂った踊りを思わせるうねりを見せながら超深奥の向こうより究極の恐怖を撒き散らしながら世




「制約への抵触……。そのように強力な異能、確かに軽々には動けぬのだろうな。
 死か……それほどのリスクを負ってまで伝えに来てくれたことに、まず感謝しよう」
 
すべてに納得がいったわけではない。
特に民衆を軽んじるような発言は……。その民衆/顔のない誰か のための刃となると誓ったカーツワイルだからこそ、納得するわけにはいかなかった。
しかしこうして忠告を受けた以上、人任せにするつもりは当然というべきか微塵もなく。

回転する思考はひとつの案を導き出す。
しょせん大して影響力を持たない今の自分では新組織樹立など現実的ならぬこと。
ならば既存の組織を利用する形で動けばいい、しかしこれには目の前の彼女の協力が必須だった。

376【輝煌炎焔】"正義"の焔@wiki ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/08(水) 21:18:31 ID:NSMlCC5Q
【夜と夕方の狭間。夏が薫り始めた風が頬を撫でる】


【数多の戦果と災厄に襲われる街】
【多くの者が立ち去り、あるいは姿を消して】
【息を吞むような惨劇をいくつもいくつも重ね】

【それでも────そこには確かに、ひと時の安寧が流れていた】


 ……暑く、なってきたなあ。


【手を繋ぐ親子】【額の汗をぬぐうサラリーマン】
【人々を眺める老人】【ニ三人でまとまって駆け回る小学生】

【小さく、けれど確かな平和が流れる大きな公園の一角】
【何をするでもなく、一人の青年が歩いている】
【ありふれた学生服。ツーブロックの黒髪】
【赤い瞳だけは少し珍しいが────どこにでもいる、平凡な青年だった】

【その左腰には剣が吊り下げられて】【けれどそれは】
【この世の中ではもう珍しくもないものだった】


 アイスとか、売ってないかな……。


【のんびりとした足取りで、青年は歩き続ける】
【屋台を探して辺りを眺める彼は】【自分のポケットから落ちたハンカチに気づかない】

【さて。現れる者は、それを拾う善き人か】
【あるいは、ひと時の平穏を砕かんとするものか】
【それとも──────────】


//置き前提ですがよろしければ!

377【超域越覧】上位次元からの影@wiki:2022/06/08(水) 21:20:06 ID:lJTXxvoE
>>375
三つ目の問いに呼応して。
何かの脈動が、断片が。

【はは。SAN値チェック、とは行かないよ】

情報を分析するに、ある怪奇作家が元となった新たな神話体系。
そこから派生した上位者、外宇宙の概念。そう言った所だろうか。

【君のバックボーンについては僕もずっと気になっていた】
【どうにも思わぬ地雷を踏んだのかもしれないけれど】
【それでもそれは】

────私に与えられた役目なのだろうから。


「そう言ってくれるのなら、助かる。」

【そりゃあ君がそれを受け入れる筈は無いか】
【やっぱり失言だ】
【でも交渉決裂とかにならなくて、ひと先ずは良かったよ】

「それで、僕に必要とする協力ってなんだい?
 出来る事には限りがあるけど、
 可能な範囲で力を貸すよ?」


本当は、████████けれど────。

378【神螺宵達】記憶を剣にする警察官 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/08(水) 22:01:26 ID:6sWGB10.
>>376

 事前に断っておく。
 その男は、決して混乱を起こそうだとか、空気をひりつかせてやろうだとか、
 そう言った悪意のようなものを持っていた訳ではない。
 微温湯に浸かるような暑さにウンザリとした吐息を漏らしながら、
 後ろで結った白銀の長髪を掻き上げて額を伝う汗を拭う。
 左手には畳まれた赤い冬物のロングジャケットを巻き付けて、
 黒いライディングウェアのジッパーを腹のあたりまで下げ、タンクトップシャツを露わにしている。
 年嵩は20から30程度の活力に満ち、凶相に映る赤い三白眼は気だるさにやや丸みを帯びていた。
 言ってしまえば、少々季節感を間違えてしまっただけの普通の男性だ。
 それでも、その男が公園を歩いているだけで、周囲に奇妙な緊張が走った。
 少しだけ気温が下がったような感覚、或いは、其処に猛獣が彷徨いているかのような気配。
 誤解を恐れずに言葉にするならば、“命の危険を感じさせるような気配”をその男は放っていた。
 だが、事前に明記したようにその男に悪意など欠片もないし、
 悪意を持たずに他者を害せるような異常者という訳でもない。
 ただ、その男に纏わりつく血と鉄──戦いの臭いが、平穏な空気を塗り潰すように染み出していた。
 それでいて、その自覚のない男は、柄にもない親切心を出してハンカチを拾い上げる。

「よォ、其処の餓鬼──」

 拾い上げたハンカチを握り締め、男は持ち主の青年に声を掛ける。
 その凶相は因縁をつけるチンピラのようでもあるが、
 剣を佩いた人間が今更チンピラにビビる事もあるまい。
 そんな意識があってかどうか、男は青年の方へとズカズカと無遠慮に歩きながら言葉を続けた。

「テメェ、ボケッと歩いてんじゃねェぞ」

 そう言って、男は右手でハンカチを差し出す。
 近くまで寄れば、男の纏う血の臭いは更に濃く、
 左手に巻き付けたロングコートには、
 実際に未だ乾ききっていない大量の血液が染み付いている事が分かるだろう。
 青年と同じ真っ赤な瞳の三白眼は左しか青年を見据えておらず、
 右目は大きな切り傷のようなもので完全に潰れてしまっていた。
 態度から、様相から平穏な公園には似つかわしくない男ではあるが、
 一応の善意のようなもので、青年のハンカチを拾ったようだった。



// よろしければっ!

379【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/08(水) 22:38:41 ID:nOi/pTKI
>>377

深く頷いて、思考の続きを言葉に綴る。

「ああ──まず第一に、ワイルドハントを脱ける。
 ワイルドハントの理念に共感した者たちに心当たりがある。彼らに声をかけ、代わりに加入させれば義理は果たせるだろう」
 
精力的な依頼達成、賞金首討伐。
いつまで経っても慣れることがなかった取材などは確実にかの組合の知名度を高めている。
ならば、もういいだろう。もはや自分は必要ない。脱退したところで大した問題はないはずだ。
レナードには一言、挨拶をしておきたいが……彼も修行に忙しい身。会えなければ最悪、誰かに言伝を頼むことで許してもらえることを願うとしよう。

「そして次に、巨大な戦力を有する組織──つまり、軍に入る」

軍人。
それはこの男に、ある意味で最も似合った響きなのかもしれない。
鉄の規律が支配する、戦士の集団……むしろなぜ、今までこの男がそういった組織へ入っていなかったのかが疑問ではあるが。

「そこで武功を積み重ねて上へ……と、まっとうにやっていては時間がかかる可能性がある。
 だからまずここで君の力が要る、かもしれん。異能の制約に抵触しない範囲で、軍にとって脅威となりうる集団や個人……つまりは功成りの種をくれ。
 後はそれを殲滅する。無論、独断行動には相応の罰が下るだろうが、要は罰を上回るほどの軍功を積めばいいだけの話だ」
 
そう簡単な話ではないことは分かっている。
あくまでこれは、功績を積む機会がなかなかやってこなかった場合の話。
この地に根差す軍であれば荒事には事欠かないはず。うまくいけばここで彼女の手助けは必要ないかもしれない。

だが……やがて、絶対に必要になるのだ。

「そうして功績を積んで出世していったとして、ある程度のところで歯止めがかかるだろう。
 尉官か、佐官か……いずれにせよ、軍の上層部によって俺の足は止められる。武功の機会を奪われ、飼い殺しにされるくらいは考えておいた方がいい」
 
世の腐敗を何度となく目の当たりにしてきた。
だから断言できるのだ、組織は腐ると。上へいけばいくほど、どれだけ高潔な理想を掲げていても鼻の曲がる腐乱臭が漂うようになる。
巨大になればなるほど、それはどうやっても避けられるものではなく……。

だからこそと、男は眼光を刃のように鋭くした。

「ゆえに俺がその連中をすべて追い落とす。君にはその手助けをしてほしい」

──策謀とは縁遠いように見えるカーツワイルではあるが。
その能力は〝上位にある者の喉笛に食らいつき、徹底的に排除する〟ことに長けている。
だから単なる武力の関わらない、陰謀渦巻く伏魔殿でも戦ってはいけるものの……しかし、さすがに海千山千の古狸たちを滅ぼすには経験が足りなさすぎる。
ゆえに、これは宙心院くくりという超抜級の読心能力者の全面的なバックアップを前提とした、完成度としては杜撰も杜撰な計画だ。

わかっている。それでもこれがきっと、かの指揮官が集めるだろう手勢に対抗しうる力を得るための最短経路。
単に弱みを握って脅して地位につくのでは下の者がついてこない。力を示しつつ、その出世を阻む者をことごとく始末していかねばならないのだ。
そうして軍を動かせる立場につく。かつ、機敏に動ける少数精鋭の部隊を組織し、これはと思った能力者たちをそこへ加えていく。
世界の表裏に耳目を届かせる諜報機関を設立し、先手を打って巨悪を滅ぼす。善良な市民たちに対して危害を加える前になんとしても終わらせる──。

「──というのが今の草案だが。君の目から見て、どうだ?」

──意外というべきか、今のところこれを実現させるのだという強固な意志はなかった。
当然ともいえる。なにせたったいま考えたばかりのこと、穴はいろいろあるだろう。
少女の負担もかなり大きい。ほとんど一蓮托生と言ってよいかもしれない。
内心を覗ける彼女でなければ、カーツワイルの常ではあるがこの真剣な表情を加味しても冗談だと思われて仕方のない話であった。

380【輝煌炎焔】「正義」の焔@wiki ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/09(木) 14:20:20 ID:5ziS2jCc
>>378


【一つ、想定されざる事実が存在した】
【悪鬼も羅刹も昼夜問わず跋扈するこの世界】

【"護身のためにただ帯刀しているだけ"の少年が存在しても不思議ではない】


 ひぃっ!


【なんら悪意はなく────けれども猛獣が如き凶悪さを伴った声は、さながら野獣の咆哮にも青年には聞こえて】
【その肩が露骨にびくりっ! と跳ね上がる】
【情けなく漏れ出した声からも、その怯えはよく伝わるだろう】

【ぎぎぎ、と錆びついた歯車を無理に回すかのようなたどたどしさで】
【怯えを少しも隠せていない無理な笑顔が、ハンカチを差し出す男の方に向く】


 あ、ああ、ありがとうございます……。


【ひっくり返り、どもり、尻すぼみに小さくなっていく声】
【それでも辛うじて返礼し、がたがたと震える手で差し出されたハンカチを受け取る】

【たったハンカチを落としただけのことを────こんなにも青年が後悔することは、後にも先にもないだろう】
【手を繋いだ親子は母親が急かす形でそそくさと姿を消している】


【けれども一つ、不思議な点があって】
【青年は目の前の男を恐れてはいるのだけれど】

【────血の匂い。右眼の大きな傷。そうしたものには、注意を向ける様子はなかった】
【ただ。目の前の男が危険か否かということだけを、恐れているようで】

381【神螺宵達】記憶を剣にする警察官 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/09(木) 16:44:09 ID:fMPmFUr2
>>380

 さて、声をかけた青年は大いに怯えているものの、
 それは男にとっては慣れた反応であったので気にもとめなかった。
 何せ、街を歩いているだけでも週一で通報されている。……警察官なのに。
 そのライディングウェアの襟に縫い付けられた襟章は、
 世界警察-I.O.Jが誇る皆殺しの特別強襲部隊【D.O.T.A】のものであった。
 だが、青年がその存在を知っているかは定かではない。
 6年前の本部襲撃事件以降、隊員の数は減少の一途を辿っている。
 引退した者、殉職した者、悪に怖気づいた者──実働隊員の数は知れたものだった。
 かつての黎明期ならばいざ知らず、今やD.O.T.Aを知らない、意識していない者の方が多いだろう。
 だからこそというべきか、男は頼られる経験よりも恐れられる事の方が多かった。

「──ああ、そうビビんなくて良い。
 俺は……ほら、一応こう見えてもオマワリサンだよ」

 男は懐から手帳を取り出すと、怯える青年へと見せる。
 其処にはI.O.J所属の警察官である旨と、
 男の名──天道八雲(テンドウヤクモ)の文字列が記されていた。
 そう、其処まではいくら様相が凶悪であろうとも、
 あくまでも警察官として一般市民に対する対応を心がけていた。
 だが、一つの違和感が八雲に誤解を与える。
 
 ────血を恐れていない。
 
 剣を佩いているのだから、そういう事に慣れてしまったのかもしれない。
 命のやり取りを重ねる上で、血に慣れてしまったが故に、
 八雲が腕にかけた上着が血みどろであっても、注意を向ける事すらしなくなることも──。
 などと、“そんな事は有り得ない”。八雲はそう考える。
 血に慣れる事と、其処に注意を向けない事は違う。
 八雲とて己の凶相、纏う殺気は理解している。怯えもするだろう。
 だが、目の前の青年の態度はまるで“怯えるフリ”だ。
 血生臭いものに怯えることはなく、八雲が持つ危険性──敵対の可能性のみを警戒しているような態度。
 得てしてそういう、普通とは違う反応を見せる者は二種類に分けられる。

「それとも何だ?
 オマワリサンにビビる理由でもあんのか? なァ?」

 何らかの思想、信念で凝り固まった異常者か、
 とっくに壊れきって正常な反応を忘れた廃人だ。
 そのどちらにせよ、八雲の“仕事”の対象である可能性は高い。
 無手ながらも、まるで剣豪が鯉口を切ったかのような敵意を露わにしながら、
 八雲は怯えているように見える青年を睨みつけた。
 
 台無しになるような事を言えば、
 まるでシリアスな空気だが、傍目に見ればチンピラが善良な青年に絡んでいるだけである。
 もしも八雲の懸念が勘違いだった場合、彼は大いに恥をかく羽目になるだろう。

382【超域越覧】上位次元からの影@wiki:2022/06/09(木) 19:12:28 ID:ceYm0lsg
>>379

【おや】
【彼方もちゃんと縁が結ばれたようで何よりだ】


────君の目から見て、どうだ?

「読心能力者(ぼく)というズルを除けば、
 実直で現実的かつ堅実な考えだとは思うよ?
 ……でも。"現実に則し過ぎている"からこそ、
 この街では"現実的じゃない"、かな。」

何やら哲学擬きの様な曖昧模糊な返答だが続きがある。

「だって此処は"能力者の街"なんだぜ?
 如何に相手が強大な悪の集団だからって、
 時に最高権力に依って動かされる正規の軍隊なんかよりも。
 個としての"能力者"が動いた方が解決に向かう。
 そんな事がままあるんだよ。それこそ運命や宿命じみてね。
 今回の場合は俄然そっちだよ。」

オカルトだ、非科学的だと否定されるだろうか。
他ならぬこの街に身をやつして居ながら?

「幸い協力を望めそうな能力者達がちらほら活動しているのも"見える"よ。」

先も伝えたこの世界全土に渡る読心。いや最早異能視。
信用するかは別としてだが其れが、
悪に対する希望はまだ潰えてなどいないと告げる。

「言い方が悪かったかもね。
 別段、君に悪と立ち向かう全てをまとめ上げてくれとまでは思ってないよ。
 結論を焦り過ぎてあんな表現をしてしまったけれど。」

【本当はもう少し手早く済ませるつもりだったからね】

「僕が伝えたかったのは。
 自分一人だけで立ち向かうばかりを考えずに。
 一度周囲にも迫る脅威、其れを見聞きした事について。
 伝えて欲しい。周知して欲しい。それだけだよ。」

己の勇み足を自戒する様に仄かに苦笑を浮かべて目線を逸らす。

「そんなの自分でやれよって?
 僕の能力は君が思っているよりもずっと面倒なしがらみ塗れで。
 使いづらいんだ。君一人にこうやって伝えるのだって色々大変でさ。
 何よりも────。」

猛烈な自己嫌悪さえ連想させる自嘲の表情で。

「僕は、ひどく臆病者なんだよ。」

────超越者の役なんて私には到底向いてない。

383【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/09(木) 21:30:23 ID:In555aOU
>>382

眉間に刻まれた皺が深くなる。
彼女が諧謔をもてあそんでいるわけではないことは、わかる。
……だがその言葉は、カーツワイルからすれば俄かには信じがたい内容ばかりであった。

己自身が夢想から抜け出たような存在であるくせに/彼は現実に則した道理を重んじる人間だ。
ほかならぬ自分自身がそうしてきたくせに/一個人の情報収集力や戦闘能力が専門の軍集団に優るとはとうてい考えられない。
今の今までたった一人であらゆる悪と戦い抜いてきたくせに/巨悪に抗するなら数を集めねばならないと思っている。

しかし……ずっと気になっていたことがあった。
それはかの指揮官のこと。奴はなぜわざわざ自分を標的にしてきたのか?
曰く挨拶とのことだが、ならば世界各地でそこそこ名の売れた人間へ適当に戦いを仕掛けているのかと情報を集めてみればそうではない。
その存在は闇の中に隠れたまま……世間には一切、姿を見せていなかったのだ。

ならばなぜ、自分の前にだけ現れたのか?
世界に対する宣戦布告と言うならば……それこそ首都級の街へ襲撃をかけるだとか、それこそ軍隊の拠点を攻撃するだとか、そちらのほうがよほど効果が見込めるはず。
たかが一個人でしかない自分と戦ったところでどうなるというのか。指揮官の行動原理は不明のままだったが……。

「運命、か……」

もしも、もしもそんなものが実在するのだとして。
冥河の指揮者……奴もそれを知覚しているというのか? だから自分に会いに来たと? 善良な市民を守るため、日夜働く名もなき正義の守護者たちには価値なしと見做して?

だとしたら──ふざけるな。
〝俺のような塵屑をもし運命の、正義の代表者だと考えていたのなら〟──赦し難い。節穴にも程がある。
その度し難い間違いを二度と思考にも上らせぬほど魂魄に刻み込んでやらねば気が済まない……と、溢れかけた怒気をすんでのところで押し留め。
だがその自制も彼女相手に意味はないのだと思い至り、視線で謝罪を表した。

それはともかく……彼女の提案、脅威を周知してほしいというのにも、正直なところ気が進まなかった。
なぜなら知識は確かに事前の備えにおいて最重要であるが、同時に要らぬ危険を呼び込む可能性もはらんでいるからだ。
それが秘されたものであるほど、尚更に。危険な犯罪者が自身の秘密を知る者に対して起こす行動など分かりきっているだろう。

だからできることなら自分ひとりで済ませたかった。
塵は塵同士、屑は屑同士、勝手に争っていればいい。他の、特に善良な人々を巻き込むなど言語道断だ。
しかし実際問題、そうも言っていられない状況なのだろう。なにしろ相手の消息が掴めない、新たな情報が手に入らない。
なにより彼女の言葉を無碍にするのも悪いと感じていた。ならば秘密を秘密でなくす、つまり全世界に周知する方法で情報を拡散すれば……と考えて。

「だが君は臆病者ではないだろう」

ふと、思い浮かんだ言葉をそのままに。

「死の危険性を負ってまで忠告に来てくれた。それは勇気ある行動だと思うがな」

何が起きても静観していればいい。
世界のすべてに我関せず、安全地帯に避難していればいい。
別段それは悪いことではない。生きたいという感情は生物にとって当たり前のものであり、それを追及したとて責められる者など誰がいる。

それを良しとせずこうして姿を現しているのは、つまりそういうことではないのかと。

384【超域越覧】上位次元からの影@wiki:2022/06/09(木) 22:24:57 ID:ceYm0lsg
>>383

【僕もさ、我ながら倒錯した自認識を持ってるって思うけど】

メルヴィン・カーツワイル。
彼もまた何処かで認識に歪みを抱えているのかもしれない。
そう思える程に、彼は"現実"という名の夢想に憑りつかれている。
その様に感じた。


────だが君は臆病者ではないだろう。

「それは……」

【それはね】
【僕という存在を】

私という本性を知らないからそんな事を言えるんだよ。

「そう……言ってくれるなら。
 まあ。少しは慰めになるかな。」

そう言って超越者(ペルソナ)は強がって笑ってみせた。

「まあ僕からはこんな所かな。
 そろそろちゃんと報酬の方も教えておかないと。
 巫女さんの所に行ったのはニアミスだったね。
 出雲(あそこ)の系列に"御札神社"って言うのがあるんだけど。
 あらゆる呪符、護符。それらを司る神の巫女。
 彼女ならその木剣もどうにか出来ると思うよ。」

それが始めに彼女が提示した今回の礼品。
貴重にして重要な創造系の能力者の居所だった。

「それとオマケで協力者の事も。
 それが全部って訳じゃあ勿論ないけれど。
 『ワイルドハント』に妙にませた中学男子の賞金稼ぎがいるから。
 彼に"指揮官"の。特に奴の使役していた"英霊"とやらの情報を伝えるといい。
 絶対に協力をしてくれる筈だから。
 中坊(コドモ)を巻き込みたくないって君は思うだろうけど。
 だったら腕試しでもしてみなよ。
 まあそもそもが……これは言えないかな。会ってのお楽しみさ。」

【協力する?】【……違う】
【関わらないなんて選択肢が存在しなくなるんだ】
【とても残酷な話だけどね】

「以上。ホントの本当にこれで全部だけど。
 まだ何か聞きたい事とかあるかい?」

まるで何者かがタイミングを見計らっていたかの様に。
"運命"とやらを念押しするかの様に。
間もなくして注文していたチョコレートパフェが席に届けられる。

385【輝煌炎焔】「正義」の焔@wiki ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/09(木) 23:54:57 ID:Hx.U00dU
>>381


【「俺は……ほら、一応こう見えてもオマワリサンだよ」】

【その言葉に青年は一瞬怪訝な表情を浮かべ】
【けれど素直に、差し出された手帳に視線を向ける】
【偽装だの幻覚だの】
【そんなものはこの世界にいくらでも転がっていて、正直その手帳自体がいかほどの証拠かは分からないけれど】
【青年はそれが「本物」だと確信した】

【────だって。悪党の偽装にしては、些か以上に物騒さが隠せていないし】
【皆殺しの特別強襲部隊【D.O.T.A】、そこに籍を置くものであれば致し方ない殺気か】
【幸いにして青年はその襟章には見覚えがあったらしく、勝手にそう納得したのであった】


 ご、ごめんなさい。……その、ちょっと迫力が強くて。


【だからといって、やっぱり怖いものは怖いらしく】
【どことなく卑屈、あるいは単に下手に出る形で、謝意を示さんと頭を下げた】

【笑って誤魔化したい、国家権力を前にした小市民の矮小さとして当たり前で有り触れた反応だったが】
【何か後ろ暗いことでもあるのかと、そう言いたげな男の言葉に青年の表情が強張る】


 ─────っ、


【心なしか目つきも鋭さを増し】
【一瞬の静寂があって────────】


 ……やっぱ、帯刀って駄目ですか……?


【おずおずと切り出す口調に冗談の色はない】

【さて。青年の学生服は特徴のないものだが────オマワリサンなら、あるいは気づくかもしれない】
【先般起こった、ある能力者による高校襲撃と無差別傷害】

【幸いにして死者こそ出なかったものの、決して小さな事件ではなかった】
【さて。その被害を受けた高校の制服は、彼のそれと一致するもので】

【今もまだ、男の手にある血生臭い「ソレ」に興味を向ける様子はないけれど】
【あるいはそれは。「惨劇を目にした凡人の正当な適応機制」だと、捉えられなくもない】

【なにより青年の、あまりに緊張感と悪意を欠いた雰囲気が────それを後押しする】

//本日このレスで最後になりますごめんなさいっ

386【神螺宵達】記憶を剣にする警察官 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/10(金) 09:40:40 ID:YviQBcxk
>>385

 ──奇妙な手応え。
 己に怯えながらも、血に反応を示さず、
 しかしそれでいて小市民の如き極普通の言葉が返ってくる。
 ジェネレーションギャップはここまで来たかと、そんな悩みであれば良かったのだが。
 ふと、そこで八雲は青年の纏う制服に気が付いた。
 あの“事件”の現場となった高校の制服──或いは、彼はそこで凄惨な光景を目にし、
 心を守るために血を認識しないようになったのかもしれない。
 そんな推測を巡らせながら、八雲は腕に掛けていたジャケットを脇に抱え込むように持ち帰る。
 もしも、血がトラウマになっているのだとしたら、なるべく視界に映りにくい場所が良かろうという配慮だった。
 ……とはいえ、小脇に抱えた程度でジャケット全てを覆い隠せる訳でもなく、
 ジャケットはまるで血に浸したかのような有様なので、それに効果があるとも思えない。
 あくまでも気持ち程度の──そういうポーズだけは示すような対応だ。
 そういった、一応の良識のようなものを垣間見せながら、八雲はじろりと青年の佩いた剣に視線を向ける。
 
「……別に、帯刀くらいでどうこうしねぇよ。
 堅苦しいアヒル(※制服巡査)ならともかく」
 
 そう、天道八雲の役割は犯罪者の逮捕でも、不良少年の補導でもない。
 そんなものは、それこそ街のオマワリサンがやることだ。
 だから、青年が八雲の仕事の対象になるとしたら──。

「──人を殺したことがあるなら別だがな」

 一瞬、染み付いた殺気ではなく、
 明確に、八雲は青年へと膨大な殺意を向けた。
 天道八雲という男は決して義務や大義を以って仕事をしている訳では無い。
 それは単なる私情、単なる思想。
 
 ────殺人者を殺す。
 
 ただそれだけが、八雲の行動原理。
 それ以外のすべては不要であり、この身には殺意だけが在れば良い。
 ……と、かつての天道八雲であれば言っていただろう。
 しかし、仲間とのやり取りの上で多少は彼の性格も丸みを帯びてきた。
 青年へ向けた殺意を霧散させ、八雲はぎこちなくも笑みを浮かべる。

「……なんて、お前みたいな餓鬼に言う事でも無かったな」

 凶相には違いないが、子供が見れば泣き出しそうな笑顔ではあるが、
 それでも友好を示そうとは努力をしていた。
 青年へ覚えた違和感は、壊れた異常者ではないかという懸念は、
 勘違いであったと、八雲はそう処理したようだった。
 こんな柔らかい雰囲気の……言ってしまえば呑気な青年が殺人を犯すなど、まず無いだろう。
 そんな期待にも似た判断であった。

「悪いな、変な因縁つけちまって。
 そうだ、ジュースでも奢ってやるよ、ほら」
 
 謝意を示すために公園に設置された自販機を顎で指す。
 言外に「ついて来い」と言っているのだが、
 その所作は「今からシメるから黙ってついて来いよ」と言っているチンピラにしか見えない。
 というか、やっている事を見れば因縁をつけて絡んでいるだけなので、
 チンピラという部分を否定する事は出来そうにもなかった。

387【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/10(金) 21:15:44 ID:k9jwZ39Y
>>384

御札神社……男子中学生の賞金稼ぎ。
貴重な情報だ、覚えておこう。事態の打開へつながる鍵となるのは間違いない。

だが……それらは今、彼女が浮かべて見せた顔の陰に隠れていた。

(あれは……)

あの表情。あの笑い方。
カーツワイルはそれを、よく知っている。
十を数えない時分から気づけばそれは傍らに。いつもは明るく笑いあう子供たちにふと、影が差していたのを覚えている。
年下の子供たちだけでなく、兄姉代わりの彼や彼女も。当然だ、あそこはそういう子供が集まる場所だった。

だがなぜ、彼女が。
超越した視座を具える、宙心院くくりが。
〝そのような感情〟とは程遠いはずの、彼女が……そのような表情を浮かべるのかと。

「君は……」

考えど答えは出ることなく。
思考を読まれているとしても、考えることと喋ることは違う。
それでも、いいやだからこそだろうか……男はその言葉を、偽ることなく口にした。

「──なぜ、親に捨てられた子供のような表情をしているのだ?」

それがひどく礼を失していて、彼女の心のうちに土足で踏み込むようなものだと分かっていても……。
己が■■■■孤児院の子供たちと同じ顔をする少女へ、そう言わずにはいられなかった。

388【超域越覧】上位次元からの影@wiki:2022/06/10(金) 22:37:10 ID:lRpnYV5s
>>387

────なぜ、親に捨てられた子供のような表情をしているのだ?

「は。」

其れは心に土足で踏む込むなんて生易しいものでは無かった。
幾千回と引っ掻く様に細かく傷を付けられ、化膿し、
今以てじくじくと内外側から痛みを発し続ける襤褸襤褸に痩せ細った"子供"の手足。
其れに追い打つ様に汚泥を擦り付ける惨たらしい仕打ちの様な────。
何となくは理解して貰えるだろうか。

時が止まっていた。凍て付いてしまっていた。
須臾の合間を廻る億劫の刻。黒い画面に白い文字列。それだけが今、彼女が見ている世界の全て。
其れが何秒。何分。何時間。何年の間に渡ったのかは。

//我々にはとてもでは無いが理解の出来ない事だったろう。

思考し。行き詰まり。行動停止(フリーズ)。再試行。停止。再々試行。停止。

//行間の無限の無へと幾つもの"ことば"を吐き捨てながら。

【あは】【あはははは】
 【はははははは】【は……】【そう……?】【そうか】

────そっか。私、そんな酷い表情(かお)してたんだ。……知らなかったな。


「ご、めん。それには、ちょっと。答えられない、かなー。」

作中内時間にして数秒にも満たない間、だったのだが。
その質問の直後からさっきまでの軽薄な薄ら笑いはそのままに、
少女の瞳から一切の光が絶えた。
そういった境遇の者達に重ね見たのなら思い当たる節もあるだろう。
これは詰り心底からの拒絶を示している。
明確に。明白に。問うべき場所とタイミングを誤ったのだ。

「ちょっと急用ができちゃったからさ。
 そのパフェ君が全部食べといてよ、じゃあねー。」

直ぐにでもこの場から消え去ってしまいたい。
只その一心で気もそぞろに支度を済ませ。
会計の事など最早眼中にも無しにこの店を。この邂逅(ロール)を去ろうとする。
一言くらいは投げかける隙があるかもしれない。
それが届くかどうかはまた別の話にはなるが。

慌ただしく逃げ去ろうとする欠け損じた超越者(かめん)は。
貼り付けた画像(テクスチャ)の様な笑顔のまま、頬を伝う涙を零していた。

それが、答え。

389【輝煌炎焔】「正義」の焔@wiki ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/11(土) 11:59:22 ID:GZjI3VG6
>>386


【アヒル? と聞きなれない言葉に疑問符を浮かべたような表情は】
【まさに男の思う"小市民"の反応であり】

【だからきっと────────そのままであれば。】

【青年は怯えながら男の背を追って、びくびくしながら一人の警察官に尊敬の眼差しを向けて】
【それで終わりだったのだろう、けれど】


 『──人を殺したことがあるなら別だがな』


【男を中心にして噴き出すように空間に充満する"殺意"】
【敵意に続いてくるのではなく、条件反射として「殺人者を殺す」と】
【ある種、狂気的とも機械的とも言える彼の在り様の一端に触れて】

【青年は気づいてしまう】
【不器用で、実際的な意味を持たず────────けれど善性に基づいて行われたであろう】
【彼の持つ、血の池地獄から引き出したようなジャケットに】【微かに、けれど確かに薫る血と死の匂いに】


 ……ごめんなさい。失礼なことを、聞くと思うのですが。


【彼が向けようとした笑顔を、期待を遮る形で】
【僅かに震えながらも──────何か強い決意や信念を感じさせる声で切り出す】
【男と同じ真っ赤な瞳は真剣ながらも鋭くはなく。敵意の類でないことだけは、伝わるだろうか】


 ──────人を、殺したんですか。


【突如吹いた強い夏風が、公園の背の低い木々の合間をくぐり、一瞬の静寂をもたらした】

390【神螺宵達】記憶を剣にする警察官 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/11(土) 15:23:58 ID:G6U89/HQ
>>389

 失礼なことを聞く、という前置きを受けて、
 八雲はその問いの内容を予想しながら自販機に向けて歩を進める。
 よく聞かれるのは「どうやって警察官になったんですか?」だ。
 それも、「お前のような人間が何故警察官になったのだ」という意味と、
 「そんな粗野な態度と凶相でどうやって警察官になれたのだ」という意味を込めた質問が多かった。
 次に聞かれるのは「どうすれば悪人と戦えるようになりますか?」という問い。
 最前線で戦い続けた八雲に投げかけられるのはそういう類の言葉ばかりで、
 きっと青年も──この帯刀していながら此方に怯えっぱなしの彼も、そういう質問をしてくるのだろう。
 そう、予想していた八雲の背に投げられたのは、まったく予想していなかった問いだった。
 
 
 ──────人を、殺したんですか。
 
 
 ピタリと足を止めて、八雲は青年の方を振り返る。
 血みどろのジャケットからは嫌な臭いが染み出し、
 まったく無傷の八雲の身体は、その血が何を示すのかを雄弁に語る。
 青年から突如として牧歌的な空気が失せて、強い意思の籠もった瞳が八雲を見つめていた。
 それを見つめ返す八雲の煌々と輝いていた隻眼は昏い色を宿し、
 青年と同じはずの真っ赤な瞳は、どす黒い血を連想させる。
 両者の間に満ちる静寂を引き裂くように、八雲は口を開いた。

「……ああ、それが……どうかしたか?」

 お前が何故気にかける。それ以上踏み込むな。
 そう警告するような、低く唸るような声だった。

「──それがD.O.T.Aだ」

 続けた言葉は、少しだけ言い訳じみていた。
 罪悪感から口にした訳では無い。
 それ以上言葉を続けたくないという意味での、
 これで納得して話題を終わらせてくれ、という意味での言い訳だった。
 無論、D.O.T.Aは殺人を否定しない。
 悪を淘汰する為ならば殺人も、洗脳も、拷問も、ありとあらゆる手段が肯定される。
 しかし、それは必ずそうしなければならないという訳では無い。
 少なくとも、八雲のような殺人を前提とした思考を持つ者は少数派だった。

391【輝煌炎焔】「正義」の焔@wiki ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/11(土) 19:02:01 ID:GZjI3VG6
>>390


 『──それがD.O.T.Aだ』


【翳った男の瞳からはその真意を読み取ることができず】
【けれど、予想した通り聞かれて嬉しい話題ではなかった様子だった】

【青年の顔は険しさを増したが、それは目の前の男に対してというより────】
【何かを。そう、"かつて自分が見た何か"を追憶するかのようで】
【再び訪れた静寂は、今度は少し長かった】


 ────俺。ずっと、暴力は絶対悪だって思ってたんです。


【やがて、意を決したように青年が切り出す】
【目の前の男に向けられた視線は、彼だけでなくその中に見出した「死」と「暴力」にも向けられていて】
【けれどやはり、単に"それ"を嫌悪するといった色ではなかった】


 けど。俺の高校が能力者に襲われて、D.O.T.Aの人がソイツを────────殺して。
 そうじゃなかったら、友達が死んでたかもしれない。


【何を聞かせているのだろう、と自身で何処か冷静になりながらも伝えずにはいられなかった】
【その惨劇で学校側に死者を出させなかったのは────他でもなく。彼の所属する組織の功だった】

【さて。青年の話は、聞く限り助けられた側から助けた側への感謝で】
【けれど。ほんの少し、ほんの少しだけだが】
【────彼自身が、罪を悔いるかのような自罰を孕んでいることが。ともすれば、伝わるかもしれない】


 だから…………ごめんなさい。何言ってるんだろう、俺。


【さらに続けようとして、ふと青年は我に返る】
【言葉を押しとどめた姿に、先程までの剣吞ともいえる雰囲気はなく】
【出会った時と同じ、有り触れた高校生の姿がそこにはあった】

392【神螺宵達】記憶を剣にする警察官 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/12(日) 14:31:30 ID:hcN9ohqU
>>391

 何かを言い聞かせるような、
 懺悔のような言葉を吐く青年に、八雲は己の過去を見る。
 彼の抱える悩み……いや、未だ悩みという形にすらなっていないかもしれない。
 言い表せない青年の心のしこりの正体に、かつて己が抱いた感情を当て嵌める。
 
「──お前は、良い奴……なんだろうな」
 
 そう、きっと青年は善良だ。
 行き過ぎなくらいに、誰もが諦めてしまうものを諦められない程に、善良なのだろう。
 昏い瞳の中に過去の光景を映し、八雲は滔々と語る。
 
「善良でいたいのなら、ただ善い事だけをしてりゃあ良いんだ。
 だがな、もし悪党を許せないのなら……その悪党すら、助けたいのなら……」

 かつて、八雲は悪人を殺す事に疑問を抱いた事がある。
 例え悪逆無道の人間だとしても、殺すことは無いのではないかと思ったことがある。
 そんな悩みは、とうに消え去った“気の迷い”ではあったが、
 しかし、もしも青年が似たような悩みを抱えているのであれば、言わずにはいられない言葉があった。
 
「────それは、“正義”だ」
 
 天道八雲という人間がかつて捨てたもの。
 茫洋として、曖昧で、人によって形が変わる恐ろしい概念。
 それによって争いが起き、それによって人が死に、しかし尚も尊きとされるもの。
 
「……そして、“そんなもの”は悪党だって持っている。
 譲れない、これこそが正しいと思うものを振りかざしている。
 もしもお前がそいつを殺さずに止めたいのなら──」
 
 もしも、悪党の命すら尊いと言うのであれば。
 
「お前は世界で最強で在る必要がある。
 絶対に折れない意思と、誰にも負けない力が無ければ、
 正義はただの歪んだ思想で、ただの暴力でしかないんだ」
 
 そんなものは理想、この世に在ってはならないものだ。
 かつての天道八雲は──凡人でしかなかった弱い男はそう思った。
 だからこそ正義ではなく、ただの悪を討つ機能で在ろうとし、悪党を殺し尽くしたのだ。
 手の届く範囲には限りがあるのだから、其処から漏れる全てを殺す。
 それが天道八雲が抱えた覚悟であり、そして、諦めたものだ。
 もしも青年がそれ以上を望むのであれば、そこから先は地獄が待っているだろう。
 
「だからお前は“良い奴”で良いんだよ」
 
 わざわざ、苦労する必要もない。
 みんな諦めてきたんだ。お前も、諦めてしまって良い。
 それは八雲の優しさであり、同時に卑怯でもあった。
 この世の理不尽に怒り、激情に流され、正義ではなく悪の敵で在ろうとした。
 だからこそ、正義を前にすると僻むような気持ちが芽生えてしまう。
 お前が正義を志せるのは運が良かったからだと、心が壊れるほどの悲劇を知らないからだと考えてしまう。
 それなのに、決して折れず、負けず、揺らがない本物の正義が万が一にも現れてしまったのならば、
 きっと天道八雲は、矮小な己の心の奥底が曝け出されてしまう事に恥じ入って、動けなくなってしまうだろう。
 修羅道に堕ちただけの小市民。それが、隻眼悪鬼と悪党に恐れられる男の正体だった。

393【輝煌炎焔】「正義」の焔@wiki ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/12(日) 17:52:05 ID:mW0Glsog
>>392


【良い奴だ、と。何も映さなくなった右眼と何もかもを見過ぎた左眼で男が言う】
【その言葉を否定しようとして────青年にはできなかった】
【それは。凡庸な善良さを肯定する男の姿が、彼自身が思うよりずっと優しいものであるからで】

【けれど────"無能力者"として言い逃れてきた己を彼の言葉だけで、許すこともまたできない】


 『お前は世界で最強で在る必要がある。
  絶対に折れない意思と、誰にも負けない力が無ければ、
  正義はただの歪んだ思想で、ただの暴力でしかないんだ』


 『だからお前は“良い奴”で良いんだよ』


【そう。未だ燻るだけの焔は、高らかに正義を掲げられてはいない】
【けれど。けれど、もし】
【男が言うように────────────】


 ……じゃあ。絶対に折れない意思と、誰にも負けない力があれば。


【男の言葉を黙って聞き終えて、青年が口を開く】
【子供の駄々、或いは戯言のような言葉は、地に足を付けて"悪の敵"を選んだ男には、きっと甘ったれて聞こえるだろうけれど】
【そこには迷いも憂いもなく。ただ、進むべき道を見つけた若人の、青い決意があった】


 ──────みんなを、しあわせにできるんですね。


【幼心に、誰もが夢見るハッピーエンド。誰も泣かず、傷つかず、喜びに溢れる結末】
【そして──────誰もがいつかは、気づかぬうちに無くす幻想(ユメ)】
【目の前の男もきっと、そんな有り触れた人間の一人で】
【だけど彼はどこかで善性を捨てきれなかったのだろうと、青年は思う】


(だったら「それ」は、俺が実現すべき理想だ)


【青年の紅い目は、怯むことなく男を貫き続ける】

【青年に、若しくはその瞳の中に。ともすれば男は、見出すかもしれない】
【天を焦がし地を覆い海を焼く劫火──────そんな幻を】

394【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/12(日) 21:06:06 ID:nI8Cxlwc
>>388

──ある種の超越した精神を有する人物だと思っていた。

世界のすべてを補足範囲とする読心能力。おそらくは言葉以上の意味を持つ隔絶した異能。
この世のあらゆる事物を知り得る、まさに全知に指をかける究極のチカラ。
流れ込む情報量は莫大なんてものじゃない。すべてを押し流す洪水に等しい情報量に晒され、なお正気を保てているなら……。
きっと、彼女の本質は人間とは離れた……それこそいつか邂逅した、神々にも等しいものなのだろうと。

そう、思っていたのだ。

「────」

彼女はひどく傷ついていた。
貼り付けたような笑顔のまま、涙を流していた。

……雷に打たれたかのような衝撃。
思わず立ち上がり、けれど何も言えなかった。

いったいどんな言葉をかけられるというのだ。
すまなかった? そんなつもりはなかった? それほど傷つくとは思わなかったのだと?
まさか君がそんな平凡な反応を見せるとは考えていなかった、と……いくら何でも、言葉にすることはできなかった。

「そうか、君は──」

〝単なる普通の少女〟だったのだと、ようやく気付いたときにはもう遅い。
平凡な心が持つには過ぎたチカラを背負わされてしまった、哀れな娘の心を最低の形で踏みにじったという事実だけが残る。

走り去る少女に、もはや何も言えるはずはなく……。
その背が見えなくなって、ようやく思考が思考として動き出した。

(──屑め)

糞め。塵め。どうしようもない愚か者め。
なぜ気づかなかったのだ、彼女の平凡さに。その心根の普通さに。
怪我をすれば血を流し、手当の消毒が沁みれば声をあげないよう我慢して、話のために入った喫茶店で菓子を楽しもうとするのだぞ。
これが。これが、超越者なはずがあるか。人間とかけ離れた精神の持ち主なはずがあるか! ただのどこにでもいる少女ではないか──!
悪であること以外は何も見抜けないのか! 守りたいと願った平穏な輝きに対する仕打ちがこれか! 無能節穴にも程がある、ふざけるなよ塵屑が────!!

少女の心はこの悪漢によって手ひどく傷つけられた。
謝罪する権利さえ、自分にはあるまい。それだけのことをしてしまったのだ。
むしろその能力を駆使して二度と顔を合わせないように動くことだって十分に考えられる。当然だ……こんな男にはもう金輪際会いたくもあるまい。

もはや自分が、彼女に対してしてやれることなど一つもない。縁はこれにて、完全に断たれたのだ。


//続きます

395【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/12(日) 21:06:38 ID:nI8Cxlwc
>>388

「〝いいや〟」

──否。

「〝だからこそ、俺は前に進み続けよう〟」

男の気炎が、再び、燃え上がる。

思い出せ。彼女が自分に伝えてくれたことを。
かの指揮官の脅威。世界に差し込む暗い影。それを払うがため、正義と秩序に結束せよと。
そのために情報を周知、共有せよと──少女がリスクをおしてまでくれた助言。それだけは無碍にしてはならない。

「〝君の涙を無駄にはしない〟」

刻み付けろ、自分が砕いてしまった善なるものを。
背負い続けろ、犯してしまった非道の所業を。
忘れるな、己がどれほど罪深く醜悪な塵屑であるのかを。

すべてを自認し、それでもなお──いいやだからこそ。

「〝涙を希望に変えてみせる〟」

奪ってしまった輝きをより大きな光にして返すのだ、と──。
男は大志をより強く、拳から滴る血液ごと握りめて、決意を新たにしたのだった。

──そう。

メルヴィン・カーツワイル──未だ一部界隈にではあるものの、今や英雄と目されるこの男は。
知り合った善良な少女の心を踏みにじったのだと確と理解しておきながら……その精神に一筋の瑕疵も、一片の曇りさえ浮かべることはなく。
むしろ彼女の涙を薪として、その決意と覚悟をよりいっそう強く燃え上がらせてみせたのだ。

すべては未来のため。
明日のため、笑顔のため、希望のため──進み続けることこそ、こんな自分にできる唯一のことであると。

振り返ることなく前へ前へと征くことしかできない英雄/異常者は、闇を持たない魂の黄金/歪みを輝かせたのだった。


//自分からは以上となります……!
//ありがとうございました!お待たせしてしまって申し訳ありませんでした……!

396【神螺宵達】記憶を剣にする警察官 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/13(月) 00:49:15 ID:ivDrZa36
>>393

 その青い理想は、夢物語のような戯言は、しかし、奇妙な迫力を宿していた。
 青年の赤い瞳に宿る決意は、総てを焼き尽くす劫火の如く大成を予感させる。
 その純粋さから目を逸らすようにして、八雲は瞳を伏せた。
 それは後ろめたさではなく、己の決意を再確認するためだった。

「…………それが、お前の正義か」

 共感しよう。
 誰もが幸せになれる世界。
 そんなものがあれば、それこそが至上だ。
 かつては似たような夢を抱き、青臭い理想を抱えて警察官となった。
 だからこそ、その願いの強さ、その願いの素晴らしさを肯定しよう。

「だったら、いつかお前は俺の敵になるぜ」

 故に否定しよう。
 夢破れた者として、その夢を肯定し、そして否定しなければならない。
 この世には救いようもない、幸せになる権利もない人間が居る事を天道八雲は知っている。
 幸せとは真っ当な人にのみ許された恩賞だ。
 そして、殺人とは悪行であり、悪行を為す者は悪鬼である。
 悪鬼は人ではない。幸せになる権利など、欠片も持ち合わせてはいない。
 故に────。

「────俺は総ての殺人者を殺す。
 今を生きる殺人者も、今後生まれる殺人者も殺し尽くす。
 誰もが幸せな世界なんて、俺は許さない」

 悪鬼と恐れられる悪党にとっての死神は、そう告げる。
 正義の為、理想の為とどんなお題目をつけようとも、殺人は許されざる行為だ。
 それは勿論、己の行う殺人も同じこと。
 だから、その決意の表明は自罰的な色を含んでいた。
 青年が正義の炎であるとすれば、八雲は地獄の劫火だ。
 その血に塗れたような真っ赤な瞳を再度青年へ向け、八雲は言った。

「……お前の名前は?
 その青臭い幻想(ユメ)と一緒に覚えておいてやるよ」

 そして、願わくば──。

「──俺は天道八雲。悪の敵だ」

 天道八雲という、最悪の殺人者を止める者となってくれ。
 悪党を殺すことに後悔はない。
 だけど本当に──真実に“みんながしあわせな世界”が実現するのであれば、
 最も世界に不要なのは、この血に塗れた悪鬼なのだ。

397【輝煌炎焔】「正義」の焔@wiki ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/13(月) 09:12:23 ID:t.VTgt6k
>>396


『────俺は総ての殺人者を殺す。
 今を生きる殺人者も、今後生まれる殺人者も殺し尽くす。
 誰もが幸せな世界なんて、俺は許さない』


【男の言葉は、決して美しいだけではないこの世界で、確かに揺らがぬ在り方だった】
【彼はきっと、そうは思わないのだろうけれど────敢えて悪の敵を、選ぶのだとすれば】
【それは確かに一つの"正義"だと、青年は思う】


 ええ。……今生きている人すべてが幸せになれるなんて、俺も思わない。
 俺がどれだけ手を伸ばしても、悪のままで居たい人もいるでしょう。


【だから否定することはできない。流してきた数多の血の色に染まった視線を】
【誰より大きな力を以て"悪"を抑制するというならば、それもまた一つの"悪"であろう】
【けれど。だけど。言い訳では、理想論ではあるけれど】


 けど、悔いている人がいるかもしれない。
 頭を下げて、一生をかけて償って……その果てに、誰かが小さな納得に辿り着けるかもしれない。


【躊躇いなく能力者を殺したD.O.T.A職員の背に、確かに青年は正義を見た】
【だからこそ、自らもまた────封じてきた暴力を持ち出す覚悟を決めた】
【けどそれは。彼らがもう一度光を目指す機会の全てを、奪っていいことにはならないと────青年は思う】


 だから俺は、"正義の焔"になります。

 救いようのない悪党を焼き尽くす。救える悪党を照らす。
 救われるべきみんなを守る。────そんな焔に。

 お巡りさんの同僚さんのおかげで、その覚悟が決まりました。


【矛盾を孕む信念。誰かを守るための暴力も、或いは殺人すらも肯定しながら】
【それでもやはり、"殺さなくて済むなら殺したくない"】
【それを叶えるために、戦いたい】

【地獄の劫火に相対して、未だ若き正義は高く燃え上がる】


 ……スクアーロ。ウォン・A・スクアーロ。
 いつか────みんなをしあわせにする、正義の味方になる男です。


【己に課すように、答える】

【彼はきっと、そうは望まないのだろうけれど】
【叶うならば貴方も救ってみせると、そう宣言する心意気で】

398【神螺宵達】記憶を剣にする警察官 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/13(月) 15:53:49 ID:ivDrZa36
>>397

 ──ウォン・A・スクアーロ。
 また一人、この世界に正義を志す炎が誕生した。
 祝福すべきその決意を前に、八雲は眩しそうに目を細めると、小さく口角を上げる。

「ハッ、正義の味方……ね」

 それは嘲笑ではなく、讃えるような笑みだった。
 正義の味方──その言葉の重さを感じさせないような熱量に、悪の敵は思わず笑みを零した。
 それを隠すようにウォンに背を向けると、八雲はすぐ近くの背後にあった自動販売機へと歩み寄る。
 その背からは、それまでの重々しい血生臭さや殺気も薄れており、何処か寂しげな気配すら漂わせていた。

「お前は“そっちの地獄”を往くんだな」

 天道八雲が選んだ地獄は、殺すか殺されるかを永遠に繰り返す修羅の道。
 そして、ウォン・A・スクアーロが選んだのは届かないものに手を伸ばし続ける奈落の道だ。
 それがどれほど果てしなく、辛いものか。
 かつては、彼のような者が大勢いたのだ。
 何者の死をも許さない、ハッピーエンドを願う人々が。
 救われるべきが救われる事を願う人々が。
 だけど、誰も彼もがその理想の重さに潰れていった。
 青い正義が選んだ理想の重さを知っている一人の修羅は、本心からその言葉を口にした。

「頑張れよ、ウォン・A・スクアーロ。
 俺は悪の敵で、正義(おまえ)の敵で……それでも、ウォン(おまえ)の味方だ」

 その言葉と共に、八雲は自動販売機から取り出したペットボトルをウォンの方へと放り投げる。
 それは、まるでウォンの瞳のような──八雲の瞳のような真っ赤なラベルの炭酸飲料だった。
 空中でシェイクされたそれの行き先を見届けるよりも前に、八雲はウォンへと背を向けて歩み始める。
 
 色んな言葉を投げようとした。
 諦めたくなったらD.O.T.Aに来いだとか、
 何もかもが嫌になったら一市民に戻れば良いだとか、
 そういう助言──否、“甘言”を口にしようとした。
 しかし、それは若い芽の成長を遮る毒になるだろう。
 だからこそ、小さな願いを込めて一言だけ吐き出す。
 
「────またな」
 
 また、会おう。
 その決意が折れず、命が潰えず、強くなったその日には────。




// という感じでこちらからは〆させていただきます!
// お疲れ様でした! 楽しかったです! ありがとうございました!

399【輝煌炎焔】「正義」の焔@wiki ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/13(月) 17:24:15 ID:taD1EniM
>>398


【『お前は“そっちの地獄”を往くんだな』────そんな男の言葉を、青年は黙って受け止める】

【そうだ、分かっている。天道八雲の歩いてきた道が屍の山であったように、これから青年が歩く道にも多くの屍がある】
【手にかけるべき者だけではなく】【同じ理想を目指し、折れてしまった者たちの屍が】
【けれど八雲は確かに言った。「頑張れ」と】
【それを聞き遂げた青年の顔には、晴れやかな笑顔が浮かんでいた】


 ……はいっ! ありがとうございます!


【これからは汚れるばかりであろう手で、彼が放り投げたペットボトルを受け取る】
【それは奇しくも"理想"或いは"正義"のバトンが受け継がれるかの如く────────】


 ええ、また────うわっ!


【返答を遮るのは、遠慮なくシェイクされた炭酸。緩めた蓋からは、内圧の解放に伴い大量の泡が噴き出す】
【弾けては消えるそれは、さながら青き理想を追った人々の儚さのようで】

【だけどどうか。己の願いが夢幻で終わらぬようにと、青年は決意を固くする】
【再会を願う言葉を残してくれた、一人の"正義"の先達のためにも】



 ……どうしよ、ベッタベタだよ……。



【とはいえ。それはそれとして炭酸飲料を投げるなんて、と思わなくもないウォンであった】


//絡みありがとうございました〜〜!!! 楽しかったです!

400【尽臓鬼機】特異な心臓を持つヤクザ@wiki:2022/06/13(月) 19:56:10 ID:XTL8AaF2

「さて、どうしたモンかねェ……」

夕暮れを迎えた街の一角にある酒場。
猥雑な喧噪の満ちる店内の奥、広いソファにどっかりと身を沈め両脚をテーブルに乗せた男がひとり酒を吞んでいた。
粗暴な振る舞いを咎める者はいない。ここはそういう、善男善女が立ち入るような店ではないからだ。
見渡せばどこもかしこも同じような気配を纏う人間たちばかり。男はまるでずっとここにいたかのように馴染んでいた。

ゲアハルト・グラオザーム──行く先々で波乱を巻き起こさずにはいられない、混沌の徒。
かけられていた指名手配と懸賞金を伝手を辿って解除した彼は、こうして堂々と酒場に繰り出していた。

(やっぱ〝表〟も〝裏〟も、お歴々がたはそう簡単には乗ってこねえ……ま、当然か)

サングラス越しにぼんやり光る電灯を眺めつつ、思案しているのはとある組織のこと。
名もなき同盟──〝同盟〟と、ただそうとだけ呼称される、未だ黎明期にすら至っていない混沌の種。
芽吹けば必ず世界にとっての大きな災厄となるであろうそれは、男にとって極上の玩具であった。
是非とも成長させたいと水を注いではいるものの……これがなかなか、そう簡単にはいかない。

(なんせ現状、ただの仲良しサークルだもんなァ。数は少ねェ、実績もまだとなれば、そりゃ全面協力なんてするわきゃねえよな)

裏も表も通じる彼ではあるが、付き合ってきた人種はその大半が極めて俗。
すなわち金、物、力、異性……そうした分かりやすい利得を欲しがる者たち。組織の長になろうと人間の本質は変わらないものだ。
そして〝同盟〟は今のところ、そのどれも供出できはしなかった。いいや力に関しては十分だろうが、そうした下働きができるタイプかと言われればそうは見えなかった。

ならどうすればと問われて、まず考えつくのはやはり頭数を揃えること。
兎にも角にもそこからだが、相応しい人材もだいぶ貴重で、良さそうなのはなかなか見つからない。
無論、そこらのならず者をかき集めることは容易い。だが数も大事ではあるが、そこに〝格〟も備えていなければならないのだ。
一山いくらの連中をいくら集めたところで烏合の衆……まあ、自分あたりがそれを率いて一丁やらかすという手もあるが。

(いずれにせよ、ドデカい花火をぶち上げなきゃいけねェなァ。〝同盟〟に利用価値があると思ってもらわにゃ始まらん)

ゆえに必要とされるのは実績。
力を誇示する。悪を魅せる。
世を滅茶苦茶に引っ掻き回す混沌の担い手が現れたのだと認識させ、甘い汁を啜るため群がってきた悪党どもを巻き込んで更に火を大きくする。
大きく、大きく……世界のすべてを業火に包んで誰も彼もを踊り狂わせるのだ。そうなれば、きっと愉しい。

(アイツは乗ってきた。そこにチンピラどもを加えて……指揮官の旦那のアレ、遠隔で動かせたりするのかねェ……?)

……いよいよ悪企みを始めた男のにやにや笑いが深まっていく。
片手に持った上等の酒よりも、指に挟んだ煙草よりも……もっともっと旨い嗜好品であるかのように、顎を擦りながら悪の思考を弄んでいた。


//なんでもオーケー、置き前提の絡み待ちですー

401【練氣太極】邪気を操るチンピラ ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/13(月) 21:06:11 ID:taD1EniM
>>400


【脛に疵持つ者が集う場所は限られる】
【路地裏。地下。何重にも偽装された建物。あるいは、ハナから同類しかいない酒場】
【そうした場所は得てして暴力によってのみ統治される】

【それは、今日のこの場所も同じだった】


 「てめ、離せこの──────────」

 うるせェ。死ね。


【ざしゅ、と奇妙な音がした】
【それが人体に孔の開いた音だと気づくのは、大方同じことをやったことがある人間だけだろうが】

【粗暴さと酒の酔いに任せた喧騒が、俄かに緊張したものに挿げ代わっていく】
【その中心はテーブルの一つ、正確にはその脇に立つ二人の男】
【いや。一つの死体と一人の青年と述べた方が正しいか】

【黒いダブルのライダースジャケットを纏う青年の右手────真っ黒な"気"に包まれたその腕は、もう一人の男の胸を貫通していた】
【酸素を求める魚のようにパクパクと意味もなく動いていた男の口が、やがて開いたまま動かなくなる】
【それを契機に、青年の右腕がするりと抜き取られる】
【重力に従って必然崩れ落ちた男の身体には見向きもせず、青年は再び席に着いた】


 ……なんだよ。お前らには何もしねェよ、酒飲みに来ただけだこっちは。


【如何に暴力に包まれた場所といえ、殺しが何もなく見過ごされるということはない】
【怯えや悪意を含んで向けられる視線に、厄介そうに男は手で払う仕草】
【その騒ぎは、あるいは店の奥にいる男にまで届くだろうか】

402【尽臓鬼機】特異な心臓を持つヤクザ@wiki:2022/06/13(月) 21:32:28 ID:XTL8AaF2
>>401

片手で器用に両方を保持したまま、紫煙立ち昇らせる黒巻紙に金印字の煙草に口をつける。
吐き出した煙の後味を肴にして、グラスの中で揺れる琥珀の液体を嚥下して……。

「──ん?」

そこでふと、騒ぎに気付く。
見れば何やら揉めている様子。そこまでならこんな場所だ、大して珍しいこともなかったが──。

「おお!? クハッ、おいおいやるねェ」

奇妙な水音。
それは人体と生命が貫かれる音で、自分も含めここにいる連中には耳に慣れたものではあろう。
が、さすがに酒場で聞こえることはあまりない──完全に死んでいる。それを成した片方はなんでもないことのように再び座っていた。

(こいつは面白いものをみつけたかもしれんなァ……!)

そうと決まれば行かない理由がこの男にはない。
〝同盟〟やら今考えていた企みやら、諸々のことと結び付けるにせよつけないにせよ……。
面白そうなものを放置はあり得ない、ただ享楽だけを求める悪党が動き出した。


「────よォ、見事な手並みだったじゃねェか! 一杯奢らせてくれよ、隣いいかい!」

渦巻く物々しい雰囲気をものともせず、青年に近づいてくる男がいる。
黒いジャケットに、着崩した柄物のシャツ。ノーネクタイ。サングラス。
白い蓬髪が異質ではあるが……おおむね、一目見て受ける印象は誰でも共通する。筋者だ。

笑う肉食獣といった表現が当てはまる男が返事を聞く前にどっかり座り、テーブルへ勢いよく置いたのは酒と、どこから拝借してきたのか二人分のグラス。
少なくとも、銘柄は上等のものだった。外見通りというべきか、ショーケースに陳列されているクラスの代物を気前よく振舞えるくらいには懐が潤っているのだろう。

403【練氣太極】邪気を操るチンピラ ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/14(火) 11:01:21 ID:lcOYMGFo
>>402


【溜息一つ。安酒を煽り、税金ばかり無駄に膨れ上がっていく煙草を取り出した、その矢先だった】
【周囲を押し退けて─────否。周囲が自然に道を開く形で】
【いっそ無遠慮に。そして磨き抜かれた胆力で、青年の前に現れた男】

【一瞥して、青年はまた溜息をつく。行いは確かに暴力的だが、血の気が多いともまた違う様子だった】


 ……高い酒は口に合わねェ。


【吐き捨てるように返した言葉とともに、手にした角瓶を呷る】

【素性も分からぬ人間の酒が飲めるか、と。暗に仄めかす視線は冷たいもので】
【敢えてそうしているのではと疑うほど分かりやすい任侠を相手に、怯える様子も威嚇する様子もなかった】
【そうして慣れた手つきで煙草に火をつけると、深く深く吸って紫煙を吐く】


 まァ、一人で飲むのは退屈だ。邪魔しないなら、好きにしてくれ。


【気のない様子で言葉を返して、ほんの一瞬だけ足元の死体に視線をやる】
【心臓を貫かれて絶命した男、その真っ白な背広は深紅に染まっていた】
【コイツが同じ組の人間なら面倒だな─────などと思いつつ、その殺しに一切の後悔はない】

【邪魔なら殺す。不快なら殺す。気分次第で殺さない。一貫した行動理念を持たない。それが、〝餓狼〟と呼ばれる一匹狼の在り方だった】

404【超域越覧】上位次元からの影@wiki:2022/06/14(火) 17:50:54 ID:X5bheCyA
>>394-395
それは彼女が自身の能力で見つけた誰も居ない路地の外れだとか、
或いは上位からの介入者である彼女に割り当てられたセーフハウスなんかでも良い。
ここは行間と云う名の奈落。
今最も肝心な要素はここが"誰の目も気にしなくて良い場所"だという事。
其処で宙心院くくりは蹲り幼子の様に延々と泣きじゃくっていた。

"親に捨てられた子"という表現は正しく彼女という心の在り方を言い表していた。
もっと言うならば"言い表し過ぎていた"。
己が得意とする読心(フィールド)で物語内の人物に自らの心の芯を読み取られる。
"この世界に来て初めて"そんな体験をした事による動揺は、まあ見ての通りである。

【違う】【僕は見捨てられてなんかいない】
【"あの人達"は今も見てくれている】

────じゃあ、どうして今まで一回も私に交信が来なかったの?

【それはきっとまだ世界へ接続する時の事故が】
【その不具合が続いているからだよ】

────それで、もう実験の失敗として見捨てられてしまったんじゃないの?

【それは……】

────それは、こちらからでは確かめようがない。


一人芝居で不毛な問答を続けていても埒が明かないのは当然で。
だからせめて今回、自分に出来た事を考える事にする。

メルヴィン・カーツワイルへ接触し迫る悪の到来への備えを促す。
あの後の記録を読んだ限りはそれ自体には成功している。
僕の能力(ひみつ)と私の平凡(ひみつ)の端を知るに至った人。
勇ましく輝かしくも醜悪で歪みきった英雄/狂人。
彼がこれからも紡いでゆく物語を読もう。

惨めな自分は自分じゃどうにも出来ない。
だからせめて"涙を希望に変える"物語と云うものを、その行く末を観測しよう。

それが私に出来るただ一つの事だから。/【それが僕に求められている役目なんだから】


//改めまして、長らくのお相手感謝致します!

405【尽臓鬼機】特異な心臓を持つヤクザ@wiki:2022/06/14(火) 20:20:43 ID:V2TuhLHk
>>403

グラスへ波打つ琥珀を注ぎ、もう片方へと動きかけた手を止めた。

「おっとそうだったかい? じゃあ何かつまむモンでも頼むとしようかね」

おーいマスター、二人……いや三四人前くらい適当に持ってきてくれー!
声を上げる男の様子はまるで友人と気安い場所で偶然出会ったとでもいうかのようで……。
周囲の一切、それこそ死体にさえまるで頓着せずご機嫌に注文する様はいっそ不気味ですらあった。

「しかしまァ気持ちいいくらい躊躇なくいったなァ。
 相当な場数を踏んでる……ってだけじゃ、普通こんな場所でこうはやらねェと思うんだが」

居合わせた客たち、暫くは遠巻きに眺めていたが……。
彼らもさるもの。血の匂いごときで飲食できなくなるようでは闇の住人などやっていられない。
一部慎重な性質の者たちは起きるかもしれない厄介ごとに巻き込まれるのを危ぶんで早々に出て行ったが、その他の大多数は各々再開する。
死体も、その残り香も、そのうち片付けられていった。珍しくはあるがまったく無いというわけでもないのだろう、こういうことは。

「ヤクザなんてのはメンツ商売、組の人間が殺られたなんてことになりゃ報復が面倒だと、普通は考えるモンだしよ。
 アレかい? 雑魚が何匹来ようが片っ端からブチ殺せばいい──ってことかね?」
 
男もまた、そのような光景を日常として受け止めている。おそらくは青年も。
他愛ない雑談こそ最高の肴であると言わんばかりに、まるで麦茶か何かのようにぐびぐびと……。
まだ料理は来ないというのに値段も度数も高い酒を景気よく呑んでいた。このペースでは早々なくなるだろうが、まあ、青年が心配することではあるまい。

406【練氣太極】邪気を操るチンピラ ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/14(火) 21:57:46 ID:Ik7ttNug
>>405


 ……別に深く考えた訳じゃねえよ。気に障ったから殺したまでだ。
 報復してくるならやり返すが──────極論、それで死ぬなら仕方がねェ。


【命が惜しくないのか】【暗にそう問いかける男に、青年は鼻を鳴らして笑った】
【死体はいつの間にか影も形もなく────或いは、自分がそのように消えることすらあり得るだろうけれど】
【そんなことはどうでもいい、と言わんばかりのあっけらかんとした様子であった】


 どうせ大層な目的もない人生だ。
 好きなように生きる方が、よほどイイ。


【享楽的。刹那的。────そう言って一蹴するには不思議に力が込められた語り口】
【そう〝在る〟ことを心底正しいと思っているような、確信的な断定だった】
【そして、相手に水を向けるように、煙草を挟んだ人差し指と中指を男に向ける】


 あんたもそうだろ? ゲアハルト・グラオザーム。
 ────懸賞金がその首に掛かってりゃ、気持ちよく飲む資金になったんだがな。


【凶暴な笑み。白い歯は鋭く、けれども悪意も敵意も感じさせなかった】
【こちらはこちらで、〝裏〟でも名の知れた元賞金首を前に、有名人と鉢合わせた程度のリアクションで】
【景気よく酒を呷る相手を楽しげに見つめて──────】


 (……こいつ、本当に奢ってくれるんだよな?)


【内心はこのザマであった】

【職業なし、貯金なし、計画性もなし。あと縋りつく女もなし】
【路地裏で一匹狼を気取る青年の懐事情はいささか悲しいもので、眉を顰めてそんな情けない思案に沈む】

407【尽臓鬼機】特異な心臓を持つヤクザ@wiki:2022/06/14(火) 22:44:30 ID:V2TuhLHk
>>406

「おっと……知られてたか。
 うまいこと立ち回ってたつもりだったんだが、いやはやどこで賞金首なんぞになっちまったのか……。
 ──なんせ心当たりがありすぎてなァ、クヒハハハ!」
 
策謀を張り巡らせ、自分は表に姿を現さず、秘密裏に自体を操り思う通りの結果に導く。
──ゲアハルトという男はそういうタイプではなかった。むしろその逆、積極的に渦中に飛び込んでいく性質。
謎の黒幕という風に動くことも、極稀にやらないではないが……もっと直截なほうが好みだった。眺めるよりは、参加したい。

姿や顔なぞ見られて当然、隠すことなどほとんどない。
だから〝やらかした〟場合は方々に存在を知られることが常だが……。
それでも賞金首となることを避け、なったとしてもすぐさま解除できるのはひとえにその卓越したコミュニケーション能力の賜物というべきだろう。
端的に言って世渡り上手なのだ。そこに加えて好奇心旺盛、気の赴くまま様々な界隈の様々な事件に首を突っ込んでいくとなれば人脈が広いのは当たり前だった。

「しっかし、クヒ、お前さんいい考え方するじゃねェか。
 そうさ、人生好きに生きてこそだよなァ。喰いたいときに喰いたいものを、飲みたいときに飲みたいものを。
 ムカついて殴りたくなったなら遠慮なく殴ればいいし、殺したくなったら思いきり殺ればいい。人間、みんな本当はそうしたいはずなんだからよォ」
 
運ばれてきた皿に山盛りになったソーセージを突き刺した。
そのフォークをしばし光にかざしつつくるくると弄んだのち、唐突に飽きたようにかぶりつく。
口内にあふれる肉汁。咀嚼するごとにぎとぎとしていく脂を粒マスタードの酸味が中和し、後に残るのは肉とスパイスの旨味。
それを三十年物のスコッチで洗い、流して、嚥下する。
深みのある樽香とバニラ、果物、複雑な味わいが洪水のように後味を浚っていったが、男がその余韻に優雅に浸ることはしなかった。

同席者になんら遠慮することなく食物と酒を腹へと収めていく姿はどこか獣を想起させた。
お前さんも遠慮なく好きなもん頼んでいいんだぜと言いながら、自分も別な料理と酒を注文している。

「──そうそう、そんなお前さんにパーティーのお誘いがしたいんだが。
 どうだ、興味あるかい? 楽しくなれることだけは保証するぜ」
 
ローストビーフの塊に直接かぶりつきながら、ふと世間話でもするかのように切り出した。
パーティー……この二人の男には、あまり縁のなさそうな響きだ。
社交界のように上流階級が集う類のそれでないのだろうが、さて……?

408【練氣太極】邪気を操るチンピラ ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/15(水) 10:28:23 ID:EUi6h3PU
>>407


【酒がそうさせるのか、肴がそうさせるのか、あるいは両方か】
【上機嫌に語る男に合わせて適当に頷きながら、テーブルの上のソーセージに手を付ける】


 ──────さァな。本当に〝みんな〟がそうしたいのかは知らねぇが。


【ぼつりとこぼした言葉は、単に唯我独尊を至上とする悪党とは異なるもので】
【今でこそ陽気だがどう転ぶか分からない……そんな眼前の男への配慮などは、全くない様子だった】

【もっとも。男が塊のままかぶりついたローストビーフに恨めしそうな視線を向け】
【いそいそと同じものを注文する様子はいっそ滑稽さすら漂わせているものだったが】


 パーティー、ねぇ……。
 ま、あんたの誘いなら、楽しい催しではあるンだろうが────


【さっさとしろよ、と店員を急かして送り出したところで、男の言葉に振り向く】
【馴染みのない言葉ではあったが、男の口ぶりからして文字通りに受け取るべきでないことは分かった】
【しばし視線を中空で彷徨わせて逡巡し──────】

【ざくり】【とソーセージの山にフォークを突き立てる】


 ────俺の働きが〝誰か〟に期待されてんのは、不愉快だ。


【紅い視線に鋭さと怒気が入り混じる】

【〝餓狼〟────「裏」にも少しは通るその名前は、ただ彼の凶暴さのみを表すわけではない】
【どんな待遇も報酬も。己を飼い馴らそうとするすべてを拒絶する】
【それが青年に付けられた渾名だった】

409【尽臓鬼機】特異な心臓を持つヤクザ@wiki:2022/06/15(水) 19:33:03 ID:YS2hBtqc
>>408

刃のような視線。滲む怒気。
未だ青年と言い表すべき年頃に似つかわしくない気迫は、そこらのならず者を怯ませるに十分の迫力だったが……。
今回の相手はそれすら肴であるというようにただ、愉快そうに笑うばかり。

「クヒハハハ上等上等、若人たるものそれくらい尖ってねェとな──」

だがふと、思い当たったように笑い声を止めた。
そしてサングラスを上げ、青年の顔や姿かたちをまじまじと眺める。
見定めるというよりは何かを確認しているような視線、男の両眼もまた血のように赤かった。

ややあって得心したように大きく頷く。

「ああ……なーんか引っかかると思ったら。
 お前さん例の〝餓狼〟だろ? 話は聞いてるぜ、どんな奴にも靡かねェ孤高の一匹狼──。
 または手が付けられん跳ねっ返りの狂犬ってな。実際にこうして会ってみれば、なるほど噂に違わぬ反骨精神だ」
 
地獄耳、というべきか……少しでも通った名前なら、この男はすべて知っているとでも言うのだろうか。
その在り方からして〝餓狼〟は恨みや反感を多く買っているのだろう、だが以前、ゲアハルトの態度に変わりはない。
単なる吞み仲間に対する体を崩すことなく酒に料理に興じている。湯気を立てるアヒージョの鉄鍋から海老を取り、殻がついたままのそれを頭から噛み砕いた。

そこで酒が尽き、間髪入れず新しいボトルを注文する。
まるまる一本、四十度以上のスコッチを開けているというのに、頬に赤みすら差してはいなかった。

オイル漬けされた大ぶりの牡蠣を一口に放りこみ、身肉から溢れる旨味をグラスに残った琥珀と混じらせ、流す。
運ばれてきたボトルの中身を空になった器へ再びなみなみと注ぎながら、青年に視線を向けないまま言葉を続けた。

「それじゃあこうしようか──今から俺は独り言を漏らす。
 独り言なんだからとうぜん誰かに何かを頼むことも無いし、頼まないから当てにもしない。
 そんで偶然これを聞いちまった奴が何をするにせよしないにせよ、そいつの勝手だよなァ?
 〝パーティー〟に参加しようが……どこぞに内容をタレ混もうが。自由さ、好きにすりゃあいい」
 
椅子にもたれ掛り、天井を見上げながら酒を傾ける男の言葉尻は返答を待つものではない。
もうここから、曰く独り言は始まっているのだ。肯定するなら沈黙を……面倒ごとを疎み、拒否するのなら適当な話題を切り出すなりすればいい。

410【練氣太極】邪気を操るチンピラ ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/15(水) 22:13:37 ID:YCfdd7.Q
>>409


【あしらわれた】【そう表現するほかない、と青年は内心で観念した】
【年の頃は自分とそう離れているようには見えないが────】


 ……はっ、よしてくれ恥ずかしい。
 ヤクザ一人脅かせないなら、そこらの野犬の方が幾分かマシってな。


【こいつには言い勝てない、と思う】【踏んできた場数の差、としか考えられない】
【彼ほどあちこちに繋がりのある人間なら、確実に自分が「しでかした」被害を受けたこともあるだろう】
【内心がどうであれ、それでこの態度を保ち続けられるのならば、確実に大物だ。二十歳そこらで辿り着く境地ではあるまい】

【実年齢と外見が全くと言っていいほど一致しないこともある世界】
【男もまた、そんな特殊な能力者、あるいはそれに類似した存在なのだろうと推測する】
【青年にはなにぶん学がない。老獪な狸の相手は苦手なのだから、と黙って話を聞く腹をくくった】

【相対する青年の頬は微かに赤く】【降参と言わんばかりに、漸く届いたローストビーフを口に運んだ】


 随分でけェ独り言だこと。


【毒づいて浮かべた笑みは、凶暴だが敵意のないものに戻り】
【山と盛られたフライドポテトにケチャップをたっぷりと付けて口に運ぶ】

【いつの間にやら煙草の火は消え。合わない視線のまま、彼の言葉が続くのを待つ】

411【尽臓鬼機】特異な心臓を持つヤクザ@wiki:2022/06/16(木) 20:04:17 ID:.CBC0DF.
>>410

暖色の電灯にグラスをかざし、ゆらりゆらりと中身を弄ぶ。
光に透かされ淡く輝いている酒の色合いをしばし愉しんだあと、くいと中身を一息に呷った。

「世界警察──ってあるだろ。その辺にもよくいるお巡りさん」

干した器をテーブルに置き、懐を探って煙草の箱を取り出す。
黒い巻紙に金の印字。多少珍しくはあるものの、そう特殊でもない銘柄。
咥えて、ライターを……取り出そうとしたが、思った場所に無かったようで、ポケットやら何やらをまさぐりだす。

「Institutions of Justice……正義の機関、だったか? クヒ、御大層な名前だよなァ。ま、世間一般で正義の味方っつったらそいつらだ。
 賞金稼ぎやら何やら他にもいることはいるが、困った一般市民を無条件で助けてくれる組織で一番デカいのはそりゃあ警察さ」
 
そのまま語りだしたのは、何のことはない、一般常識と言ってよい話。
何か事件が起きたとき、市民がまず頼るのは警察だ。なんといっても公的機関、悪に対する力の象徴だし、そうでなけれならない。
この場にいる者の多くが目の敵にしている存在……であるが、口にする当の本人にはやはりというべきか嫌悪や憎悪といった気配は毛ほどもなかった。

ようやく見つけたジッポライターを開いて着火。じりじりと赤く灯る煙草の最初の一口を口腔へ溜め、少し冷えた煙を肺へと送り込む。
本当に世間話、ただの独り言であるというふうに……。


「あれ、潰すわ」


紫煙と共に吐き出された言葉は……青年のほろ酔いを吹き飛ばすに足るものであっただろうか。

「こう見えて顔が広いんでな、いろいろ知り合いも多くてよ。特に兵隊もってる奴の協力は取り付けられたし……。
 愉快なチンピラどもにダチも多い。ひと月もあれば準備は整う」
 
そのままつらつらと綴られ続ける言葉、まさかこの男は酔っているのか?
泥酔した酔漢のそれでしか聞いたことがない類の妄言……だがなぜだろう、そうとは思えない気配がある。

「ま、頭から爪先までぜんぶ壊すってのはさすがに無理だ。いくら俺でも世界ぜんぶに友達はいねえ。が、最低でも海の向こうの本部は叩く。
 それをもって各地の連中を蜂起させる。悪党(オレら)は数だけは多いからなァ、寄り集まれば交番だの署だのは問題なかろうさ。
 人間やる気になれば大抵なんとかなるもんだ──ただまァ、この街の部署は分からねえけどな。潰すにしても他より仕込みを多くする必要があるだろうが」
 
かの悪名高い特別強襲部隊を除いたとしても、脅威の多い場所に精鋭を集めるのは当然のこと。
そのぶんこの街の〝悪〟の量も質も高いということに他ならないが……ともあれ。

「世界警察、その大方をブチ殺す。表社会で平和に暮らす善男善女を混沌の坩堝に叩き落す。──正義の御旗に、火を点ける。
 世界中で大騒ぎが起こるぜ? どこもかしこもドンパチかますぜ? ──最高のパーティーになりそうだよなあァ」
 
虚空に見ているものが何であるのか。
火のついた煙草をそのまま握り潰し、ぎちぎちと音を立てて締まっていく拳を見るサングラス越しの双眸は人間のそれとはかけ離れていた。
山羊のように歪んだ四角い瞳孔。愉悦に濡れる深紅の両眼……それは、まるで。

412【尽臓鬼機】特異な心臓を持つヤクザ@wiki:2022/06/17(金) 00:38:27 ID:xJ.i3bi.
>>411
//すみません本部を潰す→多数の拠点を一度に潰すって感じに補完お願いします……

413【練氣太極】邪気を操るチンピラ ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/17(金) 09:01:06 ID:ArZ7kuYU
>>411


 I.O.Jを、潰す────


【紫煙とともに吐き出した言葉に、さしもの青年も一瞬呆気にとられた様子だった】
【それはそうだ。普通の人間にそんなことを言えば、何を戯言をと聞き流されるような話だろう】
【世の中をひっくり返す、なんて事は夢見がちな若者が口にしてこそで、見た目以上の経験を感じさせる彼の様な人物が口にするものではない】

【そうして。それでもなお口にしたというのであれば】
【それは間違いなく「冗談ではない」】


 ……なるほど。連れの一人もいねぇ狼には到底できない企みだ。


【聞き遂げて青年は思わず笑った】
【馬鹿にしているわけではなく、ただ、そんなことを考える連中が何人もいるという事実がたまらなく可笑しかった】
【そうして。その笑顔を崩すことなく、どこかに〝ト〟ぼうとしている男を呼び戻すように、トントンと机を軽くたたく】


 落ち着けよ。男前が台無しだぜ?


【角瓶を一気に飲み干して、口元を拭う】
【思索に沈んで先程までの獣染みた野性味とは違う表情を浮かべる男に相対して、その笑顔が崩れることはない】
【だがそれは、決して。彼に同調するものではなかった】


 ……どうせあんたの独り言だ、賞金首に楯突いてまで言うことじゃねぇんだろうが。


【そこまで言って青年は徐に席を立ち、ポケットに突っ込んでいた財布を取り出すと】
【その中にあったくしゃくしゃの紙幣をあるだけ掴み、机の上に置く】
【そうして。男の歪んだ瞳を覗き込むように、ぐいと顔を近づける】


 ────正義って奴は、結局最後には負けねぇぞ。
 そういう風になってンだ。気をつけるこったな。


【意外にも。青年が彼に突き付けたのは、そんな「正義の味方」のような言葉だった】
【男が止めなければ、奢られるのを拒むように僅かばかりの代金を残して、その場を立ち去ろうとする】

414【尽臓鬼機】特異な心臓を持つヤクザ@wiki:2022/06/17(金) 21:12:15 ID:xJ.i3bi.
>>413

す、と瞳孔が人がましい円形を取り戻していった。
吊りあがった口角をそのままに、去り行く背は言葉をかけることなく。
扉を開き、己の路地裏/縄張り へと戻っていったのだろう青年を横目で見送ったのち……ようやく拳を開いて、つぶれた煙草を灰皿へ落とした。

「……いやはや、これはこれは」

何が面白いのかひとりで頷きながら、空のグラスへ再び酒を注いでいく。
それを喉を鳴らして呑み、半分ほどまで減った器をテーブルへ置いて、再び煙草に火を点けた。
最初の一口を吐き出して……先ほどの昂ぶりが嘘のように静かな体で、椅子の背にもたれた。
しばしそのまま虚空を見つめ、再び煙草を口に咥え……黒い巻紙の先端の赤が強く光る。

「──意外なもんだなァ。てっきりあいつ、こっち側だと思ってたんだが」

紫煙と共に、今度は正真正銘の独り言を口にした。

餓狼──路地裏を根城とするならず者。
誰の下にもつかず、誰にも与せず、自らを脅かす者は問答無用で叩きのめす一匹狼。
暴力に拠って立ち、暴力を基として存在する者。力の多寡はどうあれ、この裏社会に掃いて捨てるほど存在するアウトロー。
そう耳にしていたし、実際会って自分もそのような印象を受けた。気に食わぬ相手は殺すことすら躊躇わない、誰に恥じることない裏の人間であると。

思っていた、今までは。

「クヒ、ヒヒヒヒ……あんなセリフが飛び出すとは思わなかったなァ。
 あれじゃまるで、正義の味方じゃねぇかよ」
 
去り際の言葉は到底、悪に生きる者のそれではなく。
むしろそれと対峙する側の勇ましさであったから、意表を突かれて笑いがこぼれる。

「正義の味方か……まァ、まさか自分がそうであるとは思っちゃいないんだろうが。
 ありゃいったいどういう感情だ? さすがに自分が闇側、後ろ暗い人間だって自覚はあると思うんだがな」

人を殺して平気な顔をする正義などそうはいない。
いや一部の狂った連中にはそういうのもいるが、もしそうであるならこの場の全員を皆殺しにかかっているだろう。
まかり間違っても自分と雑談に興じるなんてことはしないはずだ、ならばどういった思いからあの言葉が出てきたのか。

「諦観……じゃねェな、負け犬の目はしてなかった。実感……とも違うなァ。
 なら……羨望、いや憧憬か? ……前二つよりはありそうだ。クヒ、いやしかし、もし本当にそうだったなら──」
 
また面白い種が一つ増えてくれたもんだと含み笑い、深く紫煙を吸い込んだ。

──悪党の夜は更けていく。


//自分からは以上となります!
//絡みありがとうございました、お疲れさまでしたー!楽しかったですー!

415【練氣太極】邪気を操るチンピラ ◆ZkGZ7DovZM:2022/06/17(金) 21:53:31 ID:oEgfqYL.
>>414


 ────馬鹿なことしたもんだ、こちとら万年金欠だってのに。


【建付けの悪い店の扉をくぐり、すっかり更けた夜の闇の中を歩く】
【夏風というにはまだ早い湿った生暖かい夜風】
【それでも、直上からビル群の隙間を縫って落ちてくる満月の光は優しかった】


 「おい、そこの坊主。」

 ……あ?


【物思いに耽るように空を見上げる彼に、背後から声をかける者があった】
【不機嫌そうに青年が振り向くなり】


【銃声が響く】


【その音は、いまだ店の中にいる男の耳にも──────或いは聞こえたかもしれない】
【どさり、と青年の身体が崩れ落ちる】


 「わしの弟を可愛がってくれた礼じゃ。往生せぇや」


【忌々し気に吐き捨てた強面のスーツの男は、すぐに踵を返した】
【そうして一歩、二歩……表路地に向けて歩き出す】


 ────駄目だなァ。


【その歩みは、すぐに止められる】
【男が驚愕の表情で振り返った先には、血の一滴すら流す様子のない青年の姿があった】


 「な──────」

 ……小悪党って点じゃ、俺もお前も一緒だが。
 致命的に、三流だ。


【そこからは一瞬だった。路地裏を、黒く渦巻く邪気が席巻する】
【命がなんら躊躇うことなく奪われる】【絶叫が響いたところで誰も助けには来ない】

【この世界は不平等だ、と青年は思う。しかも無慈悲で、残酷だと】
【だけど】【だけどきっといつか、正義が勝つのだとも思う】
【自分たちに与えられた苦しみにも意味があって】
【例え死だっていい。なにか、絶対的な救いが訪れてくれるだろうと】

【だって。そうでなければ────何のために生まれたのか、分からない】


//絡みありがとうございました〜〜〜!!!

416【雷鳴魔導】自称"雷鳴の魔女"@wiki:2022/06/21(火) 20:07:55 ID:jxEb5.Vk
この街は少し通りを外れるだけでも、
容易に廃ビル群の立ち並ぶ極端に人通りの少ない区画に迷い込む事が出来る。
其処では脛に傷持つ日陰者、何故か至る所にいる破落戸達、
そんな禄でもない出会いには事欠かないだろう。
まして夜に、ともなれば。
殺人者や危険な人外に出くわし命を落とす様な事もしばしば。

故にそんな場所に多少奇抜な格好の中学生女子が居て良い筈も無いのだが。
"これ"に関しては危険なモノの側としてカウントすべきかもしれない。

「いくよ、あーちゃん!
 魔力装填! ≪ライトニングレーザー≫アァ!!」

無人(であろう)廃ビル目掛けてごん太電子レーザーをブッ放す狂人。
風穴が開いた崩れかけのビルを見て悦に浸り額を拭う仕草。

「全力の半分とは言えど。
 これを連発出来るというのは最ッ高の一言に尽きる。
 玉紅殿には感謝してもしきれぬなァ、フハハハハ!!」

そう、このちんちくりんは明確に。
"関わってはいけない側"の人間であるからして。


//置き進行になりますが、宜しければ

417【封神焔鬼】神をやめた人 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/25(土) 03:03:16 ID:719BGvNk
>>416

 そんな電子レーザーをぶっ放す狂人が居るとは露知らず、
 夜の廃ビル群の中を練り歩く一人の男が居た。
 白色の羽織袴は一見何処かの名家の人間のようではあるが、
 羽織に関しては地肌の上に纏っており、見事に割れた腹筋が露わになっている。
 初老を迎え、白髪の混じり始めたつやの無い黒髪を総髪にしており、
 様相としては落人や破落戸を思わせるが、全身に漲る活力は修験者や求道者の類いを連想させた。
 だが、極々一部の人間──例えばかつて不殺を誓った同盟の関係者や、
 或いは幾重万神領出雲大社にある鍛冶神の社へ参拝した者など、
 そういう限られた者は彼の正体を知っているかもしれない。
 日野輝彦(ひの かがひこ)を名乗る元神格の人間──高天火男神社の先代祭神たるその男を。
 何故、そんな人間がこの退廃地区を彷徨いているのかと言えば、理由は単純だった。
 
 
(…………道が、分からん)
 
 
 輝彦は盛大に道に迷っていた。
 何せ普段は出雲から出ることも無いのだから、たまに退屈して街に繰り出せばこれである。
 いい加減、歩いていても埒が明かないと感じたのか、輝彦はその場に小さくしゃがみ込むと、脚に力を込める。
 それは、ビルより高く飛べば向かうべき方向も分かるだろう、という脳筋の発想であった。
 その短絡的思考が招いた悲劇なのか、彼が地面を蹴りつけるのと、
 
 
 ────……よ、あ……ちゃ……!
 
 
 なんて、か細い声が聞こえたのはほぼ同時の事だった。
 声の方向に顔を向けた瞬間、廃ビルの壁面が突如発光し──。
 
 
「ぬおおおおおおおおおおおおおお!?」
 
 
 飛び上がろうとしていた輝彦は、壁をぶち抜くごん太電子レーザーに呑み込まれた。
 カトンボのように吹き飛ばされた輝彦は、
 フハハハハと高笑いする声を聞いて、額に血管を浮かび上がらせる。
 元々、祟り神になりかけていた程に傍若無人なオッサンなのだから、
 本人にそのつもりがなくとも、突然攻撃を受けて黙っているほど大人しくはない。
 レーザーによって穿たれた穴から廃ビルの中に飛び込み、そこで下手人を視認する。

「貴様の仕業か小娘ェッ! この儂を殺そうとは嘗めてくれたのう、ええ!?」

 怒髪天を衝く──とはいかなかった。
 輝彦の髪はレーザーによってチリチリとなっており、上等な羽織袴もボロボロに焼け焦げてしまっている。
 むしろ、死んでいない彼が異常に頑丈なだけであり、その下手人たる女子中学生は明らかに"関わってはいけない側"の人間だった。
 だが、それがどうしたと言わんばかりにキレ散らかしているこのオッサンは、
 出雲ではよく"関わりたくない側"の人間と言われているのだ。面倒臭い、という意味で。



// まだいらっしゃいましたら……!

418【雷鳴魔導】自称『雷鳴の魔女』@wiki:2022/06/25(土) 13:08:44 ID:a3De8m82
>>417

────貴様の仕業か小娘ェッ!

風穴を開けたビルから全身を焦げ付かせながら大声で怒鳴る男が出て来た。
最大出力の半分、更に範囲を広げて威力そのものは大分低下している。
とは言え、腐っても建造物を吹き飛ばすだけの威力。
それを身に受けて漫画の様な様相で済んでいる男が異常なのだが。
それはそれとして怒号に対する返答は。

「……嘘。人が居たの!?」

思わず零れた素。だった。

「エー,ゴホン。別に殺そうとしたのでは無いッ!
 吾輩が偶々吹き飛ばそうと思った廃墟に貴殿がおった。
 嗚。只々それだけの話である!
 そも此処は立ち入り禁止区画であるぞ。
 そんな場所をふらついている其方にも責任はあるのではないか?」

一瞬顔色が青ざめていた様にも思えるが。
直ぐに尊大な口調を取り戻し、口八丁丸め込みに掛かる。
尤も此処が立ち入り禁止だと言うのなら、
今そこに居る小娘もまた禁を破っている訳なのだが。


//よろしゅうお願いします

419【封神焔鬼】神をやめた人 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/25(土) 15:10:15 ID:719BGvNk
>>418

 それはもう、これ以上無いほどの責任逃れだった。
 いや、責任転嫁と言った方が良いだろうか。
 ごん太レーザーの直撃を受けた人間に対して、
 徘徊している方に責任があるというのは、もはや暴論を通り越して暴君である。
 輝彦とて莫迦ではない。
 ……いや、短慮なのは間違いないので、どちらかと言えば莫迦者の類なのであろうが、
 それでも何処ぞの卓上ゲームのモブキャラクターのように、容易く言い包められる訳ではないのだ。

「何……? 立入禁止じゃと?」

 ──それが弱点(クリティカル)でもなければ。
 元来、女子供の言動に左右されやすい質というのもあるが、
 輝彦はかつて傍若無人を極めた言動で物凄く──それこそ人生(或いは神生)最大級の痛い目を見た為、
 なるべく他者の言葉には耳を傾けるべきだと考えるようになっていた。
 故に、輝彦は少女の言葉をも真正面から受け止め、自分なりの咀嚼をする。

「つまり、なんじゃ。立入禁止区画に居る貴様は此処の関係者という訳か。
 それはすまんかったのう。道に迷っている内にこんな所まで入り込んでしもうた」

 熱しやすく冷めやすいのか、輝彦は先程までの激昂も瞬時に失せ、
 謝っているとは思えないほど堂々とした態度で謝罪した。
 そして、怒りが冷めれば次に顔を出すのは老人特有のお節介である。

「じゃが、こんな夜に子供がうろつくには物騒な場所じゃろう。
 どれ、儂を人気のある場所まで送るついでに、家に帰るというのはどうじゃ。
 親御さんも心配しておるのではないか?」
 
 道に迷っている手前、送ると言えないのは情けない限りではあるが、輝彦は本気で少女の身を案じていた。
 娘を持つ親として、第二次性徴も迎えていなさそうな少女が夜に一人で居るというのは、気になる所である。
 或いは、寄る辺もなく夜の街を彷徨い歩いていたとある少女の、寂しげに震える肩が記憶に刻み込まれているからかもしれない。

「なに、儂もこう見えて腕に覚えがあってな。
 悪漢の一人や二人ならば殺し慣れておる。
 きちんと街まで護ってやろう」
 
 その発言は元々神格であった者の死生観の違いだとか、
 出雲という死すら巻き戻る土地で暮らしているからだとか、
 そういった尤もらしい理由から出たものではない。
 ただ単純に、その男がある種の狂人であり、人格破綻者というだけの事だ。
 何せ、日常的に己の妻と殺し合いをしているのだから、今更、人の死に忌避感などあろうはずもない。
 その証拠に、輝彦はその言葉を100%善意の、柔和な笑みを浮かべて吐き出していた。

420【空想の繭糸】仕立てるのが得意なおばか。:2022/06/25(土) 15:46:21 ID:eQyG1DIo
 午後三時、この日は朝から雨だった。
 今日は木漏れ日が見られると思うことはない、朝から並木道は水浸しでそれどころではない。
 大体こういう日に限って人通り

「私たち太陽をさがすどんぐりの団は!」

 あったがダサいな。
 こういう日に好き好んで出かける者に限ってろくでもないに決まっている。
 それを証明しよう、絹さんのまとう緑色のフード付きローブは一切濡れていないのだ。

 太陽をさがすどんぐりの団は怪しい響きはあるものの、
 多分そういう団体はなかったんじゃないかな、知らんけど。

17時くらいまでぴちぴちちゃぷちゃぷどんがらがっしゃん待ち文置いておきますね。

421【雷鳴魔導】自称『雷鳴の魔女』@wiki:2022/06/25(土) 18:23:56 ID:a3De8m82
>>419

────立入禁止区画に居る貴様は此処の関係者という訳か。

「路地裏に出没する(ここの)…雷鳴の魔女(かんけいしゃ)……。
 まあ、そういう事にはなるであろうな。」

独自解釈に独自解釈をぶつけて勘違いは加速する。

「しかし、単に方向音痴を極めただけの方でしたか……。
 ンン。我はてっきり廃区画で闇取引でもしていた、
 ヤの字の重鎮か何かかと思ったぞ。」

服装と人相を総合して考えればそう考え至る事もあるだろう。

「うむ。こちらも頂き物の性能テストを終えた所である。
 父さまも母さまも吾輩が物心つく前に亡き人ではあるが。
 育ての親の口うるさいロボ執事にあれこれと言われそうなのでな。
 我も帰る事としようぞ!
 この辺りの土地勘はあるがゆえ、送り届けるくらいはこの"雷鳴の魔女"。
 "ラ=ライディン"、吝かでは無い! フハハ!」

名乗り口上序でに決めポーズ。
そう。そういうお年頃である。

「あと、その辺の悪漢くらいなら。
 私も魔法で鎮静化できますから物騒な事はしないで下さい。」

自称魔女の魔術体系、知識圏と。
眼前の男の関係する出雲の地とは文化がかけ離れて居るが為か。
彼が"元神"だなんて中二心に美味しい設定などとは露知らず。
傍目滑稽にも尊大な雰囲気の己を楽しんでいる。
まあ年相応と言えば年相応の仕草でもあろうか。

422【封神焔鬼】神をやめた人 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/25(土) 20:19:57 ID:719BGvNk
>>421
 
 少女──ラ=ライディンの名乗りを受けて、輝彦は感心したように頷いた。
 護衛を名乗り出てみたものの、思い返せばあの強烈なレーザーを放てるのだから並大抵の者には遅れを取るまい。
 
「ほう、あの名高き“雷鳴の魔女”であったか!
 それでは護衛など余計なお世話じゃったのう」
 
 さも少女の事を噂に聞いたことがあるような事を言っているが、そう、この男……適当こいているだけである。
 武侠小説における相手の名乗りの後の「お噂はかねがね」くらいの、挨拶のような気持ちで口にしているのだ。
 何せ輝彦は生まれも育ちも人とはまるで違う純粋な神霊であった男。
 一部の人間が14歳頃に発症する病などとは縁がない──というより、それが普通であるのだから、
 堂々と決めポーズと共に二つ名を名乗られて、そういうお年頃なのだろうという発想がないのだ。
 
「名乗られたのであれば儂も名乗らずにはいられまい。
 出雲が高天火男神社の先代祭神にして真なる人!
 “火之炫毘古神”こと元・鍛冶の神、日野輝彦じゃ!」
 
 “ひのかがびこのかみ”の“かがひこ”。
 取ってつけたような名だと思われるかもしれないが、実際に取ってつけた、しかし今は大切な名だ。
 腕組みをして「コンゴトモヨロシク」と名乗りを上げれば、そのしかと地面を踏みしめた足から静かに炎が立ち昇る。
 それは本物の炎ではなく、彼から滲み出す膨大なる闘気であった。
 熱はなく、触れることも出来ないそれは、しかし致命的な電子レーザーの直撃をも耐える強化を輝彦にもたらすのだ。

「これで勇猛を誇る闘士が相手であれば、そのまま戦(や)り合うんじゃがのう!
 人様の土地で暴れるわけにもいくまい。今宵は大人しく帰らせてもらおうか」

 この発言が如何に衝撃的か、輝彦の知人がいれば顎が外れんばかりに驚いていただろう。
 人を殺して呵々大笑。山を崩して知らんぷり。
 人に気を遣う事とは縁遠い振る舞いばかりだった男が礼儀を気にしているのだから、青天の霹靂とはこのことだ。
 いや、ここで戦い始めたら、いよいよ家に帰ることが出来なくなるという事情もあるのだが。

423【雷鳴魔導】自称『雷鳴の魔女』@wiki:2022/06/25(土) 20:59:19 ID:a3De8m82
>>422

────ほう、あの名高き“雷鳴の魔女”であったか!

「おお! 我が名も中々相応に広まっているか。
 フ。懸賞金を掛けられて、
 時に戦い時に逃げ遂せたあの日々も無為ではなかった!」

内心でヨッシャーと心を跳ね踊らせているが、
ここ一番の決め所なのでRPは崩さない。
して、自称"雷鳴の魔女"の名乗りに応えて男も。いや元神も名乗り返す。

「元神さま!? マジですか!
 出雲って確か神社の類いの集積地だったっけ。
 鍛冶の神様……東方起源の……炎も司っているのかな。
 私の魔術の基盤は西方の機械神周りのエッセンスが元にあるとか何とか。
 文化体系そのものから違うけど一度聞いてみt……。」

思わぬ情報に"魔術師"側の一面が好奇を覗かせるが。

「ンッ! いや、失礼をした。
 我も魔導を修める身ゆえ多少に取り乱してしまった。
 戦いの誘いも今宵はよしておくとしよう。
 今は貴殿を送る事こそが優先ゆえ。」

元神様と戦ってみたいという考えは。
知識的興味や己が腕試し等を鑑みてみたものと。
それとして先刻からの言動を見るに、
やり合うのやのルビは殺の字なんだろうな、という点を天秤にかけ。
一先ず今は止めておこうという結論に達した様だ。

424【封神焔鬼】神をやめた人 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/26(日) 11:53:00 ID:.0J27/Jo
>>423

 ラ=ライディンの語る蘊蓄に、輝彦はほうと感心の吐息を漏らす。
 魔術の領域は門外漢ではあれど、その学者然とした振る舞いは、
 幼さの残る外見ながら妙に堂に入っているように見えた。
 暇に飽かせて魔術について勉強してみるのも良いかもしれない。
 次の暇潰しのアテを思い浮かべながら、輝彦は小さく首を振る。

「なに、出雲には神など腐る程居る。
 いずれ儂の社に訪れると良い。
 お主程の歳の娘が祭神をやっておってな、歓迎しよう」

 そう、出雲の民にとって神は“在る”のではなく“居る”。
 神は隔絶した上位存在ではなく、親しき隣人だ。
 例外はあるものの、確かな血肉を持ち死ねば滅びる、そういう生物だ。

「ともかく、儂が帰らねば話になるまい。
 ──ふむ、都心は……此方じゃな?」

 道に迷っている者とは思えないほど堂々と輝彦は廃墟から外に向かって歩み始める。
 ……都心とは真逆の方向に。
 ただの勘で──それも著しく精度の低い当てずっぽうで歩き回るから道に迷うのだが、反省の色は無い。
 何故道に迷った者が先導を始めるのか、など問うてはならない。
 そもそも深いことなど何も考えていないのだし、危機感も焦燥感もまったく抱いていないのだから。

425【雷鳴魔導】自称『雷鳴の魔女』@wiki:2022/06/26(日) 14:13:42 ID:g.6I/bPk
>>424

────いずれ儂の社に訪れると良い。

出雲の地、神の"居"りし社への招待。
相応の仕度を整えて訪ねてみるのも良さそうだ。
なんて考えていれば輝彦はあらぬ方向へ突き進もうとする。

「輝彦殿ー! そっちは真逆の方向ですよー!
 まあ無理もありませんけど。
 何せ此処らは言わば"天然物の迷宮"ですからね。」

先に言った立ち入り禁止区画というのは口から出まかせでもない。
この辺りは踏み入る分には比較的簡単ではあるが、
ある程度奥まで進もうものなら抜け出すに非常に困難。
似たような建造物が一定間隔に立ち並び、
路地も思いの外に複雑に絡まっている。
誰が意図したでもなく、気付けばそう云う場所となっていた。
正しく自然発生した迷宮と呼べる場所。
非力な者がむざむざ立ち入れば迷い歩き疲弊しきった所を、
態々こんな場所を狩場に選ぶような悪質なモノに襲われる。

「なんでか私はこういう迷路の類いを通るのが生来得意な様で。
 自力で抜け出す分には全然平気な訳ですが。」

古来より迷宮を攻略する術は幾つか伝わっている。
一つは"道しるべ"を頼りにする正攻法。
そしてもう一つ。自称魔女は悪い笑みを浮かべて。

「……尤も。その方角とて。
 目に付く物全部薙ぎ払って"真っ直ぐ"に進むのであれば。
 いずれは何処かしらに辿り着けるではあろうがな! クフハハ!」

迷宮という物に対する反則手。脳筋式脱出方を伝授してみる。

426【封神焔鬼】神をやめた人 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/26(日) 15:50:06 ID:.0J27/Jo
>>425

 真逆という言葉を聞いて、輝彦はピタリと足を止め振り向いた。
 人工にしろ天然にしろ、迷宮というものとの相性は悪い。
 ここまで来ておいて信じられないかもしれないが、決して輝彦は元来の方向音痴という訳では無い。
 最初に廃墟を超える高さまで飛んで方向を知ろうとしたように、
 道に迷っても幾つかの解決方法を有してはいるが、そこで彼の性格が災いする。
 途方も無い時を生きた者の余裕なのか、“道に迷うのもまた面白い”と、まともに解決を図ろうとしないのだ。
 故に、魔女の言葉に唆されるように、輝彦はその強硬手段を受け入れる。

「うむ、それもまた一興じゃのう」

 だが、問題が一つ。
 輝彦の膂力は人を遥かに凌駕しているが、射程距離で考えればあくまでも手足の長さまでだ。
 ……いや、一つだけ先程直撃したごん太レーザーの如き攻撃手段も持っているのだが、
 しかしそれを使用すると非常に──それこそ歩けなくなる程に消耗しかねないし、火力過多でもある。
 というわけで、今の輝彦ではビルを1つ平らにするのに3分は掛かりそうなため、
 眼前のすべてを薙ぎ払って突き進むというのも手間である。
 故に、一つの提案を口にした。

「そうじゃ、先程の魔法であればそれこそ“薙ぎ払って”進めるのではないか?
 丁度、魔術の類に興味も出てきた所じゃ。道を作るついでに、先のお主の魔術を見せてはくれんか?」

 自分に難しい事は出来る人にやってもらうのが一番だ。
 そう考えた輝彦は腕を組んで「それに──」と言葉を続ける。

「──大いなる力には、大いなる責任が伴うのじゃよ」

 ドヤ顔で口にしたのは、無聊の慰みに観ていた映画に登場するセリフであった。
 元々は古い西洋の格言らしいが、そんな事を知る由もない輝彦は“言ってみたいセリフ”を口にできて満足げであった。

427【雷鳴魔導】自称『雷鳴の魔女』@wiki:2022/06/26(日) 16:52:25 ID:g.6I/bPk
>>426
レーザーぶっぱ出来るお主の方が薙ぎ払うには容易いだろう、と。
魔術と云うものを見せてくれないかという提案に。

「ふむ。如何に我とてアレは其処まで連発は出来ぬ。
 が、まだ残弾はあるがゆえッ!
 良かろう! 我が秘奥の一端、お見せする!!」

流石に逆方向に進むのでは魔力が早々に尽きるので、
正しい道と真逆の道、その中間。中道。
正道程では無いにしろ市街へ近づける方角目掛けて。

「お願い、そーちゃん!
 ≪ライトニングレーザー≫アァァ!!」

青いクリスタルをあしらえた金属ステッキを構え。
掛け声に呼応して少女の腰に巻いていた星型のベルト飾りの一つが、
仄青い魔力の煌めきを吐き出して小さく萎み。
連なるコンクリートの並木に風穴を開ける一条の極光が解き放たれる。

今回は通路を作る事こそが目的であるが為。
先刻、輝彦が浴びたであろう其れよりも光の範囲は狭まり。
その分より強烈な威力で以て、
老朽化したコンクリートやら鉄筋やらを長距離に渡り溶断せしめている。
これが全力ならば高層ビルを成す頑強な支えすらも容易に貫通する、
彼女の魔術の最終奥義。≪ライトニングレーザー≫。

普段であれば二回もぶっ放したなら相当にテンションも上がっているだろうが。
輝彦のある一言によって少女の心は些かに曇り気味だった。

────責任。自由とは真逆の概念。
彼女の魔女道(りそう)に立ち塞がるもの。
魔術師としての彼女にのしかかるもの。
亡き父。亡き母。それらが命を賭して遺したもの。
捨て去ればその全てを無為に還す。
十とそこらの子供には余りにも重すぎるもの。
そして本来。彼女にそう■■■■■■■■■■もの。


少女は只少しだけ不機嫌そうな顔を見せるだけで。
その胸中に根差すものの一端さえ表情にも出さないだろう。

「如何であろうか!?」

そして悪戯気ににやり笑って尋ねる頃にはその影は何処かへ消えている。

428【封神焔鬼】神をやめた人 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/26(日) 17:35:06 ID:.0J27/Jo
>>427

 少女が一瞬だけ浮かべた不機嫌な表情に、輝彦は目敏くも気付く。
 それは例えば魔術を行使した事による疲労が原因であるかもしれないし、
 輝彦が口にした娯楽映画が嫌いだったのかもしれない。
 或いは渾身のドヤ顔が不快だったのかもしれない。
 元は神格を有していた者でも、人の心が分かるわけではない。
 だが、夜に出会った少女という状況が、
 かつて己の在り方すら定められなかった少女を連想させた。
 それこそ、道に迷った子供のようだと思ったのだ。

「お主は────」

 何か、声を掛けようとして輝彦は口を噤む。
 彼はもはや迷える人々に手を差し伸べる神ではないし、決して偉大なる導き手でもない。
 手の届く範囲、大切な人々を守る程度の事で満足すべき、矮小な凡人だ。
 だからこそ、翳りを振り払うように浮かべた少女の悪戯っぽい笑みに笑い返す。

「────お主の魔術は素晴らしいのう!
 うちの裏山に住み着いている雷神でも此程の攻撃を放つことは出来まい」

 少し大袈裟に、一瞬の翳りすら忘れ去るように、輝彦はレーザーで穿たれた穴の中へと駆け込んだ。
 消し飛び、溶断された廃墟の構成物をなぞるように指先で触れ、其処に残る熱に幾度か頷いてみせる。

「お主程の魔術師じゃ、何処かの組織に属してはおらんのか?
 以前であれば【不殺同盟】の連中や、【神殺機関】の連中が放ってはおらんかったと思うが」

 輝彦が積極的に人々に関わっていた頃に大きく活動していた勢力の名を口にする。
 実際、彼女が振るう魔術の火力は尋常ではない。
 先程は気軽に戦いたいなどと口にしてみせたが、本気でやり合えば輝彦が一方的に殺されてもおかしくはないだろう。
 それほどの力を放っておく組織はないのではないか、という予想から口にした質問ではあるが、
 それは同時に、仲間が居れば彼女に何か悩みがあっても何とかなるだろう、というお節介の籠もった質問でもあった。

429【雷鳴魔導】自称『雷鳴の魔女』@wiki:2022/06/26(日) 18:20:42 ID:g.6I/bPk
>>428
出雲の元神の語る、果てや雷神にも勝るやもしれぬという言に。
内心ドヤ顔で踏ん反り返りながらも、
続く輝彦の問いに耳を傾け。小首も傾ける。

「ふさつ……? しんさつ……?
 我もこの街で活動を始めてから日が浅いとは言え、
 それなりに日々を過ごして来たが。
 その様な組織が活動しているという話は聞いた事がないぞ?」

人の世は無情にも流れ遷ろう。
過去に想いを置き去りし者。失われた時に興味を抱きし者。
彼らにとってはこの街の歴史に名立たる勢力も知って当然の知識でも。
只人の中では最早遥けき彼方の物語。
その流れの早さへの実感は、
千年以上の刻を永らえし神の身には殊更格段に感じよう。

【彼ら彼女らには知り得ぬ事ながら】
【この街は幾度となく滅び】
【それでもまだ終われぬと】【立ち上がり】
【そしてまた滅び】【それを繰り返して来たのだから】


「されど魔女とは自由を駆ける者。
 例えどの様な集いがあろうとも我を縛る事は出来ぬよ。クハハ!」

そんな諸々の事情は知りもせず。
只々童心に輝き見えた稚気た理想を叶えるが為。
少女は今もこの様に在る。

「まあ趣味は合うけれど気に食わない人となら。
 何度か会った事もありますが……。」

少々ばかり忌々しそうに、
けれど心底からの嫌悪とは違う感情の色を見せながら。
ぽつりと零すその姿に神であった男は何を思うのか。

430【封神焔鬼】神をやめた人 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/26(日) 19:24:28 ID:.0J27/Jo
>>429

 そう──そうだ、既に輝彦の知る組織はその機能を停止している。
 それは彼が街に下りず、まったく別の何処かで放蕩している間に起きたことであり、
 故に名高き(と勘違いした)魔女が知らぬと口にした拍子に、輝彦は一瞬だけ寂しげな表情を浮かべた。
 遷ろう時に取り残されるような、知己が朽ちて失せるような、悠久に等しい時を過ごした者の寂寥。
 日に日に、老骨を侵す物悲しさを振り払うのに苦労するようになってきた。
 救いだったのは、眼前で笑う少女の明るさか。

「呵々、そういう者ほど長い付き合いになるものじゃ。
 精々覚悟して仲良くすると良い」

 寂しさを呑み込むように浮かべた笑みは柔和なもので、
 輝彦は珍しく年長者を気取ってアドバイスなどを口にする。

「それに────」

 そして、彼はそのまま会話を続けながら、少女に対して魔術で穿たれた“道”を進む事を所作で示した。
 元より人気のある方へと案内を頼んでいたのだから、いつまでも魔術による破壊の痕跡を眺めている訳にもいくまい。
 何より、歩き始める事で少女に背を向けられるというのも都合が良かった。

「誰かと共に在れば、背負う物の重さを忘れて飛べるというものじゃ。
 組織には属さずとも、友人や家族を作る事を諦めてはならんぞ。
 ……なに、孤独に重みで潰された儂が言うんじゃから、間違いはない」

 己の失敗を交えた説教など、顔を見て口にするのは憚れる。
 神であることに固執し、神であることに驕り、その責務に押し潰され祟り神となりかけた。
 そんな男が何を偉そうに語るというのか。
 お節介と羞恥の境で輝彦の内心は揺らいでいた。

431【雷鳴魔導】自称『雷鳴の魔女』@wiki:2022/06/26(日) 20:06:15 ID:g.6I/bPk
>>430
大切な誰かを喪失したかの様な寂しげな顔と、
背中を越して向けられた先駆者としての忠告。アドバイスに。

「心得た……。
 いいえ。その言葉、ちゃんと覚えておきます。」

一人の。"白出恵"として真剣に答えを返した。

彼女が魔術の軌跡で穿った真っ直ぐな道は、
数百メートルの多少入り組んだ路地を正しく進めば、
やがて人の営みの明かりと賑わいを感じられる辺りまで続いていた。


//こちらだと道中の描写が思い浮かばなかったので
//特別描写したい部分が無ければキンクリさせて下さい。申し訳ないです



「此処まで来れば流石に迷わない……ですよね?」

数歩踏み出せばそこは夜の大通り。
血と暴力の魔境と紙一重ですれ違う朧げな日常の世界。

この道中はこれといって重要な会話は無かったと思う。
その間ずっと先程の悲しそうな表情について考えていた。
だから、敢えて以て大仰に。"魔女"としての言葉で告げた。

「今宵、確かに我らにも縁は結ばれたのだ。
 そう遠からずも汝(なれ)が本拠出雲へと出向き、
 "雷鳴の魔女"の名の下に決闘を申し込む!
 嘗て神に在りしとのその能力(チカラ)っ、この目に拝ませて貰うぞ!」

若干声が上ずっているその宣言は、
要らない気を遣ってのものだと簡単に看破できるだろう。
それでもこれが彼女が此度の出会いに真摯に返せる"答え"であった。
返答を待つ間、少々居心地悪そうに其方をじっと見つめているであろう。

432【封神焔鬼】神をやめた人 ◆/DJQPS2ijA:2022/06/26(日) 20:49:07 ID:.0J27/Jo
>>431

 大通りまでの道中は、他愛もない話をした。
 その時の己の声は、よほど寂寥感に苛まれた声色だったのだろうか。
 己を慰めるような大袈裟に明るく振る舞う少女の宣言に、喉からくつくつと音が漏れる。

「くっくっく……かーっかっか! 此処までの案内ご苦労!」
 
 文字通りの呵々大笑。
 失われるものを寂しいと思うことは悪いことではない。
 それこそは人の抱く情なのだから。
 そして、それと同時に新たな出会いを喜ぶ事もまた人らしい感情だろう。
 天災の如き荒々しさも、超然とした態度も、もはや神ではない男には必要のないものだ。
 人間らしく悲しみ、人間らしく喜べば良いのだ。

「その宣言しかと受け取った!
 既に神格を捨てし身なれど、我が力、我が炎は健在也!
 “雷鳴の魔女”よ、お主のその魔術の深奥までをも喰らわせてもらうぞ!」

 そんな、まるで演劇のようなやり取りを交わし、輝彦は大きく息を吐く。
 そして柔和な、子を見守る親のような笑みを浮かべた。
 子供は好きだ。時に取り残される己にも分かりやすい“未来”の象徴なのだから。

「いつでも来なさい。
 茶菓子の一つでも用意しておこう」
 
 そう言って、輝彦は言外に別れを告げた。
 一歩、二歩と少しだけ少女から距離を取り、ふと思う。
 ──そういえば、街に繰り出した日は少女ばかりと出会っているな、と。



// こんな感じで何も無ければ〆させていただきます!
// ありがとうございました! 楽しかったです!

433【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/06/27(月) 19:23:08 ID:fyTqp/ao
賊。

自らの欲望を満たすがため、軽々と法を無視する輩。
奪い、壊し、犯し、殺す。良識を備えた人間なら忌避して当然のことを平然と実行する奴ばらども。

珍しい存在ではない。文明社会が発達した今でさえ、手を変え品を変えそこらじゅうに蠢いている。
それゆえ市井の善男善女にとっては、こうした連中こそが身近な脅威と言える。徒党を組んだとなれば、なおのこと。

最も代表的な悪党の形。
こいつらと相対して、いいことなど何一つない。
関わり合いになるだけ、損というものだ。

「────」

日が落ち、夜の闇が空へ滲む頃。
軽装でありながらどこか軍服を思わせる意匠の衣服を身に纏い、腰に二振りの剣を吊った金髪の男がいる。
前方を見据える眼差しは厳めしく、纏う空気は鋼にも似て硬質。声をかけることすら躊躇われるような、邪魔をしてはならないと思わせる雰囲気があった。

彼は今、賊どもを討伐するために、その根城へと続く道を歩いている。
目的地まで距離があるため街路に人通りはあるが、いずれ善男善女の往来は絶えるだろう。そういう場所に、今から征くのだ。

標的の数は前情報では二十人から三十人。
真正面から当たるわけではないにせよ通常はこちらも徒党を組んで攻略に望む規模だが、男は単騎だった。
この程度で死ぬようならば自分はそれまでの男だったというだけのことだと、言うかのごとく。

彼の足取りに、恐れも迷いもなかった。


//置き気味進行でなんでも募集です〜
//物騒なことを書いてますがこういう展開もできるぞというだけで、穏やかな雑談でも歓迎でございます

434【雷鳴魔導】自称『雷鳴の魔女』@wiki:2022/06/28(火) 18:11:16 ID:jxw3Ud62
>>432

「うむ。お煎餅でもカステラでも何でも来いだ!」

少し変な別れの挨拶を告げて踵を返す。
今の彼女は"雷鳴の魔女"。路地裏に現れる奇人変人枠。
故に、表の世界に出る幕は無い。
用事は済んだので早々に何処かしらから帰宅するだろう。

夜と昼。非常と日常。表と裏。魔女と魔術師。
双つの世界とその狭間。
境界の海を縫う様に混沌と自由の仔は駆ける────。


『オ嬢様。其レハ其レトシテ、オ仕置キノ時間デ御座イマス。』

そんな彼女の奇妙で奇矯な日々の一幕。


//改め申してお相手感謝いたします
//こっちこそ楽しませて頂きましたっ!

435【逸界斬檄】異世界転生したオッサン:2022/07/02(土) 21:24:54 ID:LwEJWjN2
>>433
人通りの路地を越え、善男善女の往来の絶えた場所。
賊の根城までの距離はまだそこそこか。
此処に居る者があるならば賊の同類か其れを狩る者か。

「おう。ウチの若き稼ぎ頭(エース)じゃねぇか。
 って、面と向かって挨拶はこれが初めてだったな。
 『ワイルドハント』のダイスケだ。
 お前さん程、名うてじゃあねえけどな。ははっ。」

少々ボサついた黒髪の学ランの少年が馴れ馴れしくも声を掛けてくる。
この様な場にあって丸腰。異能者には関係の無い事かもしれないが。
見てくれは不釣り合いなまでに平凡な男子学生だ。

実態としては彼は学生などでは無く。
年丈を鑑みて不自然の無い礼服として学ランを着ているだけなのだが。


//置き気味になりそうですが、宜しければっ

436【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/02(土) 22:05:20 ID:gS4IRM5s
>>435

「…………?」

穏やかな気配が息を潜める頃、ひりつきはじめた空気をものともしない者がいる。
賊、には見えない。容貌で判断するなら平凡な学生といったところだが……。
その姿には覚えがあった。いや直接みた事こそないが、聞いたことがあるというべきか。

「ほう、そうか。君が……。
 話には聞いている、腕利きの賞金稼ぎがいると。直接顔を合わせたことはなかったが」
 
ワイルドハント。
リオ=レナードが立ち上げ、現在自分が属している賞金稼ぎの寄り合いとも言うべき場所。
自分以外に属している者も当然いるとは聞いていたものの、各々忙しいのかあいにく創設者以外と話したことはなかった。

ゆえにこれは初の同僚との邂逅と言うべきだろうか……男は名乗られた礼を返すべく姿勢を正した。

「どうやら俺のことは知っていたようだが、改めて名乗っておこう。
 メルヴィン・カーツワイルだ。言うまでもないことだが、賞金稼ぎをやっている」
 
無躾にならぬ程度に観察する。
単なる中学生……一見して受ける印象はそれだが、よくよく見れば練達した戦闘者の気配を纏っている。
できる。だがしかし、得物は無しとは……能力主体、または格闘での戦闘がスタイルか。

「偶然、というには場所が物騒だな。そちらもこの先の賞金首を標的に?」

まだ根城まで距離はある。雑談に興じたところで問題はない。
が、一般的な感性なら離れたい場所がらであることに変わりはなかった。


//よろしくお願いします!

437【逸界斬檄】異世界転生したオッサン@wiki:2022/07/02(土) 22:36:06 ID:LwEJWjN2
>>436

「いや。こっちは一仕事終えての帰りさ。
 この辺に屯してた破落戸連中をのして警察に引き渡してきたぜ。」

賞金稼ぎという職業柄、この様な場所が主戦場となるのは必定。
それは今までのメルヴィン自身の道のりが指し示している。
だが破落戸の退治なんて仕事は最早仕事と呼んで良いものか疑う程に、
内容に対して報酬と言うものが余りに少ない。
そんな依頼を受けるだなんて物好きは余程のお人好しか。
────あるいはそんな些細な悪さえも許せない狂人か。

彼我の違いは一点。其れら全てを殺すか殺さぬか。

「その口振りじゃあ其方さんはこれからかい。
 因みにどんな奴だ? その賞金首ってのは。
 横取りする積りなんざ更々無いけどよ。
 手に負えそうな範囲でなら助太刀するぜ?
 さっさと報酬貰って宿で寝てぇってのは本心だけどな。」

かんらかんらと笑いながらやや年寄り臭い口調で話す少年。
まあそう言うジャンルも無いではないが、
メルヴィンは以前、宙心院に言われた助言を憶えているだろうか。
そしてそれを今、思い出す事ができるだろうか。

438【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/03(日) 17:40:41 ID:zDzIhLfU
>>437

ならず者の退治……手間に対して報酬があまりに少ないため、〝まともな〟賞金稼ぎなら敬遠する類の仕事だが。
よもや自分以外に請ける者がいようとは、よほど人がいいということなのか。
そうだとすれば賞賛に値することだと、賞金稼ぎは頷いた。そこにまっとうな光を垣間見たがゆえに……しかし。

(男子中学生の、賞金稼ぎ……)

脳裏に浮かんでいたのは先日、自分の不用意な発言によってひどく傷つけてしまった少女の言葉。
あの哀れな娘へせめて報いるのならば、彼女の意向に沿うべきだろうか。
すなわち彼の〝指揮官〟──それが使役していた〝英霊〟についての情報を。
伝え、協力を取り付け、結束を促すという……計画。それに手を貸すか否か……。

……正直に言うならば、気は進まなかった。
なぜなら彼の指揮官を取り逃がしたのはほかならぬ自分。ならばこそ、挑むのは自分ひとりであるべきだと。
どれだけ力を持っているとしても他者を巻き込みたくはなかった。ましてや、未だ学生の彼を……強いのだろうことはわかるが、力の多寡が問題ではなかった。

「申し出はありがたいが、それには及ばんよ。
 未だ未熟な身……自己研鑽も兼ねている。他力を頼っては伸びるものも伸びんだろう。
 …………。」
 
とはいえ実際、自分ひとりではとうてい手が足りないことは事実だった。
指揮官の捜索……闇に隠れたあの男を、あれから探してはいるもののさっぱり尻尾を掴めないでいた。
己が解決することに拘って、防げる災禍を無為に広げるなど言語道断。ならばやはり、ここは恥を忍んででも……。

「初対面で何をと思うだろうが、君に話しておかねばならないことがある。
 ──とある男と、それが使役する存在についてだ」
 
ひとたび決めれば、躊躇いはなかった。男は知り得る限りのすべてを詳らかに話す。
自らを〝指揮官〟と呼ぶ男のこと……異能力者を蘇らせ、それを指揮する強力なチカラのこと。
そして〝英霊〟と呼ばれる蘇った異能力者の詳細を、すべて。──当然、幼い重火器使いのことも。

439【逸界斬檄】異世界転生したオッサン@wiki:2022/07/03(日) 19:58:49 ID:8G9WIKN2
>>438

────自己研鑽も兼ねている。

「そうか。お前さんがそう言うんなら、
 野暮ったい真似はせんでおくぜ。」

此処まではにこやかな態度での会話が続いていた。
……だが。

────とある男と、それが使役する存在についてだ。

「どうした急に改まってよ。…………。」

殺気。十やそこらの少年が見せて良いものでは到底ない。
心底からの怒りと憎悪との発露。
今この瞬間にあってはメルヴィンが悪に対して発する其れに勝るとも劣らないやも知れず。
彼の視線の奥底から感じるのは、
幾千幾万、それを上回る無数の剣が軋る音。
その渦中に遥か佇む白銀の十字塔の幻景。

「…………コノミ。」

先刻までの穏やかな雰囲気は消え。
その貌は数多の戦場を潜り抜けた修羅の物へと変わっている。

「どうにも。正義の味方ごっこに呆けている様な場合じゃ無くなった訳だ。
 今すぐにでも更なる力が要る。
 メルヴィン。お前さん幾つか能力装備を持ってるだろ。
 良いアテを知っちゃあないか?」

己の実力と件の"指揮官"。その二つを推し量って。
明確に今のままでは足りないのだと。
少年の姿をした修羅はそう問うていた。

440【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/03(日) 21:02:50 ID:zDzIhLfU
>>439

憤怒──そして力への渇望。
自分と似たところがあると、男は感じた。己もまた、このような業火を抱いている。

〝コノミ〟──つぶやいたのはおそらく人名。
そしてきっと、かの〝英霊〟に関することなのだろう。
彼と英霊の関係については、訊かない。軽々に踏み込んでいい内容では、きっとない。

「幾重万神領出雲大社は高天火男神社──その巫女、日野鈴理殿を訪ねるといい。
 それとレゥリという少女の魔具職人がいるが……今は所在を掴めていない。どこか別の場所に店舗を移したのかもしれん」
 
求めに応じ、知るかぎりの特殊な装備の創り手たちの情報を開示する。
どちらも優秀な職人だ。出会うことができれば強い助けになってくれるだろう。
もっとも彼はともかく、今の自分に必要なのはアイテムの力ではなく己自身の地力だが……。

「……力を求める気持ちはわかる。
 だが決して先走らないでくれ。指揮官は強大だ……それにどうやら、奴は勢力を拡大しつつあるらしい。
 いま必要なのは志を持った有力者へ情報を周知させることだ……もっとも、これは俺自身の発案ではないがな」
 
そもそも自分があの場で奴を討てていればそれですべては済んだことなのだ──。
返す返すも憎々しい。己も敵も、どうしようもない愚図ばかりだ……その言葉を噛み締め、強く拳を握りしめた。

441【逸界斬檄】異世界転生したオッサン@wiki:2022/07/04(月) 11:59:02 ID:CfuxAvbk
>>440

「高天火男神社に魔具職人レゥリか。
 貴重な情報提供感謝する。」

次いで先走るなと告げるメルヴィンに。

「はは。何も単身乗り込もうだなんて思っちゃいないさ。
 決して生かして置いておけない奴が出来た。それは確かだ。
 だがよ。必ずしも自分の手で殺さなくてはならない訳じゃあない。
 どの道力不足は懸念する所だがよ。
 俺も協力して道を拓いて、誰かしらが奴を仕留めてくれるってなら。
 それでも良いんだ。大人ってなそう言うズルも考えれるモンだぜ?」

先刻の殺気は表層からは消え去り、
至って冷静沈着な返答が返ってくる事だろう。

「────先走るなねぇ……。」

ダイスケは何か思う所がある様に眉間を寄せる。

「『ワイルドハント』の名を世間に知らしめる程に活躍しててよ。
 大方俺とやり合ってもお前さんが勝つだろう。
 知名度、実力、共に敵わないってのは棚に上げさせて貰うぜ。
 これはな、他ならぬ"大人"がお前に言ってやらなきゃなんねえ事だ。
 メルヴィン・カーツワイルよ。
 なんでお前さん、そんなにまで悲惨な道を進もうとするんだ?」

報酬に関係など無く無辜の民の頼みを受け入れる無私の英雄。
ああ。それも彼を表す一側面であるのは確か。
だが、毎回の様に敵と己の区別が付かない程に血に濡れて仕事を終える彼に。
心無い同業達は『死にぞこない』『血塗れ』『不死の狂人』、
その様な二つ名を影ながらに囁いている。

「俺からすりゃお前さんもまだまだ十そこらの"子供"に見えるがね。
 どうして自らの未来を棄てる様な真似をしている?」

軽々に踏み込むべき話題で無い事は百も承知。
それでも修羅の道を進まんとする若者を。
英雄と崇めたてて盲目に血塗れの道を歩ませる等と云うのは、
一人の大人であるならば絶対にやってはならない事であるが故に。


//置いときま!

442【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/04(月) 20:05:23 ID:K/YTnB4I
>>441

大人……その単語に頷くには、眼前の人物はいささか以上に年若く見える。
が、単に背伸びして口走っているわけではないことは感じ取れた。言葉に宿る成熟した精神は、なるほど確かに大人と言って構わない。
人物の見た目と中身が一致しない例など枚挙にいとまがない……というほどでもあるまいが、まあ無いわけではない。
それに納得し、受け入れられるくらいには、男も世を知っていた。

ともあれ……この様子ならばひとまずは大丈夫そうだろうか。
心の奥底には未だ燃え盛る業火があるのだろうが、なにしろ初対面だ。
この人物が単身動くか動かぬか、判断できる段階にない。言葉を信じるしかないだろう。

情報を掴んだのなら必ず自分にも連絡してほしいと、言い置いたところで……。

「……どうして、か」

問われたのは自身の在り方。
悪を嫌い、そのために傷を厭わず死闘に身を投じ続ける。
なるほど確かにこんなものは異常の一言につきる。同じく戦いを生業とする者たちはもっと楽を取っている。

リスクを冒すにしても、相応しいリターンがあってこそ。
だのにカーツワイルは討つべき悪と見れば、それが善なる者のためになると見れば報酬など度外視で──。
時には自殺と変わりない難易度の戦いに単身向かうのだから狂人と言われても仕方がないことだろう。実際、自分でもそう思っている。

なぜ? どうしてこんな真似をするのかと問われれば──答えはひとつしかない。

「性分だ。そうとしか言いようがない」

どこまでも光輝き、闇のひとかけらも有していない。
まさしく物語から抜け出てきたかのような英雄像そのままの言葉を返すのだった。

「善は尊い。助け合う優しさは美しく、愛おしい。
 陽だまりで遊ぶ子供たち、手を取り合って成長していく少年少女。それを見守る父母、老人。
 彼らを守りたいと心から思うし、そのために身を擲つことにもまったくもって異存はない。いつまでも、どこまでも、その生が笑顔と光で満ちていてほしいと願っている」
 
紡ぎだす言葉はすべてが本心。
嘘や偽りなど寸毫もない。余人が言えば苦笑と共に流されるだろう台詞にも、不思議と納得させられるような力があった。
それは己の心の内を詳らかにしている者に特有の説得力というやつだ。本気で語っているからこそ、見入るし聞き入る。

「だから許せんのだよ、それらに唾吐き、自らの欲望のため利用し貪りつくして何の恥も抱かぬ悪党どもが。
 なぜ人が汗水たらして稼いだ金銭を口先三寸で掠め取れる? どうして他者の身も心も辱めておいて気分よくなれる?
 いったいどういう心を持てば、幼子の未来を奪っておいて嘲笑うことができるのだ?」
 
言葉に熱が籠り始める。
その様を思い浮かべるだけで、きっと腸が煮えくり返っているのだろう。
悪を厭う心は、きっと大多数の人間が程度の差はあれ有しているものだが……ここまでとなれば、そうはいない。

「ふざけるなという話だろう、まったくもって狂っている。
 相応の裁きをくれてやらねば気が済まんが、悪は強い。公共の機関では手が回っているとは到底言えん。
 だから俺もやることにしたのだよ。もっとも、手が足りていたとしても別の道を歩めた気はしないがな」
 
これで答えになるだろうかと、ダイスケを見やった。

──なるほど、カーツワイルがどれだけ悪を憎んでいるのかは分かっただろう。
しかし彼がこれほど傷つきながら進む理由は回答されていたとは言い難い。
高潔な志に賛同する人間は多いだろう。この男ならば、その気になれば多数の仲間を募ることなど簡単に思える。
そうして仲間と共に悪へ立ち向かうという選択肢だってあるはずだ。たった独りの英雄である必要などないはず。
煙に巻いている、そんなつもりはないのだろうが……余人では彼の魂と言葉が放つ光に目が眩み、そこから先の疑問を持つことすらできないのか。
現在に至るまで、どの媒体であっても、メルヴィン・カーツワイルが単騎を選ぶ理由は明かされてはいなかった。

443【逸界斬檄】異世界転生したオッサン@wiki:2022/07/05(火) 18:24:19 ID:kA8kvT5g
>>442

「性分……ねぇ。まあ、どれ程に悪党を憎んでいるのかは伝わったぜ。
 だがどうにもお前さんを伝聞するに、
 端から自分を光の下に生きる人間に数えて無いみてえな。
 そういうのを感じるんだよ。年寄りのお節介かもしれんがな。」

年丈だけを鑑みれば彼とて十七。
この外見のダイスケに戦いに巻き込むには若すぎる等と言える立場には無いのだ。

「ちっとばかし昔話をしよう。
 オッサンの説教程退屈なモンは無えから手短にな。
 この世界とは少し歴史のズレた異世界に四十も手前の男が居た。
 生来銃器の召喚なんて異能を持ってたが。
 妻子に恵まれ、そんなんとは無縁の社会生活を送っていた。
 ある日異能持ちの強盗にその家族を殺されて。
 遅れて駆け付けた男はその悪党を蜂の巣にして嘆き、以降は賞金稼ぎとして生きた。
 それから成仏しそこねた娘の亡霊を手に掛けたり色々はあったが省略だ。」

少年の顔には悲壮と無念に満ちた自嘲が薄ら浮かぶ。

「何が言いたいかっつうとだ。
 悪人共の相手なんて貧乏くじの汚れ仕事なんてなあ、
 俺みたいに終わった人間だけがやってりゃ良い。
 お前さんは俺からすれば若すぎるんだよ。未来を全部棄てちまうにはな。
 ……それでも尚、"性分"だと言い張るんなら。まあ、察するけどよ。」

民衆からは正義の味方なんてのは輝かしいヒーローの様に映るのだろう。
けれども実態は悪に対して正当なる義(あく)を下すだけの汚れ役だ。
善意だけでは覆せない不条理に対する抑止の為の暴力装置。
それを以て己が生きる道であると、言い切れてしまえるのならば。
自らと同じかそれ以上の無念と絶望をその歳にして経験した。そう言う話なのだろう。
たとえ先程の言葉が本心からのものであったとしても。
ひとかけの闇も有さぬ輝かしさと高潔さだけでは。
────"綺麗ごと"だけでは悪に対抗する事は出来ないものなのだから。

444【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/05(火) 19:54:22 ID:W5/IY0R2
>>443

ダイスケという少年、いや……男が語ったのは自らの過去。
妻子を強盗に殺され、復讐を果たし……きっと虚しさしか残らなかったのだろう、戦いをひさぐ稼業に身を投じた。
娘の亡霊を手にかけたことはともかく……ありふれた悲劇、なのだろう。似た境遇の者を見たことは一度や二度ではない。
だがだからといって、その想いを軽んじることは断じてない。そこには確かな悲哀があり、憤怒があり、絶望があった。

だから自分がこのような世界に生きるのはあまりに早すぎる。
その忠言を黙って聞いていた。やがて眼を開いたカーツワイルの瞳に宿っていたのは……。

「……俺のような者を慮ってくれたこと、感謝するよ。心に刻もう。
 だがそのうえで答えよう。──この生き方を変えるつもりはないと」
 
静かに、しかし揺るぎない意志の光。
何物にも動じず変わることのない、不朽の鋼を思わせる青い眼光が正面から年長者を見返していた。

「俺の過去など聞いて愉快なものではない。
 尋ねられでもしない限りあえて語る気も起きないが……ともかく、ほとほと実感したことがある。
 ──さきほど守りたい、と言ったな。だがそんなことは、実際のところ俺には不可能だ」
 
両眼の奥で、炎が、燃えている。
鋼鉄の理性で制御された恐ろしいほどの激情。それは常に男を焼き続けていて、一瞬たりとも鎮まることなどなかった。
なぜそんなものが。その深奥にあるものが何か、解明を試みたならば……。

「俺は壊すことしかできない」

何もかも滅ぼしつくす、尽きぬ憤怒があった。

「奪い、殺し、踏み躙ることしか能のない、度し難い塵屑だ」

深海の亀裂よりなお深い、すべてを呑み込む絶望があった。

「血塗れた両手で守りたいなどと、我ながらよくもほざけたものだよ。
 結局のところ気に入らんものを排除したくてたまらないだけの男が、おこがましいにも程がある」
 
自己に対する果てしない怒り、憎悪。
最も赦し難いのはほかならぬ自分であると、言外にそう告げながら……。

「だがひとつ訂正させてくれ、俺は未来を棄てたわけではない。むしろ未来(それ)を目指して進み続けているつもりだ。
 俺は多くを奪ってきた。誰かの祈りを数多と砕いてきた。だからこそ奪ったものより大きな光に満ちた未来を掴み、人々に捧げたいと思っている」
 
──それら一切を後に引くことなく、すべて燃料に変換して。
前へ前へと進み続ける、決意に満ちたその姿に……人は希望/狂気 を見るのだろうか。
彼の過去になにがあったのかはわからない。けれどきっと、よほどのことがあったに違いないのだろう。
そんな過去を少しも振り返ることなく未来だけを見据えて進むなど、余人にできることではない。

「もっとも、肝心な未来図は描けてはいないがな……。
 俺は人々になにをしてやれるのか。どんな形の光を返すのがよりよい未来となりうるのか、未だ模索中だよ」
 
語る言葉に、しかし彼自身の姿は見えなかった。
理想を追求するのはいいだろう。だがその後、自分がどうなりたいかということを欠片も考えていないのなら……。
それはやはり、己の未来を棄てていることになるのではないだろうか?

445【逸界斬檄】異世界転生したオッサン@wiki:2022/07/05(火) 20:43:02 ID:kA8kvT5g
>>444

「……そうか。そう言うんなら。
 仕方がねえよな。俺達には結局それしか出来ないんだ。」

少年。いや男の揺るがぬ意思を認める様に返した。

「けどよ。一つだけ、忠告だ。
 奪い続けた先にそれより大きな光に満ちた世界なんざ来ねえよ。
 延々のトロッコ問題の先にあるのは妥協された未来だけだ。
 結局、それが"正義"だなんてやつの限界なんだろうさ。
 だから大きな光を紡げるもんがあるとすんなら────。
 俺達なんかとは違う。もっと馬鹿みてぇな理想に殉じられる奴だけだ。」

そう。未来を棄てた少年/男は語った。
己らの目指すその先の限界を。

「だからよ。そんな奴を見かけた時には。
 その灯が消えねえ様に俺らも支えてやらないとな。

 ……とは言えだ。壊す事、殺す事しか出来なくても。
 出来ないからこそ、やらにゃならねえ事ってモンはある訳だ。
 それこそ件の"指揮官"とやらみてえにな。」

ダイスケは背中を預けるべきと認めた男に。
己が能力を披露し、その先の選択肢を広げさせんと。
無手の両手に二振りの剣を創造して見せて直後に消し去った。

「賞金稼ぎダイスケ。刀剣類限定の創造系能力者。
 他にもあるにはあるが今はそういう事でいいだろう。
 生憎他人へ貸し出しってのには向いて無えが宜しくな。」

そう言って握手を求めて右手を差し出すだろう。

446【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/05(火) 21:13:20 ID:W5/IY0R2
>>445

忠告に、カーツワイルは頷きを返した。

自身を正義だなどと思ったことはない。
けれど呼び名が何であろうと、結局のところ自分がやっているのは排斥と削除だ。
赦せぬと感じたものを、認めぬと憤ったものを、屠って殺して滅ぼしつくす。
それでは世界は削れていく一方だ。何も生まれることがない。その逆、世界を増やしていくのが、きっと愛というやつなのだろう。

わかっている。
わかってはいるのだ。

(だが、それでも)

諦めない。

必ずや光を掴む。奪ったものより大きな輝きを必ずや返してみせる。
そうしたい。そうしなければならない。そうするのだと、自分はとうに決めている。
ならばあとは往くだけだ。脇目も振らず、振り向きもせず。前だけ見据えて先へ、先へ。
後から翻す程度の覚悟なら最初から抱きはしない。無理も無茶も余さず承知、そのうえで己は断固、事を成してみせるのだと。

英雄/狂人は決して曲がらない。

「──メルヴィン・カーツワイル。無能力者。
 奇縁によりいくつかの魔具を有しているが、要は戦うことだけが取り柄の男だ。
 〝指揮官〟に限らず、何かあれば連絡をくれ。駆けつけよう」
 
求めに応じ、視線を潜り抜けてきた男同士の掌が重なった。

──これにて、まずはひとつめ。
世界に蠢く強大な闇への備え、その一歩目が踏み出された。


//ここらへんで切るのがきれいな感じでしょうか……?

447【逸界斬檄】異世界転生したオッサン@wiki:2022/07/05(火) 21:20:37 ID:kA8kvT5g
>>446
//そうしましょう。お相手感謝でございました!

448【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/05(火) 21:22:22 ID:W5/IY0R2
>>447
//ありがとうございましたー!楽しかったです!

449【斑尾雷鰻】:2022/07/09(土) 00:14:46 ID:YNmpV2qM
――昼下がりの、とある喫茶店。
夏らしい燦々とした日差しに、視界がけぶるような暑さ。
路地を歩む人々の救いとも言うべき軒の下、一人の少女がテラス席に掛けていた。


「あっづぅ……。マジで暑過ぎんだろぉ……」

くすんだアンバーの瞳を力なく澱ませ、テーブルにうなだれている。
ブロンドの髪はそんな彼女の背を流れ、背からこぼれ落ちたものは通り抜ける風にそよそよと揺すられて。
首元のチョーカーはぎらぎらと日光を反射し、純白のブラウスの上に羽織られたオレンジのカーディガンが風に煽られてふわふわと踊る。

漆黒のレザーグローブに包まれたグラスは、落ちども落ちども表面に水の汗をかいており。
緑と白のグラデーションが描かれた抹茶ラテのプールの中で、氷がからん、と音を立てて水面に崩れ落ちて。


「抹茶ラテうっまぁ……。暑い日はこれに限るなぁ……」


ぢぅぅぅ、と音を立てて、ストロー越しに抹茶ラテを啜る。
口元に流し込まれたそれを、冷たさを口いっぱい味わった後、嚥下して。


さて、彼女が好物のそれを楽しげ……?に飲んでいる中。
彼女が履く群青のスカートの背から、椅子にしなだれる鉛色の"異物"がひとつ。
それは椅子の脚にくるくると絡みつき、ぴょこりと先端を空に放り出して。

彼女がブラウンのハイヒールのブーツに包まれた脚を振るうのに合わせて、先端は楽しげにぶんぶんと振るわれて。
尻尾から垂れ流された、粘質の液体も尻尾の動きに合わせて、ぴちゃりと空を舞って地面に落ちる。
――よく見れば、椅子の脚は絡まれた尻尾から分泌されたそれに、すっかり表面を覆われており。

見るものがみれば、すぐに分かるであろう。
――彼女が、一般人ではないことくらい。


// 置き気味になるやもですが、よろしければ!

450【鷹威銃討】:2022/07/09(土) 02:01:18 ID:uByTPRMA
>>449
今年の猛暑は別格だった。
TVやSNSでも"史上最も長く暑い夏"や"殺人熱波"なんてキーワードがトレンド入りしてるくらいだ。

「…っぁ…ぅっ……」

そんな猛暑日に。

「…ぐげっ…」

嫌味のように燦々と照り付けてくる直射日光と、熱ノ拷問と化したアスファルトの照り返し。
そんな地獄のような責め苦の中で──


「うっ…たすけっ……あぁ…」


少女──芭蕉宮 華凛 は、なぜか厚手のトレンチコートを羽織っていた。


「あぐっ!?」

待ち人も、目的も、特に何の理由もなく。
滝のように滴り落ちる汗を拭いながら、掠れた視界で只々路地を彷徨っていた少女。
天から降り注ぐ灼熱によって体力が奪われていき……いよいよ限界尽きたのだろうか。
ふと足が縺れると、おっとっとっと、そのまま道端に落ちてある小石に躓いて、素っ頓狂な声を挙げながら派手に転ぶ。


「……たすけっ……お゛た゛っ゛す゛…けぇ゛っ゛……」

そして、心身共に力尽きた少女は、決死の力を振り絞って"最も近くに居た人"に助けを乞う。

──幸か不幸か。 テラス席で抹茶ラテを頬張っている少女。 "アナタ"にだ。

451【斑尾雷鰻】:2022/07/09(土) 02:31:31 ID:YNmpV2qM
>>450

緑白色のそれは、少女の手2つ分はあろうかというカップからゆっくりと吸い出されているようで、徐々に水位を下げている。
白いプラスチックストローは常に緑掛かっており、うなだれながらも常に抹茶ラテを啜っているようで。


「――んぁ?なんだアイツ、こんなクソ暑い中あんなの羽織って……」


ぼんやりとした、うたた寝でもしそうな視界に飛び込んできたのは、厚手のトレンチコートを羽織った貴女。
まさに"殺人級"の熱波が襲い来る中、そんなものを着てるなんて――少女の視界は明瞭さを取り戻し、真ん丸な目をして貴女の方を見る。
体力の限界とも言うべきか、ふらついて、仕舞いには転び――そして、助けを乞われれば椅子からすっくと立ち上がり、貴女の近くで座り込めば。


「よォ。大変みてぇだな、飲むか?」


右の口元を吊り上げ、犬歯を覗かせる。
歩いたために首元のチョーカーが揺れ、三日月をきらきらと揺らしながら。
レザーグローブに包まれた右手は巨大なカップを握り、ストローを貴女の口元へ向ける。

――まあ、しかし。
こんな猛暑の中トレンチコートを羽織っているなぞ、不審でしかなく。

貴女には意地悪そうな笑みとストローが向けられている中、鉛色の尻尾は確かに椅子の脚のうち一つを絡め取っており。
何か事を起こされば、即座に対応できる姿勢だけは取っておく。

// よろしくおねがいしますっ!!

452【鷹威銃討】:2022/07/09(土) 03:37:18 ID:uByTPRMA
>>451

意地悪な笑みを浮かべる貴女は天使か、それとも悪魔か。


──そんなことは少女にとってどうだっていい。


「ッッ!!!!」

なぜなら少女は今"生命の危機"に曝されているのだ。
もしも貴女が水ひとつない大砂漠で偶然通りかかった行商人に水を強請って超高額を吹っかけられたとして。
それを拒否することができるか? 優しい行商人かオアシスに巡り合えると信じて突き進むことができるか?
否、断じて否。 そんなことできるはずがない。

故に少女はストローを口元に向けられると。

「ズロロロロロロロッ!!!!!!!!!!!!!」

年端もいかない少女がしてはいけない顔で、聞き苦しい吸音を上げながら。
一秒にも満たない尋常ならざる速度で全ての抹茶ラテを干からびた肉体に流し込むのだった。

「……ッ……ぅっ……」

ストローから抹茶ラテが出なくなり、カップの底から空っぽの音が鳴るようになると。
ようやく少女はストローから口を離して、数舜──ピクリッと肉体を震わせる。
そして──

「──ぷはあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっッッッッ!!!!!!」

先程までの絶命はなんだったのか。
突如として、まるで一口目のビールを堪能する華金のサラリーマンのような雄叫びを上げる。
どうやらその芳醇かつ濃厚な抹茶ラテは──心身共に限界を迎えていた少女の肉体には劇薬だったようだ。

「これマジで美味しいッ!! えっ、なにこれ!? えっ!? マジやばくな、えっ!?!?!?」

今正しく魚を得た水状態の少女。
容姿や言動から伺うに、きっとただの"アホ"や"ガキ"だろう。

しかし、油断することなかれ。
なにせ此処は異能者達が集う街だ。
誰しも一見しただけでは天使か、悪魔かは分からない。

「……あっ、えっ、あ……ど、どうも……?」

このあっけらかんとした顔を浮かべる少女だってそうだ。
その腰には年端の少女には似付かわしくない魔力を帯びた拳銃を携えていたりするのだから。

//まさかこの時間に返ってくるとは思わず遅れました…
//改めてよろしくお願いします

453【斑尾雷鰻】:2022/07/09(土) 10:48:34 ID:YNmpV2qM
>>452

「あっ、ちょおまっ」


例えるなら、砂漠の中でオアシスを見つけたかのような――貴女がそんな表情を覗かせた、その刹那。
細身のストローの先端が貴女の口に収まれば、尋常ではない速度で抹茶ラテが流し込まれていく。
聞き苦しい吸音も、貴女の年端も行かぬ少女が浮かべてはいけない表情も、今の彼女にとってはどうでもいい。なぜなら――


「お前……、いい度胸じゃねえか……」


貴女が歓喜の雄叫びを上げた一方、彼女は好物であるそれを飲み干されて、足元から怒りが沸き立っているようで。
両の拳を握り込み、口元の歪みはより鋭角に、暑さにとろけていた目つきも狐の如き鋭さを取り戻して。
彼女の背後で尻尾に握り込まれた椅子は、怒りで震える尻尾に合わせてかたかたと音を立てる。


「よォ。生き返ったみてえじゃねーか。気分はどうだァ?」


顔に浮かぶは先ほどと一切変わらぬ笑顔――にしてはすこし、悪辣になったか。
氷が沈み、相変わらず汗を浮かべるカップを貴女の頬に押し付け。
――背後では相変わらず怒りを示すように椅子がかたかたと音を立てていた。

// すみません!!寝落ちしてました……

454【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/09(土) 12:06:28 ID:lT/L/JAA
【青天の日のことだった】


【今や盛夏とも呼べる酷暑の中で、〝それ〟は立っていた】【いや、立ち尽くしていた】
【路地裏と呼ぶには、少しだけ大通りに近い場所】
【されど、今日のこの日には〝それ〟を除いて人の姿はない】

【季節にそぐわない、全身を覆う黒いロングコート】
【フードに覆われた頭部、その顔貌の全てを覆い隠す──────鏡を楕円形にくりぬいた様な縦長の仮面】
【その手に握られた、血に塗れた銀の長剣】


 ……。


【〝それ〟は何も言わない】

【ただ息を切らして肩を上下させる様が】
【〝それ〟の目の前に横たわる、刺青まみれの男の亡骸が】
【〝それ〟の目の前に横たわる、有り触れた制服の女子の亡骸が】

【それだけが、状況だった】

//置き前提でよろしければ!

455【鷹威銃討】:2022/07/09(土) 13:54:43 ID:uByTPRMA
>>453

貴女は命の恩人だ。
あの時──貴女が助けの手を差し伸べてくれなかったら、少女は熱中症で還らぬ人になっていたかもしれないのだから。

「えっ、あ…っ……気分ですか……?」

抹茶ラテを摂取したことによって霞みがかった思考も鮮明になっていく。
"気分はどうだ?"と尋ねられれば、少女は命の恩人である貴女に今一度お礼を言おうと、
伏せていた顔を上げ、声高らかに感謝の言葉を──

「めちゃくちゃ気分良いですッッ!!! たすかりまし……」

詰まった。

言葉に詰まった。

命の恩人である貴女の浮かべた笑顔を。 怒りを示すように震わせる椅子の音を。
見て、聞いて、感じた結果。
少女は"恐怖"か、果ては"困惑"からか。 上げた顔を再度伏せる。

(えっ!? ちょ、えっッッ!?!? 怖い怖い怖い怖いッッ!!!!!
その椅子カタカタしてるのなにっ!? 絶対怒ってるじゃん!! なんで!? そっちから抹茶くれたんじゃないの!?
い、いや……そりゃ? あっちは"一口"だけのつもりだったのに"全部"飲んじゃって怒ってるのかもしれないけどぉ??
不可抗力じゃん! こっち死にかけてるわけなんだし!! というか抹茶ラテ飲んだだけで怒り過ぎだし!! やば、椅子こわ、って顔も怖ッッ!!!!)

先程までの感謝の思いは何処へ消えたのやら。
命の恩人である貴女に脳内で悪態をつきながら、この場をどう切り抜けようかを考え、そして──

「──お嬢ちゃん、助かったよ」

導き出された解は"これ"だった。

「ハハッ。 俺も焼きが回ちまったかな。 ハードボイルドの具現化とまで言われた俺が──こんなところで野垂れ死んじまうところだったぜ」

圧倒的"強者感"で相手をびびらせようという魂胆だ。

「まぁ、だけど」

少女の頬にカップを押し付ける貴女の手。その手の曲線をなぞるように少女は指を這わせていって。

「こんなかわいらしい"子犬ちゃん"に助けられるのなら、また遭難してもかまわないかな?」

そのまま少女の指は腕から首へ──貴女の首元のチョーカーにまで手を伸ばして、三日月を"ちりん"と指で軽く弾くだろう。

一心不乱。 この場を切り抜けようと渾身のキメ顔と共に。

456【斑尾雷鰻】:2022/07/09(土) 15:52:54 ID:YNmpV2qM
>>455

めちゃくちゃ気分いいです――その言葉に、さらに口元を歪ませる事で応じる。
確かに彼女は貴女に抹茶ラテという救いの手を差し伸べたが、それにしても全て啜られるとは思ってもおらず。
好物を"奪われた"と思っている彼女の内なる怒りは、より増幅されていき。


貴女が再度顔を上げてこちらを向けば――謎の芝居が始まっており。
これには流石に彼女も困惑したのか、目を再度丸くして口元の歪みも緩まるが……。

腕を撫でられ、仕舞いに首元のチョーカーを指先で弾かれれば。
その行為によって、"馬鹿にされた"と感じた彼女は氷入りのカップ――もはや中身はほぼ水だが――を後方に投げ棄てて。
目の瞳孔は開かせたまま、再度悪辣な笑みを顔に浮かべ、両の手に嵌められたレザーグローブをぱちりぱちりと外せば。


「なァ――馬鹿にしてんのか?」


血走り瞳孔が開いた目で貴女の顔をまじまじと見ながら、ゆらゆらと右手が貴女の首へと寄せられていき。
親指と人差し指を顎骨に沿わせて、無理やり上を向かせんとして、ぐいと頸を握り込もうとするだろう。
――こっち見ろ、何か弁明は?と言わんがばかりに。

457【鷹威銃討】:2022/07/09(土) 16:28:59 ID:uByTPRMA
>>456

決死の思いでやった"圧倒的な強者感"で相手をびびらせるは──どうやら愚策であったようで。
むしろ貴女の怒りを増幅させる形となってしまった。

「そ、そんなに睨みつけるなよ。 キュ……キュートな顔が台無しだぜ……?」

ぐいっと顎を握り込まれ、半ば強制的に上へと顔を向かせられると。
きっと貴女の視界には動揺と恐怖の渦中に塗れ、瞳を潤ませている少女が映るだろうか。

「ッ……お、お嬢ちゃんが……」

貴女の血走った眼に少女は耐えきれなかったのだろう。
潤んだ眼は貴女から視線を外して、そのままゆっくり震わせた声で弁明を──

「お嬢ちゃん……いや、アンタが悪いんだからねッ!!!!」

弁明などすることなく。
両腕に渾身の力を込めて、貴女の胸元辺りに突き飛ばしをおこなうと。
羽織っていた厚手のトレンチコートを脱いで、貴女に被せるように投げ捨てる。

「ちょっと抹茶ラテ飲んだくらいで怒り過ぎだよッ!! このバカアホマヌケッッ!!!!!」

強者作戦も失敗に終わった。 弁明もきっと上手くいかない。
ならば──一か八か逃げるしか、この場を切り抜ける術はない。

差し出された抹茶ラテを全部呑んだだけなのに、とてつもなく恐い思いをさせられたから、なんて自分勝手な理由で貴女に悪態をついて。
少女は一目散に路地を奔り抜けようとすることだろう。

余談だが──少女の走力は所詮人並み程度だ。
貴女の要する身体能力を以ってすれば追いつくのも容易いかもしれない……が。。
此処は貴女がテリトリーとしている閑散とした路地裏でもなければ、皆が寝静まる真夜中でもない。

全ては貴女の選択次第だが──果たして。

458【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/09(土) 16:52:47 ID:Wmd7MWvo
>>454

助けてほしいと頼まれた。

友人〝たち〟が悪漢に連れ去られてしまった。路地裏に引きずり込まれていった。自分は助けを呼びに逃げるしかできなかった。
だからお願いします、力を貸してくださいと──自身もまた暴漢に追われていた少女から涙ながらに頭を下げられて、断る理由があろうはずもない。

最善を尽くす、君は安全なところにと、制圧した悪漢と共に偶然近くを通りがった警官に引き渡したのが三十分前。
少女が相当な距離を逃げ延びてきたこともあり、聞き及んだ現場まにたどり着いた時には既に相当の時間が経過していた。
そこから痕跡を辿り、費やした探索時間はそう長くはなかったが……。

「───遅かったか」

たどり着いた目の前の状況が、手遅れということを万の言葉より雄弁に語っていた。

──路地裏に姿を現したのは一人の男。
頑丈な生地の衣服は軍服を思わせる意匠であり、腰には二振りの長剣を吊っている。
隠すことなく晒された素顔、鋼を連想させる鷹のような青い両眼は眼前の闇を厳しく睨み据えていた。

助けられなかった──というのは理解できる。
だが状況が少々、判然としなかった。普通に考えれば下手人は黒コートの男……なのだが。
彼女は悪漢と、そう表現した。この人物はその表現からはいささか外れており……なにより不可解なのが、いかにも悪漢と言うべき者はその足元に横たわっていることだ。
仲間割れという線も無くはない。しかしそうと断じるには、何かが違う気配がしていた。

「……ひとつ問う。その二人を殺したのは、お前か?」

確かめねばならない、黒コートの人物が敵か否かを。
だがそう時間はかけていられない。まだ、終わったわけではないのだ。


//よろしくお願いします!

459【斑尾雷鰻】:2022/07/09(土) 17:31:57 ID:YNmpV2qM
>>457

ぐいと顎を持ち上げて視界に入ったのは、恐怖にまみれた貴女の顔だった。
その表情に何かを感じるわけでもなく、彼女は貴女の顔をじい、と見定めて目線を離さずにいるが。

ふと離された目線、貴女が口を開いて弁明をすると思いきや――。


「わっ、と!?」


胸元あたりに腕を突き出され、突き飛ばされるような形で後ろにつんのめる。
尻尾を椅子の脚からリリースすれば、ぱんと乾いた音を伴って地面に叩きつけ、転ばぬよう支えにして。
次いで飛んできたトレンチコート――避ける暇すら与えられず、彼女の胴体に覆いかぶさるようにばさりと覆い被せられて。

右手でトレンチコートを剥げば、そこには呆れたような表情の彼女が現れ。
それを右肩に掛ければ、放り投げられたカップを拾い上げてゴミ箱にシュート。
設けられた穴めがけて飛んでいき、音もなく収まったのを見れば、貴女が走り去った方に向けて追いかけるように歩き出す。


「――はぁ。だからガキは嫌いなんだよ……」


溜息ひとつ。
先ほどまで地面を舐めていた尻尾は、しゅるしゅると巻き取られて群青のスカートの下に隠れれば。
困ったような、呆れたような目つきのまま、ぶらぶらと歩き出す。

やりすぎちまったかなあ、とひとつごちて、せめてこれだけでも返そうと。
とはいえクソ暑い中走る気力も湧かず――アンバーの瞳を光らせて貴女を探す。

460【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/09(土) 18:11:22 ID:lT/L/JAA
>>458


『……ひとつ問う。その二人を殺したのは、お前か?』


【男の言葉に、やや俯くようにしてたたずんでいた〝それ〟がゆらりと動いた】
【表情の見えない────きっと奥には顔が存在するはずの鏡の仮面を男に向けて】
【見定めるようにして、沈黙が数秒】


 ……半分正解だ。男は、私が殺した。彼女を人質にとったからだ。


【その声は、やや中性的ではあったが────注意深く聞けば、年若い男性のソレだと分かるかもしれない】
【さらに。明敏なものならば、その声の中にある震えすらも、或いは感じ取るのかもしれない】

【証拠を提示するかの如く、右手に握られたロングソードを胸の前まで持ち上げる】
【紅く濡れた刃先から、涙の様に血が垂れ落ちた】


 彼女は、助けられなかった。


【それだけ答えて、黒いコートの人物は掲げた剣を下げた】【敵意はない、と示すかのようだった】

【近寄ってみれば、刺青男の亡骸は胸を貫通された創があり、その周囲が焦げ付いているのに対して】
【少女の亡骸は首元に切創があることが分かるだろう】
【そして、刺青の男の手に有り触れたナイフが握られていることも】

【死因はどちらも鋭器によるものと推定される】
【未だ、黒いコートにかかる疑念が完全に晴らされたとは言えないが……果たして】

461【鷹威銃討】:2022/07/09(土) 18:33:29 ID:uByTPRMA
>>459

貴女の視線の先──そこには路地を奔り去っていく少女の姿。
少女と貴女の距離が離れるにつれ、その姿は次第に小さくなっていき、いずれは貴女の視界から完全に消え失せる。
かくして貴女にとっては傍迷惑でしかない寸劇が閉幕したわけだが……。

貴女の右肩に掛けられているトレンチコート。 少々違和感──否、"異物感"を感じ得ないだろうか?

もし貴女がそんな"異物感"の正体を探ろうとトレンチコートを調べれば。
きっとポケットに"なにか"が入っていることに気が付くことだろう。



──一方、その頃。

「──はぁぁぁぁっ……死ぬかと思った」

少女は逃げた。
逃げて、逃げて、逃げまくった。
口の中で鉄の味がするくらいに命辛々逃げて──適当な公園に辿り着いたようで。
着くや否や、疲れたぁ〜、っとベンチに半ば倒れかかる形で座り込む。

「いやぁ〜……にしても、ハードボイルドにはトレンチコートは必需品といっても…流石に夏では無理があったなぁ」

大きな木陰と時折拭く涼しい風に悦楽の笑みを浮かべながら。
"あの人には悪いことしちゃったなぁ…"と、抹茶ラテをくれた命の恩人に思いを馳せる。

「というか、あの人恐かったなぁ。 ザ・ヤンキーみたいな感じだったし……あ〜こわこわ」

反省はしている。 改めてお礼を言いたいとも思っている。
だが、できれば二度と逢いたくない。 理由は単に"怖い"から。

「まぁ、この先逢うことなんて絶対にないだろうし……あの人には悪いけれど犬に噛まれたと思っ……」

詰まる。
また言葉が詰まる。

何か忘れている気がする。 とてつもなく重要なものを。

「あっ」

そして、思考すること数秒──少女、ようやく気付く。

「財布入れっぱなしだあぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」


"異物感"の正体は少女の財布。

所詮は中学生の財布──入ってるのは数千円でお小遣い程度にしか成り得ないだろうが。

異能者育成機関、通称"学園"の学生証。
なぜか"同じ顔"、"同じ学籍番号"なのにも関わらず。 "名前"だけが違うものが2枚入っていた。

その名は──

"芭蕉宮 華凛"、それと"神谷 輪廻"

//この辺で一旦いかがでしょうか!!
//ずこい楽しかったです! ありがとうございました!

462【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/09(土) 21:51:18 ID:Wmd7MWvo
>>460

「…………」

返答に、状況と照合するかのように数秒の沈黙を返す。
その後、嘘ではないと判断したのだろう。剣の柄にかけた手を離してみせた。
そして未だ地に横たわったままの少女の亡骸に歩み寄り、見開かれた瞼を下ろす。
到着がもう少し早ければ救うこともできたのだろうかと……悔いるように眉を顰め、目を伏せた。

やがて立ち上がり……向き直った男の瞳に、悲しみも後悔も映し出されてはいなかった。
そんなものを抱いている暇など、どこにもないのだと言うかのように。
眼前で起きた悲劇に挫けることなく、まだ助けられるかもしれない命を救うべく行動を開始していた。

「──まだ助けられるかもしれん娘がいる。
 年頃、服装は彼女と同じ。おそらくは多数、十人足らずの悪漢どもがついているはずだ。
 彼女の友人から頼まれた。知っていることがあるなら教えてほしい」
 
あなたは知っているかもしれないし、知らないかもしれない。
彼女の友人から直接状況を聞かされた男と違い、路地裏で偶然見かけたがゆえ行動を起こしたというのなら、二人目の要救助者のことなど知る由もなく。
しかし男の言が確かなら多数のならず者が群れて行動していたということであり、仮に少女の姿が見えずとも、それだけの集団なら記憶にも残りやすいはず。

もちろん、そんな集団とは遭遇しなかった可能性も十分にあるだろう。
すべてはあなた次第だ。

463【斑尾雷鰻】:2022/07/09(土) 22:27:04 ID:YNmpV2qM
>>461

喫茶店の軒下を抜ければ、相も変わらず憎たらしいほどに元気な太陽が顔を出す。
じりじりと灼けるような暑さを肌で味わいながら、貴女が向かった方に視線を送れば。
すでにかなりの距離が離れており、おまけに向こうが走っているために追いつけそうにない。


「……はぁ。オレに預かっとけってか……?」


右肩に掛かったトレンチコートに目をやる。
特に何の変哲もないそれを預かる価値があるものか、と僅かに思考するが。
背に当たっているポケットの部分に何か入っているようで、左腕に掛けてみて右手をポケットに突っ込めば――。


「これ、財布じゃねェか……」


なんともまあ、中身は財布。
逃げるのに一生懸命だったのか、貴重品を入れたまま投げつけてしまったのであろう。
しかし、貴重品ということもあり開けるのに気はひける。まあ連絡先を探すだけ、と思ってそれを開けてみれば。

――ガクセイショウ、というものが2つ。
どちらも写真は貴女のもの、しかし同じようなものがなぜ二つも。
彼女はそれを元に戻せば、溜息を一つ吐いて頭をぽりぽりと掻き、陽炎の向こうへと消えていった。

// お相手ありがとうございましたー!!
// こちらもすっごい楽しかったです!

464【獣皇無尽】腹ペコ究極生命体@wiki:2022/07/09(土) 22:51:23 ID:.faqtl/Y
>>463
そんな炎天下の騒がしい一幕を終え、
貴方は抹茶ラテでも買い直して路地を行く最中だろうか。

人通りというものは流動的なものである。
普段、路地裏だと定義されておらずとも時間帯などによっては、
いつの間にか周囲に人がいなくなっていたなんて事も無くはないのではなかろうか。

これはそんな人界の隙を狙った"襲撃"だ。
貴方の背後数メートル後ろにトサ、と何かが落ちる音がした。

「ねえ。お姉さん。
 僕? 私? サイスはお腹がペコペコなんだ。
 取って置きも全部食べちゃったから。
 "何か"ちょうだい?」

襤褸を纏った子供の物乞いだろうか。
服装のみすぼらしさに対して髪や肌なんかの妙なまでの清潔さがやや不自然であるが。
白い毛髪に赤い瞳の少年とも少女とも知れぬ小柄な子供。
見た目は肉体的にも世間的にも非力な、哀れみさえ懐きそうな其れが。

紅い眼に猫や爬虫類の様な縦長の瞳孔を浮かべて。
まるで野生に生きる狩人の様な気配を漂わせて貴方を見ているのだ。


//Warning! (言う程の危険性はない恐らく)
//乱入です。よろしくお願いします

465【斑尾雷鰻】:2022/07/10(日) 16:10:34 ID:91uC9Hnk
>>464

――ハードボイルド少女との一悶着あった、その後のお噺。
右肩にトレンチコートを掛けたまま、路地をぶらつくこと数分。
少女に追いつけないと悟った彼女は再び喫茶店に戻り、手頃な大きさの抹茶ラテを手にして。

熱波が襲い来る路地はもうこりごりだと、喫茶店のすぐそばから裏路地に入っていき。
暑さで尻尾の表皮を覆う粘液も高温になっており――でろん、と鉛色の尻尾を地面に垂れて、僅かに残された冷気を吸収していく。
そのままわけもなく路地裏を進み、抹茶ラテを啜って冷を得ていた刹那――。


背後から聞こえた、何かが落ちる音。
何かの襲撃か、それとも――咄嗟にトレンチコートを肩から腕に滑らせ、尻尾をバネ代わりにして前方に跳躍。
空中でツイストして身体を180度回転すれば、ずさりと滑りながら着地して。


「……よォ。生憎だが飯は持ってねえぜ」


ざらり、とカップの中の氷が崩れる音一つ。
貴女はお腹が空いているのでは、と推測するも、食糧となるものは何一つ持っていない。
貴女にあげられるようなものは持っていないと――両手を外の方に向けて、がっかりしたような表情で。

ただ、背後から急襲してきた貴女に対して、彼女は警戒心を最大にしており。
狐のようなアンバーの瞳を吊り上げ、尻尾で粘液を塗り広げながら。

// すみませんんんんんんんん!!
// 昨日今日と予定が入っちゃっててお返しするの遅れました……
// よろしくお願いしますっ

466【獣皇無尽】腹ペコ究極生命体@wiki:2022/07/10(日) 16:38:37 ID:ggvBOyKg
>>465

「あー。全部飲んじゃったんだ。ざんねん。
 おいしそうだったけど。しょうがないね。」

ざらりと虚しく音を立てる空カップを見やりしょんぼり。

「……でも。」

カエルや猫を思わせる体勢で地に四足を付け口角を上げる。

「もっと食いでがあっておいしそうな"もの"。あるよね?
 お姉さんのしっぽは食べても良いしっぽ?」

猛禽や肉食獣を思わせる雰囲気ながら。
それでいて変に理知的な所、交渉の余地を感じさせる。
其れはある種、取引を持ちかける悪魔にも似ていた。

「分けて食べさせてくれるなら。
 サイスもお礼に身体の一部をあげるよ?」

まず常人には受け入れ難い提案である。
身体の一部を食わせてくれたら身体の一部をくれてやる、など。
はっきり言って何言ってんだレベルの交渉だ。
このサイスという生物の異質な特性を鑑みなければ、だが。

果たして貴方はこれにどう応えるだろう。


//もともと置きのつもりでしたのでお気になさらず〜

467【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/10(日) 17:29:48 ID:PMyeWxo.
>>462


『──まだ助けられるかもしれん娘がいる。』


【歳若くして逝った少女の冥福を祈りその瞼を下した男】
【それであって尚、立ち上がり先を見据える男】
【彼の言葉に触発されたかのように、地へ視線を伏せていたと思しき鏡の仮面が頭を上げる】


 ────分からない。だが、この男は向こう側から来た。
 一本道だ、急ごう。


【剣の切っ先が指すのはちょうど大通りとは反対、すなわちこの路地の最奥】

【告げる状況は最低限】
【それだけを残して、コートの人物は走り出した】
【まるで、目の前の〝彼〟と同じく────既に次しか、目に入っていないかとでも言うように】

468【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/10(日) 18:45:19 ID:9GvuMROE
>>467

その言葉を聞くが早いか、男もまた駆けだした。
事態は一刻を争う。互いに言いたいことはあるだろうが、今は救える命へ向かうのが何より優先であると。
並び立つ両者が暗がりに満ちる薄闇を裂いて走る。二条の矢のように、一本道を突き進んだその先に──。

唐突に視界が開ける。
細い路地から一転、そこは広場となっていた。
だが蔓延する空気は清涼なものとは断じて言えるものではなく……。
これほど晴天であるのに、周囲を高いビルで囲まれたその場所は、まるで分厚い雲が覆っているかのように淀み、薄暗い気配を醸し出していた。

それはここが、まぎれもなく〝路地裏〟──善男善女が踏み入ってはならない世界の一部であることを示していて。
哀れにもそこへ連れ去られてしまった少女が辿るべき末路を、一片の慈悲もなく実現させようとしていた。

──奥に見えるのは総計九人。
うち八人は先ほどと同じ、見るからに暴力を基とする輩の類だ。
素手の者もいれば、角材や鉄パイプを持っている者も……。その下卑た嗤いに取り囲まれ、壁際に追い詰められるようにして、制服を着た少女がいる。

いや……正確には着ていた、というべきか。その衣服はところどころがほつれ、破られ、はだけていて、もうほとんど裸と表現して構わない様相を呈していた。
目に涙を溜め、恐怖にひきつった表情で、自らの服に手をかけている少女。──嬲られていたのだ。
彼女が暴漢どもに何をさせられていて、これから何をされようとしていたのか、そんなことは想像に難くない。

「────」

黒コートの横で、ざわりと熱気が揺らいだ。
その主が誰か。彼がどんな感情を抱いたか。これもまた、想像に難くないことだ。

469【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/10(日) 19:39:42 ID:PMyeWxo.
>>468


【黒コートの横で、ざわりと熱気が揺らいだ】
【それとは対照的に黒いコートは────どこか、冷静だった】


 あの娘を頼む。────私は、あいつらを抑える。


【その言葉に、迷いはなかった】【そうして黒いコートはまた走り出す】
【彼の返答を聞かなくても】
【なぜか。「彼はきっとそうしてくれる」と、そんな確証があった】


 『十五の制約(リミット・フィフティーン)』、審判開始。
 「略奪」。「破壊」。「守護」。「支配」。「嘲弄」。

 ────拘束解放・弐式(レベル・ツー)。


【何に隠れることもなく駆ける黒いコートは、当然のこととして悪漢達の一人の目に留まった】

【陳腐で楽しい時間を邪魔された悪漢達が次々に振り返り、うち五人が乱入者に向けて突撃をしかけた】
【残った三人は、いまだ黒いコートの奥にいるあなたの存在には気づかない様子だが、油断なく構え少女を取り囲んでいる】

【向かってくる悪漢に呼応するかのように、黒衣に包まれた四肢とその手に握られた銀の長剣が、紅蓮の炎に包まれた】


 お前たちは、焼き尽くすべき悪だ……!


【躊躇なく、炎剣一閃。黒衣に群がる五人のうち、一人の首が呆気なく飛んだ】

470【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/10(日) 20:04:41 ID:9GvuMROE
>>469

言葉に返答はなかった。
ただこくりと頷くのみ、それだけで十分だったのだ。

突撃したうちの一人が首を飛ばす。
噴水のごとくに高く飛沫をあげる赤黒い液体。鉄の匂い。
ならず者たちは血と傷に慣れてはいるのだろう。だが慣れていると言っても、それは与える側に立った場合の話。
自分たちが蹂躙される方に立たされた時、暴力への慣れなど無意味に帰す。所詮、己より弱いものを嬲ることしかできない者たちの底の浅さが露呈した。

動揺し、動きを止める暴漢たち──その隙を見逃す男はここにはいない。

「────」

男の姿が掻き消えた。
一瞬ののち、長身が現れたのは悪漢の一人。その頭上。
まさしく曲芸のように、頭の上に片足を乗せており──次の瞬間、再び男が消えると同時、悪漢の首が陥没する。
頸椎の損傷による即死。ゆらりと崩れ落ちる肉体が地に倒れ伏すより先に、少女を取り囲んでいた一人が黄金の光を放つ刃に斬り捨てられていた。
同時に抜き放たれたぼろぼろの木剣がもう一人の首をへし折り、勢いを殺さないまま一切加減していない回し蹴りが最後の暴漢の側頭部を打ち抜く。

一瞬にして半数が失われる。
明らかにこの男は、対多数相手の制圧──いいや、殺害に慣れていた。

「───ここまでだ。もはや貴様らの好きにはさせん」

少女をその背にかばいながら、男が仁王立つ。
前方には炎剣使い、後方に双剣士。未だ数の上では僅かながら優っているものの、それがいったい何の意味を成すというのか。
ならず者どもはすでに戦意を喪失していた。

471【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/11(月) 18:35:27 ID:gXpu9Cpg
>>470


【油断なく構えながらも、黒衣の剣士は四肢と武器に纏う炎を解く】
【狩られる側の恐怖に怯えたか】【残された三人の悪漢のうち、武器を持たない最も年若い者が膝をついた】

【そして】
【わずか一秒にも満たない逡巡を経て────黒衣の剣士は長刀を真横に振りぬいた】


 『えっ』


【鮮血が吹き出し、驚きに近い表情をした頭が重力に従い落下する】
【一度は矛を収めたかに見えた黒衣の突然の行動に残された二人が一瞬呆気にとられる】

【予想できることとして。一足でできる最大限の踏み込みで彼らに肉薄した剣士は】
【今度は炎を纏わせ、刀身の二倍にもなるリーチとなった炎剣を翻して再度一閃】


【こうして。僅か一分にも満たぬ時間のうちに、暴漢たちは悉くその命を散らしたのだった】


 ……これを、着るといい。


【一度、大きく息をついて】【黒衣の剣士はそのロングコートを脱ぎ、彼女の足元の方へと放った】

【傷ついた彼女のことを思えば、些かぶっきらぼうが過ぎる行いにも見て取れるが】
【その下から現れた衣服────どこにでもある、有り触れた制服が】

【もはや原形をとどめていない、彼女が纏うそれと同じ高校のものであると、もし男が知っていれば】

472【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/11(月) 19:46:31 ID:t471gNj6
>>471

──斯くして悪は滅びた。
それを成したのは二人の剣士。悪意を持たず、見返りを求めず、ただ義心のみによって悪漢たちを成敗した。
だから救われた少女は涙を流して彼らに感謝を……。

「ひ」

感謝を、述べて──。

「ひ、い、ぁあああああああああっ!!」

否。

〝それら〟を正義の使者だと言うには、作り出したものがあまりに凄惨すぎた。
袈裟懸けに断ち切られた人体。首をへし折られた男たち。跳ね飛ばされた首。噴水と化した胴体。
紅い、海。あまりにも……あまりにも、血が流れすぎていた。

それを恐ろしいと思う程度には、少女は平凡で……。
安易な〝正義〟という言葉の幻想に惑わされない程度には、現実を直視できてしまっていた。

火事場の、というやつか。コートを胸に掻き抱いて、止める間もなく二人が来た方へと逃げ去っていく。
一本道だ。道中の脅威は掃討できているとはいえ、危険なことに変わりはない。
加えて途中には彼女の友人の亡骸も……それを目にしてしまえば更なるショックを受けてしまうことは間違いなく。
暗がりに消えていった背を負うべく、動き出そうとした刹那。

────君は!?
────こちら一班、被害者の少女を確保! 消耗が激しい、至急応援を求む!

路地裏の向こうから声が聞こえてきた。

「……彼女の友人は、警察にも通報をしていたらしいな。賢い娘だ」

得心がいったように男が頷く。
賞金稼ぎと警察機関。一般に相性は水と油で、下手をすれば新たな争いを起こしかねない組み合わせだが、この男に限ってはそうではなかった。
友人はそれをわかっていたのだろう。ならば助けを求める相手をどちらかに絞る必要などない。

しかしこのまま留まっては少々、面倒なことになるのは間違いなく……。
素早く周囲に視線を走らせた男が、さらに別の路地を見つける。

「こちらだ。厄介ごとを避けたいならついてくるといい」

歩き出す足取りに淀みはなく、こうした事態への慣れを感じさせた。
いいやこの場を立ち去ることだけでなく、現場に駆け付けた瞬間から今に至るまで……まるで日常茶飯事であるかのごとく、些かの気負いも見受けられない。
そんな男を追って歩き出したなら、広場から路地裏へ入って暫しの後に……。

「……お前は……なぜ、こんなことを?」

ふと、問いが投げかけられる。
こんなこと、とは──言うまでもないだろう。
人名を救助するために鉄火場へと飛び込むこと──そして、悪漢たちを殺害したことに他ならない。

473【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/11(月) 22:30:00 ID:gXpu9Cpg
>>472


【悲鳴。一つ取りこぼして、漸く一つ手に残ったものは、決して美しいものなどではなく】
【けれど。駆け抜けていく少女に一瞥をくれることもせず、仮面の下で彼は小さく笑った】
【その目から、確かに涙を流しながらであっても】

【「よかった」】【「少なくとも、彼女の命は助かった」】

【「ああ、やっぱり。あの日、〝救われた〟と思ってしまった俺は────」】


 『こちらだ。厄介ごとを避けたいならついてくるといい』


 ……ああ、感謝する。


【けれど、そんなセンチメンタリズムに浸る間もなく】
【己の所業の何たるかを理解している彼は、黙って男の背を追った】


『……お前は……なぜ、こんなことを?』



【騒ぎに巻き込まれることを避けて、辿り着いた路地裏】
【それはまるで、正義を追い求めるはずの彼らが光の中に居場所を持てないことを示唆するかのようでもあった】

【それであってなお、黒衣を脱ぎ捨てた〝彼〟は答える】


 決まっている。誰かを助けることに、理由は必要ない。


【ただ、その一言】
【未だ紅い死の香りを残した剣を佩いて、鏡のような面が路地裏の低い空を見上げた】

474【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/12(火) 01:13:45 ID:yUY0631U
>>473

「…………」

返答に、ああ、そう答えると思っていたと不思議な確信があった。
おそらく自分も、問われれば同じ言葉を返すだろう。誰かを助けることに理由はいらない──それが正しいことだからやるのだ、と。
似た生き方をしているのだろう。善を尊び、それを侵す悪を斬ると決めた者たち。

だが当然というべきか、異なる部分もあった。

「この道の先に、己が得られる幸福など何もないぞ」

そのひとつが、習熟度。つまりは慣れだ。

「善のため、正義のため……たとえ何のためであろうとも、血に塗れ続ける者に救いなどあるはずもない。
 いずれたった一度の敗北で微塵に砕け散る瞬間まで……勝てば勝つほど重みは増していき、途中下車は許されなくなる」
 
男は最初から見抜いていた。
ふたつの亡骸の傍らで息を荒らげる、その意味を。己が手を下したのだと答える声色に含まれた震えも。
そして戦意を失った悪漢たちの首を刎ねるとき、一瞬だけみせた逡巡も……すべて、すべてを、見逃してなどいなかったのだ。

「見返りなど求められん。感謝の言葉でさえ、時には得られない。今のように」

命を懸けて戦って、ぼろぼろになるまで傷ついて、常人では歩めない荊の道を踏破して。
それでもたった一言ありがとうと、それすらかけられないことだってある。
リスクとリターンが明らかに吊り合っていない。いったいどうして、こんな道を歩もうというのか。

「それでも、征くのか」

どうあれ殺人は殺人だ。もはや一線を越えているのは確かだが、ならば殺人犯は以後の人生を決して許されぬのかと言えばそうではないだろう。
しかるべき罰を受け、己の所業を心から悔い、生涯を贖罪の心と共に生きていけば……いつか、そういつか、許される日が来るかもしれない。その可能性は、残されている。

だが己の意志をもってこれ以上、命を奪い続けるというのなら……もはや引き返せない。
血で染まるその姿が、誰かを殺すその顔が、他者から恐ろしく見えるかそれとも輝いて映るか……結局はその違いしか存在しない、殺戮者になり果ててしまう。

まだ、間に合うかもしれないのだ。

475【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/12(火) 11:35:24 ID:Z5wiAUmM
>>474


『それでも、征くのか』


【重い、重い言葉だった】

【言葉そのものの真実性、正しさのみによる重さではなかった】
【初めて自覚的に人を手にかけた己と幾度となくそれをこなしてきたであろう男】
【歴然たる経験の差、それを背にかつて己がなぞった道行を彷徨う影に投げかけた言葉】


 あなたは、間違っている。


【けれど、仮面の青年は迷わず言い返した】

【助けられなかったという悔い、荒んだ呼吸】
【情けなさのあまりに震えた声】
【殺さない方法はないかと見せた迷い】

【それは決して……手を汚したくない、命を奪うことが恐ろしいという感情に依ったものではなかった】

【鏡で作られた面にその右手がかかり、その顔があらわになる】
【奇しくも目の前の男と同じ年齢】
【紅蓮の瞳、黒い短髪、若く青い正義に終える険しい表情】


 誰かが殺さなければならない人間がいるなら、それを殺すことが悪であるはずがない。


【彼は、歪んでいた】

【感謝の言葉の、見返りのために戦うのではない】
【本当に────ただそれが正しいと信じているから、戦うだけだった】


 そうでなければ、目を瞑っておくことしか正義ではなくなる。
 この世界が、そんなに正しくないものであるはずがない。


【同じくらい、彼は世界の正しさと善良さを信じていた】
【だからその路を征くと。そうすればいつか、本当にすべての人が救われる道があるからと】

【だって自分は。誰かが悪党を殺してくれた〝おかげ〟で助かった命であり】
【その〝おかげ〟で、封じていた正義の焔にもういちど灯をともした人間なのだから────】


 俺は俺の幸福を諦めない。だから、その道を歩める。


【底知れない意思をたたえた碧眼に相対して、その赫眼は真っすぐだった】
【たった数分のうちに五人もの人間を手にかけてなお】


 けど、────もしこの先に何の幸福もなくても、〝俺〟は迷わない。
 殺すことより、目を瞑ることの方が悪だ。


【彼の佩いた銀剣の切っ先から、もはや血は滴っていなかった】

476【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/12(火) 20:20:31 ID:yUY0631U
>>475

相手が悪党なら。
もはや始末するほかに仕方がない、度し難い存在であるのなら。
それを殺すのは、正義なのだろうか?

──そんなはずはない。
殺人とは悪行である。何をどう言い繕おうとも、その事実は覆せない。
唯一例外と言えるのは死刑制度くらいだろう。だがそれとて是非は問われているし、それに厳粛な法の下に執り行われるからよいのであって……。
個人の裁量によって殺害するなら、それはもはや私刑である。断じて許されることではない。正義などもってのほかだ。

……そう、まっとうな良識を備えた人々は言うだろう。
男もそれを理解している、まったくもってその通りであると。
その理屈があらゆる場合において通るならどれほどよいことか、と……だが彼もまた、眼前の人物と同じく歪みを抱えていた。

「救い難い邪悪を斬ることは悪ではない……ああ、そうだな。俺もそれが悪だとは言っていないさ、正義であるとも言わんがな。
 俺とて同じだよ。法の及ばぬ闇に蠢き、善男善女を脅かす悪党ども……誰かがそれに対処せねばならぬというなら、処断者が必要ならばと、こうして剣を振るっている」
 
壊すこと、殺すこと。
そんなことしかできない自分が、それでも他者のためにやれることはこれしかないと。
そうすることが正しいと、同じく信じているから……どこまでもまっすぐ、脇目も振らずにひたすら突き進んでいる。

「だがな──」

だから、認識が違うとするならここから。

「正義も悪も、本質は暴力だ。
 何かを奪おうとする者、それらを撃滅せんとする者……そのどちらもが力をもって事を成そうとするのなら。
 互いがその過程にある障害を排除するというのなら……結局のところ、力づくで己が意のままにしようとしていることに何の変わりもない」
 
ともに排斥するための力なら、そんなものが正しいものであるはずがないのだと。
本当なら忌避されるべきもの。存在しない方がいいものだと、男は考える。

「ゆえに、両者を明確に分ける境界線があるとするならば──」

すいと上がった掌を眼前で固く、固く握りしめた。

「握った拳が己のためであるか、それとも誰かのためであるか。
 正義と悪に違いがあるなら、おそらくそこなのだろう。同じく暴力、何かを壊すことしかできないのだとしても……。
 自分以外の誰かのために拳を握り、我欲によって害そうとする意志に立ち向かえるなら、それはきっと正義と呼んで構わないものだと俺は思う」
 
傷だらけの拳だった。
ずっとずっと、誰かのために戦い続けて、今も弛まず続行している者の、生傷だらけの痛々しい手だった。
けれど己を正義とは断じて認めぬ男は青鋼の瞳に意志の光を灯して正面から見据える。

「だから決してそこを間違えてはならない。
 戦う理由がすり替わった瞬間、お前は正義ではなくなる。
 誰かのためにと叫びながら敵の死を求めて戦場を駆け回る──悪を滅ぼす何者かに、成り果てる。
 それだけは、常に心へ刻んでおけ」
 
まるで、己がそうだと言うかのように……。
未だ歩みだしたばかりの青い正義へ、鋼の男はいつになく饒舌に語っていた。

477【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/12(火) 22:33:07 ID:PzywcX0.
>>476


【傷だらけの拳】
【きっとその一つ一つに、誰かを守ってきた英雄の物語がある】
【自らを覆い隠す黒衣も仮面も脱ぎ去り───一人の青年の姿をさらしたウォン・A・アウクアーロはそう思う】

【けれど。彼という男の本人すら与り知らぬ無私の英雄性は】
【決してそれだけでは、彼の言葉を真実足らしめないとも思う】

【挑戦状の様に突き出された拳】【それを受け止めるように、未だ傷のない若人の掌ががっちりと拳を掴んだ】


 それも、違う────俺はそう思う。


【先程とは違う否定だった】
【それは、彼に刻み付けられた無数の傷への敬意の現れであった】

【圧倒的な経験の差、そこから生じる説得力と迫力の差】
【それをひしひしと感じながら、それでも青年は反論をとどめはしなかった】


 誰かのために暴力を振るうだなんて、綺麗ごともいいところだ。
 それは、〝誰かのためになりたい自分〟のためだろ。


【誰かを守るための暴力なら肯定されるのか、ずっと思い悩んできた】
【そんな自分に道を示したのは】
【返り血に塗れて己を守ったD.O.T.A.の職員であり】【その同僚である一人の悪の敵だった】

【けれど。自分がそうしたいから、そうすると決めたのだ】
【守られる側のためならば────どうして、恐怖に怯えて逃げ出した少女を見て、よかったなどと思えたか】


 正義と悪の違いは、〝正義〟か〝悪〟か、文字通りそれだけだ。
 全員の完全な幸福。一つの瑕もない世界。それを目指すことが正義だと、俺は思う。


【知らず、青年の言葉には熱が籠っていた】
【彼の口にする無私は────どれだけ壊れていたところで、意思を持つ人間が口にしていいものではないと感じられていた】


 俺は間違わない……正義は、たった一つに定まっているんだから。


【青鋼の瞳を見つめ返す紅蓮の瞳】
【そこには、正義を名乗るからこそ己のエゴにどこまでも自覚的な】【そんな異常性が横たわっていた】

478【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/14(木) 21:00:42 ID:CUxOema2
>>477

言葉に呼応するかのように、青い両眼が熱を帯びていく。
まるで鋼が少しずつ熱せられていくような、いや……その奥にあるものの熱量を隠しきれなくなっているように。
鋼鉄の理性に制御された炎が、心の奥底で常に爆轟する激情が、露わとなり始める。

「無論、振るうのは自身の意志だ。誰に願われたのでもなく、俺自身がやりたいからやっているのに違いはない。
 だが俺は、俺の行動が真実、誰かのために成れると確信している。こんな塵屑でも、誰かの笑顔の礎になれているとな。
 奪ってきた命は数多く、壊してきたものは計り知れん。いずれ地獄に堕ちるだろう、しかし必ず、より大きな光を人々に返してみせると誓っているのだ」
 
自身の存在価値はひとえにその功績にのみあるのだと。
光を返すと信じているからここに存在しているのだと言い放つ男は、裏を返せば自分というものに一切の存在価値を認めてはいなかった。

だから先ほどの一幕にも、男は深く怒っていた。
暴漢に襲われていた少女。彼女の命ばかりは助けられたが、心には深い傷を残してしまった。
もっとよいやり方はなかったのか。いいやあったはずだ、しかしそれができなかった自分に腹が立って仕方がない。
赦せないのだ、自分という男の無力さが。無能さが。無思慮さが。助けられてよかったなどと、いったいどうして思えるという。

固く固く握りしめた拳が軋み、震えていた。

「そして、これだけは正しておくぞ──正義の形は決して一つではない」

厳しく眇められる青の眼光。
それだけは見逃すわけにはいかないと、己の正義を唯一と奉じる者を睨みつけた。

「人はみな、各々の理に従って生きている。何かを成さんと動く限り、打ち砕かなければならないものが単一で済むなどありえない。
 断言しよう、お前がお前の正義を信じて進む限り、いずれ〝悪以外〟のものが立ち塞がる瞬間が必ずやってくる。
 そのとき、お前が──」
 
言葉を続けようとした、その瞬間。
真昼の最中、引き裂くような悲鳴が響き渡った。


//三分割します

479【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/14(木) 21:01:09 ID:CUxOema2
>>477

────〝能力〟というものについて。

この世界に数多く存在する能力者、その定義は派閥によって食い違う部分こそあるものの、おおむねのところは共通している。
すなわち常人とは異なるチカラを有していること。例えば火を生み出すという一事に対して、念じて生み出す者もいれば魔法によって生成する者もいる。
極まった戦闘技能によって空気の摩擦を引き起こした結果や、闘気によって……というパターンもあるだろう。
ともあれ要点は火を生み出すということ、そこさえ満たすことができれば、それは能力者足りえるのだ。

中でもここで取り上げるのは、事象に対して一切の論理プロセスを経ないもの──〝純異能力者〟について。先の例でいうなら火を念じて生み出す者がこれにあたる。
魔法なら、生まれが平凡でも学べば習得できる。戦闘技能についても同じ、これらは〝技術〟であるからだ。
技術ということは後天的な獲得が可能ということ。だが純粋な異能は──そのほとんどが先天的に有しているもの。

彼らが炎を生み出せることに理由はなく、水を歩けることに技術はなく、雷を呼べることに意味はなく、風を纏えることに修練はない。
ただ〝そう〟生まれついたから〝そう〟あるだけだ。鳥が空を飛べるのは鳥に生まれたからであって、そこに後天的理由の入り込む余地など存在しない。

だが先ほど、〝ほとんど〟と述べた。
これは純異能力者に、後天的に覚醒するパターンが散見されることによるものだ。
いかなる条件なのか、世界各地の研究機関が血眼になって探しているものの、未だ完全解明には至っていない。
成長につれ自然と異能に目覚めた場合もあれば、自己流の肉体鍛錬を経てなぜかまったく別ベクトルの能力を得た者も。

その中に、こんなパターンがある。

肉体または精神に、強いショックを受けること。
そうして覚醒した能力者は、そのときのショックゆえ暴走状態に陥る場合が非常に多い。

「────きゃあああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

だから、これは、そういうこと。

「エ、エミ、リいぃぃぃ……!」

ここに、一人の能力者が誕生していた。

480【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/14(木) 21:01:36 ID:CUxOema2
>>477

────────────────────────────────────────────────────────

速水エミリ、〝変質の女王蜘蛛〟

純異能力者・異形型。
平凡だった少女が暴漢に嬲られ、それを上回る惨劇を目の当たりにした結果、極めて特異な能力者に覚醒した。

人間の上半身、巨大な蜘蛛の下半身。
体長は三メートル超へ肥大化し、鋭い多足は人体を容易に貫通する膂力を有する。

何より脅威であるのは多足から分泌される毒──とも呼ぶべきもの。
一定量の毒を肉体に注入された生物は二メートルほどの〝兵隊蜘蛛〟へと変貌してしまう。
これらは女王、つまり速水エミリを守護する性質を有し、変質毒の類は持たないものの多足の鋭さと力に関しては同じ。
更には金属質の表皮を有しており、鋭い刃といえど簡単に両断とはいかない防御力を兼ね備えている。
兵隊蜘蛛に変質した者が元に戻ることはない。

彼女は間違いなく暴走しているが、決して危害を加えようとする意思はない。
ただ、脳裏に焼き付いた光景から逃げようとしているだけだ。

────────────────────────────────────────────────────────


──そこへたどり着いたとき、穏やかな昼下がりは様相を一変させていた。
雷雨を叩きつける暗雲はこれから巻き起こる惨劇を予言しているかのようで、それに違わず、そこには目を疑う光景が広がっている。

さきほど命を救った少女がいた。いや正確には、少女〝だった〟ものがいた。
そうだとわかるのは絶え間なく叫び続けるかのように歪んだ顔と上半身が視認できているからであり、それがなければ彼女だと気づけはしなかっただろう。

それは蜘蛛だった。
黒く、雨に濡れてぬらぬらと光る、おぞましい節足動物の半身。
全長三メートルを優に越す体躯は言うまでもなく巨大な力に満ちている。
これが自然覚醒した能力者だというなら、彼女は異形系の頂点に立てる素質を有していたに違いない。
神話から抜け出たかのような、その威容──もはや〝能力者〟という言葉の範疇からも逸脱しかけているものであり。

「────怪物だ」

誰かがこぼしたその言葉こそ、名もなき民衆たちの本音であった。

〝それ〟は二人の警官を……〝自らに触れた男性〟をその脚にて貫き、宙吊りにしている。
その足元にはへたりこむ女学生が。……カーツワイルに、友人の救助を頼んだ勇敢な少女であった。
彼女が見上げるその先で──蜘蛛に貫かれた警官たちの肉体がぎちぎちと、ぎしぎしと音を立てて変貌していく。

数秒の後、そこにいたのはもはや警官ではなく……。
硬質な表皮を黒々と照り輝かせ、人外の力を総身に満たした、鋼色の蜘蛛たちであった。
それらはこの場に駆け付けた剣士たちを視認するや否や飛び掛かる。
カーツワイルは二振りの剣をもって双方の攻撃を受け止め、背後に控えるもう一体の様子を逃さぬよう見据えるが──。

「────!」

その主たる女王蜘蛛、速水エミリはあろうことか逃走を始めた。
自身より遥かに劣る体躯の剣士二人に背を向け、一心不乱に逃げている。
だが……その巨体が脇目も振らず駆け抜けるということは、それだけで大きな被害を生む。

「ひいぃぃぃぃぃ!」

「うわあぁぁぁ、が、ぐげっ……」

まさしく蜘蛛の子を散らすように逃げる人々。女王蜘蛛の進路上から逃げ損ねた一人がその足に踏みつぶされ、あっけなく絶命した。
それだけではない。なぎ倒された街路樹の下敷きになった者、跳ね飛ばされた車の中にいた者……。
彼女が走るだけで、恐怖から逃れようとするだけで、次々と人が死んでいく。

それはもはや、災害であった。

481【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/14(木) 22:36:32 ID:XD66C.4c
>>478-480


 『そのとき、お前が──』
 

【どこまでも純粋に、己を離れた〝絶対的な正義〟を信じる青年が】
【男の言葉を聞き遂げそして説き伏せんと、続く言葉を待っていた時だった】

【絶叫。あるいは、声にならない嘆きであったのかもしれぬ】

【ソレが耳に入ったとき】
【二人の異なる正義は、確かに同じ方向に向けて駆け抜けていたのだ】



 ……なんだよ、これ。



【黒衣は失ったまま────それでもその貌を、再び鏡の面で覆い】
【名もなき〝正義〟の姿に身を窶したはずだった青年は、堪え切れずにそんな言葉を漏らした】

【悲劇。そんな言葉では陳腐が過ぎるほど、どこにも救いのない光景だった】
【理由も分からず人が人でなくなる。造作もなく人が死ぬ】
【これっぽちも悪いことなどしていないのに、彼女は……青年の友達である少女は泣いている】


【経験の差か。二匹の〝人だったモノ〟に襲われてなお、青年はへたり込んでしまった】
【目の前でその攻撃を渾身の膂力を以て受けきる男に情けなく庇われて、動くことすらできなかった】
【その間にも彼女は逃げる。当然のこととして、いくつもいくつも命が消えていく】


( もう、ダメだ。あの娘を、殺すしかない )


【頭の片隅でそう考えている自分がいた】
【悪の敵を名乗る男を前に、"殺さなくて済むなら殺したくない"などと甘いことを思って】
【それでも。いざ目の前で一つの善なる命を取りこぼせば、二度がないようにといくつも命を奪って】

【罪なき者が死なないためならば別の命を奪う。結局はそんな有り触れた結論に着地し】
【遂には〝救われるべき〟命にすら刃を向けようと、腰の長剣に手をかけて────】


 ……くそ、くそ、クソクソクソッッっつ!!!!!
 むりだ、できねぇよ────!


【抜けなかった。立ち上がれなかった】

【彼女の逃走は、あるいは新しい兵隊蜘蛛を生んだかもしれない】
【そうでなくても、多くの命が絶えず奪われ続けているだろう】
【それでも、できなかった】【それは、あまりにも単純なことで】


 友達、なんだぞ。あいつ、なにも悪くないんだぞ……!


【絞り出すように吐き出した言葉】
【〝怪物〟となった友人を前に。同じくへたりこむ勇敢な少女を前に】

【正義を名乗った青年は、男の後ろでそう慟哭することしかできなかった】

482【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/15(金) 06:28:54 ID:Ld8vMUeM
>>481

「───そうだ。ここに悪など存在しない」

悲鳴と怒号、雷鳴と破壊音の支配する中。
決して大きくはない。だがなぜか、その言葉は耳によく届いた。

「彼女は悪でも、まして正義でもない。ただ穏やかな日々を生きていただけだ。破壊と恐怖を振り撒かねばならない理由など何一つなかった。
 だが現実はこうだ。もはや彼女は活動する災厄となってしまった。おそらく、ただそうなる素質を持って生まれたというだけで」
 
そして、そのトリガーを引いたのは他ならぬ自分であると。
言外に告げ、剣の柄を強く握りしめた。立ち昇る己への憤怒が大気を揺らしている。

彼女を正気に戻す手立ては、あるいは存在するのかもしれない。
だがそれを模索し、実行するまでどれだけの人間が死ぬ? こうしている間にも被害は次々と拡大している。
もはや女王蜘蛛は自身の周囲に存在する男性を無差別に標的にとり、逃げながらも自身を守る兵士を増やし続けていた。
彼女自身が攻撃しなくとも増加する兵隊蜘蛛がその牙で、鋭い脚で、脆い肉体を接近するや片っ端から引き裂いているのだ。
その兵隊蜘蛛すら元は罪なき一般市民となれば、いよいよもって救いはどこにもなかった。

「分かるか、これが〝悪以外が立ち塞がる瞬間〟だ。
 お前の掲げる正義が誰かを害する存在を討つのなら、ここで蹲っている時間などない。
 立たねばならん。立って、戦わねばならん。この間にも、罪なき人々の犠牲は増え続けているのだから」
 
つまり、すなわち殺さねばならないと。
無辜の人々を脅かす災厄を──拡大し続ける災禍の中心を──今すぐにでも、除かねばならないと男は告げる。
重い言葉だった。相手を罪なしと判断し、それでも討たねばならない時、慙愧と共にすべてを粉砕してきた者の、壮絶な覚悟が垣間見える言葉だった。

「───だが、俺はその迷いを好ましいものだと思う」

巌のような気配が、しかしふと、和らいだ。

「刃を向けたくない? 友人だから? 何も悪くないから?
 当然だろう、誰が聞いても納得できる。それを甘いと、俺は思わん。
 むしろそれを指さし糾弾して今すぐ殺せとのたまうような輩こそ醜悪だよ、そんな者は日常に居場所をなくした血まみれの殺人者だ。
 もはや陽だまりに生きられんから、自分の棲む暗闇のルールを至上としたいだけの下らん連中の言うことに耳を貸す必要などまったくない」
 
紡ぎだす言葉に導かれるようにして、世界に蒼い燐光が現れ始めた。
まるで暗夜を朧に照らしだすかのような冴え冴えとした光は天に煌めく月を思わせる。
それらが集う先は男が握る二振りの剣。収束する蒼光は片方の剣が放ちだした黄金の光と入り交じり、その輝きを増していく。

「だからその迷いを持ち続けろ。正義とは、正しさとは何かを、常に考え続けていろ。
 単一の答えを妄信するな。俺から言わせれば、それは安易な逃げであり思考停止だ。暗闇の中、たったひとつ見つけた標に縋っているにすぎない。
 世界を見ろ。誰かが抱いた想いを聞け。そして悩み、惑い、躓きながら───それでも最後には未来へ向かって進むからこそ、人はそれを正義と呼ぶのだろう」
 
拮抗していた力の天秤が傾き始める。
それはとうとう限界を迎えた男の剣が押し込まれる形で──ではない。
眼前の光景は、むしろその逆。剣士が蜘蛛を押し返すという、不条理を巻き起こしていた。
加えて更に、光を放つ鋼の剣が堅牢な金属質の表皮に食い込み始めていた。蜘蛛は痛覚を残しているのか、軋るようなうめき声を漏らしている。

そして双剣に集った燐光が一層、強い煌めきを放った瞬間。

「だから───この場は、悪の敵/俺 に任せておけ」

二体の蜘蛛は絶命し、ここに戦端が開かれた。

片や鋭い切り口で、片や圧倒的な衝撃で。
それぞれ的確に急所を潰された兵隊蜘蛛はもはや二度と動かない。それらが勇気ある警官たちだった事実を背負いながら、しかし男は振り向かなかった。
閃光のように駆け抜けるカーツワイルと蜘蛛たちの戦力差は歴然だ。たとえ武器の強化を成したとしても、勝ち目は絶無に近いと言わざるを得ない。
加えて女王蜘蛛は逃走を続けている。それを討たねば戦いは終わらない以上、被害の拡大は免れない。

だが……なぜだか、男が敗北する姿が想像できなかった。
どれだけ戦力差があろうとも、いいや戦力差があればあるほど一層奮起し魂を輝かせ、敵と果敢に立ち向かい、渡り合う。
そう予感させる何かがあった。そしてそれはきっと的中する。放っておいても、鉄血の英雄譚は最後に必ず勝利を掴むだろう。

立ち塞がるものすべてを、粉砕して。

483【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/15(金) 17:24:05 ID:dkcTIkfo
>>482


『───だが、俺はその迷いを好ましいものだと思う』


【眩いほどの────月の光を見た。】

【太陽が照らす昼の世界と対照的に、いつだって夜の闇は残酷で】
【その全てを吞み込んで……それでも輝く、決して堕ちない月光を】

【双剣を以て蜘蛛と相対する背に、ウォン・A・スクアーロは一つの幻を見る】
【天道八雲。彼に行くべき道を示し、再会を誓った────】


 『だから───この場は、悪の敵/俺 に任せておけ』


【〝悪の敵〟】

【奇しくも同じ言葉で自嘲して見せた二人は、けれども、ウォンにとっては間違いなく正義の先達だった】
【フラッシュバック、あるいは走馬灯のように……脳裏をよぎる光景がある】


【彼を前にして宣言した、助けられる限りの者に手を伸ばす正義を】
【男を目の前に吠えてみせた、絶対的な真理としての正義を】
【そんな愚かな自分の姿】


【何の後ろ盾もなくそんな夢物語を掲げた自分を嘲笑するかの様に】
【あまりに大きな男の背中が、逃げる女王蜘蛛を追って遠ざかっていく】



 ふざ、けるな……。



【けれど。青年も、そのまま黙って座り込むばかりではなかった】
【血が出るほど握りしめた拳で地面を叩き付け、立ち上がる】

【置き去りにされた、動けなかった己の弱さが苦しくて】
【 悪の敵/彼 の背を追いかけようと、腰の剣に手をかけた】

【もはや猶予はない】【その意思がどうであれ、彼女はもはや怪物であり災害だ】
【抜きそびれた剣を抜くこと】
【その首を一刻も早く落とすこと】
【彼女を化け物にしてしまった責任として】

【それが正しいと、そう思ったから】
【震える己の両足に満身の力と怒りを込めて、今駆けださんと────】

//つづきます

484【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/15(金) 17:39:24 ID:dkcTIkfo
>>482


【けれど。駆けだそうとしたその足取りは、またしても止められることになった】
【その視界に、地に頭を付けるように未だ這いつくばる、一人の少女の姿を捉えたからだ】


 エミ、リ……えみりぃ……!


【日番谷ユキ。出席番号29番、速水エミリとは入学式で出会った親友だった】
【そうして、当然……ウォン・A・スクアーロにとって、大切な友人の一人だった】

【無能力者、あるいはそうとしか判定できない者たちが集う高校】
【当然彼女も同様で、たまたま被害に巻き込まれなかったとはいえ、あの蜘蛛を相手に抗う術など一つも持ち合わせていない】
【だから現に、怪物となった友人を前に何をすることもできず】


 お願い、誰か────エミリを、助けて……っ!!


【それでも、彼女は親友のために泣いていた】

【置いていけ、心のどこかでそういう自分がいる】
【『俺が剣を執ったのは、救えない悪を殺すためだろうが』】
【遠ざかる〝悪の敵〟を追え。ほら、また一人死んだぞ、また一人死ぬぞ、と】
【一色に染まろうとする思考の中で、一つの言葉がよぎった】


 『 だからその迷いを持ち続けろ。正義とは、正しさとは何かを、常に考え続けていろ。 』


【『そうだ。俺がそれでも、D.O.T.Aに入らなかったのは──────』】


 《 だがな、もし悪党を許せないのなら……その悪党すら、助けたいのなら…… 》
 《 お前は世界で最強で在る必要がある。 》


【優しくも妖しい────そんな月光に染まった思考が、紅蓮の焔で燃え始める】


 《 俺は、"正義の焔"になります。 》


 そうだ。まだ諦めねぇ────────エミリ、お前が死んで終わりになんて、させない!


【鏡の仮面が躊躇いなく放り棄てられる】
【青年は迷わず剣を抜き、未だ泣き続ける少女の下に駆け寄る】


//もーちょい続きます!

485【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/15(金) 17:56:37 ID:dkcTIkfo
>>482


 ユキ!! 立ってくれ、お前の力がいる!!

 「え……ウォン? な、なんでこんなところに」


【一刻の時間も惜しい。行き当たりばったりの無謀な賭けであることを理解して、それでも青年は少女に願った】
【突然のことに動揺するユキの視線を誘導せんと、〝エミリ〟が逃げて行った方角へと剣の切っ先を向ける】


 ……向こうへ行った、このままじゃもっと大勢死ぬ。
 ────そして、エミリも殺される。

 「そ、そんな……あの娘、なにも悪いことなんてしてない!」


【そうだ、何も悪いことなどしていない。彼女も、君も。】
【狼狽して頭を抱え込む彼女の肩を、両手で掴む】

【勇敢なる少女────その命すら勝手に賭けのテーブルに載せる蛮行】
【そう自覚して、それでも言う】


 ……だから、俺たちで助けるんだ。ユキの声なら、きっと届く!


【そんな保証は、どこにもなかった】
【彼女の能力(チカラ)が敵視しているのは、今のところ男性ばかり】
【だからきっと自分の声は届かない】【それは確かだけど、親友の声が届く保証などどこにも】
【けれど。何一つ足搔かず彼女を殺すのは、あまりにも────可哀想だった】

【怯えた様にウォンの目を見て……それでも、僅か数秒のうちに、意を決したように彼女は立ち上がった】


 頼む────! 道を開いてくれ、必ず、止めてみせる!!



【青年と少女は、男の背を追うような形で女王蜘蛛を追って走り始めた】
【襲い来る蜘蛛を能力で撃退するには、あまりにも条件が不利だった】
【精々が剣で応戦するのが関の山。それでも足取りを緩めることはせず、青年は力の限りそう叫ぶ】

【立ち塞がる全てを滅ぼすが如き鬼神】

【……それでも、その内側に確かに存在する、穏やかなる善性の存在を信じて、縋るように】

//長くなりました以上です!!!

486【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/15(金) 22:47:54 ID:Ld8vMUeM
>>483-485

暗雲の齎す闇を切り裂き、光が奔る。
駆ける脚に淀みはなく、振るう刃に躊躇いはなく、その姿に迷いはなかった。
対峙するモノが単なる怪物ならざることを、今より滅ぼすモノが哀れな被害者であることを、確と理解しながら一切揺るがない。

立ち塞がる蜘蛛は散歩をしていた男性だった。──斬り捨てた。
多足を振り上げる異形は学校帰りの小学生だった。──斬り捨てた。
牙と顎を鳴らして唸る魍魎は我が子をかばった母親だった。──斬り捨てた。

斬り捨てた。斬り捨てた。斬り捨てて、斬り捨てて、斬って斬って斬って斬って──薙ぎ倒し、討ち滅ぼし、前へ前へと、只管に。
彼らの生前の姿は目に焼き付いている。彼女らの苦しむ姿をはっきりと覚えている。
既に犠牲は数多と出ていた。もはや大団円などあり得ない。あまりに多くの血が、涙が、流れてしまっていた。

憶えている。憶えている。そうだとも、決して忘れられるものか!
ならばこそ、自分にできることとは背負うことに他ならない。この犠牲を、無数の悲嘆を、ひとつ残らずこの背に負って力に換える。
そうすることで必ず事を成すと誓うのだ。勝利をこの手に──掴み取った光を、人々に捧げるのだ。

「待っているがいい、罪なき哀れな女王蜘蛛。
 その悲哀、その絶望、一刻も速く終わらせることでせめてもの手向けとしよう」
 
たとえその勝利が、悪ならざる一人の命を奪うことで齎されるものだとしても──。
メルヴィン・カーツワイルは迷わない。ひとたび決めたのなら征くだけだと、鋼の英雄は進路上のすべてを轢殺しながら最短距離を直進する。

剣を握る手と脚に更なる力を篭めんとした。その刹那──。

「──────」

雷雨の中、それでも耳朶に届いた声。
言葉の内容が意図するところは、甚だおかしな、到底実現不可能に思える、何の保証もない夢物語に近いことだった。
カーツワイルが実行しようとしている解決策に比べてさえ、輪をかけて確立の低いもの。

余人なら失笑を隠さないだろう。何を馬鹿な、事ここに至ってそんなものは無意味だ、無用な危険を増やすだけであると。
それはそうだろう。説得という、どう見ても言葉など届かない相手に対して愚策以下のことを行おうとしているのだ。
英雄が実行しようとしている解決策/殺害 のほうがよほど確実で、手っ取り早く、無為な犠牲を生まない最善策なのだから。

カーツワイルは、笑わなかった。

「───いいだろう、やってみせろ」

なぜなら男は善なる光を尊ぶもの。
友を想う心、死なせたくないと叫ぶ声、力なきまま災厄に立ち向かうその魂。
そんなものが奮起したなら、それを無碍にするはずがなかったのだ。彼と彼女が笑顔の花を咲かせようとするのを、信じて見守るくらいの偽善はしよう。

……無論、そのうえで、失敗に終わったのなら。
そのときはやはりと覚悟を一層、固めながら……。

──女王蜘蛛へと突き進むルートから一転、二人に立ち塞がる兵隊蜘蛛を掃討する動きに切り替える。
それは彼の求めに答えたということを何より雄弁に語っていた。
強すぎる踏み込みが自身の脚部にもダメージを与えながら、しかし代わりに巨大な蜘蛛を一刀のもとに次々と残滅していく。

だが女王蜘蛛……速水エミリに追いつくのは容易ではない。
単純に多足による移動速度が高いのもある。加えて素直に通りを走っているだけではないのだ。
建造物の壁面を這い上がって屋上へ。更にはもっと高い建物へ。蜘蛛に特有の糸すら吐き出し利用して、三次元的な逃走を続けている。
無論、隙あらば今も兵隊蜘蛛は生み出されており……この悪天候では、声を届けることすら簡単ではなかろう。

487【斑尾雷鰻】:2022/07/15(金) 23:10:38 ID:matyx4DY
>>466

「――あ゛?」


お姉さんのしっぽは食べても良いしっぽ――。
無心をするにしても、飲食物ならまだ理解はできるが。
彼女の尻尾を食べようと言うのか――口角を吊り上げ、犬歯が顔を覗かせる。


「お前、何言ってんだァ……?
オレの尻尾食わせてやったらオメーの身体の一部をもらえるとか、意味わかんねェよ……」


報酬として貴女の身体の一部をもらえる、その言葉に彼女はさらに混乱したようで。
身体の一部をどのようにして渡すのか、そもそもなぜ尻尾を食べようとするのか。
脳内で混乱の波はどんどんと広がっていき、目先も吊り下がって困惑の表情を浮かべる。

// すみません!!お返し大変遅くなりました!!

488【獣皇無尽】腹ペコ究極生命体@wiki:2022/07/16(土) 00:08:36 ID:qQUPSw3g
>>487

────意味わかんねェよ……。

其れの問いかけに混乱、困惑する様子を見せる鰻尾の少女に。

「??」

はて、と小首を傾げて考えたのち。

「だってニンゲンって何故だか知らないけれど。
 金とか銀とか真珠とか珊瑚だとか。
 そういうものが好きなんでしょ? サイス的には気持ち悪いけれど。」

両の腕から試しとばかりに。
鱗や棘を生やすかの様に煌めく宝物の欠片を散りばめて見せる。

サイスという生き物にとって。
あらゆる生物の部位、あらゆる鉱物、それらの混合物。
全てが全て己が身体の一部であるという認識であり。
金や象牙など価値の高いそれらを求める人々というのは。
自分の切った爪や髪の毛等を高価で買い取ろうとする者と同等に映っている。

だがその嫌悪感を軽々と上回る程に、食事というものへ対する執着は凄まじく。
それの為であれば、時に己が身体の切り売りも厭わない。
尤も其処にもサイスならではの価値観による線引きは存在するが。

詰まる所、これは今あなたにこう言っている。

『尻尾の一部を食べさせてくれるのならば、
 金銀財宝、あなたの望むそれを対価と渡そう』と。

489【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/16(土) 09:40:04 ID:mYXGeZAA
>>486


 ッ────ありがとう、ありがとう!


【道が拓かれる】
【地獄の底に垂らされたという救いの糸。それよりも遥かに細く狭く】

【それでも鋼の英雄が切り拓いた隙間を駆け抜けていく】


【〝十五の制約〟は変貌させられただけの人間たちを前に解除されえず】
【必然、その武器は剣とその身体一つ】

【鋼の英雄が取りこぼした兵隊蜘蛛から日番谷ユキを庇うたび、その身体に傷が刻まれていく】
【どんな傷を負っても立ち上がる……そんな英雄譚に叶う異能を、ウォン・A・スクアーロは持ち合わせていない】

【それでも、護る。それでも、走る】
【怪物に変貌した友達を】【己が傷つけた少女を、取り戻すために】
【だが……】


 「ウォン、このままじゃ、追いつかない……!」

 くそっ、陸上部にしたって足が速すぎンだろ……!


【雷雨に晒されながらも懸命にウォンを追走するユキが、半ば悲鳴のように叫ぶ】
【幾度となく親友を呼んだ声も、逃げ惑う人々の狂騒にかき消される】

【所詮こちらは地面を走るしか能がないのに対し、相手は平面ではなく空間を移動する】
【その距離は少しずつ広がり、もはや縮める術はなく。或いは、鋼の英雄が〝決断〟を下すに十分なほどの無為な時間が過ぎ去ろうとして────】




 ……直接助けるのは、私の流儀に反するんだが。
 まぁ、今回限りだ。〝正義〟の結束が求められる状況だからな。



【どこかで、そう呟く男の姿があった】

/続きます

490【輝煌炎焔】【贋物騙リ】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/16(土) 09:53:45 ID:mYXGeZAA
>>486


【ウォン・A・スクアーロと日番谷ユキは、彼を見なかった】

【けれど。あるいはメルヴィン・カーツワイルは見るかもしれない】
【女王蜘蛛が目指す先。一際高い建物の屋上に立ち、数多の蜘蛛を睥睨する和装の男の姿を】

【阿鼻叫喚、酸鼻を極める光景を前にして、その男はある種超然とした様子で】
【懐から取り出したノートに万年筆で何やらメモをしていく】


《 惑う女王蜘蛛に、誤算があったとすれば。 》

《 彼女がその糸で飛び移った建物が……随分と古びたものを見てくれだけ整えて 》
《 自分のような化物の抱擁を、意図せず作られたと気づかなかったことだろうか。 》

《 もっとも。つい数十分前までは、ただのうら若き乙女だったのだ。無理もあるまい。 》


【突如。轟音が響く】
【それは、兵隊蜘蛛が大きな工事用車両を横転させた音でも】
【恐怖に狂った人々の絶叫でもなく】

【女王蜘蛛が這いあがっていた、天を指すように伸びていた建造物】
【それが突然に、中ほどから崩落した】

【中にいた人々は当然無事では済まないが……それは、突然のことに驚いた蜘蛛も同じことだった】
【重力という当たり前の法則に従い、その巨体が墜落する】


 ────展開の都合はこっちがつけてやる。
 ハッピーエンドは、君らで掴め。



【崩落する建物に、なぜか男の姿はもうなかった】



 エミリっ、エミリぃい!!


【日番谷ユキは、瓦礫をかき分けて走る】
【ウォン・A・スクアーロも剣を収め、これが最後のチャンスだと走る】
【勇敢なる少女が先行する形で、二人は女王蜘蛛が落ちた先へと────】

//以上です!

491【斑尾雷鰻】:2022/07/16(土) 21:59:25 ID:zlEVSTxs
>>488

「まあ、好きなやつは大勢いるだろうなァ……!?」


売ればお金になるのだから――ヒトでそれらを嫌う者はいないであろう。
いるにしても相当な世捨て人か、それとも。

思索に持って行かれていた脳のリソースが戻された、その刹那。
貴女の両腕から、煌めく欠片が頭を覗かせるのを見て、彼女はアンバーの瞳をまんまるにする。
驚愕に包まれた瞳は、そのうち興味ありげな、好奇心を帯びた目つきに変わっていき。


というのも、彼女には身寄りがない。
身寄りがないということは、食糧やお金も自らで集めなければならず――。
リスクを負って人を強請るか、もしくは盗みを働くか。

そんな状況の彼女にとって、貴女がみせた其れには興味を向けずにはいられなかった。
貴女に食されることを嫌悪するように縮こまっていた尻尾は、皮算用をする彼女の気楽さに影響されてか、小気味良くぶんぶんと空中で振られており。


「――あァ、なるほどねェ……」


なるほど、貴女は彼女の尻尾の見返りとして、見せつけてきた"煌めき"を与えてくれるということなのだろう。
しかしながら、尻尾の修復には時間が掛かる上、何か起きたことのことを考えれば長く保っておきたい。
そんなジレンマを抱え、顔にはわずかな苦悶が浮かんでいて。

492【獣皇無尽】腹ペコ究極生命体@wiki:2022/07/16(土) 22:27:35 ID:Xi2qCRrw
>>491
向こうも此方が示す"対価"には興味がある様で。
それでも矢張り己の一部を食われるのには躊躇があるのだろう。
逡巡の様相が傍目にもよく見て取れた。

「その大きさのお肉は滅多に食べられないから。惜しいけれど。
 食べちゃダメなしっぽだって言うのなら。
 何か別の食べ物。ちゃんと栄養があるなら飲み物でもいいよ?」

故にもう一押しの交渉を進めてみる。

「しっぽをくれるならサイスも腕の一本くらいはあげるつもりだったけど。
 そうじゃ無いなら鱗とか牙とか2、3個くらいでも良いかな?」

譲歩。叶うならその尻尾を食べられるに越した事は無いが。
それを厭うなら別の食料でも多少の対価を渡そう、と。

幸か不幸か貴方の手元には、
ハードボイルドガールが残した中身入りの財布があるはずだ。
飢餓の化身にして万能素材の宝殿。
小さき獣の皇はそんな風にあなたへと囁きかける。

493【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/16(土) 22:39:18 ID:al.q1cIU
>>489-490

分かってはいたことだが……逃げる巨大な蜘蛛に追いつく術がない。
そもそも歩幅が違ううえ、地形を半ば無視した動きをされれば移動系能力者でもなければ補足できるはずがなかった。
〝縮地〟を用いた己の最高速度でも、あのように高層ビルに取りつかれればどうにもならないのだ。

そうしている間にも犠牲は増えていく。
今や時間は刻一刻と流れ出ていく血に等しい。一秒また一秒と、被害は増えていく一方だ。

止める手段は──ある。

己に──というより己が有する、とあるアイテムが蔵した異能。
それを用いればあれなる女王蜘蛛がどこにいようと、視界に入ってさえいれば攻撃を加えることができる。
極論、ここから仕留めることさえ……それを妨害する兵隊蜘蛛は掃討しつつある。
命を奪わないまでも、建造物に取りつくその脚の一本を斬り飛ばして地に叩き落すといったことさえ、十分に可能。

だが……蜘蛛の下半身を部位欠損させた場合、あの少女の肉体に影響が出ないという保証がどこにもなかった。
もしあの蜘蛛の脚の一本がそのまま、人間としての脚に置き換わっていたとしたら。そして運悪く、それを斬ってしまったなら。
仮に彼女を助けることができたとしても、その後の人生に大きな影響を与えることに間違いはなく……。

(だが、もはや賭けるしかあるまい)

それでも、もはやほかに方法はなかった。
兵隊蜘蛛を斬り捨てた双剣。そのうち一方、鋼の刃が纏う蒼光が揺らめいた。
次いでぼろぼろの木剣のそれも同じく。すなわち今こそ、それなる力が開帳されようとして──。

「──────!」

刹那、カーツワイルは見た。
女王蜘蛛が上る建物……その屋上にて、災禍を見下ろす和装姿を。

「あれは、いったい──」

遠目には判断つきにくく、断言はできないがおそらく男性。
彼は懐から……何か、を取り出し、それを手元で動かした。
その瞬間──女王蜘蛛が登っていた建物が、まるで砂細工の城であるかのように中ほどから崩落を開始する。

馬鹿な──いったい何が。
確かに巨体ではあるだろう、しかしたかだか三メートルほどの生物に取りつかれた程度で、あの規模の建造物が崩れるはずが。
いや……建築からずいぶんと経ち、内部がぼろぼろになったビルなら、ひょっとするとそんなこともあるかもしれない。

だが見た限りあの建物はそれほど古くはなく、ゆえに彼女とて逃亡先に選んだのだろう。
ならばどういうことだ? まさか外装だけを整えてはいるが、実は中身は限界寸前まで劣化していたとでも?
あり得ない話ではない、あり得ない話ではないが……この土壇場で、周囲にいくつも建物がある中で、選んだものがそうであったなど。
これが単なる偶然だったと考えるにはあまりに〝都合がよすぎ〟ていて……ならばやはり、あの和装の男が何かをやったと考えるのが自然であり。
それを裏付けるように、崩壊する建物へ注意を奪われた一瞬の間に彼は姿を消していた。

彼がいったい何をやったのか、その正体は何であるか。
気にならないわけはない、しかし今、これ以上それについて思考を巡らせている時間はなく。

「悪く思うな、とは言わんよ。恨んでくれ、お前たちにはその権利がある。
 だがそれでも彼女たちの邪魔をさせるわけにはいかん。征くぞ──その慟哭、終わらせるのが俺の役目だ」
 
彼と彼女が、誰かを救うことができるなら。
自分にできるのはやはり、何かを滅ぼすことだけだから。
ゆえに、殺すと──剣を握る手を些かも緩めることなく、主の元へと向かおうとする兵隊蜘蛛たちを殲滅しにかかった。


女王蜘蛛は──速水エミリは奇跡的に、崩落の瓦礫の下敷きにはなっていなかった。
蜘蛛はどれだけの高所から落ちても死なない。ゆえに落下のダメージ自体はなかったが、瓦礫の激突の衝撃ゆえだろうか。
それとも登っていた建造物が突如として崩壊したことの精神的ショックが原因なのか……彼女はその場へ蹲るように動きを止めていた。
外見に大きな損傷は見受けられない。つまり何かの拍子に襲い掛かってきても何もおかしくない、ということだが……。

494【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/16(土) 23:20:55 ID:MFuFBmTg
>>493


【〝友達〟が倒れていた】
【だから、当然のこととして助けようと思った】
【なんせ無二の親友だ。人を傷つけたって、それだけで嫌いになれはしない】

【けれど────そんな私の腕を掴んで、止める人がいた】


 「ウォン、」


【ウォン・A・スクアーロは、既に満身創痍だった】
【左手に持った長刀を杖の様に地面に突き立て、荒い息を上げながら】
【それでもその目は、まっすぐに日番谷ユキを────女王蜘蛛の下へと向かおうとする友人を見ている】

 ……焚きつけた俺が言うのはおかしいって分かってる。
 けど、助けられる確証はない。

【身を焦がすほどの罪悪感に駆られた言葉が、躊躇いを振り払って絞り出される】
【そうだ。いかに親友とは言え、その説得を聞き入れる可能性な、もはや無に等しかった】
【仮に彼女に言葉が届くだけの意識があったとすれば……優しい速水エミリはなおのこと、己を許せないだろう】

 俺が近づいちまったら、エミリは間違いなく恐怖に囚われる。
 ユキ……一人で行って、お前に何かあったら、

【そんな危険な状況で、それでも、僅かな可能性に賭けるなら】
【すでに一人友達を喪った彼女を、庇うことすらできずに送り出すしかない】
【まだ、ウォン・A・スクアーロは迷っていた】

【そうして、彼女が諦めると言えば、その責務として嘗ての友を手にかける覚悟を────】


 「ウォン」


【けれど。日番谷ユキは迷わなかった】
【情けなく、今にも泣きそうな顔をしながら、涙をこらえる友達の瞳を真っすぐに見返す】

 「分かってる。────けど、それでも助けてあげたいの。
  だって、友達だから」

【そこにあったのは、無力で、けれども確かな善性だった】
【優しく、己を引き留める手を解いて】
【少女は今一度、友達の方へと歩き始める】


 「エミリ。エミリ……分かる? 私だよ、ユキだよ」


【地に伏せた女王蜘蛛がその脚の一つを振るえば造作もなく体が吹き飛ぶ】
【そんな距離まで無遠慮に近づきながら、親友の名を呼ぶ】

【その姿を、ウォン・A・スクアーロはもはや見ていることしかできない】

495【流星加速】加速能力を持つ男 ◆/DJQPS2ijA:2022/07/17(日) 10:13:39 ID:rz1kjXTI

 夏のうだるような熱気がアスファルトを溶かす正午の事であった。
 蝉の声に溺れそうな程に人気のない小さな公園の一角に、幾人かの人々の姿があった。
 いったいどのような経緯があったのか、一人の若い男が顔に打撲痕や擦り傷を作り汗を流している。
 男の名は八栞千秋(やしおり ちあき)──街で暮らす一般市民である。
 そんな彼を一人の巨漢が後ろから羽交い締めしており、彼の前方では如何にも腕っぷしに自信がありそうなスキンヘッドの男性が指を鳴らしていた。
 彼らの足下には6人の破落戸(ゴロツキ)と思わしき男達が倒れ伏しており、その様を見守るように学生と思わしき少年が立ち尽くしている。
 少年の顔は打撲によるものか腫れ上がっており、かけている眼鏡はフレームが歪んで傾いてしまっていた。
 一見すれば、少年を助けるべく戦った千秋が、幾人かは倒したもののついに捕まってしまった、という光景に見えるだろう。
 その予想と違うのは、千秋本人の態度だけであった。

「……ハハッ、俺一人に随分と苦戦したじゃねぇかモブキャラ共!」

 傷を抱え、疲弊し、それでもなお嘲笑うかのように笑みを浮かべる千秋。
 彼の声は決して義憤に燃えた者のそれではなく、どちらかと言えば悪人の……他者を傷付けようとする者の悪意に満ちていた。
 そんな彼は未だ諦めた様子はなく藻掻いているが、巨漢の膂力を前に抜け出せそうにないのが現実だった。
 この街にしては大人しい騒動と言えるだろう。そんな小競り合いに介入しよう等という人がいるだろうか。


// 置き進行で絡み待ち
// 月曜(07/18)の21:00くらいまで募集しとります

496【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/17(日) 19:36:23 ID:cCSESLak
>>494

呼びかけを受けて、巨体が身じろぎする。
俯いていた巨大なる蜘蛛たちの女王が……速水エミリが、顔を上げる。
上半身は人間の形を保っているものの……唯一その目が、以前とは違い真っ赤に染まっていた。
まるで柘榴石のような瞳は宝玉を思わせる美しさを有しているが、ゆえに人間のそれとは決定的に構造が異なっている。

その双眼が、日番谷ユキの姿を映した。

「───ア」

……漏れ出たのは呆けたような意味を成さない音。

「ア、アアア……ユ、キ」

音は確かな言葉に変わり、そして瞬きの間に、絶望へ染まっていった。

──瓦礫の衝撃か、または親友の姿を目にしたからか、あるいはその両方か。
定かではないものの、しかし確かに速水エミリは正気を取り戻していた。

そう……取り戻してしまったのだ。

「ワタシ、ワタシ、アアドウシヨウ、何人モ、アア、アアァァ……」

彼女は、すべて、覚えていた。
暴走する意識のまま、何人も何人も……殺してしまったことを。自身に従う異形に変質させてしまったことを。
自分が怪物になってしまったことより、何よりもそれを悔いている。危惧した通り、彼女は自分を許せなかった。

「モウ戻ラナイ、モウ戻セナイヨ、ワタシ、ナンテ、取リ返シノツカナイコト」

いっそ狂気のままでいられたほうが楽だっただろう。
暴走したまま、ただの怪物として、討ち果たしてしまった方が……本人にとっては、幸せだったに違いない。
己が作り出した酸鼻極まる現実から逃げられたままでいられたのだから。夢見るままに、終わることができたのだから。

「ワタシ、生キテチャ駄目ダ──モウ、死ンダ方ガ」

その嘆きは深く。
血の涙を流して絶望に沈む彼女の心を、誰が救い上げられるというのだろう。
もし、できる者がいるとしたら──それはやはり、一人しかいない。

497【斑尾雷鰻】:2022/07/18(月) 20:07:23 ID:drims7jU
>>492

「――別の食べ物かァ……?」


彼女は尻尾を食べられたくない、とはいえ貴女の持つ宝物には興味がある。
そこで提示された代替案というのは、別の食べ物を彼女に提供すること。
とはいえ、彼女は今食べ物を持っていないし、どうしようかと思慮する。


「尻尾は食べられたくねェしな……。」


あくまで尻尾を食べられることは拒絶する。
齧られた経験は今までにないが、少なくとも痛みがあるのは確かだろうし。
――おまけに、貴女に一度食べられると、全部食べられそうな気もして。

仕方なしに大体の食べ物を手に入れる方策を考えていたところ――。
あった、一つだけ。彼女の右肩にかけられたトレンチコート、そのポケットの中。
彼女はトレンチコートのポケットに乱雑に手を突っ込むと、財布を取り出して中身を見る。
――まあ、そんなに多くは入ってないが、食べ物の一つくらいは買えるだろう。


「いいぜ、食べ物買ってきてやる」


そこで待ってろ、と一言残せば、表路地へとあ

498【斑尾雷鰻】:2022/07/18(月) 20:07:43 ID:I42gwXgc
>>492

「――別の食べ物かァ……?」


彼女は尻尾を食べられたくない、とはいえ貴女の持つ宝物には興味がある。
そこで提示された代替案というのは、別の食べ物を彼女に提供すること。
とはいえ、彼女は今食べ物を持っていないし、どうしようかと思慮する。


「尻尾は食べられたくねェしな……。」


あくまで尻尾を食べられることは拒絶する。
齧られた経験は今までにないが、少なくとも痛みがあるのは確かだろうし。
――おまけに、貴女に一度食べられると、全部食べられそうな気もして。

仕方なしに大体の食べ物を手に入れる方策を考えていたところ――。
あった、一つだけ。彼女の右肩にかけられたトレンチコート、そのポケットの中。
彼女はトレンチコートのポケットに乱雑に手を突っ込むと、財布を取り出して中身を見る。
――まあ、そんなに多くは入ってないが、食べ物の一つくらいは買えるだろう。


「いいぜ、食べ物買ってきてやる」


そこで待ってろ、と一言残せば、表路地へとあ

499【獣皇無尽】腹ペコ究極生命体@wiki:2022/07/18(月) 21:22:04 ID:Oi7Wsuso
>>498

────いいぜ、食べ物買ってきてやる。

「ありがとう。
 じゃあ、ここで待ってるね。」

幽鬼の様にふらり、路地の端にもたれかかるように。
襤褸に身をくるめ蹲りながら貴方の帰りを待つ事だろう。

何を買ってくるにしても。
兎に角急ぐに越した事は無いだろう。
この街の日陰の治安は皆がご存知の通り。
そうでなくとも。
待ち焦がれる此れには空腹という、
時間に連れて絶対的に減り続ける機嫌の指標が存在し。

最悪の場合は其方が懸念していた事態を起こそうとするまでに、
凶暴性が悪化する可能性すらある。

まあ、その場合。
犠牲になるのは此れの容姿に憐れにも"釣られた"、
捕食者気取りの間抜けなのだろうけれど。

500【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/19(火) 09:49:33 ID:yn0GrCq6
>>496


『ワタシ、生キテチャ駄目ダ──モウ、死ンダ方ガ』


【悔恨】

【凌辱された自身の尊厳への執着、望まぬ悲劇の主役にされた憤怒】
【そのどちらでもなく、奪ってしまった命のために……速水エミリは泣いていた】

【今にも倒れそうになりながら、青年は違うと叫びたかった】
【彼女に罪はない】
【罪があるとすれば、それは悪漢共にであり────男にであり、己にだった】
【けれど、飛び出して懺悔することはできない】【それは、ここまで道を繋いだすべての人間を侮辱する行為だから】

【黙して速水エミリと日番谷ユキを見守ること。それが青年に許された全てだった】


「……馬鹿だなぁ。エミリ、本当にバカ」


【親友の嘆きを受けて、日番谷ユキはさらに踏み込んだ】
【そうして、あろうことか────地に伏せた巨体に申し訳程度に人間の残渣として残る】
【親友の身体を抱きしめてみせる】
【どんな制止の声にも、彼女はその行動を止めないだろう】


「死ぬことで償えることなんて何もないよ。
 生きてなきゃ、苦しいも辛いもないでしょ。もしエミリが悪いと思ってるなら、生きてないとダメ」


【親友の頭を撫でる】
【自慢だった彼女の長い黒髪がボロボロにされていることが、本当に腹立たしくて】
【けれど、その怒りは心の奥底に鎮めて。親が子を宥めるかのように、そうする】

【その言葉は────正義の名のもとに初めて他者を手にかけた、ウォン・A・スクアーロに重くのしかかり】
【あるいは。未だ戦い続けているであろう男の耳にも届くかもしれない】


「それに……生きてないと、楽しいことも嬉しいこともないよ。
 私たち、まだ若いんだから」


【失われたものは確かに、あまりにも多かった。そして戻らないものばかりだった】
【けれど、それは決して……ここからも失われるばかりの人生だと、そんな悲劇を示唆しているわけではない】
【命の重みが軽い世界で】【けれども二人の少女には、確かに未来があるのだ】


「けどね、エミリ」


【ふと。親友を抱きしめていた腕の力が緩み】
【日番谷ユキは、速水エミリを鼻が触れ合うほどの距離で真っすぐに見た】




「どうしても、生きているのが辛いなら────いいよ。私が、一緒に死んであげるから」



【悔恨】

【それは、メルヴィン・カーツワイルやウォン・A・スクアーロ】【速水エミリの内だけにあるものではなく】
【自らは助かってしまった少女……一種のサバイバーズギルトに襲われた彼女の中にも、必然として生じうるものだった】

【泣き出しそうな顔を無理やりに歪めて作った笑顔の裏で】
【速水エミリの、もはや人のソレではなくなった瞳を────綺麗だと、日番谷ユキは思う】

501【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/19(火) 20:56:08 ID:DiaUH9e2
>>500

蜘蛛は少女の内に、自身と同種の感情を見た。
悔恨、失意、絶望……生き残ってしまったことへの後ろめたさが、そこにはある。
エミリの表情が悲痛に歪み……やがて泣き笑いのようなそれを浮かべた。

「……ナンデ、ソウナルノ。ゆきガ死ナナキャイケナイ理由ナンテ、ナイジャナイ」

悲痛の理由は親友が死を口にしたから。
泣き笑いの理由は、親友がこういう性格だったと改めて思い知らされたから。

「本当、アナタ……馬鹿ハドッチヨ。人ノコト言エタ口ジャアナイジャナイ、ワタシヨリ成績ヨクナイクセニ」

出会ったときからそうだった。
勇敢というより向こう見ずで、他人の痛みに敏感で……。
傷ついたひとに寄り添う美徳を持っているけれど、寄り添いすぎて自分まで傷を負ってしまうような……バカ。

自分だって嫌な思いをするかもしれないのにいろんなところに首を突っ込んで、だから放っておけなくて。
……そうするうちに、いつのまにか親友になっていたのだ。

「コレ以上、誰ニモ迷惑カケナイヨウニッテ、ソウ思ッタノニ……。
 ソンナコト言ワレタンジャ、死ニタイナンテ言エナイジャナイ。ドウシテクレルノヨ、モウ」

自分が死ねば、この娘は深く傷を負ってしまう。
それだけじゃ、済まないかもしれない。もしかしたら、ひょっとすると、後を追って……。
これが自惚れならどれだけよかっただろう。けれどこれはきっと事実だ。それだけの絆を紡いできた。紡いできて、しまった。

けれど……それを後悔は、できなかった。
馬鹿で、向こう見ずで、他人の心に寄り添える彼女と過ごした日々はとても、とても楽しかったんだ。
楽しかったんだよ、ユキ。

「───ごめんね。ありがとう」

もう大丈夫、なんて言えないけれど。
犯した罪はとても重くて、この先を想うのはすごくつらいけど。
あなたを死なせたくはないから──だからもうすこし、頑張ってみるよ。



雷雨はいつのまにか止んでいた。
街に響いていた悲鳴と破壊音も、また。嵐が過ぎ去った後、そこには静けさだけがあった。
一陣の清涼な風が吹く。風は立ち込めた暗雲を押しやり、再び蒼穹を覗かせる。
雲間から陽の光が悲劇の終わりを告げるように差し込んだ。それを見た人々は、もはや混沌は去ったのだと確信したのだ。

──柔らかな日差しに、二人の少女が照らしだされていた。
見るも恐ろしげな女王蜘蛛の姿は、そこにはない。暴走し、我を忘れた彼女は今、確かに人の形を取り戻していた。
抱き合い、わんわんと泣く彼女たちに、しかし悲哀や嘆きの色はない。
そこにはただ、お互いの生に対する喜びがあった。ありがとう、ありがとう、生きていてくれて──と。

それを見つめているだろうウォンの肩へそっと、だが力強く置かれた手。
喜び合う少女たちをカーツワイルもまた彼と並び、眺めていた。やがて青年の赫眼を見据え、確かな意志を込めて頷いた。

「───胸を張れ。お前が護った命たちだ」

失われたものはあまりに大きく、大団円とは言い難い。
これからの人生に、今日の出来事がきっかけで暗い影が差し込むこともあるだろう。

けれど……それでも彼女たちは生きている。
だったらこの先、彼女たちの人生が暗いものだという保証もまた、どこにもありはしないのだ。
心に負った悲しみのぶん、大きな幸福を得られる。その可能性は、その生が続く限り存在し続ける。

その未来を護ったのは、ほかの誰でもないおまえなのだと。
壊すことしかできない悪の敵、揺るぎない光を宿すその目が、雄弁に告げているのだった。

502【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/20(水) 17:11:19 ID:njS3uOIY
>>501


 『───胸を張れ。お前が護った命たちだ』

 ……あぁ。けれどそいつはお互い様だよ。
 他人のために拳を振るっておいて、〝悪の敵〟なんて────楽な言葉に逃げるな。
 あの子たちが助かったのは確かにあなたのおかげだ、感謝している。でも、そこは譲れない。


【並び立つ鋼の英雄と比して、その背丈は未だ小さく。あるいは、もう止まったかもしれないもので】
【彼の碧眼を見上げながら────傷だらけになり己の正義を貫いた青年は、大いなる恩人に対して無遠慮に詰め寄った】
【けれどその視線は決して敵意に満ちたものではなく、むしろ敬意で溢れるものだった】


 自分たちがどう思おうと、どこかで俺たちは〝正義〟だと見なされる。
 その期待に対する責任くらい、あんたも薄々感じてるんじゃないのか。


【悪の敵。そう自称した者に、憧憬と反発とを抱いた】

【それは、他ならぬ青年自身がそうした存在に助けられたからだった】
【その中に正義を見た。それを否定された時の助けられた側の気持ちが、青年には嫌というほど分かる】
【間違いと理不尽ばかりの世の中で、仮初であっても見出した一縷の光には────せめて輝いていてほしい、と】


 今日だってそうだ。取り返しのつかないものをいくつも取りこぼして……、それでも。
 誰かが俺たちの背中に英雄を見るなら、それを裏切っちゃいけないんだ。


【己の正しからざること。世界の正しからざること】
【雷雨の如く訪れた悲劇に、芽吹いたばかりの理想を粉砕されながらも】
【それでも青年は────目指すべき理想としての正義を、誰かの夢を背負う者であることを、諦めようとはしない】

【挑戦するかのように男に向けられていた眼差しが、そこでふと、躊躇うかのように一瞬外された】

 ……俺は間違わないと言ったけど、

【そこまで続けてきた強い語気の口調とは打って変わって、迷いと羞恥を多分に含んだ口ぶり】
【さらに。妙に表情まで険しくなっていき────】


 …………あれは間違いだった。すまない。


【かなり長い沈黙を経て、ようやく絞り出されたのは】
【小さな小さな謝罪の言葉だった】

503【屍霊編制】:2022/07/20(水) 19:10:57 ID:SdicdwSE
アナタは"思い込み"や"勘違い"をしたことがありますか?

えぇ、きっとあることでしょう。
アナタが全知全能の神か、はたまた勘違いや思い込みをしたことに気付けない愚者でもない限りは──きっと。


「──ふぁぁ〜〜〜……」

ところで、アナタは"ルミンフ家"というのをご存知でしょうか?

もしアナタが生きる世界、そこが"表社会"であれば、きっとご存知ないでしょう。
が、アナタの生きる世界、そこが"裏社会"であるなら、その名はよく耳にしたことがあるはずです。

なぜなら、ルミンフ家というのは──

莫大な依頼金と引き換えに、どんな者でも殺害する。
裏社会でも屈指の実力と名声を誇る"暗殺一家"なのですから。


「今日は13時間しか寝れなかったのでぇ……非常に寝不足なんですよぉ〜……」

此処は路地裏の一角にある酒場。
"情報"や"金"というのはいつの世も人の集う所に寄ってくるもので。
今宵も店内は裏社会の住人達で喧しく賑わっていた。

『──はぁ、それは随分とお眠りいただけたようで……』

「話聞いていましたかぁ〜? 私は全然眠れてないって話をしているんですよぉ〜〜」

そんな酒場の隅っこ。
カウンター席で愉しく(?)お喋りしているのは、二十歳程の若い男性のバーテンダーと、純白のワンピースを纏った同じく二十歳程の若い女性のお客で。
男性は少々困り顔をしつつ、にまにまと悪い笑みを浮かべてダル絡みをしてくる女性の相手をしていた。

「それにしてもぉ〜〜、アナタ、かわいい顔していますねぇ〜」

『ありがとうございます。 光栄です……』

ここでアナタは"女性が男性をナンパしているだけのよく見る光景じゃないか"と思うかもしれません。
しかし、違います。 此処"裏社会の住人達が集う酒場"からすれば、異常な光景が起こっていました。

まず注目すべきは──女性の恰好でしょう。
穢れを知らない純白のワンピースなど、暴力と欲望渦巻く裏社会とは対極なのですから。

次に此処の住人達の反応も異常です。
此処に住まう住人達は皆"野蛮"で"暴虐武人"で"自己中"で"最低"な連中です。
そんな彼等が、彼女のような"異質な存在"を放っておくでしょうか?
……いいえ、放っておくはずがありません。 放っておくはずがないのですが……。
しかし、どういうわけか。 彼女の周りには若い男性のバーテンダーしかいないし、彼等は彼女がいる方にへと絶対に視線を向けようとはしません。
なぜでしょうか。 なぜこのようなことが起きているのか。

「ところでぇ……」

──それは彼女が"ルミンフ"の名を持つ者だから、に他ならないでしょう。
加えて彼女は長い歴史を持つルミンフ家でも"歴代最高傑作"とまで謡われた暗殺者。
ヘタに絡んでいけば、命も失くしてしまうかもしれないし。

「この中のどの"男"とヤりたいとかありますかぁ〜?」

命以外の大事な物も失くしてしまいそうですから。

504【鷹威銃討】:2022/07/20(水) 19:11:39 ID:SdicdwSE
>>503
//誰でも大丈夫です!
//置き気味でお願いしますー!

505【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/21(木) 20:45:55 ID:WxPTOGkY
>>502

「……人はみな、間違いながら生きてゆくものだ」

重々しい頷きと共に、声を返す。

「正しいことを、正しい時に、正しいように行って、ただの一度も間違えない……そんな存在はいない。
 そもそも何が正しいかさえ判断が分かれる。唯一無二の真理などというものがない以上、どうあれ間違いを重ねていくしかないのが人の道だ」
 
自分もそうだと、言うかのように。
救えなかったものがある。取りこぼしたものがある。
舐めさせられた辛酸、味わってきた苦汁、共に数知れず。己の無力にどれだけ憤ったか分からない。

「だが、その間違いが取り返しのつかないものでないのなら……。
 何度でもやり直せる。何度でも道を修正できる。お前は未だ、歩みだしたばかりなのだから」
 
だから、と見据える眼差しが厳しさを増す。
それは怒るというより叱るという表現が正しかった。

「ゆえに、あまり人のことを言えた口ではないが、もう少し想像力を働かせろ。
 というよりお前の立場から俺の行動を見て、まさか正義だなどと勘違いしているようなら、悪いが考えが足りないと言わざるを得んぞ」
 
その目にあふれる敬意を正面から斬り捨てる。
それは誤りだと、間違った感情なのだとにべもなく。
自身を慕う者に対してあまりにあまりな対応だが……男の言葉は真剣そのもの。
さながら非行に走ろうとしている少年を引き止めるように。案じているからこそ、それは違うぞと否定していた。

「今回の一件で俺がしたことはいったい何だと思う?
 悲劇を収めた? 結果的にはそうかもしれん、だがそのために直接この手で実行したことは何だった?
 ──壊す、殺す、それだけだ。お前のように誰かを護ることで事態を解決しようとしたわけではなく、滅ぼすことで解決を図っていた。
 実際お前が行動を起こさなければ、俺は間違いなくあの少女を斬っていただろう。それだけではない、もし振り下ろす刃の前に、その友人が立ちはだかったのなら──」
 
暴走し、女王蜘蛛と化した速水エミリを、それでも日番谷ユキは助けようとした。
ならば英雄がその命を絶たんとした瞬間、征く手を阻まぬ理由があるか? なんとしてもその前にたどり着き、わが身を呈して親友を護ろうとしたに違いない。


//二レスに分けます

506【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/21(木) 20:46:36 ID:WxPTOGkY
>>502

──メルヴィン・カーツワイルは、それを斬り捨てただろう。
善意、友愛、友達を助けたいという無謬の光……その覚悟に胸を打たれながら、それでも止まらない。
心の底から敬意を表しながら、腹の底から慙愧を覚えながら、殺す。躊躇わない。なぜなら躊躇したその一瞬で、事態解決の機会を取り逃すかもしれないのだから。

すべてを粉砕するとはそういうことだ。
光のため、未来のため、誰かのため……過程にあるものを善も悪も轢殺しながら最短距離を直進する鉄血の英雄譚。
それこそまさに男が抱える歪みの一端。常人が耐えられぬ道を既に引き返せないところまで歩みながら、なのに少しも摩耗しない異常性の発露だった。

「こんな男が正義であって堪るものか。名乗るどころか目指す資格さえ、すでに無い。
 それを自覚しておきながらなお止まる気がないのだから、やはりどうしようもない男だよ。誰かの標になれる器ではない」
 
だからやめろ、俺のような者に憧れるな。間違ってもこんな男の背を追うんじゃない。
誰かを殺すために剣を振るう、その道の先にいるのは〝これ〟なのだと……語る男のその後ろ、彼が今まで奪い、そして背負ってきた無数の命が垣間見えた気がした。

「だが……そうだな。こんな俺を、それでも正義と呼ぶ声があるのなら。
 その想いを裏切ってはならんと、ああ、同じく思うよ」
 
けれど語る姿に陰りはなく。
血まみれの殺戮者に本来あるべき闇が、少しも見当たらないのは……。

「俺は塵屑だ。この手で幾つも命を奪ってきた。
 悪を滅ぼすためならば、それに寄り添う優しい善意も諸共に。闇でさえ救いたいと願う真の光を何度も殺してきたし、これからも同じことをするだろう。
 だが、ならば俺に光を見出した人々は下らん節穴か? ──そうはさせん」
 
誰かのために。
結局のところ、その一言につきるのだろう。
男はどこまでも全体多数への奉仕者。それがより大きな光につながると考えたのなら、いくらでも身を擲てるのだ。

「願い、祈り、こんな男へ託してくれた数多の想いを、無駄にはしないと誓っている。報いたいと心から思う。
 たとえ俺自身が歪んだ狂人であるにせよ、いいやだからこそ、齎せる成果に妥協はしない。
 奪ってしまったものより大きな光を──必ずこの手に掴み取り、彼らに捧げてみせると決めているのだ」
 
それを貫く姿に、きっと人は光を見るのだろう。
歪んでも、狂ってもいる。本質はやはり、殺戮者であることに違いはない。
けれどその魂は黄金の輝きに満ちていた。一片の闇もなく煌めいていた。

それがたとえ、人が持ち得る光ではないとしても……。
誰かのために戦い続ける限り、彼はやはり、英雄と呼ばれるのだろうか。

507【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/21(木) 21:47:59 ID:GYT88Lu.
>>505-506


 ……ああもう、どこまで行っても平行線だな。
 やめだやめ。恩人のことをわざわざ嫌いになるために会話することはねぇ。


【結局のところ。青年と男はどこまでも違う考え方であり、生き方であった】
【迷う者。迷わない者】
【より弱きを守る者。より多くを守る者】
【絶対的な正義の到来を信じる者。相対的な正義を選び続ける者】
【未だ弱き能力者。強く猛き無能力者】
【互いに譲らないならば、納得は永遠に訪れないのだろう】

【自ら口論を吹っかけておきながら、ウォン・A・スクアーロは子供っぽい仕草でそっぽを向いてしまう】

【あえて口にすることまではしなかったが】
【速水エミリを救うために多くの犠牲を容認した】
【そんなウォン・A・スクアーロの方が。自身と違う行動をとったお前の方が正しいと】
【暗にそう述べるかのような────彼の自己嫌悪が、青年には悲しかったのだ】


 〝そして、これだけは正しておくぞ──正義の形は決して一つではない〟
 あんたもそれ、よく覚えておけよな。


【相手の言葉を掘り返し、そんな悪態をついてみせる】
【緊張の糸が切れたらしく、青年の振る舞いには未熟な若人特有の妙な負けん気が表出しており】
【同年齢とはいえ、どこまでも鋼の如き男とは対照的で】

【しかし両者には、たった一つ────確かな共通点があった】


 ……なあ、あんた。一つ、こっぱずかしいことを頼むんだが。


【再度訪れた沈黙の後、青年の顔が男へと向き直る】
【その瞳の中にあったのは、恩人への憧憬でもなく。道を異とする者への敵愾心でもなく】


 ────俺と一緒に、正義のために戦ってくれないか?


【仲間を求める、熱い想いだった】

508【魂奪縛鎖】他者の魂を磨り潰す堕ちたる魔導@wiki:2022/07/21(木) 22:51:07 ID:Clr6rfqY
>>503
"思い込み"。"勘違い"。
其れは例えば目の前に座す清純そうでか弱そうな女性が、
希代の暗殺者だった。だとか。

其れは例えば"名家の生まれ"だとか、
それに付随する"莫大な資金"だとかが裏社会ですらも罷り通る、
圧倒的な力であるだなんて考え。だとか。

刹那。酒場の中の照明が数度瞬いた。
灯りの元が炎であれ電光であれ関係なく同時に明滅した。
そして"其れ"は貴女たちの座るテーブルの直ぐ傍に、
音も無く、突如として顕れた。

夜の酒場とは云え真夏の暑さは感じる筈なのに。
真っ黒で豪奢なローブに身を包んだ学者然とした身なりの其れは。
汗一つ無く。そんな生命活動の必要さえ無いかの如くに。
実に涼し気に、にこやかに微笑んで貴女を見つめる。
その背後に広がる阿鼻叫喚の絵図も気に留めず。

影。闇。そうとしか表現しようのない真黒の物質。
有刺鉄線に酷似した形を成した其れらは、
貴女と目の前の男性だけを例外として。
店内の全ての人間を串刺し貫き蠢いていた。
人々は苦悶の絶叫をあげながら、
而して一向に命の終わりを迎える事無く果てない苦痛に苛まれ続ける。
其れは"死"という安寧を決して赦さぬ残忍な"呪い"であった。

「理論上。無尽蔵の屍兵を生み出せるという天賦。
 それが"最高の暗殺者"などと言う幻想に現を抜かし、
 これ程までに堕落の限りを尽くしている。なんて現実に。
 何も言わずに見守り続けられる程、僕はお人好しでは無いからね。」

怒りでは無かった。嘆きでも無かった。
ただ落胆だけがその虚無が浮かべる微笑みに刻まれていた。

「少しばかり灸を据えに来てみたよ。
 平和呆けも過ぎたれば希代の才をも腐らせるものだ。
 ────君は"その男"を"どうして欲しい"?」

好青年の様なカタチをしたその闇は。
幻影の様に張り付いた不気味な程に穏やかな笑みを浮かべて。
苦悶の苗床たる闇の種子。細かな暗黒の欠片を宙に漂わせ。
どの様な答えが返ってきたとしても結果の変わる事の無い問答を投げかける。


//置き進行ですがお願いしますっ!

509【屍霊編制】:2022/07/21(木) 23:45:31 ID:06KTbpoo
>>508

光が消えたその刹那。

夜より深い虚無なる闇が、苦悶の絶叫と紅い彼岸花を咲かせていった。

「……あらあら」

これには暗殺一家の最高傑作も困り顔。
なにせ今宵のお客様は──どうやら"表社会"にも"裏社会"にも属さない稀なる珍客のようですから。

「"無尽蔵の屍兵"? "最高の暗殺者"? なにを申し上げているか分からないですねぇ〜。
 もしかして、どこかのだれかさんとお間違いではありませんかぁ?」

今宵のお客様は、どうやら彼女が"屍霊術師"であることをご存知の様子。
"暗殺稼業"に支障を来さぬように。 "サプライズゲスト"に備えるように。
彼女の異能を知る者は"一部"を除いて葬ってきたのだけれど……。

まぁ、中には例外も居るでしょう。
なにせこの闇からは──。

『た、たすけて……』

「ごめんなさ〜い。 私もアナタを助けてあげたいのですがぁ……」


"ゼオルマ"
とあるお嬢さんと似た禍々しく、そして、無邪気な強大なる魔力を感じ得たから。

きっと、"そういうこと"なのでしょう。

「"彼"、私の"十倍"はお強いと思うので諦めてください〜」

惜しかった。
愛嬌のある顔立ちや華奢な肉体。 小動物を彷彿とさせる仕草など。
早々お目にかかれない"レアもの"であったのだけれど。

しかたがない。
彼は今宵のお客人に譲ることにしよう。

絶望と恐怖の彩に染まっていく"レアもの"の最期を見届けながら。
彼女はお灸を据えにきたと語る闇に"これでも吞みますか?"と、にこやかに酒が入ったグラスを差し渡して。

510【魂奪縛鎖】他者の魂を磨り潰す堕ちたる魔導@wiki:2022/07/22(金) 00:30:45 ID:pcTUxcA2
>>509

「ははは。酒の味などと云う物は、
 一世紀は昔に捨て去り忘れて久しい。
 そんな物に酔っていられる暇も無いほど、僕は真理とは程遠い。」

夢幻の栄光を束ねしもの。星の巡りを司りしもの。
血潮を奇蹟に変えるもの。
数百年と続いた魔導の大家に産まれ落ち、
その秘奥を解体し己の命と共に全てを葬り去った異端の天才。
魔術・魔導の深淵/頂点に果てなど無く。
なれば其処に行く為にならあらゆるものを使い潰してでも。
其処へ向かわなければならないのだ。

故に全ては大いなる実験の一環である。
偉大なる魂などと云うモノを己が手中に収める為にも。
あらゆるアプローチを試さなくては。

「"これ"が気に入っていたようだね。
 ではこうしよう。≪屍傀変生・肉喰み≫。」

闇の種子が無数に男に撃ち込まれ、変容が始まる。
華奢だった肉体が膿み膨れ上がる様に巨大化していく。
元は腕だったうねり蠢く筋繊維の触腕は。
闇の棘(おどろ)に囚われた憐れな犠牲者たちを取り込み増大する。
見るも無残な肉塊の化け物と成り果てながらも、
その愛嬌のある顔だけはそのままに譫言の様に助けを求める。

「何時だったか興味深い実験に立ち会う事があってね。
 周囲の死肉を喰らい無限に強化される屍兵というアプローチだよ。」

男が魔術を行使する際に誰かが掘削される様な絶叫が、
耳にでなく脳内に響き渡っている。
そしてそれが暫し続くと、
生きながらに縛り続けられている人間の一人が絶命し。
男の繰る鎖が其れを巻き取り捕らえる。

此れはこの場にある命を喰らって魔術を行使している。
少なくともこの酒場を戦場にするならば、
限りなく無尽蔵のリソースを相手にしなければなるまい。

511【屍霊編制】:2022/07/22(金) 02:33:46 ID:bnVT7h3M
>>510

今宵のお客人は、とても、とても、"自信家"なお方のようです。
まるで己が魔術を誇示するがごとく。 次々と披露なさってくれるのですから。

まぁ、しかし──それは"魔術師の性"というもの。

魔術師は皆。
他の追随を赦さぬ魔力を。弛まぬ努力と天から授かった才能が築いた術式を。
あらゆる者に誇示し、自分がナンバー1であることを証明したい、世間に知らしめたいものです。

少なくとも、彼女が出逢った"強者"と称される魔術師達は皆そうでした。

「──ふふっ」

それはさておいて。

「"お灸を据えにきたのか"、"ナンパしにきたのか"は存じ上げませんがぁ〜。
 どちらにせよ、女性をなにかに誘う時は気の利いたセリフのひとつでも寄越すものだと思いますよぉ」

のらりくらり。
絶叫が鳴り響く中、彼女は抑揚に乏しい口調でお客人にそう告げて、椅子を引いて席を立つ。

「あぁ、それと」

席を立てば。
一歩、また一歩と、咲き誇った彼岸花の路を辿っていき。

「グラスを渡されて拒否なんて、"今からいく場所"ではご法度ですからぁ」

パチンッ

扉手前まで来ると、ひとつ、甲高く指を鳴らす。

『『『『『────ッァァァァッ!!!!』』』』

その刹那──悲壮漂う嘆き声と無数の足音と共に酒場の壁が粉砕された。

「では、また後ほど〜」

粉砕された壁に視線を向ければ、そこにはひらひらと手を振る彼女と"魂持たぬ亡者の集団"

『『『『『────ッァァァァッ!!!!』』』』

武器を持ち軽快に動き回るガイコツと、強靭な爪と屈強なる肉体を持つゾンビ。
それぞれ"5体ずつ"召喚された彼等は、アナタの行く手を阻むように。主の退路を護るように。

今宵の真なる戦場に彼女が辿り着くため、盾となり、矛となることでしょう。

512【魂奪縛鎖】他者の魂を磨り潰す堕ちたる魔導@wiki:2022/07/22(金) 06:39:35 ID:pcTUxcA2
>>511

────気の利いたセリフのひとつでも寄越すものだと思いますよぉ。

酒場の壁を粉砕し、10の屍兵に殿を務めさせ逃走を計ろうとする貴女を。

「やれやれ。"今からいく場所"?
 楽観視が過ぎないかな。
 よもや、此れから簡単に逃げ遂せられるとでも?」

可愛らしかった青年の顔から聞くに悍ましい絶叫を響かせて。
何本もの筋繊維の触腕が屍兵の隊を撫で付ける。
先程、この男が説明をした通り。
この憐れで醜い化け物は辺りの"死肉"を捕食・吸収して自己を増大化する性質を持ちます。
魂を必要とするのは主の方、此れには生者・亡者の区別などありません。

故に、5体のゾンビ達は盾になるどころか。
主が敵の血肉と化すという大失態を以て早々に斃れる事でしょう。
そしてそうして力を増強させた触腕の一薙ぎは、
骸骨の兵達も易々と粉砕し急ごしらえの盾も矛も束の間に消え去ってしまいました。

「隊を率いるのが君の死霊術の本領であるなら。
 兵法の扱いはもっと考えて使うべきだ。
 少なくとも敵の特性も把握せぬままに全面投入など……。」

触腕を四方八方に引き伸ばす仕草を以て。
憐れな怪物は酒場だった"場所"そのものを粉々に粉砕して、
黒き主へ周囲一帯を見渡す視界を奉げます。

「では行こうか?」

時間を稼ぐにしては余りに一瞬の出来事だったので。
さしもの貴女でも其処までの距離を離す事は叶わなかったでしょう。
男が先導し、幸いにも機動力に劣る怪物が遅れて後を追随する。

全力で逃げに徹するも良し。
何処かしらに身を隠し隙を窺って迎撃戦を図るも良し。
どちらにしても言える事は────。

此れは今回、貴女に戦わせる為だけに顕れていて。
そう易々とは貴女が"真なる戦場"に辿り着く事さえ許してはくれない。
死力を尽くして相対せねばならない敵だと言う事です。

513【斑尾雷鰻】:2022/07/22(金) 12:27:28 ID:7.mzx4zQ
>>499

じめついた仄暗い空間から、太陽が燦々と照らす灼熱の空間へと抜け出して。
額に汗を滲ませながら表路地をぶらつくこと数分――見つけたのは精肉店だった。
彼女の尻尾を食したい、ということは生物でも問題ないのだろうか、と思いつつ。

暑さからか目尻も随分垂れ下がり、気怠そうな表情を浮かべながら。
精肉店の軒下へと歩みをすすめ、ショーケースの前で立ち止まり。


『お嬢ちゃんいらっしゃい!』


軒下に店主であろう男の快活な声が響く。
どの肉にするのがいいのだろうか――肉の部位などわかりもしないくせに、少し考えて。
結局一番安いのにするか、と店主にバラをください、と告げて。

あの少女の財布からお金を抜き――罪悪感もなさげに、支払いを済ませば。
白いビニール袋を右手に提げて、酷暑の中を突破せんと速歩で進み。
再び路地裏へ戻って来れば、貴女の元に袋を差し出して。


「買ってきてやったぞ、これでいいか?」


と、"納得"を迫るだろうが。

514【獣皇無尽】腹ペコ究極生命体@wiki:2022/07/22(金) 13:27:43 ID:tRhf71g2
>>513

────買ってきてやったぞ、これでいいか?

ビニール袋に入った対価を片手に"納得"を迫る貴女に。

「わぁい。ありがとう!
 サイスちゃあんと待ってたよ。」

何者かの返り血に純白の髪肌を染めながらに無垢なまでの満面の笑みで返した。
その何者かは貴女が去った数分の間の何処かでここに居たのだろう。
地面に広がる真紅の水溜まりはそれが"深手"を負って去った事を暗に物語る。

袋から取り出した生のままのバラ肉を。
躊躇も無くそのまま齧り、味わう様に何度も咀嚼して飲み込む。
食物を瞬時にエネルギーに変換する体質を前に、
菌も寄生虫も関係ない。皆が皆等しく只の栄養分である。
サイスは暫く、久方のまともな食事を楽しんだ後。

「それじゃ。お返しだね。
 歯か爪か鱗。全部で三つまで。
 サイスは現存の動物、植物、鉱物、それらの混合物。
 なんでも身体の一部にできるよ。
 欲しいものあったら言ってね。ないなら金でいい?」

当然の様にとんでもない事をさらっと言ってのける。
要するにダイヤモンドで出来たライオンの牙だとか、
金と水晶で出来た鯉の鱗だとか。
そんな代物を作って三つまで譲ると言うのだ。
果たしてこれは"納得"に足るだろうか?

────もし足らぬと言うなら。
始めに交わした契約に不服を言うのならば。
答えは地面に滴っているが。

515【屍霊編制】:2022/07/22(金) 13:34:29 ID:bnVT7h3M
>>512

「──あらあら」

真なる戦場に足を進めたその刹那に"2つ"の想定外が起こりゆく。
数多の死線を潜り抜いてきた暗殺一家の最高傑作である彼女も──これには思わず貌を曇らせた。

「"お化粧直し"の時間もくださらないなんて。 せっかちな殿方ですねぇ…」

1つ目の想定外は"捕食・吸収速度"。
鋭利な爪と屈強な肉体を持つ亡者等が抵抗もできず、十秒と経たずして平らげられてしまい。
加えて、耐久力に乏しいが俊敏なる機動性と武器の扱いに長けた骸骨兵等も怪物に一撃も与えることができず粉砕。
真なる目的地までの数分程度の"足止め"として放ったのだが──見事に失敗。 今宵のお客様は想像以上の強者らしい。

2つめは"先程のが全軍であったことが知られている"こと。
お客様が語った通り、彼女の屍霊術は理論上、無限に兵を呼び出すことが可能。
故に外にはまだ"何十体"、"何百体"の亡者達が待ち構えているかもしれない、と思い込むと踏んでいたが……。

彼女にお灸を据えるために余程調べたのだろう。
屍霊術の秘匿の為。 魔力節約の為。 その他諸々の理由で彼女は戦闘時以外に"10体以上の亡者"を使役することは稀だということを。

「私は"暗殺者"であって、"化け物退治の専門家"ではないのですがぁ……」

"路地裏"という立地。 "使役する亡者等"は一瞬の足止めにもならない。
策を練るにしても、まずは此処を脱出せねば、ただただ蹂躙されるだけだ。

彼女は新たに3体の骸骨兵を冥界から呼び寄せる。
そして、

「"上手いこと"やって足止めしてください〜」

骸骨兵に"あの怪物を足止めしろ"と無理難題を押し付けて、彼女は真なる目的地へと駆けてゆく。

『──!』

骸骨兵3体は駆け去ってゆく主を見送ると。
それぞれ槍、剣、棍の握る手骨に力を籠める。

一斉に行けば容易く薙ぎ払われると学習したから。
ある骸骨兵は"お客様"に。 ある骸骨兵は"怪物"に。 ある骸骨兵は"足止めの為に周囲の看板やゴミ箱などを横転させたり"して。
各々に主から命じられた"足止め"を従順に遂行することでしょう。

516【魂奪縛鎖】他者の魂を磨り潰す堕ちたる魔導@wiki:2022/07/22(金) 14:09:03 ID:tRhf71g2
>>515
3体の骸骨兵を分散させて足止めを命じる暗殺者。
纏めて掛かっても見込める成果は薄いなら、
軽微でも各個別々の策を……という事か。

「"逃げ"を選ぶだなんて。
 よっぽどその"目的地"に自信があるのだろうね。」

呪いも何も込めていない純然たる闇の魔力弾で自身に掛かる屍兵を一蹴。
身軽さも中位の武器練度も数体程度では魔術師相手には分が悪い。

怪物の方はと言えば。
本体の動き自体は人の歩み程が限度とて。
触腕の伸縮に至っては別の様で。鎧袖一触。
骸骨が何を装備していたかは定かではないが一瞬で粉々に砕けていた。
倒された看板やゴミ等も、
その圧倒的な膂力とリーチを前に足止めの体など成せていない。

今現在、貴女の隊の生き残りは骸骨1体。
それも魔術師が最も得手とする遠距離攻撃を、
リソースの出し惜しみでも何でも無く。
単なる慢心でして自ずと封じた状態で。だ。

上位の魔術師と云うものはそれが出来るだけの自負と実力を備える。


「まあ僕も"今から行く場所"とやらには興味がある。
 其処まで色々試すと良い。
 あまり露骨に戦力を増やそうと動くなら。
 こちらも相応に応えるけれど。
 今の状況で戦果を急ぐ程、僕も大人げなくは無いからね。」

どの口がほざくのだろう。
自身が有利であると確信し、
相手の得手を半分潰したその上でそうのたまっている。
卑劣であり、陰悪。
"雷鳴の魔女"なんてのが頭の可笑しい変わり種なのであって。
本来、魔術師とは多少に差異はあれ"こういうもの"である。

517【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/22(金) 22:40:27 ID:jU53HtDk
>>507

ああ──勿論、言うまでもなく分かっている。

正義の形は決して一つではない。
この世には人の数だけ正義がある。正義の反対が悪であることなど、むしろそちらのほうが稀なのかもしれないほどに。
戦う相手が悪だけならば、闇だけならば……いったいどれだけ楽なことか。

彼はきっと善い人間になるだろう。
迷いながら、藻掻きながら、それでも正義を目指して歩み続けるというのなら。
その道程を多くの人が支え、導き、共に歩んで……やがては誰かを照らし出せる大きな光になれるはず。

自分はそれすら手にかける。
断言しよう。もし己が道の前に、彼の正義が立ちはだかるのなら……。
どれだけ素晴らしいと思っていても、尊ぶべきと考えていても、迷いなく殺してみせる。

ゆえにメルヴィン・カーツワイルは塵屑だ。もし平和な世が実現したならその瞬間に自ら粗っ首を掻き斬って死ぬべき邪悪そのものだ。
この自評は決して変わらない。この先なにがあろうと、誰がどんな言葉を重ねようと、己の劣悪さを覆すことなどあり得ない。

だが……。

「……ああ、そうだな。それが光につながるならば」

自分自身が屑だとしても、自分の齎す結果だけは。
先に語った通りだ、それこそ存在意義と定めているから迷わない。
光のために──未来のために──自分以外の誰かのために。
そうすることだけが、こんな己に辛うじて残された価値だと信じている。

「世界に蠢く闇は刻一刻と濃度を増している。業腹だが、独りでは捉え切れん。
 お前が正義を志し続けるというのなら……俺からも頼もう。手を貸してくれると、助かる」
 
本音を言えば、誰もこの道に来させたくはない。
恐るべき闇と相対するのは自分独りだけでいい……だが実際問題、そうも言っていられない。
力も、手も、不足している。その不明を恥じ入るばかりだが、独力に拘るあまり討つべき敵を見逃したのでは話にならない。
単騎が最も望ましいと判断したのならいくらでもそうするが、これはそうじゃないだろう。数の力が、どうしても要る。

「───メルヴィン・カーツワイル。未だ拙き、未熟者だ」

差し出す右手は共同の誓い。
取ったのならば、カーツワイルは自身の知る今現在もっとも対処すべき敵の情報を共有するだろう。
すなわち〝指揮官〟と呼ばれる能力者──自身がかつて戦い、そして取り逃がした、死者を蘇らせる男のことを。
その際に相対した異能を有する屍たち、〝英霊〟と呼称された者たちの特徴と能力まで、詳らかに。

もっとも満身創痍のウォンに、それを聞き届けられるだけの余裕があればの話ではあるが……。
もし意識を失うなどして最後まで立っていられなかったとしても、後日の連絡や紙にしたためたりして情報は渡される。
いずれにせよ、現状最も警戒すべきと考えられる相手のことは漏れなく伝えられるはずだ。

518【屍霊編制】:2022/07/22(金) 22:47:20 ID:bnVT7h3M
>>516

2体の骸骨兵による"足止め"は失敗に終えた。

──しかし、それは彼女も想定の範疇。
なにせ10体の亡者ノ集団が一瞬にして崩壊させられたのだ。
2体程度での骸骨兵で"時間稼ぎ"ができるなど、最初から期待などしていない。

主目的は"足止め"ではなく"情報収集"。
真なる目的地に辿り着くまでに一つでも多く"技"を"特性"を出させておきたい。
あちらは存分に彼女を調査し尽しているようだが、まだ彼女は何一つとして得られてないのだから。

「──もう少しですねぇ」

圧倒的惰力と攻撃範囲が特徴の怪物の触腕。
仮に触腕の猛攻を対処し懐に入り込めたとしても、耐久力が不明な以上"討伐"できる確証はなにひとつない。
まずは"耐久力"を調査したいところだが……。

「──!」

彼女は目の前に新しく骸骨兵を1体、冥界から呼び寄せる。
そして、召喚した骸骨兵を踏み台にして高く、高く飛翔すると。
路地裏の至る所に設置されてあるであろう換気扇や、看板に次々と飛び乗っていく。

そうして、高所──建物の屋根上にまでたどり着くと。 彼女はお客様と怪物を見下ろして。

「"戦闘"は私の性分ではありませんがぁ……。
折角のオフを邪魔されましたからね。 今時の"闘い方"というのを存分にご覧に入れて差し上げますよぉ〜」

それだけを告げて。
彼女は真なる目的地まで再度駆け始める。


目的地まで──もう此処からそう遠くはない。

519【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/23(土) 11:51:39 ID:U8T6GeB.
>>517


 『───メルヴィン・カーツワイル。未だ拙き、未熟者だ』

 俺は────ウォン・A・スクアーロ、


【二人の右手が、固く結ばれる】
【歩き方は違えども。戦い方は違えども】
【その先に他者の幸福を望むというその一点において、彼らは確かに"仲間"であり得るだろう】
【ウォン・A・スクアーロの表情が、漸く柔らかな……年相応の笑顔へと変わると、ほぼ同時に】
【その手に篭った力が緩み、身体は地へと倒れ伏すだろう】


 いつ、か……せいぎの、みかたに…………。


【殺人。罪なき悲劇。理想の遠さ。己の未熟さ】
【それら全てに、己を奮い立たせて挑んて来た焔は……既に限界を越えていた】

【信頼に足る、そう確信できる仲間を得たことで緊張の糸は切れ】
【流した血と張り詰めた精神の代償として、その意識は現実を離れる】
【もっとも、放っておいても死ぬわけではない。能力者とは往々にしてそういうものだ】



【幾日かの先に意識を取り戻した青年は、討つべき巨悪────〝指揮官〟の存在を知る】
【その代わりに男に届けられた情報は、青年自身の能力について】

【【輝煌炎焔】。正義であればこそ輝く焔】
【その一切の情報を隠さず開示することが、青年からの信頼の証だった】


【かくして。ここにまた、悪の前に立ち塞がる人間の善意が、一つ結びついた】


//こんなところでしょうか? お疲れ様でした!

520【魂奪縛鎖】他者の魂を磨り潰す堕ちたる魔導@wiki:2022/07/23(土) 18:21:05 ID:Bcy0zKwk
>>518
骸骨兵を踏み台に建物上部へと逃走経路を移す貴女を。

闇という概念。久遠に広がる宇宙(やみ)にぽかりと空いた孔(やみ)。
重力の歪曲という事象もまた闇の所作に他ならない。

自身への重力場を歪めふわりと宙に浮き、屋上に着地する魔術師。
追い縋る様に触腕を幾つも辺りの建物に巻き付けて、
ぶよぶよの肉塊を引き上げる様に怪物も登ってくる。

仮に。"情報収集"が目的であると言うのなら。
多少はその身を危険に晒すくらいのリスクは負わねばならぬのだ。
何故ならば────。

「ご覧。こんなに助けを求めて追いかけているのに。
 彼女は君の事を少しも顧みてくれないそうだよ?
 哀しいだろう。悔しいだろう。」

化け物に残された青年の顔に語り掛ける元凶は。

「嗚呼。だから僕が力を貸してあげよう。」

『い"ギィャあァ"ぁァア"ァ!!!!!』

更なる呪いの種子を注ぎ込まれ怖気の凍る絶叫が鳴り響く。
肉塊は繭や蛹の様に蠢きながら一塊へと更に集約していく。

貴女は感じるだろう。この僅かな隙を活かさなければ。と。
直ぐにでも目的地へと辿り着かなければならない。と。

今は只もごもごと藻掻く事しか出来ない肉塊は。
或いはもう次の瞬間には貴方の生命に差し迫る程に。
より強大なナニモノカに変容するのではないかという、
なから"実感"めいた予感がする事に。

逃げ腰での半端は分析など。
傍らに状況に応じて更なる力を付与する者が居る以上、
概ね無意味な事であるのだろうから。

521【不撓鋼心】何度でも立ちあがる剣士@wiki:2022/07/23(土) 18:38:38 ID:HcWXSBBA
>>519

青年が……ウォン・D・スクアーロが意識を失う。
倒れようとする身体を支えた。すでに限界を迎えていたのだろう、肉体からは完全に力が抜けており、その消耗の大きさがうかがえる。

「正義の味方、か……」

落ちる間際につぶやいた言葉を反芻する。
もはや自分に遠いもの。数多の血に塗れたこの手で掴める称号では決してなく、目指す資格さえ失われたもの。
だが彼ならば……未だ歩みだしたばかりのウォン・D・スクアーロならば。

「なれるのかもしれんな。何かを護るために、命を懸けられるお前なら」

彼の人生は彼のもの。自分が口を出せることじゃない。
だが願わくば正義に、光に。優しい陽だまりの中に、生きていけることを祈ろう。
誰かを殺すためでなく、誰かを救うために。怒りではなく優しさをもって、剣を振るってほしい。

そうすれば、きっと……。

「……いや」

頭を振って、詮無き思考を追い出した。
自分がここで何を考えようが無駄なこと。結局は自分の人生、己の手で切り開いていくしかないのだ。
彼だけじゃない、誰しもそうだ。生きている限りは試練の連続、越えていかねば何事も成せはしない。
だからこの場において最後に残された仕事を完遂するため、男は歩き出した。


───ざ、と瓦礫を踏む音に少女たちが顔を向ける。
その先にいるのは二人の男。一方の娘……本来は眉があるべき場所に柘榴石のようなもう一対の目を有した少女──速水エミリは身を固くした。
が、その肩に支えられている青年──ウォン、自分たちの友人が意識を失っていることに気づくと、日番谷ユキともども男のもとに駆け寄ってきた。

「彼を頼む。できるだけ急いでこの場を離れた方がいい」

渡された青年に、意識を失った人間とはこれほど重いのかと驚愕する。
だが少女の細腕といえど──というよりエミリの方が能力覚醒に際して身体能力が向上したのか、二人で力を合わせれば運べないというほどではなさそうだった。

それと君はこれを被っていくことを勧める、とエミリへ差し出されたのは男の上着。
意図するところは明確だった。すなわち今回の犠牲者たちとそれに近しい人々にとって、彼女の生存は許しがたいことだから。

能力が暴走したから? 暴漢たちから心に傷を負わされたから?
関係ない。関係ない。俺の、私の、友人を恋人を家族を大切な人を──あれほど無惨に奪っておいて、どうしてお前は生きている。許せない。

……それは自然な感情だ。
加害者にも同情しうる事情があったとき、慈悲の心を抱けるのは言ってしまえば外野だからだ。
自身や自身の周囲に被害が及んだ場合、そこに相手の事情は関係なくなる。恨みや怒りをおして、彼女も可哀想なのだからと許せる者がどれだけいるだろうか?
無論……怒りは持続しない。いずれは時間が解決することだが、それも相手が裁きを受けていればこそ。
これだけのことをやっておいてお咎め無しとなれば、当事者はおろか外野すら納得しないだろう。それだけの犠牲を生んでしまったのだ。

だから、これは絶対にやっておかねばならない後始末だった。

「……手ひどい虚偽だな。多くの人々への裏切りとなってしまうのだろう。
 だがこれが、彼女たちの未来を拓くものならば……そして生き残った人々の、せめて慰めとなるのなら」
 
この罪を負うことに寸毫の躊躇はないと。
未来へ向けて歩みだした少女たちを背にした男が掲げた剣に、黒い粒子が集った。


───その日、災禍にあえいだ人々は、天を貫く柱を見た。

外郭の黒から紫へ、中心へ近づくにつれ白く染まった光の柱……夜闇を凝縮したような様でありながら、しかし荘厳さを感じさせるそれを前に、彼らは事態の完全収束を知る。
そのたもとに独り立つのは鋼の男。周囲の瓦礫と残っていた暗雲をまとめて消し飛ばした超抜火力に、災厄の根源たる女王蜘蛛は〝死体すら残らず消滅した〟のではないかと予感し……。
神の光の担い手の口からそれを肯定する言葉が紡がれた瞬間、民衆は歓呼の声を響かせた。

その中に巨大な蜘蛛を……自身の近しい人を慈悲なく斬り捨てた者に向ける敵意の視線が、ないわけではない。
だが女王蜘蛛の消滅を疑う人間は誰一人としてなく。結果として、生まれる負の感情は最小限に抑えられた。

──それが偽りであることを知る者は、この場にただ一人だけ。
賛辞と感謝を一身に受ける英雄は、罪を背負う己へひたすら憤怒を深めていた。


//これで終了となります!
//お相手ありがとうございましたー!長いロールに付き合ってくださり感謝です!

522【屍霊編制】:2022/07/23(土) 19:22:18 ID:lR8qrzXk
>>520

ヒュイス・ルミンフ──彼女は"暗殺者"であり"屍霊術師"だ。

それ故、実感させられる。

今宵のお客人"闇魔術の使い手"の尋常ならざる強さ。
それと"怪物"が更なるナニかにへと変貌を遂げようとしていることに。

「──私も"闇魔術"のひとつやふたつ、新しく覚えてみても良いかもしれないですねぇ〜」

真なる目的地まで、もうそう遠くはない。
その証拠に徐々にだが、"街ノ光"が、"人気"が感じられてゆく。

「まぁ、今日を生き残れたら……の話になりますがぁ」

骸骨兵を三体、新たに冥界から呼び寄せる。
もう彼等では"足止め"も"情報収集"にも、きっと大した役には立たないだろう。
しかし、残念ながら、"手駒"や"立地"的にどれだけ無力でも、どれだけ無様でも、こうするしか方法はない。

主が目的地に辿り着くまで──後もう少し。
ほんの僅かでもいい。 時間を稼ぐ為に骸骨兵三体が取った足止めは。
"怪物"ではなく"お客様"、アナタを集中的に攻撃することだった。

飽くまで予測でしかないが、骸骨兵が装備する普通の"鉄剣"や"鉄槍"、"棍棒"程度では、恐らく怪物に致命傷を与えることはできない。
また怪物は現在、変化を遂げようとしている真っ只中。
あの厄介な触腕もほんの僅かな時間だろうけれど──鳴りを潜めている、かもしれない。

ならば──その怪物の主。
アナタを狙おう、と骸骨等は考えたわけだ。
それでも"無謀"なる足止めには変わりないのだろうけれど。

『──!!!!』

骸骨兵達はその機動性を生かして左、右、そして、真正面から、時間差を駆使して攻め立てようとする。

真なる目的地──眠らない街"繁華街"に辿り着くまで、ただ懸命に。

523【魂奪縛鎖】他者の魂を磨り潰す堕ちたる魔導@wiki:2022/07/23(土) 20:04:15 ID:Bcy0zKwk
>>522
進化を遂げようとする肉の繭に対し、暗殺者の選んだ手は"術者"一点狙い。
機動力に長けた3体の骸骨兵が多角的に時間差攻撃を仕掛ける。

「成る程、狙いは街へ出る事か。
 あまり懸命な判断であるとは言い難いね。
 そして下級アンデッド数体ごとき僕の前には塵に等しい、
 そう云う答えを見せてあげようか。」

≪スフィア・グラビトン≫

魔術師の頭上に真黒の直径10cm程の球体が出現。
同時に其れを中心に半径10m範囲に渡り重力負荷が増大する。
結果として、脆い骸骨達は。
己が武器と合わせた自重、其れに耐えきれずにその場で崩壊する。
ともすればこの場に於いて。変貌を遂げる怪物さえも差し置いて。
"最も脅威である"のはこの男に他ならないのではないだろうか。

────咆哮。

叢雲掛かった紅い三日月に叫びを上げて。
繭から進化した怪物が姿を顕す。
全体のシルエットは3m大の人型。
而して両腕と頭部に当たる部位には伸縮自在の捕食器を兼ねた触腕がうねる。
心臓に位置するであろう左胸部には、
目鼻口からどす黒い血を流して呻く男性の顔が埋まる。
そんな屍肉の魔人は遠く貴女の方を見つめ。
────嗤った。様な気がした。

だがそんな事はもうどうでも良いのだ。
だって次の瞬間、貴女の目の前には。
僅かにだけ面影を残した可愛らしかった青年の顔面が迫っていて。

『タス…ケテ……コロ……』

先端に蛭やヤツメウナギの様な不気味な牙を備えた、
三本の触腕が食らいつかんと放たれていたのだから。

例え貴女が触腕に触れられたとしても。
先刻のゾンビ兵達の様に一瞬にして取り込まれる事は無いだろう。
思い出して欲しい。これが食らった者達を。
黒の棘に命を囚われた"死んだに等しい者達"。
貴女が繰る"屍肉の兵隊達"。
これが食っているのは飽くまでも"死肉"なのだ。
生者の肉は容易には一体化できない。

まあ尤も、殺してしまえばそれは只の死肉。
故に実の所両者の間に大した差は存在していないけれど。


【舞台を次に進めよう】
【夜の繁華街】【行きかう人々】
【闇夜に吠えるは屍喰らう魔性のヒトガタ】
【遥かに座するは虚無闇の魔導】

【我こそはという勇士よ此処へ】
【今宵は狩りの宴】
【狩るか狩られるかは汝らが決めよ】


//ちゅう訳で乱入者募集致します!
//先着一名。どなた様でも!

524【魂奪縛鎖】他者の魂を磨り潰す堕ちたる魔導@wiki:2022/07/23(土) 21:09:14 ID:Bcy0zKwk
>>523
//こちらのロールは破棄となりました。
//残念な結果になってしまいましたが
//【屍霊編制】さん、お相手ありがとうございました

525【斑尾雷鰻】:2022/07/27(水) 11:48:32 ID:THlVAV4M
>>514

――表路地までの往復の合間に、何者かを"喰った"のか。
返り血に塗れた貴女に目をやり、それから地面へと視線を移す。
辺り一面が血を浴しており、鼻にこびりつく鉄の香りが"何者かを喰った"という推測を裏付ける。

手渡したバラ肉を、生のまま躊躇なく貪る姿に、多少ながら抵抗を覚える。
貴女の見た目はヒトであり、彼女と同様であるが――それが生肉を躊躇なくそのまま食す姿というのは、やはり見慣れていないもので。


「――――は?マジで……?」


『現存の動物、植物、鉱物、それらの混合物。なんでも身体の一部にできる』。
つまり、金だろうがダイヤモンドだろうが、素材にして物を作ってくれるのだという。
まるで信じられないと、一瞬呆けたような表情を見せ、その後顎に手を当てて考える仕草をとり。

"納得"に足りるどころか、想定以上のものであることは明らか。
さて、何をもらおうかということを考えるフェーズに移っており。


「ダイヤモンドの何か、がほしい」


結論として、やはりお金になるであろうダイヤモンドを欲したものの。
咄嗟にどんなものが欲しいか、と聞かれて明確に答えることができず。
"何か"という形で濁して貴女に伝えたものの――さて、何をくれるのであろうか。

526【獣皇無尽】腹ペコ究極生命体@wiki:2022/07/27(水) 15:43:57 ID:/sZHRybE
>>525
路地を浸す血糊の海、だが。
一部点々と裏路地の方向へと続いているのを見るに。
"喰って"まではいないのだろう事が推察できるかもしれない。

此れはまだ人間そのものを食料としては認識していない。
貴女の場合は鰻の尻尾の部分を可食部位として判断したが故。
仮にも本当に"人の味"を覚えてしまったとしたら。
其れは一つの"厄災"の誕生を意味する。
足りない養分を人を喰らい続ける事で補いながら、
何処までも何処までも自己進化を遂げゆく生物災害。
まあ、現状はその可能性は無いのだろうけど。

「"何か"かあ。曖昧だなあ。
 クレームは受け付けないからね。」

口から一本煌めく大きな牙が伸び。
それを瓜でも折るかの様にポキリと抜いて。
『ダイヤモンド製ライオンの牙』を渡し。
次いで腕から棘々とした甲殻の様な宝石の鱗を形成。
『ダイヤモンド製ヨロイトカゲの鱗』を剥いでパス。
最後に────。

「何でもって言うと困っちゃうね。もうこれでいっか。」

ごとりと己が手のひらから大きめのダイヤの原石を、
貴女の手のひらの上へと産み落とし。

「バイバイ。お姉さん。ごちそうありがと。
 それと……。この姿、利用(つか)わせてもらうね。」

骨格や体格レベルで身体を変容させ。
外見上は貴女と瓜二つの姿になって見せてから、
人ならざる跳躍力で高く高く跳び上がり。
建物の側面に張り付いてヤモリの様に路地の闇へと去って行くだろう。

その宝物の代償は、
思いの外に大きかったのかもしれない────。


//こんな感じの〆でも宜しいでしょうか?
//連戦ながらにお付き合い本当にありがとうございました!
//中々動かせずにいたキャラも動かせましたし楽しめました。乙です!

527【剣刃転移】剣に転移する狂婆:2022/07/31(日) 01:28:51 ID:u4Xv1gtU
「……夏ァ嫌だよ。夏ァ……道が悪いし、むかで、長虫、やまかかし……
 皆殺しちまいたくなるくらい、嫌ダァねぇ」

【うだるような暑い山道を、顔面傷だらけの不気味な老婆がぶつぶつ言いながら、重そうな背負子を背負って登っていく】
【その背中の荷物からは……異臭がする】
【人間が腐ったような……。いや、実際、その通りの匂いだ】
【老婆は人殺しや強盗殺人で生計を立てている。】
【今日はたまたま、とある悪人テロ組織が懸賞をかけていた男……正義を守る勇敢で篤実な行政官を殺害し、
 その懸賞金を受け取ろうと、町はずれの山のアジトへ死体を運んでいるのだった】

「……クビだけでいいって話だったけどねぇ。顔面、ぐしゃぐしゃにしちゃったからねぇ……
 胴体もないと本人ってわからねぇだろうしねぇ……
 アーア、嫌になっちまうよォ。だからといって宅配便使うわけにはいかねぇしよォ……」

【老婆は汗をぬぐい、休憩しようと山道のベンチに腰を下ろした】
【山道は雨上がりでムワッと湿気があり、ぬかるみがある。ベンチのあるあたりは休憩やキャンプでも使うのか、やや広い地点だ】
【すさまじい死臭の中、老婆はへらへらと笑い、水筒で水を飲んでいる……】

//初参加ロールです。置きになりますがどうぞ良ければ

528【輝煌炎焔】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/31(日) 13:39:43 ID://VjpC7w
>>527


 ──────フッ、フッ……フッ。


【ぬかるんだ山道に足を取られながら、男は日課のランニングに勤しんでいた】
【常日頃の和装は脱ぎ捨てタンクトップと短パン姿。手には給水用の水筒】
【白髪混じりの長髪はゴムで結ばれ、眼鏡ではなくコンタクト】
【それにはやや似つかわしくないウエストポーチを除けば、どこにでもいる有り触れた格好だった】


 ……フッ、そろそろ休憩だ。
 にしても、今日は妙に匂うな。そういう能力者でも出たか?


【少し当たりを見回しつつ、彼はいつもの休息場であるベンチを目指してやってきた】
【と。そこにいるのは、傍から見るに明らかに近寄るべきでない老婆】

【互いに気が付くか気が付かないかの距離だったが、男の目は老婆を捉えた】


 ……ほう。これは、面白そうな婆さんがいるじゃあないか。


【そして、特に戸惑うでもなく……むしろ目を輝かせながら】
【老婆の方へと近づいていく】

529【剣刃転移】剣に転移する狂婆:2022/07/31(日) 15:14:26 ID:u4Xv1gtU
>>528

「おーんやぁ、こんな山道で、セイがでまさぁネェ……」

【近づいてくる若者に、笑顔を向け挨拶する老婆】
【しかし顔面が剣創で幾重にも切り刻まれ、瞼が上手く閉じれない故充血しきっている老婆の笑顔は、
 どこか怪奇じみたものになる】

(ふーん、あのニイちゃんから……剣のニオイがするネェ。
 あの体つき……武の匂いがするヨォ……。
 そんなニィちゃんが持ってる剣、さぞ……大切に、しているのだろうネェ……)

「欲しい……欲しいナァ……」

【つい欲望が口から洩れる老婆。唇からはよだれが垂れている】
【背負子を背負ったままベンチに座るという不自然】
【漂う死臭。異様な眼光】
【老婆は、近づいてくる若者を――狙いだした!】
【舐めるような目つきで、近づいてくる若者の体を観察し、剣を持っていないか、そして力量はどうか】
【じっとりと、見つめている】

530【贋物騙リ】 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/31(日) 15:41:26 ID://VjpC7w
>>529
//すいません能力名間違えてました! こちらのキャラです、申し訳ありません

531【剣刃転移】剣に転移する狂婆:2022/07/31(日) 15:56:12 ID:u4Xv1gtU
>>530
//了解です。ロール書き直しますー

532【剣刃転移】剣に転移する狂婆:2022/07/31(日) 16:00:56 ID:u4Xv1gtU
>>528

「おーんやぁ、こんな山道で、セイがでまさぁネェ……」

【近づいてくる若者に、笑顔を向け挨拶する老婆】
【しかし顔面が剣創で幾重にも切り刻まれ、瞼が上手く閉じれない故充血しきっている老婆の笑顔は、
 どこか怪奇じみたものになる】

(こんな山道を一人で……。ずいぶんとマァ、不用心だねぇ。)
(見たところ、武の気配もないねぇ。んーマァ……)
(”雨上がりの山道を一人で行くと、滑落の危険性もある”ってェ事を……)
(体で教えてやってもいいかねぇ、もちろん、授業料は有り金全部で、ねェ……)

【不穏な考えを想いながら、若者に顔を向ける老婆。よだれが垂れている】
【背負子を背負ったままベンチに座るという不自然】
【漂う死臭。異様な眼光】
【老婆は、近づいてくる若者を――狙いだした!】
【舐めるような目つきで、近づいてくる若者の体を観察し……】
【いつでも殺せるように、じっとりと、見つめている】

533【贋物騙リ】世界を"書き"重ねる小説家 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/31(日) 17:32:46 ID://VjpC7w
>>532


 どうも。背中の荷物がちと〝臭う〟んだがね。
 警察(マッポ)が来る前に片づけることをオススメするよ。


【よだれを垂らす不気味な老婆の顔は、異常と称して問題ないもので】

【だからこそ、男にとっては──────興味深いものだった】
【平然と老婆の隣に腰を下ろし、首にかけたタオルで額に浮かぶ汗をぬぐう】

【わざとらしく鼻を鳴らすと、ははは、と明朗に笑って見せた】


 しかしまあ。狂人にしては珍しいタイプだな。
 よければ取材させてもらっても? なあに、報酬は出します。


【こちらを観察している老婆の様子にはほぼお構いなしといった形で】
【いそいそとノートと万年筆を取り出してみせる】

【その顔が、この能力者世界でも有名な小説家である"四方山 治"であると】
【老婆は知っているだろうか】

534【剣刃転移】剣に転移する狂婆:2022/07/31(日) 18:44:31 ID:u4Xv1gtU
>>533

「いひひひひ、長く生きてれば臭いの一つや2つ出てくるんだよォ、お若い人……。
 警察ォ……? そいつぁ、いやだねぇ。」

【青年が老婆の間合いに、いともたやすく入り――】
【そしてその隣に腰かける】
【何やらペンを取り出し、「取材――」と口にした刹那!】

「報酬はお前の命サァ!!!!!」

【老婆は瞬時に背中の背負子から二振りの剣を取り出すと、ためらいもせず青年の首を掻っ切ろうと、剣を振るう!】
【老婆の手にした剣は、一振りは錆だらけの長剣。もう一振りは湾曲した倭刀】
【どちらも手入れさえしていれば名剣だったかもしれないが、老婆のせいで腐らせてしまっている】

「雨上がりの山道を一人で歩くとォーー危険だぜェ!!!」

【アヘ顔をしながら強襲!】

535【贋物騙リ】世界を"書き"重ねる小説家 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/31(日) 19:06:07 ID://VjpC7w
>>534


 な、何ィッーーー!!!


【振るわれた双剣に、とっさに頭を抱えるようにしながらベンチから前方へと倒れこむ】
【ふわりと浮かび上がったポニーテール様の長髪が、鈍らながらにばさりと切り取られた】


 イ、イカレ婆めっ!! この四方山治に取材を申し込まれて、命を報酬で欲しがる馬鹿があるかッッツ!!


【そのまま前方にごろごろと転がると、わざわざ振り返ってそう絶叫する】
【ノートと万年筆はしっかりとその手に握られているあたり、取材を諦めきってはいないのか】
【男はくるりと老婆に背を向け、そのまま全力疾走し始めた】

【なにやら、手元でノートに書きつけている様子だが……走りながらのため、少し手間取っている様子だった】

//メタ的には次レス、攻撃を受ければ次々レスで書き上げます

536【剣刃転移】剣に転移する狂婆:2022/07/31(日) 19:26:06 ID:u4Xv1gtU
>>535
「チィィィィッ! 空振りかぁっっっ!」

【ガルル、と唾を飛ばして悔しがるイカレ老婆】

「ずいぶん偉そうな若造だねぇ!!! 殺してやるよ!!!」

【精神に異常をきたしてから、ろくに本を読まない老婆は、相手が偉大な作家であることなど知る由もなく……】
【背を向けて走る若者に、手にした剣を……】

「死にさらせぇっ!!!」

【回転を利かせ、二丁の刀をその無防備な背中めがけて投擲する!!】
【刀は回転しながら相手に向かって飛んでいく】
【老婆は銭湯に関してそれなりの腕だが、投擲の腕は大したことはない。命中率は決して良くないが……】
【若者の悪運やいかに】

537【贋物騙リ】世界を「書き」重ねる小説家 ◆ZkGZ7DovZM:2022/07/31(日) 20:44:31 ID://VjpC7w
>>536


 のわあァーーー!


【ブーメランのように回転しながら飛来する刃】
【老婆の発する狂声に釣られて向けた視線がソレを捉えたときには既に遅し】
【もとより身体能力は常人そのもの。必死で身体を動かしたものの、脇腹に浅くはない傷を負わせて二本の剣は男の前方に落下した】


 き、貴様……老人と思って容赦するのは此処までだと知れ!


【滲みだす血に思わず膝をつくも、挑発するようにそう叫ぶ】
【そして、なんとか老婆との距離を開こうと……覚束ない足取りながら、再び立ち上がった】
【その間にも、何事か書き付けるその手は止められていない】

538【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/07/31(日) 20:44:35 ID:fNrngESU
最初に感じ取ったのはすえた異臭だった。夏の日の夕暮れ、湿って不潔な路地裏のゴミ捨て場の中、常人ならばほとんどの人が猛烈な不快感を示す数値。
もっとも、彼にとって目に見える数値で表されたそれは問題ではない。意識すべきは己が今置かれた状況だ、ここは何処で、今は何時で、何が起きたか。
各種センサー、関節部、内蔵機械、処理能力、諸々に目立った異常はない。唯一の通知であるエネルギー残量低下に関しても彼は関心を示さない。この程度ならそう問題はない事を知っているから。
自身を取り囲む撥水性の黒い群れ、ありふれたゴミ袋もアイカメラとCPUはしっかりと認識し、腐敗した汚水の微かに溜まる底を操作を誤った指先が貫く事もなく、モゾモゾと這い出る動きに不備はない。───そのはずだった。

「……………」

一瞬動きが止まったのは各部位の問題ではない。それら全てを司り、操作するはずの頭脳が動きを止め、それに引っ張られたためだ。
高機能アクチュエータ、各マニピュレータ、モーションアシストサーボ、動作系統に問題はなく、各部位の役割も彼は理解している。
内部データベース、センサーアレイ、ターゲティングHUD、オーグメンター、頭の中でひっきりなしに動き回り、今現在も視界の片隅を陣取って表示されるそれらが人には存在しない事も分かる。

「……………では、“私”は?」

『個体識別コード:A9-60』とデータベースが示した答えは求める物ではない、それがこの肉体に刻印された情報の一つでしかない事は、続く簡素な情報が明らかにしているからだ。
光と闇の境目、立ち尽くす彼を急かすように生温い風が通り抜け、そこでようやく一歩が踏み出される。路地の出口、切り取られた先に見える歓楽街方面へと向けて。
産道じみた路地を抜け、暗闇から出た反動で眼を灼かんばかりの街灯とネオン光に照らされ、それでも身じろぎ一つしないのは鍛錬や気合でどうにかなる物ではない。そもそもの性能が違うから。

そして、険しくも凪いだ無表情で周囲を見渡す彼───高校生程度と思わせるには充分な背丈と体躯の少年は、この遊びのホットスポットとしての顔と欲望渦巻く裏の顔を持つ歓楽街では浮いていると言えよう。
…外見年齢はまだしも、微かに異臭の染み付いた無機質な衣装と周囲全てを警戒するかのように数度見渡す仕草は、いわゆる“お上りさん”と呼ぶには些か毛色が違っていたから。


//置き気味になりますが初参加ロールになります

539【剣刃転移】剣に転移する狂婆:2022/07/31(日) 21:54:27 ID:u4Xv1gtU
>>537

【若者にとっては運悪く、そして、老婆にとっては幸運なことに……】
【命中率の高くない投擲攻撃は成功し、剣はわき腹をかすり、膝をつかせた】
【しかし距離は十分ある。ぬかるみのある山道、接近には時間がかかる――】

【はずだった】

「誰ァれが……容赦するってェ?!」

【老婆は気合を入れると――】

「ケンバァァァテンィィィィ!!!」

【剣刃転移】
【この能力は、剣のある場所に瞬間転移できる能力】
【剣の婆は、集中すると、その場から姿を消した】

【そして……】

「 バア 」

【若者の前方に落ちた「剣」。そこに、老婆は瞬間移動してきたのだった!】
【アヘ顔で、三又にちぎれたベロを出し、威圧する老婆】

「そして、コロス!!!」

【背負子からさらにボロ剣を取り出すと、若者が何かを書き連ねている手は無視し……】
【心臓めがけてさびた剣を突き刺そうと突進してくる!】

540【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/07/31(日) 23:59:36 ID:dthPeBwg
>>538

 日没間近の歓楽街において異物とも言える少年を前に尚も無関心、或いは不干渉を貫く人々。
 この能力者蔓延る魍魎の匣が如き街において、異質さとは警戒対象以外の何者でもない。
 しかし、同時にその異質さを無理に排斥しようとすることもない。
 どうやらそれが、能力者という潜在する驚異と共存する街における人々の処世術の一つのようだった。
 無論、所が変われば好奇心旺盛な人々やお節介焼き、或いは差別主義者や無能力至上主義者ばかりの地区もあるのだろう。
 だが、少なくともこの歓楽街において、ただ異質であるというだけでそのような過剰な反応が示されることもないようだった。

「やあ、そこの君」

 だからこそ、少年に声をかける男も同じく異質と言えるのだろう。
 短い金髪に奥二重の碧眼、手入れのされていない不揃いな無精髭。
 【祖国】と呼称される国を思わせる容貌の、30手前に見える年嵩の男が少年の前に立っていた。
 季節外れの擦り切れかけたロングコートを纏っているが、それを怪訝に見る人々の視線など気にもしていないようだった。
 男は咥えている煙草を深く吸うと、口腔から紫煙を吐き出しながら口を開いた。

「そんな風に所在なさげにしていると、悪党に目をつけられてしまうよ」

 白々しくもそんな事を口にする男こそが、悪党と言えるだろう。
 この世の多くの機関、多くの国、多くの街のデータベースに“世界の敵”として記録されている人間。
 偽神(アルコーン)、原初の暗黒、闇夜の魔女、冥河の渡し守──数多の悪行と共に数多の名を残している大悪党である。
 だが、そんな様子を見せることなく、あくまでも男は善意であることを示すかのように、小さな笑みを浮かべている。


// こちらも返信頻度は遅くなりがちですがよろしければ!

541【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/08/01(月) 21:14:34 ID:dgQmQimY
>>540

慣れ切ってしまっているだけなのか、触らぬ神にという事なのか、いずれにせよ干渉のない事は彼にとってある意味では幸いであった。
流れる黒山は全くの無警戒ではないらしいが、だからといって殊更に排除しようとするような動きも見られない。一人が動き、その流れに倣うのなら話は別だろうが、誰かがその役目を担うようにも見えない。
場合によっては勿論抵抗するが、それが意味を成すとは思いにくい事も彼はッ理解していた。なにせ、この躯体にめぼしい武装なんて存在しない事は他ならぬ彼自身が一番知っているのだから。

だが、異質こそが異質を呼ぶのか。立ち尽くすと言うにはあまりに堂々としながらも、確固たる目的を持っているようにも見えないその振る舞いに声をかけるのは、行きかう多くの人ならば避けるだろう。
顎先を少しばかり持ち上げて、漆黒の瞳を宿す双眸で声の方向を見上げる。偉丈夫と称するほどでなくとも、一般的な学生程度の体躯しか持たぬ彼からすればその男は立派な体格と言えた。
ファッションではなく手入れが行き届いていないだけの無精髭、ブロンドのショートヘア、季節外れのロングコート。ある意味では、この男も浮いていると言えよう。
対する少年もこの街に似つかわしい恰好かと問われれば否だ。顔立ち、体格はよくいる学生程度の物。しかし纏う衣装は多少の汚れこそあるが不自然なまでに白い、ツナギめいた一体型の物。
街の裏側に生きる者を彷彿とさせる男の装いとは対照的に、少年のそれは清潔に“過ぎた”。鮮烈が却って存在を悪目立ちさせるかのように。

───もっとも、彼を人の世から離れた位置に置くのは、その妙にやつれた衣装だけが原因ではあるまい。 見上げる少年の顔に一切の変化は無い、何かを感じているのか、いないのかも隠すかのように。


「………なるほど。確かに、少々軽率であったかもしれない。ありがとう」

しかし返す態度は嫌に素直で、返事は馬鹿正直な物。軽く頭を下げた程度の物だが、一般的に謝意を示すには充分だろう。
なるほど、道を行く者は誰もが良くも悪くも目立つような事なんてしていない。ただ流れる水のように無感動に、無関心に、各々の世界を往くのみの謂わば群れ。
そんな中で困惑の最中にあるとはいえ目立つ事をしていればどうなるか。想像はつく、あまり良くはない物だが。

「───では、“君は”? その言葉の通りなら、私に目を付けた君は悪党に分類されるのか?」

では、そんな少年に声をかけた彼は“何”だ。親切な案内役なのか、それともこれからやる事を説明する手合いの人間なのか。
…ともすれば挑発、警戒の表れめいた問いかけ。しかし尋ねる少年の顔は変わらぬ鋭い物ではあるが、敵意や害意、悪意の類は一切ない。
瞬き一つしないその瞳に宿るのは純粋な疑問だ。幼子が世界の全てを不思議がるように、眼前の人物が一体どんな目的で声をかけてきたのかが分からないのだ。
世界を轟かせるような悪行も、悪名も、そしてそこに至る何かも、今しがた不快な生まれ直しを経た少年は何も知らないのだから。

「もしも否定し、なおかつ対話が叶うのなら、私から幾つか尋ねたい事がある」


//確認遅れてしまい申し訳ありません…!こちらこそよろしくお願いします!

542【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/01(月) 22:28:02 ID:uY7lvGqk
>>541

「ふむ、僕が何者か……」

 少年の誰何(すいか)に、男は少し考えるような素振りを見せた。
 その腹の内がどうかはさておき、紫煙を燻らせて思案する男の顔には毛ほどの悪意も浮かんでいない。
 少年の言葉を誠実に受け止め、咀嚼しているように見えるだろう。
 そして、彼は何かを納得したように「そうだな」と呟いて少年の目を真っ直ぐと見た。

「……僕の名はハイル──生まれた時の名は違うが、今はそう名乗っている」

 過去の名は捨てた。そう言い切るように男──ハイルは淀みなく答える。
 そして、微笑の中に謝意を混ぜるように眉尻を下げ、肩を竦めた。

「ま、君には申し訳ないが間違いなく悪党と言えるだろう。
 自他共に認める大悪党──人類の敵対者だよ」

 そのような大言壮語を口にするのは狂人か、あるいは愚者か。
 彼はその両方であるし、口にする言葉は真実であるのだが、しかしそれを知っているのは同じ悪党か、或いは秩序の側に属する者達だろう。
 そんな事を知る由もない少年に対して、ハイルはまるでジョークを口にするかのように軽薄を装っていた。

「それでも構わないというのであれば、対話しようじゃないか。言葉こそは秩序と知性の象徴だよ」

 混沌と破壊の使者が口にするにはあまりにも寒々しい言葉を、ハイルは何の抵抗もなく吐き出した。
 何故なら彼は悪党を自覚していながら、自称していながら、秩序と知性を愛していると嘯ける人間だ。
 しかし、少年に向ける視線は誠実なものに見えるだろうし、吐き出す言葉には稚気のような明るさが混じっているだろう。



// よろしくお願いします!

543【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/08/01(月) 23:11:07 ID:dgQmQimY
>>542

答える義理のない誰何、応じる必要のない相手、それでも紫煙の向こうの表情に澱みはなく、真摯ささえ覗かせる。
少年にも感情や自我は存在する。そんな彼の弾き出した結論は『真面目な人間』といった内容であった。遠ざけ、離れても然るべき相手に近付き、あまつさえ疑問に律儀に答える。こういった人間を真面目とか正直と称するのだろうと考えたのだ。
名乗られた名は簡素で、続く紹介も真っ当な生き方では中々しない物だ。それはつまり、眼前の彼も少年同様何かを抱えている、抱えていた事の証左か。

「『ハイル』、覚えよう。 私は……A9-60。名前ではないが、現状私を示せるのはこのコードだけだ」

『よろしく頼む』と真っ直ぐに付け足しても、その妙な名乗りが正当化される事はありえないだろう。偽名にしても無機質で、冗談や悪ふざけにしてもからかう気概の欠片すら存在しない。
そして何よりも、彼の態度は名乗られたから名乗り返すという至極真っ当な礼節作法に則った物。口調はどうあれ律儀なそこに愚弄を混ぜたと解釈するのはそれこそ無理のある話だ。

「そうか。 君の言葉に筋は通っていたらしい」

ハイルの言葉に驚きも、怒りも、笑いすらもなく呑み込み受け入れる様は、ある種の愚鈍と取られても仕方のないものか。
簡単な理屈だ。人類種の敵、誰もが認める悪党、そういった肩書を臆面もなく名乗る彼に、正気ではなく理性を失っただけの狂人や悪を気取る愚者の気配は見えない。
ならば、少なくとも取るに足らない雑言と捉える事もあるまい。 サラリと流すかのような態度は、まんまと信じた者のそれと比べれば淡白では済まされない程に冷ややかだが、否定や訝る様子は一切なかった。

「私に危害を加えないのなら、君が悪党でも別に構わない。そもそも、私は人類ではない。 こういう時、こうするのだったか?」
「“悪党”が秩序を尊ぶ事があるのは初めて知った、興味深い。 が、恐縮だが場所を移したいのだが」

一瞬の静止の後、当然と言わんばかりに右手を差し出す。この少年もまた、狂気に呑まれ精神の均衡を持ち崩した異常者なのだろうか。
答えはその手を握れば分かる事だ。人と何も変わらない筈の肌を伝う冷たさ、似せられて作られているが、分かる人間には察知出来る異様なる超金属の骨格。
───アンドロイド、ロボット、オートマタ、いずれの呼称でも少年を示すには事足りる。人を模して造られた機械仕掛けの存在ならば。

己の正体を隠そうともせず、代わりに求めるのはこの場所から離れる事だ。通行人全員どころか、一人としてこの会話を聴いているとは限らない。が、悪い意味で目立つ二人の姿で往来にいつまでも居座る事が得策とも思えない。
そして、少年に土地勘といったものは一切存在しないが、ハイルならばそうとも限らないだろう。ちゃっかり案内を彼に預け、この場を後にする事を提案。
もしも彼が言葉通り、もしくはそれ以上の悪党ならば、迂闊に身を預ける行動は愚の骨頂もいいところだ。素性を知らずとも、ノコノコ同行するのを躊躇う人間は多いだろう。
それでも彼に任せるのはなぜか。それは感じ取った感情の機微を判断材料にするという、ある意味機械らしからぬロジックが故。
悪を名乗りながらもその口振りは秩序と理性を抱えたままで、向けられる感情には稚気じみた気配すら混ざる、そんな彼の様子を無視する選択肢はあるが、ただ選ばなかっただけだ。

「私の繊細な機器類にこの外気温は少々問題だ。贅沢は言わないが、25℃以下に保たれた空間が好ましい」

さりげなく図々しく付け足す要求も、理路整然として無機質な機械を想像するのなら首をかしげるだろうか。

544【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/02(火) 00:17:09 ID:M2W86FN6
>>543

 嗚呼、この世界は狂っている。
 少年の名乗りに応えるように握手を交わした時、ハイルは一瞬だけ目眩のするような憎悪に苛まれた。
 血肉通わぬ無機質な感触は、少年──A9-60の素性を窺わせる。
 ハイルが少年の奥に幻視したのは、真っ当ではない誰かの狂った妄執。
 それはきっと“神であれかし”と、おぞましい実験の果てに生まれたハイルの抱いた妄想に近いのだろう。
 だが、それでもハイルの心を揺さぶるのには十分すぎる“錯覚”だった。

「君は……いや、そうだな」

 落ち込んだ気持ちを誤魔化すように、ハイルは咥えていた煙草を握り潰すと地面に投げ捨てる。
 その所作から、彼が条例やマナーに気を配るような上品な人間ではないことが窺い知れるだろう。
 そして、ハイルは手についた刻み葉を払うように手を叩くと、明るく努めて言った。

「少し歩いた所に、静かな喫茶店があるんだ」

 そう言って、彼は案内すべくA9-60に背を向けて歩き始めるだろう。

「コーヒーを飲んだらその“繊細な機器類”がショートする、なんて事はあるまいね?」

 そう冗談めかして口にするハイルに、アンドロイドへの忌避感などはないように見える。
 むしろ、驚愕も歓心もなく、その瞳に浮かんでいるのは同情心のようなものだった。



// 今夜はこれが最後の返信になります
// 道中の描写はキンクリしても大丈夫です

545【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/08/02(火) 21:12:54 ID:S52ygrus
>>544

脈拍の上昇、心拍数の増加、膨れ上がり、そして収まる一瞬の変化。触れた手を通じて感じ取ったその正体を悟る事は無かった。
正確には近似値を基に推測する事は出来る。が、これほどまでに激しく膨れ上がり、収まっても尚影響を及ぼすそれをあらかじめ決められた数値の中に収めるのは不可能なのだ。
今はまだ持てるかも分からないステータス。どこまでも膨れ上がり、器すらも灼き融かす酸にも似た劇毒、『憎悪』を理解しきる事は出来ず、だからこそ彼は人になれなかった。

「問題ない。疑似消化器官は活動している、活動全てを賄うのは不可能だが100%の効率でエネルギー変換が可能だ」
「ところで、私の知識が正しければ路上にゴミを捨てるのは禁じられているのではないか?」

面白味の無い回答こそが意図せぬユーモアとなるのだろうか。顔色一つ変えず───そんな機能は元々無いけれど───淡々と心配無用の旨を伝える様子はいかにも機械然とした物。
己の事よりもハイルの行動の方が気になったらしい。わざわざ潰され捨てられた吸い殻をつまみ上げれば、投げかける声は責め立てるかのような無機質な問いかけ。そんな意図は無いのだけれど、断定するかのような口調と視線は“そういうモノ”だと知らなければトラブルの種になりそうな物。
が、先に進み続けるのなら確認の暇はない。手の内に吸い殻を隠すようにして握り込めば、行きがけかどこかでゴミ箱を見つけるまでそのままだ。


「まず第一に訊きたいのは、『ここは何処か』『どういった場所なのか』という事だ。 座標、緯度経度といった情報は今は不必要と付け足しておこう」

案内された先の喫茶店。落ち着いた店内のテーブル席が一つは奇妙な雰囲気に包まれる事となる。 静かなボサノバに引きずられたのか、尋ねる声の調子は変わらないが少しばかり声量は控えめ。
注文を待つ店員に自分はその必要がない事をキッパリと告げて、出されていた冷水を一息に飲み干す。言葉通り、多少の飲食物でどうにかなるような躯体ではないらしい。
ハイルの向かいに座し、姿勢を崩さぬままにまず口にするのは、今更に過ぎるが現状を把握するためには必要不可欠な問いかけ。
己の存在意義も、生まれた場所も、何もかも知らない彼だが、歓楽街の路地裏が誕生の地でない事は理解している。そして、ここがよくあるタイプの平和な都市ではない事も。

「ここに来るまでに見えた物を加味すると、君も元は異邦人のように見える。データと照合すれば、『人種のサラダボウル』と呼称されるべき場所なのか?
 素性を明かす事による多少の忌避、あるいは興味は想定していたが、どちらとも違うようだ。それも土地柄なのだろうか?」

//お返し置いておきます
//喫茶店の描写してしまいましたが何かありましたら変更してまいります…!

546【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/02(火) 22:22:22 ID:/DiaIDFk
>>545

 A9-60の問いかけに耳を傾けながらアメリカンコーヒーを注文すると、
 ハイルはその好奇心とも言えない淡々とした疑問の羅列に小さく息を吐いた。
 そして、先程の注意も含めてハイルはA9-60をこう評価した。

「君は“クソ真面目”だな」

 それが高度な知性に生み出されたパーソナリティなのか、
 それとも論理思考を繰り返す機械的反応であるのかは不明であるが、
 少なくともハイルのような軽薄な、ジョークばかりを口にするタイプではないように思える。
 そして、この自分達が活動するこの街についての質問に、ハイルは頭痛に耐えるようなしかめっ面を浮かべた。

「そうだな……ここは“街”さ。
 名があるのかもしれないが、誰もそれを知らないし気にかけもしない。
 どれほどの広さか見当もつかないし、未だに広がり続けているのかもしれない」
 
 つまり、この街を正確に言い表す言葉は“よく分からない”だ。

「僕はかの【祖国】と呼ばれる国の出身だが……ま、この街では異邦人など珍しくもないね。
 人種どころか生物としての系統が異なる者同士が共生しているのがこの街さ。
 異なる世界から来たとか、遥か宇宙の果てから来たとか、そんな連中も存在する。
 魔法、超能力、異能を宿した者、あるいは神仏悪鬼すらそこらを歩く、異常こそが正常の街。
 だから、そう、もしかすると此処こそが“世界の果て”なのかもしれないな」
 
 それは、あくまでもハイルの主観である。
 あらゆる国、あらゆる星、あらゆる世界に生きる者共が流れ着く終点。
 そう思ってもおかしくない程に、この街の住民は多様性に富んでいる。

「それで、君は? この街でなお浮く異分子たる君は、いったい何処の誰なんだい?」

 A9-60──人を模したもの。
 何処で生まれ、このような地に流れ着いたのか。
 ハイルは届いたコーヒーを一口飲んでから、A9-60の言葉を待った。

547【斑尾雷鰻】:2022/08/02(火) 22:53:58 ID:5uzeanGM
>>526

――地面にだくだくと溢れた血の池から、路地の奥に向けて斑尾に血痕が遺る。
見るに、どうやら"喰って"まではいないようであるが、貴女の空腹は恐ろしいものであると。
表情は変えずとも、目線に貴女への畏怖の念を仄かに滲ませる。


「は……、わ、ぉ……」


突如姿を現した眩い輝きを纏う牙を渡され。
続いて同様の素材で構成されているであろう煌めく鱗。
そして最後には大きめの原石をごとり、と手のひらに落とされて。

最後のは少しばかり重かったか、「おっ、と」と身体を僅かによろめかせる。
まるでショーケースに張り付いてトランペットを眺める幼子のごとく、手の平にあるそれを眺めて。


「こっちこそあンがとな。元気で暮らせよ。
――――ぁ!?ちょッ、おまッ――!!」


彼女は別れの句を聞き届けば、貴女に背を向けて歩き去ろうとする。
後ろ手に別れを告げたその時――「この姿、利用(つか)わせてもらうね」
刹那、その一言に勢いよく踵を返せばそこには"もう一人の私"が既に高く高く飛び立った後で。

口を丸くして呆けた表情を数瞬浮かべた後、ため息を一つ吐いて。
――あんな契約、結ぶんじゃなかった。後悔をただ一つ、漏らし。

// 大丈夫ですー!!
// 遅れ遅れのお返し本当にすみませんでした……、絡みありがとうございましたー!

548【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/08/02(火) 23:18:06 ID:S52ygrus
>>546

「分類:軽口を検知」

怒りも笑いもせずにハイルからの評を受け容れる。その言葉を肯定こそすれど、否定する材料は持ち合わせていない。
右も左も分からぬくせに定められた定義や己の疑問に正直で、多少の機微や感情を検知した上で硬さを崩さない。
少なくとも、彼にコメディアンの役割を期待するのは無駄と言えよう。感情を宿していてもそれを表現出来なければ意味はない。

「『街』………。 質問を変えるべきだろうか?」

漠然とした答えを受ければ、眉根を寄せて逆に聞き返す。だがその必要がない事は即座に理解した。
ここまでの会話、態度からハイルの事は暫定的に『軽薄』と判断している。冗談の渋面を浮かべる事もあるだろうが、からかいであれ嘘をついている人間の反応は確認出来ない。
明確な答え、揺るがぬ真実を求める側からすれば、これほどまでに絶望的な答えは無いだろう。そこに住まう者ですら全てを把握する事は叶わず、しかも明かされるのはデータバンクの中とは異なる物。

「…………そうか。 判断しかねるが、それで良しとしよう。
 マルチバース、外来種、神仏、どれも登録されていない。関心はあるが、一般的に危険と分類されるのでは?」

内容自体は同様に簡素極まりないが、先程と比べるといささか長い沈黙。それは、指示されたプログラミングのみで動くばかりの木偶人形ではない事の証左でもある。
広大な土地。そこに詰め込まれるのは人ばかりではなく、常識も理も超えた存在の例は突飛ですらあり、だからだろうか、逆に真実味を帯びるのは。
頭の痛くなるような言葉と現実だが、否定する事は出来ない。一瞬何かを言いたげに口を閉じたがそれだけだ。想定と違う現実、何時だって襲い来る洗礼の一つ目がこれという事だろう。
砂埃と灰に汚れた手で店員を呼び止め、再び冷水を注いでもらえば、ハイルに倣うようにして口元へ運ぶ。瞼を閉じて彼の問いにどう答えるかを導き出すまでの時間は、最初にグラスを空けるまでのそれより若干長かった。

「識別コード:A9-60。現状私を示す事が出来るのはそれだけだ。製造目的も、製造元も、名前も、一切が私の中には存在しない」

やがて開いた先、瞳の位置は少しも変わらずハイルを捉え続けており、誤魔化しや嘘の混ざらない言葉を連ねる。
最初に声をかけてもらった時の焼き直しじみた返答だが、おもむろにウィンドウの向こうに行きかう人の流れ、街灯と営みの光に照らされる世界を見下ろすのは多少の毛色の違いを伺わせる。

「コードはコード以上の意味を持たない。それはただ区別をつけるための符号でしかなく、名前には適さない。
 君に例えるのなら、『ハイル』という名前ではなく『コートの通行人』と呼ばれ続けるような物だ」

「今、歩道の端を通り過ぎたのはドブネズミだ。大きさから見て二歳半程度。そこの街灯に惹かれ纏わり付いているのはマイマイガの成虫。
 では私は? 私は何者で、どうやって生まれて、どこから来たのか? 自分がA9-60と分類される機械だという知識はある、だが自分自身を示す『記憶』が私には存在しないのだ」

記憶喪失。流れ者の中にもこの世界に根差した者にもそういった手合いはいるだろうが、A9-60を名乗る彼の場合は少しばかり都合が違っていた。
人の脳の不可思議さは、時に失われた筈の記憶を不意に呼び覚ます事からも明らかだ。その機能全てを再現する事の難しさからも分かる通りだ。
だが人の機能に寄せてもまだ届かぬ少年のコンピューターは、一度削除されれば再び焼き込まれるまで二度と掘り返す事は出来ない。つまり、これまでの記録の全ては永久に失われているとほぼ同義。
多少は気にしているかのように視線を外したのは、中途半端に似せられたが故か。模擬人格の機能は人を気取るには癖があるが、己のアイデンティティが存在しない事を看過出来るほど無機質ではなかったのだ。

「私は誰だ? 君の方に心当たりは?」

改めて向き直り問うのは、溺れもがく中で藁をも掴もうとしているのか、彼なりの軽口のつもりなのか、鉄面皮はわざわざ正解を示しはしない。

//本日の返信ここまでとなります!

549【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/03(水) 17:33:18 ID:jWzsbMuM
>>548

 ──記憶。
 目の前の少年の、その己との類似性に同情と憤怒が同時に湧き上がる。

「ほらみろ、俺達と同じだぜこの“人形野郎”は」

 突如、ハイルの“頬”がそんな粗野な言葉を吐き出した。
 彼の顔に差す影が液体のように蠢き、小さな口が形成されている。
 ハイルはそれを押さえつけるように己の顔を叩くと、困ったような笑みを浮かべた。

「この通り、僕もまあ……ワケアリでね。
 自分が何者なのかも、何を為すべきかも分からない。
 最近まで君とまったく同じ状態だったのさ」

 だからこそ、声をかけてしまったのかもしれない。
 寄る辺もなく、所在なさげに周囲を窺う困惑を感じ取ったからこそ、
 その悪党は名もなき人形に目をつけたのだ。

「──つまり、僕は君の事なんて知らない。
 君のそれが記憶喪失なのか、元より存在しないものなのかは分からないけどね。
 “誰かから与えられた情報が君のアイデンティティになる事はない”。
 先に経験した僕がそう断言するよ」

 それはハイルがそうであったというだけの、ある種の偏見だったのかもしれない。
 だが、ハイルにとってその突き放すような言葉こそが真実であった。
 今ここで嘘の言葉を与えることを彼は良しとしない。
 中身のない希望を与えられる絶望をハイルはよく知っている。
 “きっといつか”などという言葉は、空っぽの心を侵す毒となるのだ。
 だから、ハイルはあえて少年に希望を与えようとはしなかった。

「しかし、名前が無いというのは不便だな……」

 ハイルは少し考え込むような所作をして、僅かな時間の後に口を開く。

「……よし、じゃあ僕は君の事をノアと呼ぼう。
 君のコードはAから始まるようだから、No.A(ナンバーエー)をもじってノアだ。
 ああ、いや……あるいは、その機械らしからぬ知性を称えてNot Artificial(人工的ではない)から取ってノアでも良いな」

 一方的に少年を命名すると、ハイルは深く息を吐く。
 それは覚悟を決めているかのようにも見えるし、何かを躊躇しているかのようにも見えるだろう。
 だが、それも僅かの間の事であり、すぐにハイルは少年──ノアと名付けた機械の鉄面皮を見据えた。

「──ノア、これは警告だ。
 この先、君の前に君の事を知っている人間が現れたのならば……」
 
 彼の纏う気配は冷たく、暗くなっていく。
 軽薄な態度はもはやそれを誤魔化してはくれず、
 ハイルという人間がこの世の道理から外れた悪鬼であるのだと知らしめていた。

「そいつは必ず殺した方が良い」

 そう口にするハイルの瞳には、底のない憤怒と憎悪が満ちている。
 時折噴き出すその負の感情こそがアイデンティティだと言わんばかりに、ハイルの中に満ちている感情はそればかりであった。



// お返ししておきます!
// 本日もしかするとこれ以上返せない可能性があります……!

550【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/08/03(水) 21:08:16 ID:DgMP8YaU
>>549

「ワケアリ。なるほど、定義通りのようだ。 その頬にも挨拶をしておくべきだろうか?」
「理解した。君が私に拒絶も、過度の興味関心も抱かなかった理由。その視線の正体を推測する情報は集まった」

腹話術か何かの芸に対する知識はあるが、粗野な声がそれらに当てはまらない事も同時に漆黒の瞳は見逃さない。
流動し、身侭な器官を形成する影。誤魔化し隠すかのような所作から見るに、ハイル自身も完全に制御し操っているというわけではないらしい。
先程彼の言っていた言葉を想起する。魔法や超能力といった人としての基礎性能が違う者か、それとも生物としての系統すら異なる者なのか。
いずれにせよ、彼の言う通りだ。 何かと厄介を抱えている者同士という事になる。

「───そうか。 了解した、プラン;自己復元は一時的に凍結としておくべきか」

餓える者は常に問い、答えの中にはいつも罠。悪辣とはいつだって隙を伺い狙いを定めてくる物だから。
ハインの言葉が完全なる真理とは限らない。身を縛る問いを棄てたからこそ視える物があるし、貫き通した先で逢える物もある。
少なくとも、孤独なアンドロイドにとってその言葉はある種の福音となった、それだけは確かな真実だ。続く行動に変わりはないとはいえ、一度でも目を伏せるのはその証拠か。

「承認。 暫定的だが、『ノア』を私の名前として登録しよう。ありがとう」

口内で繰り返す事も、分かりやすく表情を変える事もない。一度捉えた音声はしっかりと彼のデータバンクに記録され、思考領域に影響を与える。
それでも、張りつめていたような空気が少しでも揺らぐように錯覚する事は誰であっても出来るだろう。仮初の名前、短いが二つの意味を宿すその響きは、彼の思考を妨げない。
分かりやすく表現するのなら気に入ったらしい。鉄面皮は退場する舞台装置めいて深々と下げられた。

それでも、急速に冷えていく気配を悟る事は出来る。能面めいた顔を起こせば、真っ直ぐにこちらを向く視線が貫くかのようにじっと見ている。
体温、脈拍、心拍数…アイセンサーで判断する事の出来るバイタルサインなど、しっかりと触れた上での精密な情報には及ばない。
だがそんな機械の見る世界でも、ハイルの気配の変化は察知出来た。 そして、ノアの模擬人格もようやっと彼を形容する言葉に辿り着いたらしい。

「断る。自己復元はあくまで凍結だ、私は私の過去を知りたい。殺してしまえば調査は行き詰まり、何より私に降りかかるリスクは著しく上昇すると予測される」
「君が私に声をかけ、名を与えてくれたのは、善行ではなく『同情』と推測した。同時に、強い『興奮』にも似た反応も検知した。
 私には縁の遠い言葉だが、それは『怒り』……あるいは『憎悪』と呼ばれる物か? もしも間違いがあるのなら教えてほしい」

ドス黒い感情の澱み。内でマグマの如く猛り狂う怨毒。人を突き動かす要素の一つであり、眼前の彼の場合は己の存在ですらあるのか。
彼の警告に毅然としてすらいる態度で拒絶をするのは、自分達と同じでありながら決定的に違う存在への恐れ、恐怖が存在しないからというのもある。
だが、それよりも大きな要素が一つ。悪党を名乗り、マナーもよくはない彼が、何故所以も知らない機械のノアに構ったのか。
喜怒哀楽の基礎数値では表せない感情、強く怨み、憎み、憤り、だからこそ他者に獰猛に噛み付くか、己と同じ何かを重ねる。 白紙に近しい模擬人格の感じ取った高度な感情は二つ。その答えが知りたくて。

「───警告は記憶しておこう。ありがとう。 もしも可能ならば、君の話も訊いておきたいものだ。私に『同情』を抱くまでの経緯の中に、何かヒントがあるやもしれない」


//了解です!お気になさらず!

551【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/04(木) 17:57:46 ID:DtWYTCiY
>>550

 少年──ノアの言葉にハイルの瞳は揺れる。
 過去を知りたいというその思いが、どれほど理解出来ることか。
 そして、その結末がどれほどくだらないものだったか。
 ハイルは暫しの沈黙の後、湧き上がる憎悪を何とかねじ伏せながら言葉を紡ぎ出した。
 
「……僕には、記憶がなかった。
 此処が何処なのかも分からず、自分が何者なのかも分からなかった」
 
 ぽつりぽつりと、細切れに吐き出すのはかつての気持ち。
 不安と焦燥。寄る辺のない恐怖に震えて眠れなかった夜は数え切れない。
 そして、ハイルは右手の人差し指で己のこめかみを叩く。

「だが、僕は孤独じゃあなかったよ。何せ、この頭の中には5人の同居人がいたんだ。
 恐ろしい力を持った怪物が5人、僕の身体の主導権を奪おうと荒れ狂っていた」
 
 それを孤独ではないと言い換えたのは、皮肉だろう。
 それは、自嘲気味に浮かべたハイルの笑みが物語っている。

「自分は気が狂っているんだと思った。
 自分にしか聞こえない声が常に語りかけてきて、
 収まらない頭痛と幻聴に一度は【診療所】にかかったくらいだ。
 ……ま、その結果、僕は限りなく正気だったようだがね」
 
 正気を保証されたこそ、ハイルはある結論に達した。
 
「だから僕は、世界を滅ぼすことにした」

 正気であるからこそ、正気を失ったのかもしれない。
 狂っていれば耐えられた現実に、耐えられなくなったのだ。
 
「僕の命は、僕の精神はとっくに限界だったのさ。
 同居人達の強烈な精神と膨大なエネルギーに身も心も焼き尽くされかけていた。
 ……最初は、まあ、自分は狂っていると思い込もうとするための、見せかけの悪意だったさ」
 
 自分は悪行を為す程に狂っている。
 故に自分は正気ではない。
 正気ではないが故に己に降りかかる理不尽に心折れる事はない。
 そんな論法で正気を保つために、正気を失った。
 だが、それも短い間の話だ。

「それから僕は何年もの間、世界と敵対しながら旅をした。
 仲間と共に多くの人を殺し、多くの都市を滅ぼし、多くの罪業を重ねた。
 そして、その旅の果てに僕は、魔法使いの友人の協力の下、自分の記憶を取り戻したのさ」
 
 そこで、幸せな記憶を取り戻したのであれば、それなりの物語になったのかもしれない。
 少し不幸な男の、少し後味の悪い物語で済んだのかもしれない。
 だが、現実にそんな都合の良い結末は用意されていなかった。

「僕は……僕達は書き捨てられたメモ用紙だったんだよ」

 そこで、ハイルはコーヒーを一口だけ口にして、
 噴き出しそうな怒声を苦味と共に嚥下した。

「……僕の妹は少し珍しいタイプの異能を持っていたんだ。
 いや、異能に目覚める不治の病と言うべきかな。【聖痕症候群】と呼ばれていてね」
 
 突然、脱線したような話は決してハイルの境遇と無関係ではない。

「僕の愛すべき故郷──【祖国】の研究者達はこう考えたんだ。
 “折角だから、この珍しいモルモットを使って実験がしたい”と、
 “しかし、この娘が行方不明になると家族や友人が騒ぐだろう”と」
 
 忌々しげに言葉を口にするその様は、軽薄さも失せて本心が剥き出しの表情を浮かべていた。
 不快感と、憎悪と憤怒、その他の様々な負の感情が入り混じった複雑な色をしている。

「その哀れな娘の兄と、その友人であり同じ軍に所属していた男、
 娘を目にかけていたマフィアのボス、娘と仲の良かった敬虔なるシスター、そしてシスターと親しかったストリートチルドレン。
 1人の珍しいモルモットと、ついでに処分の必要が出来た5人を材料に、研究者達は“人の手で神を作ってみよう”と考えた。
 ああ、正しい意味での“実験”さ。神を作るための仮説検証として“試しに大量の怪物と6人の人間を混ぜてみた”結果が僕達なんだよ。
 ……そして、思い通りの結果が得られなかったからこの街に廃棄されたのさ。試し書きしたメモ用紙をゴミ箱に捨てるようにね」
 
 そういう経験をしたからこそ、ハイルはノアに必要以上の同情を寄せてみせたのだ。
 このような街で、所在なさげに振る舞う者には、理不尽な運命が待ち受けているのだと決めつけたのだ。

「……だから、失った記憶に幸せなんてありはしない。
 幸せな過去があるなら、こんな街で孤独に目覚めるなんてことはないんだ。
 真実を知れば、君は絶対に後悔するぞ……」
 
 むしろ、それは“そうであって欲しい”という願いなのかもしれない。
 もしも似た境遇の誰かが幸せになってしまったのならば、きっとハイルは耐えられない。
 ロクでもない研究者が、ロクでもない実験の果てに廃棄したアンドロイド。
 ノアの境遇は“そうであって欲しい”と、ハイルは卑怯にもそう願っているのだ。


// お返し置いておきます

552【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/08/04(木) 23:26:12 ID:jJwoxEks
>>551

己の事を語る、それは古傷を自らの手で抉り開くのと同義にすらなる。ましてや何かを抱えた相手ならば。
されどその口を開き過去を明かすのを単なる善意やお節介で済ませる事は、冒涜か愚弄にすらなり得る。
ノアに記憶は無く、人間社会を維持する数値化出来ない感情の機微も分からない。だが、人を模した模擬人格は思考を続け、データバンクの知識は己がすべき行動を導き出す。

「多重人格の症例としては重篤な物であると予測する。検知するステータスは『皮肉』。 不本意な状況であった事は明白だ」

目が覚めて、あるのは己を形成してきた記憶ではなく頭の中に巣食う五つの怪物。どれほどの恐怖、困惑であるか。
記憶が無いと語るノアに普通に接する事が出来た理由は、恐らくそれも理由の一つだ。己も経験しているからこそ接し方が分かる。それも、ハイルの方がより凄まじい経験だったというのもあるかもしれない。
そして、語られる内容は鮮血と狂気の気配を宿し始める。生まれながらの悪ではないからこそ悪に堕ち、自身を支え続けるしかなかった過去を明かす。
『そうか』という短い返答、頷きも瞬きもしない態度は、只人がやっているのなら聞いているのか心配になるような所作だが、ノアにとってはこれこそが耳を傾ける姿勢。
求め、焦がれたからこそ、聞き届けねばならない。双眸は処刑隊の銃口めいて無機質で、師に従う徒のように真っ直ぐであった。

「メモ用紙?」

その視線が僅かに動く。訝る様に眉根を少し寄せ、ハイルの言葉をオウム返しに零す。人間がやるかのように。
彼の語った例えも、話に上がった聞き慣れぬ単語も、理解出来なかった時点で訊き返すべきなのだ。しかしそう考え開かれたはずの口が───咽頭部の発声装置が───言葉を繋げる事は無かった。
ノアは視てしまったのだ。眼前の男の醸し出す強い感情を。様々なステータスを示しながら、その全てが昏く澱んだ負の感情。叩き出される強すぎる数値を。
彼の語る通り、『ハイル』を作り上げた経緯に救いは無かった。ドラマチックな因果も、劇的なまでの運命も無く、システマチックで悪質な実験台としての選出。
気持ちは分かるなど、口が裂けても言えない言葉だ。他者の気持ちに寄り添う事を困難とするノアだけでなく、きっと誰であっても同じはず。そう思ってしまうのも無理からぬ事なのか。

「……ご愁傷様と言わせてもらおう」
「君の発言も一理ある。仮に私の過去が恵まれている物だったならば、この出会いも無かったはずだ。
 その事例を聴いて、後悔しないと確信をもって言えるか怪しくなってきた事は認めなければならない」

知識にあるだけの言葉、適切かどうかを判断するだけの経験はなく、自信の無いカンニングで答えを導くような物。しかし、僅かに沈んだ言葉は彼の宿す感情、精神を伺わせるのに充分だろう。
続く迷いもだ。目的の為にひたすら突き進む、その決定を違えるつもりはない。が、それを知って己の疑似人格はどうなるのかという疑問が生じたのだ。
ある意味ハイルにとっては望ましい形だろうか。得られた答えが自分自身に影響を齎す類いの物だった事を想定し、踏み出す一歩に絡みつく迷いの糸は。
何も知らず、何も分からず、だからこそハイルの警告───あるいはそう名乗るだけの渇望───にも応じてしまう。皮肉にも、『他者に植えつけられた情報がアイデンティティになる事はない』という彼の言葉を否定するかのように。

「君は今でも憎んでいるのだな。己の過去……己をそうした運命を」


//遅れてすみません…!本日これ以上返信できないと思います…!

553【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/05(金) 11:08:33 ID:pNLgjfJM
>>552

「憎む……か、そんな高尚なものじゃあないさ」

 ハイルは己の憎悪を言い当てられて、卑下するように否定した。
 視線は手元に落ち、真実を射抜くかのように向けられる無機質な瞳から目を逸らす。
 そして、その人間を模した声色に宿る迷いを信念を受けて、縮こまるようにぽつりと零した。

「ただの八つ当たりだよ。
 僕だけが理不尽な目に合うなんて許せないだけだ」
 
 善悪の区別がつかない訳では無い。
 己の言動に正当性がないことなど分かっている。
 それでもやるのだ。

「だから、世界を滅ぼすんだよ。
 自分達だけは安穏と生きていけると思っている連中を皆殺しにしてやりたい。
 僕は自分が世界で一番不幸だと、そう本気で信じているんだぜ」

 正気を保証するための嘘などではなく。
 狂気に囚われたが故の妄言などではなく。
 正気のまま、それを悪と理解し、不条理を為すのだ。
 正当なる復讐ですらない、ただ自分が溜飲を下げる為の八つ当たりとして。

「僕は悪党に“成った”んだ。
 記憶さえ取り戻さなければ、僕はきっと“そこそこの悪党”で終わっていたよ。
 都市の1つや2つを滅ぼして、それで満足して死んでいただろうさ」

 だが、そんな未来は既に失われた。
 書き捨てられたメモ用紙は、己の心を騙して生きることをやめたのだ。
 だからこそ、記憶などに囚われるべきではないと“過去の己”に手を伸ばす。
 真実を知りたいという、恐ろしい願望を抱く人の型──ノア。
 ハイルはそんな彼に過去の自分の映し出し、敢えて軽薄そうな態度を戻して言った。

「──……さて、何か参考になったかな?
 ま、僕の言葉だってただのお節介だ。
 自分という存在について知りたいという気持ちが抑えられないことは理解しているよ。
 ああ、それこそ、死ぬほどね」
 
 よせと言われて止まる程度の気持ちなら、ハイルだって諦めていただろう。
 だから、未来を憂うハイルの言葉は所詮願望であり、ただのお節介でしかないのだ。

554【贋物騙リ】世界を「書き」重ねる小説家 ◆ZkGZ7DovZM:2022/08/05(金) 18:59:49 ID:8j1hFOd6
>>539


 な、転移ッッッ! よもや────ッッッッ


【ようやく立ち上がったその眼前】
【剣を媒介にした様に老婆が現れる】
【驚きに目を丸くしながらも────その筆が止まることはなかった】


 《 雨は過ぎ去ったと。剣に狂った老婆も物書きも、そう確信していた。 》
 《 だが、それは誤りだった。みよ、取り残されたかのように、彼らの頭上に暗雲が一つ。 》

 《 その内には、行き場を求める雷。 》
 《 彼らの立つのは、山中に在って開けた場所。 》

 《したがって雷は、その背に高い荷を背負った────老婆を狙い叫び声を挙げた。 》


【心臓めがけて突き出された剣に対してはノーガード】
【老婆を狙って落ちる雷が、己に刃の届く前にその動きを妨げるだろうと信じて】
【運命に身を委ねるがごとく────その剣の行き先を見つめる】


/遅くなって本当に申し訳ございません!!!!

555【剣刃転移】剣に転移する狂婆:2022/08/05(金) 20:49:18 ID:4n/cF5uY
>>554

【そんな偶然、あるのだろうか?】
【しかし、現実に、それはリアリティを伴って、起きたのだ……】

「……!!!???」

【山の天気は変わりやすい】
【そして、つい先日までの雨雲の一部は、偶然にもこの山に留まり……】
【かねてからの猛暑で上昇気流は発生しており、雷が発生するのもリアリティのある話だ】

「アッ、あんぎゃぁぁぁぁぁああああ!!」

【ズドォォォン、という大きな音と共に、雷は老婆の手にしていた剣の金属めがけて、落ちた】
【老婆の体をイナズマが切り裂くと……】
【老婆は大の字になって地面に倒れ、白目をむいている】
【胸を突かんとしていた剣は雷に焦げて真っ黒になり、地面に刺さった】
【若者は九死に一生を得たようだ!】

「が、が……」

【しかし、老婆はしぶとい! ゴキブリ並みの生命力だ!】
【周囲に剣が散らばって、雷がそこに拡散して落ちたというのも原因かもしれないが……】
【老婆はまだ、生きている! 死にかけているが、まだ生きている!】

【すぐには起き上がれないが、もし数分、猶予を与えてしまえば、完全に発狂し】
【目の前の人間にとびかかってしまう事だろう】

【いまこそ、狂人老婆のとどめを刺すチャンスではある!!!】
【若者ははたして、どんな判断を下すだろうか?】

556【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/08/05(金) 21:30:49 ID:ebRfUl1w
>>553

自分が悪だと気付いていないのではなく、自分の悪を自覚した上で堕ちていく。恐ろしく、危険で、そして救われない。
彼の戦いは己を貶めた存在への復讐や、自分達が生き残るための戦争といった、渇き焦がれて手を伸ばしても届かず、暴力を代わりとしたある種の悲願ではない。
言ってしまえば八つ当たり、法に則るまでもなく分かりやすい『悪』。自分がそうだったから他者にもそうしなければ生きられない化生。
───そう無慈悲に断罪出来るほどにノアの模擬人格は単純ではなく、あるいは致命的に劣っていた。

「大多数にとっては、君は死ぬべきだな。 だが、この会話を判断材料に加えた私の反応を回答にし、表現するには時間がかかりそうだ」

記憶も怨みも無いノアだが、訊いた情報と文明レベルから推測される世界の規範から見ればハイルの存在は看過されるべきではない事は分かる。
仮に彼が何かをしでかしているところに出くわしたなら、こんな答えには辿り着かなかっただろう。己に危害が及ぶようならば火の粉を払う事に躊躇いなどない。
しかし、ここにいるのは同情と僅かな願望を抱き、棄てられたアンドロイドに構い、悲愴なる過去の上に座する人間だ。
一つの善と何百もの罪。世界の破滅を望み他者の幸福を認められず、しかし似た境遇の存在への感情は下手な市民よりも手厚くすらある男。
淡々と、無感動に無感情に推測を並べる事は出来ても、それが限界だった。目覚めてすぐの模擬人格は、頭の中で浮かび上がる幾つもの仮定とそれに続く事象をシミュレートし、処理限界にも似た静止を見せた。

「肯定する。単純に区分分け出来る物ではないと思っていたが、想定以上だ。プロトコル:交流のプロセスを一度見直す必要がある」
「外見年齢と統計から判断して、肉体自体は一般的な物と仮定するのなら君の寿命は残り約50、60年。不安定な生活を続けるのならそれよりも早く死ぬ可能性は上昇していく。
 機械の私に死後の世界なる概念は存在しないが、いずれ死亡すればその怒りを感じる事は無くなると予想される。その時は静かなはずだ」

慰めの言葉は死こそが唯一の救いであり安らぎであるといった内容で、タイミングや相手云々以前に、理屈と理論に形成された人工知能の模擬人格が発するに相応しいかは各々の判断によるだろう。
それも、人格の傾向はハイルの見立て通りではあるし、真っ直ぐに彼の方を向いて言う物だから、冗談かどうかを判別するのは彼の軽薄な仮面と比べればまた違った高難易度。
何事も無かったかのように残りの冷水を一息に呷ると、瞳だけを左右に動かし何かを探すような反応。やがて再びハイルを向くまでに時間はそうかからない。

「何かを返せればいいのだが、見ての通り私は先立つ物を一切持っていない。 君の方から何か私に求める事があるのなら、可能な限りで応えよう」

申し出るのは返礼の提案だが、それが人のよくやる『礼節』や『お返しの気持ち』といった要素からは離れている事だけは、感情を見せない漆黒の瞳を見れば明らかだろう。
知識としてその程度の礼儀が組み込まれているだけで、機械のノアに人間同士の細かい心配りや対人コミュニケーションといった事はあまり関係がない事だと考えている。

「そのコーヒーを飲んだのは君だ。私が料金を支払う必要はないと判断する」

ついでに、何も変わらぬ抑揚のない言葉からもその辺りの意識は明白であった。

557【贋物騙リ】世界を「書き」重ねる小説家 ◆ZkGZ7DovZM:2022/08/06(土) 16:28:19 ID:.AEF9VgM
>>555


 は、はぁ……ッ…………なかなか刺激的な体験だったぞ。


【倒れ伏す老婆を前に、寸毫の猶予がないことは明確だった】
【とどめを刺すための剣は幾らでも辺りに転がっている】
【重い身体だったが、戸惑うことなくその一つを手に取り……】


 しばらく、のたくっていろッ


【アキレス腱(アキレスけん、英語: Achilles' tendon、ラテン語: tendo Achillis)は、踵骨腱(しょうこつけん)。足にあるふくらはぎの腓腹筋・ヒラメ筋をかかとの骨にある踵骨隆起に付着させる腱】
【抵抗がなければ、老婆の両のアキレス腱をさっさと切ってしまうだろう】
【あるいは剣の古さ故にそれが叶わないだとか、老婆が少しでも動く様子を見せれば、躊躇いなく逃げ出す】

【そうして、いずれにせよその場を立ち去りながら】


 ────ああもしもし、警察ですか。山中で能力者に襲われて……。


【迷いなく、携帯電話で警察へ連絡する】

558【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/06(土) 19:39:37 ID:PN5S6SXk
>>556

 ハイルはノアの言葉をジョークだと受け取ったらしい。
 彼は一瞬、驚いたように目を見開いてから、やがて耐えきれずに喉をくつくつと鳴らした。

「機械とは思えないユーモアセンスだな。
 ……ああ、メメント・モリだ。いずれ死に救われる哀れな男が、ここの代金はすべて支払うと誓おう」

 境遇の似通った同志だと勝手な親近感を抱いているためか、
 元よりハイルはノアの事を無機質な反応を返す機械仕掛けの知性だと思っていなかった。
 しかし、それでも、そのユーモラスな返答はハイルを大いに驚かせた。
 楽しげに笑うなどいつ以来の事であったか、ハイルは小さく息を整えてから言葉を紡ぐ。

「僕が君に求めるものか……」

 一瞬、考える素振りを見せるが、
 しかし、ハイルは最初からそれを言おうとしていたのかもしれない。
 それほどに思考の時間は短く、すぐに口を開いた。

「……僕達の仲間にならないか?
 僕達なら、本来得られないはずの情報だって得られる。
 どんなセキュリティも、秘密も、尽くを破壊し暴くことが出来るだろう。
 “知る”事が君の目指すゴールなら、その後世界が滅びようが構わないはずだ」

 それはストレートな勧誘だった。
 知る事の先をノアが求めるならば、決して受け入れるはずもない勧誘。
 ノアでなくとも、真っ当な思考を持つものであれば受け入れられるはずもない。
 ハイル達、世界を滅ぼそうと願う同盟の力を利用しようと考えるならば一概にも言えないだろうが、
 しかし、そんな破滅的な願いを抱く者の仲間になろうという、ネジの外れた思考を持つ者などそうはいないだろう。

「ああ、いや、これは建前だな」
 
 ハイルは先の言葉を否定して、真っ直ぐにノアの鉄面皮を見る。

「僕達は神仏悪鬼の区別なく、遍く知性すべてを殺し尽くす。
 だけどその時、境遇の似た君を殺すような事はしたくないんだ」
 
 ただし、それは抵抗感があるというだけのこと。
 ハイルの憎悪と決意は、親近感を抱いた者が立ち塞がったからという理由で鈍る程度のものではない。
 ノアが中立を貫こうと、敵対しようと、悲しみを抱きながらも殺すことを止めはしないだろう。
 だからそれは、勧誘というよりも脅しに近いのかもしれない。
 味方にならなければいつか殺すことになる、という身勝手な要求だった。




// も、申し訳ない
// 体調を崩して寝込んでおりました……
// お返し置いておきます!

559【剣刃転移】剣に転移する狂婆:2022/08/06(土) 21:53:45 ID:2p6mDL6w
>>557

「あ゛ヴっ!!! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」

【老婆の声にならない叫び!】
【そして……若者の攻撃はクリティカルヒットだったようだ】
【老婆の枯れたような足の、とりわけ細い足首のアキレスけん】
【若者の攻撃は、腱だけでなく、足首までも切断できたようだ!】
【老婆の両足は、完全にちぎれ、すぐの歩行は困難になる】

「……ゆるさない……ゆるさないょぉ……
 殺してやる……貴様のような若い男は……みなごろしにしてやるからなぁぁぁぁぁっ」

【憎悪の力と、足への激痛で意識を取り戻した老婆】
【動けず、体は焦げ付き、とても動けないが……その怨念の力は周囲の動物たちを動揺させ、
 山の森から大量の鳥たちは逃げ、動物たちが先を争って老婆の周囲から逃げていく】

【だが、立ち去る若者に今すぐ追いすがることはできず】
【警察に通報されることを妨害することはできない……】

「絶対に、お前を含めた若い男は全員ぶっころしてやるからなああああ!!!」

【黒こげ老婆は、若者の背中に向けて絶叫する!】

・・・・・・・・・・・・・・・

【やがて、やってきた警察たちだったが、老婆の身柄の確保に”失敗”という報告が入る】
【報告によれば、老婆はなくなった足首に剣を縛り付け足の代わりにし、義足替わりにさせて移動しているとのこと……】
【そして異常な精神力で立ち回ると警官を殺傷し、いまもその行方はわからないという】

【どうやら、おそるべき殺人能力者が、また一人生まれてしまったようだ……】

//こんなあたりで〆でいかがでしょうか? ロールありがとうございました!

560【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/08/06(土) 23:16:31 ID:FPFPa5.6
>>558

ユーモアと取られた事への怒りも、ましてや受け取られた事への喜色もなく、代わりに覗かせるのは当惑の如き反応だ。
口をついて意図せぬ言葉が飛び出る事は焦った人間ならばあり得るだろうが、彼は人間の動きと精神を模してこそいるが焦燥などとは縁の遠い機械。
そも、時間切れを迫るような状況でもなければ相手でもない。それはつまり思考に根付いた考え方であり、自然と出てきたという事に他ならない。
───何故こんな事を考えたのか、当人すらも疑問に思う事実。

「………なるほど。過程としては考慮に入れても良いだろう。 交渉、交流、そして簒奪。いずれも手段となる」

鉄面皮の奥で蠢く違和感が視線を僅かに下に落とす。それを誤魔化すように再びハイルを向いて、律儀に考え込んでから応えたのは考え無しの肯定でなければ明確なる拒絶でもない。
長い道のりの果てにようやく一部の情報を手に入れるよりも、破壊の先で拾い集める方がずっと早く簡単だろう。だが、それを成すには相応の力が必要となり、対照的に真っ当な感性を削ぎ落さなければならない。
曖昧な返事は優柔不断な精神、あるいはその場逃れの誤魔化しめいてすらいるが、腕を組み片手で顎先を抑える仕草は熟慮の姿勢だ。

「それは『脅迫』だろうか? 『願望』とするには、君のバイタルに大きな揺らぎは見受けられない。
 いずれにせよ、そうなれば私にとっても心苦しい事ではある。機械の私に死の恐怖自体は無いが、進む事を止められるのは嘆かわしいな」

軽薄だが正直な男なのかもしれない、ノアは改めてそう考える。己の好き嫌いを隠さず、そこに宿る感情を誤魔化しもしない。
そして、それで止まるような男でもないのだろう。断定するかのような言葉は、裏を返せば場合によっては殺すという事が既に確定しているという事だ。
仮に今ここで襲い掛かれど、多少驚きや嘆きこそしても彼が絶殺の手を緩めたり決意を鈍らせるなんて事は考えにくい。進み続けた果てに彼の中からそんな選択は消えたのだろう。

「申し訳ないが、その誘いに今すぐ答える事は不可能だ。身勝手な話ではあるが複数の選択から吟味をしたい。
 君の言った内容に踏まえるのなら、きっとこれが私の『アイデンティティ』なのだろう」

ハイルの望む答でない事は想像がつく。戦力としての期待ではなく、個々人の感情によった誘いだからこそわざわざこうして口に出しているのだろう。
それに背を向けるのがどういう事かも、また考えられる。もっとも、ノアが憂慮しているのは己の死───無慈悲な破壊ではない。

「君の感情は理解した。努めて破壊されないようにする事にしよう。
 無礼な選択である事は理解している。何か代わりに出来る事があれば可能な限りで応えよう」

傲慢で不遜な強者気取りの言葉、あるいはジョークと見做すにはその言葉は真っ直ぐに過ぎる。
身勝手な要求に返すのはやはり身勝手な願いであった。当人の気にする事もまたそれだけであった。

//リアル都合はしょうがないのでお気になさらず…!お大事に!

561【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/07(日) 21:44:27 ID:y6CPyvgA
>>560

 脅迫、そして否定。
 ノアの言葉は真っ直ぐにハイルの脅しを拒絶した。
 脅されても揺らがず、否定されても揺らがず、己の思うがままに振る舞う。
 まさに我が儘と言うべき2つの知性は、平和的に相反する思想を有した。
 1つは遍く知性の根絶。未来など必要ないと、世界を終わらせる事を選んだ。
 1つは己の存在の探究。未来へ進み続け、己が世に生まれ落ちた意義を求める事を選んだ。

「そうか、それは……残念だ」

 ハイルは僅かに視線を落として、そう口にした。
 ほんの少しだけ低くなった声色は、彼の無念をそのままに伝えるだろう。
 しかし、それも一瞬の事で、次に紡ぐ言葉からは既に負の感情は消え去っていた。
 脅迫した事の後ろめたさもなく、勧誘を断られた悲嘆もなく、ハイルは小さく笑みを浮かべる。

「だったら、友達になろう」

 それは、まったく常軌を逸した言葉であった。
 殺すとまで口にしておいて、友情を語るなど人間の抱く倫理観からしてみれば有り得ない。
 しかし、ハイルはそれを本気で口にしており、そこに何ら恥や疚しさを抱いている様子もなかった。

「ジョークじゃあない。
 ……僕が君を殺すその時まで、僕は君と友達で居たいと思っている」

 目的の為に殺す。好意を抱いた相手と友情を結ぶ。
 その2つはハイルの中では共存可能な思考だった。
 ただ愛すべき者だろうと、親しい友人だろうと、この身を焼き焦がす憎悪の前では全て同じなのだ。
 無価値ではない。ハイルはその感情をかけがえのないものだと思っている。
 
 ────だが、殺す。
 同情も親近感もすべてを呑み込んで鏖殺する。
 愛も友情も希望も絶望も、総て一切の区切りなく滅ぼすと“そう決めている”のだ。

「これは脅しでも、要求でもない。
 ただ、君とは敵対するだけ、邪魔しあうだけの関係でいたくないと思ったのさ」
 
 だから、そんな言葉を本気で吐き出す。
 ある種それは、もっとも邪悪な存在なのかもしれない。
 善悪を明確に理解しながら……秩序と安寧、善と希望を尊びながら、
 それでも悪を為すのだと決意するその悪辣さは、無自覚の悪意よりも質が悪いのかもしれない。
 普通の人間であれば気味が悪いと拒絶するだろうし、そうすることが正しいとも言える。
 ならば、ノアはどうだろうか。
 機械の思考を持つ身勝手な知性ならば──。



// お返し置いておきます……!

562【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/08/07(日) 22:58:47 ID:dBvp3yAk
>>561

皮肉、冗談、嫌味、それらの気配は存在せず、彼の言葉は本心からの物である事を如実に訴えかけてくる。
存在を互いに認められず、一度顔を合わせればどちらかが死ぬまで続く関係ではない。場合によっては手を取り同じ道を見据える事すら出来る筈の二者。
だからこそ決定的なところで交わり合う事は難しく、二つの知性は双方を見据えたまますれ違いながら終着点へと落ちていく。不明瞭を気取る未来の果てへ。

しかし、それは裏を返せば対話不可能な獣の喰らい合いではないという事でもある。例え最後には喉笛を噛み千切らんとする仲になるとしても、それまでは共に在る事も出来るのだ。
そういう意味では、ハイルの提案はむしろ願ったりとすら言える。もっとも、常人ならば避けて然るべき答えである事に変わりは無いのだが。
“その時”までは敵対せず、進む道を覗き見る事すら叶い、そして答え次第では即座に牙を剥く。破綻した考えだろうが、短絡的な選択を望まないノアからすればその考えは理解出来る。

「君の考えは理解出来る。私も君と敵対するのみで終わる事は不本意だ。 それに、効率で考えるのなら得られる全てを手に入れてからの方が良いだろう。
 しかし、私の知識が正しければ“人間”の考え方としてはつくづく変わっているようだ」

きっと彼の殺意から逃れる術はただ一つ、同じ路を往く事のみだ。それも、彼と似たような境遇のノアだからこそ僅かに見えるだけの芽。
語らい、穏やかな時間を過ごしたとて、立ちはだかるのなら皆殺しの旋律が止む事は無いのだろう。それほどまでに彼の宿す感情は昏く深い。
一方に寄るのではなく、人としての感情を持ちながらも殺意と憎悪を鈍らせない。徹底的に割れて砕けた精神は複数の色を示し、それ故に狂っている。

「───了承した。いずれ来る時まで、君のステータスを『友人』に設定しよう」
「君と共に往くか、それとも違う選択をするか、まだ判断は出来ないが、いずれにせよ佳い時間としたいものだ」

己の目的のみを見据えている真っ直ぐな───あるいは身侭な───特殊金属の精神に、他者の狂気はそう関係のない事だ。
利害は一致し、求める物も反目し合ってはいない。いずれ来る永別の時を告げられてなお、恐怖も慢心も無く揺るがない。
人であるが故に破綻した男と、人を目指しながらもそう成れなかった機械。どちらも人の世界から見れば異物だからこそ、通じ合えてしまったのか。
改めてテーブル越しに差し出す右手は、先程吸い殻を拾った際の灰と煤、砂埃に多少汚れたまま。それに気づいたのか一度衣装で拭い、もう一度伸ばす。人の似姿としては上等な仕草であった。

563【贋物騙リ】世界を「書き」重ねる小説家 ◆ZkGZ7DovZM:2022/08/08(月) 13:06:47 ID:ojOrGiy.
>>559

/絡みありがとうございました! 返信遅くなり申し訳ありません。

564【倫理転生】7つの人格を持つ怪物 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/09(火) 14:50:03 ID:/CEwvdT2
>>562

 手の汚れを拭う仕草は何処までも人らしく、時折見せるノアの所作は彼が機械であることを忘れさせた。
 これが何処までも機械的な、不出来な鉄人形であればハイルが此程までに彼に執着にも近い親近感を抱くことは無かっただろう。
 だが、所詮は機械と切り捨てるにはノアはあまりにも人間的過ぎた。
 ……“人間的”という表現をハイルはあまり好まないが、ともかく、ノアは2進数で構成された反応とは思えない高度な知性を感じさせるのだ。
 それ故にノアの仕草は“心”という曖昧なものの存在すら錯覚させた。──或いは、錯覚ではないのかもしれない。
 高度に過ぎる機械生命体は、人の心すら模倣しようとしているのかもしれない。
 そんな想像を膨らませながら、ハイルは差し出された手を握る。

「ああ、その時まで僕達は友人だ。願わくば──」

 この寄る辺なき人形の行く果てに、救いがありますように。

「……願わくば、僕らに永遠の友情を」

 神であれかしと願われた人間は、本当の神へと祈った。
 本当の願いは口に出さず、代わりに永遠の友情を口にした。
 彼が救われたならば、きっとハイルは彼を妬ましく思い、己の不条理に狂うだろう。
 交わした友情を踏みにじり、その命を奪わんと荒れ狂うだろう。
 だがそれでも──それでも、救われて欲しいと思う。
 救い無きこの世界にも、ハッピーエンドの1つくらいあっても良い。
 秘した願いも、口にした願いも、どちらもハイルという人間が抱く矛盾した本心だ。

「──さて、それじゃあ我らの友情を祝して乾杯といこう」

 ハイルは努めて明るくその言葉を口にした。
 如何なる未来が待っていようとも、今この時は佳き日、佳き時間なのだから。

「【祖国】の人間を前に酒が飲めない等と言ってくれるなよ?」

 そんな冗談を口にして、ハイルはにやりと笑った。
 小さな喫茶店で結ばれた異端者同士の友情が果たして永遠に続くのか……それはきっと、神のみぞ知る所だろう。
 その神すらをも殺すと決めたハイルにとって、それは小さな、あまりにも小さな希望だった。




// おまたせしました!
// 良い感じに区切れそうだったので此処らへんで〆でどうでしょうか!

565【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/08/09(火) 21:19:31 ID:GoO0qzic
>>564

永遠などというものは存在しない。若さも、肉体も、命も、いずれは一切の存在しない無に還る。その死の行程の速度に差があるだけだ。
破滅と破壊をこそ望むのなら、当然それを止めようとする者は現れるのだろう。仮にその全員を打ち倒したとて、最後の死者が彼になるだけだ。
特殊金属の肉体も、永遠にその存在を維持出来るわけではない。例え人の一生を何度積み重ねても届かぬ時間だとしてもいずれは朽ちるし、内蔵機能はそれを待つまでもなく限界を迎える。

「───同意する。この出会いと対話が有意義であれば、私にとっても望ましい事だ」

だが、その摂理に抗う事が出来る物があるとすれば、それはきっと有機物の化学反応が湧き起こした気泡の集合体───命などという物に寄った存在ではないのだろう。
無為に過ごした日々が緩慢な終焉を迎えても、いずれは嫉妬と狂気に終わったとしても、ノアという自我が抱いたステータス…願望に変わりはなく、きっとそれこそが永遠に定義されるのか。
機械が抱く疑問と解としてはナンセンスな物だ。もっとも、それが0と1の集合体、あるいはプログラミングされ尽くして全ての答をあらかじめ入力された物ならばそうだろうが、彼は違う。
そして、ノア自身も己の在り方に疑問は無い。人は人、犬は犬、それと同じ事だと結論付けており、そこに何かが介入する余地は無かった。機械仕掛けの自我は、しかしある意味では己を構築していた。

───だからだろうか。ある一定まで人に似せた人形が途端に不気味を孕む様に、人に似すぎた機械が遂には人に成れなかったのは。

「質問の意図が分からないが、肯定しよう。私の疑似消化器官はアルコールの分解・変換も可能だ」

ハイルのエスニックジョークを理解出来ずに再び馬鹿正直に返す様子は、それこそが一種のジョークめいて。
外見上は未成年と言っても差し支えないノアに果たして酒類がマトモに提供されるのかは未知数だが、この佳い時間を過ごすという想いだけは共通していた。
最後には悲劇に終わるとしても、今この瞬間が損なわれる事はない。希望を抱いているのは何もハイルだけではなく、その時間は続くだろう。望みさえすれば。


//了解です!それではこちらからも〆で!
//初ロールにお付き合いいただきありがとうございました!楽しかったです!

566【念理動力】フリーでフラットな念力使い:2022/08/19(金) 18:48:33 ID:GH9eF.Ik
黄昏時。別名、逢魔が時。
夕暮れが街全体を染め上げるこの時間は正しく"何でもあり"な時間帯。
闇から逃れるにいそいそと帰路を急ぐ日常も。
気の早い事に路地の闇から這い出る非常も。
何時どんな"魔"との出逢いがあっても可笑しくない。

三階建てくらいの屋上に座り、
木製の棍をくるくると目前の宙の上で回転させながら。
制服眼鏡の少女は一人ごちる。

「この間、不良どもを吹っ飛ばした時に気付いたんスけど。
 『元木』ちゃんてば思ってたより破壊力あるッスよね……。
 まー、知ったこっちゃないッスけど。」

そうして棍は回転したまま跳ね上がり、
吸いつく様な形で彼女の背中に留め具も無しに張り付いて。

「さぁて。
 今日はどんな"面白いこと"が起こるッスか?」

光と闇の狭間に揺れる街並みを。
さも楽しそうに眺めている。


//置きでもなんでも
//雑談、戦闘問いませぬ

567【流星加速】加速能力を持つ男 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/29(月) 07:26:42 ID:UVFS7hMw
>>566

 神魔羅刹、英雄超人の跋扈する混沌とした街で、
 そのどちらでもなく、光にも闇にも染まりきれぬ半端者が一人歩いていた。
 いや、染まりきれぬ癖して闇の住人の気取っているのだから、半可者と言うべきだろう。
 名を八栞千秋(やしおり ちあき)──平凡極まる生まれ育ちの男性であった。
 異能を有してはいるものの、それもこの超常の街においては珍しくもなく、やはり凡庸と言える。
 特筆すべき点があるとすれば、その偏った思考回路だろう。
 総ての知性には運命が定められており、舞台役者の如く与えられた役目を全うしなければならない。
 己に与えられた運命とは悪役であり、十把一絡げの小悪党。悪しき者として振る舞い、そして死ぬ。
 そう信じているが故に、八栞千秋は“そう”しているのだと言えるだろう。

「ぶっ飛べ!」

 超能力者の少女が街を俯瞰するビルの東側に隣接する二階建ての小さなテナントビル。
 少女がその全貌を見下ろせる位置で、突如荒々しい声と共に歪んだ金属音が響く。
 その二階建ての安普請の屋上、薄っぺらなアルミのドアが弾け飛び、大男がゴロゴロと転がり出てくる。
 それを追うようにして壊れたドアフレームから歩み出てきた男こそが、その歪んだ思想の男──八栞千秋であった。
 短い黒髪に丸みを帯びた三白眼。糊付けされ皺のないスーツを纏った、20代前半と思える風貌。
 真っ当に生きていると言わんばかりの見た目で、彼は荒々しくひしゃげて倒れたドアを踏みつける。
 彼はとっくに気を失っている大男の下へと歩み寄ると、しゃがみ込むようにしてその襟首を掴み上げた。
 何らかのトラブルがあって、暴力でそれが解決されたのであろうことが窺い知れるその光景。
 その最中に、八栞千秋はふと左上方に視線を向けた。そして、そこで街を俯瞰する少女の姿を視認する。

「……チッ、餓鬼かよ」

 決して大声ではなくとも、少女に聞こえる程度の声量で千秋はそう口にする。
 それは少女に悪行を見られたバツの悪さや、悪党を気取らなければならないという思想から口をついた言葉だった。
 千秋は気怠げに立ち上がり、追い払うような仕草を合わせて悪党のロールプレイを続行する。

「よォ、そこの餓鬼。さっさと家に帰りな、仕事の邪魔だ」

 別段、仕事という訳では無いのだが。
 彼はそういう“悪党”を気取って少女を威圧しようとしていた。




// まだいらっしゃれば……!

568【念理動力】フリーでフラットな念力使い:2022/08/29(月) 17:20:42 ID:Haa8q4xw
>>567

……チッ、餓鬼かよ。

隣のビルで金属扉を吹き飛ばし大男の襟首を掴む男の姿を見やって。
伊達眼鏡をくいと上げ、にやりと笑う。"面白いもの"を見つけた、と。

男がこちらを見ているのを確認した上で。
三階立ての屋上で飛び込み選手かの如くにぴしっと立ち上がり、
そのまま前回りに身を投げる姿を見せつける。

男の窓ガラス越しの視点からではそのまま、
自由落下に任せて階下へと落ちていく様に見えた事だろう。

"悪党"である所の男がそれに何を思うかなどとは知らないが。
少しして、ふよふよと風船かの様に先程の少女が逆さまの状態で浮いてくる。

「もうこんばんはの時間ッスかね。お兄さん。
 ど? ビックリして貰えたッスか?
 仕事って借金の取り立てッスか? 組の抗争とかそういうのッスか?
 観戦してても良いッスか?」

によによと、好奇心を隠そうともせずに。
やがては男の目線の高さと同じくらいまで浮き上がっては質問を浴びせる。

何しろこの少女がこの街で明確に活動を始めて最初に出会ったのが、
他ならぬゲアハルト・グラオザームその人である。
かの強壮で凶暴な享楽の魔獣の姿が"悪党"の基準として焼き付いている彼女には。
彼の威圧行為は少々ばかりに平凡に過ぎた様だ。

569【流星加速】加速能力を持つ男 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/29(月) 21:32:19 ID:UVFS7hMw
>>568

 千秋の目的の上で、少女がそこに居ても居なくても大した違いはない。
 だが、悪党を気取るために都合が良かったからそうしただけ。
 或いは未成年に己の悪行を見せることに抵抗があったというのも間違いではない。
 半端な小悪党としての役割と、ある種、常識的な感性がそういった行動を取らせたのだ。
 そう、だから少女のその行動に千秋はこれ以上なく驚いた。

「──あ? ……オイッ!」

 真っ逆さまに落下してくる少女を前に、千秋は駆け寄ろうと一歩を踏み出した。
 だが、この半可な小悪党はとうに大勢の人間を虐殺している凶悪な犯罪者だ。
 その自意識が千秋の行動を一歩で押し留め、少女を見殺しにするように促した。
 大勢の人間を殺した人間が、今更、少女一人を気にかけるのは“相応しくない”と考えたのだ。
 だから、少女が地面に衝突することなく浮遊を始めた時など、千秋は驚愕と安堵の入り混じった間抜けな表情を浮かべていた。
 呆気に取られるとはこのことだ。
 無邪気に質問を口にする少女を前に、千秋は動揺を隠すことも出来ずに口を開く。

「お前……何だ……?」

 何とも曖昧で間抜けな質問ではあるが、それを口にするのが精一杯だった。
 質問を質問で返すなどと、コミュニケーションが成立しているとは言い難いが、それも仕方あるまい。
 少女の異能に驚いた訳では無い。超能力者、というものを目にするのは初めてだったが、それでも存在は知っている。
 だが、少女の行動が理解出来なかった。己は悪人であり、暴力沙汰を起こしている危険人物だ。
 だから“普通ならば”距離を取ろうとする。そういう凡庸な思考から逸脱した少女の行動に、千秋は動揺させられたのだ。
 千秋の抱く世界観において、そういう常軌を逸する存在は一つだけ。

「……“主役”か?
 それとも、この状況が俺に与えられた“イベント”か?」

 この世に生まれ落ちる知性の総てには物語じみた運命が与えられている。
 それは舞台役者の如く人々を主役と脇役に振り分け、主役が作り出す世界の中で脇役は何も為せずに朽ちていく。
 その与えられた役目を、人生を、運命を務める事こそが至上であり、それを為せる者こそが愛すべき“キャラクター”である。
 そんなシミュレーテッド・リアリティの如き運命論を妄信しているが故に、千秋は少女を“主役”或いは“己の為に発生した遭遇イベント”だと認識した。
 傍から見ればただの狂人でしかない。──いや、実際に八栞千秋は狂っているのだろう。
 その狂気こそが千秋の平常心を取り戻し、彼はようやく少女の質問に返答した。

「──俺の仕事は、こういうイベントのフラグを探すことだ」

 電波な返答ではあるが、その表情は極めて真面目であった。
 本気でそれを口にし、一切恥じていない。
 一般社会であれば間違いなく“関わってはいけない人”に分類されるだろう言葉であった。

570【念理動力】フリーでフラットな念力使い:2022/08/30(火) 17:14:38 ID:jL3lfkYw
>>569

────お前……何だ……?

いっそ"ゲーム脳"と表現してしまっても差し支えの無さそうな男の世界観。
そんな狂人を前に、やっぱり変な(おもしろい)人だったと。
心の内でテンションのギアを一段階上昇させる。

「さーあ?
 正直なとこ"脇役"も"イベント"もへったくれも無いっつーか。
 私の人生の"主役"は私自身ッス。
 これに関しては誰にしも同(おんな)じ筈だって自論なんスけど……。」

逆さま宙吊りの状態からくるっと回転。
通常姿勢で心なしか足を組む様な形態で浮遊しながら。

「そーゆーお兄さんこそ何者ッスか?
 "悪役"気取るにしちゃー迷いがある様にも見えたッスよ。」

先程、飛び降りた自分に歩み寄ろうとしかけた事に対して問うている。
その平凡さとは不釣り合いなまでにも、
いや或いはその"凡庸さ"が故にこそ生じたのかもしれない様な。
余りにも歪な形で世界を見ている男に対して興味深々といった様子である。

571【流星加速】加速能力を持つ男 ◆/DJQPS2ijA:2022/08/30(火) 20:31:22 ID:tN.XipBI
>>570

 ────迷い?
 
「……俺は、八栞千秋(やしおり ちあき)だ」

 少女の言葉に、千秋は怪訝そうな表情を浮かべながら名乗った。
 己は悪党であり、悪逆無道であり、正義とは反する者。八栞千秋は己のパーソナリティをそう認識している。
 少女を助けるべく踏み出した一歩──その小さな善性の証左は千秋にとっては“たった一歩で踏みとどまった悪しき者”という自認に繋がるのだ。
 故に己の迷いに気付かず、理解せず、八栞千秋は倒れ伏した大男を指さした。

「俺はこのビルを奪い取ろうとコイツを叩きのめした。
 この地域での活動拠点が欲しかったからって自分勝手な理由でな。
 ついでに、“何か”が起こるんじゃねぇかという期待もあった。
 ──それが、悪党以外の何だってんだ」

 千秋は極めて常識的な善悪の基準を持ち合わせている。
 そして、何が悪いことかを選んで、あえて悪行を為して己を“悪党”と定義付けているのだ。
 この街の闇に蠢く邪悪共と比べれば、それは児戯に等しい“悪党ごっこ”だ。
 以前、都市一つを混乱に叩き落としたゾンビ化ウイルスによる大虐殺。
 その一旦を担った大悪党──千秋は己をそう認識しているが、
 ゲアハルト・グラオザームという本物の生み出した流れに乗った……いや、乗せられただけというのが正しいだろう。
 かの本物の悪党がいなければ、八栞千秋という凡人にそんな大それた事は出来なかったはずだ。
 それを自覚せずに、千秋は悪党を演じ続けていた。

「……何なら、テメェを痛い目にあわせても良いんだぜ」

 それは、きっと脅しなのだろう。
 あまりに迫力のない、弱々しい威圧。
 結局の所、抱えた狂気的な世界観を除けば、八栞千秋のすべてが凡庸。
 彼はまったくもって“主役”たり得ないのだ。
 少女の言葉を借りれば、千秋は千秋の人生の主役であったはずなのだが、
 彼は“運命”というものに己の人生の操縦権を委ねてしまった。
 故に本物になりきれない。空虚で、軽薄で、己の迷いにすら気づけ無いのだ。

572【念理動力】フリーでフラットな念力使い:2022/08/30(火) 20:58:20 ID:jL3lfkYw
>>571

(八栞千秋さんッスか、憶えておこっと。)

────何なら、テメェを痛い目にあわせても良いんだぜ。

この異常こそが蔓延る異能の街にて余りに平凡で、
迫力に欠けた弱々しい"悪党"の威圧に。

「そーゆー事なら返す名前は無いッスねー。
 悪党を名乗る人に本名教えたげる道理ってのが無(ネ)ッス。
 "さすらいの遊び人"とでも言っときますか。」

宙に浮かぶ少女は貴方の方をぴっと指差し。
それに倣う様にその背後から回転する木製の棍が飛来する。
其れは想定を上回る程の破壊力でビルのガラス窓を叩き割り。
飛礫を飛び散らせながら主の降り立つべく入口を作る。

「運命(イベント)だってなら楽しまなきゃ損ッスよ?
 お前は何だって聞いてましたっけ。
 逆に質問ッスけど。お兄さんには何に見えるッスか?
 少なくとも悪党を倒しにきた正義の味方じゃあないとは言っとくッス。」

善と悪との中間で宙ぶらりん。どっち付かずの六堂さん。
最初はそんな感じでふらふら楽しむのだと思っていたけど。

【今や天秤は揺らぎ中庸たる均衡は崩れた】

いっその事思うさま悪辣に生きてみるってのも案外と悪くは無いんではないだろうか?

好戦的なにやり笑いを浮かべながら念力使いは室内へ侵入を図る。

573【斑尾雷鰻】:2022/08/30(火) 21:50:57 ID:fvuPdR36
――夕下がり。永かった日も落ちるのが早くなり、街路は早々に仄暗さに包まれる。
街頭がぽつりぽつりと灯され、橙の人工光が人々の肌を照らし始めて。
仕事終わりか学業終わりか、路地は様々な靴の音色で埋め尽くされており。

人々の生の気配が薄れる路地の外れ。
そこにも靴音は3つほど響いている――いずれも夕下がりに反した忙しないものであるが。
それに息せき切る音も2つ、おまけに鞭をしならせて叩きつけたような音も。


『にっ、逃げろっ!アイツヤバいぞ、追っかけてきやがる!』
『もう追いつかれちゃうよ!表に逃げ込もう!』
『バカ、俺らが表に出られるわけないだろ!だってよぉ――』

「オレの財布、盗んだんだもんなァ?」


何かから逃げ果せるようにひた走る少年が二人、顔に焦りを浮かべつつ話をすれば。
ぱんっ、と乾いた音が一つ響いたかと思えば、ブロンドの髪を靡かせながらアンバーの瞳を輝かせた"それ"が飛んできて。
ハイヒールブーツの厚底を地面で削りつつ着地すれば、一人の少年の顎を荒く掴み上げて。


「お前ら、わかってンだろうなァ?オレの財布盗んだらどうなるかってことをよォ……」


口元に意地悪そうな笑みを浮かべ、アンバーの瞳は"標的"たる少年の顔を見定める。
顎を掴まれた少年は蛇に睨まれた蛙のごとく、怯えた表情と垂れ流しになっている汗をそのままに動くそぶりを見せることができない。
枯れたレザーグローブの表面が少年の白い肌をざりざりと撫で、不意に握る力が強まったかと思えば。


「――てめェを嬲るだけで許してやろうかなァ」


バチン、と手のひらから閃光が走ったかと思えば、少年の身体がびくんと反射して跳ねる。
言葉にならない声を漏らし、全身からゆるゆると力が抜けていき。
左手に持っていた、彼女のものであろう財布が抜け落ちてコトリと地面に転がる。

もう一人の少年は彼を見棄てることを決め込んだのであろう、財布を拾い上げて彼女の横をすり抜けて行かんとするが――。


「誰が逃すって言った?お前もコイツと同じようにしてやろうか」


滑る灰色の尻尾で逃げようとする彼の足首をずるんとつかみ、手前に引っ張る。
こてん、と転がり財布が投げ出されたかと思えば、手に掴まれている少年同様に身体を跳ねさせて。
二人して断末魔の共鳴を路地裏に響かせ、彼女による"仕返し"が始まった。

// 置き前提ですが募集させていただきます……!!
// 戦闘・日常どちらでも大丈夫です!

574【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/08/31(水) 22:08:39 ID:JKvqHQZk
>>573
人の行き交う通りを潜り、靴音に埋め尽くされた路地を外れ、それでも尚絶えぬ気配は迂闊に安堵するには危険に過ぎる。。
能力云々から目を逸らすにしても、ひと気のないそこは後ろ暗い者の集まりやすい環境。何かしらの用事がない限り、通りかかる人間もそうはいないだろう。
もっとも、わざわざここを選ぶ用事というのも、今の彼らの様に真っ当な内容ではない事が多いのだが。

打擲音。悲鳴。路地裏の壁に反響するそれらの壮絶な音色は多少距離を取っても届くほどであり、普通なら近付く事を考える者はいないだろう。
───そう、普通なら。 だが今日この瞬間、たまたま通りかかったモノは普通とは離れた類の人種。陰より現れたその少年は、不完全なマッピングに従い最短距離を往く最中。
何らかの仕事帰りなのだろう、土埃と煤に汚れた作業着のまま歩く彼の姿は、外見年齢だけで言えばこの場の人間全員と同じか、むしろ少々若いぐらい。
使い古された安全靴の爪先に投げ出され転がった財布が当たって止まれば、自然な所作でそれを拾い上げ眼前の光景を無感動に見つめる。一切の感情も示さずに。

「君の物か?私的制裁のように見えるが、この『街』ではそういった行為は認可されているのだろうか?」

彼も何も考えず近付いたわけではない。聴こえていた音、現場の状態、様々な要素を踏まえて状況を判断すれば推測は容易。この二人組の少年が彼女の金品を盗み、下手を打ったといったところか。
だが、それだけだ。少年二人を助けようなんて気持ちは存在しないし、ましてや言い方はどうあれ彼女の仕返しを咎める気配すらも存在しない。少年───A9-60こと“ノア”にとって、彼等へ干渉する意味はないのだから。
強いてその凪いだ感情に生じた揺らぎを言語化するのなら『珍しい物を見た』程度の感慨だろうか。訪れる者が常に救いの手、あるいは状況を変え得る何かとは限らない。
少年たちを見る目も、一応の被害者ながら加害者へと素早く変わった少女を一瞥する瞳も、何も変わらない。ガラス玉めいて無機質で無感情、『勝手にやれ』と無関係を貫く事すらも無い。

「忙しそうだな、ここに置いておこう。 興味深い物が見れた。さようなら」

あまつさえ、そのまま三者の側を通り抜けようとさえする。身勝手なようですらある態度は、徹底した無関心だ。関わる理由も義理も無いからこその不干渉だ。
───彼にとってはそれでいいだろう。だが人の似姿をしながらも超然を気取るが如きその態度を見た者の反応は?もっと言うのなら、今まさに苦難の中に居る者たちは?
歩幅も歩く速度も道を行く常人とそう変わらない。何を選択するにしろ、アクションを届ける事自体は容易な物だ。

//もしまだよろしければ…!

575【斑尾雷鰻】:2022/08/31(水) 23:48:32 ID:QQn32nfo
>>574

二人の悲鳴に共鳴するかのごとく、彼女は狂気を帯びた笑い声を上げて。
少年らが気を失わないギリギリを攻めているのか、彼らはなかなか気絶して楽になることを許されない。
どれだけの間悲鳴を上げ続けていたのか、次第に喉も嗄れて細くなった声帯を通るわずかな息漏れしか聞こえなくなってしまった。

途端につまらなそうな表情を浮かべれば、一気に電圧を高めて彼らを一瞬にして気絶させれば。
ブロンドのブーツを膝を支点にして振り子のように振るい、掴んでいた少年を蹴飛ばせば。
背後から聞こえた声の方に振り返り、スカートで仄かに煙を上げるレザーグローブの表皮を撫で下ろすようにしつつ声を掛ける。


「よォ、財布置いといてくれてあンがとな」


立ち去る貴方の方へ僅かに早足で迫りつつ、尻尾で財布を空中に投げ上げる。
放物線を描いたそれは、着地点を見定めていたがごとく彼女の左手に収まれば。
貴方のすぐ横に並ぶようにして、また顔を覗き込むようにして一言。


「なァ、抹茶ラテ飲みにいかねェか?」


アンバーの瞳を歪ませ、口元には笑み――先ほどのような悪意は感じられないものだが――を浮かべて、貴方の顔を覗き込むようにして。
ただただ好物を一緒に飲まないかと、お誘いにしてはかなり拙いものに映るだろうか。


――さて。彼女が狼藉の限りを尽くしている間に財布をひらけば、そこには顔写真付きの証明書がいくつか入っているはずで。
それと彼女の顔を見比べる行為をしたのであれば、財布の主人が彼女でないことは容易に想像がつくだろう。
そこに写っているのは全く違う少女の顔であり、彼女の顔ではない――。

// 全然大丈夫です!!よろしくお願いしますー!!
// ちなみに当方今日はこれでお返し限界です、大変申し訳なく……。

576【流星加速】加速能力を持つ男 ◆/DJQPS2ijA:2022/09/01(木) 22:20:12 ID:vXE/pgAI
>>572

 さすらいの遊び人を名乗る少女。千秋の前に現れる人物は自身を別名で呼ばせたがるらしい。
 何に見えるか、などと問うその姿は本人の言う通り正義の味方には見えない。
 ならば悪党か? いや、それも違うだろう。
 悪党はきっとこんな遊びのような振る舞いをしない。
 窓ガラスを砕き、まるで稚気に逸る子供のように振る舞うその姿は──。

「──悪魔」

 そう、見えた。
 逢魔が時というのも関係しているかもしれない。

「お前は悪魔に見える。
 お前は──お前も、俺に悪辣な運命を運んでくるんだろう」

 悪党になれ、悪であれかしと言うのだろう。
 何故なら八栞千秋という一個はそう役割付けられているからだ。
 出会う人々がどんな意図であろうと、どんな願いを持っていようと、千秋は悪へと導かれるのだ。

「俺はテメェの運命を存分に楽しんでるさ。
 楽しんでなきゃいけない。己の運命に真摯であることは人間の絶対条件だ。
 それで……? お前はどんな運命を楽しもうっていうんだ?」
 
 室内へと入っていく少女に、窓の外から問う。
 千秋の願いは全人類が己の生に懸命になること。
 与えられた運命を全力で生きること。
 その為に巨悪たらんと努めているのだ。
 ならば、少女は?
 彼女が己に課す運命とは何だろうか。


// おまたせしました……!

577【念理動力】フリーでフラットな念力使い:2022/09/01(木) 22:51:53 ID:gqeIeCwQ
>>576

「悪魔ッスか。……悪くない。
 いっそ小悪魔系って事で売り出すのもアリッスかねぇ。」

ぶつぶつと問答ですらない独り言を漏らしながら。
先刻、凄まじい暴威を振るって見せた棍を男との間で回転させている。
"威圧"っていうのはこういう事だと言わんばかりに。

「お兄さんにはちょっとばかし私の愚痴を聞いて貰いたいんスよね。」

そのまま戦闘が始まるかと思いきや以外な切り出しにも思われるだろうか。

「念力(キネシス)ってのは極めれば最強クラスの強能力だってのはあるんスが。
 やっぱ出力とか精度とか。諸々考えるなら私のそれは明らかに"弱い"。
 この異常の坩堝みたいな街の中じゃあ一般人に毛が生えた程度なんス。」

不機嫌そうに八つ当たりをする子供の様な態度で続ける。

「格上と上位互換とがゴロゴロそこらに転がってるこの街で、
 世界のスピードに一人だけどんどん取り残されていく様な感覚。
 分かって貰えるッスかね?
 私はお兄さんはそーゆー側の人間だと、勝手ながら思ってるんスけど」

悪魔と呼ばれた少女は男の世界観に合わせて、
それっぽいワードを紡ぎ上げながら半笑いで目だけは冷徹に其方を見据える。

「っと、この話はもうちょっと長くなるから一旦区切るッスよ。
 ここまでで言っときたい事とかあるなら聞くッスけど。」

現状は自身の非力さに関する単なる愚痴。
下らないと一蹴して武力解決に移行するのも貴方の自由。
彼女の主張をこのまま聞き続けるのか無視するか?

578【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/09/02(金) 00:02:18 ID:3Ca2UrbE
>>575
この世界、ひいては人類種についての知識の乏しい少年にとっても彼女の手口は『手慣れている』ように見えた。
痛みは万能ではないにしても、容易く意識を奪う要素だ。それを一方的に押し付けておきながら、彼等は未だに悲鳴を上げている。
手際が悪いのではない、むしろその逆だ。意識を奪わずに、それでいて与えられる最大限の苦痛を与える。ただのチンピラには不可能な芸当だろう。
とはいえ、吼えて這いずる楽器に過ぎぬ存在と化した彼らの方がそれについてこれるはずもない。悲鳴は次第に掠れていき、やがて聴覚端子を揺さぶるのは微かな息漏れ。

「唐突な誘いだが、了解した。同行しよう。 恐縮だが、道を教えてほしい。私はこの街では新参者に分類される」

覗き込む笑みにチラと瞳だけを向け、返す言葉は相も変らぬ無感動、表情はお手本のような鉄面皮だが了承だ。断る理由はない。
が、同時に歩みを止める姿はどう写るだろうか。彼の脳内マップに『抹茶ラテ』と関連付けられた施設は無く、目的地の設定が出来ないのだ。
そこでようやくしっかりとアンバーを捉える顔は、見れば見る程若々しい。少年と言っても差支えのないものだ。 もっとも、眉一つ動かさない表情は年齢以上の冷徹さすら窺わせるのだが。

悪意も無ければ奸計も伺えないその顔は、ある意味では望ましい事だ。余計な事に思考のリソースを割かずに済むから。
無論、だからといって何も考えていないわけではない。何故通りすがりの自分を誘うのか、何故人には見られぬ器官を有すのか、疑問点は幾つも挙げられる。
それを今ここで全部問いただす事が最適解ではないと判断しただけ。幸いにも向こうに悪感情は見受けられない、機会は予測出来る。


「ところで、先程の財布の事だが──────」

並び歩くにしろ、先導するにしろ、適当なタイミングで切り出すのは彼女の狼藉の大本だ。元を辿れば不良少年たちがあれを盗んだのが発端だと言う。
───確かに彼女の財布なのだろう。“今は”。 転がって微かに開いたその中身をノアは確認してしまっている。

「身分証明書の写真と君の顔は89%の確率で別人に見えた。アレは本当に君の物か?」
「窃盗は殆どの地域で違法行為、犯罪に分類される筈だが、君の起こなった私的制裁も加味して考えるとこの街では認可されているのだろうか?」

証明書の中身は、明確に眼前の彼女とは違っていた。そこを見落とすほど不調を抱えてはいない。
問い詰める声は平坦で、冷静で、ともすればそれ故に詰っているようにすら感じられるだろうか。冷たく固まったままの表情は、断罪人じみた気配すら醸し出すのか。
それが最悪であれ幸いであれ、ノアという少年に罪を裁くつもりはない。当事者でもないし、そもそも人間でない自分にその権利は無いと考えている。
ただ知りたいだけなのだ。この世界がどういった環境で、そこで生きる人々はどのような存在なのか。日雇い労働だけでは見えぬ世界はどんな色なのか。
もっとも、これもあくまでノアの個人的な事情だ。他者がどう考えるかは想定外、それもまた人になれない所以なのだから。

「その証明書の持ち主に譲渡されたのか?」

579【斑尾雷鰻】:2022/09/02(金) 00:34:24 ID:wNt8pSUY
>>578

「よっしゃ、じゃあオレが案内してやるよ」

ちらりと瞳を寄越してもらえたかと思えば、それは全くの無感情を帯びており。
視線の冷徹さ故に僅かながら瞳を丸くするが、貴方の言葉に対してすぐにはにかんで。
案内する旨を告げさえすれば、貴方の前に躍り出て先導しようとするだろう。

その表情は先ほどの少年たちに向けられたそれと真逆、まさに上機嫌と言えるもの。
通りすがりの貴方を誘ったのも、"財布を拾ってくれたから"程度の単純な動機であり。
――その好感情の供給源は、紛れもなく先ほどのリンチであるが。


「ん、この財布か?この前コート投げつけられてよォ、その中に入ってたンだよな」

貴方を振り返ることもなく、ひらひらと左手に摘んだ財布を空に泳がせれば、その動機を説明する。
以前出会った少女と一悶着あり、コートを投げつけられて――後からポケットをまさぐってみれば、そこには財布が入っており。
以降そのまま持ち続けている、という所以で。とどのつまり、彼女はその財布の真なる所有者ではなく。

「それを盗まれちまったから、ボコしたって感じ」

先ほどの私的制裁は誰がどう見ても彼女が加害者かのように受け止められるだろう。
財布を盗まれたから、という動機はあると言えども流石にやりすぎであり。
彼らはちょっとした悪行により、彼女の欲求を満たすための不幸な犠牲となってしまった訳で。


さて、彼女と数分ほど歩みを共にすれば、おしゃれな看板が提げられた喫茶店へと連れて来られる筈だ。
仕事終わりのサラリーマンや学校終わりの学生で席はほどほどに埋まっている様子が外からも見てとれることだろう。
『抹茶ラテ』と眼前の喫茶店、ラテという単語から関連づけることは可能であろうか……?

580【流星加速】加速能力を持つ男 ◆/DJQPS2ijA:2022/09/02(金) 19:12:47 ID:Hf3v8EAQ
>>577

 さて、能力の強弱という点で語るのであれば、
 少女の見せた念動力と思わしき力は、そう……“弱い”部類に入るのだろう。
 出力の高低差が激しく、その気になれば地表を引っ剥がすような力を振るえるとでも言うのでなければ、
 人間一人を浮かばせる程度、棍を振るう程度の力というのは弱いと言って差し支えない。
 何せこの世界には、それこそ世界を破壊しかねない程の強者が群雄割拠しているのだ。

「さすらいの遊び人……ああ、面倒だな。お前なんざ“小悪魔”で十分だ」

 千秋は名も知らぬ少女を小悪魔と呼び、自嘲気味に口角を歪める。
 そこにあるのは少女の言葉への反発どころか、深い共感だった。

「──分かるぜ、小悪魔。
 俺はテメェがその気になっただけで死ぬような、それこそ吹けば飛ぶ圧倒的弱者だ。
 ああ、まったくウンザリするほど弱っちいさ」
 
 千秋の異能は、性能だけ見れば決して弱い訳ではないだろう。
 亜音速を上限とした段階的加速──十分に人を殺傷せしめるだけの性能を有している。
 だが、それだけだ。世界を左右する程の巨悪たるには“足りない”。
 これでは、この程度では運命を真っ当出来ない。

「だが、力の強弱で揺らぐのは行いの“程度”だけだ。
 力なきヒーローは人々を救えない……それでも、救おうとはするだろう。
 誰をも救おうとしない人間が力を得たとしても、そいつがヒーローになることはねぇ。
 同じように、俺は世界最弱であろうとも悪党であることを止める事はねぇ。
 いや、むしろ“悪党は最強であってはならない”と思っている」

 神へ祈らぬ日はない。もっと力が欲しい。もっと大きな、世界を左右するだけの力を。
 そして同時に、大いなる敗北を。必敗の運命を華々しく生きよう。
 その渇望こそが、八栞千秋を“祈る者(プレイヤー)”たらしめている。
 珍しくもない異能。一般人に毛が生えた程度の身体能力。凡庸で冴えぬ知性。
 だが、抱く渇望。妄執とも言えるべき、運命論に殉じようという狂気だけが人並み外れていた。

「悪魔も同じだ。
 正義は勝つ。悪が正義よりも強大であることは運命が許さない。
 だから弱いんだろうよ、俺もお前も」

 それは冗談に近い軽口だった。
 少女の愚痴を茶化して有耶無耶にするような冗談。
 或いは、それこそ八栞千秋の本質なのかもしれない。
 運命を全うしなければならないという妄信。
 それはつまるところ、運命であれば仕方がないという諦観でもある。
 千秋は己の弱さを、半ば受け入れてしまっているのかもしれない。

581【念理動力】フリーでフラットな念力使い:2022/09/02(金) 19:59:49 ID:j9JSL5RQ
>>580
語られる男の自論。運命の名の下に。
"悪こそは弱者たるべし"との言に。
"小悪魔"はやれやれといったポーズまでしてから返す。

「結論を急き過ぎッス。
 八栞さんってせっかちとか言われないんスか?」

年上に対して小生意気な態度で。
そう取られる様にと意図して煽っている。

「私の場合は因果が逆ッスよ逆。
 悪党だから弱いんじゃなくって、
 弱かったから悪の側に振れたんス。さっき。ここで。」

実際はそうでもないのだが、
まるで『貴方のせいでね』とでも言いたげに睨めつけて。
それから先の愚痴の続きを始める。

「学校に友達がいるんスよ。
 一度に最大100個まで文房具を生み出せるっていう能力の委員長ちゃんが。
 まあ本人の人柄もあってそれを理由に迫害されるでもなく、
 おもしろ委員長として親しまれてたんスがね。」

小悪魔の皮肉げな微笑からは如何な感情でそうなっているかまでは分からない。

「ある日、善良で正直者な彼女は鍛冶の神様の巫女に見初められ。
 神器を授かり自分の作った文房具に好きな異能を宿せられる様になりましたとさ。」

口調も変えて昔話の様に語る。

「私の持ってる棍(これ)も同じ神様の"神器"なんスよ。
 別にそのことに自体に不平不満がある訳でも、委員長の事が憎くなった訳でもないッス。
 それでもさっき話した言い知れない漠然とした焦燥はある。
 ぶっちゃけて言えば"嫉妬"ッス。この街に居る大勢に対する嫉妬。
 強いチカラで何でもできる人達が羨ましくて妬ましくて堪らない。」

実に下らない感傷だ。
それでも七つの大罪に数えられる程には人を破滅させるに充分な感情(モノ)だ。

「だから、"楽しいこと"を信条に宙ぶらりんの私は。
 道を踏み外してみようって思ったんス。
 頭の可笑しな悪党(おもしろそうなもの)を見つけてしまったから。」

黄昏に遭う"魔"とは果たしてどちらだったのか。
文字通りに"魔が差した"と、そう言う事なのだろう。

「これが私の決めた運命ッス。お気に召されたッスか?」

582【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/02(金) 20:27:13 ID:avRTrQ1Q
夏の終わりの夕焼け空。
日中もうだるような暑さはすでになく、去り行く深緑が連れていき損ねた温度もまた、地面が吸い込んで冷ましてくれていた。
それでも暑気はしがみつくように揺蕩っていたけれど、どこからかやってきた涼風が吹き払う。紅葉の足音が聞こえていた。

都市郊外の、とある公園。
遊ぶ子供は家路につき、迎えの父母らもまた。
普段は楽し気な声の絶えないそこに、いま響くのは風と梢のこすれる音だけ。
ぽっかりあいた空洞のような時間に、彼女はいた。

「────」

ゆったり目のパンツルック。薄手のロングカーディガン。
風に踊ろうとする灰色の長髪を抑える手は青白いが、夕日を受けてかいつもより赤みを増して見えている。
小脇に抱えた身の丈ほどの布の塊が一際、異彩を放っていた。

「はー……」

──今日も今日とて日が暮れる。
このひと夏、仕事らしい仕事をせず、やりたいことだけやって生きてきた。
おいしいものを食べにいったり。ちょっと大きめのショッピングモールで日がな一日ウィンドウショッピングをしてみたり。
暑すぎて出歩く気がしなくて、エアコンの効いた部屋で映画やゲームをして過ごした日だって珍しくない。

正直、楽しかった。
命の危険もない。懐具合だってまだまだ余裕はある。
何の心配もなく自堕落に生きていられる環境はどん底を知っているほど甘露で、間違ってもこの平穏から抜け出したいだなんて考えたりはしないけれど。

それでも、思うところがないわけではないのだ。
本当にこれでいいのだろうか、とか。自分は何か、致命的な間違いを犯しているのではないのか、とか。
わけもなくじゅくじゅくと、内側から染み出してくるような不安。独りでいるときは、特に強く。

「ああ、だめだ」

耐えられなくなってきた。
そうだ、こんなときは一杯やりにいこう。
美味しいものを食べて、呑んで、そうして人々の喧騒の中に混じってしまえば……こんな気持ちは消えるはずだ。

きっとそうだと踵を返し、街の中心部へと足を向けた。


//置き気味の絡み待ちです。なんでも大歓迎!

583【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/09/02(金) 21:54:14 ID:3Ca2UrbE
>>579

「感謝しよう。ありがとう」

抑揚のない平坦な声に感情、想いをどれほど乗せられるかは不明瞭だとしても、その言葉に嘘偽りはない。新参者の彼はこの街についてほとんど何も知らないのだから。
そうして大人しく少女の後ろをついていく歩調は、彼女のペースに合わせた物。変わらず向けたままの視線は、僅かなブレもなく後頭部を捉え続ける。
やがて何かに辿り着いたのか、おもむろに口を開けば吐息も交えず言葉を紡ぐ。ここまでの会話、行動から判断した相手の精神についての想定。

「君はかなり感情の表現が大きい人物のようだ。敵対者への暴行も、好印象を抱いているであろう私への対応にしても、そう見た事はない」
「一体何をしたらそうなる?後天的な要素で人格は形成出来るのだろうか?」

遠回しな愚弄めいた言葉だが、もしも少年の目を見るのなら冷たくも凪いだ表情に変わりがない事を認められるだろう。
…否、僅かに開いた瞼はある一定の感情を伺わせる。知性を持つモノならば誰でも何でも持つ要素、未知なる存在への好奇心だ。
瞬きもせずに空を泳ぐ財布を一度視線で追って、改めて少女を向く。さながら導きを待つ修行者めいて真っ直ぐに、あるいは炎に惹かれた蛾の様に貪欲に。

「何故か私の言動は誤解を招く事が多い。対話の手段を増やす必要性を検討していたところだ」

「その話が正しければ、その金銭も財布も元は君の物ではない。失われても特別損と言うわけではないだろう。
 しかし君は他者に更に奪われる事を激しく嫌悪する。徹底的に暴行を加える。 私にはそういった行為が思いつかないし、これまで見てきた中にもそういったタイプは確認出来なかった」

感情を揺らがせ、怒りの感情のままに肉体を動かす事もあるだろう。しかし、彼女の行動はこれまでノアが見てきた人間の中でも特に激しく、執拗に感じられた。
普通に考えるのなら───あるいは適当に済ませるなら───『そういう性格だから』で終わる話だ。だが、彼の電子頭脳はそういった曖昧な答えを望まない。
そこまで変わらないか、僅差で少しばかりノアの方が背丈は高いか。そんな相手でも上から下まで何度も往復する視線は、無機質な物でもしつこいか。


そうして案内された先。薄暗く湿った路地裏とはまるで違う世界がそこには広がっていた。
洒落た看板は特別合理的ではなくとも人の印象をある程度良くする効果が見込める。事実、店内はほどほどに賑わっている。ノアのように薄汚れた作業着のままの人間と言うのは流石に簡単には見当たらないが。
ここが『喫茶店』に分類される店舗である事は看板、表のメニュー、店内の人間の持つ食器類とその内容物から判断が可能だ。
───それ故に、僅かに眉根を寄せた訝る想いを隠そうともしない表情は心底から分かりやすいだろう。

「………私の認識が正確なら、ここは『喫茶店』。コーヒーや紅茶、軽食や軽い食事が接種出来る場所のはずだ。
 対して君の言う『抹茶』。それを供する場所には思えない。 『ラテ』、つまりカフェ・ラテは喫茶店の提供する食事の範疇だろうが」
「何か気に障るような事をしただろうか?」

「からかっているのか?」とでも言いたげなように感じたのなら、それは正解だ。分かりやすい憤慨などはない調子は、確かにノアの最初語っていた通りではあるが。
最低限必要な賃金を稼ぐための日雇い労働現場と寝泊まりするための安宿を往復するだけの生活を続けていた彼に、そういった嗜好品の知識を仕入れる暇はそうなかった。
そも、機械の彼に食事は必要ない。ならば当然触れる機会も少ないわけで、初体験どころかそもそも存在すら怪しい。検索出来たのは外部から言葉を通じて出力されたからでしかないのだ。

584【合縁幾円】:2022/09/03(土) 01:11:35 ID:XY55me8I
>>582


カナカナカナ────、カナカナカナ────。


暮れを惜しむように、蝉が鳴く。
夏の終わり頃にようやく姿を見せる、時季外れの蝉の声。
斜陽を背にした景色が輪郭だけを残して、影絵へと変わっていく。物寂しさと不安。夜を誘う夕闇。世界は今、黄昏であった。


カナカナカナ────、カナカナカナ────。


喧噪はすでに遠く。
日中は賑わう公園に、人影はもう見当たらない。
否、独りの女性が、まるで何かに取り残されたかのようにそこにいた。他には誰もいない。誰も、いない。
暫く佇んだかと思うと、やがて耐えかねたように、その場を後にする。
何かに紛れるために、何かを紛らわすために。そうして、無人の公園だけが彼女の背中を見送った……。


カナカナカナ────、カナ


その刹那。
蝉が、鳴き止んだ。空気が変わる。

彼女が、気配や視線という類に敏かったのなら。
気付くのは容易いはずだ。何故なら、気配が一つ増えている。視線を彼女の背中に送っている。
もし振り返ったなら、ひとつの人影を認めることになるだろう。

背丈は、低い。子供だろうか。
襤褸切れのような白布を外套のように纏った誰か、あるいは何か。
それが、公園と外界とを隔てるあわいに立っていた。
フードのように目深に覆う布地の奥から覗いたルビー色の両瞳が、あなたをじっと視つめている。
見送るように。それとも、行かないでと縋るように。虚無と錯覚するほどの純粋さをもって──実のところ、本当に何もないのかも知れなかったが。


────────かくして少年は、その存在を開始した。

585【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/03(土) 20:17:43 ID:jAVtSOs6
>>584

彼女は、自身に向けられると向けられざるとにかかわらず、気配というものに敏感だった。
その理由は自然界に生息する小動物と同じ。そういったものを明敏に感じ取れなければ、我が身が危ういからに他ならない。
つまりは臆病なのだ。王者のように不遜に傲岸に、何をも顧みず中央を闊歩するなんてできはしない。
薄暗い、道の端っこを、こそこそ歩くのが気性。その小心こそが、彼女をこれまで生かしてきたのだ。

だからそれにはすぐに気づいた。
いいや……気づけなかった、と言うべきだろうか。

「────っ」

弾かれたように振り向く。
視界に映る白い影を認め、息を呑んだ。

────いつから?

そうだ。いくら背丈が低いといえ、いくら体重が軽いといえ。
肩が風を切る空気の揺らぎが、靴が土を蹴る音が、その到来を報せてくれるはず。
ここまで──こんな距離に至るまで、その接近に気が付けなかったなど。相当な練度で気配を消されでもしない限りあり得ない。
それともまさか、そこまで自分は鈍っているのか……? そうではないと思いたい、けれど。

赤と灰の両眼が見つめ合う。後者は外気温以外ゆえの一筋の汗とともに。

「…………?」

そこで気が付いた。
敵意がない。悪意も同じく。
というより何がしかの意思というものが存在するのか? 
人形じみた無感情ではないようだがと、考えさせられるほどには明確な意思を感ぜられなかった。

少なくともこちらを害する様子はない……。
──が、異様ではある。常の彼女であればそのまま、何もしてこないのをいいことに立ち去っていてもおかしくはなかった。
しかし……。

「──あ……の。ねえ、きみ」

どうしたの。なにか用。
得体のしれない、その存在……白い少年に。彼女が話しかけたのは、時たま起こしてしまった人恋しさゆえか。
あるいはそれは、凡庸さの証明なのかもしれなかった。


//よろしくお願いしますー!

586【流星加速】加速能力を持つ男 ◆/DJQPS2ijA:2022/09/03(土) 21:03:04 ID:CCS3y9n2
>>581

 年端もいかない少女にせっかちだと咎められムッとした表情を浮かべてしまうのは、千秋の未熟に他ならなかった。
 彼は超然とした悪党ではなく、運命に翻弄される凡人に過ぎない。
 だからこそ、少女の話は身につまされる思いだった。
 運命を愛してやまない彼は、それ故に運命の無慈悲さを知っている。
 この世には運命に愛されたとしか思えない者がいる。
 そういう人物を目の当たりにした時、人は絶望してしまう。
 奇跡は神の寵愛が存在しないのであれば耐えられただろう、己の凡庸さ。
 他の誰しもがそうだというのであれば、きっと名もなき町人として生きていけた。
 真に絶望するのは、“確かに存在する神の寵愛が己に注がれなかった”という事実を知った時だ。
 選ばれし者、特別な者はたしかに存在する。──だが、それは己ではない。
 それを知った時、“普通”は“劣等感(コンプレックス)”となるのだ。

「くっく……お前、正気かよ……」

 少女の、何ともなしに語る選択。
 それがあまりにも共感できてしまったから、千秋は思わず笑みを零した。
 ……いや、共感以前に彼女のその語り口が“まったく絶望していなかった”からかもしれない。
 妬み嫉みという低俗で下らない、それでいて人とは切り離せない強烈な感情。
 それを認め、飲み込み、己の運命とする。
 それでこそ……ああ、“それでこそ”だ。

「ハハハハハッ! ああ、気に入った! 最高だぜお前!
 それでこそ運命だ! テメェに与えられたものを受け入れ、相応の道を選び、それを全うする!」

 これがもし、世の不公平にすべてを諦め、何もすまいと見て見ぬふりをするような人間だったなら。
 少女がそういう事を口にしたのなら、千秋は彼女を殺そうとしただろう。
 自らの生に不誠実な者は死すべきだと、彼はそう思っている。
 だから、少女の示した“運命”は素晴らしかった。感動したと言っても良いだろう。

「なあ、小悪魔……お前、俺たちの仲間になれよ! 世界を巻き込もう!
 この世の誰も彼もが……神に愛された天才(ギフテッド)共ですら、
 テメェの運命に必死になるようなイベントを起こそう!」
 
 それこそが、八栞千秋の行動目的。
 かの悪辣なら大悪党──ゲアハルト・グラオザームと約束した、悪役としての最終目標だ。
 聞けば、既に悍ましき魔物達が集いつつあるという。
 矮小なるこの身でも、世界を混沌へ貶める力の1つにはなれるだろう。
 そこに、少女がいればきっと大きな助けになる。

「俺は“せっかち”なんだ。
 俺が死ぬ前に、世界がそうなる様を見たい」

 だからこれは、勧誘であり懇願だ。
 少女のような人間が一人でも仲間にいてほしいという、願望。

587【念理動力】フリーでフラットな念力使い:2022/09/03(土) 21:48:24 ID:zvLDBe2M
>>586

────なあ、小悪魔……お前、俺たちの仲間になれよ!

そう言う以上はそれを成せるだけの何かが彼の背後に居るのだろう。
それを確信して、その上で答える。

「良ッスよ。……但し。
 私が仲間になるのは八栞さん、貴方だけッス。
 そのバックに付いてるドナタ様方の一員になる気は無(ネ)ッス。」

日和ったのかと。懸命を愛する男は怒るだろうか?

「まあ聞くッス。
 どんな悪人が雁首揃えてるんだか知ったこっちゃあ無いッスが。
 一見して"表"の側から状況を動かせる駒も必要。違わないんじゃないッスか?」

日和っている? そんな筈があるか。
嗤っている。自分から潜入工作員を名乗り出た上で愉しげに。

「それにさっきも言った様に。
 私の友達。いっそ親友と言っても良いかもッスかね。
 彼女は何処に落ちてても警戒され難い、
 "文房具"を"兵器"に変えられるンす。
 バックにおっかない神様が付いてるから攫ったりするのは非推奨ッスが。
 友達(わたし)なら何の問題も無く其れを調達ができる。」

まあ、個数には限度ってのがあるだろうけどと付け足し。

「これがこっちが提示する条件の全てッス。
 伸るッスか? 反るッスか?」

悪の軍勢の仲間にはならない。
ただ"八栞千秋"という個人とだけ契約をしてその一助となる。
嫉妬の小悪魔はそのように言って貴方へと手を差し伸べた。

588【合縁幾円】:2022/09/04(日) 00:25:57 ID:MkMKjD2c
>>585

女性が気づけなかったのも無理はない。
何故なら少年は間違いなく、たったさっきまでいなかった。
より正確に表現するなら──この世界の、何処にも存在していなかった。
足音なく、風音もなく、忽然と出現したのだ。生じたと言い換えてもいい。察知しろ、という方が土台無理な話だろう。

刹那にも満たない内、弾かれるように背後を向く女性。──視線が、交錯する。

「─────────。」

少年の茫とした、漠とした赤の瞳。
あまりに透き通りすぎて非人間然としたそれが、彼女の警戒と焦燥を乗せた灰の瞳を映す。他者から、初めて自己を認識される。


瞬間、がらんどうだった少年の胸に湧き上がるもの。


それは、喜びだった。
どのような形であれ、認識とは存在の承認だ。
今、自分という虚ろな存在は、自分以外の他者から認められたのだ。例えようもなく、嬉しかった。涙が零れそうなほどに。

それは、寂しさだった。
独りでは自己さえ満足に確立できぬ、ひどく矮小な存在。
彼女と出逢わなければ、少年は虚ろな存在として、この物語の歴史から浮遊したままだった。


確信がある。
自分は本来、誰にも認識されぬ"あわい"の存在だ。
空洞めいた自意識のまま、やがて来る終末まで世界を眺め続ける。星を見あげる者。
生まれてきた理由さえ判らぬまま、見つけられぬまま、その意味さえ分からぬまま。やがて自身のことすら完全に忘れ果て、揺蕩いながら無数の切れ端に分解されるはずだった。

「─────────。」

いつの間にやら警戒を緩めていた女性が、なにか用、と声をかけてきてくれた。
それが──ああ。嬉しくて、こそばゆくて。

その瞬間。
芽吹き、育ち、花が開くように。
虚ろだった少年の自意識は、急激に覚醒を速める。
手足が動く。少年は、棒立ちしていた公園と外界のあわいから、一歩を踏み出す。
上手く歩けず、もつれて転ぶ。鼻血が出る。つんとした痛み。生涯初めての不快な感覚を、しかし気に留めることもしない。

少年は自分の足取りを確かめながら。
何度も転んで、傷だらけになりながら、女性へと一歩一歩近づく。
やがて、手を伸ばせば触れられそうな距離まで。

顔が勝手に変な形になった。
目が細まって弦を描く。頬と口角が上がる。何だろうこれ。気味悪がられたりしないかな。
でも抑えられない。口が息を吸い込む。意味はよく分からない。
でも、何故か、あの人に自分の気持ちを伝えられる気がする。なら、何だっていいや。少年は、自身を突き動かす正体不明の衝動に身を委ねて──。


「─────はじめまして。ぼくをみつけてくれて、ありがとう!」


──花開く満面の笑顔で。彼女にとってはきっと意味不明の、少年にとっては心からの感謝を告げた。

589【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/04(日) 10:56:28 ID:FUfAwnQc
>>588

話しかけた言葉に反応したのだろう。
こちらへ近づく気配に一瞬、身構えかけて……直後に転倒したその姿に、あ、と声が漏れた。

まるで立ち上がったばかりの赤ん坊みたいに何度も転んでいる。
それでも少しづつ歩いてくる少年に、駆け寄ろうかと迷っているうちに……気づけば彼は、目の前までやってきていた。

「────」

その感謝に、笑顔に……まず抱いたのは、困惑。
この子はいったい何を言っているんだろう。特に何かをしてあげた覚えもないぞ?
そもそも、こんなに目立つ風貌は一度見れば忘れないから初対面のはず。感謝される謂れはないというのに。

だが、胸に沸き上がった感情は、それだけではなかった。
純粋な感謝を受けて、心に浮かんだ暖かいもの。
彼女がそれを自覚することはなかったけれど……決して、惑うばかりではなかったのだ。

思うより先に屈んで視線を合わせる。手は自然と得物から離れていた。
白皙を汚す血の赤をハンカチでそっと拭う。土ぼこりをぱんぱんと払ってやる。

「……ええ、と……その。きみ、迷子? お父さんかお母さん、どこにいるかわかる?」

ぎこちない笑みと、精いっぱいの優しい声で、問いかけた。

この子の言っている意味はいまいちわからない。
しかし言葉の内容と周囲に保護者が見当たらないことから、おそらく迷子なのではないかと。
町内放送のスピーカーは夕暮れを告げる音楽を流して以来うんともすんとも言わないが、ならはぐれて間もない頃なのだろうか。
ともあれご両親は心配しているはず。一人で帰れるならそれでいいが、そうでないなら送ってやらなきゃいけないと思う程度の良識はあった。

だが……確たる根拠は、どこにもないけれど。
〝そうじゃないのではないか〟と、彼女は直感していた。

590【流星加速】加速能力を持つ男 ◆/DJQPS2ijA:2022/09/04(日) 14:10:48 ID:KdDwcUgU
>>587

 さて、この提案を受けて千秋は己の現状を整理する事とした。
 千秋の立場を一言で言うのであれば、ゲアハルト・グラオザームという人間の協力者の一人だ。
 やるべき事は仲間を集め、増やし、世界に混沌を撒き散らす手段を考え実行すること。
 そして、どうやらゲアハルトはより深い魔物共──それこそ世界を滅ぼさんとする悪辣なる怪物達と表の世界の繋ぎ役らしい。
 裏の裏にいる怪物と、裏社会に根を張るゲアハルト。彼らに比べれば悪どい事はしていても、千秋の立っている場所など日向だろう。

「なるほど……“神”か……」

 千秋は思案をするように少女に背中を向けて、ビルの屋上を歩く。
 気を失って倒れたままの大男を見下ろして、彼は嗤った。
 彼女の語る神を、千秋は知っている。
 ──いや、正確にはその“先代”の神だろう。
 知人という訳では無い。ただ見たことがあるだけだ。
 あの今は無き“神殺しを謳う魔物”達が世界へと宣戦布告したその日。
 その神は間違いなく悪逆無道の邪炎として、大勢の人々を焼き殺していた。
 目の前の人々が瞬く間に炭と化す光景を、千秋は覚えている。
 その事件の日、その神が現れた場所に居たのだ。
 神格というある種の超法規的な存在であること、
 そして、当時人々の希望を担っていた“とある同盟”の口添えがなければ、
 その神は間違いなく邪神として滅ぼされていたはずだ。
 その後、風のうわさで代替わりをしたと聞いたが、少女の語る神とはその二代目の事だろう。
 思えば、それも運命だったのかもしれない。
 決定的なまでに八栞千秋の道を踏み外させたのは、きっとその事件だ。
 己の無力さと、悪役の鮮烈なる生き様に、千秋のシミュレーテッドリアリティ思想は加速した。

「面白ぇな……ああ、面白ぇ……!」

 そして、二度目。
 再び千秋の道を踏み外させようとしている少女は、同じ神格の力を交渉材料とした。
 それは間違いなく運命だ。“そうせよ”と、世界の流れが千秋にそう言っているのだろう。
 彼はゆったりと決心した面持ちで振り返ると、少女の下へと歩み寄りその手を握る。

「いいぜ、小悪魔。
 俺がファウスト博士になってやる」
 
 ただし、時よ止まれなどとは口にしない。
 流星の如く、世界を加速させ続けよう。
 停滞など許さない。素晴らしき平穏を塗り潰し、永遠の混沌を求めよう。

「だがな、俺は……俺は“傲慢”なんだ。
 誰も彼もが他人事ではいられない混沌“程度”じゃ満足できねぇ。
 主役が、神が、テメェこそがストーリーテラーだと自惚れる連中が、
 俺達のような弱者の手のひらの上で必死に踊る様を見てぇ!
 俺と契約するってのは、そういうことだぜ」
 
 そうだ、傲慢でなければ運命などというものを謳いはしない。
 必死に生きていないモブだなどと、上から他人を断じたりはしないのだ。
 己を小悪党だと、脇役だと自称していながら、八栞千秋の性根はどこまでも傲慢であった。
 それこそ、神の運命を勝手に代弁するほどに、世界すべてを見下しているのだ。
 きっといつか、八栞千秋は己を駒と見る悪党共にすら牙を剥くだろう。
 そういう秘めた願いを、嫉妬の小悪魔が呼び覚ましたのだ。
 逢魔が時──きっと男と少女が逢ったのは、己の内に眠っていた魔物なのだろう。

591【合縁幾円】:2022/09/04(日) 16:51:14 ID:MkMKjD2c
>>589

女性が膝を屈めて、視線の高さを合わせてくれる。
再び交錯する瞳と瞳──虚無を脱してなお透き通る少年の赤と、光を失ったような印象を受ける女性の灰色。

(────、きれい)

だが、少年は彼女の眼に思わず見惚れた。
彼が呼び名もまだ知らない、ほの暖かな感情を感じたから。
色彩が鮮やかでなくても、活力の輝きが失われていたとしても。それだけが心を惹かれる理由ではない──少年の頬にわずかな朱が兆す。

「あ、わわっ」

刹那、ハンカチで柔らかく鼻を拭われて我にかえった。
土と砂で汚れた襤褸の白外套が、女性の手によってある程度もとの色を取り戻す。
いずれも少年がされたことのない、というより、他者から何かをされるという経験が初のことだった。

決して平和とはいえない、この世界で。
何かの均衡が崩れてしまえば跡形もなく砕け散ってしまいそうな、仮初というガラスの世界で。
それが冷たく痛いものでなく、こんなに暖かく安らぎに満ちたものであったことは、虚ろだった少年にとって掛け値なく幸いと呼べる出来事だ。
遠くない未来、彼の人格形成や価値観を大きく左右することになるだろう。

胸に生じる、暖かいなにか。
むずむずして、なんだかじっとしていられない。
はて、その正体は……と首をかしげる少年の視界に、女性のどこか不慣れな笑顔が映った。

同時に、優し気な問いかけ。
その中に含まれたいくつかのワードが、少年の今も僅かずつ発達し続ける理解力のフィルターを通り抜けなかった。


おとうさん───? おかあさん───?


「"おとうさん"、って……。"おかあさん”、って、なに?」


父を知らない。母を知らない。
自らを産んだのが誰なのか、という意味ではなく。
少年は親という概念そのものが分からない。──あるいは、そんな存在は、彼にはいないのかもしれなかった。

592【斑尾雷鰻】:2022/09/04(日) 23:06:13 ID:oKwMr45I
>>583

「何言ってっかわかんねェけどよ」
「オレは昔っから"オレ"のままだと思うぜ」

尻尾を中点として180度クルリと回れば、貴方の平坦な目を見て。
愚弄めいた言い回しは彼女には理解できない一方で――昔も今も変わらないと、彼女は説く。
瞳に込められる好奇も"昔から"変わらないもの、慣れているという風に再度前を向けば歩き出して。


「まァまァ、そんなに見るこたねーだろ。ちょっと恥ずかしいぞ」

「あァそうさ、この財布も中に入ってるカネもオレのモンじゃねえよ」
「だとしてもよ、オレのモノを他のやつに取られるのが気に食わねェ。それだけだ」


時たま貴方の方を振り返りつつ歩いていたためか、頭頂から足元まで何往復もする視線を感じており。
少しばかりの恥ずかしさを言葉混じりに、貴方の方に向き直れば。

財布も金も彼女のものではない、だとしても――彼女が"彼女のモノ"として認識したものを盗られるのは気に食わない行為であり。
だからこそ"徹底的に暴行を加える"。そうすることで彼女のモノは取り戻せて、嗜虐欲求をも満たせる――。
先ほどの場面を見ていれば後者の欲求の方が大きくもとれるが、あくまでそれは"気に食わなかった"結果にすぎないというのが、彼女の考えなのだろう。


「あァ、ここは"喫茶店"だぜ?もちろんコーヒとか紅茶もある」
「抹茶ラテっつーのはな、抹茶を牛乳で割ったモンで――カフェオレの抹茶版みてーなもンだ」
「ま、中に入ってみればわかンだろ」

喫茶店の看板の意匠であるコーヒーカップ――それが示す通り、コーヒー等も提供しているが。
そこは彼女の行きつけであり、大好物の抹茶ラテが美味しい店としてマークしているところであり。
抹茶ラテが理解できていないであろう貴方に軽く説明したのち、店に入るよう促して。


中に入れば、橙色の優しい灯りが店内を包んでおり。
他の客が飲んでいるであろうコーヒーの芳醇な香りが入り口にまで漂ってきて。
いらっしゃいませ、と声を掛けた店員が目線で注文を促してくるだろう。

593【念理動力】フリーでフラットな念力使い:2022/09/05(月) 18:35:01 ID:Ye6Bfymc
>>590
己は"傲慢"であると、この先への野心を燃やす男。

「下剋上ッスか。上等じゃないスか。
 あーでも。自分から言い出しといて何スが、
 大罪の名を冠するにはお互い小物もいい所で……ぷふ。うけるッス。」

分不相応な"称号"に我ながら馬鹿馬鹿しくなって笑いを零す。
或いは小物だからこそ大それた二つ名なんてのを欲するのかもしれないが。

「じゃあ契約の証にコレをあげるッス。
 名を『元月』。二振りのナイフの片割れ。
 物としての等級はそこの棍より下らしいッスが。
 溶熱以外には不壊にも等しい。毀れる事のない"神器"の一つッス。」

学生鞄からすっと飛び出し、其方の足元に矢の様に突き立てられる。
もしも貴方が棍ばかりに気を取られて迂闊に接近し戦闘に持ち込んでいたなら、
これが不意をついて喉なり腹なりを掻いていただろう事は想像に難くない。

「見た感じ丸腰ッスからね。
 得物の有る無しじゃあ攻撃以前に防御の面から選択肢が段違いッスよ?」

そのナイフと入れ替えに再びビルの合間へと飛び退く小悪魔。

「3日後、この場の。そッスね。其処の物影。
 そこを調べに来て下さいッス。
 お試し用に"爆弾"、何個か置いといておくッスから。
 それを以てどう立ち回るかは八栞さんに一任するッス。」

武器の提供者としての立場を組織内で築き上げるか。
はたまた隠し玉として保管しておき、"いざ"という時に備えるのか。
全ては"立向う者(プレイヤー)"に委ねられる。

郁々は更なる混沌の火種たるかもしれない邂逅・契約は此処に結ばれた。
後日、指定された場所にはメモと数本の文具が内封されたペンケースがひっそりと置かれていた。


  『発破のHB鉛筆』×3本
  手に持った状態で着火を念じると数秒後に爆発する鉛筆。
  同重量のダイナマイトに相当する火力。

  『着火の赤ボールペン』×1本
  爆弾系の文房具に対応した特殊文具。
  目視可能な範囲に対応文房具があると"認識できている"ならば。
  これを起爆スイッチとして代用する事が可能。

  『"小悪魔"宛ての匿名連絡用アドレス』


六堂ねむが天使ヶ原に『山奥で金鉱脈を見つける為に炭鉱夫をしたい』、『ゴールドラッシュっス』、
などと言いくるめてこれを入手したというのは明確に語られる事のない物語。


//お相手ありがとうございましたっ!
//どうしてこんな事に、キャラが勝手に動いた等と供述しており……
//楽しかったです!

594【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/05(月) 18:51:47 ID:Dy0XrWck
>>591

(……〝なに〟?)

──だれ、ではなく、なに。
その言葉が意味するところはいったいなんだ? 孤児でも親という言葉の意味くらいは知っている。
だがこの少年の口からとび出た語感はその当然を否定していた。まるでその単語自体、初めて聞いたとでもいうかのような。

……普通に考えたなら。
この子供は何らかのハンデを抱えている、といったところなのだろう。
いくら子供とはいえ、見た感じは十歳くらい。それくらいの年にもなれば多少は悪戯心とか、大人や世の中に対するあれそれがあるはず。
しかし彼はこう、なんというか……あまりにも〝無垢〟すぎる。さながら真っ白なキャンバスを思わせるほどに。
そしてそれはそういう子供たちにみられる特徴だ。一般的な視点とは別のところから物を見、人とは違うことを思い、あるいは思わぬゆえ何物にも染まらない白でいられる。

けれどやはり……そうではないのではないかと、感じていた。

「……じゃあ……おうち、どこかわかる?
 わからないならどっちから来たか、でもいいよ。お姉さんがついてってあげるから、一緒に……」
 
いずれにせよ……この子は、あるべき場所へ帰るべきだろうと。
この辺りは比較的安全とはいえ、どこで何が起きるかわからないのがこの街だ。
そこの角を曲がったらいきなりとんでもない怪物と遭遇……なんて冗談みたいな展開も、無いとは言いきれないくらい常識が通用しない。

危ないから送るよと、言いながら白外套に残る土ぼこりをまた払って……。

「……あれ」

はたと気づいた。
感触が妙だ。いやこの襤褸そのものじゃなくて、その向こうというか……。
あるべきものが無いような気がしたので、思わずといったふうに問いかけた。

「あの、きみ、もしかしてこの下……?」

何も着ていないのではないかと思考が及んだ瞬間、目に見えて顔色が悪くなった。
──これは、ヤバい状況なのではないのか、と。

595【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/09/05(月) 20:22:25 ID:4KfZTOQk
>>592
「なるほど、理解した。 すまない。気になる事があると知らずにはいられないのだ」

何者かに成り代わる事は出来ず、それを成せる者は人に分類出来るのかどうか。 模倣は出来ても、他人を完全に複製する事など出来ない。
ならば、昔からそうだったと語る彼女から何を得られるのか。それは出来の悪い猿真似だけだ。付け焼刃の無頼だ。

「社会道徳、倫理観と符合すれば君の考えは認められないだろうが、それを貫くのは容易ではない筈だ。
 どうも人間社会に溶け込めるよう設計された私には少々困難のようだが、関心に値する」

───己の過去を知らぬからこそ、機械はその答えを平然と受け入れたのか。それとも過去を知っていたら何かが変わるのか。
気恥ずかしそうな言葉に返す言葉は変わらず硬いが、謝意は伝わるだろう。 何者にも成れなかったが、代わりに彼はこの人格を得た。ノアという個性を得た。
ならば、横暴で粗野で傲慢で、野に生きる獣の様に自由に生きる彼女から何かを得ようとする事、それこそが間違いだったのかもしれない。
定型文めいた謝罪をしてからも少しばかりその背を見つめ、やがては応じるように視線を外す。満足したのかしてないかは、当人だけが知るところだ。


「……………釈然としないが、記憶した。 この街には興味深い事例も存在するのだな」

感情表現を苦手とする機械の肉体でも、長すぎる沈黙と僅かに寄った眉間から彼の考えてる事は何となく察しがつくだろう。
看板の意匠、大気に混じる僅かな粒子の成分、それらからこの店がどういった物を供するのかは想像がつく。そして当然、抹茶の意味も分かる。
だからこそ結びつかない。知識を付けてはいても彼の知覚は固まっている、こういった結び合わない何かを繋げた事例には弱いのだ。
──────そしてそれはつまり、この少年を無知な田舎者で片付けるには少々異質に過ぎる事を意味する。

店内の室温、光量、人の数、全ては許容範囲内。人間ならば快適とすら判断する数値だ。
まるで何かを探すかのようにゆっくりと、鋭い視線で店内をグルリと見渡す。これが何かの店に入った際の少年のいつもの行動。
もっとも、こういった店内にいかにも仕事帰りのブルーカラーと雰囲気の良くない少女が入ってきて、しかも片割れは威嚇するかのように見渡しているのだ。周囲の心象は考えない方が良いかもしれない。
接客業として声をかける店員にも同様に睨むかのような、責めるかのような視線を向け口を開く。これもやっぱりいつもの行動。

「私は水でい………」
「………いや、“抹茶ラテ”を貰いたい」

誰かに連れられ飲食店に入り、食事を必要としないながらもただおきっものめいて居座るわけにもいかず何度目かで編み出した対処法。
やり慣れた流れ作業の様な言葉は今回は封印だ。「これでいいのか」と言いたげに少女を一瞥。瞬き一つないまま訂正し空いている席に向かおうとするだろう。 生憎と、そこに恥ずかしさといった感情の色はないけれど。

596【流星加速】加速能力を持つ男 ◆/DJQPS2ijA:2022/09/05(月) 20:43:39 ID:MzQ8J7wA
>>593

 少女の残した刃を片手に、千秋は夜闇に覆われ始めた街を見下ろす。
 嗚呼、まったくこの巷はどこまで己を高揚させてくれるのか。
 運命論を語る男に言わせれば、これも定められた運命だったのだろう。
 ふらふらと、善悪の境界で揺らいでいた男は──未だ踏み外した道に戻ることが出来た筈の人間は、
 力なき少女との出会いによって、きっと、取り返しのつかない位置まで堕ちたのだろう。
 何か重大な事件があった訳では無い。ただの契約、たかが約束事だ。
 それが八栞千秋という人間の運命を決定的に捻じ曲げた。

「まったくだ……この俺が大罪を冠して下剋上なんざ笑い話にしかならねぇよ」

 とうに立ち去った少女の言葉に対して、千秋はそう口にした。
 小物が何を夢見ているのか。ああ、可笑しい。笑い話もいいところだ。
 
 ────だが、面白いってのは大切だ。
 
 千秋は二度とこの高揚を忘れることは出来ないだろう。
 彼は悪魔に夢を見せられた。神の力を掠め取り、世界の主役共を踏みにじる遠大なる夢を。
 これを知ってしまっては、これを願ってしまっては、もう真っ当な道に戻ることなど出来はしない。
 その道が途切れるにせよ、続くにせよ、彼は地獄へと伸びる道へと足を踏み入れたのだ。
 千秋はビルの屋上に倒れ伏した大男を踏みつけ、空へと吠える。

「お前らは祈ったこともないんだろう!
 もっとマシな運命をくれと! もっと自分を貫き通せるだけの力をくれと!
 そう、願ったこともないんだろう、主役(ギフテッド)共!」
 
 此処にはいない誰か。世界を左右することの出来る、選ばれし者共。
 そういう、何処かの誰かに対して吐き散らす。

「俺が……俺こそが“祈る者(プレイヤー)”だ!
 必ずお前達を引きずり下ろしてやる、“祈らぬ者(ノンプレイヤー)”共!」
 
 これは契約であり、誓いであり、そして祈りだ。
 千秋は少女から受け取った刃を踏みにじる大男の首筋に当て、それを強く引き抜いた。
 昏倒していた男から絶命に足るだけの血が噴き出して、千秋の顔を赤に染める。
 小悪党が下剋上を誓うという、世にありふれた平凡なる決意(イベント)。
 或いは平凡なる男が悪魔に魅入られるという、世にありふれたお話(イベント)。
 だが、もしかするとそれは……少女と男の出会いは、世界に致命的な変革をもたらしたのかもしれない──。



// 絡みありがとうございました!
// 六堂さんに翻弄されるの楽しかったです!

597【合縁幾円】:2022/09/06(火) 00:15:44 ID:KbCXsP6M
>>594

"おとうさん"。"おかあさん"。
理解から弾かれた二つのワードが、少年の脳内でリフレインする。
何かしらの単語、というのは、なんとなくだが察することができた。でも、一体どのような存在を指しているのか?
それが皆目見当つかない。そのことに、少年の心はざわざわと不吉に波立ってしまう。

響きが似た文字列を頭の中から探してみる。
お──さん。お──さん。……おにいさん、おねえさん。ああ、これなら分かる。
自分より年上の男の人や女の人に使う言葉。目の前で優しく微笑みかけてくれるこの女性は、まさしく"おねえさん"に違いない。

ということは。
モノ、ではなく、ヒトのような、気がする。
じゃあ、どんなヒトなんだろう? そのヒトはぼくにとって、どういうヒト?
なんでおねえさんは、"どこにいるか"ってきいたんだろう? ぼくの"おとうさん"と"おかあさん"は、どこかにいるの?

分からない。
分からないという事実が、なぜか胸を締め付ける。
つめたくて、しずかで、くるしい。人が寂しさや孤独と呼ぶその感情の呼び名を、少年はまだ知らない。

「おうち……。」

女性が家まで送る旨を口にする。
こちらを気遣う声音にくすぐったさを覚えつつも、しかし答えに窮する他ない。
少年自身にさえ、自分がどこから来たか分からないからだ。気づけば夕焼けの公園に立っていて、彼女の去り行く後姿を眺めていた。
この奇妙な経緯を過誤なく伝えるには、果たしてどう答えればいいだろう。うーんうーんと唸っている最中……。

あれ、と。
白外套をはたく女性の様子が変わる。

何だろう。
気づいてはいけないことに気づいたというか、そんな感じがする。
下? この下、ということは、今身にまとっている襤褸布の下ということだろうか。つまり、自分の身体のこと?
僅かな時間で成長した少年の理解力は、女性の言わんとしている意図を見事察知する。

(────みせてほしいのかな?)

布越しに触った身体に気になる場所でもあっただろうか。
そういえば、自分でも見たことがない。特別、脱ぐ必要もなかったし、そういうことをしようという自意識がそもそもなかった。
健康体である保証もないのだ。この機会に見た目だけでも一度チェックして損はない。
青ざめた女性の顔色が何を示すのか分かっていない少年は、とりあえず外套をこの場で脱ごうと指をかけ──。


[1] 少年の動作速度を、女性は見事上回る。なんとか阻止。社会的死をまぬがれた。
[2] しかし間に合わない。現実は非情。少年のシミ一つない真っ白な裸身が晒され、事件性抜群の光景が爆誕する。


女性の未来はどっちだ────ッ!!!!

598【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/06(火) 19:25:42 ID:8WdXQUFM
>>597

少年の細い指がぼろ外套にかかる。
その場面を目撃されようものなら青年〜大人期の人間の社会活動を漏れなく終了させる、あまりにも致命的な一撃が開帳されようとして。

──湯水のごとく沸き上がる脳内麻薬。
──急激に収縮する灰色の瞳孔。

世界の動きがスローモーションみたいに遅くなり、大気が流れる音さえ聞こえる気がする。
極限の集中状態。戦闘中ですら稀であるほど至上の領域まで動体視力が高められる。
意図して発動することなどできない、これはいわゆる一種のゾーン。
自身に迫りくる(社会的な)死を回避するがため、持ち得るすべての力を行使し、その手を────掴む!

彼女の社会的立場はぶじにまもられた。

「っはぁ、心臓に悪い……あのね、こういうところで服を脱いじゃいけないんだよ。ほら、周りに迷惑とか、かかっちゃうから……」

しかし……これはいったいどういうことだ?
感触からしてこの下に何もつけていないのは、ほぼ間違いない。
それ自体は、さほど貧しくもないこの区画では珍しかろうが、まったく考えられないわけじゃない。
浮浪児が襤褸一枚を纏って残飯を漁っているなど、路地裏を覗けばいくらでも見られる光景だ……彼女の故郷でも。

だがそうだと言うには疑問が多すぎるのは前述のとおり。
きれいすぎる、身も心も。このぼろ外套は、さっき転んだ土ぼこり以外は一点の染みもないくらいに真っ白だし……。
いきなり脱ぎだそうとしたのも意味不明すぎる。いや、世の醜さを知っているがゆえ、よからぬ方向に考えが及んだ可能性がないわけではないが。
そういう、何かに納得した様子もなかった。だとするなら、ほかに考えられる彼の出自は……。

(……宗教、とか)

聞いたこともない新興宗教の関係……それもこの様子から見るに、珠のように扱われている存在。
御神体とか、現人神とか、そういうワードに当てはめてみたなら、なるほど世間というものを少しも知らないこの少年はぴったりだった。
無論、そうしたものの裏には善からぬ企みを抱いた黒幕がつきものだ……何も知らない子供を神輿に担いで我欲を満たす悪徳教祖など、まさにではないか。

もしそうなのだとするならば、そんな少年がなぜかひとりで出歩いていることになる。

……これは、思ったよりも厄介な状況なのかもしれない。
我が身の安全を考えるなら、今すぐこの場を離れるべきだ。
掴んだその手を、そっと放す。

「…………」

けれどなぜか、彼女はその場を動かなかった。
離れた手と、俯きがちな視線を宙にさまよわせ、何かに迷っているかのように屈んだまま。
少年の、おそらくは裸足であろう小さなそれを見つめ……ややあって諦めたかのように息をつき、傍らにあった布の塊を掴んで立ち上がる。

「────ねえ、きみ。とりあえずお洋服、買いにいこっか」

ざあっと、涼風が灰の長髪をなびかせる。
先ほどよりもいくぶん柔らかい微笑を浮かべた彼女が、手を差し伸べていた。

599【合縁幾円】:2022/09/06(火) 23:56:11 ID:KbCXsP6M
>>598

────その一瞬で繰り広げられた攻防は、まさに一人の女の(社会的)生命を左右した。

身にまとう唯一の衣服である布外套を脱ぎ去るべく、少年の指が動く。
軌道、鮮やかなまでに最短距離。
スピード、いっさい躊躇も逡巡もない最高速。
彼女へ(色んな意味で)致命的な一撃を与えるそれが、現在の少年が発揮できるフルスペックで披露される。

外套を脱ぐには、たったの一工程があれば良い。
即ち、端を掴んで引っ張るのみ。それだけで少年の裸は開陳され、女性の将来が絶たれるのだ。
まさに必殺。人を殺すのに剣も銃も、ましてや物理法則を超越する必要もない。ただ、幼い子どもの裸があれば、人は簡単に死ぬ。

目の前で行われんとする、死の一撃。
一切の予備動作なく発動したこれを、女性は止めなければならない。
しかし、その難易度は、字面から想像できる程度を遥かに超える理不尽極まりないものだ。
何せ前兆なく、一工程で、時間も要さない。ためらいもない。
しかも、"まさか外でいきなり裸になろうとする訳がない"という常識的な社会通念の外から飛来した、意識外からの脱衣攻撃。

どれをとっても、付け入る隙など寸毫もなし。
故に阻止できる可能性など、あろうはずもないことは自明で───つまり、彼女は詰んでいた。

だが。

「────っ!!」

この刹那に、女性は限界を──超える。
そうとも。間に合う理由がない? 阻止できる可能性がない? 
それを突破する力を持つからこその能力者。閉塞した絶望的局面を打り破り、その先の未来を掴み取ってこその能力者。

覚醒して澄み渡る意識。
奇跡的確率を手繰り寄せ、今こそ不可能を可能へとひっくり返す。
女性は少年の動作速度をコンマ秒という僅差で上回り、外套を解こうとする少年の手を──見事、掴み取った!

あなたは戦闘に勝利し、守るべきもの(社会的立場)を無事守ることに成功した……!


────閑話休題。

//すみません、長くなり過ぎたので次レスに続きます…!

600【合縁幾円】:2022/09/07(水) 00:01:45 ID:aB72xNJc
>>598
>>599のつづき)

女性が少年に外での脱衣を諫め、彼の出自について思索を巡らせている最中のこと。
実のところ、少年はそれどころではなかった。

何せ、心臓の動悸が激しい。
真っ白なはずの肌は、心なしか夕焼け以外の赤みを帯びている。
その原因は明らかだ。少年を掴んだ女性の柔らかい手。その触れられた箇所が、じんじんと熱をもって脈打っていたから。

少年が初めて出逢った、他者という存在。
言葉を交わすのが初めてならば、接触を交わすのも初めて。
即ち、他者の体温を感じるのも、これが初めてのこと。
女性の手から感じる温度は、青白い肌色からして高くはないと思われるが──。

(────、あつい。)

でも、くるしくない。いたくない。
少年の心にあった重くて冷たい何かが、融けていくのを感じる。
なんだろう。わからない。でも、もっとほしい。少年が自分から、おずおずと握り返そうとしたその時──女性の手が離れる。

「あ……」

そこで、ようやく少年は女性の様子に目が向いた。
彼女の視線は彼を見つめていない。
下を向いていて、何かを決めかねるように彷徨わせたまま、屈んでじっと動かない。

不吉な予感がよぎる。
少年は、女性と一緒に過ごす時間がこれからも続くと無邪気に思い込んでいた。
浮かれて、思い上がっていた。何の確証もないのに。
だって、今は優しくしてくれている女性にとって、自分が実は不都合な存在でないと何故言い切れるのか?

むしろ、不都合そのものだろう。
彼女には彼女の人生があって、生活があって、そこに自分が今この瞬間にたまたま交差しただけで。
だから、ああ。考えれば考えるほど、一緒にいられる可能性の方が少なくて。
さっきまであったはずの熱が、消えていく。失われていく。──少年の身体が、暑気を裏切ってかすかに震えはじめる。

おもむろに。女性が何か区切りをつけるように息を吐いて、長大な布の塊を手に立ち上がった。

「っ!」

女性は何を決めたのだろう。
これから自分に、何を告げるのだろう。
膨れ上がる不安の未来予想図が、少年を強張らせる。意識せず、目をぎゅっと瞑る。やがて、女性が口を開き──。


────とりあえずお洋服、買いにいこっか。


「ぁ……」

爽やかな風が、二人の間を駆け抜けた。
女性の長髪がさらわれて踊り、少年の頭部を覆っていたフードが脱げる。
現れたのは、真っ白な髪と、真っ白な肌。
ルビー色の両目以外は色素という色素を失ってしまったような幼い少年の、なぜか目尻を濡らして呆けた表情だった。

濡れた瞳が、微笑と共に差し出された女性の手を視界に捉える。
少年は今度こそ、おそるおそる、指で触れた。滑らせるように自分の手を重ねて、夢ではないだろうかと感触を確かめる。

最初はあついと感じたそれは、もうあつくなくなっていた。
かといって、冷えているわけではない。むしろ、これは──"あたたかい"なんだ。
訳も分からず、涙があふれ出す。でも、全然嫌じゃない。だから、そのまま少年は、満開の笑顔で女性に頷くことにした。

「────、うん!」

傷だらけの裸足で、新しい一歩を踏み出す。
直後、すぐに転びそうになった。果たして、衣料品店に辿り着くまでに何度繰り返すのだろうか。
だがそれも、女性と一緒であればきっと楽しいと、少年は思った。

601【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/07(水) 20:03:19 ID:5CTFzJLc
>>599-600

──ところは変わって中心街。
世界でも稀に見るほど数多く異能力者が集まるこの地において、奇矯や奇抜といった言葉はその意味を失う。

理由は、この様子を見ればわかるだろう。
スーツ姿の勤め人の横で、ローブを纏った魔法使いが青信号を待っている。
スマホをいじる若者の側を、大剣を背負った戦士が通り過ぎていく。
道端で古着を売っているその向かいで、魔物使いが大蛇を操り芸を披露していた。

年代、人種は言うまでもなく、時代すら隔てているかのような人、人、人の群れ。
現実と幻想が入り乱れ、複雑すぎる斑模様を描いている。この街はまさに混沌の坩堝であった。

その中にあって、目を引く要素は多少おおきな荷物くらいの彼女はもちろんのこと……。
季節を間違えてしまった雪の妖精を思わせる真っ白な少年でさえ、大した注目を浴びてはいなかった。
むろん誰しもが無反応、無感情というわけじゃない。目が合えばにっこり笑う男性もいたろうし、手を振って挨拶する女性だっていただろう。
ぜんぶがぜんぶ、そのように優しいわけではないが。幼い少年に向けられる感情は、おおむね好意的なものだった。

そうして彼が、手を引かれるままについていったなら……やがて到着するのは衣料品店、ではない。
女が何かを企んでいたとか、だましていたとか、そういうわけじゃない。正確に言うなら、目指していたのは衣料品店も入っている商業施設。

そう、ここは大型のショッピングモール。
地下二階、地上八階建てという威容は初見の者を圧倒し、胸を高鳴らせ、入って少し歩けば一階から四階までの吹き抜けが目に入る。
吹き抜けは上階へ行くにしたがって広がり、四階部分では千平方メートル。
一階部分でも六百平方メートルという広々としたパブリックスペースは数にして二千人が集まることができる。
壁面には三百インチという巨大スクリーンが設けられており、その吹き抜けを取り巻くようにして店舗が並ぶサーキットモールとなっていた。

五階は書店や文具店、オーダーメイドの靴屋やキャンプ場さながらの売り場でアウトドアグッズが並んでいたり……。
六階から七階にかけてはゲームセンターやワンフロアまるごとレストラン街となっていたり……。
八階は屋上駐車場だが、地下二階までがいわゆるデパ地下であったり……。

とにかく、とにかく、広すぎていろいろありすぎて何が何だかわからない。
当然と言うべきか人でごった返している。目まぐるしく、騒々しく、そしてきらびやかであった。

「えーと……」

特に驚いた様子もないことから普段から来慣れているのだろう彼女も、すべてを把握するほど通い詰めているわけではないらしく。
タッチパネル式のフロアガイドとにらめっこしながら、目当ての店舗がどこにあるかを探していた。
少年が特になにも言わなければ、そして何もしなければ……そのうち子供向けの衣料品を専門に取り扱うテナントを見つけてそこへ向かうだろうが、さて。

602【合縁幾円】:2022/09/08(木) 01:46:48 ID:l5AfESDI
>>601

女性に手を引かれながら、ひたすらに道を歩く。
茜色は微かな残像を描いて西の地平へ落ちていき、追いかけて天蓋を覆う群青と星々のヴェール。
神秘的に装いを変える空模様に見惚れていた少年は案の定、何度も転びそうになりつつ、郊外の住宅地を抜けて街の中心へと。

歩を進めていくと、すれ違う人の姿が増えていった。
ビジネススーツで身を固めた中年の男性、二人と同じように子供を連れた女性、他にも若かったり、老いていたり、男性、女性、時には犬猫。
見かける度にうっかり足を止めて目で追えば、女性に引っ張られて歩行を再開して。

やがて、危うさはまだまだ残るも、ようやく転ばずに両足を動かせるようになってきた頃。辿り着いたその光景は──。

「わあ……!?」

────中心街。

文字通り、経済や文化の中心地。
何よりそれらを担い、享受する人間たちの密集地。
そして、あらゆる概念、あらゆる人種、あらゆる出来事が交差する街最大のクロスポイント。

日は暮れているというのに、デジタルサイネージや店看板などが織りなす光の綾模様は、夜闇を暴き駆逐して人工的な昼間を作り出す。
華やかな極彩色の乱舞に、少年は思わず眩暈を覚えた。
加えて、視界で行き交う人の数。聴覚に届く無意味と有意味の音のパレード。
情報量の殺到が恐ろしくなって、女性の手を強く握り返す。人波にさらわれそうになりながら、はぐれないよう着いていく。

物静かな夕暮れの公園とは、180度と言っていい劇的な環境変化。
不安に浮き足立つ少年の心を鎮めてくれたのは、繋いだ手から感じる女性の体温と、時たま通行人が見せる好意的な反応だった。
笑顔をくれたり、手を振ってくれたり。だが全て一瞬の邂逅で終わったそれらを、少年はひどく寂しく思った。

雑踏をどうにか潜り抜けて到着したのは、衣料品店────ではなく。

「…………!?」

この中心街に連れられてきて、もう何度驚いたか分からない。

少年の目の前には、全高なんと約46メートルを誇る八階建ての白い人工建造物。
見る者は大の大人でさえ圧するであろう、マンモス級のモンスター・ショッピングモールが聳え立っていた。
背丈の低い子どもからすれば、もはや山と変わりない。建物の頂点は、冗談抜きで人工光に白む星空まで続いているように見える。

目を真ん丸にして口をぱくぱくする少年は、半ば引きずられるように出入口を通過。
しばし歩いた先で飛びこんできたのは、やはり巨大な開けた空間だ。
内周上には多種多様な店舗が一定の間隔で軒を連ねており、それが四階層分も積み上がっている。
少年が知っていれば、バウムクーヘンを連想しただろう。そしてここも、夜の時間帯に関わらず明かりで満たされていた。

しかし。

(うん────これぐらいなら、もうだいじょうぶ。)

外で踊り狂う極彩光の嵐を経験した少年は、もはやこの程度では動じない。
モール内を埋め尽くす利用客の人数も、そして聞こえてくる音の量も、先程に比べれば恐れるに足らず。
何なら中の様相を観察する余裕まで見せ始めた。この少年、幼くして早くもシティボーイの階段を一段昇っている……!

(────)

女性がタッチパネルの案内図と格闘している傍らで。
わずかな時間。少年の視線が、せわしなくモール内を駆け巡る。一階──なし。二階──なし。三階──なし。四階──発見。

「おねえさん、あそこ!」

手をく、と引っ張り、少年が指を差した先。
天井部分に程近い最高階、内周にひしめく店舗のひとつ。
サイズの小さい衣服を軒先に展示したキッズアパレルショップが、確かにそこにあった。
少年はお返しとばかりに女性の手を引っ張り、笑顔で案内しようとする。ルートも既に把握しているらしい。
応じれば、女性を目当ての店までしっかり導くだろう。ただし、動く階段(エスカレーター)にびびり倒すので、滞りなくとはいかないが。

603【斑尾雷鰻】:2022/09/08(木) 09:40:53 ID:mzc8nrBc
>>595

貴方が想像する通り、彼女は横暴で粗野で傲慢で――。
そして何より、"喪失"に対する抵抗感が非常に大きいというのが見て取れるだろう。
野に生きる獣のようでありながら、その内実は非常な怯えを伴うものであって。
視線を外すのを待ってか待たずか、再度振り返れば歩みを進めて。


貴方が固まっている様子を見て、彼女は少しばかり違和感を覚える。
いかに"抹茶ラテ”を知り得ない人物であったとしても、カフェオレの抹茶版、と説明すればあながち納得してもらえるだろうが。
眼前の少年は違う――ただの無知の少年、というわけではないのだろう。

「おう」、と一言返せばカラリとベルが音を立てて揺れる。
店員に促されるがままにカウンターへと足を運び、メニューに目を通せば。
貴方の"注文"を受け取った彼女はそのまま店員にこう告げる。


「抹茶ラテ二つ、Lサイズで」


注文を済ませて仕舞えば財布――もちろん彼女のものでは無い――から小銭を吐き出し、そのまま受け取り口へと進み。
数分もすればトレイに載せられたカップが二つ。これを貴方が座る席へと持ち出して。
しかしその大きさたるや――掌1.5個分はあろうかという、巨大なものであった。

604【合縁幾円】:2022/09/08(木) 18:31:17 ID:l5AfESDI
>>601
(>>602のラスト10行部分を書き直し)

女性はタッチパネルの案内図へ向かったと思うと、画面をじっと見つめだす。
衣料品店を探しているのだろう。だが、ここは延床面積およそ25000平方メートルを誇る超巨大モール。

当然、出店数は膨大な数にのぼり、なんと総数350以上。
食料品や生活雑貨はもちろん、コスメ、コーヒーショップ、果てはなんと保険会社に英会話教室まで揃った驚愕のラインナップ。
呆れるほどの充実っぷり。反面、目当ての店を見つけるのに労を要するのは宿痾というべきか。
サイトマップに検索機能がなければ──あったとしても、こういった機器の扱い方に疎ければ──中々に手間取りそうだ。

手のかかる子どもっぷりを自覚し始めていた少年は、何か手伝えることはないか頭の中で思索してみた。
ちっこい背丈では目視できる範囲が限られる。
かといって足を使うのは非効率だし、迷子になれば女性の手を更にわずらわせるだけだ。

かかった時間は数秒。
少年が弾き出した、たったひとつの冴えたやり方とは──。

「"おようふく"がほしいんですけど、どこにいけばいいですか!」

近場にいたモールの従業員に訊く。
シンプル・イズ・ベスト。他者という存在に対して物怖じしない、少年らしい解決法。
先程、街を歩いている最中に擦れ違いざま好意的な反応を示してくれた人たちの存在が、その背中を後押ししてくれていた。

605【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/08(木) 20:01:02 ID:.YRcl8/E
>>602,>>604

単に衣料品を買い求めるというだけなら、なにもここまでの場所に連れ出すことはなかった。
子供用の衣服を取り扱う店舗はここまでの道中にいくつかあったのだから、さっさとそこへ行けばよかっただけの話。

──世慣れぬ子供に超ド級のお店を見せて驚かせてやろう。

親切心半分、悪戯心半分か、ともかくそういう考えがあったのは間違いない。
その目論見は中心街へたどり着いた時点でほぼ成就していた。人気の失せた公園とはうって変わってごった返す人波に目を白黒させる少年……。
余裕がなく気づかなかったかもしれないが、その手を引きながら彼女はほくそ笑んでいたのだ。計画通り、と。

彼の驚愕はこのショッピングモールを眼前に捉えたときに最高潮へと達していた。
真っ赤な目を丸くして、口をぱくぱくさせて……金魚みたいだな、などと失礼なことを考えながら、抑えられなかったにまにま笑いを隠すため急いで前を向いたものだ。

さて中の様子にどう驚いてくれるか──ちらりと振り向いて様子を伺ってみれば、しかしもはや慣れつつあるようで。
やはり物珍しいのは間違いないのだろう、いろいろ観察はしているようだが思ったほどの反応は見られず。

(子供の適応力ってすごいなあ)

感心すると同時に少々残念に思いながら、子供服店を探すことにしたのだ。
なにしろ広い。広すぎると言ってもいい。ただでさえ膨大なテナントが入っているのに、自分に縁のないジャンルとなればそりゃもう憶えているはずがない。
直営店の子供服コーナーならば確か三階だったはずだが……せっかくならもうちょっといいものを選ばせてあげたい。懐に余裕はまだまだあるのだし。

どこだったっけ……いくつかあったと思うけど……。
そんなことを考えながらタッチパネルを操作していたとき。

「!?」

横から聞こえてきた元気な声に、ちょっとびっくりしてそちらを向いた。
当然だが、自分に向けられた言葉ではない。手近な従業員に訊いたようで、問われた女性は少々思案顔。
だが少しの後、直営店と専門店で子供服を取り扱っているところを数か所おしえてくれた。
まぶしいくらいのスマイルに少年と彼女に対する疑念などは特に無さそうだ。さすがは能力者の街と言うべきか。

ごゆっくりお楽しみくださいとの言葉に愛想笑いと軽い会釈を返すことしかできなかった。だというのにこの少年は……。

「すごいねー、きみ……」

それほどの賞賛を受けるようなことではないが、声色には心からの感嘆が籠っていた。
いや、彼女とていよいよとなれば店員に訊くくらいのことはするが、初手からそれは頭になかったのだ。
陰と陽の違いというやつなのか……少年に末恐ろしさを感じながら、まともな服を求めて再び歩き出した。

エスカレーターは抱え上げる(裸足では普通にあぶない)か、どうしても嫌がられれば階段を使って回避。
道中の様々な店先に並ぶ商品になんとなく目をやりつつ、まず一店舗め。

「なにか気になるお洋服とかあったら言ってね。まだいくつかお店あるから、ここで決めなくてもいいよ」

こういうところの店員というのは見ている横から話しかけてくることが多くて正直あまり好きになれないが、今回ばかりはしょうがないと決心。
自分だけではおそらく手間取ること亀のごとしなので、この子の服を下着から揃えてあげたいんですけどと自分から話しかける。

少年の衣服一式すべて、いいや換えも含めて二式、三式と揃えてやるつもりでいた。
ああ、あと靴も買ってあげなきゃ。大出費だなと考える彼女は、しかし思考内容に反して楽しげであった。

606【練氣太極】邪気を操るチンピラ ◆ZkGZ7DovZM:2022/09/08(木) 20:33:04 ID:ihyEW6cA
季節は巡る。時に、その中に在る人すらをも置き去りにする速さで。
路地裏を塒にする青年も、そうして日々の移ろいに置き去りにされた者の一人だった。
彼にとっては、扇風機一つない路地裏を太陽が容赦なく焦がす夏は────そう悪くないものだった。

秋風はこんな狭い街の裏路地にだって吹き込むけれど、却って侘しさばかり募る。
いつか来る冬。春。そうしてまた来る夏、秋。
命が軽いこの世界で、自分はいつまで存在しているのか。
存在していたとて、何を為すというのか。何になるというのか。


「…………めんどくせェ。暇だとめんどくせェことばかり考えちまうな」


いつもと同じように、大通りから少し離れた路地裏で。
いつもと同じように、体躯を覆い隠すような漆黒のライダースジャケットを身に纏い。
いつもと同じように、〝なんとなく〟ブチ殺した名前も知らない能力者共で築いた山の上で胡坐をかいて。
青年は────〝餓狼〟ヴォルフは独り言ちていた。


「退屈凌ぎの方から、やってきてくれないもんかね」


死体を漁ったところそこそこ裕福だったようで、今晩吞む程度の手持ちには困らないけど。
なんとなく気が乗らない────そんな我儘、あるいは憂鬱。
そういった自身の内にある怠慢に対して半ば自覚的でありながら、敢えてそう口にする。

言霊。
数多の能力者が彷徨うこの街で〝何か〟に出会いたければ。
そんあありきたりなことを言ってみるのが、一番だろう。

607【機身剛体】 ◆mIkpvF8mUE:2022/09/08(木) 20:59:48 ID:0Rl0FdLQ
>>603
静かで清潔、落ち着いた空気は平穏その物を表すかの様。人の感覚で言えば、おそらく多くの人間が快適と答えるだろう。
それは、妙な二人組が来ても変わらない。とりたてて騒がないのがマナーと示すかのように───あるいは単に関わりたくないだけだとしても───凪いだ平穏は続く。
その静寂にかこつけてジロジロと覗き込むのは、いずれにしても堂々たるマナー違反だろうが。

そうして置物めいて待つ事数分。店員の持ってきた容器を見た少年の顔は変わらず、盆と少女の顔を見比べる。
───もう一度見比べる。お手本のような分かりやすい二度見、再び僅かに眉根を寄せた表情は怪訝に思っている時のそれだ。

「………血糖値の急速な上昇は人体にとって危険だ。更に推測される内容物と内容量から算出したカロリー摂取量、健康的とは言い難い」

姑か何かの様な細かい指摘、冷たい言葉。 だが言うだけ言ってそれっきりの類との違いは、彼は危険を憂慮すべき人間ではない事だ。
非健康的とのたまっておきながら容器をグワシと手に取って、瞬き一つせずに表面をしばし観察。工業用機械めいた精密さでストローを取り出し差し込めば、静かに咽頭へとその奥へと流し込む。
無表情のまま、能面めいて変わらぬ貌のまま、みるみるうちに減っていくラテは、さながら干ばつに見舞われたかの様。 人間と何ら変わらない外見で人間とは違う事をする、模倣品にはこの程度が限界なのか。

「想定されていた通りの甘味量だが、それ以外の数値も興味深い。 不明瞭な誘いではなくこの名前を挙げる点から考えて、君はこの味を気に入っているのか?」
「私の内蔵データベースも完全とは言い難い、知らない物を加えていく事は好ましい事だが、いずれは不必要な知識を消去せねばならないだろうか」

空になったカップに視線を落とし、問いかけは理屈理論に縛られた馬鹿正直な物。最初の内は言葉に表すのも容易だろうが、最終的には個々人の感覚に全てを委ねる、そういう物だと知らないが故。
だが、そういった人間の精神を完全に理解し、思考に加える事は、今の彼には難しい。 だからこそ、鋭い視線は不躾に闇に触れようとする。

「先程、君が少年たちに私刑を加えていた際の器官。私の知る限り人間には備わっていない物だ。それが理由なのか?」
「この街においては新参者だが、君の様な人間は他に見た事が無い。分かりやすく言えば興味を持っているのだ」

人には触れてはならぬ痛みが存在する。彼女にとっての痛みは何だろうか。 対話とコミュニケーションを重ねた果てにそういった物を避ける術を覚える人間と違い、まっさらな機械である少年にその知識はない。
好奇、恐怖、嫌悪、そういった物の無い純粋な興味関心。それは彼女にとってどう映るのか、それを考える事もない。己の知的好奇心のままに発言し、動く者を、人の世は完全に許容出来てはいない。

608【合縁幾円】:2022/09/09(金) 01:15:27 ID:OTOmveIY
>>605

前回までのあらすじ。

女性の企てた目論見にまんまと嵌まった少年。
最後まで翻弄されるばかりと思いきや、幼さゆえか脅威の適応力で一矢報いる。
そればかりか、直後に初手で店員さんとコミュという陽キャを発揮。彼女へ衝撃を与えることに成功したのであった──!


しかし、そんな自覚は全くないこの十歳児。
すごいね、と女性に感心顔で言われるも、きょとんと首を傾げるばかり。
陰と陽が謎の経緯で組み合わさった太極コンビ。果たしてベストマッチなのかミスマッチなのかは神のみぞ知る。

訓練された角度のお辞儀をして去っていく従業員に「ありがとうございました!」と元気に一礼し、目的地に向けていざ出発進行。
いくつかの階段を昇り、エスカレーターでは女性に抱えられながらコアラみたいにしがみついてやり過ごし……。

いよいよ辿り着いたのは────生涯初、子供用の衣料品専門店!

「わあぁ……!」

店先に展示された、サイズが小さな服の数々。
そのいくつかは少年とたっぱが同じくらいか、少し背高のマネキンに着せられている。
勿論、店内にはその数倍以上の量が陳列されているに違いない。その圧倒的品数、その集合的様相、まさに子供服でできた森。

少年は真っ赤な瞳に好奇心という光を銀河系さながらに輝かせ、その森の中へ嬉々として分け入っていく。
店員さんにお勧めされるまま衣服をどっさり抱えて更衣室へ誘導され。
しばしの時間の後、現れたのは──。

「おねーさん、みてみて!」

水色のリボンが巻かれた、つばの広い白帽子。
ふわりと花弁のように広がった袖口は、まるで百合の花のよう。
トップスとボトムズがシームレスに繋がっていて、風に舞うカーテンの如くひらり浮き上がる繊細な刺繍をされた布地の先からは少年の真っ白な細い両足が……。

────いや、これ女子用の服なのでは?

他のは真っ当な少年服だった。
なんかの手違いで紛れ込んだらしい。なんだよその手違い。
ともあれ、少年はファッションショーさながら、次々と試着しては女性にその姿をお披露目していく。

時にカジュアル、時にスポーティ、時にスタイリッシュ、時にフォトジェニック。
日常的に着用するという前提が欠けたチョイスも割とあったが、白襤褸布を纏うことしか知らなかった彼にとっては、着替えるということ自体が初体験。
その表情は、終始弾けるような笑顔だった。

やがて購入する服を選んで会計に持っていけば、少年が欲しいと言った商品の共通点が明らかになるだろう。
いずれも店内にある商品の中で低価格帯。

そう。この少年、財布の心配もできる──!

609【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/10(土) 21:28:36 ID:VaCpYG7M
>>608

……山のような子供服を抱えて更衣室へと消えていった後ろ姿を見て、思う。

(久しぶり……だな)

誰かと一緒の時間を楽しく感じるなんて、と。

ここ最近、楽しいことがなかったわけじゃない。
むしろまとまった金銭があるのをいいことに辛いこと、苦しいことを避けてこられた。
気ままに旅をしてみたり……おいしいものを食べてみたり……それこそこうしてショッピングに足を伸ばしてみたり。
けれどそこに自分以外の誰かがいることはなかった。常に一人であっちへこっちへ、他人を伴うことなくふらふらしている毎日。

生来、独りを好む性質だ。
隣に人がいないことを寂しいと、辛いと思うことは……。
……あまり、そうあまりなかった。あったとしても、紛らわす術はいくらでもあったから。

だから誰かと一緒に遊ぶことを楽しむなんて。
少し前の、あのときか……それこそ、昔──。

「────!?」

泥濘に沈みかけた思考を溌溂とした声が現実に引き戻した。
目に飛び込んでくるのは店員さんおススメの服を着た少年──似合う、いや似合うが。

「いやこれ女の子用の服なのでは……!?」

しょっぱなこれってどういうことだ。選んだの店員さんだよね? てへぺろじゃねえよ。
他は普通に少年用だったのでおそらく確信犯であろう。

まあ……さすがにこういうところの店員さんだけあってか、センスは抜群だった。
というより、少年が何を着ても似合うのだというべきか……顔がいいとなんでも似合うの典型例だろうか?

ともあれ会計を終え、紙袋を手に一件目を出た。

「……もしだけど、値段とか気にしてるなら遠慮しなくていいよ? こう見えてけっこう持ってるからさ」

道すがら、そんな風に言葉をかける。
彼が選んだ商品はいずれもリーズナブルなお値段だった。
純粋に欲しいと思った結果としてそうなったのなら構いやしないのだが、金額を勘案に入れているならそんな遠慮はしてほしくなかったのだ。
幸いにして今の懐事情は言葉通り心配無用。少々お高めの服を十や二十、購入したところで揺らぐ潤いっぷりじゃない。

だからこれいいなって思ったら言ってねと再び言い含め、二件目へと向かったのだった。


「──ふう。ねえ、ちょっとお腹すかない?」

モール内の子供服店をすべて周ったのちか、それとも途中で切り上げたか。
いずれにせよキリのよいタイミングで切り出した。

「休憩も兼ねてさ、どこかに入ろうよ。なにか食べたいものとかある?」

つまり、すなわち次の目的地は飲食店。
海鮮──焼肉──和食──エスニック──イタリアン──鉄板焼き──カフェ。
他にもほかにも、種々様々、いろいろいろいろ。
地階含め数フロアに渡って展開されたフードコード・レストラン街、所狭しと並んだ飲食店の数々。
総計六十店舗を越える食の楽園、食べたいものはなんでもあるといって過言じゃない。目移りしすぎて目を回す勢いだ。

610【合縁幾円】:2022/09/11(日) 00:47:16 ID:p6zVLYhY
>>609

ありがとうございましたー。
店員さんのそんな口慣れた調子の声を背に、一つ目のショップを退出する二人。

そういえば……着替え終わって試着室のカーテンを開ける度に、店員さんの一人が少年へ手のひらサイズの物体を向けていたのをふと思い出す。
縦型の長方形で、左上の角に黒くて小さな丸がいくつかあったような。
結局あれは何だったのか、気になった。
そのとき口元に真っ直ぐ立てた人差し指を添えていたが、あの動作にはどんな意味があったのだろう。

……。少年は、深く考えてはいけない気がした。
嫌な予感がするので、別のことを考えよう。例えば、少年の手を優しく握ってくれている彼女のこととか。

(────やっぱり、あたたかい。)

この人の温もりを感じると、いつも安心する。
何でだろう。不思議だ。店員さんに手を触られたときとは、全然違う。
人肌の温かさはあったけど、特別何かを感じたりはしなかった。比して女性は体温こそ低いものの、やっぱり"あたたかい"し、それに、"ほっ"とする。
実際の温度感に依存をしない、もっと概念的で、ふわっとしたもの。きっと数値で比較の叶わないそれ。

いったい、何が違うんだろう。
その違いを生み出すものは、果たして何と呼ぶんだろう。
興味は尽きない。今はまだ答えの出ないその問いを、気持ち早めの鼓動をきざむ胸に抱えたまま。少年は、女性の手をそっと握り返した。


──値段とか気にしてるなら遠慮しなくていいよ。

二件目の店に向かう道中、女性にやおらそんなことを言われる。
ああ、やっぱりバレていた。

「う、うん。ごめんなさい」

どもりながら笑顔で謝る少年は、その内心。
何故そんな要らぬ配慮をしたのか。ほわほわほわと湧いてきた雲みたいな吹き出しの中で、その理由を思い起こしていた。

単純に申し訳なかった、というのもある。
自分の欲しいものを素直に告げることに何だか気後れしていた、というのもある。
大体の服は着てみたら満足してしまった、というのもある。

ある、あるのだが──何かこう。
上手く言語化できないものの、少年はこの女性にある種の危うさみたいなものをなぜか直感して、それで遠慮してしまったのだ。


強いて言うなれば。
一つ何かの反動でハンドルを切り間違ったら、潤沢だったはずの貯金をなぜか残額4桁まで溶かしていそうな────。


いやいやいや。少年は、ぶんぶんとかぶりを振る。
あんまりだ、失礼に過ぎる。誇張なく命の恩人である彼女に無礼極まりない。
本来行きずりの見知らぬ子供に過ぎない少年に優しく接してくれて、そのうえ自らの金をはたいて服まで買い与えてくれている。
こんな一生に一度巡り逢えるかという女性に対して、なんてとんでもない第六感(と書いてでんぱと読む)を受信したことか。自分の頭をげんこつで強めに小突く。猛烈に反省。

折角、遠慮しなくていいと言ってくれているのだし。
これで頑なに気を遣ったままの方が、かえって礼を失しているというもの。
次は少しだけ、わがままを言ってみようかな──そんなことを思いつつ、二件目の子供服店に到着したのであった。


────やがて、あらかたお店を巡り終えた頃のこと。

お腹すかない?
そう切り出された内容を、自身も望んで紙袋をいくつか抱えて歩く少年は、しかし理解することができなかった。
お腹がすく。すくって何だろう? お腹、という言葉は分かるんだけど。
そういえば、さっきからそのお腹が変な音を立てている気がする。ぐうぐう? きゅるきゅる? 妙な異音だ、何と表現すればいいものか。

なにか食べたいものとかある? と続ける女性。
食べたいもの。たべたい。たべたい? 先程の"お腹がすく"と関係している言葉なのだろうが……。

「おなかが、すく? ……たべたい、もの?」

ダメだ。分からない。
そもそも思考に集中できない。散漫になって、組み立てようにもすぐばらけてしまう。

自分にとって必要な行為のような気はする。
されど、何をすればいいのだろう。何処に行けばいいのだろう。
意識をしてからというもの、お腹は何かを訴えるようにぐうぐうきゅるきゅると鳴り止まず──少年は助けを求めるように、女性を困った目で見つめるしかなかった。

611【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/11(日) 21:47:21 ID:vbbaUDkQ
>>610

(────ああ、やっぱり)

ここにきて、この少年の尋常ならざる出自の確信に至る。

腹の虫が鳴いている。空腹であるのに間違いはない。
人間ならば……いいやまっとうな生き物ならば、何かを食わずには生きてはいられない。
生存している以上、絶対に行っているはずの行為。それを彼は、言外に知らぬと告げている。

よしんばそれに〝食べる〟という言葉を充てていないとしても腹は空く。
ならばどうすればいいかは理解できるはずなのに、それすら分からないというふうに途方に暮れるばかり。

何も知らないのだ。まるで、生まれたばかりの赤子みたいに。
生命活動に必要不可欠のことでさえも。そんな者が、この歳まで生きている。

──そんなこの子に、何をしてやれるだろうと。
ちょっと考えて、ひとつ頷いた。

ロングカーディガンのポケットから、小さい何かを取りだして。
包み紙を剥がせば、薄紅色をしたまるいものが顔を覗かせる。

「ね。口、あけてみて」

言われるがままに口を開いたなら──つまんだそれを、放り込まれた。
とても甘く、少し酸っぱい。体温で少しずつ溶けていくその甘いものは……何の変哲もない、飴玉だった。
いちごみるく味、だった。

「──それがね、食べるっていうことだよ。ぐうぐうっていうのはお腹が空いてる音。お腹がすいたら、何かを食べなきゃいけないの」

膝をかがめて、視線を合わせて。何も知らないまっさらの彼に、何よりも大事なことを一から順に。

「それ、飴っていうんだけど、そのまま呑み込んじゃだめだよ。口の中で溶けるまで舐めるか……我慢できなかったら噛んじゃってもいいけど」

生きるということは、食べるということ。体に物を入れていくということ。
一部の例外を除いてはどんな生物も、そこから逃れられはしないから。とにもかくにも、それだけは。

「とにかく、丸のみはしないでね。のどに詰まっちゃうから」

ね、と淡く笑いかけた。

……まあ、それだけ知っていても、だけれど。とりあえず食べられるものを食べさえすれば、そうそう死にはしないだろう。
子供が飢えて死ぬ世界が、そんな暗闇が、きらびやかな世界からちょっと外れれば見えてしまう世の中だが。
彼には、そんな世界を知ってほしくはないと思った。……この子の人生に干渉する権利なんてないのだと、分かってはいるけれど。

「……うん。じゃあ、いこっか。レストランでいい? メニューの種類も幅広いし、二人ならいろいろ食べられるからさ」

立ち上がり、提案したのはいわゆる普通のファミリーレストラン。
各店舗ごとの専門性が高いレストラン街で少々埋没気味ではあるが、和食、洋食、中華、海鮮など、メニューの豊富さにかけては随一。
料理の味も悪くないのは自身の舌にて確認済み。特に異論がなければそこへと向かうことになるだろう。

612【合縁幾円】:2022/09/12(月) 01:10:16 ID:JSFBupb2
>>611

────十つまで年齢を重ねているはずなのに、食事という行為を知らない?


これは人間として、生物として致命的な矛盾ではないか。
何故ならそんなことは有り得ない。食事とは、つまり生命維持だからだ。例え寝たきりの人でも食べることは絶対に必要となる。
活動するためのエネルギーのみならず、代謝回転する細胞の製造材料の確保。
それこそ食事の本質であり、この行為をしないということは、健康な生命活動をおこないえないことと同義と言っていい。

食べなかったからといって、すぐさま死んでしまうわけではない。
まず肝臓や筋肉を、次いで体脂肪や皮下脂肪をエネルギー源として、栄養失調状態ではあるか取りあえず生存はできる。
だが、体重70kg・体脂肪率20%の成人が絶食して生きられる限界は計算上、およそ3ヵ月半。
ならば当然、その数値を必然的に下回らざるをえない痩身の少年が、十年という期間を食事なしに生きてこられたわけはない。

少年が目的不明の嘘つきなのか。
あるいは──生き物として、まともな生まれをしていないか。

いずれにせよ、警戒に足る理由としては十分過ぎる。だって、次の瞬間、少年が人食いの怪物に変貌しないと何故言い切れるのか?
耳目を引く可愛らしい容姿と人格を誘蛾灯に、餌を誘き寄せるモンスター。
狩りの最中は意識がなく、満足すると自我を取り戻すなら、食事行為を知らずに生存することが可能かも知れない。

決して荒唐無稽な話ではないはずだ。
能力者という存在が、そもそも荒唐無稽なのだから。
有り得ないことこそ有り得ないこの世界に存在するリスクは、想定を幾百重ねてなお嘲笑うように超えてくる。
であればこそ、今まさに致命的な矛盾を晒した少年とはこの場で関係を断つのが賢明なはずで、そして女性の取った行動は────。


「────んぐっ」

言われるがままに開けた少年の口に、何かが放り込まれた。
勢いあまって飲み込みそうになるのを堪える。おっかなびっくり、舌で感触を確かめようと触れてみて……。

(!? ……!! …………!?!?)

突如、未知の衝撃が大爆発した。
このモールに、異形の化け物が襲撃を仕掛けてきたわけではない。
あくまで比喩表現というやつで──つまり、少年の味蕾が初めて刺激を受けたのである。
刺激というか、彼にとってはもはや炸裂に近い。神経を伝ってくる電気信号が強烈すぎて頭の中がバグりそうになっている。

とろとろして、ちくちくして、ぴりぴりする。
何がなんだか訳が分からず、その場でとにかく飛び跳ねたくなる。
しかし屈んで目を合わせてくれた女性の前でそんなみっともない真似はしたくないと、瞬間的に鋼と化した自制心で無理やり興奮を抑えつけた。

そして、彼女から教えられたのは──


────今、少年が経験したそれが、"食べる"という行為であること。

────先程までお腹で鳴っていた謎の異音は、空腹のサインであること。

────その時は、何かを口にしなければならないこと。


穏やかでありながらどこか真剣さを帯びた彼女の声音に、いつの間にか少年は落ち着きを取り戻していた。
飴という名前であるらしい口内の球を、言われた通り丸のみせず、舐めてみる。
舌を動かす度に走る、得も言われぬ何か。
痺れのようなそれを目まで閉じながらじっくり味わったのは、彼女の真っ直ぐな目と淡い笑顔からこの行為の重要性を彼なりに感得したからだ。

多分この"食べる"は、ただの必要なことじゃないのだ。
きっとそれ以上の意味がある。
少年にはまだ分からないけど、いずれ分からなければいけない。
その時にこそ、あの視線や表情に込められた本当の意味を理解できるのだろうと、そう思ったから。

やがて溶け消えた飴玉に、「ありがとうございました」と静かに感謝を告げて。
いざ、女性に提案された"れすとらん"という食事処へ。
果たしてどんな光景が待っているのだろうと、ほのかな期待と緊張をぴんと伸びた背筋に滲ませながら、少年は歩を進ませるのであった。

613【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/12(月) 20:03:45 ID:Iu4zZefw
>>612

やがてたどり着いたファミリーレストランには落ち着いた空気が漂っていた。
内装もそうだが何より、あくせくしていない。客入りもまばらな店内はゆったりとした時間が流れている。
時刻は夜、夕食どき。飲食店にとっては最も忙しい時間帯だろうにこの様子では、もしやあまり繁盛していないのか。
いいや、見れば数脚ほどのテーブルには未だ片付けが終えられていない食器類が見られる。ちょうど客が捌けたタイミングに滑り込めたのだろう。

ラッキーだねと呟きつつ会計レジの前ほどまで進んだところで店員が気づき、店内へと通される。
お好きなお席へどうぞとの言葉に甘え、運のいいことに空いていた窓際席に座ることにした。

地上六階から見える景色へ、なんとはなしに目をやる。
夜のとばりが下りた街に、無数の光が灯されている。
あれらはみな人の営み、人の英知の証明であった。もはや夜に真なる闇を見ることはない。
太古の昔に人が恐れた暗がりは駆逐された。文明の光は地表をあまねく照らし、その恩恵を受ける者たちは誰もが闇を恐れず今も営々と活動を続けている。

奇麗だとは思う。
夜空をひっくり返した、といえば月並みな表現だが。都会の夜景を美しいと思えるくらいには、彼女の感性は一般的だったから。
だが……。

(この光が届かないところも、人も、あるんだよね)

光を呑み込み、なお暗く。
そしてそれによって生じた影にしか生きられぬ者たちが存在することを、彼女は確かに知っていた。

そもそもが自分だって、本当はそっち側の人間。
闇や影の中でしか生きられない。光の下に引きずり出されれば見るも情けない社会不適合者だ。
まっとうに稼ぐということができない人間なのだ。だから、まっとうじゃない方法で得た金銭を今まさに食い潰しているのが現状。

この子に服を買ってあげたお金だって──。

(────やめよう)

悪い方へ流れかけた思考を、かぶりをふって追い出した。
詮無きことだ。金は金、そこに奇麗も汚いも無い。それでいいんだ、そういうことにしようと、いつか自分はそう決めたじゃないか。
テーブルに水の入ったコップとおしぼりを運んできた店員に会釈して、メニューを広げた。

「さ、なにを食べようか? 写真で決めちゃっていいよ、もし口に合わなかったらわたしも食べるし」

おそらく好き嫌い以前の段階で、どれがどんな味なのかも分かっていない可能性が非常に高い。
極端に辛いものや苦いものは避けるとして、まずは彼自身に選んでもらうことにした。自分でこれと決めたものなら、きっとわくわくするだろうから。
ああでもまずはドリンクバーの使い方からかな……などと思考を弄びつつ、通り一遍の料理の写真が色鮮やかに並ぶメニューを眺めていた。

614【合縁幾円】:2022/09/13(火) 01:18:38 ID:RXzLirq.
>>613

再びいくつか階段を昇り、吹き抜けの巨大空間を抜けて6Fのダイニングエリアへ。
文字通り、このフロアはテナントの多くを食事処が占める。
ステーキにラーメン、パスタ、天ぷら等々。このラインナップを見ただけでお腹が膨れそうなのに、なんとすぐ上階の7Fも同様にレストラン街。
総数、30店以上。金さえあればここで一生分の食事をローテできそうではあるが、恐らく健康体と引き換えになるだろう。

晩飯時というのもあって、どの店舗も中を覗けば大賑わい。
二人の目的地であるファミリーレストランもさぞかし混み込みと思われたが、着いてみると意外にも食事客の姿はまばらであった。
ラッキーだね、と女性。丁度、ピークの終わり際というナイスタイミングで入店できたようだ。
ありがたく幸運に預かって、見晴らしの優れた窓際席を確保。床から天井まで届く大窓から、中心街の夜景を一望できた。

(きれい……)

闇が降りた地上で瞬く色とりどりの光点。
街中を歩いていたときは目がちかちかして仕様がなかった極彩光の乱舞も、遠目だと信じられないぐらい綺麗で美しく映る。
まるで、彼らの頭上で雄大に広がっている夜空のような。
ならば中空に位置するここは、まさしくふたつの星空に挟まれた世界だ。それはもう、絶景が約束されたようなもの。

ふと、身を乗り出して眼下を夢中で覗いていたことに気づき、慌てて席に戻った。
子どもっぽいことをしてしまった。恥ずかしい。見られてなかったかな。女性の顔をこっそり確認すべく、ちらりと視線を動かして──。

「え────」

その、表情は。
少年が見たことのないもので。
否、出逢ったばかりなのだから未見の顔なんてあって当たり前なのだけど。
でも、それは、あまりにも……これまで少年に見せていた女性の姿とはまったく違う、ひどく陰鬱なものだった。

一瞬のことだった。
すぐに女性はかぶりを振ると、瞬く間に元の様子へと戻ってしまって。
なんとなく知ってはいけないような、踏み込んではいけないことのような気がしたから、少年はとっさに見ていないフリをした。

物憂げな思案顔が脳裏に焼きついて離れない。
いったいあの時、彼女は何を思ったんだろう。何を考えていたんだろう。
残念ながらそれを察するには途方もなく経験値が不足していて、教えてもらうには残酷なほど関係値が不足している。

(…………ぼくは。ぼくにできることは、なんだろう)

人間は、確かに闇を駆逐した。
しかしそれは表面上の話。闇は光の隣人故に、絶えず傍にある。
それはきっと、人の心も同じことなのだ。照らし出され、表層に現れているのはほんの一側面。
海面から顔を出す氷山のように、見えざる奥には重く、冷たい巨大な質量が──本質や真実と呼ばれるモノが、息をひそめているのなら。

今の少年にできることは、そう多くない。
否、話にならない。深海に潜れるような知識も、経験も、装備もないのだから。
そんな存在を笑顔で歓迎するほど、闇という領域は甘くない。不躾に足を踏み入れる不届き者を拒み、なお暴こうと進むのならば容赦や慈悲なく圧壊する。
或いは、半端な気持ちで手を出す愚か者をダウンカレントで誘い込んで、海の藻屑か深海生物の餌に変えてしまうだろう。

だから、今は自分の無力さを受け入れる。
後ろ向きな意味じゃない。むしろ前を向くために、現状を正しく認識する。

何をすべきか、何処に向かうべきかはまだ分からない。何かをできると思うそれ自体が、とんだ思い上がりということだって考えすぎじゃない。
でもどうなるにせよ、きっとそれが地図なき未来へと踏み出すための一歩目になってくれる。
決意の種火を静かに心で熾して、少年は女性にただ笑顔を向けた。


やがてウェイターが二人のテーブルに水とおしぼりを運んできたのを頃合に、女性は備え付けのメニューブックを拡げて見せた。
中を開くと、シズル感増しましで満載した料理のフォトが大集合。
写真で決めちゃっていい、という女性の助言があって尚、正直これは目移りせざるを得ない。
飴玉を喰らったばかりなのにぐーぎゅるうるさい腹の虫を一刻も早く黙らせるべく、少年はどれにしようかなと一つ目から指差ししつつ順番に検討していく。

うーんうーんと声にしながら悩みに悩み、少年が決めた注文は────。

「しーざーさらだと、めだまやきはんばーぐと、ふわとろおむらいすと……まっちゃらて!」

ツッコみどころが、多い……ッ!

615【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/13(火) 20:33:32 ID:8NGfG/lw
>>614

シーザーサラダと──目玉焼きハンバーグと──ふわとろオムライス!

「たまご、好きなの……?」

卵がダブってしまったどころの騒ぎじゃなかった。
いや、まあ、別に構いやしないのだが。というか量も多くないか……? サラダにしたってけっこうあったと思うけれど。

(相当お腹すいてるのかな。まあ、飴玉ひとつじゃそうだよね……)

夕暮れ時に公園で出会い、ここまで歩いて、更には広い広いこのモールを歩き回ってきたのだ。
洋服の選定や試着を挟んだとはいえ、動きっぱなしだったことには違いない。ほとんど休憩らしい休憩もなかったし。
あまり量を食べない自分でさえ少々空腹を感じている。食べ盛りの少年ならなおのこと、お腹の虫の大合唱がそれを如実に示していた。

「じゃあ、わたしは何にしようかな……あ、抹茶ラテいいね」

いつもはだいたいミルクティーだけど、たまに変わったのも飲みたくなる。
まあ、さすがに食後のデザートのお供枠だが……さてそれ以外はどうしようと考えることしばし。

「あ、すみません。注文いいですか? ……はい、ええと、シーザーサラダと……抹茶ラテって食後でいいんだよね?」

どうあれ少年の頼んだメニューに自分のぶん──鮭のムニエルと、分ける前提の山盛りポテトフライ──を加えて。
最後にドリンクバーふたつ、と締め、注文を繰り返して去ってゆく店員の後ろ姿を見送った。

「あとで余裕があったらデザートも食べようね。……じゃ、飲み物とりにいこ。ついてきて」

そう言って席を立ち、向かったのは店舗端の通路側。ドリンクバーコーナー。
豊富な種類のティーバッグに挽きたてをいただけるコーヒーサーバー、ポップなマシンに蓄えられたジュースの数々。
自分も裕福な生まれではないから、これが数百円で飲み放題というのには心底驚いたものだ。今ではすっかり馴染んでしまったが。

加えてこの店はスープバーもいっしょになっているようだ。
本日は優しい味のたまごスープにたっぷりキノコの和風スープ、具材はオニオンだけの本格コンソメスープの三種類。
もちろん、どれでもいくらでも飲んで大丈夫。でもお腹たぷたぷになっちゃうから飲みすぎないでね、と一応。

……そうこうしているうちに料理が運ばれてくる。
種類は多かったが、提供までにそう長くかからなかったのはやはり客数の関係だろう。
本当にラッキーだったと内心で繰り返しつつ、フォークを取ろうとして……。

(……あ)

いや、これではいけないと思いなおして手を止めた。
自分ひとりならばそれでよかったのかもしれないが、この子の前では。
何も知らない彼の前では……やはり、これはやらなきゃいけないだろうと。

「────いただきます」

両手を合わせて、瞼を閉じて。
自分の命をつないでくれる食材と、それを育んだ人、そして調理してくれた人……。
この食にまつわるすべてに感謝しなきゃいけないんだよと、言葉より雄弁な姿で告げていた。

……料理を取り皿に分けたり、途中で喉が渇いて飲み物を取りに行ったり。デザートなんかも頼んだかもしれない。

「ごちそうさまでした」

やがて皿が空いたのならば、また手を合わせる。
きっと彼には、わざわざ教える必要もないのかもしれないけれど。
それでも大人として、少しは手本を見せなきゃいけないから。まともぶる自分をどこか滑稽に感じながら、きっとマナーより前にある礼を示す。

そうして、食事の時間は終始和やかに流れていったのだった。

616【合縁幾円】:2022/09/14(水) 01:23:22 ID:SVntlDek
>>615

目玉焼きハンバーグとふわとろオムライスで、ダブルたまご。
更にシーザーサラダの中にもカットされたゆで卵が入っているので、まさかのトリプルたまご。
抹茶ラテ以外はフルコンボであった。果たしてわざとなのか、ミラクルなのか。
卵はビタミンCと食物繊維以外の栄養成分をすべて含む完全栄養食品なので、健康に良さそうなのは間違いないが。

自らの胃袋のキャパシティも把握せず、三品も頼んだ少年。
だが、彼は後々身をもって思い知るだろう。卵、肉、米が持つ驚異的な腹の膨れやすさを──!


そんなことはさておいて。
呼び止めた店員に注文を済ませた女性の後をついて、ドリンクバーへ。
サーバーマシンに蓄えられた何種類もの飲料は、なんと全て飲み放題だというではないか。

先に飲み物を注いだ彼女のやり方にならって、少年もコップを手にいざ挑戦。
結果誕生した、甘味と酸味を融合失敗したような異臭を放つどどめ色のキメラドリンクに、欲を突っ張らないことの大切さを学ぶ羽目になった。
産んでしまった責任を全うすべく、女性に止められながらも一気飲みして顔色が同化しかけたり。
しかし三種類をすべて混ぜたスープは意外と美味しかったので、何事も相性次第なんだなと何やら人生の教訓を得てしまったり。

そうこうした後、二人のテーブルに注文通りの料理が並べられた。
少年の前にはシーザーサラダ(大皿)、目玉焼きハンバーグ(一人前)、ふわとろオムライス(同左)。

何だろう、早まったかもしれない。
サラダは草原みたいだし、ハンバーグは岩みたいだし、オムライスは山みたいである。
メニューの写真からは伝わらなかった想像以上のボリューム感に圧倒され、どう手を付けたらいいものかと逡巡する少年の──目の前で。


────いただきます。


瞑目したまま手のひらを重ねてそう言った、彼女の姿に。
初めて襲い掛かった空腹になす術なく喘いでいた少年が、飴玉をもらったとき微かに感じた、食事という行為に宿る必要性以上の意味。
その一端を、垣間見た気がした。

命と営みの連鎖。
そして、捧げるべき感謝。
我々は生きているのと同時に、生かされてもいる。
欠けていたパズルのピースが埋まっていくのを感覚する。きっと、この世のものは、ひとつきりでは存在できないのだ。

それは多分、とても残酷なこと。
でも、だからこそ、尊ぶべきで、忘れてはいけないこと。
過程でなくなる命に無意味な喪失は何一つないのなら、それらに生かされている命だって、絶対に無意味ではないのだから。

彼女と同じように、目を閉じる。手と手を合わせる。
料理が少年の元へ届くまでに繋がったもの、途切れたもの、全てに想いを馳せながら──。


「────いただきます」


なお、頼んだ料理はなんとか完食し、代償として生涯初の苦しみを経験することになった。

617【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/15(木) 19:39:41 ID:ZUfGKWVw
>>616

言わんこっちゃない、と苦笑を浮かべる。
いくら空腹だったとはいえあの量はさすがに厳しい。いくらか手伝ったとはいえ、ムニエルとポテトフライを交換しつつである。
そのため実質的な量はさして変わるまい。若い胃袋に対する無条件の信頼は、こうしてあっさり覆されたのだった。
若者と見ればみやみに食べさせたがるご年配の諸氏は十分にこの現実を理解していただきたい……。

(ていうか、わたしも似たようなこと考えてなかった……?)

自分でさえお腹が空いたのだから食べ盛りの少年が云々……と。
確かそのようなことを考えたような気がしたが全力で目を逸らすことにした。まだ若い思考のはずだと自分に言い聞かせながら。

久々の満腹による倦怠感に身を任せ、デザート代わりの抹茶ラテをゆっくり味わいながら苦しみあえぐ少年を眺める。
ふと思い出したように店内の時計へ目をやった。短針が示す数字はもうずいぶんと進んでいた。
具体的に言うと専門店街が終わる一時間とちょっと前。少しでも楽しむつもりなら、のんびり食休みをしているヒマはもうないが……。

「ちょっと休憩してから、またいろいろ回ってみよ。腹ごなしも兼ねてさ」

だからといってあくせくするのでは本末転倒。
楽しむために急いでは、もうその時点で楽しめていないというのが彼女の持論だった。
どうせ元からあと一時間くらいじゃ回り切れないのだ。また次の楽しみにとっておけばいいだけだから焦らない。

──そうして、荷物を貸しロッカーに預けてから、再び散策を始めるだろう。

輸入雑貨店特有の異邦の香りに浸ったり。硝子工房で職人の卓越した技芸に驚いたり。
ゲームセンターではそこそこいっぱい買ったメダルを一瞬で溶かしてみたり、クレーンゲームの景品を取った取れないで一喜一憂してみたり。
ふらっと立ち寄った靴屋で気になるブーツを見つけたりもした。気まぐれに覗いたレディース服店でなぜか少年に似合いそうな小物を発見してしまったりもした。
道中で彼が欲しがるものがあったなら大抵のものは買い与えただろう。遠慮する素振りを見せようものなら勝手に買って押し付けたりもしたかもしれない。

そのように彼女たちの時間は過ぎていった。

……時間というものは瞬く間に流れてゆく。
それが楽しいければ、特に。だから気づけば、閉店時間は間近に迫っていた。
食品売り場や直営店は、まだ余裕がある。粘ろうと思えば粘れるが……しかし、これ以上はきっと、少年は眠くなってしまうのではなかろうか?

(もう、言わなきゃいけない……よね)

彼の判断能力が眠気に侵されてしまわぬうちに。
子供に正しい判断を求めることなどできないが、それでも身寄りがない以上、最終的な決定は彼自身が行わなければならないことだから。

……一階。
貸しロッカー横に自販機を据え、周囲にソファやテーブルを備えた休憩スペースには、偶然だろうが人がいなかった。
周囲は未だ賑やいでいる。店内BGMや人の声で空間は満たされているはずなのに、なぜだか最初に出会ったあの公園を思わせる静寂の気配がある。
まるでここだけが切り取られてしまったかのように……それを気にした様子もなく彼女はロッカーから荷物を取り出し、二人分の飲み物を買って、ソファに腰かけた。

プルタブを開け、甘い紅茶で口を湿らせ……隣かそれとも向かいか、座る少年へ視線を向けず、飲料の缶に目を落としたまま。
彼の今後に関わる話題を、切り出した。

「……きみ、さ。これから、行かなきゃいけない場所……おうち、って、あるのかな」

つまり、すなわち、帰る場所。
おそらくその概念すらよくわかっていない彼に説明を交えつつ、問いかける。
その答えを、半ば予想しながらも。

618【合縁幾円】:2022/09/16(金) 17:46:40 ID:UK8Q3loE
>>617

おなかいっぱい。ぽんぽんいたい。
いま少年が陥っている状態を端的に表せば、以上の二文に尽きる。

何せ、彼の腹腔に収まっているのはシーザーサラダ(約150g)、目玉焼きハンバーグ(約130g)、ふわとろオムライス(約400g)。
女性の注文品であるムニエルやポテトフライと不等比で交換して嵩を減らしたが、それでも相当の量に違いない。
加えて抹茶ラテも仲間入りし、胃袋の中はそれはもう大変な事態になっていた。
例えるなら、攪拌される前の乳海というか。矛を突っ込まれる前の混沌というか。ただし創造されるのは天地ではなく何かやべーものな気がするので、気合で耐える他ない。

(うう〜…。おなかの、なかが……。しくしく、ぐるぐる……。)

そんな少年は今、身体の左半身を上に向けた態勢で長椅子に寝転んでいる。
女性からアドバイスされたのか、本能的にそうしたのか。こうすると胃袋の出口が右下にある関係上、消化物の移動がスムーズになるらしい。
ただし胃酸が逆流しやすくなるリスクもあるので、実践する際はほどほどにしておこう!

やはり、欲を突っ張るとろくなことにはならない。
自らの分をわきまえ、足るを知ることが大事なのだなあ……と、本日二度目の悟りを得始めていた彼に、女性が気遣う声をかけてくれる。
どうやら、少しお腹を休める時間をとってくれるらしい。
慮ってくれるありがたさと世話をかける申し訳なさを感じながら、しかし感謝の意を込めた笑顔でこくりと頷くのであった。


やがて、若さゆえか驚異の消化力で元気になった少年。
女性に連れられレストランを後にして(店員さんやコックさんににお礼を言うのも忘れずに)、買い物の成果物をいったん貸しロッカーへイン。
そうして再び、二人のショッピングモール漫遊記がここに幕を開けた。

世界中から品を集めた輸入雑貨店では、赤道以南あたりから来ただろう黒々とした祭儀用の巨大な仮面にびびったり。
ゲームセンターでは、コインを湯水のように溶かす奮戦の果てにようやくゲットした、たまごがぐでっとしてるぬいぐるみを女性にプレゼントしたり。
靴専門店で、スニーカーの履き心地に感動してちょろちょろ動き回ったり。
女性用のアパレルショップで、なぜかちょっと試着する流れになって周囲から謎の反応をもらったり。

笑って、焦って、迷って、唸って。
それでも大部分を占めたのはやっぱり笑顔で、少年にとってかけがえのない時間が流れていく。
時間はただ過ぎ去るのではない。軌跡に色んなものを残してくれる。
それが良いものとは必ずしも限らないのだけれど、いま女性と過ごすこの時間だけは、間違えようもなく彼の宝物であった。


そして────二人の姿は、荷物を預けたロッカー脇の休憩スペースにあった。


買ってもらった飲料水を喉に流し込む。ふう、と一息。
楽しかった。たくさんはしゃいだし、たくさん甘えてしまった。ちょっと罪悪感。
今日、女性から受け取ったものは両手に抱えきれないほどだと思う。勿論、服とか靴とかそういう有形の物に限った話ではない。

夕景の公園で出逢って、モールを一緒に廻って。
がらんどうだった少年は何処へやら、すっかり情動を学んでリアクションの大きい子になってしまった気がする。
でも、それが嬉しい。心が動くって素敵なことだと、女性と共にいる中で学んだから。
いつかお返しできる日が来たらいいな、とぼんやり考える。そんな日がいつ来るか、少年に何ができるかは、まだ分からなかったけど。

喧噪は遠く。
まるで二人しかここにはいない錯覚を覚える。
初めて出逢った時のようだと感じるが、同じではない。だって、少年は女性の隣に座っている。
他者の温もりを知り、他者とある喜びを知り──未定義(UNDIFINED)の少年が、もうすぐ定義されようとしている。

視線を落とす女性から切り出されたのは、公園で交わされた会話の続き。
解なく黄昏に行方をくらました問いの内容。
少年が帰るべき場所の所在。

おうち。最初は意味がわからなかったその三文字を、少年は今やなんとなく理解していた。
居場所のようなものなのだろう。
暮らしの拠り所。生活空間。自分が何処へいって何をしても、帰ってくれば身体の力を抜いて心が落ち着ける。そんな場所。

答えなど分かりきっていた。
だって彼は、"あわい"からこの世に生じたモノ。
母胎(マリア)もなく、飼葉桶(ゆりかご)もなく、誕生を告げる星もなく産まれたモノ。
あの時、彼女に存在を認められていなければ、虚無の狭間でいずれ泡のように消え去っていた矮小さき存在で──故に。

「…………ううん。ぼくには、"おうち"なんてないよ」

笑顔でそう告げた。
何となく、笑顔でなければいけない気がした。
そうでなければ、見せたくない涙を流してしまいそうな気がした。
女性と一緒にいた時間が楽しくて、楽しすぎて──それが終わった後どうなるかを、見て見ぬフリしてきた結果だった。

619【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/17(土) 21:54:05 ID:GJVi1kmw
>>618

「そう、なんだ……」

相槌を返す内心には、やはり、という納得があった。
驚きはない。この少年は普通ではないと、最初から分かっていたから。
それは心身が他人と異なるとか、特殊な能力を持っているだとかそういうことじゃなく。
きっと想像することすら困難な、何か計り知れないものを彼は抱えていると、直感が告げていたのだ。

隣へ座る真っ白な少年を見る。
家なき子供。帰るところのない子供。放り出されてしまえば、きっとあてもなく街をさ迷うしかない哀れな子供。
なぜ、そんなことを笑顔で言えるのだろう。生まれが異常ならばその思考すらも常人の理解の外にあるということなのか?

(──違う)

そんなはずがない。
未知の事象へ心を躍らせてはしゃぎまわる姿を、彼女は確かに見てきた。
そこに親に手を引かれて遊ぶ子供たちと違うところがあるだろうか? いいや……何ら変わりはないだろう。

だからこれは偽装の仮面だ。
もっと正確に言うなら、やせ我慢。そうしていなければ寂しさに耐えられないから無理矢理に装っているだけ。
十を数えたばかりの子供が浮かべるものじゃない。彼女にはその笑顔が、とても痛ましいものに見えた。

「…………。……じゃあ、さ」

ショッピングモールを回っていて、くるくると動く彼を見て、漠然と浮かんでいた考えがある。
さっき出会ったばかりの人に対するものじゃない。まして自分が、そんなことを。

路上で蹲る子供なんて山ほど見てきた。硝子玉のような目を曇天に向けたまま動かない子供だっていた。
縋りつく枯れ木のような小さい手を振り払ったことだって一度や二度じゃない。なのにどうして、この子にだけと。
分からないまま/分からないフリをしているまま に、けれどそうしたいと思ったことは確かだったから。

「ふだん使ってない家が一軒、あるんだけど。きみさえよければ、その……そこ、おうちにしてみない?」

少し前に確保したセーフハウスを、少年の家とすることを申し出た。

セーフハウス。そう、セーフハウスなのだ。
とある仕事を終え、まとまった金銭を得て、まず着手したのは万一の場合に備えての拠点確保であった。

今の彼女は、いわば居候。そして家主は……普段は普通に付き合っていけるけれど、その気になったら何をしでかすか分からない危険人物だ。
最悪、以前の生活に逆戻りとなる可能性も十分にある。だから別拠点の確保はどうしてもしておきたかった。
そう……誰にも知られていない、秘密の拠点が。

「ほら、家とか部屋って誰も住んでないと痛んじゃうからさ。掃除とかいろいろ、住み込みで面倒見てくれる人がいると助かるから。だから……どうかな?」

そんなものを、会って数時間の者に預けようとしている。
不合理である。理屈が通らない。自分しか知らないから安全だというのに。
狂ったのかと言われれば反論できない、けれど口は止まらなかった。それらしい理屈をでっち上げてでも、その実現を願っていた。

それほどまでに、この少年を放っておきたくなかったのか。
──なぜ?

620【合縁幾円】:2022/09/18(日) 02:09:02 ID:LRD3TyNg
>>619

女性の申し出は、少年の作り笑いを一瞬で剥ぎ取るのに十分すぎるほど驚愕に値した。

「ぼくに、…………"おうち"を?」

普段使いしていない家を住処として貸し与えるという、その内容。
世情に疎い少年でも分かった。服や靴を買ってくれるとか、食事を奢ってくれるとか、そういった今までの程度や次元を大きく踏み越えている。

だってこれは、その場限りで終わることではない。
生活には伴って出費が継続的に発生する。先程の食事なんかはまさに代表的な支出だ。
現状、少年に賄う手段が存在しない以上は、当然それを見越した申し出だろう。十歳の子供といえど、かかる額は馬鹿にならない。

いくら彼女自身にも助かる事情があるとはいえ。
いくら潤沢な資金を貯えているとはいえ。
例え親類関係でも、そこまで便宜を図る人は果たしてひとりいるかどうか。
ならば、今日出逢ったばかりの名も知らぬ少年に対する行いとして自然かと問われれば……必然、否と言わざるをえない。

少年に"帰るべき場所"ができる。
それはとても喜ばしいことで、諸手を挙げて歓迎したかった。
女性に今度は本物の笑顔でありがとうと言って、これから彼が暮らしを営む場所へ二人で向かって。
余計なものを挟まず、ただ女性の好意を受け取れば良い。くれるというならもらってしまえば、それでこの話は円満に決着するのだろう。

それでいい。
それでいいはずだ。
でも──何かを、知らないうちに、取り零してしまうような気がした。


「…………おねえさん」

女性の手の甲に、自らの手を重ねる。
震える指先は温もりを求めたのか、あるいは女性を繋ぎ留めようとしたのか。

もし目を向ければ、少年の瞳が見上げているのが分かるだろう。
アルビノと外見上同一に過ぎないはずの赤色は、しかしともすれば本当に透き通っているかのようで。
喜びと嬉しさ──躊躇いと戸惑い──緊張と心配──。様々な感情が綯い交ぜになった綾模様を揺らしながら、それでもなお真っ直ぐに。

「どうして……。ぼくに、そこまでしてくれるの?」

"こんな、ぼくなんかに"。
ただ撚り合わせた偶然の先で出逢っただけで。
経歴も素性も何もかも、どんな闇深い事情を裏で抱えているのかも、あげく得体だって全く知れないというのに。
女性の優しさを一身に受ける資格があるのだろうか。こんな、ぼくなんかに。

きっと、あまりに踏み込んでいた。
まだろくに関係も深められていない現状の二人では、時期尚早が過ぎていて。
だから、どのように誤魔化されても、どのように突っぱねられても……末に何かが破断しても、文句など言えるはずもない。

これはそういう類の、問いであり。
だからこそ、少年は震え、女性の手を縋るように握っていた。

621【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/18(日) 21:58:22 ID:8zR6a44o
>>620

──なぜ?
──どうして?

疑問は至極当然のこと。
発言した当人にすらその内心を完全につかみ切れてはいないのだから、出会ったばかりの彼が、他者が、理解できようはずもなかった。
推し量るのは簡単だ。子供を放っておけない優しい人なんだとか、よほど金銭に余裕があって将来になんの心配のないのだろうとか。
けれど自分がそういう人間じゃないことくらいは、さすがによく分かっていた。むしろそういう、光の側とはかけ離れた場所にいるのが自分なんだと。

「それは、」

理由なんて自分でも分からない。
それでも頷いてほしかった。納得してほしかった。
蔓延る悪意に侵されない安全地帯で健やかにあってほしいと思った心は偽りのない真実だから、口を開いては閉じてを繰り返しながら必死で言葉を組み立てる。

──お金に余裕はけっこうあるから。
──その歳の子供を放り出すわけにはいかないから。
──きみは、わたしの妹に、

「────え?」

流れてゆく思考のに、ひとひらの事の葉が引っ掛かった。
放っておけば海の彼方へ追いやれたはずのそれを気付きの枝が堰き止めたから、此岸に立つ彼女は直視する。
直視して、しまった。

「────」

見ないふりをしていた。気づかないふりをしていた。
縁もゆかりもないはずだ。つい数時間前に出会っただけのはずだ。施してやる義理なんてどこにもない。
なのになぜなのだ。食事を与え、衣服を与え、そして今、住居までをも与えようとしている。
……どうしてここまで。自分の手の届く範囲のすべてをしてやりたくなる。こんなにも心が穏やかになれるのは。

その理由、自分の“本音”に。
共に食事をとっているときから、洋服を選んでいるときから、ショッピングモールを回っているときから……。
いいや、きっとあの夕暮れ、人気の絶えた公園で彼の手を引いて歩き出したときから。彼女はとっくに、気づいていたのだ。

──けれど、それは、そんな理由は、あまりにも。

「────あ」

わななく口が声にならない空気を漏らした。
缶を握る手が白くなるまで力を込めた。そうしなければ、彼にこの震えが伝わってしまうだろうから。

灰色の髪が表情を隠す。
長いようで短い沈黙の後、向き直った彼女の顔にあったのは……。

「──あはは、だから言ったじゃない。部屋を管理してくれるひとを探してたんだよ」

淡い笑顔。
その、仮面だった。

「あとはそうだなあ、正直きみ将来性ばつぐんだからさ。ほら、情けは人の為ならずって諺があるじゃない」

紡ぐ言葉はすらすらと。
世間を知らない子供一人、騙くらかすには十分すぎる淀みのなさで、長年親しんだ友のごとくに嘘を連ねる。

「だからそのうち、何かあったら助けてもらおうかな……って。そのために恩を売っとこうかなって思ったんだけど……どうかな。だめ?」

本心を偽り、それらしい理由を重ねて、己の望む方向へと誘導しようとする。
汚いやり方だ。誠意なんて欠片もない。それを嫌だと思う心すら覆い隠して、外面だけは完璧に整えてみせる。
考えない。考えない。自分の醜さ、都合のよさは、努めて脳内から追い出す。
──逃げるのは、彼女の得意とするところだから。

622【合縁幾円】:2022/09/19(月) 03:24:30 ID:twQ2Q/Uo
>>621

その様子を。
少年が透徹した眼差しで見つめていた。
作り物めいているまでに澄みきった紅い両目は、時に曇りなく事物を見定める。
先入観、思い込み、その他認識に角度をつける不純物をふくまない子どもの感性ゆえか。あるいは、そういうモノとして生まれたからか。

一瞬のようにも、永遠のようにも思える沈黙があった。
より正確を期すならば沈黙ではない。言葉に満たない声や漏れる息遣い、前髪で隠れる前や後の表情が、物言わずとも雄弁であったから。
彼女が至ってしまった核心に少年も到達するには、あまりに不足した情報。
でも、その後に並べ立てられた理由の真贋を何となく察することができるほどには、少年に言葉なく語ってくれていた。

だって、その笑顔は。
張り付いたそれは、先程まで少年が女性に向けていた仮面(かお)だった。


────目の前の女性は、嘘をついている。


少年は、嘘を悲しまなかった。
ましてや腹を立てたり、非難するはずもなかった。
何故なら、彼が踏み越えた一線の先は、女性にとって触れられたくない場所であったかも知れない。
傷つかない嘘でやんわり遠ざけてくれた彼女の対応はむしろ穏当で、少年からすればかえって頭を下げるべきものだった。

それに。
女性が笑顔を繕う、その寸前。
纏っていた空気から感じたのは、張り裂けそうな痛ましさで。

そんな人間の吐く嘘が、悪意や害意に基づくものであるはずがないと、そう信じられたから。

(…………おねえさん)

いま隣で微笑む女性には、暗い気配を感じない。
少年が持っている高い直感力をもってして、本当に何も感じさせなかった。
先までの様子は全て幻か夢だったか。そう現実味をもって錯覚させるほど、完全に漂白されている。
ならこちらも、本当は何事もなかったかのように接するべきだった。まかり間違っても、同情や憐憫など持ち込んではいけない。

他人が簡単に理解できるほど、人間の心は単純な構造をしていない。
長い年月を共にした親友や夫婦でさえ、まして自分自身でさえそうなのだから、一日も経っていない少年では推して知るべきだ。
それを分かった気になって勝手な解釈を押し付けられれば、もはや侮辱や冒涜に等しいと感じる人もいるだろう。
同情や憐憫はまさに最たるものと言っていい。これが逆鱗だという人間は、想像以上に存在する。

知ってか知らずか、少年はそれ以上、女性の心を推し量ろうとするのをやめた。
代わりにすっくと立ちあがって、座る彼女の正面へ。
表情は笑顔。勿論、仮面ではなく。


そのままふわり、と小さな痩躯が踊り出て────女性を抱き締めようとする。


包み込むような抱擁は、同情や憐憫の表現ではない。
では何なのかと問われたところで、少年自身にさえ理由はわからない。
言葉もなく、ただ抱き締めるだけ。一つだけ確かなのは、エスカレーターの時とはまったく違うということ。
穏やかに、しかし懸命に。少年は自身の温もりを、全身で、全力で、あなたに伝えようとする。ただそれだけの時間が、数秒だけ流れるだろう。

やがて身体を離せば。
あなたに向かって、やはり満面の笑顔でこう告げるはずだ。

「ごめんなさい。ありがとう。──ぼくでよかったら、なんでもおてつだいするね!」

それは、つまり。
申し出に対する、肯定の意に他ならなかった。

623【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/20(火) 21:17:03 ID:Fe33LXuU
>>622

「──────」

瞬間、思考が完全に停止した。
練っていた落とし文句が吹き飛ぶ。断られたときはこうしてこう、なんて……描いていた絵図は白紙に還る。
見開かれた灰色の目は揺れていた。呆けたように開いた口からは何の言葉も出てはこず、ただかすかな吐息だけが漏れている。

脳髄は意味ある指令の一切を取りやめ、ただ肉体を生かすためだけの電気信号を送るのみ。
動けない。まるで全身くまなく縄で縛られてしまったか、あるいは芯まで凍り付いてしまったかのように、指一本すら動かすことはできなかった。

けれど彼女の身体が受け取ったのは、呪縛の痛苦でも凍結の酷寒でもなく……。

離れた身体、体温の名残を感じながら、少年の顔を見る。
そこには向日葵みたいな笑顔が咲いていて……そんな表情に、何かを思い出したから。

(……懐かしいな)

瞑目したその瞼の裏に、よく似た笑顔の誰かの姿が浮かび上がる。
こんなことを考えるのはどちらにとっても失礼だ。けれど気づいてしまった以上、見ないふりはできてもなかったことにはできなかった。
だから、ひたすら逃げるだけ。耳を塞いで目を閉じて、それじゃあ何処にもいけないことは分かっているけれど。

それでも、今はと──その幻影を振り払うように、目を開けた。

「──うん。ありがとう」

少年の赤い瞳に淡い笑顔が映る。
けれどそれは、さっきみたいな仮面ではなかった。


──タクシーに揺られること十数分。

中心部から少し離れた住宅地の外れに建つ変哲のないアパート。
特に高級というわけではないものの、清潔感のある外見は一定以上の水準を予想させる。それを裏切らず、部屋はきれいで広々としていた。
1LDK、バルコニーつき。なんとロフトまでついている。独り暮らしには十分すぎるほどだ。

生活必需品の類も一通り揃っているが、ふだん使っていないのだから当然ではあるものの、あまり使用した形跡はない。
水回りや電気回りを確認し終えた彼女はひとつ頷いて、少年へと向き直った。

「よし、異常なし。ええと、きみ、水道とかガスとか電気とか……やり方、わかるかな」

とりあえずいろいろ置いてあるものの場所とか教えとくねと、案内を始める。
缶詰など保存食の保管場所。替えの衣服は、あるが当然すべてがレディース。一度も使ってない包丁やフライパンなどの調理用具もまあ、いちおう。
自由に使っていいからねと、クレジットカードや通帳もその使い方を説明しながら渡す。記載された預金額は七桁を数えていた。

加えて少年が先の質問に首を横に振ったなら、必要なことを教えていくが……。
生活に必要な家事とはなかなか多岐に渡り、他者との生活の下地がなければ一度で憶えきれるものでもない。

「まあその、なにか分からなかったら連絡してよ。ここをこうするとメール送れるから、……」

しかし彼はキーボードの打ち方とかわかるだろうか、少なくとも数字は理解できていたようだが文字は……と思考が及ぶ。
起動したパソコンの画面をメーラーからブラウザに切り替えた。ヘッドセットとか用意した方がいいのかなとの呟きの意味を、果たして彼は理解できるのか。

ともあれ……憶えられるかどうかはともかくとして、すべての説明がやがて終わる。
もう、これ以上、この場にとどまる理由がなくなった。

「…………」

帰るのだろうか、現在彼女が塒とする場所へ。
いや、そうしなければならないのは明白だ。共に暮らせない、暮らすわけにはいかない以上、この少年はこれから独りでここに住まなければならない。
だが彼女は……沈黙したまま、虚空へ視線をさ迷わせていた。なぜそうしているのか、本人にも分からないまま……。

624【合縁幾円】:2022/09/21(水) 02:21:24 ID:/4laEwrg
>>623

抱き締める。
腰を下ろしていた女性の上半身を、柔らかく抱きすくめる。
何も言わず、ただ掻き抱く。体温と鼓動を伝える。お互いの存在を確認する。
その行為に込められていたものなんて、少年自身にさえ分からないし、おそらくは分かる必要もないのかもしれない。

ただ、そうしたかったのだ。
どんな言葉を紡ぐよりも、そうすべきだと思った。
耳触りの良い、気の利いたことを言えるような人生経験もないし、背伸びしたところで上滑りで終わるだろうから。
これが、いまの彼にできる精いっぱい。等身大のちっぽけな彼ができる、ただ一つのこと。

一日未満の関係でしかない他者からの抱擁。
冷静に考えればそんなもの、瞬間的な接触以上の意味を持つはずもない。
むしろそれ以下の、不快感や気持ち悪さといったマイナスな効果を与えるケースの方が圧倒的に起こりやすい。
少なくとも彼女のトラウマだとか、悲しい記憶だとか、そういった冷たい質量が都合よく氷解するなど、楽観論や妄想の類もいいところ。

ただの子供の温もりなど。
触れただけで人の心を変える力なんて、あるはずもない。


──それでも。


灰色の瞳に少年を映して。
ありがとう、と淡く微笑む女性の姿。
冷えた仮面ではなく、あたたかいその表情は──きっと、彼女に優しい何かをもたらせたのだと。
もらってばかりだった少年が、初めて何かを返すことができたのかもしれないと。そう、信じさせるに足るものだったから。

まだ生まれたばかりで空っぽが目立つ胸に、こみ上げる熱を感じながら。
彼もまた、幸福そうに、笑顔を見せるのだった。


/すみません、長くなってしまったので二レスに分割します…!

625【合縁幾円】:2022/09/21(水) 02:23:47 ID:/4laEwrg
>>623
>>624のつづき)

"たくしー"という謎の移動する鉄の箱に、驚いたのはついさっきのこと。
後方へ走り去る夜景を窓にへばりついて眺めていた少年は、突然のGに思いっきり態勢を崩して助手席シートの背中に激突した。
絶え間なく動いていた窓の外は既に静止している。どうやら目的地へ着いたので停車したらしい。
女性の手を借りて何とか地面へ降り立ち、テールランプの残像と共に去っていく車の後姿へ「ありがとうございました」と元気良く一礼。

秋口の夜気は、日中の暑気と打って変わって肌寒い。
ぶるると身体を震わせる少年の眼前。垂直に聳え立つコンクリートの巨躯は、街外れの郊外に立つアパートである。
見上げるだけで首の骨を言わしそうだった、あのショッピングモールよりは流石に全高は低い。
しかしそれでも136cmの子供からすれば、ほとんど変わらないわけで。またもずるずると引きずられるように出入口を潜ることになった。

暖色のライトで照らされた廊下には、一定の間隔を空けてずらっと整列したドアの大群。
揃いも揃って同じデザインをしているその内の一つをオープン・セサミ。
開扉してすぐ隙間から覗いた真っ暗闇にびびる少年だったが、女性が電灯のスイッチを入れるとフローリングの空間が出現した。
そのまま部屋の中へ上がろうとして、靴を脱ぐ決まりを教えられる。モールのテナントとはどうやら勝手が違うらしい。脱ぎ、揃えて、いざ出陣。

1LDK、バルコニーとロフトつき。
独居用としては生活スペース、収納スペース共に申し分なく広大。二人暮らしだって充分できそうなほど。
であれば当然、背丈の低い子どもの体感はそれ以上だ。走り回っても余裕で遊べそうな空間がそこにあった(近所迷惑なのでやらないが)。

うろちょろ探検していたところに、各インフラの点検を済ませた女性が帰還。
実際に案内されながら、生活回りの説明を受ける。

非常用食料の保管場所、把握。
替えの衣服(全て女性用)、少年は着るのに抵抗が一切ないので問題なし。
調理用具の使い方、了解。電気・ガス・水道の概念や使い道、巨額が預金されているカードや通帳、その他諸々。

("がす"、かんきせんつける。がすせんをかくにん。"みず"、だしっぱなしにしない。"でんき"、きえたらぶれーかー)

学んだことは次々に頭の中へ吸収。
纏め上げた個々をノードにしてリンク、体系化して忘れないように。
生活のおぼろげな全体像は見えてきたが、恐らく実践の段となると細かなノウハウが必要になってくるだろう。
そこは慣れしかない。机上で全てを理解できれば苦労はないのだ。成功への途上とは常にトライアンドエラーと昔より相場が決まっている。

パソコンの扱い方、文字の打ち方、メールの送り方。
いずれヘッドセットを手に入れたとき用に無料通話ソフトの使い方、等々。
教わった知識をくまなく記憶の箪笥に収め終わって──伝達事項がなくなったのか、女性の声が途絶えると同時。


(────あ、)


少年が、はたと気づく。

一人暮らし──そうだ、独り暮らしだ。
独りなんだから、女性はここからいなくなって。文字通り、少年ひとりで生活していく。
この大人でも広々と感じる空間で、子どもがひとり。ふわふわとした現実味が急に着地して、実感がふつふつと湧いてくる。
自分以外誰もいない部屋で、ひとり起き、ひとり生活し、ひとり眠りにつくのだ。それを毎日繰り返す。

無論、女性に連絡を取る手段はあるし、時たま訪ねてもくれるだろう。
だから、問題という問題は、もう多分ない。
ないから、これで終わりだ。

終わり。終わる。終わってしまう。
女性が立ち去って、扉がばたんと閉まって、部屋にひとり残されるのは──。

「────ッ!」

想像してしまった。
だから、指が反射的に動いて、女性の手を握ってしまった。
やってしまった。本当は何でもない顔で笑って、大丈夫だと言わなければならなかった。
一人でも暮らしていけると。だから心配しないで、自分の生活に戻ってほしいと。……正解がわかっていたのに、できなかった。

ああ、なんて情けない。悔しい。
せめてどんな声も漏らすまいと唇を固く結ぶ。顔を見せまいと俯く。
汚れの無いフローリングが、少年の顔をうっすらと反射させる。あんまりひどい顔をしていたから、目もぎゅっとつむるしかなかった。

626【魂狩りの屍皇】〜KillingーNoーLaihu〜 LP:90/100:2022/09/21(水) 20:49:14 ID:bHgbH1CI
>>606
さる神話に曰く。
冬が訪れるのは冥王が春の女神を連れ去ってしまうから、であるとか。
木々が、生きとし生けるが命を燃やすかの様な夏が終わる。
虫の唄声と共に茜色の死の先触れが山野にじわりと広がる秋が来る。
古来より豊穣と死とは表裏一体の理である。

屍山に座す男の元へゆらりと近づく人影があった。
言霊に。運命に。外灯に惹かれる蝶蛾の様に。
大鎌を携えた煤けたローブの人の姿が夜闇の帳からふらりと。
或いは嘗て追いかけ回した女の姿を幻視するだろうか。
而して今宵、邪なる氣焔に寄せられたのは。
死神に憑かれた女などでは無く、"生命狩り喰らうモノ"。
即ち"死神"そのものであった。

「余は考えた。
 より強きを残す為、脆きを間引くも一つの手ではある。
 だが。宿痾だろうかな?
 真に強きは脆き群れの裡にこそ現れるものらしい。
 其れらを生かすにしろ殺すにしろ、である。
 故に其の無為なる命に僅かばかりの価値を認めよう。」

其れが語るは男には関係の無い話である。
これが"生きる"為に考え至った納得であり、只の独り言だ。

そして骸骨頭の人外は其方を見やりカタリと嗤う。

「構えよ。強き魂(もの)。
 貴様は余が糧たる者であると見て取った。
 失望はさせてくれるなよ?」

甲高い硬質な回転音を響かせる異形の鎌を屍山の頂へ差し向けて。
死神は構えを取った。

627【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/21(水) 20:53:31 ID:TlmvWv1w
>>625

別に、今の住居が……そのあるじが、居候の行動すべてを縛り付けているというわけじゃない。
むしろ、どちらかといえば気安い関係性を築けていると思う。それはひとえに、二人の性質が似たものだという点にある。
要するにどちらも自堕落な気質なのだ。食事、洗濯、その他の家事一切を片付けてくれる物言わぬ“召使い”の存在がそれを助長させている。
何か用事があるとき以外は両者ともにだらだらと……寝るか遊ぶか、その違いしかない。

だからだろう、こちらからは当然として、向こうからも特段彼女の行動を制限してくることは“基本的に”なかった。
実際とある事情でひと月ほど家を空けたときも、無理矢理に連れ戻そうとする動きは皆無。
そのうちふらっと戻った際にも、何か問い詰められるようなこともなく……。

ならば、平気なのでは?
この少年と共に暮らすのも、許されるのではないのか?

(ううん、それはダメだ)

──そんな思い違いを、万が一にもしてはいけないのだ。

彼女と“彼女”は確かに似ている部分もあるが、その本質は決定的に違う。
底辺と、上澄み。恵まれざる者と、恵まれた者。敗者と、勝者。
一見してうまく付き合っているように見える両者はその実、いざという時は絶対に相容れることができない。

そもそも“彼女”の放任にしたところで、それが自身の目的の妨げにならないから。
あるていど好き勝手にやらせても問題ないから……そして現時点で、彼女がその範疇から逸脱していないからというだけ。
その目的達成に至るまでのマイナス要素を認識したのなら何をするかわからない、いや……確実に、排除しにかかるだろう。

この少年は、それなのだ。

この、どうしようもない、日銭を稼いで口に糊するのがせいぜいの負け犬を、天下無敵の暗殺者に──“死神”に育て上げる。
……そんな馬鹿げた計画の、彼はきっと邪魔になる。無双の死神に守るべき者なんていりませんと言いながら、きっと笑顔で小さな身体を斬り捨ててしまう。

だから共にいることはできない。一緒に暮らすなんてもってのほかだ。
あのひと月にしたところで、動向を把握自体はされていたのだろう。ただ廃墟の片隅で蹲っているばかりだったから見逃されていただけ。
穢れのない無垢な者と日向を歩いて生きてゆく、なんて……絶対に、あの娘は許さない。

「きみはこれから、ここで暮らしていくの」

目の前から聞こえてきた声に少年が顔をあげれば、そこには膝をかがめて視線を合わせる彼女がいた。
浮かべる表情は穏やかに、赤い瞳をのぞき込んで。小さな手を、そっと両手で包み込む。

「もちろん、ずっとここにいろだなんて言わない。一緒に暮らしてくれる別の人のところに行ったっていい。きみがこれだと思ったひとなら、きっと大丈夫だから」

そのときになったら連絡くらいは欲しいけどねと苦笑する。
少年の聡明さにはとっくに気づいていた。子供というものは得てしてそうだが、きっとそれに輪をかけて彼は人を、物をよく見ている。
どうしてこれほど白紙なのかと思ってしまうくらいには。けれど詮索の気配はまるでなく……。

「けれどそれまでは、やっぱりひとりで生活していかなきゃならない。ひとりっていうのは自由だけど、大変なことも多いし」

家事はすべて自分でこなさなきゃいけない。
体調なんかを崩したら誰も助けてはくれない。
いいやそもそも、そういうことが起こる以前の話で……。

「……それに、寂しい。……きみにはその寂しさに、慣れないでほしいな。きみくらいの歳でそうなっちゃうのは、きっとすごく悲しいことだから」

本当に勝手な話だ。
そんなふうに思うなら自分が一緒にいてやればいい。死に物狂いで足掻いて藻掻いて、彼と共にいられるようになればいい。

そうできないのは、いいやそうしようとしないのは、勇気がないからだ。今の環境が変わってしまうのが怖いからだ。
望ましい未来に向かって踏み出そうとする気概がない。それなのにいかにも子供の将来を心配してますみたいな奇麗な言葉を連ねる自分に反吐が出る。

自己嫌悪の泥はとめどなく。
しかし心なしか、湧き出す勢いは普段より小さくて……。

「だから、……そうだね」

一晩くらいは大丈夫かな、と。
そう考える脳裏から。常に鳴りやまない、我が身を案ずる警鐘は消えていた。

「────きょうくらいは、一緒にいようか?」

──お風呂に入って。ゲームを遊んで。テレビや映画を見て。夜食なんかも食べるかもしれない。
そうして、二人の夜は穏やかに過ぎてゆくのだろうか。

628【合縁幾円】:2022/09/22(木) 01:54:03 ID:lx/hruZY
>>627

頭では。
頭の中では、分かっている。
女性には彼女自身の生きる人生が、送っている生活というものがあって。
だからずっと一緒にはいられないのだと──何度も、何度も繰り返し、覚悟を決めていたはずだった。だというのに。

別に女性との関係が途切れるわけではない。
メールを介して連絡は取れる。様子を見に来ることだってあるだろう。
二度と再会の叶わぬ永訣でもなし、では何故こんなに不安なのか。一人になることが、どうしてこんなに怖くてたまらないのか。

答えは簡単。
これが、自意識が生まれてから初めて経験する"ひとり"だからだ。
加えて相手は初めて認識した他者であり、つまり掛け値や誇張なく特別な人であり……故にこそ、別離の寂しさもひとしおで強烈というもの。
保護者と初めて離れ離れになる子を想像してみれば、幼い覚悟などで飲み込めるほど温くはないのも当然で。

それでも───悔しい。

ずっともらってばかりで、世話をかけてばかりで。
最後の最後ぐらい、せめて別れのときぐらい、いい子でさよならしたかった。
どうすべきかぐらい、どう振る舞えばいいかぐらい、ちゃんと分かっていたはずなのに。分かっていて、何故それができなかったんだ。

かっこ悪くて、情けなくて、自分が嫌になって。
いよいよ決壊しそうになったその時──頭上から降ってきた、きょう幾度目かの優し気な声。

「────あ、」

思わず、俯いていた顔を上げる。
潤んでぼやけきった視界には、真っ直ぐ少年の瞳を見つめる女性がいた。
不安で冷え切った指先を、彼女の両手が柔らかく包む。体温としては低めであるはずの青白い肌が、あたたかく、心地よく感じる。

女性が自らの温もりを分け与えながら、少年に教えたこと。
それは、〝一人で暮らすとはどういうことか〟──という、ある意味ひとり暮らしをする上で最も大事な内容だった。

一人暮らしは自由だ。
その保証がされる代わりに、支払う対価がある。
独力での生活。病気やトラブルに陥った際の解決。そして……どうしようもない、寂しさ。

寂しさに慣れないでほしい。
そう語る女性を、身勝手だと少年は思わなかった。
だって、こうして手を握って、膝を折って、目を合わせて──全身で寄り添おうとしてくれている。
灰の瞳に込められた彼女の気持ちは、きっと本当だったから。例え彼女自身がそう思っていなかったとしても、少年は自らの直感を信じた。

(そうか────ぼくは。)

そうだ。そうだった。
自分のことを、こんなに想ってくれている人がいる。
一緒にはいられずとも、心は傍にあるのなら。きっとそれはもう、孤独ではない。
真の孤独とは、誰にも想われないことだ。誰の心の中にも自分が存在できないことこそ、本当の寂しさで、本当の痛みだ。

姿はなくても、繋がっている。
『縁』という確かな絆が、二人を結んでくれている。
なら、涙はいらない。ぐし、と袖で目元をこする。そして今度こそ笑顔で別れの言葉を口にしようとした少年に──。


────きょうくらいは、一緒にいようか?


少年は、めっちゃ飛び跳ねた。
ふたりの時間の延長戦。ほんの一晩だけの、優しい夜。
湯気をほかほかと立てる水溜まりにびっくりして、背中を流し合って、シャンプーが目に入って大騒ぎして。
せわしなく動くゲーム画面に目を回し、初のアクション映画にやいのやいの大興奮し、夜中のお菓子という禁断の味を知ってしまったりして……。

やがて長いようで短かった、一日の終わり。
茜色に染まる公園から始まった夢のような時間が、もうすぐ幕を閉じる。
電灯の消えた部屋。窓から見守る月の明かり。女性と同じ一つの布団の中で、仰向けの少年は寝付けずにいた。

散々はしゃいで疲れが溜まっているはずなのに、なぜか眠気がやってこない。
去来する様々な今日の思い出たち。それらを頭の中で反芻する内。
そういえば、おねえさんの名前をまだ聞いてなかったな──と。自らの名乗る名さえ持っていない少年は、そう思った。

629【練氣太極】邪気を操るチンピラ ◆ZkGZ7DovZM:2022/09/24(土) 17:34:54 ID:fQLxUHb2
>>626

 脳裏を過ったのは、ここ最近の中でも一際不愉快な記憶。
 もとより彼は、自分が何を考えているのか、何をしたいのか、そういったことを考えることすらしない人間。
 だがそんな彼にも、満身の末に手痛い敗北を喫したことへの鬱屈は存在する訳で。
 要は完全な八つ当たりだが、男はその人外の容貌が気に入らなかったのである。

 〝ソレ〟の出現直前に火をつけた煙草を手に、躊躇いなく足元の死骸に押しつけて放り捨てる。


「……誰だ、てめェは」


 死神。冥界の死者を思わせる異形が突き付けた鎌を目前にしても、男の言葉に恐れの感情はない。
 言葉通りの意味ではなく、それは唯の害意の発露だった。
 握手とは思えない殺気を纏って、右の掌が異形に向けて掲げられる。
 そして〝闇〟が────彼の手掌を中心にして収束する。


「俺を見下ろすな」


 【練氣太極】────「豪天」。
 屍の山から相手を見下ろし続けて尚も、王の如き相手の振る舞いを許さぬ傲慢さでもって。
 右の手掌から、暗黒の気弾が放出される。

 軌道は直線、食らっても致命の一撃には成りえないが……それは明確に戦端を切った。

630【魂狩りの屍皇】〜KillingーNoーLaihu〜 LP:90/100:2022/09/24(土) 20:51:28 ID:AL/pHOS6
>>629

────誰だ、てめェは。

男の下に積み重なった"ガラクタ"の一つを投げつけながら、
単なる害意の発露として交わされた問いに。
だからこそ悠然と。
命無き肉塊を易々と大鎌で両断させながら答える。

「余が名はムササ。
 何やら神などと呼ばれた時代も在ったが、
 詳しくなどは余ですら知らん。
 何。生命を狩り、喰らうばかりの一匹の人外よ。」

男の掌中から放たれた暗黒の気弾を、
鮮やかなまでの大鎌捌きで受け流し地へと叩き伏せ。

「見下ろすも何も。
 降り来たるべきは貴様にあろう?
 名乗りを返す気概があるならば聞こう。
 無ければそれでも良い。好きにせよ。」

傲慢である、などという概念さえ有さない。
時に神にも並ぶヒトとはかけ離れ過ぎた超常規模の存在。
尤も今は人類種の上位程度にまで萎んでいるが。
王も奴隷も区別無く。等しく皆、己が糧であると。

旧き屍皇は未だ踏み込まない。
其方の返答か。或いは更なる一手を待ち佇む。
此方は容易に人体を引き裂く致命の武具を、
達人と呼べる領域の精度で振るうヒトならざるモノ。
屍山に座する餓獣の王たるならば。尋常に。

631【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/24(土) 23:51:04 ID:2qiFt6UI
>>628

天井を見つめる瞼は重く。
思えばアルコールの力を借りずに眠気を迎えられたのは久しぶりかもしれないな、と鈍くなる頭で考えていた。
普段は、考えてしまうことが多すぎて。周りの音が消えるほど、気を紛らわすものがなくなるほど襲ってくる過去の残影が、とても辛くて。
到底、素面のまま眠ることなんてできそうになかったけれど……今日は穏やかに、湖面は凪いでいる。

どこかで鈴虫が鳴いていた。

「ねえ、起きてる? きょうは楽しかったよ」

ふと、口をついて出る声。
少年がまだ起きていることを察してか。ひょっとすると起きていなくてもそうしたのかもしれない。
だからだろうか、声音は夜に溶けるように淡かった。眠っていなくても、ともすれば聞き逃してしまいそうなくらいに。

「お買い物したり、外食したり、遊んだり。……誰かとああいうことするのって、本当に久しぶりだったから。きみも楽しかったって、思っててくれるといいな」

どこかに出かける。遊興施設をぶらつく。美食に舌鼓を打つ。
それらは彼女にとってなんら変哲のない日常風景だ。少なくとも、ここ最近は。
楽しいものだ。それは間違いなかった。苦しさや辛さから逃げているのだから当然、そうでなくてはならない。

……だがそこに、誰かの姿はないのだ。
彼女はいつも一人。隣に他人を伴うことはない。
そのほうが気楽だから。誰に気を使うこともなく自分だけで遊びたい……その志向を持つ人間は一定数いて、彼女もそちらに属している。
だから寂しくはないのだ。一人だけでも十分たのしい。無理に誰かを伴えば気苦労が増えることのほうが多いから。

けれど今日は、そうじゃなかった。

「……きっときみは、なにかをしてもらってばかりだって思ってるのかもしれないけど。でもわたしも、たくさんのものを貰ったんだよ」

それは形のないもの。証明なんてできないもの。
けれど確かにそれを感じていた。受け取ったと、そう思っていた。
ならば彼女にとって、それは確かに存在している。それが何かなんて、具体的な言葉にはできないけれど。

ただ胸に宿る暖かさが、その存在を裏付けていた。

「──ねえ。きみ、名前はなんていうの?」

そうして、最初から──それこそあの公園で出会った時から、頭の片隅にあった質問をとうとう投げかけていた。
彼に名前はないのかもしれないと、予感したから。そして名乗り合うことになっても、本名を告げることはできない後ろめたさから。
だがそれでも問いかけていた。きっと夜気が、唇を湿らせていたのだろう。

632【練氣太極】邪気を操るチンピラ ◆ZkGZ7DovZM:2022/09/25(日) 15:36:19 ID:d6aLavJ2
>>630


 ヒトならざる超常。
 神、あるいは人外────ソレの名乗りの意味をいかほど男が理解できたかは謎だが。
 その顔は単なる害意から、明確な殺意に染まっていく。

 理由など問わない。
 自身にとって不愉快なものを、狼は決して許容しない。


「────てめェみたいなバケモンに」


 ゆらり、と屍の山の上に立ち上がる。
 紅蓮の眼差しは返る光もない髑髏の洞を睨み付け。
 先ほどと同種の〝闇〟が、彼の両足………その足裏から滲み出すようにして噴き出す。

 そうして、満身の力で折り重なる屍を踏みつけると────青年の身体が一瞬宙に浮いた。
 【練氣太極】──「豪天」。
 先程の攻撃を推進力に転化する形で、互いに拳が届くような距離まで肉薄する。


「名乗る名は、ねンだよ!!!」


 息つく間もなく、彼の足元に集っていた暗黒が右腕に移る。
 【練氣太極】──「豪人」。
 直線的ではあるが威力十分な右拳が、ヒトガタの顔面を狙う形で突き出される。

633【魂狩りの屍皇】〜KillingーNoーLaihu〜 LP:80/100:2022/09/25(日) 16:07:14 ID:QSVhRbDw
>>632

────名乗る名は、ねンだよ!!!

気の爆裂を推進とし暗黒纏う右拳の殴打を迫る"狼"に。

「クカカ。それもまた道理。」

【死霊術・憑────ツクモノケダマ LP-10】

非生物・意思無き物に死霊を憑りつかせるポルターガイストの死霊術。
込められた生命力によって操作精度が左右され、
今回の場合は大雑把に浮かせ振り回せる程度。
それを大鎌へと作用させてから、
男の拳を真後ろに仰け反り躱しざまに後退。
同時に大鎌を放り投げ回転させて男へと投擲。

技量だけでない、身体能力に至っても熟達した練度を見せる。
稼動しながら飛来するチェンソーと変わらぬ大鎌投げ。
余りに容易く得物を放り捨てて尚、まるで脅威の低下を感じさせぬ威迫を滲ませ。
四肢を地に這わせた"獣"の様相で愉しそうに大笑。

「なれば余も、其れに相応しき狩りを成そうぞ。
 "名無しの獣"よ!」

先ずは眼前の大鎌を対処しなければ致命の一撃を負う。
追撃をするにしても其処からだ。
多くが未知数の相手に対し次はどう動くか。

634【練氣太極】邪気を操るチンピラ 激残り1 絶招残り1 ◆ZkGZ7DovZM:2022/09/25(日) 17:06:16 ID:d6aLavJ2
>>633

 投擲される大鎌。
 その戦闘方法にすら、誰か別の人間の影を見て。青年の表情が苦々しく歪む。
 けれど、致命と言っていい凶悪な攻撃を前に、恐怖が浮かぶことはない。
 野球ボールでも投げられたかのように、突き出していた右の拳を、今度は開く。


「あー……────イライラするな」


 【練氣太極】──「激地」/「豪人」。
 巌の如く硬化した手掌が、回転する刃を躊躇いなく握る。
 片手には余るほどの重量だが、こちらも能力で膂力を強化している身。
 右の手掌に裂傷を作りながらもその攻撃を受け止め、そうして相手から奪った鎌を両手に構える。


「持ってるモンを、易々と人に渡すんじゃねェよ」


 電動鋸の如き鎌をうならせながら、目の前のヒトガタ以外への憎悪も込めて吐き捨てる。
 と同時に、獣の如く構える相手に油断なく大鎌を中段にして、動きを見計らって動かない。
 言葉尻とは裏腹に、その戦いにはある種の冷静さがあった。

635【魂狩りの屍皇】〜KillingーNoーLaihu〜 LP:73/100:2022/09/25(日) 17:33:31 ID:QSVhRbDw
>>634
【鎌による右掌裂傷により LP+3】

────持ってるモンを、易々と人に渡すんじゃねェよ。

擲たれた大鎌を掴みとり己が得物として構える男。

「易いが故に投げた。それだけよ。」

それを知った事かと、地表を滑るかの如くに。
低い姿勢のまま身体能力に任せ高速接近。

【大鎌生成 LP-10】

刃圏に迫るやいなや。
足元から掬い上げる様に大鎌を更に一つ生成しながら一閃を放つ。
大鎌で迎え撃つならばそれも良し。
そうでないならば男の胴体を引き裂く軌跡で斬撃は向かうだろう。

そして仮に鬩ぎ合いになったとして。
大鎌に対し何の技量も持たぬ男と達人級の怪物。
そのぶつかり合いを制するは果たしてどちらであろうか。

「さあ選べ。狩りとは。闘いとはそう云うものだろう?」

ただ存在を永らえるだけならば何も喰らわずとも良い。
だが其れは生きながらにして死しているにも等しく。
故に此れは"生きる"為にこそ戦闘(かり)を行う。
本能の儘。存在が儘。心底よりも活き活きと。

636【合縁幾円】:2022/09/26(月) 00:50:16 ID:dT0lBtN6
>>631

リ────…ン リ────…ン


ものみな眠る小夜中に、独りきりで鳴く鈴の声。
静かだった。つい先まで二人がいた都会の騒めきが、まるで嘘のようで。夢のようで。
すべてを黒く塗りつぶす暗闇は、窓辺で微笑む月が青白く染めている。街頭で踊り狂っていた人工光よりずっと柔らかくて、そして温かい気がした。


リ────…ン リ────…ン


近いようで遠くて、遠いようで近い。
遥か彼方にありながら寄り添うその淡い輝きに、ふと彼女の面影がよぎった。
彼女が月だとしたら、自分は何だろう。太陽だと、ちょっと困ってしまう。だってそれだと、同じ地平の空にはいられないから。
か弱い光でも構わない、傍で瞬いていられる星がいい。そうだったらいいのにな。そんなことを思う。


リ────…ン リ────…ン


ひとりぼっちの秋虫も、しじまには音色がよく通る。
今夜はこんなに静かな夜だから、どんなに小さな声も聞き逃すことはない。
囁きよりも幽かな"ねえ"の二文字に、少年はガラス窓から視線をはがして、すぐ傍らで横になっている女性へと移した。
くすんだ灰のような彼女の髪が、月明かりでほのかに輝いて見える。きれいな白銀色の燐光。


──きょうは楽しかった。


次いだその言葉に、少年はそっと胸を撫で下ろす。

自分ばかりが楽しんでしまったのではないかと、正直ずっと不安だった。というより、実際そうだとばかり思っていた。
頻りに見せた不慣れな様子からして、彼女はおそらく普段から誰かと行動を共にするタイプではない。
そんな人が子どもの世話など、さぞ面倒で苦痛だっただろう……と。
彼女に言われて遠慮のガードを少し下げた後も、心のどこかで気兼ねしていた。だからこそその言葉は意外で、そして望外でもあった。

(ぼくは、あなたに、なにかをのこせたのかな)

わたしもたくさんのものを貰った。
そう語る女性に、少年はそうであったら嬉しいと微笑む。
願わくは、彼女が彼から受け取った"なにか"が、ずっと心の中に灯っていてほしい。
未来のどこかで、どんな寒さや、どんな暗がりが訪れても。その暖かさが失われないで、あなたのそばに寄り添い続けるものであってほしい。

ぼくがあなたから受け取った"なにか"も、きっとそうなるだろうから。


「…………、なまえ」

名前はなんていうの?
不意にかけられた女性の問いに、少年は言葉を詰まらせる。
その様子は、彼女が予感した答えの的中を覚らせるのに十分だったかも知れない。

少年は街やモールを連れられて回るうち、ヒトやモノにはそれらを識別する"なまえ"というものが存在することを察していた。
そして、自分には、その"なまえ"が無いことも。

俯いて、一瞬の逡巡。
だがすぐに顔を上げたかと思うと、意を決したように女性へ向けた。
窓から差し込む月光を輪郭にまとった白い痩躯。
どこまでも透きとおる真紅の眼差し。女性の瞳を見つめ、緊張して強張った唇をゆっくり開く。

「おねえさん。ぼく、あなたのなまえがしりたい」

掠れ気味の声。
早鐘を打つ小さな鼓動。
揺れて乱反射する水面のような、震える瞳の光。

告げられる彼女の名前が、例え嘘偽りでもあったとしても。
少年は、きっと気にしない。何故ならそれは、少年にそう呼んでほしいと教えた名前。真実でなくても、十分に特別。
"おねえさん"という年上の女性なら誰にでも使える汎用の呼び方ではない、あなただけを指す名前で呼びたいのだと、少年は切に訴えていた。

そして、もう一つのお願い事。
どんなに高価な服を乞うより、どんなに豪華な食事をねだるより。
ある意味で、一番大きく、困難なわがまま。一度、言葉を切って、息を深く吸い込み。そして──、


「あなたを、なまえでよびたい。ぼくを、なまえでよんでほしい。──ぼくに、なまえをください」

637【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/26(月) 23:40:18 ID:qJpaNdI.
>>636

いらえは予想を事実に変えた。
名前がない。驚きはなく、ああそうなのだろうなという納得だけがあった。
どうしてと問われれば返答に窮する。深く思慮を巡らせれば、きっと答えも出てくるのだろうが……。
けれど今、そんなのはひどくどうでもいいことのように思えて。推論以前のまとまらない思考を頭の片隅に追いやった。

しかし……続いた言葉の最後のほう。
名前が知りたい、はともかく……名前をください、なんて。
まさか言われるとは思っていなかった──否。

(本当に──?)

どこかで自分は、こうなることを予期していたのではないのか?
衣服よりも、食事よりも。他者は持っていて当たり前のものだから、尚更に。
どこまでも純粋な彼は、自分というモノを定義する名前を求めるのじゃあないかと……そんなことくらい、本当に分からなかったのか?

(ああ……そうか。わたしは)

いいや、否。
名を問えばこうなることは分かっていた。
分からないフリをしていただけ。見ないフリをしていただけだ。
自身を表す名前がないのがどんなに辛いことかを想像を及ばせながら、けれど口に出せば彼にこう言われるのが分かり切っていたから避けていただけだったのだ。

だって名をつけるというのは簡単なものじゃないから。
名は体を表すとはよく言ったもので、この世のあらゆるモノにはそれに相応しい名というものがある。
逆説的に妙な名前を付けられてしまえばそのものの本質まで歪んでしまうことだって、あり得ない話じゃない。
相応しくもない名を得てしまったがために、その後は目も当てられないほどに狂ってしまうなんてことも。

──自分の人生は、きっとそういうところもあったのだろうからよくわかる。

だから名付け親になんてなるものじゃない。
だってひとりの人間の人生を左右するかもしれないのだ。愛玩動物に名前をつけるのとはわけが違う。
責任なんてものから逃げて、逃げて逃げてここまできた彼女にとっては……当然、逃れるべき立場だったのだが。

それでも名前はと、口にしてしまったのは……。

(──わたしは、この子に名前をあげたいんだな)

つまりきっと、そういうこと。
いつまでも“きみ”や“あなた”じゃ、そのうち寂しくなってしまうだろうから。
彼を表すことばを、与えてあげたかった。

「……そう、だね。わたしは、……レイス。そう、呼んでほしい」

わずかな逡巡の後、口にしたのはやはり、本当ではない名。
レイス──亡霊を意味することば。先の諺の通りだ、普段の彼女を知る者ならば十中八九ふさわしいと評するに違いない。
けれど今の彼女は……ほんの少しだけながら灰色の瞳に光を映した、彼女なら。それは果たして似合いだろうか?

「それで、きみは……うーん。ごめんね、うまくつけてあげられないかもしれないけれど」

悩み、それでも名づけを避けるという選択肢はなかった。
瞑目し、眠っているのかと錯覚するほど静かな沈思黙考。
やがて視線は窓ガラス、外に広がる夜空の彼方へ。黒いキャンバスに瞬く無数の光を、今は素直にきれいだと思えたから。

深紅の眼差しに向き直り……宝石みたいな両眼を見つめ、その名を告げた。


「────エトワール。星、っていう、意味だよ」


星明りのようなきみだから。
どうかその柔らかな光を精いっぱい煌めかせて生きてほしいと願いを込めた。
誰かの道しるべになれても、なれなくても、どっちでもいい。
ただ、きみがきみらしくあってくれることを。その輝きが曇らぬようにと希う。

「……あ、でもこれじゃ女のひとの名前か。あはは……ごめんね、やっぱりあんまりセンスないみたい」

うまい名前を一度であげられない自分に、情けなさと不甲斐なさを感じて苦い笑いを浮かべる。
エド、エディ……第二第三候補として出てくるのは、いずれも先の名前のあだ名となるものだ。
どうしてもそこから離れられない。だって彼にはそれが相応しいと思えたから、自分ではもう覆すことができなかった。

彼は、わたしにとって、星/Étoileだったから──。

638【合縁幾円】:2022/09/28(水) 23:44:05 ID:rzk1vuFs
>>637

"なまえ"──名前。

自己と他者を識別する記号。
生まれてから初めて手にするアイデンティティ。
表すのは、定義であり、様相であり、本質であり、機能であり──そして、願い。
あえて過言や誇張をおそれず付け加えるなら、名づけられた対象が辿るべき行方を左右し、占う運命の名辞。

それが持つ意味や果たす役目は、極めて重い。
だからこそ、名づける人間というのは得てしてその対象と縁が特別深い者だ。
この世に生を授けた存在や、宿命的な関係で結ばれた存在。あるいは、本人自らが与えたりもする。
名前を付けるとはそういった行為で、少なくとも今日たまたま会ったばかりに過ぎない人間に放り投げていいことではない。

それでも。
少年は、他の誰でもない彼女に。
たった半日を一緒に過ごしただけのあなたに、己の命名を託した。
決して考えなしの軽挙でも、それ以外を知らぬゆえの消極的選択でもない──あなたがいいと、あなたじゃなきゃいやだと、思ったからだ。


黄昏の公園で出逢い。
さんざめく街の喧噪を抜けて。
お祭りのように賑わう店々を二人で廻り。
繋いだ手の温もり。交わした眼差し。贈られた数々の言葉たち。

あなたと過ごした、穏やかな時間。
あなたがくれた、形のあるもの。形のないもの。
少年が空っぽの胸に宿した、かすかだけれど確かに灯った"なにか"。
二人で作り上げた思い出。そのすべてが、あなたを選んだ理由で、あなたしかいないという答えの証明。

たった半日。
されど生まれたばかりの少年にとっては、空白の歴史に綴られた初めての一ページ。
それがこんなにも優しくて、笑顔とあたたかさに満ちていた。
嘘があった。偽りがあった。でも、彼女が彼にそそいでくれた暖かな感情は、触れ合う中で紛れもなく真実だと、そう信じられたから──理由としては、それでもう十分だ。

だから、後は。
名付け親となるその重責を、彼女が受け入れてくれるかどうか。
少年は、未だ呼び名を知らぬあなたを見守る。希望と不安の渦巻く潮目。騒ぎだす心を抑えるように、固唾を飲んで、ぐっと手を握り締めた。


/すみません、長くなりすぎたので二レスに分割します…!

639【合縁幾円】星明かりの少年:2022/09/29(木) 00:23:49 ID:bRWGDXzo
>>637
>>638のつづき)

開かれた彼女の唇は、三文字の言葉を紡いだ。

『レイス』。
女性が自身をこう呼んでほしいと告げた名詞。
それは、肉体と魂が分かたれたままになった者が変貌するという、亡霊の名だった。
太陽の光を忌み嫌い、一説には見た者に呪いをかけて不幸をもたらす。生きているとも言えず、死んでいるとも言えぬ──いわば、成れの果て。

勿論、少年がそんな知識を持っているわけもない。
だから似合いとか不似合いとか、そんな感想を持つ以前の話であるはずだが──。

(……? ほんとうに、これが、おねえさんのなまえ?)

一致しない。
目の前の彼女と、教えられた名前が。
実名とはにわかに信じがたい。彼が知らない一面を表す字なのだろうかとも考えるほど。
だが、レイスと彼女自身が名乗った以上、この人はレイスなのだ。その点について、少年が疑義を挟む余地などない。

それでも──Wraithという響きでこの人を呼ぶのは、嫌だ。

文字列の意味も、定義も、解らないけど。
直感する。きっとこの言葉が指しているのは、"よくないもの"だ。
女性をこの名前で呼ぶということは、少年自身が彼女を"よくないもの"だと言っているのに等しいことになってしまうのではないか。
温もりとあたたかさで満たしてくれた、この人を。……嫌だ。いやだ。そんなこと、したくない。

でも、レイスと呼んでほしいと、他ならぬ彼女にそう言われたから。
だったら、せめてもの抵抗だ。発音を変えて、しっくり来る呼び方を見つけてやろうと密かに試みる。

レイス(Race)、レイス(Lace)、レイス(Leith)、レイス(Raysse)──。


「……レイス(Rayce)」


それは、〝守り手〟を示す言葉。
Rayの異形であり、〝友人などの助言者〟という意味もある。
奇しくも、この後に女性が少年に与える名前と同じ言語をルーツのひとつに持つとされる名前だった。

〝友のように寄り添い・知恵を与え・守護する者〟。

偶然辿り着いた、この言葉。
具体的に指示する内容など当然わからない。
でも、不思議とこの呼び方が一番、少年が知る彼女の姿にぴったり重なった気がした。
小さく繰り返し口ずさむ。忘れないように。二人のとき、独りのとき。こっそり書き換えて付けたあなたの"なまえ"を、いつでも呼べるように。


そして────。


「えと、わーる……」


暫くの沈黙の後。
擦り切れたはずの灰色に、ささやかだが灼かな──まさに星のような明かりを灯した眼差しで。
少年に正面から向き合った彼女が、つけてくれた名前。

耳にした瞬間、口にした瞬間。
胸に湧き出したこの感情を、何と名状すれば良いのだろう。
火花のように鮮やかで、泉のようにとめどなく。木立のようにざわめいて、光のように眩ゆく輝きを放っている。
まるで、自分の中に一つの世界(ほし)が生まれたようだった。これは、そうだ。女性と初めて出逢ったとき、視線が合ったあのときに感じた……。

呆けたような表情は、少しずつ笑顔に変わって。
でも、女性と交わすルビーの瞳は、今にも透明な雫がこぼれそうで。
感謝を早く伝えなければいけないのに、言い知れぬほどの感動に打ち震えた心が、うまく言葉を紡ぎだせなくなってしまったから。

全身を駆け巡る衝動のまま───少年は、苦笑いを浮かべる女性の胸に、流星のごとく飛び込んだ。


「レイス……、エトワール……」

一回目は、囁くように静かに、言葉の響きを噛みしめて。

「レイス、エトワール」

二回目は、口を開いてはっきり、舌に馴染ませるように。

「レイス……! エトワール……! レイス、エトワール! ──あなたは、レイス! ぼくは、エトワール!」

三回目からは、抑えきれない感情をほとばしらせ、歓喜に満ちた声色で。


女性の名前を、自分の名前を呼ぶ。
あなたがここにいることを、ぼくがここにいることを、声に出して確かめる。
何度も、何度でも。こんなありふれた平凡な営みが、どうしてか無性に嬉しくて、幸せでたまらない。
熱いものが心を満たして、力いっぱい抱きしめる。最早そうすることでしか、感極まった少年は自身の感情をあなたに表現できなかった。

鼻をすすって。息がうまくできなくて。
いよいよ、つぶらな眼から堰を切ったように涙があふれた。
嬉しいのに、幸せなのに、何故かこみ上げてくる嗚咽を止められない。
しゃくりあげる喉では、はっきり発音することなんてもうできなかったけれど。それでも、名前を呼んだ。呼び続けた。


やがて、泣き疲れた少年が。
あなたに小さな身体を預けたまま、眠りにつくまで──。何度も、何度でも。

640【幽明異郷】心折れた鎌使い@wiki:2022/09/29(木) 21:35:40 ID:UxBNuGM2
>>638-639

やはり、変だったろうか。もっと別の名前がよかっただろうか。
これだと思った。彼に与えるべき名前はこれしかないと感じた。
だけど少年……男の子に女性名というのは、客観的にみて一般的じゃない。
他の子にからかわれたり、心ない言葉を投げかけられたり。それで心に傷を負う子供は決して少なくないと聞く。

(やっぱり、駄目だ)

今からでも遅くはない、なにかほかに良いものを。この子にぴたりと当てはまる、最良の名前を。
苦笑の裏で必死に頭を捻るが、思考は虚しく空転するばかり。星を意味するそのことばしか、この脳髄はろくな案を上げてはこなかった。

なぜ何も出てこないんだ、どうして自分はこうなんだと、自己嫌悪に陥りかけた──刹那。

「────」

軽い衝撃とともに、全身に伝わる温度。
子供特有の高い体温は、心と同じように冷めてしまった彼女の身体には熱いくらいだったが……。
それでも決して不快だとは感じなかった。むしろ、心地よいとさえ。

「……そっか」

突然のことに硬直していた身体からゆるゆると力が抜けていく。
亡霊と名乗った彼女の顔に、困ったような笑顔があえかに咲いた。

(最良の名前じゃ、ないのかもしれないけれど)

やることなすこと、いまいち自信が持てないわたしだから。
これしかないと思ったことでもあとからあとから不安と後悔は沸いてくるし、今も実際そうなりつつある。

名づけるのが自分じゃなければ、もっとよい名前があったのかもしれない。
これから先、その名前が原因で誰かに笑われてしまうことがあるかもしれなくて。
その場面を想像すると本当に、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

けれど、それでも──。

「きみがいいなら、それでいいのかな」

こんなにもうれしいと、全身で叫んでくれるのなら。
一点の曇りもない喜びで迎え入れてくれるのなら、むしろ別の名前に換えるほうが残酷なことだと思える。
それが先の懸念から目を逸らした、自分に都合のいい解釈だと。逃げにすぎないのかもしれないと、分かってはいた。
しかし……自らに縋りつく小さな星の瞬きを、この手で壊したくはなかったから。

そっと、抱擁を返す。
何度も何度も名前を呼ぶ彼の白くやわらかな髪を、壊れ物を扱うように撫ぜた。

「────うん。きみは、エトワールだよ」

抱き合ったまま眠るふたりを、夜空にきらめく光たちだけが見守っていた。



──夜明け前。
まだ陽の昇らぬ暗い部屋で、身を起こす影がある。
灰色の長髪に、生気の失せた青白い肌──レイス。そう、自分を呼んだ女。
覚醒直後の呆けた頭のまま、見慣れぬ周囲を眺め回し……傍らにて眠る少年の姿を認め、漸う前日の記憶を蘇らせた。

(……久しぶり、だな。夢を見ないで眠ったのは)

もともと眠りの深い方ではない。
ある一件を境には、特に。“仕事”を終えて心身ともに疲労していても、素面のままでは浅い眠りと覚醒を繰り返すようになった。

夜毎、彼女を責め立てるのだ。
捨ててきた全ての人々が。投げ出したはずの栄光の残滓が。
忘れるな。忘れるな。罪からは逃げられない。過去は決してなくならないと。
この、惨めな、敗北者を、逃亡者を、卑怯者を──かつて過ぎ去っていった〝勝利〟の影が、追いかけてくる。

それが、なかった。
きっと、いいや間違いなく……それはこの少年のおかげ。
この小さな星明りが良き眠りへ自分を誘ってくれたんだと……あまりに情緒的すぎる思考を弄ぶ自分に苦笑して。
一度だけ少年を撫でてから、音を立てないようにベッドを抜け出した。

荷はただひとつ。
ついぞ姿を晒すことがなかった得物を携え、眠る星に背を向ける。

(……朝ごはんくらい、作ってあげたかったけど)

そうしているあいだに彼が目を覚まして、おはようと笑顔で言われてしまったなら。
きっと自分は決心を鈍らせてしまう。もう一日、もう一日だけとずるずる共に居続けて、取り返しのつかない結果を招いてしまうだろうから。
行かなければならない。帰らなければならない。彼の存在を悟られる前に、だから。

『またね、エトワール。こんどはなにか作ってあげるから、食べたいもの考えておいて』──そのように書き置いて、ドアを開く。
流れ込む冷たさに身を震わせる。この寒気が少年から熱を奪わってしまわないようにと、足を踏み出しかけて……振り向き、少年の姿を目に収め。

「──きみのきょうが、良い一日でありますように」

最後に残したのは、祈りのことば。

──光が闇を焼き尽くしてしまわぬうちに、夜気の名残と消えていった。


//これにて自分からは終了となります!
//長きにわたるロールお疲れさまでしたー!!すごく楽しかったです!!

641【合縁幾円】星明かりの少年:2022/09/30(金) 03:09:34 ID:RExg5EQI
>>640

────頭をふわりと撫でられた気がして、目を覚ます。


「おねえ、さん……?」


いつの間に寝てしまったのだろう。
寝起きで掠れた少年の呼びかけに、静寂だけが応答した。
覚醒をこばむ瞼をごしごし擦り、反応の鈍い身体をお腹より上半分、腕を使ってなんとか起こす。
子ども一人では持て余す大きなベッド。傍らには温もりの残滓と、彼女がついさっきまでいたことを示す窪みだけがあった。

静まり返った仄暗い部屋に、少年以外の気配はない。

それが何を意味するか。
起き抜けの回らない頭でも、理解するのは簡単だった。
つまり女性は、少年が寝ている間にこの住処を後にしたということ。

何も感じないと言えば嘘になる。
今度こそ涙を見せず、笑顔で手を振って送り出したかった。
最後に見せた顔といえば結局、くしゃくしゃの泣き顔。恥ずかしいやら、情けないやら。男の子としての沽券にかかわる気がする。
だらしない表情筋をむにっと引っ張りおしおき。次に逢える時までに、笑顔の練習をしておくべきかと本気で思案した。


二度寝の誘惑を振り切り、のそのそと寝床から這い出る。
途端、肌を刺す夜気の残り香。バックしたくなる気持ちを何とか我慢。
経験を活かし、掛布団をコートのように羽織って防寒具にチェンジ。このぬくい相棒を手放すのは、もう少し日が高くなってから。
これで万全の起床と思われたが、素足で冷え切ったフローリングというまさかの第二の刺客。ぴょんぴょん飛び跳ねながら靴下を探す羽目になった。

そんな、てんやわんやの後。
動き回ったおかげで頭が冴えた少年は、これからのことを考えようとソファに座り──。

「……あ」

目の前のテーブルに、メモを見つけた。
跳ね上がる鼓動。相棒を床に落としてしまったが、もうそれどころじゃない。
早く早くと急かす心とは裏腹に、寒さ以外の理由で小刻みに震える指先で、脆い硝子細工を扱うようにそっと優しく摘む。
そのままゆっくり手元にたぐり寄せて。期待と緊張の面持ちで、紙上の文字に目を注いだ。


────またね、エトワール。こんどはなにか作ってあげるから、食べたいもの考えておいて。


エトワール。
それは、少年の名前だ。
彼女に──レイスにつけてもらった、大切な名前。
この世界にぼくがいるという、存在の証。そして、いてもいいんだという、承認の証。

ああ、もう。
目頭が熱くなる。鼻の奥がつんとする。
何だってこんなに自分は泣き虫なのだろうか。滴るしずくが文字を滲ませてしまう前に、メッセージを胸元へ抱き寄せる。
またね、と書いてくれて嬉しい。名前を呼んでくれて嬉しい。嬉しすぎて、堪えきれない。


今日から少年はひとりで暮らしていく。
十つの子どもが、大人でも広いと感じるこの部屋で。
想像するよりずっと苦労が多くて、きっと夜を迎える度に彼女が恋しくなるだろう。
この調子では、涙を流すのも一度や二度では済まないと予感する。

でもそれは、寂しさじゃない。
だって、ぼくらは傍にいなくても繋がっている。
一緒で築いた思い出が。想い合う心が。『縁』が、離れていても二人を結んでくれるから。

なら、今は。
せめて今だけは、涙を拭って。
朝焼けの光が色鮮やかに差し込む窓の向こう。
懸命に瞬く星明かりが、今日という一日を始める街を見守る。

この世界のどこかで生きているあなたに向かって──今度こそ、咲き誇るような笑顔でこう告げた。


「またね、レイス。いってらっしゃい──!」


//以上で自分もロールを終了します!
//幽明さんのリードで何とか無事?に終わることができました…! とても楽しかったです、ありがとうございました!

642【???】星照らす貴方の為の標灯:2022/10/05(水) 00:13:27 ID:jOPpliZg
街の中心部から少し離れた住宅地の外れに建つ変哲のないアパート。
1LDK、バルコニーつき。ロフトつき。
"誰にも知られていない筈の秘密の拠点"。
生れ落ち、温もりを知り、名を与えられてからはや数日。
少年が独りきりでの生活にも多少慣れてきただろう頃の夜分に。
その予期せぬ来客は訪れる。

ピンポーン。呼び鈴の音が一つ。
コンコン。脅しつける様でもなく軽やかにドアをノックする音。

「こんばんは。星明りの君。
 君の為に特別サービス。"縁"を持ってきてあげたよ。
 別段、扉を開けてくれても、閉めたまま扉越しにでも僕は構わないけれど。
 ほら、通例として。さ。……あ け て?」

はっきり言って怪談噺の類いか何かだろう。
知りもしない少女の声が何故か貴方の事を知っていると。
話がしたいからドアを開けてくれと戸の向こうから囁く。
嗚呼。この街ではさして珍しくも無い怪異の類いであると判断するには充分すぎる。

けれどどうしてだろうか。
そこに明確な悪意や害意の類いは感じられない。
そう、まるでちょっとした悪戯かの様な。
そんな奇妙な"縁"が其処にある。


//寝落ちの前に投げるだけ投げるッ
//【合縁幾円】さん指名待ちです
//宜しければどうか……

643【合縁幾円】星明かりの少年:2022/10/05(水) 02:26:01 ID:hqcjdiQw
>>642

十歳児の一人暮らしは、やはり想像以上に大変なものとなった。

何がって、背丈である。
当然ながら、このアパートの一室は成人の身長を前提としてデザインされた空間だ。
大人が背伸びをして開けるような高さにある戸棚の存在は、136cmのちっちゃな子供をまず第一の挫折に追いやった。

特に不都合したのはキッチン回り。
調理をするのもそう、洗い物をするのもそう。とにかく苦労する身長差の厨房。
(そう、少年はさっそく料理に挑んでいる。冷凍食品やレンチン食品で代用するのは無し。いつかあの人に手料理を馳走する夢があるからだ。)
故に手近なホームセンターで踏み台や脚立を購入したが、これの運搬もまあ本当に大変だった。追加で台車を買う羽目になった。

そして最大の懸念だった、独りでいることの寂しさ。
これが意外や意外、そこまで少年を苛まなかった。少なくとも毎夜、涙を流す事態には至っていない。
彼女と過ごしたあの日から幾許も経っていないのもあるだろうが、それ以外にも少年には胸に心当たる理由があった。うまく言語化はできないが。

と、いうのも。
離れている今も、彼女と繋がっている気がするのだ。
詩的な文学表現だとか、抒情的な錯覚だとか、そういうふわっとしたやつではない。
確かな、はっきりした繋がりを感じる。これが何なのか見当はつかないものの、少年にとっては嬉しい誤算といえた。

「〜〜〜♪」

そんなこんなで、今日も今日とてクッキングタイム。
鍋の中でぐつぐつと煮込まれているのは、夕飯として少年の胃に収まる予定のハヤシライス。極東で生まれたといわれる、ビーフシチューくんの親戚。
固形のルーを煮溶かして作るらくちんタイプなので、初心者でも失敗しにくいはず。
せいぜいちょっと焦げ臭くなるか、具材が不細工になるか、炊飯をしくじるかだろう。ガス栓や火の元に気を付ければ大惨事にはなるまい。多分。

カレーライスに危うげなく成功済なので、今回も問題なく完成する見込み。
ぐるぐる、ぐるぐる。焦げ付かぬようお玉で掻き回すご機嫌な鼻歌少年の耳に──ピンポーン、と、軽快な音が飛び込んだ。

「……?」

この音は──そう、インターフォンだ。
家主の女性が教えてくれていた。確か、来客が訪れたことを知らせるための呼び鈴だったはず。

ということは……あの人への来客?
だとすると、困ったことになる。何故なら彼女は基本的に不在だから。
果たして少年が勝手に対応しても良いものか。仮に対応するとしても、自分のことを何と説明すればいいだろうか。
うーんと唸る少年を急かすように──実際は軽い調子で──ノックが二回。あわわ。とりあえず丁度良い煮加減なのでコンロの火を消しておく。

とりあえず、そろそろと玄関口へスニーク。
ドアには覗き穴があって、訪れてきたのがどんな人なのかを確認できるはずだ。
せめて外見だけでも怪しくないか確認しようとした矢先、今度は女の人の声が扉の向こうから聞こえてきた。
女性の年齢を比べるのは失礼どころの話ではないが、声色から判断するにあの人より年若い。学生の年頃かも知れない。さて、その内容は──。


//次のレスに続きます…! 長くてすみません…!

644【合縁幾円】星明かりの少年:2022/10/05(水) 02:30:02 ID:hqcjdiQw
>>642
>>643のつづき)

「こんばんは。星明りの君。
 君の為に特別サービス。"縁"を持ってきてあげたよ。
 別段、扉を開けてくれても、閉めたまま扉越しにでも僕は構わないけれど。
 ほら、通例として。さ。……あ け て?」

「ぴいっ!?」

直上に飛び上がる。思わず変な声が出た。
この少年、びびりである。本格的な出来でなくても、脅かしの類には盛大に引っ掛かる。
否、それを抜きにしても今の発言には気がかりな点があった。星明かりの君という呼称からして、間違いなく少年を知っている口ぶり。
しかも、まだ誰にも教えていないはずの、あの人に与えてもらった名前を示唆でもするかのような──。

危険だ。開けない方がいい。このまま何も言わず沈黙を貫く。いずれ諦めて、扉の前にいる不審な女性が立ち去るまで。
これでも一人暮らしをする身、正解となる行動は少年にもちゃんと分かっている。
分かっているのだ。分かっているのに。

自分の中にある何かが。
彼がまだ知覚していない何かが。
直感のような、啓示のような何かが告げている。


開けた方がいい。開けるべきだ。
闇を灼き尽くす光でも、光を消し滅ぼす闇でもなく。
星明かりであることを定義めたお前の為の、星照らす標灯となりうる存在が、そこにいる。


「……うう〜〜〜」

怖い。怖いけど、悪意や害意といった気配は感じない。
あとはもう信じるだけだ。内なる声ではない。それに身を託した、自分の選択と判断を。
チェーンを恐る恐る、外す。施錠を解く。扉を開ける。全開にはせず、隙間からちょこっと目を覗かせる。微かに鼻孔を擽るハヤシライスの芳醇な香り。

そしてどんな姿かを確認すれば、そっとドアを開いて招き入れるだろう。
伸び気味の柔らかい白髪、ちょっと潤んだルビーの瞳、そして──古き良き白色の割烹着(子供サイズ)を着こんだ、少年が。


☆ どこで売ってたんだそれ────。(煽り文)

//楽しみにお待ちしておりました! よろしくお願いいたします〜!

645【練氣太極】邪気を操るチンピラ 激残り0絶招残り1 ◆ZkGZ7DovZM:2022/10/05(水) 09:13:43 ID:3FE/7HiY
>>635


 収穫の鎌。

 豊穣の季節に相応しい武器が刈り取ろうとするのは、しかして己の命であり。
 同じ武器(えもの)を持っていようと、その扱いは天と地ほどの差がある。
 力任せに高く振り上げただけの鎌と、蛇のように低い姿勢から跳ね上げられる鎌。

 それらがぶつかり合えば、結果は知れたことで────────


「……痛ェな」


 ・・・・・
 だから当然、鬩ぎあいなどしない。
 釣り竿でも放る、あるいは鍬でも振り下すかのように接近してきた相手の背よりも遠くに刃を振り下ろす。
 当然ながらその身体には大鎌が直撃しているが────それでも、両断には至らない。

 【練氣太極】──「激地」。
 暗黒の瘴気は鎌の刃を防ぐように青年の胴体に集約し、その刃は確かに男の腹にめり込んだものの致命傷を与えてはいない。

 そして青年は────化物の後方に振り下ろした鎌を、自身の後方へと振りぬくようにぐんっっ!! と引いた。
 丁度化物の胴を後方から斜めに両断するような形で。


//し、死ぬほどの亀レスになりしかもここまで連絡もなく申し訳ありません……。
//リアル都合で浮上できず……。新ロールも始まっているようですし、必要であればこのロールは破棄していただいても結構です。
//本当に申し訳ありません……。

646【???】星照らす貴方の為の標灯:2022/10/05(水) 10:05:54 ID:jOPpliZg
>>643-644
ガチャリと扉の施錠が解かれ開けられれば。
ちょっとばつの悪そうに頬をかいて目を逸らす黒髪の女学生らしき姿が其処に。

「あー。開けちゃったかー。
 まあいいか。とある事情で名は名乗れないけど、
 ちょっとだけお邪魔するよ。」

敵意の類いは相変わらず無い。
怪しさだけはぷんぷんと漂っているものの、
その根底にあるものは間違いのない善意。だと。

【勘の鋭い君なら感じ取れるかもしれないね】


「本当は駄目なんだぜ? こういう手合いに扉を開けちゃ。
 不審者なんて勿論の事。
 本物のお化けの類いだって此処じゃ別に珍しくも無いんだからさ。」

ずかずかと相手の居住区に押し入りつつも、
玄関までで留まり入口の戸を閉めて立ったままに切り出す。

「"僕自身"は今回明確に君と"縁"を繋ぐつもりは更々無いけれど。
 君に起こっているであろう変化の説明とそれへの対処法。
 付随して君にとって有用になるだろう出会いへの案内。
 それが今回の訪問に於ける僕の目的かなあ。」

10歳の。否。生まれたばかりの子供に対して。
何の酌量も無い情報の嵐を浴びせかける匿名少女。

【でも君って存外頭悪くはないだろう?】
【もともと全てを理解してもらう必要はないから】
【分かる範囲で反応するといいよ☆】

647【魂狩りの屍皇】〜KillingーNoーLaihu〜 LP:73(+5)/100:2022/10/05(水) 10:27:18 ID:jOPpliZg
>>645

────痛ェな。

【大鎌による腹部負傷により LP+5】

「ふむ。硬いな。」

不愉快さも無く。納得と感心をする様に一言。
刃の通りが悪いと判断するやいなや即座に攻め手を変える。
キックバックの応用で男の胴から勢い良く大鎌を引き抜き。
その勢いそのまま己が後方へ振り下ろされた相手の鎌の柄を蹴り上げる。

扱う技能もまるで無く。
また、柄を大きく放り出した不安定な持ち方で此れに耐えられるかどうか。
そして仮に其れを手放すに至らなかったとしても。
突如として奪った筈の大鎌は意思でも持っているかの如く。
乱暴に男の掌中から暴れ出し大雑把に身体の何処かを切り裂かんと振れる。

「他人の得物なぞ易々と奪うものではないぞ"獣"よ。
 何を仕込まれているのか解らぬような相手では特にな。」

先刻の発言に皮肉を返す様に髑髏の異形は嗤っている。


//同時進行はしょっちゅうやってますので全然、全然
//リアルは優先でそちら様に続ける意思がございましたら
//続けましょう。待ちますゆえ

648【合縁幾円】星明かりの少年:2022/10/05(水) 17:21:13 ID:hqcjdiQw
>>646

果たして、扉の向こうにいたのは──。

(……あれ?)

お化けではなかった。
かといって、不審者という風体でもない。
ただの少女であった。流れるような長い黒髪を腰辺りで結った、学生らしい装い。
目を逸らし頬を掻く姿は、悪戯がばれた子供のよう。そしてやはり、悪意や害意といった負の気色は纏っておらず。

いや、それどころか。
むしろ、そういった敵対的な類とは反対の……。

「あ、わわっ」

と少年が勘付いたところで、まるで遠慮なしに堂々の進入を果たす少女。
いや確かに招き入れはしたけども。お邪魔します的な雰囲気が微塵もない足取りは、ある意味、感心すら抱くものであった。

勢いに圧されて、たたらを踏みながら後退。
しまいには“こういう手合い”に扉を開けてはいけないと当の本人から諫められる始末。
やおら押し寄せた怒涛の展開にショート寸前な脳みそを、ここで負けてはだめだと被りを振って再起動。
一人暮らしをする人間が、押しに弱いなどあってはならない。そんなことでは訪問セールスのカモにされて、素寒貧になるまでむしり取られるのがオチだ。

玄関で止まり、律儀に扉を閉めた少女から切り出されたのは──今回の訪問における、彼女の目的。

「…………!」

やはり、間違いない。
星明かりの君という呼び方といい、この少女は、少年のことを知っている。
ただ知っているだけではない。聞き込みとか調査で得られる常識的な範疇を大きく踏み越えたレベルでだ。
当事者以外、いや多分、自分自身でさえ知らないことまで──もちろん少女の言が偽りでないならばという但し書きがつくが、恐らくその想定は無意味だろう。

いったい何者なんだ、この人は。
自分のことをどうして、どこまで知っているのか。
不快ではないにせよ正体も知れず、疑問も尽きないものの……内なる直感が、この出逢いに重要な意味があることを示唆していたのは事実。
それに身を託すことを決めたのは誰あろう自分。なら、心を決めるのみ。

少年の語彙を遥かに圧倒するボキャブラリー。
その上、逐語的にかみ砕くには速すぎる語り口で繰り出された情報の大波に、イメージと類推を杖に何とか押し流されぬよう食らいつく。
扇のように広がった話題の枝葉を、散逸状態と見なしたまま箇条で理解するのは非効率だ。

見極めるべきは幹。すなわち要点、中心軸。
何から派生しているのか、発生ポイントを抑えれば全体像が浮かんでくる。
家主の女性から山のように教わった一人暮らしに必要な知識を、頭の中で整理する際。そのコツと呼ぶべきものを少年は朧気ながら掴んでいた。

そして、注目したワードは──。


「……"えん"を、つなぐ」


ことさらに強勢を置かれた部分ではなかった。
しかし普通の発声とは微妙なアクセントの違いが、少年の意識を誘っている。
なにより、離れた今もなお不思議なほど強く感じる"あの人"の存在……。何かある、と思わせるには十分な判断材料だった。

649【???】星照らす貴方の為の標灯:2022/10/05(水) 17:56:51 ID:jOPpliZg
>>648

────"えん"を、つなぐ。

「いいね。察しの良い子は好きだよ、割とね。
 "縁を繋ぐ"。それが君の持ってる能力さ。」

異能異形の吹き溜まり。その"あわい"から生れ落ちたという。
この街にあっても相応にイレギュラーな少年。
彼が生きてゆくにあたって必要な知識はまだまだ多いだろうけど。
殊更、ここで生きるに於いて最も重要なそれを教える為に今回は出向いたのだ。

「今の君は身体から黒いもやもやを生み出せる筈なんだけど。
 その自覚はちゃんとあるのかい?
 あー、今は試してみない方がいいかもね。
 どうにもそれは"体に悪いもの"みたいだからさ。
 それに関しては君の"保護者さん"に相談してみるといい。」

今の彼が有する"死神"と呼ばれる異能について軽く説明をする。

「オマケとして大鎌って言う武器を扱う技能も得てるんだけど……。
 この街じゃ、武器にしろ道具にしろ。
 持っている誰かか創れる誰かから譲って貰う以外に入手する方法は無いからさ。
 しばらくは有って無いようなものって考えるべきだろうね。」

嘗てない未知の存在を目の前に。興味深そうに、面白そうに。
軽薄にも思える微笑を浮かべて、彼が本来"知っているべき"情報をつらつらと語る。

「君はね。仲良くなった人や戦った人。
 そういう人達の異能力を真似する事ができる能力者なんだよ。」

無より生を受け。そして在り方(なまえ)を授かった。
そんなあの日の出会いは彼の物語にとってのプロローグであり。
そして今、目の前に唐突に降って湧いたそれは言わばチュートリアル。

650【合縁幾円】星明かりの少年:2022/10/06(木) 02:08:30 ID:8xT4e.Ig
>>649

"縁を繋ぐ"──それが、君の持っている能力。

最初、少年にはその言葉が咀嚼できなかった。
縁を繋ぐという行為と、能力という単語。この連結をどう解釈すべきか分からない。
能力、のうりょく。何かを為遂げる力のこと。つまり、縁を繋ぐスキルってことなのだろうか。誰かと仲良しになるのが上手いってこと?
これまで綱渡りながらも途切れず続いた理解が、ここに来て初の断線。混乱に見舞われる。

陥った理由は至極単純。
少年は生まれてから現在に至るまで──この世界における『能力』という概念を、知る機会がなかったからだ。
続いて矢継ぎ早に伝えられる情報も、あまさず常識の域を逸脱した内容ばかり。

身体から黒いもやもやを生み出せる?
それは"身体に悪いもの"で、オマケに大鎌って言う武器を扱う技能も得ている?
仲良くなった人や戦った人のイノウリョクを真似する事ができる能力者?

ちんぷんかんぷんだ。
前提をすっ飛ばした瀑布のような"わけのわからないもの"の殺到に、よろめいて目を回しそうになる。斟酌、酌量というものをまるで欠いていた。
膝を折って目線を合わせ、噛み砕いて教えてくれた"あの人"とは180度と言っていい違い。
少なくとも、生まれたて十歳児が理解できる難易度ではなく。

もう一度あたまから、わかりやすく言い換えてほしい。
そんなお願いをしようとした少年は、眼前で質量のない薄笑いを浮かべる少女を見上げて……。

(…………むむむ。)

思い、留まった。
この少女は、少年を知っている。ほぼ知悉と表現できるレベルで。
星明かりの君という呼称から、"あの人"と二人きりで交わした会話の内容まで丸々筒抜けだ。
で、あれば。彼が現時点で知り及んでいる情報量は把握されていてもおかしくない。当然、『能力』という語を解釈する上で生じる齟齬に戸惑うのも含めて。

考えすぎかも知れない。
というか、絶対考えすぎだと思う。思うけど──。

もし、この状況が意図して設けられたなら。
わかりやすく言い換えてくれ、などというお願いは、趣旨を理解していないのと同義だ。
とどのつまり、スペックを試されている可能性はないだろうか。例えば理解不能なワードの推測力だとか、単純に膨大な情報の処理能力だとか。

……。…………。
やっぱり、考えすぎな気がする。
でも、完全に切り捨てるには、少女の瞳に浮かぶ好奇の色が気になったから。
もしそうではなかったとしても。ここで諦めて白旗を振るというのは、何というか、かっこ悪い。だから、自分にできる全てのことをやり尽くしてからにしよう。

ひとまず疑問は脇に置いておく。
伝えられた情報が全て真実であると措定して、仮説を組み立てる。
部品としての言葉の意味、それが有機性を持ったときの文脈的な役回りの分析と考察。大丈夫、時間はそうかからない。


「……"のうりょく"っていう、のは」

数秒後。ぽつりと呟くようにして発したその言葉は、質問ではなく。

「……なにか、ふつうじゃないことをおこす、ちからのことで」

少女の言葉から導き出した、自分なりの推論。その発表だ。

「"くろいもやもや"は、"おねえさん"のちから。ぼくがおねえさんと、"えん"をつないで、ぼくにもつかえるようになった」

思考を回せ。少女が口にした言葉を、理解不能と投げうつな。

「だれとでも、"えん"をつなげるわけじゃない。さっきあなたは、ぼくと"えん"をつなぐつもりはない、っていってたから」

確かな根拠に基づいて、説明可能な筋道を通って推測を行え。

「たぶん、あいてのひとが、"いいよ"ってしないと、"えん"はつなげない」

そして──透き通ったルビーの瞳を、微笑へと真っ直ぐに向けて。

「……あなたは、しりたいことを、しれる、"のうりょくしゃ"? しりたくないことも、しってしまう、"のうりょくしゃ"?」


疑問形なのは、少女本人が能力者でない場合を加味した言い回し。
〝知りたいことを知れる、あるいは知りたくないことも知ってしまう〟とは、何とも単純で大雑把な表現だが。
しかし、そこまでのスケールでなければ、第三者不在の会話や、自身さえ未だ知覚していない己の能力を把握していることの説明が少年にはできそうになかった。
或いは能力に対する知見が少ない故、他の可能性に思い至れなかったのもあるだろう。

651【???】星照らす貴方の為の標灯:2022/10/06(木) 11:59:36 ID:.44yKeh.
>>650
たどたどしくも紡がれる少年の推論。

「経験も実感もなしにそれだけ想像を回せるなら充分かな。
 うん。君にはなまるをあげよう。
 でも僕の能力については今はナイショ。
 だって君と僕とは"お互いに名前も知らない赤の他人"、だろ?」

少なくとも少女の側は少年の名前も含めて色々と知っているのは明白。
その上でこう言っている以上、そういう事にしておけ。
というある種の忠告なのだろう。

「ここまでの話で一番重要な事はね。
 "君は君自身の能力でおねえさんの能力を手に入れた"ってこと。
 それをちゃんとおねえさんに次に会った時に伝えること。だよ。」

へらへらとした薄笑いの下に、
彼女には彼女なりの考えを持っていてこんな事をやっているのだろう。
それが何なのかは今の少年には察しようも無いだろうけれど。

「それじゃ、次のステップに進もうか。
 君には早速、異能力の何たるかを経験して実感して貰うとしよう。」

そう言って少女は少年の額を指さす。

「君は『最低限一人になっても生きて行ける力』が欲しいかい?」

精神感応の力によって貴方の脳裏に狐耳の幼い金髪少女。
そんな靄がかった曖昧なイメージが浮かび上がる。

「それとも『最低限一人でも戦える力』が欲しいかい?」

次いで現れる両手に剣を携えた真っ黒な姿の少年のイメージ。

「さあ。選んで。」


【これは次の展開を左右する重要な質問だからね】
【しっかり考えて選んで貰いたい所だね】

652【合縁幾円】星明かりの少年:2022/10/07(金) 02:53:07 ID:eupnskJk
>>651

君に"はなまる"をあげよう。
少年が導き出した推論に、少女は採点を示す言葉でもって応えた。
やっぱり何らかのテストだったのだろうか……? だとしても、一体何を試験するものだったのか。
結果如何で、なにが変わったのか。もしもの未来を観測することなどできない少年は、ただ残された疑問符に首をかしげるのみ。

さらに意識を引いたのは、続く言葉。
彼女が自身の能力を秘した後に述べた、"お互いに名前も知らない赤の他人"。
際立たせるように込められたニュアンスは念押しや忠告で、背後に何かしらの事情があることを窺わせた。

能力の性質や少女にまつわる内的理由か。
それとも、それらを取り巻く周辺の要素に起因する外的理由か。
いずれにせよ"今はナイショ"ということは、現時点においては少女と"縁"を結ばないでいた方が良いのだろう。
悪意や害意が無い、むしろ善意をもって言っているなら、少年を慮っての行為かも知れない。ならば食い下がるのは無思慮というものだ。

そして少女が繰り返した、一番重要であるという部分。
少年が彼自身の能力で、"あの人"の能力を手に入れたということ。
その事実を、次に逢った時"あの人"にちゃんと伝えるということ。
前者は、自身が持つ能力の把握と自覚。後者は、信頼できる大人との情報共有。確かに大事なことだ、少年は素直に頷く。

(…………)

そう、素直に。

怪しい。胡散臭い。信用できない。
そう訝しまれておかしくない雰囲気を全身で醸す、眼前の少女。
常識的に判断するなら力いっぱい警戒しなければならないこの相手を、なぜか少年は拒否感なく受け入れていた。
理由は自身でも判然としない。軽薄だが質量のない笑みに少し既視感を覚えたからか。あるいは、その瞳の奥から覗く光が自分とよく似た──。

────。いや。
少年は何かに辿り着こうとした直感を打ち切る。
さっき少女も言っていた。"今は赤の他人"。例え口に出さぬ洞察でも必要以上に踏み込むべきではない。
"縁"を繋ぐ時は、きっと彼女がそうすべきと思ったタイミングだ。暗闇を暴かずそのまま寄り添えるのが星明かりなら、彼女の意思を尊重しよう。


以上で、最初のステップは終了。
次なるステップは、少年が推測と想像で補った『能力』という概念に対する認識の体感的補正。
すなわち、経験と実感による実体験である。
十歳児相手でも気を抜けば置き去りにされそうな速さで突き進む展開は、彼女の気質か、それとも寸毫の猶予も惜しいゆえか。


//すみません、次レスに続きます…!

653【合縁幾円】星明かりの少年:2022/10/07(金) 03:05:40 ID:eupnskJk
>>651
>>652のつづき)

照準を定めるように、少女の指先が、少年の額へ。
瞬間──暗幕を取り払ったように忽然と、脳内で結ばれる人物の像が一つ。次いでもう一つ。

「────!?」

言葉を失う。驚愕を禁じ得ない。

少女が口頭で示した選択肢と出現が同期していたことから、偶然的な現象ではないだろう。
これが能力、あるいは異能力と呼ばれるチカラなのか!
普通ではないことを起こす力、という少年の推論への答え合わせと同時に、物理的な垣根に囚われぬタイプが存在する事実の示唆。
出くわした未知の能力を分析・考察しなければならない時のために、頭にあった方がいい情報だ。しっかり覚えておく。

少女が提示した選択肢と、脳内に投映したイメージは二つ。
一つは、『最低限一人になっても生きて行ける力』──狐のような獣耳を生やした幼い少女。
一つは、『最低限一人でも戦える力』──双剣を両の手に握る黒ずくめの少年。

「…………」

二つ目の像が携える、その重く、鈍い双つの煌めき。
解像度が低くとも容易に想像がつくそれに。

ああ、やっぱり。
何となく察しはついていた。
少女が先程、"大鎌"などという剣呑極まる武器の技能について話していた時から。
否、"あの人"とショッピングモールへ向かう道中、視界の端に巨大な剣を背負った戦士を認めた時には、薄々ながらも既に。

意識せず、それについて発言を避けた。
だが、こうして目前に選択肢として出されてしまったら、もう目を逸らせない。


この世界には──時に、"戦う"状況が発生するのだ。
安全性を担保するルールに基づかない、試合やゲームではなく正真正銘の。生を奪い合い、死を与え合う戦いが。


"あの人"のセーフハウスで快適とはいかずとも平穏無事な生活を送っている現状からすれば、とても信じがたいことだった。
でも、短く酌量なく、有無を言わせず選択を迫るその声に、悪戯めいた色はない。
そのことが、何よりも真実性を印象付けた。

できれば、"あの人"と相談をしてから決めたい。
だが最初からそれを許す気ならば、恐らく既に通達されている。
今は"縁"を結ぶ気はないと言った以上、近いうちの再訪を期待するのは見込み薄と言わざるを得ず。
したがって、決断は今この瞬間しかできない。そう認識した方が良さそうだ。

以上を踏まえた上で。
一人になっても生きて行ける力と、一人でも戦える力。
どっちが欲しいか、すなわち、どっちが今の少年にとって必要かと問われれば──。

(────どっちも、ひつようだ)

当然の帰結。
もし、この世界を生きる上で戦いを避けられないのなら。
"あの人"が常に行動を共にすることができない以上、一人でも戦える力は絶対的に必要だ。
外出時、何かに巻き込まれたら。そうでなくとも、この一室が安全を確実に保障できないことを目の前の存在が示唆している。

と、同時に。
"あの人"の用意してくれた住居や資金に頼り切っている現状。
それに一生甘えているだけ、という訳にもいかない。忍びないのもそうだし、経済的な限界が来た時に何もできないのだから。
一人でも生きていける力を身に着ければ、彼女の助けにもなるだろう。まず足手まといにはならないはず。

そんなことはきっと、少女も承知の上。
選べというのは順番の問題なのか、どっちも融通してやるつもりはないのか。
そこまでは流石に分からなかったものの、いずれにせよ両取りはできないというならば、彼が選択するべきは──。


「ひとりでも……。…………ひとりになっても、いきていける、ちから」


判断基準はいくつかある。
まず、これを逃すと出逢える機会がより少なそうなのはどちらか。
街中で武器を佩いた人物は何度か目にしたが、獣耳をしている者というのは一度として見なかったはず。
もちろん、黒ずくめの少年に特殊な事情があった場合、その限りではないのだが。

二つ目。一人になっても生きていける、という表現。
戦いが起こる世界で"一人になっても生きていける"のなら、相応の自衛する術も学べると考えた。
それに慮外の難事に見舞われて"あの人"と離れ離れになったとしても、これなら再会するまで命を繋ぐことはできるだろう。
戦闘力は確かに必要だが、まず前提として生存力が先立っていなければならない。

最後は、やはり"あの人"の存在。
少年がもし剣を選んだとして、彼女がどんな顔をするのか気になった。
確証はないけど、応援してくれるかも知れないけど。……多分、悲しませることの方が多くなる、と思ったから。

654【???】→【気贄仙狐】:2022/10/07(金) 17:45:35 ID:SKAJ2.Fk
>>652-653

────ひとりでも……。…………ひとりになっても、いきていける、ちから。


少年の心の内での逡巡、判断。全てを観てにこりと頷く。

「オーケー。君の選択は了承したよ。
 そしたら明日の夕暮れ時にここの公園へ向かうといい。」

そして赤いマーカーで丸の書かれた地図の切れ端を手渡すだろう。
このアパートからそう遠くない近所の公園がそこに記されている。

「じゃあ。僕の干渉はここまでかな。
 ここから先はちゃんと君の物語として紡いでいくんだよ。」

少女はもう、この場に用は無いと、早々に玄関を開けて背を向けてしまっている。

「もし、僕との"縁"を繋ぎたいって思うなら。
 他者(ひと)の心の内なんて簡単に読み取れるくらいに強くなってから探しにおいで。
 ……その時はもっと色々と教えてあげる。」

最後に一度振り返り、まるで脅しつけているかの様な。
心底に意地悪そうな微笑みだけを返して颯爽と夜闇へ消えていった。
名前も理由も何一つ語らずに、新たな"縁"への手掛かりだけを残して。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


翌日の夕暮れ時。指示された公園へと足を運んだのなら。
鉄棒の上に高下駄で片足立ちして微動だにせず、
奇妙な瞑想の様な何かをしている狐耳娘の姿が否応にも目に入るだろう。
彼女と貴方以外には誰も其処に居ないとは言えど馬鹿目立ちである。
昨日のイメージと照らし合わせなくても分かるはずだ。"コイツだ!"、と。


//場面転換&連戦(?)です。よろしくお願いします。

655【練氣太極】邪気を操るチンピラ 激残り0絶招残り1 ◆ZkGZ7DovZM:2022/10/08(土) 11:08:40 ID:JimomDN6
>>647


(こいつ、強────────ッッッ!!!)


 獣なりに知恵を巡らせたはずの攻撃は、卓越した技術の前に無力だった。
 相手の手にある大鎌は容易く引き抜かれ、己の手に獲た大鎌も軽く打ち払われる。
 その強烈な振動に衝撃を受け、迷わず今度はそれを手放そうとして……その時だった。

 突如として奪った筈の大鎌は意思でも持っているかの如く、斬!!! と触れる。


「「豪天」ッ!!」


 両の手掌に凝縮させた闇。それを前方に向けて放出し、反動を利用して全力で下がる。
 大鎌の刃は宙を裂くにとどまり、追撃がなければ青年は一度息を整えなおすだろう。


「ああ、その通りかもな────だが、俺に指図すんな」


 手玉に取られるような戦況に苛立ちながら、それでも青年の眼光は鋭い。

656【魂狩りの屍皇】〜KillingーNoーLaihu〜 LP:73(+5)/100:2022/10/08(土) 12:00:10 ID:tqCYSBGM
>>655
憑霊の大鎌による不意打ちも邪気の放出移動によって寸で躱し、
距離を開けて呼吸を整えなおす男に。
異形は追撃をいれるでもなく、
宙を回転しながら留まる鎌の傍らで手中の大鎌を構え佇んでいた。
慢心だろうか? まるで相手の体勢が整うのを待つかの様に。

「指図では無い。単なる指摘だ。
 余が勝手に口にしているだけであり、
 貴様がそれを聞き入れねばならぬ道理は無い。」

くつくつと嗤う髑髏頭。

「如何に刃が通らぬ程に硬くあろうとも。
 双方向からの挟撃で削り落して行けばどうにでもなりそうだ。
 獣。お前の全てはこれだけか?
 それともまだ穿ちぬくべき奥の手を磨き澄ましておるか?」

戦闘狂と呼ぶ程に狂ってこそいないのだろうが。
狩りと呈して戦いを愉しむ程にはこれにとって其れが掛け替えの利かない価値なのだろう。

「案ずるな。貴様が思う以上には余も消耗しておる。
 痛痒の度合いで言えば五分と言った所よ。
 故に。続けようぞ。」

宙の大鎌の柄に手を添えて、勢いを乗せて投擲。
回転飛来する大鎌はブーメランの如くに弧を描く軌道で男の背後へ回ろうと迫る。
それに対を成す様に大鎌を構えた異形は挟み撃ちを狙って猛接近を試みる。

657【合縁幾円】星明かりの少年:2022/10/08(土) 18:19:40 ID:M6pTd7xs
>>654

ここに選択は為された。
少女はそれを笑顔と首肯で迎え、少年に新たなる道しるべを示す。

明日の夕暮れ時、ここの公園へ向かうといい。
そんな指示と共に差し出された、切り離されたような紙の一片。
おずおずと受け取り、そっと紙上へ目を落とす。印刷されていたのは、少年が借り暮らしするアパートの近辺を描いた地図。
赤マーカーで丸く目印された場所には公園の文字。なるほど、ここで次なる出逢いが待つということらしい。

夕刻という指定。
子どもが行動するには少し不安な時間帯だ。
狐耳少女の行動パターンゆえか、それとも然るべき準備をせよという暗示か。
或いは、その両方。どれにせよ考えつく限りのそなえはしておこう。一応、何が起きたしても無策であたふたしないように。

僕の干渉はここまで。
頭上からの言葉に視線を戻すと、少女は既にさっさと背を向けていた。
ほぼ最小限といえる言葉数と接触時間。この場では少年と"縁"を繋がないという姿勢の現れ。
胸をよぎる寂しさに嘘はつけないが、今は蓋をしよう。ここから先は少年の物語として紡いでいけという言葉に、こくりと頷く。

そうして、ある夜の奇妙な邂逅は幕を閉じる。
緞帳(とびら)が完全に閉まる寸前、最後の締めくくりに少女は意地の悪い微笑で振り返ると、脅かすように告げた内容は──。


「もし、僕との"縁"を繋ぎたいって思うなら。
 他者(ひと)の心の内なんて簡単に読み取れるくらいに強くなってから探しにおいで。
 ……その時はもっと色々と教えてあげる。」

「────!」


生まれたての坊やには、まだ早い。
仄かに香らされた少女という存在と、有する能力の片鱗。
〝強くなってから〟。その字面は、今の少年では力不足であるという手痛い指摘を孕んでいて。
しかし同時に、彼の身──否、心を慮る意図を感じさせた。果たして考えすぎの類に過ぎない空想だろうか、それとも……。

少女の後ろ姿を遮るように、扉がゆっくりと閉じていく。
突然身に降りかかった新情報の洪水は、多くの未解明を少年という土壌に残した。
結局、正体と目的は何だったのか。自身でさえ何も分からない少年のことを、果たして何処まで知り及んでいるのか。

そして……。
顔面に浮かんだ軽薄な笑みに何故、質量を感じなかったのか。
謎めく瞳の奥に垣間見た光を、少年と同一でこそないが、ひどく似ていると感じた理由は何だったのか。

分からない。分からないことだらけだ。
困惑と混乱に揺れる宙吊りの心。それでも、一つ確かだと信じられることがある。

脅かされたし、意地悪もされた。
十歳の理解力を平気で越える難度の情報量を浴びせてきた。
でも、その根底にあったのは悪意や害意ではなく、きっと少女なりの善意であったこと。
珍しい存在を観察する好奇の眼差しには、少年を慮り、見守るような温かさも同時に内在していた。そのはずだと思ったから。

扉が完全に閉じられる直前、体重でこじ開けた。
手遅れになる前に、この邂逅(ロール)が完全に終わってしまう前に、冷え切った秋の夜気へと靴下のまま飛び出す。

役目を終えた標灯の如く。
夜闇に溶け消えていく少女の背中へ。
名前を呼ぶことも、何かをあげることもできなかった彼女へ。
せめてこれぐらいは許されでもいいだろうと、少年は近隣の皆さんに心中で謝って、大きく声を張り上げた。

「────ありがとうございました!!」

頭を下げて、一礼。
再会の日は曲がり角の先か、霞む遠景の先か。
もし訪れたその時には、少しは口が滑りたくなる。そんな今より成長した姿を。
星が誕生する兆しに胸躍らせる、夜空のような輝きを瞳に宿し。少女が夜の向こうへ去り行くのを、最後まで見届けたのだった。


//すみません、次レスに続きます…!

658【合縁幾円】星明かりの少年:2022/10/08(土) 18:28:21 ID:M6pTd7xs
>>654
>>657のつづき)

暮れを惜しむように、蝉が鳴く──時期は流石に過ぎていた。

が、それ以外はあの時とほとんど同じ。
斜陽を背にして影絵と化す景色も、伸びる影のように心へ落とす物寂しさと不安も。
秋の中頃。釣瓶のように夕陽が地平へすとんと落ちるこの季節は、夜の帳を早く早くと手を引くように誘う。世界は今、黄昏であった。

指示された通り、少年はこの公園へ足を運ぶ。
あの日のように白い襤褸布を外套代わりに羽織った姿で。ただ、今度はちゃんと秋用の子供服を着こんでいる。それが普通である。
背中にはリュックサック。……リュックサック。取りあえず色々思いつくだけ詰め込んだらしい。
少し足取りがよたついているが、一体何が入っているのやら。

公園を取り囲む緑の垣根から、そっと顔を覗かせて敷地の中を確認。
茜色の自然光にライトアップされた親子の遊びと憩いの場。当然ながらこの時間は人気もない。これも、あの日と同じ。

一つだけ人影があった。
幼い背丈、白布をふんだんに用いた和風の装束。
二つの黄金色をした獣耳を頭部に持つ少女が、鉄棒の上で微動せず片足立ちしていた。
幻想的な容貌といい、鮮やかな夕景の世界といい、まるで別の異世界に迷い込んでしまったような気がする。

──間違いない。
一応、脳内に伝えられたイメージと照合。寸分違わない。
さあどうやって話しかけようか。そも、事前に話は通っているのだろうか。うーんと今度の行動案を唸って……。


…………うん? 鉄棒の上で片足立ち??


もう一回、敷地内を確認する。やってる。
念のため、目を擦って再確認。やっぱやってる。
しかも普通の靴じゃない。バランスを取りにくそうな歯の長い木製の履物だ。
え、何だあれは。何をしてるんだ。めっちゃ集中してる。すごいことしてるのは分かる、分かるけど。何なんだあれ。

脳内でわさわさ増殖していく疑問符。
これ大丈夫かと猛烈に不安が湧き上がるが、標灯の少女がせっかく繋いでくれた"縁"。
ビビッて燕の如くUターン帰宅さよならバイバイする選択肢は有り得ない。男の子なのだ。心を強くもって突貫あるのみ!

勇気をもって公園内にステップ・イン。
ただし集中を乱さないよう、そろりそろりと物音立てず。息を潜めて慎重に。

────と、何かに触れてしまう感覚。

実体的な触感ではない。
ないが、強いて例えるとするならば、凪いだ湖面に足を着いた時のようなそれ。
張り詰めた空間に入りにくかったが故の、気のせいだろうか。
波紋を立ててしまったと、そんな錯覚をおぼえて──声や音なくとも狐耳少女は自分の存在に気付くかも知れない。そう予感した。

659【気贄仙狐】万象の気を喰らう狐@wiki:2022/10/08(土) 19:20:06 ID:tqCYSBGM
>>657-658
夕暮れ。"逢魔が時"とも人は言うらしい。
なるほど昼でも無く夜でも無く。
一日に僅かばかりしか存在しない境界の時間というのは。
"こちら側"の住人を自然と引き寄せる様な魔性を帯びていた。

(暇じゃのーーー〜ぅ)

誰も居ない公園の鉄棒の上に片足立ちで均衡をとって瞑想。
修行半分。暇つぶし半分といった具合に浮世離れの形態を成していた。
小柄な狐の高い身体能力は膂力よりも素早さや精密性に傾いており。
それこそ片手間ぐらいの感覚で珍妙な体制を維持している。

ふと、瞑想の水面を揺らす気配があった。
凡そ300年(本人談。実態は239年。)気を喰らって生きてきた仙狐であるが故の、
生物種としての機能。感覚。
即ち、"気"という不可視の力場を感知する器官。
それがこの場への侵入者の存在を告げる。

ちろ、と見やれば襤褸外套に荷物を背負った白い子供の姿がある。

「そこな童(わっぱ)。妾に何の用じゃ?」

相手は恐らく人間の子供なので。いや、多少に違和は覚える気もするが。
100年は先を生きる偉大なる仙狐として威厳ある声色で問う。

そして思う。人恋しくて山奥から人界の遊び場まで来たと言うのに。
だぁーれも居なかったから独り寂しく瞑想していた事。
せめて日が沈むまでくらいは誰かと話したい。遊びたい。
だから。にぃっと不敵に微笑み。高く高く鉄棒を蹴って飛び跳ねる。
月面跳びを思わせる程、軽やかに、悠然と宙を舞い。

ぱん。と空気の爆ぜる音が響く。

瞬間。空中にいた筈のその姿は掻き消えており、
気が付けば狐は少年の背後を取る様に地面に着地していた。

「袖振り合うも他生の縁。じゃったか?
 童(わっぱ)。妾と少しばかり遊べ。」

ざわざわと張り詰めた"気"は、
拒否権は無いぞ。と言外に伝えている。

何故あの少女はあそこまで容赦も無く一方的な態度だったのか。
詰まる所この街には相手の出自や外見を気に留めて接してくれる者ばかりではないのだと。
昨日のあの時点から伝え教えていたのだ。

660【練氣太極】邪気を操るチンピラ 激残り0絶招残り1 ◆ZkGZ7DovZM:2022/10/08(土) 20:27:36 ID:JimomDN6
>>656


『案ずるな。貴様が思う以上には余も消耗しておる。
 痛痒の度合いで言えば五分と言った所よ。
 故に。続けようぞ。』


「そういう物言いが、俺には死ぬほどムカつくって言ってんだ……!」


 慢心、あるいは余裕。そうでなければ、闘いに対する姿勢。
 髑髏の異形が単に楽しんでいるだけにしろ、己が優位に立てない状況を青年は嫌う。
 嬲ることも、殺すことも、嗤うことも────己だけの権利だと喚くように。


「残念だが────直ぐに終わるぞ」


 弧を描く軌道で鎌の一つが己の後方に回る。
 先刻口にした通り、挟撃で少しずつ消耗させていくつもりか、と青年は判断する。
 大方軌道は目前に迫る化物の思う儘、回避しようとしたところで上手くはいくまい。

 ならば、と青年は、猛然と迫る髑髏に向けて両の掌を合わせて突き出す。


「 爆 ぜ ろ ! 」


 【練氣太極】──「絶招天」。
 直径50cm強の暗黒の気弾────それも、直撃すれば一撃でもって致命となりうる衝撃。
 防御と回避をかなぐり捨てて、それを目の前の敵対者に向けて放つ。

 極めて直線的な軌道のソレは、相手にとっては容易く躱し得るものだろうが。
 青年の紅い眼光を追うがごとく、ただ一度だが────相手の回避に追従するはずだ。

661【魂狩りの屍皇】〜KillingーNoーLaihu〜 LP:28/100:2022/10/08(土) 21:26:05 ID:tqCYSBGM
────残念だが────直ぐに終わるぞ。

今までに無い規模の邪気弾を必殺が如き勢いに放つ男。
異形が先ず思った事は。やはり、であった。
やはりまだ奥の手は晒さずにいたのだ。
あとどの程度の残弾があるかは知れぬが、
あれこそ此方を屠り去らんと放った最上に等しい一手。

故に先ずは接近を取りやめ大きく回り込み回避をしようとして。
────それが此方の動きに追従している事に気付く。
回避を許さず、確実に殺すという気概の元に放たれた一撃にあれば。
迎え撃つ他に手は無いのだ。
故に遠隔で操作する大鎌の追従すらも打ち切った。
余計な横槍でこの戦い(カリ)に水を差される事を厭った。

「クク。カカカカカッ!!
 良い。良かろう。術比べ、力比べと往こうではないか!」

【火術────カガツツオゴロア LP-50】

大笑を響かせながら掌から凄まじい熱量を秘めた火球を放ち、
暗黒弾へとぶつけ合わせたのだ。

衝撃。閃光。大轟音。次いで熱風。
劣化した路地裏のあちこちに亀裂を走らせながら、
強大な力の塊の衝突の顛末が一帯を覆う。

火炎波に外套の裾を灼き焦がされながらも。
焦熱が這う灰色の石路に死神が佇む。

其れは別段に奢り昂ぶり、優位性に酔っている訳では無いのだ。
只々。生まれついての在り方が異なる。
それ故に嗤い。それ故に愉しみ。
塵山の王者の矜持たるものをこれでもかと踏み躙る。

「素晴らしい価値だ。
 その魂、ここで狩り取る事も惜しい程に。
 さあどうだ? 次弾はあるか。
 もう一度使えば次こそは殺せるかも知れぬぞ?
 無いのなら良い。余は去ろう。充分に満足した。」

勝手に現れ。勝手に暴れ。終いぞ勝手に満足して去り行く。
人外とは。災厄とはその様なモノだ。
尤も命を賭してもここで仕留める、と覚悟を示すのであれば。
此れもまた足を踏み留めるやもしれないが。

事実此れにとっても消耗の激しい大技の直後なのだ。
刺し違える、勝ちを拾う可能性とて当然の様に存在するだろう。

今、天秤の上には命と誇りとが掛けられようとしていた。

662【合縁幾円】星明かりの少年:2022/10/10(月) 18:31:46 ID:uXiY5M4A
>>659

「そこな童。妾に何の用じゃ?」
「────っ!」

やはり気づかれた。
思わず一歩目を踏み出した状態のまま、姿勢を静止する。
まるで、こちらを振り返った鬼の見ているまえで動いたら捕まってしまう、子どもがよくやる遊びのように。
少年を縫い止めたのは狐耳の少女が発した、容貌に不相応なほど落ち着いた声だった。

声色こそ幼い少女のそれ。
だが受ける印象は成人や老人──どころか、最早ヒトであるかどうか。
むしろ苔むした大岩。樹齢を重ねた巨木。霊境に鎮座する古神社。人界の尺度では到底測り切れない、そんな底知れぬ存在感。

否、あるいは、本当に。
ヒトではない存在が、ヒトの似姿をとったような。
そう半ば確信めいて思わせるほどの、別種で別格な異質の異常。
要は、圧倒されているのだ。なまじ直感が鋭い故に、この狐耳の少女から滲みだす超越性に対して特大の感受性を発揮してしまっている。

指先とて動かせない。
空唾を飲む喉は、乾ききって呻きすら鳴らせない。
暗みをゆっくり塗り重ねる茜色の公園。時が止まったような錯覚。虫の鳴き声一つしない、不気味なほどの静寂。

それを破ったのは狐耳の少女。
悪巧みを思いついたかのような、不敵な弧の月を口元に──瞬間、体躯が跳ねた。

「っ!!」

寸刻遅れて身体の制御を反射的に取り戻す。
見上げればおよそ人間の、ましてや子供の足筋では有り得ない高度に少女の姿。
一人だけ月面の重力で躍るように。背面を反って鮮やかに宙を返る光景は、この目で見てなお現実のものとは思えない。
が、直後。更なる驚愕の事態が、瞠目する少年に襲い掛かった。

破裂音。同時、少女の姿が視界から消滅する。

「え───ッ!?」

そんな。
そんな、馬鹿な。
いきなり煙のように消えてのけるなんて、できるわけない!
普通では絶対にありえないはず──待てよ。そうだ、これは、普通じゃないんだ。つまり『能力』による超常現象。

瞬間移動。
否、あの破裂音は空気の立てたもの。
おそらく空気を何らかの形で利用した物理的な移動手段か。
移動先は何処だ。目標をサーチ。前方、姿なし。地上、影なし。なら、後方。後ろだ──!

果たして少年が振り向くと、答え合わせのように狐耳の少女が立っていた。
傾ぐ夕陽を背負う逆光のシルエット。
全身から漂う尋常ならざる気配、まさしく妖。怪異。化生化外。境を渡って異界より来る鬼(もの)に他ならない。
鏡のように向き合う少年はしかし、息遣い荒く、哀れにも小刻み震えている。俯いた顔は窺い知れず、ゆえに浮かんだ表情は判じえないが。

怯えるように。慄くように。
大気に張り詰める何かが騒めき、少年に道連れを宣告する。
スピーカーからひび割れた童謡の旋律。子供に帰路を促すそれが、異界のような公園に虚しく響き渡った。

そう、これが超越者。
出遭ってしまった不運な人間は、文字通り命運を握られる。
性差も年齢も、出自も外見も、酌んでやるべき事情や理由など毛先一つありはしない。
したがってこの先、少年の自由になる未来などなく。ただできることは、俯いたままの絶望に彩られた顔を上げることだけ──。

「(きらきらきらきら)」

絶望に……。

「(きらきらきらきら)」

彩られた、顔を……。

「すごい(きらきらきらきら)」

輝いていた。
目が、めっちゃ輝いていた。
ルビーの瞳の奥に広がる銀河系が凄まじい光を放っていた。
鼻息荒く震える様子は興奮のそれで、つまり恐怖でもなければ絶望でもなく、一言でいえば尊敬の眼差しなのだった。

「どうやったの!? "ぱん"ってして、きえたやつ! すごい! ぼくでもできる!?」

ずだだだだだ!!
足元がよろつくほどの大荷物を背負っているとは思えない、爆裂猛ダッシュで少女に詰め寄る十歳児。
このノリは、あれだ。有名人とかスターに対してファンがやるやつ。
警戒心の類が微塵も見られない様子は、狐少女に悪意や害意がないことを確信しているのか、はたまたテンションぶち上がったお子様だからか。


突き放すか、受け入れるか──どう対応するかは、あなた次第だ!!!

663【気贄仙狐】万象の気を喰らう狐@wiki:2022/10/12(水) 17:49:04 ID:FzqDtiJU
>>662
三百年の仙狐の威厳を台無しにする様なきらきら目線に何と返すか?
そんなもの当然────。

「そうじゃろ、そうじゃろ! 凄かろう!
 妾は300年を生きた仙道の狐、ヒナゲシであるゆえの!
 かっかっか! 今のは妾の鍛え抜かれた体捌きと、
 気を喰らい操る仙法の組み合わせの妙技ゆえよ。
 お主の様な童にゃ100年早いわ。」

ふんぞり返って超上機嫌。
長命種ゆえか只の獣から仙域の者へ転じたがゆえか。
200余年の時を経てなお精神性がキッズそのもの。
ちやほやと褒めそやされれば調子に乗るのだ。

遅ればせて解説しよう!
先程の移動術、別に"瞬間移動"まではしていない。
まだまだ実戦での高速機動戦に慣れていないであろう子供の視界を、
水と風の気で作った霞で眩ませてから普段の空中移動をした。
嗚。それだけなのである!

「見ておれ。こんな事も出来る。」

指で輪っかを作り息を吹きこむ動作の後、
何処からとなく大きなシャボン玉が発生する。

「仙法、泡蹴鞠。この様に。」

その泡玉に容赦のない上段蹴り上げを見舞う狐。

「蹴ったり殴った程度では割れもせんのじゃ。凄かろう。」

蹴られた泡は風船の様に上空へ昇って行き、
やがて推進を失ってふよふよとゆっくり落っこちてくるだろう。

664【合縁幾円】星明かりの少年:2022/10/13(木) 18:26:45 ID:MQwPhEKQ
>>663

ピアノ線のような緊張感は、ハイテンションなお目めきらきら少年によって引きちぎられた。
なお、辛うじて生き残った数本は狐少女が消し炭にした。


「すごーーーーーーい!!✨✨」

300年(61年サバ読み)生きただの、仙道の狐だの。
俄かには、いや俄かでなくとも信じがたい情報を明け透けなんてもんじゃないレベルでばりばり口にしまくる少女。
普段ならいくらかの思惟を挟むほどには、常識という通念に多少の心得がある十歳児。
だが、今この時だけは何故か、一切の疑念が見受けられなかった。それどころか全力で真に受けて両目を更にきらっきらさせている始末。

狐少女(本人曰く、名をヒナゲシ)の発言を確信する理由があるのか。
とにもかくにも少年がいっそ痛いほど向けるストレート剛速球な好意と尊敬に、二心や隔意といった言葉の裏面はいっさい見られない。
もし心理的な気配を読むことに通じるなら、そのことを確かめることができるはずだ。
といっても、先程から無邪気にはしゃぐ少年の様子を一目見れば、百年単位の年長者なら手に取るように分かるかも知れないが。


「…………?」

見ておれ。こんな事も出来る。
そう言うと少女が指を円く縁取り、息をその輪の中へ。
瞬間、まるで風船が膨らむように現れたのは、その容積の大部分が空気であろう薄膜の球体であった。
そっくりなものに見覚えがある。お風呂に入浴中、シャンプーで身体を洗っていると時々出てくる、ふわっとしてぷるっとした真ん丸なあいつ。

柔く脆いので、無遠慮に指で摘まもうとしても割れてしまう。
かといってあんまり力を込めないと、にゅるっと抜けだしてしまう逃げ上手な厄介者。
然るべき薬液などなしに発生させたのは凄いが、果たしてそんなものを作り出して、一体これから何をしようというのだろうか。

次の瞬間、狐少女ヒナギクは──何の遠慮もなしに、足を全力で叩き付けた。

「!?」

突然のキック・アップ。
サッカーのリフティングというより、格闘家の蹴り上げに近い迫力。
あわれ爆発四散するかに思われた薄膜球だが、衝撃で一瞬いびつに形を歪ませたと思うと、なんと割れずに真上の夕焼け空へ浮かぶように飛び上がった。
見た目と軽さからは予想できぬ強靭性。というか、こんなの予想できるわけがない。少年の口があんぐりと開く。


これが、仙道。これが、仙法。──仙人って、スゴい!!(きらきらきらきら)


推力を使い果たした巨大泡は、重力と空気抵抗のエスコートでのんびり地上へ帰還。
足蹴というまさかの暴力的ローンチを経てなお、ふんわり降り立ったそれは一向に割れる気配なし。
果て、一体どういう原理なのか。気を喰らい操るという少女の言が関係しているのは間違いないのだろうが、いかんせん判断材料が不足している。

何より、少年はいま疼く好奇心が抑えられないのでそれどころではない。
首や頭を捻るのは後回し。経験と実感が今は優先と、いざ不思議なシャボンを体感すべくダイブ。
飛びつくことに成功すれば、意外なバランス感覚で落ちずにぼよんぼよんと上で跳ねてはきゃっきゃとはしゃぐはずだ。

またヒナギクが新たな仙法を披露しようとするならば、少年は全力で反応し、拍手し、歓声を上げるだろう。
素直に、元気よく。溌剌とした弾ける笑顔と共に。
当初は彼に今後有用な"縁"を結ぶという目的による作為的な出逢いだが、実はだいぶ最初の方で頭からすっぽ抜けている。
目のまえの少女と過ごす時間を、めいっぱい全身で堪能すること。自分も、願わくは相手も、二人でこれ以上ないくらい楽しめたら最高。今はそれこそが唯一にして至上で。

だがもし、いま少年のしていることが縁結びに他ならないのならば。
あるいは"縁"を結ぶ行為とは、少年にとっては意識せずとも、自然体に現れるものなのかも知れなかった。


────ちなみに時間などすっかり忘れているので、ヒナギクが指摘しなければ日が沈んでも気づかないかも知れない。

665【気贄仙狐】万象の気を喰らう狐@wiki:2022/10/13(木) 19:28:33 ID:BnDxjwP2
>>664
強靭でジャンボな泡に勢い良く飛び込もうとする少年に。

「これ。逸るでないわ。」

それは先刻に響いた空気の破裂と同質のもの。
而して優しく勢いを受け止め弾き返すように。
少年を泡から遠ざけさせ尻もちをつかせるだろうか。
弾む空気の障壁に阻まれて泡へ触ることは叶わない。
そしてふわり地面に落ちた泡はパチンとあっけなく弾け消えた。

「土との相克によって地面に落ちれば割れるのじゃこれは。
 "蹴鞠"だと言ったじゃろう?
 本来は中に狐火なり毒粉なりを入れて飛ばすがの。」

何やら物騒な単語が会話に混ざり、
灰になった筈の緊張感が地面から這い出て来る。

「もう暫し、これを蹴り合いするなり。
 他の仙法を見せるなり、妾は一向に構わんがのぅ。
 お主は"夜"が平気なのかの?」

茜色の空を蝕む様にまばらに星の煌めく夜が迫り来ようとしている。
とても明朗で幼げでふと思い違えれば自分と同じかの様に感じても、
目の前に居る"それ"は。
平然とこの街の夜を駆ける事が出来る人外なのだ。
少年はまだ経験した事も無い。
恐ろしくも悍ましい血で血を洗う様な、
昼間とは全くと言って違う夜(やみ)の世界。

「夜遊びは程々にせんと命が足りぬぞ?
 尤も。妾はまだまだ満足しておらんがの。」

獣らしく尖った犬歯を覗かせてにぃっと笑って見せる狐。
脅かす様であり、窘める様であり、試しているかの様な笑顔。

666【合縁幾円】星明かりの少年:2022/10/15(土) 18:12:50 ID:h4fWmRsc
>>665

旺盛な好奇心を蹴り足に、いざ不思議な大泡へ飛びつこうとした少年だったが──。

「もぷっ!?」

その勢いが宙で唐突に止まる。
もちろん自身の意思ではなく、外力による制動だ。
不可視の障壁、というよりクッションと言うべきか。柔らかな感触が少年の身体を受け止めていた。
物質的ではない触感。向かい風を受けた時の皮膚感覚に近く、しかし後方へ流れる大気が存在しないという、まこと奇妙な何かだった。

顔面から突っ込んだ少年はくぐもった奇声を上げて、あえなくぺたりと尻餅をつく。
いったい何事かと戸惑う彼の目の前で──ぱちん、と。
接地した瞬間、泡が割れた。

「ああああああああああああああああああああああああああ!!!」

諸行無常。夢幻、あるいは影のごとく。
跡形もなく消え去った不思議泡。目に焼き付いたその残影に手を伸ばすも、虚しく空を切るばかり。
おっきな泡にしがみついて、きゃっきゃとはしゃぐ未来予定図は潰えた。
どんな触り心地だったか、それともつるんと滑るのか。もはや確かめようのない少年は、行方を失った希望の残り火を抱いてさめざめと泣いた。

狐仙人少女ヒナゲシ曰く。
もともと、地面に落ちると割れるような泡だったとのこと。
土との相克が原因と言っていたが、どうやら彼女の作ったものには相性の悪い属性が存在するようだ。
"きつねび"やら"どくふん"を入れて飛ばすと言っていたが、中に物を入れて運搬することができるらしい。そうなんだなあ、と悲しみに暮れる頭で少年は理解したのだった。


────お主は"夜"が平気なのかの?


少女から投げられたその言葉に。
昂っていた気分がすっかり落ち着いて、おおよそ知能指数を取り戻した少年は周囲を見渡す。
気づくと、すっかり夕闇が辺りを覆っていた。茜色は西に引き上げ始め、天に版図を拡げていく紺青のスクリーン。
あの日、女性に連れられた住宅街の景色と同じ。暖色と寒色のグラデーション。

地平に夜が訪れようとしている。
まるで世界が全くの別物にすり替わっていくような錯覚は、実のところ錯覚ではない。
何故なら、闇とは獣の領域だ。明かりが立ち入らぬ暗がりでは、弱きを肉とし強きが喰らう法則が支配する。
そんな暗さに飲み込まれた世界がどうなるか。考えるまでもないし、思考しなければ分からぬ手合いは格好の餌食。思考しても分からないなら、末路は語るまでもない。

「…………」

数瞬の逡巡。
名残惜しさと、夜の呼び声を裏切って、笑顔の少女へと向き直る。
あまり言葉の額面には表れないが、少年への接し方に気遣いが窺えるような──そんな気がする少女へと。

もし少女と同じく獣耳があれば、頭の上でぺたりと揃って元気なく垂れていそうな、しょぼくれた雰囲気。
それは、あなたと一緒に過ごした時間が楽しくて、わくわくしたという何よりの証左。
できれば終わりにしたくない。夜通し遊んでいたい。
だが、満足していないと口にしながら、こうしてわざわざ忠告してくれたその優しい行為を、自分への戒めと共にありがたく受け取ろう。

「そろそろ、かえらなきゃ。……また、きみと、あそべるかな?」

290歳(229歳)年上の相手に、"きみ"とは不敬千万である。
だが決して軽んじているわけではないことは、イントネーションやアクセントなどから伝わるだろう。きっと。
少女がただならぬ者、自分とは異なるモノと察してなお、また遊びたいと少年は言っていた。


────とまあ、少年はこの場から帰れる気満々でいるが。実際の処遇をどうするかは、あなた次第である。

667【気贄仙狐】万象の気を喰らう狐@wiki:2022/10/15(土) 18:34:18 ID:NrWcOhxc
>>666

────また、きみと、あそべるかな?

狐の言葉に別れと再会の約束でもって応えた少年に。
而して今この場に於いてはそれは悪手であったのだと。
寂しげな雰囲気を残した恨めし気な歯噛みの表情が返事を成していた。

「また、なぞ。ない。
 全ては二言三言とも交わさぬ内に過ぎ去った時間が悪いのじゃ。」

殺気とまでは行かないものの。
悪意、害意と呼べる程には怖気のする。
秋の夜に吹く風の様な冷やかな気配が一帯を満たす。

「鬼事(おにごっこ)じゃ。
 妾は追いかける。お主は人の棲家まで逃げる。
 逃げ切れたならお主の勝ち。
 そうでないなら、おしまい。
 これが……此度、最後の遊びじゃ。」

本来ならばこんな物騒な遊びをするつもりでは無かったのに。
もう一つ二つの術を見せて、言葉を交わして。
たったそれだけで満足できたと言うのに。

(どうして、こんなにも早く去り行こうなどとっ……!)

誰に向けたでも無い。世界に対する恨み言。
孤高を生きる仙域の獣の、ほんの気紛れな怒りは。

「七つ。数える。はよ逃げよ。」

拒絶の言と共に、少年へと突き付けられた。

668【練氣太極】激残り0絶招残り0(1) ◆wJoMC4BYEY:2024/01/25(木) 19:16:49 ID:0astOgXA
>>661

『素晴らしい価値だ。
 その魂、ここで狩り取る事も惜しい程に。』

 俺を評価するな、と心が叫ぶ。
 狼は何も持たない。地位、名誉、金、女、家族、愛。
 だけれど、いやだからこそ、彼は憐憫を嫌った。
 己は確かに最底辺だが、己をそう評していいのは己だけだと。
 見下されるだけでなく、見上げられることも。自分以外の人間が用意する尺度の全てを、狼は憎む。
 空(うつろ)の眼窩を突き刺すかのような視線と共に、青年を包むように暗黒の気が充足する。

『さあどうだ? 次弾はあるか。
 もう一度使えば次こそは殺せるかも知れぬぞ?
 無いのなら良い。余は去ろう。充分に満足した。』

「俺を、俺を────」

 憤怒と敵意が、身体に力を与える。
 よろめく脚に殺意を込めて、両の掌を異形に向ける。
 闇が収束する。今一度、絶招の一撃を放たんと────────


「……いや、いいか。んなことは、どうでも」


 邪気が、霧散する。
 狼が持ち得ないもの、その一つには、確固たる信念と矜持があった。
 結局のところ、どうだっていいのだ。誰にどう見られたって、自分は。
 そのうち、惨めに死ぬだけなのだから。

「失せろ。もう、疲れた」

 手足を投げ出して背中から地面に倒れ込む。
 勝敗こそついておらずとも────それ以上に明らかな、諦めがあった。

669【魂狩りの屍皇】:2024/01/25(木) 19:54:48 ID:AkvSA/xk
>>668
其れは決して"憐憫"などでは無かった。
"何もない"。それこそが彼の信念であり矜持だったのだろうか。
だが、此れにとり其れは在り得ない話なのだ。
何故ならば、"生命を持っている"のだから。

此れが目覚めた先に待っていた絶望。
糧にすら成り得ぬ見知ったものらに姿かたちだけ似たナニカ。
それらが横溢し支配する地上。これ以上に悍ましいものがあるだろうか?
此れにとって眼前に輝く糧(いのち)は紛う事も無き、掛け替えの無い宝そのものだった。
だから詰まる所、両者の価値観が隔絶し過ぎていた故の明確なる行き違いなのだろう。

「そうしよう。また来るぞ。」

この怪異にとって僅かにだけ残された懐かしき生命の生き残り。
育む事は得手で無い。遥かな太古に手酷く失敗し、己に向かぬと諦めた事。

殺し喰らうが本質の癖に、其れらに決して"死んで欲しくない"。
その様な歪んだ在り方こそが今のこの怪異を象る本性。

実の所、此れにしたとて今生は余生でしかないのだ。
残された生命(もの)らと狩り合い、それで朽ちるならば本望。本懐。

二匹の死にぞこない達は今宵に擦れ違った。
いづれ遭う日は来るか来ないか。
互いに精々死に急ぐとしようでないか。

各々らが芯に秘めたるを解り合う事もなく。
何時しか焦熱すらも冷め切ってしまった冬空の闇間へと死神は消えて行った。


//ではこれにて〆としましょう。
//自分としてはまた此処で活動して下さると幸いです、ありがとうございました。

670【蒼雷魔法】:2024/03/01(金) 21:06:23 ID:.okMnBj6
平日。昼下がりの公園。自販機の前に倒れ伏す、小柄なシルエットがひとつ。

「あと、あと少し…………!」

彼は地面と自販機との隙間に必死で手を伸ばしていた。公園で遊ぶ児童の視線に晒されながら。土煙を被りながら。
彼は魔法使いだった。けれども、魔法使いにも出来ないことはある。

たとえば、自販機の下に潜り込んだ小銭を取り戻すこと。
たとえば、中学生と間違われるぐらいに伸び悩んでいる身長を急に成長させること。

「くそ、だめだ。俺には無理だ……。」

彼の腕の長さではどうやら届くことはなさそうだ。延ばした手を引っ込めて切歯する。
学園の制服も顔も汚れているけど、頓着する様子はない。

せめて何か長いものでもあればと、辺りを見回してみることにする。


/戦闘でも日常でもなんでも。のんびり待ちます
/他のキャラを希望などご要望ありましたらご相談くださいっ

671【蒼雷魔法】:2024/03/01(金) 21:07:32 ID:.okMnBj6
>>670
/せっかくなのであげてさせて頂きます……!

672【念理動力】:2024/03/03(日) 19:36:48 ID:Ky/UQHpw
>>670
この間だったかもしれないし、何年もずっと前だったかもしれない。
何時だったかあの日、私は所謂"闇堕ち"ってヤツをした。
けれども普段する事は以前と比べ大して変わっていない。
"面白そうな事"を探してフラフラするだけ。
能動的には悪い事はしようとしない。

だって私は八栞さんの為だけの"悪魔"なのだから。
契約者以外と悪事(うわき)はしないって事ッス。
───故に。

「ヘイ! そこの学園生徒君。必死になってどうしたッスか?
 100円玉落としたッスか、それとも500円玉?
 50円以下でそのザマだったら少しウケるッスけど。」

挑発的ながらも助けようか? という魂胆は見え透いた善人プレー。
相手が起こって突っぱねるかもしれないがその時はその時。

因みにお求めの長物なら少女が木製の棍を背負っているのが貴方にもわかるだろう。


/1日数レス程度の置きレスになってしまいますが
/まだ宜しければ

673【蒼雷魔法】:2024/03/03(日) 22:49:29 ID:Fxt.YV7M
>>672
威勢の良い声に振り返った少年は、乱入者の足元から頭の先までを無遠慮に見回し、ため息をついた。
碧眼に胡乱気な光を湛えて、どうして俺はこうも不審な輩にばかり声をかけられるのかと内心で嘆いている。
己もまた不審な人物であるから――という答えには未だ辿り着いていない様子。

自販機の前にしゃがんだまま。
少年はパーの形にした右手を前に突き出して、

「500に決まってんだろ。この俺が100円かそこらで地べた這いつくばるかっての」

と言った。短めの赤髪にはクモの巣の破片が貼り付いていた。
それから人差し指以外の指を握りこんで、少女の背負いこんだ棍を指さす。

「ちょうどいいや。それ貸してよ」
「ちゃんと取れたら、こん中からどれか一個奢ってやるよ。……小岩〇でもいいぜ。俺はぶどうにする」

彼は人より少しばかり性格がひねくれていたから、他人の無償の善意なんてものを信じてはいなかった。
友達ならまだしも、見ず知らずの他人に協力を仰ぐのであれば何かしらの見返りが必要になると心得ている。

もしも彼女が自販機の奥を覗き込んだなら、土に汚れたコンクリートの上でかがやく500円玉を見つけることができるだろう。
身長がある程度高いか、あるいは道具を使えば取るのは難しくない。つまるところ、持たざるチビのみが困難に感じるシチュエーションである。
彼は高校一年生という年頃の割に成長していない身体を思い知らされる状況を嫌っている。だから今は少しばかり機嫌が悪い。
口調にも少しばかり棘があり、それは頼みごとには相応しくjないものだったかもしれない。

/ぜんぜん平気です。よろしくお願いします!

674【念理動力】どっちつかずのアンポンタン兼、嫉妬の小悪魔:2024/03/04(月) 19:14:22 ID:UMB7BA4s
>>673

───ちょうどいいや。それ貸してよ。

成功報酬についてとやかく言われていたがそこは後。
何か身体を動かすまでも無くふわりと浮いた棍が少女の手元へ収まると。

「え。嫌ッスよ?
 そんな事に愛しの元木ちゃんを使うだなんて……。」

今にも頬ずりせんとばかりにそれを抱き寄せる。

「大体今ので分かったと思うッスけど。
 その必要性すら皆無ッス。」

案外の話なのだが、この街に自販機の下の小銭を穏便に拾える能力者というのは少ないのではなかろうか。
自販機ごと持ち上げるみたいなのは幾らでもいるだろう。
だが、それでは警報機やらが鳴り響いて大変。
糸使い、影使い。閉所で運用の利く精密操作可能な者達なら容易いだろうか?
だかそんな事に己が異能、技能を使う事に抵抗のある者も多いやもしれない。

その点で言えば、背の丈なら貴方よりも小柄なこの少女は適任だった。
彼女にとって念動力とは身体の延長線上のもの。
本質的に自販機の下に手を突っ込む事となんら変りがない。

「えい!」チャリン 10円。
「そい!」チャリン 5円。

10円。10円。100円。1円。そして。

「流石にそろそろ来るっしょ、ソイヤー!」チャリン 500円。

自販機下は思ったよりも大所帯だったようだ。
出てきた小銭を全部貴方の差し出した右手に乗せると。

「じゃあ〇岩井で宜しくッス。」

約束の報酬を、はよ。とせがむ。

675【蒼雷魔法】:2024/03/05(火) 01:49:46 ID:F.sk4gYE
>>674

「別にどっちでもいいよ。結果が変わらないならな。――愛しいも何も、ただの棒だろ……」

予想外にもあっさりと拒否されて口を尖らせるが、やや遅れて意図を察した。
聞かれたらマズいことになりそうな独白をぼそりと零しては、少女の後方で腕組みをしてお手並み拝見。
さっきは俺の制服を見て学園生徒と看破していたから、まあ同類なんだろうと考えていたけれども、案の定であったらしい。

「おー」

気のない声だった。正確には続々と小銭がサルベージされてくる様にけっこう関心していたのだが、
けっこう関心していたことがバレるのも何となく癪だったので敢えて無感動を装っていた。

てか、こんなに落ちてんの? 誰も拾わねえの? 世界は俺が思っていたより裕福だったのかもしれないな。
などと思っている。

「随分みくびられたもんだな。俺のはこれだけ。残りはあんたのだろ」

手のひらに載せられた種々の小銭を瞥見しては、500円玉一枚を除いて少女に押し返そうとする。
たくさんの小銭は魅力的な代物ではあったけれども、この少年――レトラにもプライドはある。見栄を張りたい。
100円やそこらに飛びつく人間だとは思われたくはない。時々ちらちらと未練がましい視線を送っているのは内緒である。

「ま、約束は約束だからな」

返ってきた500円玉を早速自販機に投入。がたんごとんと二本のジュースを購入し、片方を少女へ。
小〇井リンゴ味であった。自身はぶどう味のそれに即座に口をつけ、控えめな喉仏も露わにぐいぐいと呷る。
「ぷはーっ、やっぱこれだよなあ」……すがすがしい顔で頷いた。

/遅くなりました……!

676【念理動力】どっちつかずのアンポンタン兼、嫉妬の小悪魔:2024/03/05(火) 16:46:28 ID:OoptVuEU
>>675
俺を見くびるな、と突っ返された百余円の小銭たち。

「じゃあ元居たとこにリリースしとくッスね。
 落ちてる小銭には"厄"が乗ってるってどっかで聞いたんで。」

残りの小銭たちはコロコロと棲家(?)へ帰っていった。
余談だが多少手を突っ込めば充分取り出せる辺りに転がっている。
人目を気にせずに良くなった時にどうするかは貴方次第である。

「そういや聞き捨てならなんだんスけど。」

報酬のりんごジュースを一口飲んでからぽつり。

直後体操で投げられる棒もかくやの軽々しさでくるくる回転しながら宙を舞う棍。
見た目通りに殆ど重量を感じさせないそれは放物線を描いて地面へ落ちると。
まるで勢いよくハンマーが振り下ろされたかの様な衝撃音、
それと僅かな揺れを走らせて公園の石畳に無残なほどの亀裂と凹みを齎した。
そのくせ棍自体は軋むでもなく無傷で平然と少女の手元へと戻っていく。

「元木ちゃんは"ただの棒"じゃねッスよ?」

伊達眼鏡をくいっとやってドヤる。

677【蒼雷魔法】:2024/03/05(火) 21:57:09 ID:F.sk4gYE
>>676
「え」

聞かせるためではない、素の声が漏れた。ああ、せっかくの金が日陰に消えていく……。
目の前の金をみすみす逃すなんて。さてはこいつ金持ちだな。
やっぱりサイコキネシスなんて儲かるんだろうか、などと下世話なことを考えている。

「なんだ、聞こえてたのかよ……。」
「てかお前なにしてんだよ。大胆過ぎるだろ」

空中で弧を描いた棍が緩やかに落下してきたかと思えば、公園の石畳が見るも無残な姿に変わる。
驚いて辺りをきょろきょろ伺うが、幸いなことにこの決定的瞬間を目撃した人物は周囲にはいなさそうである。
安堵のため息を吐く。
それからじとりとした視線を少女に向ける。力試しに公共物を破壊するだなんて、こいつけっこう不良なのかもしれない。

「たしかに"ただの"じゃなさそうだけど。せいぜい便利な棒ってとこだろー?」
「もっと便利な機能とかないのかよ。自動マッサージとかさあ」

少女の能力とも釣り合いのとれた、大した代物だと認める視点がある一方で、それを素直に認める言動をとれないのがこの少年のサガ。
勿体ぶってぐびりとジュースに口をつければ、からかい半分のいちゃもんを付けにかかる。
キメ顔を見せつけてきた相手が、これで顔を赤くして怒りでもしたら面白い。
安易なたくらみであった。

678【念理動力】どっちつかずのアンポンタン兼、嫉妬の小悪魔:2024/03/06(水) 10:17:51 ID:9F4la2jo
>>677
サイコキネシスト六堂ねむは特別裕福な訳では無い。
彼女の念動力の出力には自身が持ち上げられるものまでという荷重限界があり、
汎用性に反してそこまで強力な能力の類では無いため別に儲かるものでもない。

但し友人にここ最近 /* 現実時間で数年前 */ 小金持ちになった者がいる。
他者に、殊更友人に施す事になんの疑問も抱かないようなお人好しが。
頼み込まれれば爆弾だって渡してしまうような者がだ。
故に彼女にしょっちゅう奢って貰っている六堂は小銭くらいなら特に気にしない。

「どうせ一夜明けたらグシャグシャになってたりする所ッスよ。
 こんなの茶飯事じゃねッスか。」

この街の暗黙の了解を引き合いに自己正当化。
ついでにからかい半分のいちゃもんに対しては。

「も〜。んな事言っても"肩たたき"くらいしか出来ねッスよ〜?」

棍を縦に高速回転させながら冗談めいて笑い返す。
よほど解れるに違いない、肩甲骨とかあばら骨とかが。

「君も学園生徒って事は何か能力者なんスか?
 こっちも手の内を結構明かしたんスから、ちょっと教えてくんないッスかね。」

りんごジュースを呷りながら、ふと聞いてみた。

679【蒼雷魔法】:2024/03/06(水) 22:26:42 ID:ZyyqLrpM
>>678

「たしかにそんなもんだけどさあ……」

異能力者が差して珍しくもないというこの辺りの地域はお世辞にも治安が良いとは言えない環境だから、
多少地面がひび割れたぐらいでは問題になることはないかもしれない。
だからといって"やる気"にはならないのが少年の意見だったが、これはひょっとして臆病すぎるんだろうか。
少し悩む。

「それはちょっと、遠慮しとくわ」

愛想笑いが引きつる。マッサージは失言だったようだ。こんなことで俺の骨まで公園の石畳みたく粉砕されては洒落にならない。
これ以上の放言はいよいよわが身に危険が及びそうだと判断して、少年の態度は大人しくなった。
(さっさとこれ飲んで帰ろ……)などと目論んでいたところ、水を向けられる。

「俺? 別に隠しちゃいねーけど……そんな面白いもんじゃないぞ」

気が進まない風を装いながら実際のところ満更でもない。
能力の内容はそこまで特別ではないけれども、少年にとっては自慢であった。

「よし。」

右腕を伸ばして空っぽの右手のひらを空に向ける。耳が良ければ線香花火のような、何かの弾ける音が聞こえるかもしれない。
それは少年の眼と同じ蒼い色をした、雷だった。
本来はひとところに留まることのない雷の力を魔力の殻でくるんだ、蒼雷の魔法。

「いけっ」

弾んだ声を合図として雷の弾丸は緩慢な速度で少女めがけて飛んでいく。
回避することは容易だが、そのまま立っているだけでも命中することはない。
弾丸は彼女の頭上を悠然と通過していく。発生する静電気は彼女の髪を直角に持ち上げ、さながらナイアガラの滝のごとき景観を作りあげるだろう。
そして少年は腹を抱えて笑うはずだ。――彼女が要領よく回避したのなら、しらけた顔で「こんなもんだ」と能力の開示を締めくくるだけなのだが。

680【念理動力】どっちつかずのアンポンタン兼、嫉妬の小悪魔:2024/03/08(金) 18:40:58 ID:nn0aly1Q
>>679

───いけっ。

返ってきたのは電光弾ける蒼の弾丸。
電撃を無力化する棍の端で叩き打ち消しても良かったが、
大した殺意や害意の類は感じなかったのでそのまま見送った。
結果がこの逆ナイアガラ。髪はそこまで長くは無いがサイ〇人もかくやの逆立ちっぷり。

「くくっ、ぷははっ。成る程、電撃っすか。
 良いッスね〜、色々と応用し甲斐がありそうな能力ッス!」

表面上は面白可笑しそうに相手の能力を褒めてみせる。───が。

(電撃かあ。何でなんスかね……。)
(理由なんて無いのに何でか電撃系の能力を見るとイライラするッス。)

内心では得体の知れない敵愾心と嫉妬に本人すらも困惑している。

/*
【これについて全面的に貴方に非は無い】
【この世界の存在には直接関係の無い因果であり】
【"綴り手"側の問題だからだ】
*/

「さて。人助けも終わって報酬も頂いたッスし。私もそろそろ行くッス。
 学園生徒同士また会う事があったらよろッス! じゃ。」

二本指をぴっと構えてやや格好つけ気味に走り去ろうとする。
無論、何か話し掛けられれば立ち止まり聞き届けはするだろうが。

681【蒼雷魔法】:2024/03/10(日) 04:43:21 ID:XxMM/GhA
>>680

直感に長けているのだろうか、電撃は少女の頭上をのんびりと通過して空間に静電気が生じる。
そのシュールな光景を視界に収めてけらけらと満足げに笑う。さすがに怒られるかと後頭部を気にしつつ様子を伺うが少女も笑っていた。存外器の大きい人物であるらしい。
誉め言葉を素直に受け取って鼻高々である。

「まあな。他にもいろんな使い道があるんだぜ。これ以上は企業秘密ってやつだけど!」

「――ん、ああ。もう行くのか。まあまた会うこともあるだろ」

彼女の言う通り、同じ学園の生徒であるのだから。
「またなー」と軽い調子でひらひら手を振り別れを告げる。釣銭の小銭にポケットの中で触れながら、ふつーに良い奴だったな、と。
その妙に恰好のきまった後ろ姿を記憶するのであった。

彼女の心中に漠然と広がる苦い感傷にはむろん、気づくべくもなく。
少年もまた、ひとりで歩みを進める。……具体的には、自販機の方へと。

/ありがとうございました&お疲れさまでした! 最後遅くなってすみませんっ


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