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いわゆる改造鈍器回しはペン回しなのか

60_ねん_くみ なまえ_____:2011/01/30(日) 22:40:29 ID:???0
>>58
>回すことに意味がある
その理由を詳しく説明して。俺にはよく理解できない
ペンと呼ばれる代物から離れていって、もうペン回しという名前から程遠いものを回したところで、そこに「これはペン回しだ」と呼ぶ意味はあるのか?
インクが抜かれ、グリップ、チップ、ボルトがふんだんに使われ改造に改造を重ねたものを大衆の目の前で回したとき、素人に「それは棒じゃないのか」と問われる。そのとき「これはペンだ」と反論できるか?
俺はそうは思わない。できない。そんな状況になるのは嫌。素人目に棒あっても、ペン回し界ではペンだ。というのも嫌。改造"ペン"だからペン回しだという言葉遊びも嫌い。

ペン回しの本質とは何だ。例えば文字通りのバトンでペン回しをして、ペン回しとして見たとき、快く思えるか?
なぜ棒賛成派はそこまで『ペン』回しであることにこだわる?棒回しと呼ばれるのを忌み嫌うのだろう?
棒に比べて圧倒的に不安定なペンが回る、回すからこそ楽しく、感動的であるのではないか。ペンありきのペン回しじゃないのか。
それを好むからこそ棒(このスレではインクが抜かれ、もはやペンとしての機能が全く失われているもの、鈍器はそれに加え延長、重しを加えたものだろうと思う)賛成派の大勢は
ここまでして反対派を叩き、なじり、自分らの回すものがせめて『ペン』と呼ばれたいと望み、そして自分らの技術の結晶が『ペン回し』と呼ばれることにこだわるのではないのか。
しかし、ペンとは何だ。棒。しかしただの棒ではない。インクによって筆記機能の付いたそれがペンと呼ばれる。つまりペンをペンたらしめているものこそがインク、それを充填したレフィルの存在。
それをなぜ抜く?なぜ避ける?漏れてペンを汚したくない、音が鳴るのが嫌だ、重心を調節したい。回しやすい。そんな些細な理由で、なぜペンであることを取り去るのか?
俺はもはやバトンと区別が付かない、となるような事態にはなって欲しくない。せめて、せめて自分らペンスピナーの回すものはペンでなければならない。
というのが俺の意見です。


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