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:
M=M
◆eskwQ12oL2
:2012/03/26(月) 21:10:13 ID:sqwWxxjI
同前
人間は一人で生まれ、一人で死ぬ。その生と死という、二点の間、人間は社会に生きる。他人とともに生きる。
「独存(ひとりであること)」こそ、人間の根本的な真実だ。でも私たちは他人ともに生きる。それゆえ、自己知はまったく忘却されている。
自分は未知のままだ。これこそ根本的な不安だ。自分の大本である源泉に対する無知、自分の向かっている終局に対する無知、自分が今現在何であるかについての無知だ。
独存の中で自己に直面すると大きな恐怖と苦痛を感じるだろう。
なぜ苦痛が存在するのか。まず第一にエゴが病む。エゴが存在できるのは、他人がいればこそだ。エゴは関係性のなかで成長してきた。一人では存在できない。
エゴは窒息を感じる。でも死にかけているのは、あなたではなく、エゴの方だ。あなたはそれを自分と取り違えている。あなたはそれと同化している。
一人だったら聖人でも罪人でもない。孤独の中では、自分について知っていることは、すべて落ちる・・少しずつ消え去っていく。もはや自分が誰だか分からなくなる。
きっと恐怖を感じることだろう。でもその恐怖を通り抜けることだ。そうして初めて無恐怖となる。勇敢になるのではなく、あくまで無恐怖になる。
これは死だ。そこから新しい生が出現するかどうか、あなたには分からない。このプロセスの最中、あなたの知るものは死だけだ。
逃げれば必ず元に戻ってしまうー仮面に戻ってしまう。何もせず、ただその恐怖を生きなさい。
震えればいい。何もせず、その起こるがままにまかせる。それは自然に消えていく。そのままにしておけばいい。
それが過ぎ去れば、あなたは変わる。
一人であるとは、決して「私は個(マインド)だ」という意味ではない。一人であるとは、社会と個人という二分法がもはや存在しないということだ。
それによって全体性が現れる。もうあなたはいかなるものの部分でもない。あなたは全体となった。
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