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It's beginning to and back again

262M=M ◆eskwQ12oL2:2010/11/28(日) 00:36:40 ID:i4OQmZ3.
M・フーコーの講演録から

分析格子としての知と権力ーこの二つの概念の機能は、存在単位や力やある超越的なものを示すことにあるのではなく、かかわる領域との関係において<価値の一貫した還元>を実行するにすぎないのです。
知という概念は、特定の分野においてある瞬間において受けいれられるものとなるすべての手続きとすべての知識の効果を指します。
権力という概念は、ディスクールや行動を誘発するとみられる特定のメカニズム、一連の定義可能なメカニズムの全体を指します。
この二つの概念を使って現実の一般的な原則をとりだそうとするのではありません。分析の前線を確定し分析に関連のある要素の種類を確定することを目的とするのです。
単独の、一つの知、一つの権力が存在すると考えてはなりません。知も権力も分析のための格子にすぎません。
ある体系の総体が、経験的に観察可能である状態から、それが実際に観察可能な時代において歴史的にうけいれられるものとなるまでの経路を分析するのです。
そしてこの体系を支えている知と権力の結び目を分析し、この体系がうけいれられたという事実にもとづいて、これを捉え直すべきなのです。体系をその実定性のもとに捉え直す。

この実定性のもとに集められたものはどれも自明なものではありません。この実定性の分析において捉える必要があるのは、ある意味での純粋な特異性なのであり、それは何らかの本質が具現したのでも何らかの種が個体化したものでもありません。
純粋なうけいれ可能性の条件にだけ関連した、それだけに複雑であると同時に緊密な因果性の網の目を展開する必要があるのです。関係を複数化し、異なった種類の関係のあいだに差異を作り出すこと、相互作用と循環的な行為を解読し、異質なプロセスの横断を考慮に入れることが必要になるのです。
ある特異性の出現の条件を再構成しようと試みることが大切なのです。こうした特異性はこれらの要素から生成されたものとしてではなく、その効果として発生するのです。
この特異な効果を理解することのできる関係は、相互作用の戯れに固有の論理において発見しうるのですが、この戯れはつねに不確実性の変動し続ける末端部と相互作用しています。
このさまざまな関係の網の目は、単一の平面を構成することはありません。それぞれの関係はほかの関係とのあいだに永続的な<ずれ>を作り出しているからです。

大切なのは、権力をつねに相互作用の場のうちの関係として思考すること、権力を知の形式と分離することのできない関係のうちで思考すること、つねにある可能性の領域との結びつきのうちで思考すること、つねに可逆的で逆転可能なものとして考えることです。
相互作用と複数の戦略の戯れのうちで、知と権力が分離できないものであるという事実が、いかにしてそのうけいれ可能性の条件から出発して定められる特異性と、可能なものの場の両方を誘発することができるのか。
これらの場は知と権力を脆弱なものとし、永続的でないものとし、この効果を出来事に、もはや出来事でないものに、もはや出来事にすぎないものにしていくのです。


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