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【石井館長の魁!人生塾】K−1誕生時、ヘビー級にこだわったワケ
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道場生
:2010/07/08(木) 13:38:31
K−1ワールドMAXが5日、国立代々木体育館で開催されました。本大会のメーンは63キロ(ライト)級の日本人トップを決める8人の勝ち抜きトーナメント。
昨年、惜しまれながら引退した“反逆のカリスマ”魔裟斗が活躍した70キロ(ミドル)級が「人類の最激戦区」なら、63キロ級は日本人の最激戦区。いや、アジアの最激戦区と言っても過言ではない。なぜなら、63キロは日本人男性の平均体重。中国、韓国など、体格が似た同じ東アジア圏でもその数字は変わりません。しかも今やアジアの人口は、30億人を超えるといいますから、ある意味では同級こそが競技人口の最も多い最激戦区のクラスなのです。
ちなみに、選手は規定の体重ピッタリに試合当日を迎えるワケではありません。選手は翌日の試合までに、昼食、夕食、朝食、昼食−と計4回の食事が可能です。そのリバウンドで5−8キロぐらい体重が戻るので、70キロ級の選手の場合は、試合当日に75−78キロの体重で戦っていることになるのであります。63キロ級も例外でなく、おおむね65−68キロあたりの選手同士が戦っているのです。
さて、同級は過去においても、素晴らしい選手を輩出しています。
キックの世界では、日本人初のムエタイ王者となった藤原敏男さんや、“真空飛び膝蹴り”の沢村忠さんらが、キックの黄金時代を築きました。
さて、今でこそ盛り上がりを見せる軽・中量級ですが、そもそもK−1は日本人が一番少ないヘビー級のみでスタートしました。それはなぜか。
発足当時の1993年の日本は、プロレスの全盛期。15団体が乱立する活況でした。ゴールデンウイークのプロレス興行は、どの団体も満員御礼。新日本プロレスが福岡ドームに5万人集めれば、大仁田厚のFMWは川崎球場大会で4万人を動員。さらに、“密航者”と呼ばれる不正入場しようとするファンが10数万人も会場に集まりました。週刊プロレスなどの専門誌も発行部数30万部を超えるほど。そんな状況で新しい格闘技イベントをスタートさせるのは至難の業。逆風の中でK−1は船出したのです。
そこで考えたのは、「プロレスに迫力で負けてはダメだ」ということ。プロレスラーは100キロ以上の選手がザラ。その横で、いくら強いと言っても60キロ前後の選手が並んでも迫力はない。ヘビー級からスタートさせた本当の理由はそこにあったのです。
あれから17年の月日が流れ、K−1は世界的なメジャー競技の地位を確立しました。やっと念願の63キロを開催できる土壌が固まったのです。
決勝戦に勝ち上がった大和哲也君と久保優太君はどちらも無名です。だが、素晴らしい決勝戦でした。彼らが、トップファイターとなるとき、K−1は本当の意味でメジャー競技となるのかもしれません。押忍!!
■石井和義(いしい・かずよし) 空手団体「正道会館」宗師で、格闘技イベント「K−1」創始者。著書に「空手超バカ一代」(文藝春秋刊)がある。
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