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趣味の愚痴は続く

6紋章官:2017/10/06(金) 19:28:56
10月ですね〜急に冷えてきました。そのせいか、熱で昨日から寝込んでいます。やっと起きあがれるようになりました。三連休は棒にふりそうです。どうせ、月曜日はそもそも出勤日でしたが。みなさん、体調にはお気をつけて。

さて来月早々には神保町で古本まつり、その後には大刀剣市。これからいくら出ていくのだろうかと、そら恐ろしいところ。まあ、本の購入もここ数年は抑え気味です。大刀剣市も抑え気味。本はともかく、大刀剣市の場合、最近は刀剣店が出す品より良い品物が趣味先達の所蔵品にあるので、それを見ていればいい、という所です。でも、その人たちの好み外の品々で良いものが出てくるとつい手を出してしまう。
それで困りものは、その良いものが古手の品物であること。今の流行は図柄がわかりやすく、華やかな江戸金工、京都金工、水戸金工、明治金工の品々。加納夏雄、正阿弥勝義、海野勝珉などは清水三年坂美術館のおかげですっかり一般化。その一世代上の後藤一乗、藤原清壽、河野春明はまだまだ知名度は低いですが、愛好家間では人気工、この人たちは京都、江戸と中心地ですが、地方でも海野勝珉の出身地水戸金工は最近、人気上昇中。
旧来、水戸金工は技術の高さがあっても評価が低かったのは偽物作りのため。これは水戸金工は江戸に近い事で江戸の有名工に弟子入り、それで技量と流行を学び、上手な作品を生み出しました。これには水戸藩の奨励もあったところ。というのも、水戸藩は御三家として表高35万石といっても、実高は低く、その上、藩主が江戸暮らしが長く滞在費や交際費がかさみ、またその分、領内統治がおろそかになったところ。
このため水戸藩は慢性的財政難。そのため藩内の産業育成に頭を悩まし、また藩士子弟の問題にも直面する。これは、どこでもそうですが、藩士の子弟で家を継げるのは一人だけ、他の兄弟は部屋住みになるのが定めです。もちろん、死亡率の高い時代、兄が死んで弟が継ぐ、後取がいない親戚や他家に養子に入る、また運が良ければ新しい藩が立てられるので、そこにもぐりこむ。この新しい藩、意外と思われるかもしれませんが、大藩はともかく、1万石程度の小藩や分藩程度だと、断絶や入れ替えでちょこちょこと消滅や立藩が行われています。
とはいえ、それでも限度があり、子弟の行き先があぶれる。そこで水戸藩が行ったのが、刀装金工への弟子入り。刀装具なら、武士の刀拵えの金具で馴染みのあるもの、それに武士が使うものであれば、いわゆる武士の内職で言われる笠張りや桶作りに比べて品物の品位が高く、しかも高く売れる。そして刀装具の頂点である後藤家は元来、足利将軍家に仕えた高位武士の家系。そのせいか水戸藩の分家に仕えつつ、刀装具の名工として名を残す遅塚久則に代表されるように、武士でも彫金を趣味にしている者が少なくなかったものと考えられます。このため家を継げない藩士の子弟にも金工であれば、案外と抵抗感が少なかったのかもしれません。
これで育成策をとって、江戸と言う一大消費地を近くに持つことで水戸金工は隆盛を極めるのですが、そこでやってしまったのが偽物作り。できのいい品物に、江戸の有名工の名前を切って売ってしまったのです。何しろ、その方が高く売れる。しかも出来がいので、一見してすぐにはわからないものも多い。なにしろ、それら有名工の弟子筋や流れをくむのだから手は同じなので、しまつにわるい。
このため明治以降、水戸金工は技量は認められても、低くみられることとなってしまったのです。とはいえ、元来、技量は高く、また作風も金銀色絵を多用、題材も合戦図や逸話などわかりやすい図柄となるので、見ても何の図かわかりやすい、という特徴で人気を上げてきているところです。殊に外人さんに!。武者図はいかにも日本的でいいのでしょうね。それで水戸など新しいものが人気があるのですが、古いものが人気が落ちて、しまった状態。それで手放すと、涙ものの状態。あ、これが本題なのに、長くなりすぎたのでまた次回。それでは


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